【彼女と彼と彼女の関係 エピローグのプロローグ】


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「猫娘に男の娘、ロリコンバンパイア、泣き虫狼女、髑髏仮面の不死身人間……おまけに覗き魔の溶解人間とか、どうしてこのクラスにはゲテモノが多いのかしら……」
 二年H組のクラス委員長である鈴木清純《すずきせいじゅん》は、目の前でろくでもない事で馬鹿騒ぎをしているクラスメイトを切れ長の目で見つめながら、小さくため息をついていた。
「ちょっと、千乃《ちの》はゲテモノじゃないわよ」
 清純の呟きを耳ざとく聞きつけた、その馬鹿騒ぎの渦中にあるショートカットの少女が即座に否定する。清純に猫娘と揶揄された春部里衣《はるべりい》だった。とりあえず、自分がゲテモノと評されるのはどうでもいいらしい。
「そうじゃぞ、わしは断じてロリコンではない。こう見えても百十七歳、立派な大人じゃ」
 そう言って胸を張るのはショコラーデ・ロコ・ロックベルト。見た目は飛び切りの金髪美幼女だが、由緒正しき吸血鬼の名家の末裔である。
「つーかさぁ、それってロリババアってことじゃない。もしくは合法ロリ?」
「法的に問題ないのじゃから一挙両得ではないか? しかし、里衣。お主は相変わらず口が悪いのう。そんなことではチノにいつか嫌われるぞ」
「うるっさいわねー、千乃が私のことを嫌いになるわけないじゃない。ねー?」
 里衣はそう言って、自分の膝に座らせていた有葉千乃《あるはちの》を後ろから強く抱きしめる。それは二人の身長差もあって、まるでお気に入りのぬいぐるみを抱えているように見えた。
「く、苦しいよー、春ちゃん」
 そんな熱い抱擁に、ショコラーデ同様に高校二年のクラスにいるにはどうにも場違いな一際小柄な少女(?)である千乃が、息苦しそうに答える。ただ、その言葉にとげは無く、相手に優しくお願いするような音色が含まれていた。
「チノが苦しんでいるではないか。やめよ里衣っ」
 僅かに声を荒げると、ショコラがその小さな手で千乃を抱きしめる里衣の腕を引き剥がそうとする。
「ふぐぐぐ……」
 能力を発揮するために必要な血を吸っていない状態の彼女ではびくともしないはずだったが、彼女の手に促されるように里衣の抱きしめる力が弱まっていった。彼女なりにやり過ぎたと思ったのだろう。
「ありがとうねショコちゃん」
 それでもなお里衣に抱かれたまま、満面の笑みで千乃がショコラに答える。
「うむ、チノ。わしは由緒正しきバンパイアの末裔じゃからの。お主の危機を助けることなぞ、造作も無いことじゃ!」
 ふふんと鼻を鳴らし、自慢げに語る。その言葉で千乃の顔が更に明るくなる。
「やっぱりショコちゃんはすごいねー。だよね、春ちゃん!?」
 振り返り、自分を膝に乗せている里衣をニコニコと見つめる千乃。
「あ、うん……そうね」
 だが、それに対しての里衣の反応は微妙だった。色々と複雑な気持ちがそこにあるのだろう。恐らく、それは妬みや嫉みそういったほの暗いネガティブな感情だ。
「ところで、みんなはさっきから何をやっているのかしら?」
 このままでは話が一向に進まないであろうことを悟った清純は、今度はわざとらしくその場にいる全員に聞こえるように大きくため息をついてから、彼女たちにそう質問する。
 理由は、目の前で繰り広げられている光景が理解できなかったからだ。いや、大体の察しは付いていたけれど、一応確認しておきたかったのだ。
「――ん!? ああ、これね。この覗き魔を真っ二つにしたら、どうなるのかの実験。ほら生物の授業でもやったじゃない?」
 先ほどの不安定な表情は何処へやら、里衣がカラカラと笑いながら床にある物体を指差していた。
「俺はプラナリアじゃないんだけど」
 彼女が指差した先には、両手足をダクトテープでグルグル巻きにされたロシア人留学生のイワン・カストロビッチが、悲痛な面持ちで薄ら笑いを浮かべていた。
「あらそうなの? みんな、ホドホドにしなさいね。それと、真っ二つにするならやっぱりチェーンソーか斧がいいわね。……それとジョギリもいいけど、あれは東宝東和さんに怒られるから使っちゃ駄目よ」
 清純は特にとがめることも無く、切れ長の目を更に細めながら、目の前に広がる光景を楽しそうに見つめる。
「ちょ、ちょっと、これはどう見てもイジメじゃねーか。そういうのはクラス委員長として見過ごしちゃいけないんじゃないか? ほ、ほら、日本には古来から有名な格言だってあるんだろ。『イジメ、かっこわるい』とかなんとかさ」
 身動きが取れないながらもジタバタと両手両足を動かし、清純の足元へとにじり寄っていく。この勢いなら、この場から助かるためならば彼女の足さえも舐めるかもしれない。
「でも、覗きはいけないことよね?」
 彼女は足元に横たわるイワンの目線に合わせるようにしゃがみこむと、微笑みながらやさしくそう語りかける。声のトーンも柔らかで、顔も笑ってはいたが、その奥の瞳だけはシベリア奥地の凍結大地よりも冷たいとイワンは感じていた。
「いや、あの、ほら……覗きは男の浪漫だから」
「そうね、人生においてエロは大事よねえ」
「だ、だろっ!?」
「でも、往々にして罰が下るものよ。因果応報、自業自得、勧善懲悪。どんな映画でも最後には酷い目にあうものよ。SEXをしてるカップルは必ず殺されるでしょ? まあ、ナムエンジェルズみたいに一番の外道が生き残るってパターンもあるにはあるけど……」
「俺は時々、委員長の言っていることが分からないことがある」
「あらそう? まあ気にしないで」
 そう言って、彼女は立ち上がり、イワンから離れていく。イワンが声にならない悲痛な叫びを上げるが、彼女はそれを無視することにした。 
 何故なら、彼女にはイワンがその気になって能力を使えば、拘束から抜け出すことが可能なのも知っているし、真っ二つにされたところで死ぬことがないというのも分かっていたからだ。彼がそうしないのは、彼なりの反省の姿勢なのだろう。
 それと、逃げ出さないもう一つの理由。それは、顔に青痰や赤痰、引っかき傷を作り、よりいっそう不気味な顔になった巨漢の男、雨申蓮次《うもうれんじ》が見張っていたからだ。彼の能力はイワンにとって相性の悪い能力の一つだった。
 ちなみに、蓮次の顔が傷だらけなのは彼も共犯者だったからである。天井裏に忍び込むための脚立代わりにされたのだ。なんにせよそれは、半ばイワンに強引に誘われての結果ではあったので『お咎め』はこの程度で済んだのだが、それなりに下心もあったようである。彼は赤子も泣き出す強面であっても、心は純なムッツリスケベだったから。


「さあ? ワンコ、やっちゃいましょう!」
「それじゃあーっ!!」
 ワンコと呼ばれたパーカー姿の少女が、嬉しそうに尻尾を振りながら、どこから持ってきたのか大型のチェーンソーを構えると、そのリコイルスターターのノブを力任せに引っ張る。すると、2ストエンジン特有のビリビリとした小気味よい音と白煙を吐き出しながらソーの部分が獲物を求めるように回転し始める。
「ちょっと待て、ちょっと待てって。なんでそんなものが教室にあるのかな!?」
「うーん……。掃除用具のロッカーだったかな?」
 小首を傾げ一瞬悩むが、思い出せなかったのか、はたまた考えることが面倒になったのか、彼女は純真無垢な笑顔で、食人家族の末弟よろしくチェーンソーを上段に構える。
「だからね、どーして、そんなものが入ってるのかなぁーっ?」
 ゆっくりと唸りを上げて迫ってくるチェーンソーとそれを持った少女、大神壱子《おおがみいちこ》の顔を交互に見ながらイワンは大声で叫ぶ。
「そりゃ、この世界から掃除するためじゃない? あんたみたいなゴミを」
 しれっと、悪びれることもなく酷いことを言う里衣。
「あ、そこはほら、男として大事なところだからね、あ、いや……ら、らめえぇぇぇ!!」
「はーい、そこまでよー」
 清純は壱子からチェーンソーを取り上げ、手際よく発動機を停止させると、ぎこちない歩き方で教室の後方に並ぶ個人のロッカーの前まで進むと、自分のロッカーへとそれを放り込む。どうやら、彼女の私物のようだった。
「な、なんでそんなの持ってんだよ?」
 ダクトテープの拘束からいつの間にか逃れたイワンが、彼女たちの輪から離れ、怯える犬のように蓮次の後ろに隠れて叫んでいる。当の蓮次は、更に厄災が降りかかるのではないかと迷惑そうであった。
「え? なんでって当たり前でしょ」
 清純はおかしなものを見るような不思議な表情をイワンに向けると、再びロッカーの方へと向きなおし、ロッカーの中から色々なものを引っ張り出してくる。
「これがハロウィン用のマスクと包丁でしょ? こっちはバレンタイン用のガスマスクとツルハシ……これはチェーンソーとセットのレザーフェイスね。ホッケーマスクにキャッチャーマスク、あとは……」
 彼女の目の前に山積みになっていく様々な道具。チェーンソーやナイフの類はもちろん、巨大な植木ばさみや刃の部分ががギザギザになった巨大な牛刀、銀色の球体など、実に多彩で、一般の人からすれば、それらは全く一貫性があるとは思えなかった。少なくともどれもが彼女には共通的な意味があるらしい。なんにせよ明らかに学業に不必要なものばかり持ち込んでいるのに没収されていないことが不明である。
「いやいやいやいや、委員長。言っている意味が分からないのだが……。それ以前にその量がそこに収まってるという事実も良く分からねえぞ!」
「決まってるでしょ」
「なんだよ?」
「女の子には男の子より隠すところが多いからよ」
 清純はしなを作りながらお茶目な表情でウインクをする。まあ、それ以前に相当に近寄らないとウインクしたかも分からなかった。
「屈託のない笑顔でそんな下ネタを言うなよぉ……」
 酷くガッカリした表情で、肩を落とすイワン。男女問わず(特に召屋正行《めしやまさゆき》を)愛すると公言している博愛主義者の彼でも、それなりに女性には理想があるようだった。
「あら? エロとグロとバイオレンスは映画にはつきものよ。この三つのどれが欠けていても駄目なの。映画の探求者として、私自身もそれを隠すことはないわ」
 清純はビシッと右手の指を三本突き出す。
「いや、隠そうよ」
 間髪いれず情けない顔のイワンが間髪いれずに突っ込みを入れる。
「日本の映画とはそういうものなのかの、チノ?」
 一方、二人のやり取りを不思議そうに見つめるショコラーデが、近くにいた千乃に質問する。
「さあ。どうなの春ちゃん?」
「清純の言っている“映画”は私たちの知っている映画とは違うんでしょ……」
 明後日の方向を見ながらうんざりとした表情で、めんどくさいとばかりに里衣はそう適当に答えることにした。
「ところでのう。何故あやつは変な歩き方をするのじゃ?」
 先ほどの清純のぎこちない歩き方を不思議に思ったのか、ショコラーデが思いついたように里衣たちに向かって再び問いかける。
「ああ、清純は義足なのよ。一応、能力者が彼女のために設計した特殊な義足なんだけどね。普通に走ったり、跳ねたりするのはちょっと苦手なのよね」
「なるほどのう。あやつも大変なのじゃのう」
「そんなことはないわよ。ロックベルトさん。これでも結構気に入っているのよ」
 そう言いながら彼女の言葉を耳ざとく聞きつけた清純はスカートを捲し上げて、ニーソックスとスカートの間に隠れていた義足の部分を彼女にはっきり見せようとする。その行為にクラス中の男子がどよめき、なんとかスカートの奥にあるものを見ようと一斉に姿勢を低くし始めていた。
「ほほう、今日のパンツは紺か……」
 いつの間にか絶好のポジションを陣取っていたイワンが、興味深い生態を発見をした生物学者のように深く重く意味深げに呟く。一方、蓮次は明後日の方向を見ながら、何事か真剣に思い悩んでいるようだった。
 ただ、彼のそれは僧侶の達観した禁欲的な清清しい思考などではない。
(ふう……。斎藤道三×《と》北条早雲はやはり心《こかん》を落ち着かせるものだなあ)
 などと、海綿体の膨張を防ぐためにワケの分からない妄想に躍起になっていただけであった。
 一方、そんな煩悩満載の男子陣をよそに、顔を真っ赤にしながら里衣が必死にスカートを押さえようとする。
「あーっ!? もうだから、そういうの止めなさいって言ってるでしょ?」
 だが、清純はその行動を不思議そうに見つめ、スカートを下げようともしない。
「大丈夫よ、下の毛はちゃんと処理してるから」
「そぉーいう問題じゃなないでしょー!?』
 珍しく、里衣の怒声が揃って教室に鳴り響く。
 そして、そんな馬鹿どもの喧騒から少しだけ離れたところで、ささやかな事件が起こっていた。
「委員長ー! 幸人《ゆきと》くんが、また鼻血を出してる!!」
「また貧血で倒れたの? いつも悪いけど、お願いね」
 清純の言葉に従って、一人の女子が大きな血溜まりを作って突っ伏している少年をやさしく抱え上げ、教室から出て行く。その一連の行動は、このクラスでは良くあることなのだろう、運んでいった少女も周りのクラスメイトも特に大きく驚いた様子はなかった。
 ただし、一人だけは違った。
「だっっっから、言ったでしょっ!? 清純、あんたってば、どうして軽々しくそういうことをするの? ここにはろくでもない男子も沢山いるのよ。それなのに……」
 いつもは皮肉ったり揶揄する立場の春部里衣が注意する側に立って、ねちっこく説教をする。おそらく、二年C組の面々が、中でも毎度毎度イジられてる召屋正行がこの光景をみたらさぞや驚くだろう。
 そんなことを思いながら、有葉千乃は満面の笑みでその光景を見守っていた。


「あのー、どうして雨申くんの顔はそんな酷いことになったんですかあ? あっ!? そういうことじゃないんですよ。怪我のことを聞きたかっただけで、顔が酷いという意味では……。いえ、雨申くんの顔が酷いとか言っているわけじゃなくてですね……」
 ホームルームでクラスを訪れた担任の練井晶子《ねりいしょうこ》が、いつものように、いつものごとく、勝手に妄想を暴走させて、一人慌て、困っていた。
『これさえなければ生徒思いのいい先生なのに……』
 口下手ながらもこれ以上酷いことにならないようにと一所懸命に嘘の説明しようとしている蓮次以外のクラスメイト全員がそう思い、憂鬱な気分になっていた。


 そんな長く憂鬱なホームルームが終わった後、クラス委員としての仕事や担任の練井晶子の仕事の手伝いを行っていた鈴木清純の帰宅はすっかり遅くなっていた。
 日は完全に落ち、街灯が街並みを薄暗く照らしている。どこにでもよくある夜の街の風景。頬に当たる海風も肌寒い。いつもボディガードと言って憚らず付き従う蓮次もバイトがあるということで彼女の側にはいなかった。
 そんな時だ。清純は自分を見つめる僅かな気配を感じ取り、歩みを止める。
 だが、彼女の耳には自分の足音はもちろん、他の人どころか猫の子一匹の足音すら聞こえてこない。いや、正確には様々な交通の音や様々な雑音は聞こえてはいたのだが、それ以外の異質な音が存在しない。
 彼女はそういった当たり前の音と異質な音が紡ぐ音が区別できないほどに鈍感ではない。
 念のためにと振り返ってはみるが、そこにはやはり人影はなく、薄暗い街灯に照らされた不気味な世界が広がっているだけだ。
 清純は再び歩き出す。歩みを早めようとするも、右足が義足の彼女では思うようにならない。気持ちばかりが急いて、身体が付いていかない。
 そして、再び違和感が彼女を襲う。やはり、もう一人。自分の他にもう一人歩いているのだと清純は理解する。自分の不規則な足音に僅かにずれて、別の規則的な足音が僅かにズレて聞こえてきたからだ。
(ストーカー? 通り魔? 変態? 連続殺人鬼? まあ、なんにせよストーカー以外はドラマチックな展開だわねえ……。変態の殺人鬼に陵辱されて、道端に打ち捨てられた私は半死の状態で助け出されるの。そして、数年の月日を経て、ようやく犯人を追い詰め、それはそれはバイオレンスな復讐を成し遂げ……)
「な、わけはないわよねえ」
 そう呟きながら、彼女は突然左足を軸にした後ろ回し蹴りを誰もいないはずの空間に叩き込もうとする。短めのスカートがはためき紺色の下着が露わになる。
 もちろん、蹴りは空を切る。だが、蹴りの勢いを使って振り返った彼女の瞳には、飛び退いている猩々のような不気味な生き物が映っていた。
「あら、外れた? 残念」
 彼女はクスクスと笑いながらも、自分の蹴りをかわし、絶妙な距離を取っている不気味な生き物の正体を見極めようと、その視線を僅かにも逸らすことはなかった。
「人……と言うにはちょっと醜悪かしら?」
 彼女はそう呟く。まさしくその言葉通りで、その生物は猿と人間、どちらとも違っていた。髪の毛どころか体毛は一切なく、血色の悪そうなぬめりのある紫色の皮膚で全身が覆われていた。幼児程度の小さな身体から生えた不釣合いで長さの揃わぬ四肢は異常に長く痩せ細っていたが、不気味な皮膚の下には針金を巻いたような細くても強靭な筋肉がみっしりと詰まっていることが伺えた。異常なまでのアンバランス、怖気をもよおす異形の姿。なにより、その異様さを決定付けているのはその巨大な頭部だ。ジャガイモのような歪な形状にぽっかり穴のあいたような耳らしきもの、更に顔面の三分の一はあろうかという双眸は白く濁り、生気はなく焦点も定まっていない。鼻らしきものは見当たらず、その下には象牙色の汚らしい歯を不規則に並べた口がぽっかりと開いている。
「あらいやだ、随分とゴクリゴクリと鳴きそうな化物《ラルヴア》ねえ」
 笑顔でそう言いながら、清純は相手の次の動きを予測し、半歩ほど後退る。義足を前にしながら……。
 空気が張り詰め、一気に弛緩する。
「ガァァァァッ!」
 叫びながら、化物《ラルヴア》がその四肢に秘めたバネのような跳躍力を使い、一気に間合いを詰め、彼女へと襲い掛かる。
 清純は回避するのが間に合わないと見るや、手に持った鞄を力一杯|化物《ラルヴア》に投げつける。
 だが、化物《ラルヴア》はその鞄をぽっかりと開いたアギトで噛み潰し、後ろへ吐き捨てものともせずに近づいていく。そして、その間にも両腕が不自然に伸び、彼女の首をへし折ろうとその速度を増す。
(モウ……少シ……デコイツノ首ヲ……)
 そう化物《ラルヴア》が思った瞬間だった。
『――ミシ』
 化物《ラルヴア》の両腕から不気味な音が体内に響き渡っていく。そして、それに僅かに遅れ感覚も伝わる。
 激痛。
 化物《ラルヴア》は自分の身に起きたことに驚き、異様な方向に曲がった両腕を庇いつつ、苦痛でその場にのたうち回る。恐らく、手頃な相手と侮っていたのだろう。
「手癖の悪い子はお仕置きしないとねえ」
 街灯で鈍色に輝く義足である右足を美しく凛と掲げながら、清純は涼しげに微笑んでいた。
 そして、彼女はゆっくりと足を下ろすと、その足を使って人在らぬ跳躍力で飛び退くと化物《ラルヴア》との距離を自分の有利な間合いに保持する。
 彼女はこの超科学の能力によって作られた義足が使えないのではない、自分の魂源力《アツイルト》を上手くコントロールすることができないだけなのだ。そのため“両足”で走ったり、跳んだりすることができない。ぎこちなく歩くか、能力を全開にして圧倒的な脚力を発揮するかの二択。それが彼女の能力だった。
「ゴメンなさいね。でも、貴方も私の鞄を台無しにしたから引き分けよねえ?」
 清純は相手を気遣い、心配そうに声を掛ける。表情もそれらしく慈悲に溢れるものであったが、瞳の奥はそれとは真逆に憐憫の欠片も無い冷徹なものだった。
「オ…前、カタキ…。俺、頃…ス」
「そうなの? それは困ったわ。私も無駄な殺生はしたくはないのだけれど」
 困ったような表情で彼女は眉間に皺を寄せる。
 そして彼女の周りに弧を描くように埃が舞う――。
 清純は化物《ラルヴア》の目の前まで瞬く暇も与えぬ速度で移動すると、まだ空中にある身体を胴回し蹴りの要領で一回転させ、そのまま義足を使って頭部めがけ躊躇無く踵落としを放つ。
 化物《ラルヴア》顔面がアスファルトに叩き付けられ、醜くひしゃげる。周囲に飛び散った吐瀉物と血と粘液が異様な模様が描く。
 だが、それだけのダメージを受けてもなお、化物《ラルヴア》は立ち上がろうとしようと足を動かそうとしていた。
 もちろん、そんな動きを清純が見逃すはずもなく、その頭部を義足で強く踏みつける。
「動いたら、どうなるか分かるわよね?」
「汚・マ・エ、仇……」
 僅かに表情を歪める。やはり、彼女自身、仇と言われることに納得いっていないのであろう。
「私は貴方のような化物《ラルヴア》に仇と呼ばれる記憶はないのだけれど。どういうことかしら」
 的を射てない答えに、苛つくように彼女の右足の力が強まる。ミシミシという骨が歪む音がする。
「――ガァッ!? オ、前ハアイツノ中マ。相ツナカマ、許サナイ」
 その言葉を聞いた瞬間、何かを思い出したのか、清純の瞳が大きく見開かれる。
「なるほどねえ。思い出したわ。“蓮ちゃん”にちょっかいを出した子《ラルヴア》ねえ。それは許せないわよねえ」
 彼女は化物《ラルヴア》の言っている意味を理解して、いつも以上に微笑む。
「それで、貴方たちのボスは何処にいるのかしら?」
 彼女は化物《ラルヴア》を見下しながら、右足の力を弱めることもなく、慎重に答えが出るのを待った。
 だが……。
「オ、オ前ニ話スクライナラ市ンダホウガ増シダ」
「あらそう。じゃあ……おやすみなさい」
 化物《ラルヴア》の頭部に圧し掛かった彼女の義足に更に力が加わる。
「ア、ガ…………」
 化物《ラルヴア》が苦しそうな声を上げた瞬間、その頭部はスイカを散弾で撃ち抜いたように粉々に四散する。頭蓋骨らしきものの破片と共に脳漿と血が四散し、赤とピンクの不気味な幾何学模様を地面に描いていた。
 踏み潰され、思考すべき頭部を無くしたそれだったが、驚くべき生命力で四肢をバタつかせる。それの姿はまるで自分の頭部の欠片を探しているように見える。
 清純はその間抜けな姿を冷淡な目でじっと見つめながら、隙なく自分に有利な距離をとる。人型とはいえ、頭部が破壊されて死なない場合も可能性としてはあったからだ。
 しばらくするとそれは大きくビクビクと痙攣を起こし、糸の切れた操り人形のように力なく四肢を下ろし完全に動かなくなる。


「参ったわねえ。クラスのみんなは大丈夫かしら……」
 双葉学園徒専用の生徒手帳型PADをいじりながら、そう彼女は呟く。今さっき彼女に降りかかったこの事件は、文化祭の前夜から始まって今でも続いているのだ。
 清純は、文化祭期間中に雨申蓮次の身に起きた出来事を思い出していた……。 

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