【ある夏の日の話をしてみようと思う】


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【ある夏の日の話をしてみようと思う】



 ある夏の日に起きた下着泥棒事件のことを話そうと思う。
 発端は下着が盗まれると言う単純明快な事件になるのだろうか。しかし、ことが露見した時が、彼の――インビジブルなんとかさんと呼ばれたラルヴァの終わりの始まりだったのだと思う。
 さて、今現在において学園を恐怖の底に陥れた存在として語り継がれる彼の最後を知るものはあまり多くない。しいて言うなら私と久遠さんとアクリスだろうか。もっとも私たちとて彼が“最後にはどうなったか”を詳細に語る事は出来ない。知ることが出来なかったのだ。
 何せ彼は、最後までその姿を現すことはなかったのだから。
 下着泥棒だのなんだのと言われ、女性の敵、男性の夢と言われたインビジブルなんとかさんではあるのだが、少なくとも私は彼をそこまで悪し様には思っていない。
 私のクラスでも被害があったのだが、私の下着は無事だったのでそこまで悪い印象はないのだ。アクリスに至ってはそもそもブラジャーなど持っていないし、あの当時はパンティーを失くしたとかでサイズの合わない私のあげたスパッツを履いていたので盗まれるものすらなかった。
 久遠さんはばっちり盗まれてはいたけれど「予備があるから平気よ」なんて淡々としたもので全然気にすらしていなかったようだ。素敵だ。
 そんなわけで私は後に下着泥棒狩りと呼ばれた一大イベントに参加する予定はなかったし、実際にそれが始まっても諦観していた。諦観していくはずだった。どこかの誰かが褒賞品に食券十日分とか中華料理三日分とか言い出すまでは。
 そこから後の展開は速かった。
 とりあえず意味もなく暴走の準備に入ったアクリスを宥め、我らがブレーンである久遠さんに事情を丸投げしてみた。
 と言うよりも私には相談できる人が他に居ないのではあるがまさか相談できる相手が居るのかと、思わず自分に対して感動で打ち震えてしまったのはここだけの話だ。その瞬間を思い出すと今でもうれしくて笑みが零れてしまう。
 その久遠さんではあるが最初は乗り気ではなかったけれど、アクリスの暴走はこれ以上面倒くさいことになると、渋々重い腰を上げてくれた。なんだかんだ言って最後は助けてくれる久遠さんはやっぱり優しいと思う。
 そして、状況の確認と分析が始まった。
  • 容疑者はラルヴァでありその特異性からインビジブルなんとかと呼ばれていること
  • 現場の荒され方などの状況から一般的な人型であること
  • 浮いている下着が目撃されていることから自身のみに範囲の及ぶ能力であること
  • 盗む下着は使用済みのみであること
  • 中等部以下ないし未成熟な生徒の下着は盗まないこと(私はこれを少し紳士的に思っている)
  • 事件が起きるのは授業中ないし放課後の部活中など人気の少ない時間であること
 情報をまとめた上で簡単な作戦を立案する。
 現状、下着を更衣室に放置したりする人はもう居ない。体育や部活のときなど、みんな眼の届くところにおくようにしていた。なので敢えて更衣室のど真ん中に下着を放置するという大胆にして明朗快活な作戦に出ることにしたのだ。
 下着に関しては私のでは駄目なので久遠さんが提供してくれることになった。
「やるからには万全を期すわ」
 そういって提供してくれた下着は私には似合いそうもないシルクの素敵なものだった。もしかすると私が思っているよりずっと大人の女性なのかもしれない。
 さてさて、後は時を待つだけ。作戦を実行に移す時を。
 と、思いきや物事には流れというものがあるようで、午後の授業に体育。それも水泳である。まさに千載一遇。空前絶後。言葉を変えよう。チャンスである。
 男女混合で行われるがこのクラスに至っては男子の視線はほぼアクリスに釘付けになるのだが今回は見学だ。私も見学。久遠さんも見学。女子なら良くあることなので誰も何も言わない。
 私にそういうのはまだ来ていないが誰も知るまい。

 授業が始まって数分して私は手をあげる。
「先生、ちょっと具合が悪いので保健室に行ってきます」
 嘘も心苦しいが仕方ない。
「私、付き添ってきますね」
 久遠さんが言うと実に自然だ。先生も快諾だ。信頼とはたやすく手に入るものではないと思っているのでなおさら凄いと思う。
「せんせー」
「ああ、行っていいぞ」
 アクリスに至っては手をあげた時点で許可が下りる。サボりの常習なのに不思議だ。やはりどこかで先生に信頼されているのだろうか。そんなわけないか。
 三人でそそくさと屋内プール場を後にする。目指すは更衣室。一応、保健室に行くことになっているのでいったん外に出て別の通路から更衣室へ戻る。
 までもなかった。
 目の前には空飛ぶ下着。久遠さんのアレだ。気付かれていないと思っているのか実に警戒に舞う下着。恐らくスキップしているのだろう。
「どぅぉぉおおおりゃぁぁぁあああ!」
 顔を見合わせるよりも速く問答無用でアクリスがとび蹴りをしていた。酷い。
 当たったようで、それも直撃だったようで、ボキリと嫌な音が響き、地面をえぐるように転がる下着。実にシュールだ。
 かくしてインビジブルなんとかさんと私たちとの決戦の火蓋が落とされたのだった。
 ところで私はそもそも戦えない。
 久遠さんは(面倒くさいので)戦わない。
 アクリスが俄然やる気だった。
 なので決戦とは言っても誰が戦うかは明白ではあった。
 少しばかりの余談ではあるのだが、私は近距離であるなら例え姿を消していようがある程度は人物やラルヴァを把握することが出来る。簡単に言えば能力の応用と言うか、むしろ無制御というべきか、気を抜いてしまえば周りの感情やらなにやらが流れ込んでくるのであとは反応と視覚情報の矛盾で特定することができるのだ。
 酷く気持ちが悪くなるので多用はしたくない使い方ではあるのだが状況によっては有効だ。今回はそれを使って“観測”という手を使ってみた。気持ちは少し悪いが曖昧ながら位置情報は把握できた。この場にアクリスと久遠さんとインビジブルなんとかさんしか居ないからなのだろう。負荷が予想以上に低い。ついでにアクリスの内心が届くのはいつものことで久遠さんに至っては鉄壁といっていいほど心が“漏れてこない”ので本当に楽だった。
 おかげさまでインビジブルなんとかさんの心の内、とはいっても人間とラルヴァなので相互理解には限度がある。なので一番強い思いが彼を感知する決め手となった。
 それは下着への執着心だった。……理解できなかった。
 やはり人とラルヴァの間には測り知れない溝があるのだろうか。シロちゃんと理解しあえていると思っているだけにそこだけはどうしても否定したくなかった。
 おまけに一瞬だけ下着の海で転げまわって恐らく喜んでいるらしいイメージが襲ってきたがそれは気のせいだろう。
 久遠さんに至っては多少なりとも「見えている」あたり透明である意味がそこまでなかったらしい。なんだろう、酷く便利な能力だ。でも私と同じようになにか問題を抱えていたのかもしれない。能力を使う際にいつも億劫でどこか嫌な眼をするのを私は知っている。理由は聞いたことはないけれどいつかそのことについて話す日は来るのだろうかと少し思った。友達と思っているので知りたいと思うのは傲慢なのだろうか。私にはまだ分からない。
 さて、やはりというべき酷かったアクリスのことについてだ。結論から言うとボッコボコ。結果だけ見てもメッコメコ。……だったようだ。曖昧なのはその結果が明確に分からなかったからなのだがそれは後述するとしよう。そのアクリスではあるのだが能力を使ったのか使ってないのか定かではないので、あとで話を聞いてみたところ、
「そこに居ると思うからきっとそこに居るんだよ!」
 と自信満々な答えをいただいた。何を言っているか分からない。「外れたことはさっさと忘れて当たったことだけは印象強く覚えておく」と言ういわゆる賭博をする人間の思考回路だったのかもしれないが、そんなことは関係なしに酷かった。
 空を殴るアクリス。
 飛散する血。
 空を蹴るアクリス。
 飛散する血。
 体外に排出されたものにはその能力は適用されないようだ。おかげで周りは血の池地獄。
 傍から見るとシャドーボクシング。しかも掛け声は「てぃ!」とか「やぁ!」とか「とりゃー!」なんて間の抜けた声。おまけに子供の喧嘩のようなぐるぐるパンチが入る始末だ。しかし聞こえてくるのは悲痛な呻き声。生存本能が生きることを渇望するような悲痛な声だ。
 たまに「ぬっ?!」とか「ふんっ?!」仰け反っている辺り反撃はされているようではあった。もしかすると“されている”という思い込みだったのかもしれないけれど。
 それから数分ほどシャドーボクシングは続いていたが私の感覚で言うところの疲弊、恐怖がピークに達した瞬間に恐らく残っていた全力を振り絞ったのだろう。地面に穴が開くほどの衝撃で彼は飛んだ、と思うので飛んだことにしているが、恐らく飛んだようだった。
 私の感覚に反応はない。
 久遠さんは無言のままだ。
 アクリスはフーフーと怒った猫のように辺りを見回している。
 幕切れは実にあっさりその時で、全てはそこで終わったようだった。

 週末を挟んで翌週。学校の空気は相変わらずだ。下着泥棒事件はまだ尾を引いているのかどこかピリピリしている。私にはもう関係のないことなので足早に教室を目指す。
「おっはよう!」
 いつものアクリスだ。けどちょっとだけ機嫌が悪そうだった。
「おはよう。どうしたの?」
「下着泥棒を倒したけど証拠がないから食券くれないって言うんだよ!」
 そう、事件は解決したことになっているが彼はその後見つかっていないのだ。
 事件の概要についての報告を久遠さんが代表で報告、ほぼ間断なく行われた犯行であったので週末休みの間に部活等で事件が再発するかなどを確認してはいたので一応は「解決」と言うことになっていた。
 ついでに総計二千枚を超える下着も使われなくなった倉庫で見つかったようでそこを監視したが誰もそこに戻ってくることはなかったそうだ。その下着も今更引き取り手がどうこう言う話でもないので大半は焼却処分となるだろう。
「あ、中華料理はおいしかったよ♪」
「私もいけばよかったな」
 そういえば私も解決した当事者の一人なのでその権利があったことを思い出す。もう一つの褒賞の中華料理屋さんのことだ。
「でも三日分って言ってたのにメニュー全部二回ずつ食べたらもう来るなっていわれちゃったよ。なんだかずるいよね!」
 前言撤回。行かなくて良かったと心底思った。
 それでも満足したのかアクリスは楽しそうだった。やはり友達が笑顔なのはいいことだ。

 さて、これが学園を震撼せしめた下着泥棒事件の私たちの知る顛末。もしかしたらあの後、彼に何かあったのかもしれないけれどそれは私たちの知らないことだ。
 そんなわけで私たちは彼の最後を知らない。
 また、どこかこの空の下で私が感じたあの強い想いを抱えたまま生きているのだろうか。私には分からない。

                                                         ―了―



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