【キャンパス・ライフ2+ 第3話「毒にも薬にもならない子」】


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 お願い、出てこないで! 出てきちゃダメぇ!
 ふふふ、もうあなたの出る幕はないの。そこで大人しく見ていることだね、弱虫みき。


 キャンパス・ライフ2+ 第3話「毒にも薬にもならない子」


 血濡れ仔猫の瞳は血の色をしている。
 脆弱な人間どもを多数その手にかけてきただけあり、彼女の眼球はそいつらの生き血に浮かんでいるのだ。
 呪いの象徴。殺人鬼の代名詞。立浪みきが生涯背負っていく、重たい過去。
 それが、血塗れ仔猫である。
「いよいよおいでなすったな。覚えているかい、俺だよ? 夏場にドンパチしたグリッサンド様だよ」
 オメガサークルの工作員「グリッサンド」は、ワイシャツを脱ぎ捨てた裸の状態で言った。胸板の真下からバルカンの筒が伸びている。顔も含めて全身が真っ赤に変色しており、浮き出る血管がピクピク波打っていた。出力を全開にしているのだ。
「俺と戦いやがれ。この間の続きをやんぞ。雌猫ごときが俺たち改造人間に勝てっこねぇってこと、教えてやる」
 そう不敵なことを言うと、胸元から伸びる砲身がさらにずるずると出てきて、より長くなった。魂源力を全て攻撃につぎ込むことで、本気を出すつもりなのだ。かよわい乙女に猛々しい逸物を見せつけるよう、グリスは下劣な笑顔を黒き異形に向ける。
 ところが血塗れ仔猫は下を向いてしまい、グリスの露出に興味を示さない。
 手を伸ばし、何かを抱き上げる。
 それは、みきを庇って死んだ三毛猫であった。
 永遠の眠りに付いているこの猫を、ぼーっと見つめている。この猫は自分のできる限りを尽くして、弱弱しい立浪みきを守り上げたのだ。恐怖の異形は三毛猫を讃えた。三毛猫の強さと優しさと、正義を讃えた。同じ猫として、猫から進化したラルヴァとして――。
 だが、その猫の頭部がボンと弾けてしまう。可愛らしい表情が中身からめくれ上がり、生々しい桃色の肉片と化して弾け飛んだ。
「無視してんじゃねーぞ」
 グリスは一転して怒り、彼女に鋭い視線と銃口を向けていた。自己顕示欲の強い彼にとって、この行為はたいそうプライドが傷つけられたに違いない。
 血濡れ仔猫はちらっと彼の事を見てやると、まず三毛猫の胴体を足元に置いた。眠っている猫を起こすことのないよう、そっとした仕草で横に寝かす。
 そして静かに両目を閉じる。鼻から深く息を吸って――。
 両目がキッと開かれて赤に輝いた。それからついに、その右手が真上に振られた。


(来た!)
 グリスは血塗れ仔猫の動きを素早く察知した。ところが横方向への回避を始めようとした瞬間、彼の予測よりもずっと早く鞭の先端が降りかかってきたではないか。
「なっ!」
 驚きのあまり立ち止まっているうちに、黒い塊は頭を外れて足元に直撃する。
 すると目の前に厚い土の壁が現れた。空き地の柔らかな土が一気に盛り上がり、グリスの視界を塞いでしまう。血塗れ仔猫はわざと地面を叩いたのである。
 そして、壁を突き破って飛んできた「鞭の先」。それは強烈なスクリュー回転がかかっており、グリスを驚愕させた。
「うごっ・・・・・・!」
 右頬に直撃した。首が刎ねられたかのように左上を向き、浮き上がる。目の前に広がった青空が、一瞬で真っ暗になった。グリスは手痛い一発を浴びて背中から倒れる。
 ぼたぼたと雹のように土が降り注いでくるなか、血塗れ仔猫は鞭を手繰り寄せながら、一歩、二歩と近づいてきた。大の字になっていた彼はばっと飛び起きると、意識のはっきりしないまま怒りのままに、自慢の銃口を向けた。
「死にやがれ!」
 しかしバルカン砲が火を吹いたときには、血塗れ仔猫は真上へと飛び上がっている。
 放火体勢に入っていて身動きの取れないグリス。彼は背後に黒猫の影を見た。首だけで後ろを向いたとき、呪われた瞳と目が合ってしまう。グリスは前へと突き飛ばされた。
 違った。グリスは突き飛ばされているのではなく、血塗れ仔猫によって後ろからぐいぐいと押されているのだ。二人は塊になって民家の塀に突っ込んでしまった。
「て、てめぇ!」
 グリスは怒鳴った。彼のバルカン砲がブロック塀に突き刺さってしまい、はまり込んでしまっている。
「馬鹿にしてんじゃねぇ! 普通に勝負し――がっ!」
 バァンという強い音とともに、刃物で切り裂かれたかのような激痛が走る。背中を鞭で叩かれたのだ。
 血濡れ仔猫は表情を全く変えることなく、黙々と淡々とグリスの背中を叩き続けた。右腕をしなやかに振り回して、縦横無尽に赤い傷を走らせる。
「がっ! ぎっ! この、クソッタレが!」
 意識が朦朧としだして、両腕がだらりと垂れてしまった。血塗れ仔猫はグリスに黒い鞭をくるくる巻きつけて雁字搦めにしてしまうと、やっとのことで塀から剥がしてやった。そのままグリスを鞭で持ち上げ、宙ぶらりんにしてしまう。
「さっきとはまるで強さが違いやがる。てめえら化け猫一族は、いったいどういう仕組みをしてるんだ・・・・・・!」
 そして弱った彼が見たものは、血塗れ仔猫の「にたり」とした狂的な笑顔であった。
 ぞっとする間もなく、血塗れ仔猫の手から放たれた魂源力が、鞭を伝って襲いかかってきた。グリスは激しい爆発に巻き込まれてしまった。


「ぎぎぎ・・・・・・。ぐああ・・・・・・!」
 もう、まともな声も出すことができない。グリスはひどい火傷を全身に負ってしまい、空き地の真ん中でのた打ち回っていた。
 彼女は服装こそ双葉学園の制服であり、耳や尻尾は白である。しかし、そのどろどろとした血の池のような瞳は、まさに血塗れ仔猫のそれであった。彼女は鞭をばしんと地面に叩きつけると、もがき苦しむグリスに接近した。
「てめぇはいったい、何なんだ・・・・・・!」
「何だって、私は猫だよ?」
 突然口を開いた血塗れ仔猫に、グリスは愕然とする。
「罰当たりなあなたにお仕置きをしにきた、地獄の使者なんだよ」
「立浪みき・・・・・・じゃねぇのか」
「ううん、私は紛れもない立浪みき。立浪みきであり、いわゆる血濡れ仔猫」
 グリスはあっけに取られた様子で彼女の話を聞いている。
「弱虫みきの姉妹はみんな、猫の血を覚醒させて戦う種族。つまりラルヴァ。怒りや憎しみに己を支配されてしまうときがある」
「それが、夏場んときのてめぇか」
「うん、そうだよ」にまにまと嫌らしい笑顔を見せ付けながら言う。「立浪みきの力の根源であり、種族としての本性。正体。それが私」
 猫の力を引き出して戦う姉妹、みか。みき。みく。
 彼女らはそれぞれ種族としての本性を隠し持っている。つまり、「ラルヴァ」としての本性だ。
 特に破壊や殺戮を行うことで、凶暴な狩猟猫族としての血が踊り、言動に反映されることがある。過去の事例を挙げると、与田の研究所で見せたみかの戦いぶりがそうだ。
 また、抑えきれそうもない憎悪や身が張り裂けんばかりの悲痛に耐えかねると、姉妹は理性を失い「ラルヴァ」として完全な暴走を起こすこともある。これは末っ子のみくにも起こった現象だ。
「まぁ私たちの場合は大きな事情があってね、特殊な体裁を取っているんだ」
 けっとグリスは吐き捨てる。手を地面に着いて、何とか起き上がろうとしながらこう言った。
「立浪みきだろうが、血塗れ仔猫だろうが、もう関係ねぇ。とにかく俺と一緒に来てもらうからな。組織でお前の強さを調べつくしてもらってやる」
「恐れ多くも人間風情が。ちょっと頭がいいからって調子に乗ってると、『怒るよ?』」
 その瞬間、血塗れ仔猫の両目が真紅に瞬いた。いったい何をしてくるのか、うつ伏せになっているグリスはしっかりと身構える。
 ふと、左腕に生暖かい感触を認める。グリスはそのほうを向いた。
「・・・・・・ひっ!」
 何と、頭の無い猫が彼の腕をしっかり掴んでいるではないか。
 右腕にも「ぐちゃ」とした感触。臓物を半分以上引きずり出された猫が、血走った瞳でグリスを睨み上げている。
 彼の両足、目の前、そして背中にも血みどろの猫が押し寄せている。小動物とは思えないぐらいそれらはずっしり重たくて、力のあるグリスが動けないぐらいであった。
「な、何だこいつらは!」
 腕をぶんぶん振って振りほどこうとしても、猫はがっしり掴んで放そうとしない。頭だけになって目の前に転がっていたトラ猫は、少しも彼に呪いの眼差しをそらすことがなかった。
「離れろ! 離れろって言ってんだろぉ――――――ッ!」
 どんなにもがいても、身動き一つ取ることができない。猫たちはますます強くグリスに圧し掛かってきて、好き放題に惨殺された怒りと憎しみを示している。
「うふふ。何をそんなに怖がっているの? お顔真っ青にしちゃって、いっぱい汗かいちゃって」
 全身が恐怖で震えていたグリスは、小憎らしい血塗れ仔猫を見上げた。
 そして、指先まで体が凍りつくような体験をすることになる。
「そいつらはみーんな、あなたに恨みを持って死んだんだよ?」
 血濡れ仔猫の両足に何かが絡み付いている。子供だ。子供の手だ。バラバラになった子供の手が数えて六本、まるで彼女を冥界へ引きずり込もうとしているかのように、細い足首を「がっしり」掴んでいるのだ。
「あなた、その子たちに何をした? そのちっちゃくてみっともないオチンチンで、徹底的に苛め抜いてたじゃない」
 そう言う血塗れ仔猫の腰には、中学生ぐらいの女の子がぐっとしがみついている。白目を剥いた、恐ろしい形相をしていた。
「感じる? 全身に圧し掛かるずっしりとした重み。執拗なぐらいにとてつもなく大きな存在感。それがあなたの『罪』なの。あなたは、それだけのことをしたからもう許されないの」
 彼女の両腕に、見知らぬ青年と美少女がそれぞれまとわりついていた。どちらも両目から大量の血を流して、自分を殺した憎き宿敵を捉えている。
 極めつけは、彼女の顔のすぐ隣にある「顔」。小学生ぐらいの女の子が血塗れ子猫の首を絞めているのだ。下半身から下が失われており、生々しいはらわたが垂れ下がっていた。
 そんな想像を絶する光景を目の当たりにしたグリスは、いよいよ言葉も発せられない。がくがくぶるぶる、唇を細かく震わせて恐怖に怯えている。
「この程度のことですっかり怖がっちゃって。私を誰だと思ってるの? 血濡れ仔猫だよ? 今年の夏にこいつら七人を惨たらしく殺し、今でもこいつらの恨みや憎しみを一身に受けながらものうのうと生きる、呪われた女なの」
「う、うわあああ!」
 グリスは顔面を蒼白にして絶叫した。「何者なんだ、お前はぁ!」
「あなたのために何度も何度でも教えてあげる。私は化け猫『血塗れ仔猫』。島の猫を辱めたあなたを絶対に許さない。その子たちが味わった以上の恐怖や苦痛を、あなたに味わわせてあげる。きゃは。あははははははははははははははははははははははははははははは」
 ぱっくりと上下に裂けた彼女の口。両目。この女の子が、つい先ほどまで弱弱しい姿を見せていた立浪みきだとはとうてい思えない。
 グリスは悟る。こいつは立浪みきなどではない。立浪みきの姿をした、恐ろしくて小憎らしい、とんでもない化物なのだと。
 彼はもう一度、高らかに悲鳴を上げた。そうして悲鳴を上げたとたん、勢いのままに立ち上がることができた。
 グリスは血塗れ仔猫に対して背中を向けると、逃げ出してしまった。


「情けない子」
 血濡れ仔猫はそう呟くと、右手に鞭を持った。
 すっと静かに肘を上げ、ピッとしなやかに振り下ろす。ドスンと重たい音が響いた。空き地の真ん中に深い穴が開いたのだ
 まず足元に転がっていた頭だけの猫を拾い上げ、穴に落とす。
 次に、無残にも粉々にされてしまった猫の体を丁寧に拾い上げて、穴に落とす。
 そうしてグリスに殺された猫たちを、一匹ずつ拾い上げて穴に入れていった。辺りをざっと見渡して、もう周りに死骸がないことを確認していたときだった。
「あなた・・・・・・何を」
「うん?」
 そのとき周りの景色が色彩を失い、空が黒くなる。血塗れ仔猫の後ろに、体を乗っ取られてしまった立浪みきの姿があった。
「見ればわかるでしょ? 埋めてあげてるの。この子たちを」
「そんな人だったの、あなた」
「悪い?」腕に抱いていた三毛猫の体を下ろしてから、みきに言う。「私は猫だよ? 同じ猫として、悲しい死に方をしてしまったこの子たちを慰めているだけ」
「人は殺すくせに・・・・・・!」
 みきは皮肉たっぷりにそう言い、彼女に対して強い嫌悪感を露にした。
「調子付いていた人間どもにお仕置きをしただけだよ」
「それは、どういうつもり」
「可愛いマイクをあんなふうに殺されて、どうしても許せなかった」
 私はラルヴァだから。何も血塗れ仔猫がそう口に出さなくても、みきには彼女の発言の意図を理解できた。
「あなたこそ白々しい! なら、どうしてマイクのお父さんをあんな目に!」
「それはあなたがやったことでしょ」
 みきは絶句した。あのときに湧き上がってきた殺戮の衝動。それが、この憎き黒猫のせいではないとでも言うのか。奔放な発言にもほどがあると、みきは歯をぎりぎりかみ締めて、黒い自分自身を突き刺すように睨みつけている。
 ここで、血濡れ仔猫が深いため息をついた。ふだん意地悪なことを言ったり、気持ち悪い笑い声を出したりしている彼女が見せた意外な表情に、みきは面食らった。
「どうしていつまでもそんな調子なの、立浪みき? あなたの姉にできることが、どうしてあなたにはできないの?」
「な、何が言いたいの」
「自分のちからを使いこなせなくて、何が猫の異能者なんだよってこと。もしもあの場面で戦っていたのが、あなたでなく立浪みかだとしたら、彼女は絶対に自分の力に呑み込まれることなく冷静にマイクのお父さんと戦っていたことだろうね」
「そんな・・・・・・。あなた、散々私に迷惑かけておいて、今更そんなことを言うの・・・・・・?」
「立浪みかは血を見ただけで怯えたりしなかった。たとえ自分がラルヴァだと分かっても、あなたみたいに絶望しなかった。ねえ、まだわからない? あなたとお姉さんの差」
 みきの両目が激しく吊りあがり、顔が真っ赤になってしまう。優秀な姉と比較されることは、みきにとってされたくないことの一つなのだ。
「うるさい! 知らない! 大きなお世話! あなたなんかに言われたくない! 姉さんや私やみくちゃの暮らしを全部全部めちゃくちゃにしたあなたなんかに!」
「聞く耳持たない、か。仕方ないか」
「嫌い! 大嫌い! あなたなんて大嫌い! お願いだからもう二度と出てこないで! 私は学校のみんなやみくちゃと、いつまでも平和に暮らしたいだけなの!」
「今のあなたにそんな力は無い。敵にボコボコにされた弱虫に、何ができるっていうの?」
 うあっとみきは口を塞がれてしまった。痛いところを突かれた。真っ向から反論したくても、何も言葉が出てこない。黒い自分の言うことが完全に正しいからである。悔しくて、情けなくて、口をぱくぱくさせているみきの両目から多くの涙があふれ出た。
「挙句の果てに、あなたなんかよりももっともっと無力な猫に守られる始末。あなたは猫一匹の命も守れない」
「そんな・・・・・・こと・・・・・・」
「あなたは弱いから何も守れない」
 この一言でみきは完膚なきまでに打ちのめされてしまい、その場で両膝を着き、頭を垂らしてしまった。かつて学園の生徒を魅了した青と黄のオッドアイは、色と艶を失って細かく揺れ動き、まるで活力や生気といったものが感じられない。
 そして直後に起こった、「ドクン」というとてつもない脳への揺さぶり。人格が切り替えられたのだ。
「え? あなた、これは・・・・・・?」
 思わず自分の手を見る。滅茶苦茶にめくれ上がった、空き地一帯を見渡す。銃痕だらけのブロック塀が視界に入る。血塗れ子猫が、体をみき本人に返してやったのだ。
 てっきりまた人間を襲ってしまうのかと思い込んでいただけに、ひたすら絶望していただけに、黒猫のこの行為はあまりにも意外なものであった。
 頭の中で、声が聞えてくる。
『今日はもう疲れちゃった。嫌なことだらけで、やる気ないもの』
「・・・・・・そう。ならもう二度と出てこないで。私の前に現れないで」
『あなたがそうして弱虫けむしでいる限り、私はもういつだって表に出てこれるんだよ? そのことを忘れてもらっちゃ困るなあ』
「冗談じゃない。あなたはもう、この世界から退場させられたのに」
『その気になったら、すぐにでも乗っ取ってあげる。そうだなあ、春奈せんせーの授業中にしよっか! 突然あなたの目玉が真っ赤になってね、愕然としちゃった春奈せんせーの首を引っかいて殺しちゃうの! 教室の天上がバッと真っ赤に塗りたくられるの! 楽しみ!』
「この、癌細胞・・・・・・!」
『私はいつでもあなたを乗っ取って、またやりたい放題できるんだよ? 血塗れ仔猫は復活したんだよ。いい加減認めちゃいなよ、弱虫けむしの立浪みき! あははははは!』
 この上なく不愉快な笑い声が、だんだんと遠くに引いていく。ぼろぼろの空き地で一人取り残されたみきは、茫然自失とした様子で座り込んだまま、動かない。
「姉さん。私は試練を乗り越えたんじゃなかったんですか・・・・・・」
 姉猫は、強くなれと言った。自分の異能に誇りを持てと言った。仲間がいるのだから何も怖がることはないんだよと、気の弱い妹にしっかり教えてくれた。
 私は血濡れ仔猫などではない。私は立浪みき。双葉学園の生徒。猫の異能者。
 そうして自分に言い聞かせることが、みかの導いてくれたこれからの正しい生き方だと思っていた。だからオメガサークルや聖痕といった学園の脅威に対して真っ向から闘っていき、島のみんなや妹を守っていこうと決意していた。
 それが、この有様だ。
 周りの知人や優しい担任。醒徒会の寛大な処置。そして何より、こんな罰当たりの人殺しに対して理解を示してくれた、七名の犠牲者。この結末は、それらを手ひどく裏切る最悪の展開である。結局始めから仕組まれているかのように、物事は悪い方向へと進んでいってしまうのか。それが立浪みきの「宿命」なのか?
「私は成長したはずじゃ、なかったのですか・・・・・・?」
 迷える仔猫は、すっかり自分に自信を失っていた。


 ふと顔面の違和感に気がつく。
 尋常じゃない量の「涙」で、目元も頬もぐしゃぐしゃになっていたのだ。
「私のじゃない・・・・・・?」
 みきはそう呟いた。確かに血塗れ仔猫との会話のときにはめそめそ泣いていたが、この現実世界では涙を零してなどいない。
 だとしたら、泣いていたのは血塗れ仔猫だ。血塗れ仔猫が赤い瞳を潤ませて、とても悲しそうにしくしく泣いていたのだ。
 そしてすぐ目の前にある、大きな穴。グリスによって惨殺され死体までも辱められた、多くの猫が寝かせられている。足元にはみきを庇って死んだ、優しくて勇敢な三毛猫の背中があった。
 血濡れ仔猫って、何者なんだろう。
 そう思った瞬間、みきは視界がまっさらになり、前へ倒れていくのを感じた。
 戦闘時の負傷や極度の疲労により、力尽きたのである。


 立浪家の末っ子は料理が得意。夕方になる前に町へ出て、食材を調達していた。
「フンフンフーン♪ きょーうーのーごっはんは おっいしいっ♪ おっいしいっ♪ おさかーなさーん♪」 
 などと笑顔いっぱいに歌いながら、立浪みくは日の傾きかけた商店街を歩いていた。猫の絵がプリントされたエコバッグには、八百屋や魚屋で買ってきた品物が詰まっていた。猫耳を出して愛嬌を振りまくと、たいていオッサンどもがサービスしてくれる。
「こんなにもカワイく生まれてきちゃっていいのかしら。きゃはっ、カミサマありがとぉ!」
 両手をほっぺに当てて、くいくい尻尾を左右に振る。そのような振る舞いをするだけで、通行人の視線は釘付けだ。すかさずどこからともなくまたオッサンが飛んできて、「焼き芋持ってってよ! みんなで食べてね!」などと言いながら袋を押し付けていった。
 なるほど、今は亡き長女がみきを伴い、学園のアイドル活動をしていたというのもうなずける。姉妹は猫の血筋に生まれてきたことを取り柄として考え、コスプレなりダンスなり歌手活動なりラジオパーソナリティーなり、種種雑多な活動をしていた時期があった。
 これも、双葉島のみんなのためだそうだ。世のため人のために、自分のちからやいいところを活かすんだよ! そう、みかは妹たちに説いていた。
 みくも十二歳になって、ようやく猫耳少女としての自覚に芽生えてきたのである。数々の貢物や戦利品を見る限り、本当に理解しているのかどうかはわかりかねるが・・・・・・。
 本日はみくが夕飯を作ることになった。みきがクラスメートらとのテスト勉強会のため、帰りが遅くなるからである。
 若干九歳にして、すでにあらかた料理は覚えていた。しかしそれは姉猫二人が行方不明になってしまい、一人で生きていかなければならなかった時期があったからだ。だから、時にはどうしても昔のことを思い出してしまい、特に一人で買い物をしているときなどはちょっぴり悲しくなってしまう。
「でももう、終わったこと!」
 みくは前を向いた。前を向いて、にっと小ぶりな八重歯を見せた。それからぴょんぴょん跳ねて商店街を離れ、姉妹の暮らしているマンションを目指した。
 今はみきが側にいてくれる。だからもう大丈夫。もう二度と一人ぼっちになることはない。
 くすっと幸せそうに微笑む。すぐ隣を、背の高い男の人が追い抜いていった。
 そして。
「グフゥッ!」
 小学生の女の子の腹に、追い抜きざまに重たい一発が叩き込まれた。
 エコバッグがぽとりと落ちる。みくは気を失い、前のめりになって倒れてしまう。大柄な男は小さな体を持ち上げて、肩に担ぐ。
「クク・・・・・・。立浪みき。血塗れ仔猫。絶対ただじゃ済まさねぇからなぁ・・・・・・!」
 全身傷だらけのグリッサンドが、不敵に笑ってそう言った。



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