【キャンパス・ライフ2+ 第4話「あなたは誰 私は誰」】


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  キャンパス・ライフ2+ 第4話「あなたは誰 私は誰」


 うっすらと体中が火照ったのを感じたとき、布団の中で寝かされていることに気がついた。立浪みきは目を開いた。
「みきちゃん・・・・・・。よかったぁ」
 左を向く。白い犬耳がピンと尖っている、小柄な女の子がいた。
「ふみちゃん・・・・・・? 私、どうしていたの?」
「空き地で倒れていたんだよ。風紀委員さんたちがここまで担ぎ込んでくれたんだ」
 みきが気を失った直後、風紀委員が百名ほどの隊を組んで空き地に乗り込んできたという。委員長の一人が今回の野良猫惨殺事件に激怒し、日曜日にも関わらず中等部・高等部のメンバーを緊急招集して捜査に当たらせたそうだ。
「あなた、犯人と戦っていたようね。逢洲委員長が話を聞きたそうにしていたわ」
 川又ふみの隣に、背の高い女性が立っていた。みきは初め、彼女が誰なのか理解できなかった。
「・・・・・・あ、美沙さん? 星崎美沙さん」
 確認するようにそう言うと、美沙はにっこりして肯定を示した。自分たちよりも数倍大人びた微笑は、三年前と変わらない。
 ここにいる三人は、もと一年B組の生徒である。つまり本当の意味での同期生だ。彼女らは今、大学一年生となっていた。
「ひどい怪我だったわよ? 手に負えないぐらい強い敵なら、仲間を頼ったほうがいいわ。死んでしまってはさすがに、私の治癒でもどうしようもないもの」
 そうたしなめられるように言われてしまう。みきはきゅっと下唇をかんで、真っ直ぐ下のほうを向いてしまった。
 今の自分はもう、仲間を頼れない。
 みきはそう思っていた。血塗れ仔猫を復活させてしまった以上、いつ今のクラスメートに迷惑がかかるかわからない。最悪の場合、自分が彼らを襲って殺してしまうようなこともある。
 だから、あの憎たらしい黒猫に向かってみきはこう言ってみせた。「借りない。仲間の力は借りない」と。
 意地だった。あれほどの犠牲や苦労を生んで事件を収束させたのを、自分自身の弱さで台無しにしてしまったのだから。強くなったはずだった。猫の異能者として新たな人生を始めたはずだった。みきはどうしても、自力で過去に打ち勝ちたかったのである。
 そしてみきは、自分が風紀委員長に「感謝」されていることを知って、びっくりする。心当たりがまったくなかったからだ。どうやら猫たちのために戦ったことや、悲しくも死んでしまった猫たちを埋めてあげることで、弔ってやった行為に、心から感謝しているというのだ。
 それを聞いて、正直なところ複雑だった。
 何も自分がやった行為ではないのだ。あれは、あの血濡れ仔猫がやったこと。あたかも自分がやったことであるかのように感謝の言葉を述べられると、非常に複雑というか、落ち着かない。自分は血塗れ仔猫ではないのに。
(・・・・・・まただ)
 違和感。
 商店街で味わったあの感覚が、また蘇る。自分は何か、とんでもない勘違いをしている。自分一人だけではどうしても、その違和感の原因を理解することができなかった。
「ふみちゃん」
 たまらず、みきは親友の名を呼ぶ。呼ばれてつぶらな瞳をぱちぱちさせた川又は、何か言いたそうにしているみきのところへ、そっと顔を寄せる。みきは「ちょっと聞いてほしいことがあるの」と言った。
 白いスピッツの耳に口を近づけ、そっとささやくみき。それから川又は美沙のほうを向くと、
「美沙。ちょっとだけ席を外してもらえないかな・・・・・・」
 と言った。
「わかったわ」
 美沙はふっと微笑むと、静かに保健室を後にしていった。


「何かな。私にしかできない話って」
「ふみちゃんは、異能者だよね」
「うん」
 みきの言葉をゆっくりと聞きながら言った。
「『ラルヴァ』なんかじゃ、ないよね」
 川又の顔から笑みが消える。
 川又ふみは犬の異能者だ。戦闘時のみに能力を解放させるみきとは異なり、常時、犬耳と尻尾を展開させて生活している。つまり、それは川又が「ラルヴァ」であることを示しているのも同然だった。
 みきはどうしても疑問だったことがある。どうして川又が耳と尻尾を出して生活しているのか。実は今年の秋に再会するまで、みきは彼女がラルヴァ・ハーフだということを全く知らなかった。川又が、みきはおろか、当時のクラスメートたちにもその事実をひた隠しにしていたからである。
 自分たち姉妹の受けた暴力や迫害を考えれば、ラルヴァであることを隠してしまうのは無理もなかった。気持ちは十分に理解できる。
 だからこそ、みきは疑問に思うのだ。どうして今になって、川又は自分がラルヴァ・ハーフであることを衆目に晒して生きているのか?
「ボクはラルヴァ・ハーフだからだよ」
 みきはその明確な返答に、目を丸くした。
「みんなの視線とか、怖くないの?」
「昔は怖かったけど、今はもう怖くない。へいき」
「ラルヴァだからって、色々言われたりしないの?」
「しないよ。もちろん珍しがられたりはするけど。でもね、みきちゃん。たとえボクがラルヴァだからって周りからどう言われても、それでもボクはもう耳を隠さない」
 想像とは違った発言に、みきはぽかんとしていた。みきは血塗れ仔猫に打ちのめされて、すっかり自信を無くしていた。せめて同じ立場である親友に気持ちをぶつけることで、辛い心境を共有してほしいと密かに願っていたのに。
 川又だって、みきの気持ちがわかっていた。みきは今なお、ラルヴァと指を差されるのが嫌でたまらないのだ。そして三年前のように悪しきラルヴァに乗っ取られ、また島の人間を殺してしまうのが、とても怖いのだ。
「私は認めたくない」と、みきはシーツをぎゅっと掴んで言った。「私はラルヴァなんかじゃない。私は猫の力で戦う異能者。だから、島のみんなを簡単に傷つけるようなラルヴァなんかじゃない」
「ボクはラルヴァだけど、人に迷惑をかけたりしないよ?」
 みきははっとして、川又を見た。川又は悲しそうな顔をしていた。みきは彼女に対して、とても失礼なことをいったような気がした。
「ラルヴァは必ずしも悪いものばかりではない。決して異能者によって滅ぼされるべき害悪なんかじゃないよ。ボクもみきちゃんも、おりこうなラルヴァだもの」
「・・・・・・」
 二人とも黙ってしまう。
 ラルヴァは、その全てが血塗れ仔猫のように邪悪というわけではない。ラルヴァだから嫌いだ、ラルヴァだから排除したいという気持ちは、まさに憎き与田光一の掲げていた殲滅派の意見と大差ないものだった。
「今だから言えることだけど。ボク、すごい後悔したことがあったの」
 優しげな川又の右目から、突然涙が流れ出た。みきは困惑する。
「三年前のボクはすごくびくびく怯えていた。ラルヴァであることがすごく嫌だったから、クラスのみんなに正体を知られたくなかった。でも、そんな弱虫な態度でいたから、与田のような殲滅派たちがあんなことをするのを、ボクは見ていることだけしかできなかったんだ」
「ふみちゃん」
「ごめんね。ほんとうにごめんね。ボクたちはみきちゃんやみきちゃんのお姉さんを、守ったり庇ったりすることができなかった。ボクのような子が堂々と前に出ればよかったんだ。ラルヴァは必ずしも悪じゃないんだって」
「やめて、ふみちゃん。もういいの。あのときのことはもう」
「彦野舞華だってそうだよ。ボクが真っ向から対立すればよかった。そうしていればあいつも」
「もうやめて」
 まるで大粒の涙のようにぼろぼろとこぼれ出てくる、三年前に残してきた後悔。懺悔。みきはこんな川又の姿を見ていられなかったので、両肩を揺さぶって止めてあげた。
 そうしてしばらくの間、二人して黙っていたときだった。ドアがばっと開き、星崎美沙が緊張した面持ちでみきに近づいてきた。
「大変よ、立浪さん。妹さんがさらわれたわ」
「え」
 みきは衝撃を受けた。
「通行人が傷だらけの大男に襲撃されるところを見ていたの。現場に落ちていたエコバッグから、あなたの妹さんだとすぐに判明したわ」
「グリッサンド・・・・・・!」
 両目に炎がちらつくのを、みきは感じていた。空き地で戦ったオメガサークルの工作員・グリッサンド。血塗れ仔猫と化した自分に敗れたあと、今度は幼いみくに標的を向けたのだ。
「卑怯者!」
 そう吼え、みきは掛け布団を前に掃う。ベッドから飛び降りて、すぐに保健室を出ようとしたのだが。
「待って」美沙がみきを止める。「もしかして、さっき戦った男なの? あなた一人で大丈夫?」
 みきは立ち止まってしまう。彼女はグリスと戦って、負けた。全く歯が叩かなかった。弱いとまで罵られた。美沙はあくまでも冷静に、感情的なみきにこう続けた。
「あなた一人じゃ危険よ。こうしてかつぎ込まれて、私に治してもらったじゃない。仲間を集めたほうがいいわ。たとえ日曜日でも、ほんの少し待ちさえすればきてくれるはず」
「それでも私は、今すぐにでも行きます」
 みきはそう言った。
「あの男は私たち姉妹の力が目的です。すぐにでも行かないと、みくちゃが連れて行かれてしまう・・・・・・!」
「そう。なら、ここに行きなさい」
 美沙は自分のモバイル学生証をみきに向け、ボタンを押した。腰の辺りで、ポケットの中のモバイル学生証が振動する。
 取り出して画面を確認すると、双葉島の地図が表示されていた。
「逢洲委員長がかなり頭に来た様子で捜査してるから、犯人や潜伏先がみるみるうちにわかっていったの。妹さんもそこにいると思われるわ」
「ありがとう。では、行ってきます」
「みきちゃん!」
 ドアの取っ手に手をかけたみきを、今度は川又が呼び止めた。
「ボクたちにとっていちばん大事なのは、ラルヴァハーフとして胸を張ることだと思うんだ」
 犬耳少女の真剣な眼差しを、みきはしっかり直視する。
「だからボクは獣医師になって、自分にしかできないことをやろうと思っている。どうかみきちゃんも、本当の意味で自分に誇りを持って!」


 住宅の屋根を伝い、ぴょんぴょん飛んで移動している一匹の白猫。
 飛び回りながら、みきは色々なことを考えていた。自分と似たような存在である川又ふみは、自分はラルヴァであると言いきった。それは従来まで考えられなかった発言であり、同じ立場として信じられないものであった。
 でも、今の川又なら自分と違って、あの三毛猫を助けることさえできたかもしれない。みきはそんなことを思っていた。
 自分との差を感じたのだ。川又はもはや、三年前の川又でない。「ヤダヤダ、そんなのやだ」といつも泣いていた少女の面影は、もうどこにもない。自分を本当の意味で理解し、自分の役割や生き方を本当の意味で理解している、立派な異能者になっていた。今の自分にはみじんもない「強さ」が、川又にはあった。
 それも、三年前の事件があったからである。
 自分が与田光一の陰謀によって、ひどい目にあったからである。
 川又はすっかり成長していた。大きく、強く、たくましく。
 それに比べて、同じラルヴァ・異能者である自分は・・・・・・?
『行くの? どうせあんた一人じゃ太刀打ちできないってのに』
「・・・・・・」
『やめときなよ。弱虫みきは猫一匹の命も守れない。だから、妹一人守る事だって難しい話』
「・・・・・・」
『自分が誰なのか、どういう存在なのか。そんなことも理解できないお馬鹿さんに、私の力を扱えるわけないんだよ』
「とりあえず今は黙って。何もしゃべらないで」
 みきはそう、血塗れ仔猫の奔放な発言をぴしゃりと抑えた。


 その場所は、もはや廃墟と表現できるほど往時のかたちを残してはいなかった。
 建物の中は、床、壁、天井、全てが真っ黒に焼け焦げていた。三年前に、自分で火をつけたのだ。以後、この建物は解体されることなくこうして放置されている。
 グリッサンドの隠れ家だった。どうしてかこの場所に流れ着き、必然に導かれるよう彼はこの場所に潜み始めた。単に自分にとって都合がいいからというわけでもなく、居心地がいいから、というわけでもない。
 ここにいるべきだ、ここを選ぶべきだという無意識の「自覚」。もちろん彼はオメガサークルに拉致されてから記憶を一切失ってしまったので、そのわけを知る由もない。だが、この建物の中でどっしり構えていると、何かこう、短気な自分でも驚くぐらい気持ちが落ち着いてしまう。火をつけたのも、それまでの住人をみんな焼き殺すためであった。
「チッ。繋がらねぇ」
 グリスは発信を切った。携帯電話をポケットにしまう。
 そんな彼の背後で、誰か小さな女の子が縄で縛られて、天井から宙吊りにされている。グリスに捕らえられた、立浪みくだ。まだ意識を取り戻していないようだ。
「せっかく獲物を捕まえられたってのに。この番号、本当に合ってんのか?」
 猫耳姉妹のうち一名を捕獲できたら組織に連絡するよう、指示を受けていた。その段取りが確かなら、もうとっくに迎えの車が来ているはずである。与えられた任務を完遂できることほど、工作員としての最大の達成感はない。
 もうこの少女が薬品漬けにされようがプール漬けにされようが、催眠テストをかけられようがいくつもの太い管に繋がれようが、解剖されようが改造されようが知ったことではない。グリスは任務を終えたのだ。成功のうちに仕事を終えられたのだ。
 それなのに、いっこうに組織の人間がやってくる気配はなかった。
「このままじゃ、学園の連中に嗅ぎつかれんぞ・・・・・・!」
 そうなると、空き地で野良猫を虐めて遊んだ行為が、今になって痛い。あれだけ派手に虐殺したのだから、休日とはいえ絶対に学校側――特に風紀委員が黙ってはいられないだろう。何てこった。やるんじゃなかった。
 びきっとこめかみに走った、青筋。グリスは歯をぎりぎりかみ締めて鬼の顔になる。
 血濡れ仔猫のことを思い出したのだ。あれだけ徹底的に叩きのめされた上、化物に怯えて撤収してしまうという、非常に情けない幕切れ。屈辱だった。
「あの雌猫め、次会ったら生かしておけん!」
 ガァンと壁を蹴る。宙ぶらりんになっているみくの体が、小刻みに揺れた。
「お呼びですか、強姦魔さん?」
「チィッ!」
 グリスは声のしたほうを、ものすごい勢いで振り返る。
 立浪家次女・みきだ。とうとう自分を追い回している連中の、先陣がやってきたのだ。
「よりにもよって、今度は小さなみくちゃに標的を変えたんですね。人でなし! やっぱりあなたたち組織は、この島のとんでもない癌細胞です!」
「俺はなぁ、しょうもねぇ外野の一部に邪魔を入れられることが、すっげぇ大嫌いなんだ。とうとう、こんなとこにまでズカズカやってこられるとはなぁ」
 上着を脱ぎ捨て、自慢のバルカンを露出させる。それと同時に、みきも白い猫耳と尻尾を出して、青い鞭を右手に握って構えた。
「クソガキがでしゃばるのもいい加減にしろ! その舌をちぎって黙らせてやるからなぁ!」
 グリスの怒りが爆発した瞬間、第二回戦は始まった。


 幼い妹に乱暴をはたらいたあの男は、絶対に許さない! みきは怒りのままに鞭を振る。
 しかし真っ直ぐ飛んでいった鞭の先を、グリスはバルカンで見事に撃ち落してしまう。やはり真っ向勝負ではみきの力不足であり、勝ち目はない。
 それでも、みきは引かなかった。たわんだ鞭に渇をいれるよう力を込め、一瞬のうちに鞭を手繰り寄せてから飛ばす。
 何度も振るわれる鞭を、グリスは何度も撃ち落していった。しばらくこのようなけん制が続いた。
「チッ。さっきよりも気合十分じゃねぇか」
 グリスは冷静に言う。見たところ、みきは全力を出して戦っているようであった。ひねり出せるだけの攻撃力を、鞭に込めてぶつけてくる。
「だが、やっぱりテメェは弱い」
 両手で青い鞭をキャッチする。すかさずm綱引きの要領で鞭を強く引いた。
「あっ!」
 しっかり鞭を右手に握っていたため、みきの体はグリスに向かって、グイと真っ直ぐ引き寄せられていった。
 めこり、という大きな音。グリスのかかとが、みきの顔面にめり込んだのだ。
 蹴り飛ばされた彼女は軽々と吹っ飛んでいき、黒い壁に叩きつけられる。もうその一発だけで意識が飛びかけてしまい、みきは鼻血と涙を撒き散らしながら床に崩れ落ちた。
「どうしてテメェが弱いのかわかったわ。お前、実は遠慮してるんだろ?」
「何のこと」
「テメェは弱虫だから、残虐になりきれねぇんだ! ちっとも俺の急所を狙ってこねぇもんなぁ!」
「そんなことないんだから!」
 みきは感情いっぱいになって叫びながら、横に鞭を振った。
 鞭の先がグリスの側頭部に直撃し、薙がれたようになる。みきはそのとき、ほんの一瞬だけ、目を背けてしまった。
「それ見たことか」
 だから、もう一度前を向いたときには、グリスがすでに最接近していた。
 グリスは全く躊躇することなく、彼女の頬に右ストレートを叩き込む。殴られた華奢な少女は、止めなく吹き出す鼻血を撒き散らしながら、後ろに転がっていく。
「舐めるなよ? 殺すつもりでやらねぇと、テメェが死んじまうぞ? そうやって本気になれねぇからお前は弱いんだよ。甘ったれなんだよ」
 そのとき、みきの眉がぴくりと動いた。
 弱虫。甘ったれ。
 血濡れ仔猫はおろか、遠藤雅にも、そして世界中の誰よりも愛している姉にも、言われてきたこと。
 おぼろげながらも、みきは自分の弱い理由をもう一つ知ることができた。彼女は未だに血を見るのが怖かった。敵を殺す行為が嫌だった。
 だが、自分がもしも本当に異能者でありたいのならば、それは間違っているのではないか。
 本当に双葉学園の異能者であるなら、悪に対して容赦を捨てるべきであり、鬼畜にさえなるべき場面がある。
 大切な人を、守るためならば。
「血塗れ仔猫がべらぼうに強い理由もわかった。アイツは遠慮を知らねぇ。躊躇なんてまずしねぇ。自分の力を純粋な気持ちで使っているんだよ。いや、あれはまさに『純粋な力』そのものだ」
 今なお宙吊りになり、意識を取り戻さないみく。うつぶせになって倒れたまま、みきはそんな妹の姿を見ていた。
 みかのいない今、自分が倒れたら誰があの子を守ってやれる? 姉猫がいなくなった三年間を一生懸命生きた、かわいそうで孤独なあの子を、誰が可愛がってやれる?
「負けない・・・・・・!」
「おっ?」
 グリスは少しだけ目を丸くした。動けなかったみきが起き上がり、闘志をむき出しにしているからだ。
「姉さんはいつも私の代わりに前に出て戦ってくれた。それは島のみんなのためであり、どうしても前に出て戦えない私のためでもあった」
 もう一度、右手に青い鞭を呼び戻す。それは先ほどよりもずっと太く、強く光り輝いているようにグリスは見えた。
「どんな敵やラルヴァに対してでも、前に出て倒してくれた。どんなに痛い目にあっても、どんなに残酷な手を使ってでも」
「テメェとはまるで大違いだな。出来損ないの妹じゃなくて、出来のいい姉と戦いたかったぜ」
「だから姉さんは強かった!」
 グリスの発言を吹き飛ばすかのように、みきはありったけの魂源力を瞳に込めて怒鳴る。ドンと真正面からぶつかってきた思いがけない風圧に、危うくグリスは転倒しかけた。
 オッドアイが頻繁に点滅する。特に、黄色いほうの瞳がちくちく痛む。
「姉さんは守るべきものがあったから強かった! 戦う理由があったから強かった! そして、誰よりも猫の戦士として誇りを持っていたから強かった!」
 しっかりと立ち上がってみせたみきを、グリスは無言で眺めている。何かが変わった。非常に弱弱しかったこの少女のなかで、何かが変化していた。
「私にだって戦う理由はある! 姉さんみたいになりたいって、姉さんを越えたいって、姉さんよりもいいお姉ちゃんになりたいって、ずっとずっと思ってきたんだから!」
 みきが渾身のちからで今の気持ちを主張するたび、みくの体はぐらぐら、振り子となって揺さぶられた。それを一瞥してから、みきは敵に向かってこう毅然と言い放った。
「あなたは絶対に許さない! 私が息の根を止めてやる!」
「強く出たもんだなぁ。へへ、マジでさっきとはえらい違いだ」
 クククといやらしく笑う。だが、すぐに不愉快そうな顔つきに歪んだ。
「口だけはなぁ! くだらん遊びはもうおしまいだぞ! ぶっ殺してやる!」
 バルカン砲に魂源力を流し込む。全身を真っ赤に変色させて、指先からもアツィルトを引っ張ってくるぐらいにグリスは本気を出していた。フルパワーを相手に叩き込んで、一気にケリをつけるつもりであった。


 しかし、ここであまりにも想定外の事態が発生する。
「見つけたっすよ。敵はここに潜んでいるに間違いないっす」
「な?」
 みきもグリスも、同時に声を上げていた。ドアのほうを見る。
 すると建物の入り口がギギギと音を立てて、開いたのだ。真っ白な明かりの向こう側から、ぞろぞろと双葉学園の生徒がやってきたではないか。
「そこまでだ、猫殺しの人さらい!」
「あんまり無茶なことはしないでほしいっすよ? 勝手なことして、逢洲委員長に怒られたくないっす。って、あれ?」
 神楽二礼のきょとんとした瞳と、血走ったみきのオッドアイが、一直線上に並ぶ。
「立浪さんだ」
「先にかぎつけていたんだな」
「さすがね。助太刀するわ!」
 まるで状況がわかっていない、B組の面々。
 みきは激しく当惑していた。うかつだった。一年B組には、神楽二礼という風紀委員の見習いがいたのだ。
 自分が途中で帰ったあとも、クラスメートたちは遅くまでテスト勉強会を続けていたのだろう。そこに逢洲等華から、ちょうど勉強会に参加していた神楽二礼に事件の連絡が行き・・・・・・。
「俺たちも動こう。風紀委員と協力して、犯人を捕まえてやろう!」
 ・・・・・・そう意気込んで、しぶしぶとした顔つきの二礼を先頭に据え、犯人捜査に便乗していたに違いない。
 いけないと思って、みきはグリスのほうを向いた。乱暴者ことだ、短気な性格のままに、邪魔をしに割り込んできたクラスメートに対して銃口を向けることだろう。そう思っていた。
 だが予想に反して、グリスは非常に嬉しそうにしていた。まるで人の不幸を蜜のように味わい、楽しんでいるかのような、たちの悪い笑顔を浮かべている。
「クックック・・・・・・。こりゃあいい。ちょうどいい・・・・・・!」
「あなた、何を」
「立浪みき。お前が本当に成長したかどうか、俺様がテストしてやんよ」
 寒気が走る。成長? テスト? この男は何をしようとしている?
 グリスはクラスメートたちのほうを向くと、へらへらしながらこう言った。
「お前ら、こいつのクラスメートか! まぁ、グリッサンド様は心優しいからなぁ! 多少の邪魔は目を瞑っといてやろう! ありがたく思え!」
 クラスメート。わざとらしい強調の仕方に、みきははっとなって彼のほうを向いた。
「まさか! や、やめなさい! それだけはやめなさい!」
「勘付いたようだなぁ? だがもう遅いぜ? これをやって、お前やお前らがどうなっちまうか、見たくて見たくてしゃあないんでなぁ・・・・・・!」
「やめて! やめてぇ!」
 みきは必死になって悪者に懇願する。
 そして、グリスは言った。




「こいつがなぁ、お前らと同じ学園生を七人も殺した、『血塗れ仔猫』だ! 学園の敵であり、醒徒会の敵であり、双葉島の敵でもある『血塗れ仔猫』ご本人さまなんだぁ!」




 黒ずんだ廃墟に、非常に重苦しい沈黙が襲い掛かってきた瞬間だった――







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