【Little bird,Fly away!】


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【Little bird,Fly away!】
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 困惑が、漣のように教室に広がりつつあった。
 生徒たちの視線の先には各々の机上に置かれたテスト用紙…ともう一枚の紙。
 この授業、『異能習熟基礎』の期末テストという今この時の状況からみれば特に問題はないはずである。
 だが、それはどこか異様だった。
 裏返しとなったテスト用紙は明らかに一枚しかない。しかも裏から透かして見える限りではその一枚の中ですら文章であろう黒は上半分に小さく縮こまっていた。
 もう一枚の紙も、一見メモ用紙と思われる感じではあったが、ハンカチ程度の大きさというのは少々小さすぎる。
 まるで着慣れぬ制服に身を包まれた入学式の日のような、そんなしっくりしない気分に囚われた生徒たちはちらちらと周囲に目をやるが、テスト開始間近というタイミングから口を開くこともできず、どことなくやる気のなさそうな――実際には十人が十人及第点には一応達してるだろうと判定するくらいには熱意があったが――担当教師もいつものごとくどこ吹く風。
 そして気持ちのやり場の見付からぬままテスト開始のベルが鳴り、生徒たちは半ば反射的にテスト用紙を表返した。

――配布してあるもう一枚の紙を持って屋上まで行くように――

 テスト用紙の本文には、ただその一文だけが書き込まれていた。
 困惑と我慢が仲良く限界を突破し、ざわめきがそこかしこから上がる。
 そこらで沸き立つざわめきがあっという間に沸点に達する。だがその刹那、
「はい、他のクラスは…いや、『も』かぁ…テスト中だから静かにね」
 どこかのんびりとした言葉が、だが的確に生徒たちに水を差す。
「うん、それじゃ急いで屋上に行こうか。時間は待っちゃくれないよ」
 そう言うと教師は生徒たちを置いて教室を後にしてしまう。こうなると生徒たちもついていかざるを得ない。顔を見合わせながらもぞろぞろと立ち上がり扉の方へ向かう。
 と、いつの間にやら戻ってきたらしい教師が入口から頭だけを生徒たちの眼前に突き出した。
「あ、分かってると思うけど移動中も静かに、ね」


     ※     ※     ※     ※


 雲一つない青空が、教師と生徒たちを出迎えていた。
 誰言うともなく半円状に並んだ生徒たちは、こんな奇妙なことをやらかした教師がこれから何をしでかすつもりなのか、一挙手一投足をも見逃すまいと教師のほうを注視している。
 視線の集中砲火に晒された教師はどこか居心地悪そうに視線を彷徨わせながら言葉を舌先で躍らせていたが、やがてどう話すべきか決まったようで、小さく生徒たちに頷くと口を開いた。
「先生が大学生だった頃はねぇ、いや、今でもそうかもしれないし先生のとこだけかもしれないけどさ、いい加減な採点をする教授って結構多かったんだよ。答案を紙飛行機にして遠くに飛んだのからいい点数をつけるとか、他に…」
「先生」
 冷ややかな一言が彼の話を断ち切った。
「いつもならともかく今は脱線は止めてもらえませんか?『時間は待っちゃくれないよ』ですよね?」
「ごもっともでございます」
 教師は苦笑と共に肩をすくめた。
(ふむん、委員長がこんなつれない態度とはねえ)
 委員長――と、彼が心中で呼称しているが実際は委員長でもなんでもなく短く切りそろえたおでこ全開の前髪と角眼鏡という姿から勝手にあだ名付けしているだけ――は本来はむしろ講義が本道なのか脱線が本道なのか分からなくなる彼の授業進行を呆れながらもきっちりフォローしてくれるありがたい人材だ。
 そんな彼女にこうあからさまに苛立ちを押し殺した態度を取られてしまうと流石のマイペースな彼も少々こたえる。
「えー、じゃ、テスト内容だけ言うよ」
 簡潔に、簡潔に。そう自分に言い聞かせながら教師は話を続けた。
「先生はね、採点だけじゃなくてテスト自体もダウンサイジングしようと思ったんだよ。つまりね、皆紙を持ってきたよね、今からそれで紙飛行機を折って飛ばしてよ。その飛距離で採点するから」


     ※     ※     ※     ※


 一拍、二拍、三拍。
 それだけの空白が、生徒たちが受けた衝撃の大きさを物語っていた。
「…な、な、な」
 凍結した意識が徐々に解凍され、金魚のようにぱくぱくと開閉する口から細切れの驚愕が漏れだす。
「…何馬鹿な事言ってるんですか先生!!」
 委員長の叫びを皮切りに、他の生徒もそうだそうだと抗議のシュプレヒコールをあげた。
「いやー、それがそうでもないんだよなぁ」
「え?」
 だが、教師はブーイングの嵐にも柳に風とばかりに両手を広げて応じる。
「さあ、僕たちの授業、『異能習熟基礎』とはどんな授業なのかな?」
 のんびりとした口調に断ち切られた流れに更に踏み込むように、教師は一人の生徒を指差し質問を投げかけた。
「え、ええと、異能を使うための基礎として魂源力(アツィルト)の制御方法を学ぶ授業です」
「うんうん、まあまあかな」
 教師は大げさに頷くと囁き混じりながらも再びこちらを注視する態勢に戻った生徒たちを一瞥する。
「魂源力はいわばガソリンのようなもの、精神というエンジンを通してエネルギーを取り出さないと宝の持ち腐れなんだ」
 その言葉は、最初の授業で教師が最初に生徒たちに教えた言葉だった。
「先生、もう少し手短にお願いします」
 委員長の言葉から少し険が取れたのは、彼の言葉が脱線だらけながらも異能をより良く使えるよう共に苦心した日々を思い起こさせたからだろうか。
「そうだったねぇ。実はね、その紙はただの紙じゃないんだ」
 まじまじと、あるいは訝しげに手中の紙に視線を落す生徒たち。疑うのも分かるけどね、と教師は話を続ける。
「ただの紙じゃなくてね、学園が出資してるだとかの研究所が開発した素材が混じってるんだ。この素材はなんでもスポンジのようなものだってさ、魂源力を吸い取るって意味で。ああ、魂源力の吸い取り紙って言った方がよかったかな?」
 『それで?』『次は?』そんな意思を込めた視線が返ってくる。密かに突っ込み待ちだった教師はわずかに肩を落とす。
「君たちのエンジンを全開にしてこの紙に『紙飛行機を飛ばすぞ』って魂源力を込めるんだ。そうすればその出来不出来が飛距離になって現れる。ちなみにこの程度の素材含有量ならたいした量は蓄積できないから君たちが持ってる魂源力の大小も関係ない。どうだい?そう馬鹿にしたもんじゃないだろ、この試験も?」


     ※     ※     ※     ※


 ぺちゃり。投げられた紙飛行機は飛ぶことかなわず力なく墜落した。
「センセー、これホントにその素材ってやつ入ってるんすか?」
 墜落した紙飛行機を拾い上げた男子生徒が疑わしげに言う。
「そうそう、先生楽したかっただけじゃないの」
 近くにいた女生徒もそれに同調する。
「君たちね、教師なんて案外楽な商売って思ってるでしょ。いや、否定しなくていいよ。先生だって学生の頃はそう思ってたんだし」
 女生徒の言葉に心底嘆かわしいという顔を見せ、教師はそう反論を始めた。
「でもね、教師になって初めて分かったよ。先生の仕事って本当に大変なんだ。授業は異能の授業なんてデータが少ないからほとんど手探りだし採点だって難しいし、その上クラブの面倒も見なきゃいけないし。家にまで仕事を持ち帰らなきゃいけないんだよ?もし昔に戻れるなら紙飛行機採点を小馬鹿にしてたあの時の僕をぶん殴ってやりたいよ、教授も大変なんだ、ちょっとは考慮してやれってね」
(あれ、それってこのテストが楽したいからってこと認めてるよね)
 生徒たちは一様にそこに思い至ったがあえて口にはしなかった。それだけ教師の口調が哀切さにまみれていたのだ。
 はあ、と疲れを溜息という形で吐き出しつつ、教師は右腕を軽く持ち上げる。そこにはいつの間に折られていたのか紙飛行機が摘まれていた。
 放つ、というよりは離すと言ったほうが相応しいであろう動きで紙飛行機がテイクオフする。全く風がないはずなのに紙飛行機はふわふわと宙を漂い、生徒たちが見守る中、彼らが悪戦苦闘している場所より反対側のフェンスの方が明らかに近い場所まで到達した。
「ま、これも年の功って奴かな?」
 先程疑いを表明した男子生徒に教師はそう笑いかける。
 かつて有能なサイコメトラーだったというこの教師が今異能の力をほとんど失っていることは『僕のエンジンは錆付いちゃったからね~』という口癖と共に生徒たちにとっては周知の事実だった。
 そんなハンデを持つ人ですら、魂源力を取り出すコツを知っていればここまでできるのか?驚きがさざめきとなって生徒たちの間に広がっていく。
「うーん、あれを合格ラインにしようと思った……んだけど、やっぱりやめとくよ」
 自分の記録の半分にも及んでいない結果を一瞬見やり、あっさり自分の言葉を翻す教師。
(…絶対目にもの見せてやる!)
 安い挑発ではあったが、テストが始まってからこちら感情をかき乱されっぱなしの生徒たちには効果覿面だったようだ。
 一見して分かるほどに気合の入り方が変わり、かくしてテストは佳境へと突入したのだった。


     ※     ※     ※     ※


「はい、おーしまい」
 終了のベルと共にそう言って教師は軽く手を叩いた。
 その気の抜けた音がむきになって没頭していた生徒たちを一気に呼び戻し、彼らは白昼夢から醒めたかのように三々五々教師の元に戻ってきた。
「皆、お疲れ。皆の頑張りが見られて先生は嬉しいよ」
 教師はそうねぎらいの言葉をかけるが、当の生徒たちは複雑な表情だった。
 結果としては教師の飛距離に近づいたものは何人かいたものの、結局誰一人として越えることができなかったのだ。普通のテストならば終わる頃には自分ができていたかそうでないか大体の見当はつく。だが、このテストの場合採点基準がどうにも読めない。
 だから、やるだけやったという達成感はありつつもどうにもそれを味わうことが出来なかったのだ。
「あ、後片付けは先生がやっとくからもう挨拶なしで解散でいいよ。次のテストも同じぐらい頑張ってね」
 だが、それも最早過去の話。その一言で次のテストへの臨戦モードに入った生徒たちは慌てて小走りに走り去っていく。
 あっという間に独りになった教師は大きく伸びをした後、紙飛行機を回収するために歩き出した。
「……まったく、誰も彼もなっちゃいない」
 紙飛行機を指先で軽く撫で、まるで小鳥を扱うかのように優しく摘み上げながらそう言う教師。
 やがて、教師の足元に生徒全員の分の紙飛行機が集結する。
 教師はそれを端から拾い上げると無造作に空に送り出す。その紙飛行機はどれも教師のそれと同じように落ちることなく飛び続けた。
 異能は無いも同然。教師として秀でたものもない。熱意も…むしろ少ない方かもしれない。
 それでも、彼は一つだけ特技を持っていた。
 少年期の熱中が生み出した業。彼は、紙飛行機を飛ばせる折り方が、紙飛行機を飛ばせる投げ方が後天的な本能とも言えるレベルで分かってしまうのだ。
 かつて神技と言われた指で調整を受け、神の手と呼ばれた腕から放たれた生徒たちの紙飛行機は今や彼のそれと対等の条件にある。
「まったく、誰も彼もなっちゃいない」
 嬉しそうに再び呟く彼の視線の先で、ハンデから解き放たれた紙飛行機たちは生徒それぞれの魂源力(いしのちから)に支えられ、彼の紙飛行機の上を軽々と通過し、フェンスさえ飛び越え、学園の空へと飛び出していく。
「全員満点、決まりだねぇ。それじゃ次の仕事が入るまで休ませてもらいますか、っと」
 雲一つない空の下、暖かい陽光に照らされながら怠惰を決め込む不良教師。そして、同じ陽光の下、そよそよと流れ始めた風に乗り紙飛行機は飛び続ける。
 どこまでも。どこまでも。




                    おわり



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