【騒がしい保健室の事件記録2 『質量考察』前編】


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騒がしい保健室の事件記録2
『質量考察 前編』

■1

 双葉島は歴史の浅い土地である。
 東京湾の、やや西寄りに造られた人工島であるため、それは仕方のない事だ。それでも日本人の『土地』に対する「畏敬の念」は、諸外国から見れば「異様な執着」とも呼べるかもしれない。
 新しく開拓や造成をすれば地鎮祭を開き、神社や祠を作って土地神を奉る。それは繁栄や豊穣、厄払いを祈る為の物であり、すなわち土地を敬う事は自分達の生活の安定に直結していると考えてきたのだ。
 土地の歴史は浅くとも、其処には必ず神がいる。つまり「土地=神」であり、敬うべき場所(存在)なのだ。八百万の神々が住まう日本だからこそ定着している信仰形態なのだろう。
その信仰は当然ながら双葉島にも受け継がれており、神を奉る場所がある。
 双葉神宮がそれだ。
 公表されていないので祭神は不明だが、霊験あらたかという事で、大部分の島民は年末年始の参拝を此処で行う。神宮という名称は伊達ではなく、その規模は割と大きい。
施設全体から漂う威厳と風格は、歴史の長さからではなく、やはり「質」で決まるのだ。

 それに比べると、増糸(ますいと)神社は随分と貧相に見える。一応は「双葉神宮の分社」という事になっているのだが、祭神は稲荷神であり、本当は伏見稲荷大社からの分社である。
「まー。どっちにしても、ウチの神社は規模が小さいんだけどねー」
 巫女服に身を包んだ瑞樹奈央は、そう言って小さく笑う。白い小袖に緋袴という一般的な巫女装束。それに合わせる形で、腰まで伸びた長い黒髪の先端を檀紙《だんし》で束ねている。
 奈央は十六歳の少年である。
 巫女の衣装も、彼が好き好んで着ている訳でも、親が無理矢理に着せている訳でもない。
 これは奈央の持つ異能──常時女装能力のせいなのだ、白い小袖も緋《あか》い袴も、長い髪もそれを束ねる白い檀紙も、全て奈央の「女装能力」が勝手に創り出した物である。
 二十四時間、年中無休、常時オールタイムで強制女装。その能力が、奈央に巫女衣装を着せているのは、実家でもある神社にマッチする衣装だからである。
 この様に、奈央の「女装」は時と場所を選んで自動的に変わるのだ。
「しかし──何度見ても、本当に良く似合ってるよなあ、奈央の女装……」
 四角い顔の能都麻太郎は、腕を組みながら感心した様に声を出す。竹箒一本で境内を掃除していた奈央の手がピタリと止まる。
「もー。からかうなよ麻太郎」
 もう何年も前から見てるだろ、と。幼馴染の発言をたしなめてから掃除を再開する。
 いま少しの警戒心が奈央に備わっていたのなら、幼馴染の目が異性を見るそれであると気が付けたのだが……この場にもう一人の幼馴染、田邑夏鈴がいれば、このスケベな立方体を容赦なく罵倒していただろう。
 だが全面的に幼馴染を信頼している奈央に、幼馴染の邪心は見抜けない。そのまま無防備に巫女衣装を晒し続ける。
「お姉ちゃんが帰ってきてくれれば、こんな格好を麻太郎にからかわれなくて済むのにー」
 掃除を手伝う約束なのに、幼馴染の巫女姿に見惚れていた能都だったが(くどい様だが奈央は男だ)その言葉で我に返った。
「七日(なのか)さん、まだ家出してるのか」
 能都の問い掛けに「うん」と応える奈央の表情は、少し寂しそうだった。
 瑞樹七日は奈央の実姉である。神社を継ぐのを嫌がり、十年ほど前に家出した──と、能都は聞いている。幼い頃は奈央達と一緒に遊んだりしたのだが、その時から既に「神社、格好悪い!」と、口にしていた。
「去年メールが届いてねー。元気にラルヴァ退治してるってさー」
「……なぁ。七日さんってさ。将来は、何になりたがってたっけ?」
「ドラゴンスレイヤー」
 再確認は即答で裏付けられた。
 届いたメールにも『夢に向かって爆進中!』と書かれていたらしい。どうやらドラゴンスレイヤーの夢は、未だに諦めてない様だ。
「夢のための第一歩だーって言ってさー」
 姉が鋳ない寂しさも、語る事で調子を元に戻したのだろう。姉を語る時の奈央は、本当に嬉しそうに話をする。
「ウチの神社に奉納されてる『宝刀』があるんだけどさ。お姉ちゃん、家出の時にそれを持ち出そうとしたんだよねー」
「宝刀?」
 能登には初耳の話である。
 ボクも一回しか見せてもらっただけど、と神社の息子は頷いた。
「瑞樹の家にとっても宝みたいな物でしょ?」
 瑞樹の家の物は、つまり自分の物でもある……と主張し、持ち出そうとしたのだ。
「さすがに怒った父さんが、お姉ちゃんと大喧嘩になっちゃってねー。あ。そこの鳥居の傷、その時のものらしいよ?」 
 そう言って奈央は、古い鳥居を指し示す。なるほど、朱鳥居には数箇所の刀傷がある。
「……斬り合ったのかよ」
「割とガチンコ勝負だったらしいよー?」
 結局。宝刀を奪えなかった七日は、泣きながら「親父のバーカバーカ、ウンコー!」と小学生の様な負け惜しみを言いながら、神社を飛び出していったそうだ。
「そんなに欲しかったのか」
 というかウンコって、と能都が苦笑する。
「うん。なんでも昔から稲荷大明神に縁《ゆかり》ある刀らしくてね。すごい値打ちがあるんだって」
 竜退治に魔法の剣は付き物なのだ。
 それで七日は宝刀を欲しがったのだ。
「有名なのか、それ?」
 奈央が集めた境内のゴミを、能都は塵《ちり》取りの中へと移していく。「草薙の剣」といったメジャーな物を想像していたが、奈央の反応は芳しくなかった。
「先月ね、テレビ局の人が取材させてくれって連絡があったそうだから…… 少なくとも一部には存在を知られてるっぽいよ?」
「へぇ」
 オカルト番組か鑑定番組の取材だろうか。
 しかし下見で一回訪れたきり、それ以後は何の音沙汰もないのだという。
 番組の企画が潰れたのだろうか。
「そりゃ残念だな。参拝客が増えたかもしれないのに」
 緑の木々に囲まれている小さな社を見ながら、能都は呟いた。
 狭い境内。短い参道。そのくせ階段だけはやたらと長くて急傾斜だ。それを登ってきた参拝者を出迎える鳥居も雨風に晒され傷んでしまっている。
 手水舎(ちょうずや)は双葉神宮から引かれたものではなく只の水道水だ。
 どんな番組だったにせよ、テレビの影響力は強い。放送されていれば、参拝客や観光客が立ち寄ったかもしれない。
 そうすれば鳥居だけでも建て直す事も出来たかもしれないのだ。
「うーん。ボクは今のままでいいかなー」
 その未来図を、奈央はやんわりと拒絶する。
 何故と問う能都に、竹箒を抱きしめながら神社の跡取りが応える。
「ボクは、この静かな神社のままでいいよ。
 お客さんが大勢来ちゃうと、夏鈴ちゃんや麻太郎と遊ぶ場所が減っちゃうじゃないか」
 柔らかい笑顔だった。
 奈央の事だ、あまり深く考えていないのかもしれない。高校生らしからぬ、実に子供っぽい発想だが──それは心の底からの願いなのだろう。
 確かに小さくて貧相な神社である。
 同時に、其処は奈央にとって大きくて立派な「想い出」なのである。
 今のところ、彼にはそれで十分だった。

■2

「美しい友情話は大変結構な事だがな」
 堀衛遊《ほりえ ゆう》のメガネがギラリと光る。
「なぜ保健室で鍋を食う」
 保健室の中央。体重計や身長計は部屋の隅に移動され、小さなテーブルが設置されている。そこに土鍋オン・ザ・カセットコンロ。
 それをいつもの三人が囲んでいた。
 既にコンロは点火されており、鍋を加熱し、グツグツと煮込んでいる。
「うむ」
 夏鈴が保健医の言葉に大きく頷く。上着のブレザーは脱いでおり、今は白いブラウス姿である。
「二月に入ったとはいえ、この寒さだ。
 今週末には雪が降るという予報まで出ている。これから春に向けて到来する寒波に対し、此処はひとつ奮起の鍋パーティーをしようと」
「だから。なんで私の保健室で鍋パーティーをするんだ馬鹿たれ」
 自分の家でやれと、至極もっともな正論を返す保健室の主。換気扇を回しているものの、暖められた室内の空気が、窓に結露を招いている。
「だって下準備に手間がかかるから、昼休みだと出来ないじゃないですか」
 白いヘッドドレスに、純白のゴスロリ衣装の奈央がニコニコしながらシメジを用意する。
「だからって放課後に実行する奴があるか」
 堀衛は事務机に片肘を突き、頭を抱えた。
「風紀委員として間違ってないか?」
 という教師の指摘に。
「ここのところ、放課後に変なラルヴァ事件ばかり多発してますからね」
 炊飯ジャーを開け、茶碗に御飯を盛りながら能都が説明を始める。夏鈴の茶碗には少なく、自分のは山盛りに、奈央は適量を。
「──ああ、それは聞いてるが」
 幻の旧校舎事件、ミニマムババア大量発生、チェインメール騒動、連続机ピラミッド事件、女子トイレの個室にオッサンが「みっしり」事件、「ぼくらのサマーウォーズ」事件……数え上げればキリがない。
「あまりに続いたもんですから、先日の委員会の会議で『当番員を決めて、夜の八時まで巡回する事』になったんですよ」
 今日は俺達の当番、と説明を締めくくる。
「それでこの有様か」
 キャンプで使うバッテリー式の炊飯ジャーまで持ち込んでいる。アウトドア派な夏鈴の所有物であろう。
「今回は石狩鍋ですよ!」
「そんな事は聴いてない。いや、待て瑞樹。お前『今回は』と言ったか」
 みんなで鍋を囲むのが余程嬉しいのか、奈央のテンションが上昇している。放課後とはいえ、制服ではなく純白ゴスロリ衣装になっているのも、その影響に拠る所が大きい。
 自分達との絆を重要視している……という友情話を聞かされた夏鈴も、いつもよりヒートアップしていた。
「おい超次元ムッツリスケベ。何だこの米の盛りは。今日は鍋だぞ鍋。全然まったく足りぬではないか顔面エロテロリスト。気を遣うにしても方向性が違うのだ。ニャル子さんに頼んで『名状しがたきバールのようなもの』で顔面整形してもらえ」
 ──特に罵倒方面で。
「お前……そろそろ怨恨が原因で刺されても、裁判長が犯人に無罪を言い渡せるレベルだと気付いてるか……?」
「貴様も、そろそろ世間は外見で善悪を判断するシステムなのだと気付いたらどうだ」
 奈央を挟んだ男女二人が、空間さえ軋みをあげる睨み合いを交わす。
「まぁまぁ、二人とも。喧嘩しなくても具は沢山あるから」
「いや、だからだな瑞樹」
 後頭部で爆発したかの様なポニーテールの保健医は、こめかみを押さえ「どうツッコミを入れたものか」と思案する。
「大丈夫! 先生のもありますよ?」
「能都。まだ鍋のフタは開けるな。蒸気が逃げるだろう。もっと蒸らさないと駄目だ」
 奈央が四つ目の皿と茶碗を取り出すと、即座に大人の的確な指示が飛ぶ。。
「お前達は料理の本とか見ないのか、まったく……いいか、鍋というのはだな」
 空いていた席に座ると、堀衛は次々に指令を下していく。火の強さは勿論、かき混ぜる際に蓋を開ける秒数から、具材の投入順まで。
「なんという鍋奉行ぶり……」
 呆気に取られる夏鈴。
「もはやジェネラルだよ夏鈴ちゃん!」
 保健医は『鍋ジェネラル』という変な称号を授与されつつも、隙のない陣頭指揮で子供達を最高の鍋へと導いた。
 隠し味でバターを入れたりと抜かりもない。
「うん、もういいだろう」
 保健室に相応しくない味噌の香りが満ち満ちていく。満足げにジェネラルが頷いた。
「石狩鍋なんだから、山椒の実は用意してるんだろうな?」
「え?」
 三人の高校生が、そろって声を上げる。
 その反応で察した保健将軍は、深い溜息を吐《つ》いて、あからさまな落胆を示してみせた。
 仕方のない奴らだと呟き、白衣のポケットに手を突っ込む。モゾモゾと中を弄ったあと、そこから小さな瓶詰容器を取り出した。
「ほれ」
「なぜ、ポケットに山椒の実が……?」
「保健室で石狩鍋を作る風紀委員達に言われたくないな」
 もっともである。
 とにかく全ての準備が整い、無事に鍋パーティーが開始されたのであった。

■3

 モシャモシャと紅鮭の切り身を食べ、幸せそうに味を楽しむ奈央の顔を、やはり幸せそうに眺めていた夏鈴が口を開いた。
「そういえば神社で思い出したんだけど」
「ぅふぇ?」
 小骨を身ごと噛み砕いて飲み込んだ奈央は、急に話を振られたので素っ頓狂な声を上げてしまう。
「隻眼大将とか松五郎とかヴィクトリアとか、みんな元気にしてる?」
「あー。大丈夫、みんな元気だよ?」
 納得した様に奈央が頷き、ヘッドドレスが白く揺れる。そっか、と夏鈴は安堵して頷き返した。
「でもシュヴァルツフントは、ここ最近姿を見せてないから心配だなぁ」
 能都も二人の話に乗ってくる。どうやら、三人に共通する話題らしい。波に乗り切れなかった堀衛は、眉をしかめた。
「何だ、その多国籍な集団は」
 話題に取り残されたのが悔しかったのか、具を入れた自分の皿に山椒の実を大量に降りかける。
「神社に集まる猫達の名前ですよー」
 にへら、と奈央が笑う。
「昔は、よく一緒に遊んだりしたものだ。
 ……ここ最近は家の事があって遊んでやれなかったのだが」
 遊び仲間が元気だと聞いて安心した夏鈴は、笑顔でニンジンを頬張った。
「猫か。って、猫に『黒い犬(シュヴァルツフント)』なんて名前を付けてるのか」
「だって犬みたいな顔してるんですよ」
「……犬なんじゃないのか?」
「ニャーと鳴くから猫ですよ」
 猫や犬といった小動物と戯れる機会が少ない堀衛にとって、いまいち想像できない情景だった。
 ちなみに隻眼大将は片目のトラ猫、松五郎はデブ黒猫、ヴィクトリアはシャム猫らしい。
「他の猫達《みんな》も元気だよ。先週も、夜の集会で大合唱したもんだから、近所の人達が起きてきて大騒ぎだったんだから」
「集会か。猫はもっと孤立性を保つ動物だと思っていたんだがな」
 猫は意外に社会性の在る動物である。
 縄張り意識が強いところは犬と同じだが、大きく違う点といえば「コミュニティ」を形成するという点だろう。
 その集団の中には階位(ヒエラルキー)が存在し、実力主義を骨子とする上下の関係はかなり厳しい。だが必ずしも絶対服従というわけでもなく、時として世代交代や下克上でトップが入れ替わる事もある。
 こうした点において、社会システムとしては猿のそれに極めて近い。
 そして猫の特徴として有名なのが、奈央も言及していた「夜の集会」であろう。深夜の大体決まった時間、決まった場所に集まり、まるで集会を開いているかの様な活動をするのである。
「魔女の使い魔として猫が知られているのは、その習性のせいか」
 堀衛の言う事も、あながち間違いではない。
猫達が行なう夜の集会が、魔女の集会(サバト)に似ていた事から、魔女や悪魔の従者とみなされ、特に黒猫は不吉がられたとする話しまである。
「まー、傍《はた》から見たら怖いでしょうねー」
 奈央は苦笑しながら長ネギと白菜、豆腐を自分の皿に入れる。そろそろ具も少なくなってきた。時計を見れば7時に近い。下準備に時間はかかるが、さすがに四人で食べるとなると「あっ」という間だった。
「傍目といえば……奈央、何だって白のゴスロリなどという格好なのだ?」
「夏鈴ちゃん、今更そこをツッコむの!?」
「あまりにもナチュラルな可愛いさだったので、つい反応が遅れてしまったのだ」
 四方八方に反ったクセッ毛が、恥ずかしそうに萎れていく。
「あのね。昨日は巫女装束で和風だったから、今日は西洋風なドレス系がいいって。
 ──麻太郎が」
「この天元突破エロイラガンっ!」
 萎れていたクセッ毛が、鬼の角の様な鋭さで起立していく。
「もうどんな罵倒なのか理解できんぞ田邑」
 白米を良く噛んでから飲み込むと、保健医は冷静に指摘した。こういう会話は四人の間では日常茶飯事である。罵りの喧騒にあって堀衛は黙々と三杯目の「おかわり」を盛る。
 渦中であるはずの奈央も、この空気には慣れた様子で用意してきた漬物を彼女に渡す。
「だがしかしグッジョブだ、歩く妄想図書館」
「褒められてるんだか貶されてるんだか……」
 いまの数分間で、ここ一週間分の謗りを受けた能都は、激しく脱力して肩を落とす。
「しかし改めて考えると『強制女装能力』というのは便利なもんだな」
 漬物をかじりつつ、堀衛は白いゴシック&ロリータない省の奈央を見た。
 双葉学園に学籍を置いてからというもの、教師や同級生達のアドバイスを受けながら能力の制御に努めてきた奈央である。
 それまでは女装を制御できず、勝手に衣装などが変化してしまっていたのだ。初等部に入りたての頃、商店街の真ん中で突然、黒いマイクロビキニの水着に変化してしまった事もある(その後、走って逃げ出し、泣きながら夏鈴の家に飛び込んだ)。
「すっっごい不便ですよ~」
 眉を八の字に下げながら、奈央は不満を口にする。今では急に衣装チェンジしない様に制御できるものの、能力をオンオフに切替る事も、中世的な衣装に制御する事も、未だに実現できていない。
「だってヘアメイクも化粧もムダ毛の処理も、女装と同時にやってくれるんだろう?」
 確かにそれは世の女性にとって(また女装を趣味とする一部の男性いとっても)アニメに出てくる「変身魔法」の様な、夢の能力であるだろう。
 しかし瑞樹奈央は少年なのだ。
 しかも。
「寝る時とかトイレとか、お風呂に入る時も常に女装状態なんですよ?」
「……あー」
 想像してみると、なるほどそれは不便である。服を水着に変化させれば問題ないのだが、女性では有り得ない「股間の膨らみ」を風呂場で目にするたびに落ち込んでしまうのだ。
 いつも女の子の格好なので女性的な性格の奈央だったが、やはり根底の部分は「男の子」なのだ。
「……分かってくれました?」
「まぁ、なんだ──いや、その、すまん」
 逡巡した挙句、素直に保健医は謝った。
 それでも能力の可能性を追求しようと、箸をタクトの様に振って円を描く。
「だがしかし前向きに考えてみろ。お前は風紀委員だから、もしかしたらラルヴァと戦闘する事になるかもしれん」
 例えば今日の巡回中に、と堀衛は言う。
「そんな時に、だ。剣術や銃の扱いさえ訓練していれば、女騎士とか女軍人なんかの衣装に変化させれば戦力になるんじゃないか?」
 おお、と三人から感嘆の声が上がる。どうやら考えてもいなかった未来図らしい。
「神社に剣が奉納してあるんだから、剣術を習ってみてはどうだ? 我が田邑道場は随時門下生を募集しているぞ」
「え? えーと」
「どさくさに紛れて勧誘してんじゃねぇよ」
 四角い顔がジト目で睨む。
「ああ、そういえばさっきも宝刀がどうのと言ってたな」
「でも鎧とか重いって聞きますよう~?」
 奈央はRPGやアニメに登場する女騎士や女剣士のイラストを思う浮かべる。誰が見ても、奈央の細い身体で(それが能力のせいなのかは不明)鎧を着て動けるかどうかは疑問が残る。
「うーん、武者鎧で三十キログラムはあると耳にした事あるなー」
 顎に手をやり、能都が呻く。
 鎧を着るというより、着られている奈央の姿を想像したのだろう。
 その数値を聞いて「うええ」と女装少年が悲鳴をあげた。思わず鍋をつつく箸を止めて舌を出す。
「七キログラムでも重過ぎるよぉ~っ」
 溜息をつきながら、食欲を減衰させる想像を頭から振り払う。ふと口にしたのだろうが、その言葉に堀衛が反応した。
「七キログラム?」
「え?」
 聞かれて奈央も気付いたようだ。
「なんで七キログラムなの?」
「俺に聞かれてもなぁ」
 問われた能都は苦笑するしかない。
「此処には四人いるから、単純に三十を四で割ったのではないのか?」
「ううん、違うよ。ふと頭の中に思い浮んだんだ。つい最近、どこかで聞いた事ある数字だった様な……え~と……」
 そう呟いたっきり、純白のゴスロリ少年は腕を組んで考え込んでしまう。見れば堀衛も何かしらを考え込んでいた。
 訳が分からず、取り残された二人は途方に暮れてしまった。七キログラムがどうしたと云うのだろう。
「あ」
 数分間の沈黙を伴う思考の後、何かに思い当たったらしい。奈央の顔から霧が晴れた。
そして、こんな言葉を口にする。

「七キログラムは重過ぎる。
 ましてや明かりが無いとなると尚更だ」

「──何?」
 突然のセリフに、たまらず夏鈴が聞き返す。
考え続けていた堀衛も、その言葉を耳にして目を丸くしていた。
「今日、商店街に買い物へ行った時に聞いたんだ。そう……この鍋パーティーの材料とかを買いに行った時だよ!」
 堰を切った様に喋りだす。記憶が呼び覚まされた勢いそのままに、口を吐いて出るのだろう。
「商店街にある園芸店から出てきた二人の男性客がいて──大きな紙袋を抱えていた方が、重そうに口にしてたセリフを、たまたま耳にしたんだった」
 それが、あのセリフなのだという。
「よく憶えていたな、奈央」
「なんだか妙に語呂がよかったから、無意識に覚えていたのかもしれないね」
「そりゃあ、七キロは重いだろうなぁ」
 常人より筋肉のある能都だったが、七キロもある物を素手で運ぶとなると、大変だろうというのは容易に想像できた。
 だよね、と奈央も呑気に言葉を返す。四人の中では唯一の「少女」である夏鈴も無言で何度も頷いている。
 しかし保健医だけが再び考え込み始めた。
 細い顎に手を当てたまま俯《うつむ》くと、何事かをブツブツと呟き熟考している。とても真剣な表情で、茶化していいものとは思えない。
「せ、先生?」
「堀衛センセ?」
 夏鈴と能都が、それぞれ呼びかけた。
 すると保健医は顎から手を離し、顔を上げる。しかしそれは二人の呼びかけに答えた訳ではない様だった。
 その代わり奈央の方を向くと、深刻な面持ちで口を開く。
「それを聞いたのは今日なんだな、瑞樹?」
「え、あ、はい」
 改めて確認する堀衛の目は真剣そのものだ。
 気圧されたのか、奈央も短く頷くしかない。
「だとしたら大変だぞ、瑞樹」
「な、何がですか?」
 久し振りに耳にする、堀衛遊の鋭利な声。
 いつもは仕事の手を抜く事ばかり考えている無気力な教師だが、こういう声を発する時は違う。このナイフの如き鋭さは、誰かを護る為の刃なのだ。
 それを感じ取ったからこそ、聞き返す奈央の声も低く重くなる。

「今夜にでも犯罪が起きる可能性が高い」

 仮定的な言葉であったものの、その口調は確信めいていた。


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