【おーじょさまの倉庫番】


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 夜の校舎は、ひっそりと静まり返っていた。人が歩く音も、息遣いも聞こえない。
 ただし、それは表面上の事だ。わずかな気配を読める者ならば、暗闇の中で繰り広げられている壮絶な『追いかけっこ』を感じることができるだろう。
『反応は学外に逃げていきました。C班は追跡を中止して帰還、陽動に備えてください。B班は哨戒開始、万一に備えてください』
 その声は、学園内のあちこちで警備にあたっている者達……プロの警備員ではあるが、殆どは異能を持たない一般人である……の頭の中に、直接響く。インカムを身につけてはいるが、声の主はマイクに声を吹き込んではいない。念のため、警備の人達にはマイクから声を入れて貰っているが。
「……ぁふ」
 その声の主は、彼らとはだいぶ離れた場所……職員室の一角で、小さな欠伸を洩らしていた。部屋の奥にある倉庫らしきものに視線をやっている。
「交代まで、あとどれぐらいだろ……」
 眠たそうな瞳でそうつぶやいた女性……いちおう女性、という年齢だ……は、春奈《はるな》・C・クラウディウス。学期末の双葉学園で恒例となっている、本日の『宿直』担当である。


 おーじょさまの倉庫番


 双葉学園には、常識では考えられないような力を持つ生徒が沢山存在する。そもそも、そういう生徒を集めてきているのだから当たり前といえば当たり前だ。そして、彼らは学生であり……その力を、いけない事に使おうと魔がさす事も、当然ある。
 その最たる例が、カンニングだ。学生の悩みである試験を突破するために、(悪い意味で)やる気のある生徒はその知恵と異能を振り絞ってカンニングを試みるのだ。
 一口にカンニングと言っても、その方法は多岐にわたる。問題を盗み取る、見えないカンペを持ち込む、問題自体を未来予知する……方法を挙げればキリがない。
 無論、教師陣もそれに対して手をこまねいて見ているだけではない。こちらも異能を扱う人物で盗人を駆り立てたり、数がそれほど多くない『異能封じ』ができる人材を集めて予防したりと、色々な手を打っている。
 カンニングをしようとする学生側と、防ごうとする学校側。緊張の糸は、試験の日程が近づくにつれて徐々に張り詰めていった。


 職員室の隅にある給湯器(タダ)からコップへお茶を入れた春奈は、その異能で学園敷地内に『何者か』が入り込んだ事に気づいた。来訪者があるという連絡は来ていない……つまりその人物は『免れざる客』だ、という事である。
『E班へ通達、南国道側通用口から侵入者あり。対応準備をお願いします』
 哨戒をお願いしている警備の人達に連絡をし、一息つく。入ってきた何者かの気配を探ってみるが、既に立ち去った後なのだろう、彼女の異能効果範囲外に出てしまったようだ……眠気のせいで、普段通りに異能が使えずに範囲が縮んでいる、というのもあるだろうが。
「何だったんだろう、すぐどこかに行っちゃったけど……」
 椅子に腰掛けて、色々な可能性を考えてみる。
 単に迷い込んできた……訳ではないだろう。だとしたら、門の所で警備員に引っかかっている筈だ。同様の理由で、忘れ物か何かでやってきた人物ではないだろう。となると……
「やっぱり、何か目当てに忍び込んできたのかな……でも……」
 それならば、なんですぐに学外へ去っていったのか。警備がしかれているのに警戒して逃げていったのか、それとも……

 春奈の思考がそこまで来たところで、思考が中断された。
 耳に響く爆音。明らかに何か爆弾らしきものが炸裂した音だ。続いて、インカムから警備員の声が聞こえた。
『指示した場所に……爆弾?』
 爆音は、どうやら侵入者が仕掛けていった爆弾のようであり、それで壁が破損したという……だが、何故?
「テロ……にしては、規模が小さすぎるし、犯行声明が届いている訳じゃない……」
 色々な可能性を、考えては却下していく。その中で残ったのは……
「……陽動?」
 派手に人を引きつけておいて、その隙に本命が忍び込む。常套手段ではあるが、何のために……
「……でも、それが一番ありえそうな事、だし……」
 そう判断した彼女は、すぐさま警備担当に指示を飛ばす。
『校内に何者かが侵入した可能性あり、校内哨戒班は警戒してください!』

 それから数十分……
 警備班からの連絡はなく、侵入者があったのかどうかすら定かではない。
 そして、爆音で目が覚めた春奈の異能でも何かが潜り込んだ気配を掴むことはできなかった。そもそも、本当に何か潜り込んだのかどうかすら定かでない。
「……間違えた?」
 彼女の異能で、人の気配を……もしくは、『心』のあるラルヴァの気配を見逃す事は、ほぼ無いと言っていい。その異能で捉えられない、となると……
 春奈の頭に、だいぶ前にある人物とかわした会話が浮かんだ。


 それは、ある人と異能についての話をしていた……というよりも、講義を受けていたといった方が近いだろう、その時だった。話しの内容が、春奈の能力に及んだときである。
「先生の異能は、精神感応……もしくは、それに類する能力、でしょうか」
「……え?」
 その人物は、春奈の秘密を(彼女から見れば)容易に推測した。
 稲生賢児《いのう けんじ》、双葉学園で、『異能力研究所』という施設で講義を行っている研究者、かつ講師の一人である。
 異能という、これまでまともに学問として扱われていなかったものを体系立てて研究していることに、単にそれを使うだけである彼女にとって、少しあこがれを抱く事もある。
 だが、なぜその彼が、見抜けたのだろうか。
「異能は、一人で一つ。『どんな力があれば、その現象を再現できるか』と検討していった結果です……と言っても、これだけでは説明がつかない部分もある事にはありますが。特に作戦指揮能力については、テレパスという力とは完全に逸脱しています」
「いや、そこはまあ……先生の、言うとおりです。出来れば、他の人にはその事、黙っててもらって、いいですか?」
 それは、彼女が十年近く隠していた秘密であり……春奈は、空笑いをするしかなかった。


「そう……テレパス能力で、どうしても捉えられない相手……と、言えば」
 彼のように、一つ一つ可能性を考えていく。何か答えが眠っている筈だ。
(何らかの理由で、心を閉ざしている人……でも、その場合は『自我』自体を無くしているって考えた方がいいから、それよりは『遠隔操作で操られている』方が可能性は高い……あれ、遠隔操作?)

 そこまで考えたところで、思考が中断される。耳元で、金属同士がぶつかり合うような耳障りな音が響いた。少しして、ヂヂヂという何かのノイズ音が続く。
「春奈先生、何やってるんですか? ボーっとして」
「へ……え?」
 声が、ノイズの聞こえた方向から聞こえた。そちらの方を振り向くと、そこには彼女より少し高い……しかし、それほど高くない背丈の人影。
「そろそろ交替の時間ですよ。それと、今の騒動はコレのせいだったみたいね」
 砕けた口調でそう言う彼女は、片手で握っていた木刀を春奈に向ける……その先には、金属で出来た何かが突き刺さっていた。
「……えっと、西川先生、それは?」
 西川千晶《にしかわ ちあき》、春奈と同じ現国の教師であるが、春奈の印象としては『学生時代に凄い活躍をしていた一つ上の先輩』の方が強い。
「爆発騒動のどさくさに紛れで送り込まれたロボットでしょうね。何が目的かは知らないけど」
 木刀を軽く振ると、そのロボットは壁に飛んでいき、軽い音を立てて落ちていった。
「あー、だから分からなかったのかぁ……」
「うん、どうしたの?」
「いいえ何でも!……あ、もう交替の時間ですか? それじゃあ、後はお願いします」
 慌てて取り繕った春奈は、仮眠室へと向かった……が、その日はあまり眠る気にならず、結局寝不足で朝を迎える事となる。


「それじゃあ、初めてくださーい」
 ……その日、期末試験の一日目。いつも通り試験監督としてかり出された春奈は、眠い目をこすりながら異能で生徒達の監視をしていた。
 万一カンニングをしようとする生徒が居た場合、先回りしてそれを取り除く必要があるが、この時間はそういう事は起こらなかった。
(試験が辛い、って気持ちは、よく分かるけど)
 ……学生の頃が、追い詰められて真面目に勉強していた気がするなぁ。
 そんな事を心の中で呟いた。人間、追い詰められないと勉強とかあまりしないモノなのだろう。
(勉強をする癖をつけておいて良かった)
 勉強の内容は、必要なものを除いてあまり思い出せないが、その癖だけはまだ残っている。
 そんな事を考えながら、ノートを広げる……稲生先生が見抜けなかった、異能に関する秘密の一つ。春奈の『戦術ノート』だ。
(いっそテストとかあった方が、勉強に身が入るのかなぁ)
 学生時代を、少しだけ懐かしんだ。





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