【腹話術師の道具屋】


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 腹話術師の道具屋




 猫ってなんて可愛いんだろう。
 くりくりした緑の瞳にもこもこしたお腹、触るだけで癒される肉球。猫ほど可愛い生き物なんて他にないんじゃないか、そんなことを思うくらいに海野《うみの》弥子《やこ》は目の前の光景に満足していた。
 そこには数え切れないくらいの猫が集まっている。
 にゃーにゃーと子猫から小太りの猫まで様々な柄のノラ猫が弥子を囲っていた。愛くるしい視線を弥子に向け、餌を乞うように群がっている。
 ここは弥子の通学路にある河川敷。そこは双葉区にいくつも存在する『猫場』と呼ばれる猫たちの集会場、あるいは餌場であった。弥子はよくここに来ては猫に餌をやりに来るのであった。
「はい、みんな餌だよー。慌てないで食べなよ」
 そう言って弥子ほくほくしながら、パンを千切っては投げてやる。
 弥子はオレンジ色の髪を後ろでちょこんと束ねているが、髪が長いわけではないので後ろ髪がチューリップのようになっている。中等部水泳部の部員である彼女は健康的な可愛らしさを持っていた。こうして猫と戯れている様子を見ているほうが和んでしまうであろう。
 そんな弥子はとあることに気付いた。
 猫はたくさんいるが、特に橋の下に多く猫たちが集まっていた。普段はみんな自分のもとへと駆け寄ってくるのに、少し弥子は不思議に思い首をかしげる。
(どうしたんだろうあの子たち……)
 その橋の下に集まっている猫たちは、密集し、何やら重なり合っているように見えた。にゃーにゃーと激しく鳴き、弥子に何かを訴えているようだ。
 弥子はどうしたのだろうと思い、ゆっくりとその方向へと足を進めようとした瞬間、誰かに肩をぽんと叩かれた。
 誰だろうと振り返ると、そこには黒い長髪の女生徒が立っていた。鋭い目つきをしているが、口元は優しげに笑っている。弥子はその人物をよく知っているようだ。
「あっ、逢洲《あいす》先輩!」
 弥子の顔がぱあっと明るくなる。その人物は風紀委員長の逢洲|等華《などか》であった。
「やあ海野。久しぶりだな」
 等華は軽く挨拶した。彼女も猫が大好きなようで、猫用の餌を手に持っている。この二人はよくこうして猫場でよく会い、見知った仲であった。それにこの間起きた『水泳部の事件』で等華には世話になり、弥子は彼女を尊敬しながら慕っているようである。
「先輩も猫ですか?」
「ああ、猫だ」
 等華はクールにそう答えるが、もう視線は猫にしかいっていなかった。だが、そんな等華も橋の下の猫たちに気付いたようである。
「あれは……?」
「ああ、先輩も気づきました? あれなんなんだろ」
橋の下に群がる猫を不審に思い、等華はそちらに向かっていく。弥子もその後を追う。
 にゃ~~~~。
 弥子たちのほうを見てそう鳴く猫を見て等華は頬を綻ばせるが、後輩が見ているのでごほんと咳払いし体裁を保つ。等華の猫好きは弥子も知っているので、今さら格好をつけなくてもいいのに、と弥子は苦笑する。
 そんなところが等華のいいところでもあるのだ。堅苦しい印象を受ける風紀委員長という肩書だが、それだけじゃないことを弥子は知っていた。
「おいお前たち。そこに何かあるのか?」
 等華は猫たちにそう呼びかける。すると猫たちは一斉に散り始め、段々とその猫たちがいた所が見え始めた。
「え?」
「うむ……?」
 思わず二人はそんな声をあげてしまう。それも仕方ないであろう。猫たちが退いたその場所には思いもよらないものが落ちていたのだから。
 それは人だった。
 小柄な人物がそこにうつ伏せで寝そべっている。さっきまで猫の下敷きになっていたようで、ぐったりとした様子で芝生に顔をうずめている。
「なんて奴だ……羨ましい……」
 等華がぼそりとそう呟くのを弥子は聞き逃さなかった。猫にまるでおしくらまんじゅうのようにくっつかれていたので、弥子も少しうずうずしていた。等華の気持ちはわかる――が、その猫に潰されていた本人は大分苦しそうであった。
「あ、あのぉ。大丈夫ですか?」
 弥子は駆け寄ってその人物を揺すり、仰向けに転がした。
 その人物は少女であった。弥子と同年、あるいは少し上程度であろう。ショートカットで、少し中性的な顔立ちをした少女である。
(わあ、綺麗な顔……)
 それが弥子の素直な感想だった。だが、その少女は黒い帽子に、大人の着るような――これまた真っ黒なインバネスコートを着込んでいて、その容姿とはちぐはぐな印象を受ける。
 しかしそれ以上の違和感を弥子は覚えていた。
 その黒衣の少女は大事そうにウサギのぬいぐるみが抱かれている。
 白く、胸元には蝶ネクタイのついている可愛らしい子ウサギのぬいぐるみ。それが大人びた雰囲気を持つ少女にまったくそぐわないものであった。
「おい、お前。大丈夫か?」
 等華は腰を下ろして黒衣の少女の頬を軽くぺちぺちと叩く。すると、その少女はゆっくりと目を開いた。衰弱しているのか、どこか目が虚ろであった。もしかして死んでいるのではないかと思っていた弥子はほっと胸を撫で下ろす。
「あのぉ……大丈夫ですか?」
 弥子が優しくそう話しかけると、その少女は何故かぬいぐるみを掲げ上げ、その顔を弥子の方へと押しつけ、
『おい。腹減ったぞ。何か食い物よこせ』
 そう言った。
 誰が?
 その声は妙に渋く、少女の声とは思えないものであった。弥子が不思議がって辺りを見回すが、男の人は周りに誰もいない。じゃあ、今の声は空耳?
『どこ見てんだよチューリップ頭。俺だよ俺。俺様が喋ってんだよ』
 弥子はばっと少女が掲げているウサギのぬいぐるみを睨みつける。
「ぬ、ぬいぐるみが……喋ってる?」
 信じられないことだが、確かにこのぬいぐるみが喋っている……ような気がする。弥子は頭にクエスチョンマークを浮かべながらウサギの頭を掴み、何か細工があるのかと撫でくり回す。だが、機械が入ってる様子はなく、お腹には柔らかな綿だけが詰まっているようである。
『おいおい。俺様の高貴な身体に勝手に触れるんじゃねえよガキ。あと十年して美人になってからにしな』
 可愛い顔して憎たらしいことを言うウサギのぬいぐるみに呆気にとられてしまい、弥子は混乱したまま茫然とするしかなかった。
「何を驚いてるんだ海野。こんなものはただの腹話術だろう。この少女がぬいぐるみを使って喋ってるだけだよ。まったく。自分の口から言えばいいものを」
 ぽかんとする弥子とは対照的に、等華は冷静にそう突っ込んだ。たしかに言われてみると、少女がぬいぐるみの手などを動かしているのが見える。
『うるせえぞこのパッツン女。いいからこっちの黒衣《くろこ》になんか食べ物を与えてやれ。このままじゃ死ぬぞ。見殺しにする気か?』
 ウサギはそう言ってその白い手で少女の顔を指さした。ややこしいことだが、つまりその少女はお腹がすいているから何か食べ物が欲しいということなのだろう。
「ぱ、パッツ……。貴様……覚悟は出来ているんだろうな……そこになおれ!」
「お、落ちついて下さい先輩! 気持ちはわかります。気持ちはわかりますよ!」
 弥子は怒りに満ちた瞳で帯刀している刀に手をかける等華を必死に押さえる。まったくなんて口の悪いぬいぐるみなのだろう。でもその言葉を言っているのは、本当はこの綺麗な顔の少女だと思うとなんだか不思議な気分だ。その少女は相変わらずの無表情で、なんの感情も読み取ることはできなかった。
 弥子は溜息をつきながら手に持っていた猫たちのために持ってきていた、パンをその少女に与えた。
 すると、その少女はがっつくようにパンを手に取り食べ始めた。少女が物を食べている間は当然ながらウサギは一言も言葉を発しはしない。
 パンを食べ終わり、顔に生気が戻った少女はウサギのぬいぐるみを抱き直して二人の方を向き直った。
『ふん。助かったぜ。人間もたまには役にたつもんだ。こいつが死んだら俺様は動けやしねーからな』
 ふふん、と無い鼻を鳴らし、なぜかふんぞり返るウサギを見て弥子は頭を押えさる。等華もやれやれと、呆れたように肩をすくめた。猫に餌を与えに来ただけなのに面倒なことになったな、と。
「それで、貴様は何者なんだ。なぜこんなところに倒れていた。学生か?」
 一先ず元気になったようである少女に向かって、等華は風紀委員長として尋問を開始した。こんなところで生き倒れしているのはまともではない。
 すると、ウサギのぬいぐるみはそのフェルトの手で少女のポケットをあさり、名刺を取り出していた。
『ふふん。俺様はこういうものだ』
 等華は律儀に名刺を受取った。そこにはこう書かれている。
 “道具屋”ファニー・バニー。
 その珍妙な名前はその少女の名前なのか、ウサギの名前なのか疑問に思ったが、それよりもその職業に二人は首を捻った。
「道具……屋?」
『そう、俺様は道具屋だ。道具を売って生活をしているんだが、どうにもここ最近商品の売れ行きがよくなくてな。住むところも無くて路上生活を続けていたんだが……俺はともかくこの黒衣は食べないと死んじまうんだな。はははは』
 ウサギは少女の顔を指さして笑っていた。つまるところそれは盛大な自虐なのだろう。
(黒衣――くろこ?)
 それが少女の名前なのだろうか。いや、歌舞伎や人形劇の裏方を指しているのだろう。その少女が黒ずくめなのも納得がいった。そのウサギのぬいぐるみ――ファニー・バニーこそが少女にとっての“本体”なのかもしれないのだと、そう弥子は考えた。
「そうか。それで、その。なんであんなに猫たちに囲われていたのか、それを教えて貰おうか」
 等華はファニー・バニーの素状よりも、猫たちに囲まれていた理由を知りたがっているようで、妙にそわそわとしている。弥子もあれだけの猫にくっつかれているのを見て、少し羨ましいと思っていた。
『そんなのは簡単さ。俺の商売道具を使ったのさ。これだ!』
 そう言ってファニー・バニーはまたもや少女のポケットから何かを取り出した。
 それは笛である。ホイッスルと呼んだ方がいいのだろう、手のひらほどの小さな笛であった。それをファニー・バニーは等華のほうへと投げ渡した。
「これは?」
『“猫笛”だ。これがあれば猫を集めることが出来るんだよ。今は真冬だからな。夜の寒さを防ぐには猫の体温が一番だ。この島はやけに猫が多いしな』
 それを聞いて等華目をかっと見開いて、その笛を見つめた。
 そして、それを思い切って吹いてみると、辺りにいた猫たちが一斉に等華に向かって飛びかかってきたのであった。
「う、うわ~。くるし~」
 たくさんの猫たちに押しつぶされるようにされながらも、その声はどこか嬉しい悲鳴に聞こえたのは何故だろうか。弥子はそれをぽかんと見つめ、その猫笛の効力が本物なのだと理解した。
「道具屋ってこういうのを売ってるの?」
 弥子は興味を示したようで、腰をちょこんと下ろしてファニー・バニーと向き合った。黒衣の少女はファニー・バニーの腕を動かしながら答える。
『そうだぜ。俺様は色んなところでかき集めた超科学アイテムやマジックアイテムを売るのが仕事だ。その猫笛はそいつにやるよ。黒衣を助けてもらった礼だ』
「へえー。あたしと同じくらいの歳なのに、もう働いてるんだ……」
 弥子は感心してしまった。だが、こうしてこんなところで生き倒れているのを見ると大変なのだろうと思い、自分にはまだそういうことは出来ないなと考える。
『あんた何か悩みとかないか?』
「へ?」
 ファニー・バニーに突然そう言われ、思わず弥子は間抜けな声を出してしまう。
『あんたには食べ物貰ったからな、その礼に何かあるなら俺が解決してやろう』
(そう言われても……)
 女子中学生なんだから悩みなんていっぱいあるけども、それを人に言うのは恥ずかしい。弥子は何かないかと頭の中を整理する。
「そうだ、明日期末テストがあるんだった」
 弥子はそれをふと思い出し、なんとなくそう呟いてしまった。ここで遊んでいる場合ではないのだ。早く帰って勉強しなくてはならない。そのために今日は部活も無く、早く帰路についたというのに。
『ほほう期末テストか! それは俺様の出番だな。期末テストは俺の商売にうってつけの日だ!』
 そう楽しげにファニー・バニーは叫んで、茂みに落ちている大きなトランク目の前に置いた。そしてトランクを開け、中から何かを取り出したのであった。
「なに。これ?」
 弥子の疑問の言葉は当然だろう。トランクから出てきたのは何やら妙に胡散臭いヘッドギアだったのだから。
『こいつは人の頭をよくする装置だ。他人の能力を魔術付与《エンチャント》した代物でな、それをつけて勉強すれば一気に天才になることができるんだ』
 ファニー・バニーは自慢げにそのヘッドギアを弥子に手渡した。ずっしりとした感覚が手を伝う。
 それは魅力的なものであった。それをつければ勉強せずとも満点をとれるかもしれない。弥子は決してテストの成績が悪いわけではないが、それでもトップには程遠い。これをつければきっとどんな問題も解けるのだろう。
 今なら風紀委員長の等華も猫の海に溺れていて見てはいない。これを受け取るなら今がチャンスだ。
 だが、弥子は――
「気持ちだけ受け取るね。あたしは、これいらないから」
 そう笑顔で言ってヘッドギアをファニー・バニーに返した。
 ファニー・バニーは首をかしげ、それを操る少女も少しだけ『何故?』という目で弥子を見つめる。
「だって、こんなインチキしてもそれはあたしの実力じゃないもん。あたしは部活も勉強も、自分の力で頑張りたいから」
『なぜだ。これがあれば楽できるんだぞ』
「だって、そんなの使っちゃったら、問題作ってる先生に悪いもの。それは|あの人《・・・》を冒涜することになるから……だから、ね。これは返すよ」
 太陽のように爽やかな笑顔を向ける弥子に押され、解せないながらもファニー・バニーはそのヘッドギアを受け取った。
「おいウサギ! この猫笛壊れてしまったぞ!」
 すると、等華が慌てた様子でファニー・バニーのもとに駆けてきた。もう猫は彼女にくっついていないようだ。
『おっと。言ってなかったか。それは回数制限があってな。それを超えると壊れてしまうんだ。だから慎重に使えと――』
「それを早く言え! もう何十回と使ってしまったではないか!」
『なんで猫をくっつけるだけの道具をそんなに使うんだよ……!』
 がっくりと肩を落とす等華と、それを呆れた様子で見ているファニー・バニーをおかしく思いながら弥子はくすりと笑った。
「じゃあバニーさん。あたしは今から帰って勉強するから、これで帰ります」
 さっと弥子は立ちあがる。等華も諦めたようで、鞄を手に持ち帰る準備をする。
『ちょっと待て』
 そう言ってファニー・バニーはトランクから小さなものを投げ、帰ろうとした弥子に渡した。弥子がゆっくりと手を開くと、それはお守りだとわかった。
「なにこれ?」
『風邪予防のお守りだよ。せめてそれくらいは受け取ってくれ。恩を返さないままじゃファニー・バニーの名が傷つくからな』
 弥子はそのお守りをぎゅっと握りしめ、大きくファニー・バニーに手を振った。






『ふん。まったくせっかく手に入れたのに、何の役にも立たないなこれは。まったく、人間とは解せないものだ。楽できるにこしたことはないだろうに。ケチがついたものを持っているのもなんだし、捨てるか』
 弥子たちが帰った後、そう言ってファニー・バニーは返されたヘッドギアをどこかへ放り投げ、その場から立ち去ろうとした。
 すると、後ろから叫び声が聞こえてくる。
「この泥棒ウサギ―! |僕の発明品《・・・・・》をどこにやったんだー! あのヘッドギアは僕の物だぞ!」
 ファニー・バニーがぎくりと振り返ると、後ろから青白い顔の少年がこっちに向かってくるのが見えた。体力が無い癖に無理しているのか、大分疲れているようだ。
『げっ、あいつは松戸《まつど》科学《しながく》! もうバレたか!』
 ファニー・バニーと黒衣の少女は捕まってたまるかとその場からすたこらと逃げ出していた。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆



 吸血鬼の少女、ショコラーデ・ロコ・ロックベルトはアホの子であった。
 勉強の出来ない彼女は明日の期末テストをどうしようかと悩みながら帰路につく。
 すると、天から奇妙なものが降ってきたのである。
 それはなんだか妙な形をしたヘッドギアであった。なんだろうかとショコラがヘッドギアを手に取ると、そこには取扱説明書がついていた。
「うーむなになに。『これをつけて右横のボタンを押すと知能が増幅して頭脳明晰、成績優秀な生徒になることができます』じゃと! なんてことじゃ。神はわしの敵じゃが今日ばかりは感謝をせねばならぬじゃろう!」
 そのヘッドギアを天に掲げ、大喜びでショコラはそのヘッドギアを頭に装着した。
 これで明日のテストは満点だ。
 きっと|あいつ《・・・》も自分を褒めてくれるだろう。
 これで零点の答案ともおさらばだ。
「これでわしも天才の仲間入りじゃー!」
 そう言って、ショコラはヘッドギアのボタンをポチっと押すのであった。



 (了)







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