【昔話を聞いてみようと思う】


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昔話を聞いてみようと思う


 ぐぅ、と言う大きなお腹の音が教室に響く。先生は手を止め、時計を見るまでもなく片付けの準備を始める。この教室ではよくある光景だ。
「それじゃ、今日はここまで。ボードは書き終わったら最後のやつが消しとけよ」
 言い終わるや否やチャイムが鳴る。挨拶も抜きにしてそそくさと教室を後にするがこれもまたいつものこと。少しでも終了の時間を遅らせるとどこかの誰かのお腹の音がけたたましいと言う範疇を超えて抗議を始めるのだ。
 私は書き残した部分を手早くノートに写し取る。隣の席で椅子に正座をして待っている友達が居るからだ。……そういえばノートはとっているのだろうか。
 普段の行動はどこか猫っぽいのだけれど、こういう待っている姿はどこか犬っぽいのは何故だろうか。そういえば初めて会話した時も断りなしにお弁当を掻っ攫うような真似をしなかったあたり、きっと育ちはいいのだろう。まだ見ぬおじ様おば様ありがとう。
 待たせるもの心苦しいので最後は簡単にまとめ、パタンとノートを閉じて机に放り込む。
 それを見るや否やチンチンと自前の箸を鳴らしつつ、遠慮もなしに迫る影。
「ごっはんー♪ ごっはんー♪ 今日のおっかずっは、なっにかなー♪」
 自前の箸を持参している辺りに謙虚さが現れているのが素敵だ。アクリスに遠慮という言葉は諦めたけれどこういうところはしっかりしているので私は好きだ。何かおかしい気がするが多分大丈夫。
 しかし、残念なことに今日は箸を使わない。
「今日はサンドイッチだよ。お箸は要らないよ」
 フフン、とちょっと勝った気持ちになったのはどうしてだろうか。
「おぉう♪」
 そういって見せたバケットには意味もなくがんばって見たりしたのでたっぷり5人前ほどある。足りないと思うけどそれもいつものことだ。
「じゃあこのお箸は明日に取っておこう♪」
 何が嬉しいのかぴょンぴょンと跳ねながら大事そうにお箸を片付ける姿がやっぱり可愛い。
 それにしても私の内心のことには無関係で最初から勝負でもなんでもないわけではあるが酷く敗北感を感じた。自意識過剰と言うやつなのだろうか。だとしたら私は嫌な女だ。
「あら、今日はサンドイッチ?」
 奇遇ね、と付け加えて久遠さんが小さめのバケットを見せる。何気に持ってる小物が色々可愛い。
「お、じゃあみんなで分け合いっこだね!」
「あんたは食べるだけでしょうが」
 小脇にドスッと抜き手をする久遠さん。なんだか最近手荒くなってきているけれどアクリスはピクリともしない。精神的にも肉体的にも。
「じゃあ私の分あげるから分けて」
「だからあんたのじゃないでしょ」
 またドスッと抜き手が入る。凄く痛そうだ。でもあんな手加減なしの関係をうらやましく思える。どうしてだろう。もしかする私も痛いのが好きなのだろうか、なんて邪な考えが脳裏を走ったけどまさかそんなことはないだろう。痛いのは嫌いだ。……多分。
「とりあえず食べましょう。あ、織式部さん、交換する?」
「うん」
 久遠さんだけがまだ私のことを苗字で呼んでいる。いつかアリスちゃんとかミィちゃんとか呼んでくれるのだろうか。そうなると私も千里ちゃんとか呼んじゃっていいのだろうか。でもやっぱり最初は千里さんだろうか。でもでも下の名前で呼ぶ関係なのにさん付けはどうなんだろう。
 どうしよう考えるだけでニヤニヤしてしまう。顔が戻らない困った。平常心。平常心だ。
「どうしたの?」
「な、なな、なんでもないよ?!」
 完全に思考の世界に入っていたので思わずどもってしまった。変に思われなかっただろうか。
 何とか取り繕って私は自分の机をアクリスの机とくっつける。後は使ってない椅子を勝手に拝借して食卓は完成。実質六人前のサンドイッチというのも実に豪華絢爛だ。なんとなくホームパーティーや誕生日パーティーをしているようだ。
 もっとも、そんなものをしたことないので知識でだけの話しなのではあるが、これがそうだ、と言い聞かせる。少し悲しくなってきた。でも大丈夫。これは現実なのだから。参ったか知識め。
 ところでその人にご飯を食べてもらうと言うのは中々気持ちがいいもので、特にそれをおいしそうに食べてくれるとやっぱり嬉しい気持ちになる。これはアクリスと出会ってから知ったのだが本当に嬉しいものだ。だからこそ私はアクリスにお弁当を作ってあげているのかもしれない。
 何を食べてもおいしいという点に目を瞑ったこともあるけれど。
 しかし最近の私は饒舌だ。心の中でもそれ以外でも饒舌なのだ。まさにどうしてか分からないけれど、去年の今頃は……あれ? 去年の今ってなんだっけ? 今年で二年になっ
 ザ――――――――――――――ザザ―――――――――――――――――――――――ザッザザザ―――――――――――――ザ
 む、なんだかちょっと目眩がした……気がする? まあ、いいか。きっと気のせいだ。そういえば以前ちょっと気になったことがあるので今はそのことを聞いてみよう。目眩は本当に気のせいだ。
「ねぇアクリス」
「ふぁふぃ?」
 口にめいっぱいサンドイッチを詰め込んで咀嚼しながら応える。
「アクリスの昔ってどんな感じだったの? あ、飲み込んでからでいいよ」
 ごきゅり、と物凄い音を立てて、一気に飲み込む様は中々に圧巻だ。見慣れてしまってもやはり凄いと思う。
「私の話?」
「うん、聞いてみたいな。私は中等部からだったけどアクリスのこと聞いたことなかったし」
「そういえばそうね。あんたって高等部の途中から編入だったっけ? なんかいつの間にかいたイメージあったけど」
 久遠さんも多少なりと興味があるようだ。
「んー別に面白くないよ?」
 キョトンという顔をしながら小首をかしげる姿が何処となく虚ろに見えたのは気のせいだろうか。
「でも知りたいな。あ、私の話もするよ! 私の話なんて全然楽しくないかもしれないけど……」
 言って後悔したが何を話そうか。陰惨とすごした日々のことを延々と語るのは流石に今の私自身が滅入ってしまいそうだ。おいしいポトフの作り方の話でもすればごまかせるかな。そうだそれがいいそうしよう。
「じゃあ話そうかな。私が故郷に居たときの話を――」
 私の妙な考えをよそにアクリスはどこか遠くを見るように語り出していた。本当に懐かしむように、それは私の見たことのない顔だった。


 これは御伽噺で、これは伝説で、これは物語だ。
 少女には終わってしまった悲劇であるけれど、人々には終わってくれた悲劇だった。
 だから少女は忘れない。だけど人々は忘れない。
 共に戦った仲間たちのことを。その身を犠牲に戦った者たちのことを。
 これは御伽噺で、伝説で、今は語り継がれる物語。
 第五次ラルヴァ侵攻戦。
 各国で内乱と報じられ続けた“それ”を、事実を知る人々はそう呼んだ。

 2016年初頭。イングリード王国国境。
 アクリス・ナイトメアは戦場に立っていた。
 選帝六公家筆頭ロード・ナイトメア息女、皇位継承権第十一位アクリス公女殿下。
 それがその国では意味を持つ、彼女の肩書きだった。


 チャイムが鳴る。あっけにとられている間に私の分のサンドイッチまで食べられているのは何の罰だろうか。こんちくしょう。
「え、マジ?」
 眉をしかめながら久遠さんが問う。アクリスがニヤリと笑う。珍しい邪悪な顔だ。
「今日は何の日?」
 あ、と言ってドスリと鋭い抜き手が入る。今までで最高の角度だ。しかしピクリともしない。あの体はどうなっているのだろう。
 そしてアクリスのなんとなく勝ち誇っている顔が凄く珍しい。逆に照れ隠ししながら怒っている久遠さんはもっと珍しい。レアな顔だ。
 でもなんだろう、アクリスが語り始めた時に私に共有されたイメージは。郷愁と哀切。そんなイメージだった。
 それでも語るのをやめた彼女はいつもの彼女で、手元に残ったサンドイッチを頬張りながら、久遠さんの手元に残っているサンドイッチを物欲しそうに見ていた。
 今日はエイプリルフール。何故普通に授業があっているのか私は知らない。

                                ―了―



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