【壊物機 第六話 三人称】


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 壊物機 第六話 『未知の遭遇、そして始まり』


 何かを意味してるんだ。とても重要な何かを
                  ――未知との遭遇


 ・OTHER Wednesday

 二〇〇九年前後の裏社会では『断片』というマジックアイテムの存在が噂されていた。
 『断片』は四つに別れた『断片』全てを揃えればどんな願いも叶えることができるというありふれた効力を謳っていた。
 ありふれた、そう言われるほどに似た類のマジックアイテムや異能は過去の歴史を紐解けば散見することができる。同時に、真物に百倍する贋物も歴史にはありふれていた。
 その名が広まり始めた当初、『断片』は贋物の側だと思われていた。
 願いを叶えるその触れ込みが真実ならば『断片』で願いを叶えた人物がいるということだが、『断片』で願いを叶えた人物は歴史上に誰一人として見つからなかった。
 そのため『断片』のことはよくある与太話だと考えられていたが一方で裏社会の一部……異能にまつわる界隈では『断片』についてある仮説が提唱され、その仮説が真実だと確信して『断片』を集めようとしている者達が現れ始めていた。

 『悪人』我楽糜爛が『断片』を巡る騒動に巻き込まれたのも、ちょうどそのころだった

 ある水曜日の朝のニューヨーク州マンハッタン。
 人類史上最大の都市の中でもより一層に最大。人種の坩堝とさえも呼称されるニューヨークのストリートを黒髪の東洋人と、まるで人形のように美しい黒髪の少女が歩いていた。
「退屈だなぁ。そう思わないかい悪魔ちゃん?」
 時節は十一月、この時期のニューヨークはすでに冬だったが東洋人――我楽糜爛は素肌の上にジャンパー一枚だけを着ており、前さえ閉めずに腹筋と大胸筋を晒した見るほうが寒々しくなる格好だった。
 それでも本人は道行く周囲の人々の視線を気にした風もなく、チャイナタウンで購入した点心を右手にもって頬張りながら、先日のラスベガスで博打とイカサマと恐喝を用いて手に入れた高額紙幣入りのトランクを左手で揺らし歩いている。
「退屈かと聞かれればそうですね、としか答えられません。あなたと一緒だと退屈しかしません」
 糜爛の隣を歩く少女――永劫機メフィストフェレスもやはり右手にもった点心を頬張りながら歩いていた。付け加えるなら、彼女の左手にはトランクの代わりに点心の詰まった紙袋が抱えられている。
「今は退屈だけど会って暫くはスリリングで楽しいこといっぱいじゃなかったっけか?」
「楽しいことなんてせいぜいこうして食べ物を食べているときだけです。それだって貴方と一緒だと半減、『飯が不味くなる』ですね」
「ヒッヒッヒ。前から思ってたけどさ、俺ってば嫌われすぎてない?」
「いいえ全く。妥当です」
 そう言いつつもメフィは点心を食べ終え、次なる点心を味わおうと紙袋を開けた。「肉まんとあんまんのどっちにすべきでしょうか。難題です」と独り言を呟くその顔は糜爛と話しているときよりもよっぽど真剣だった。
 そのメフィの態度が可笑しいのか。あるいは呆れたのか、糜爛は短く笑った。
「悪魔ちゃんってば機械なのにもの食べるけど、それってばどこに行くのかすげえ疑問だっての」
「この変態下衆野郎。死ね」
「そこは『乙女の秘密です』とか『糜爛さんのえっち!』くらいで済まない?」
「何か間違いがありましたか?」
「ないなぁ」
 彼は少なくとも自分で自覚してしまう程には下衆野郎だった。
 そんな会話を何セットか繰り返しているうちに、点心の袋は空になっていた。
「食べ終わっちゃったっての。さぁて、昼飯まですることがなくなった。退屈退屈」
「……そんなに退屈ならそのトランクの中のお金で好き放題すればいいでしょう? どうせいくら使ってもまた補充がきくんですから」
 ラスベガスのときのように時間を止めるメフィストフェレスの力を使えば金銭はいくらでも手に入れることができる。
 が、糜爛はあまり乗り気ではなかった。
「だから使う気にもならねえんだって。あんまり簡単に手に入っちまうから金の価値が感じられねえの。てか憧れて紙幣満杯トランクなんて要求してみたけど何日も持ったらいい加減飽きたし手が疲れた。捨てちゃっていい?」
「不憫ですね」
 メフィが不憫と言ったのはもちろん『金が簡単に手に入りすぎて飽きた』とぼやく糜爛のことではなく、彼がその金を手に入れる際に犠牲になった三名のことである。糜爛本人はそんなことはまるで気にも留めていないだろう。
「どうすっかなぁ、今のご時勢にいるかはわかんねえけど乞食でもいたらプレゼントすっか」
「その人は運がいいですね」
「きっと金目当ての強盗に殺されるけどなぁ」
「…………」
「あ、車が行き交う道路に放り込むってのは? やっぱ狂喜パニックで派手な交通事故にでもなるかねぇ。どうしよう悪魔ちゃん?」
「……好きにしたらいいでしょう」
「好きにするさ。だって俺はご覧の通りの犯罪者。ご覧の通りの強欲者。ご覧でわからぬ名は糜爛……名前の通りの悪人《ヴィラン》でござーいってのよ。さぁて……ありゃ?」
 口癖を言い終えた糜爛は今言ったことのどちらかを実行しようと周囲に目を配って道がないことに気がついた。
 路地の左右は築数十年といった趣のビルに挟まれ、前方には通り抜けを禁止するように壁がある。話しながら歩いているうちにどこかの袋小路に迷い込んでいたらしい。
「あっちゃあ、面倒くさいけど戻らなきゃ駄目だっての。面倒だなぁ、いっそここに札束を捨てて火つけてビル燃やそうかねーっての。悪魔ちゃんって火炎放射器ついてたっけ? ロボだし当然ついてるよな?」
「……時計に戻ってもいいですか? いい加減に私も会話が面倒になってきました」
「いやぁ、それされると俺が独り言をだらだら喋る変な奴になっちまうっての」
「暗に『もう話しかけるな』と言ったつもりでしたけどそれさえわからなかったんですねすみません。
 ……?」
 自らの契約者に心底呆れていたメフィは不意に、あさっての方向へと視線を向けた。
「どうしたってのよ悪魔ちゃん」
「何か、奇妙な気配を感じます」
「ふぅん。悪魔の第六感って奴?」
「そんなものはありません。けれどこれは……」
 しかしメフィの言葉を途切らせるタイミングで

 ぐしゃりぐちゅ

 そんな音と生温かい液体が二人の背と足に降りかかった。
「…………」
「…………」
 無言のままふたりがゆっくりと背後を振り返ると、そこには潰れたトマト――と言うよりはケチャップと豆腐をぐちゃぐちゃにまぜたようなもの――を地面にブチまけて横たわる人間の頭部欠損死骸が転がっていた。
 左右のビルのどちらかから落ちてきたのは間違いない、が。
「ジーッ」
「……いやいや! 俺はまだ何もやってないっての」
「私もまだ何も言ってません」
「「ジーッ」って口で言ってたじゃんよ。ま、それはともかく本当に俺は何もしてねえっての」
 糜爛はそう言うと血だまりで靴が汚れるのも構わず遺体に歩み寄った。もう先刻の落下時のものが存分に引っかかっているから気にするだけ無駄というのもある。
 そうして死体の足元から無い頭部までを眺めて、呟いた。
「ふぅん? これの死因……脳挫傷じゃねーのな」
「落ちる前に死んでいたということですか?」
「そういうこと。背後から足と……心臓撃たれてら。死因はこっちでその後落ちたみたいだなっと」
 糜爛が遺体の二点を順に指差す。そこには指ほどの直径の穴が開き、出血した形跡があった。出血は足のほうが激しく、足が死ぬ前に撃たれていたことを物語っている。
「よくわかりましたね」
「悪魔ちゃんとのランデブーは鉄火場くぐること多いしねぇ。その他にも色々と」
「そうですか。ところで」
「なんだい悪魔ちゃん?」
「これが銃殺なら撃ったものがビルの上にいるということで、私達は目撃者なのでは?」
「そうなるねぇ。今頃は階段下りてこっちに向かってるところかな?」
 何でもないように言いながら糜爛は遺体の衣服に手を突っ込んでいた。
「こちらに向かうのではなく逃げた可能性もありませんか? どちらにしてもここからは早く立ち去ったほうがいいですね。前者なら襲われますし後者ならあなたが容疑者になりかねません」
「んー? 心配なのかい悪魔ちゃん?」
「死ね」
 手厳しいねぇっての、と言いながら糜爛はまだ衣服の中を漁っていた。
「……さっきから何を?」
「んー、勘だよ? なーんか、これ漁ろうかって気分なのさ」
「勘、ですか……ハァ」
「疑わしげな顔してるけどさ、悪魔ちゃんだって聞きはしても止めはしてなかったじゃない? ってーことは漁るのもなんかの縁なんじゃないかねぇっての」
 メフィは再度ため息をついて言葉を返す。
「私が止めてもあなたは何も聞かないでしょう? なら言うだけ無駄だから言わないだけです」
「ヒッヒッヒ、そうかい。でもま、縁の元らしきのは見つかったさ」
 糜爛は遺体の懐から布にくるまれた物品を取り出してそう言った。
「それは?」
「さぁ? なんだろうねっての」
 糜爛が布を取り去ると、中にあったのは何かの模様が描かれた一枚の石版……もとい石版の欠片。
 『断片』、と呼ぶのが相応しそうなものだった。
「悪魔ちゃん。これ、なんだと思う?」
「わかるわけがないでしょう。ただ、奇妙な力は感じます。さっきその遺体が落ちてくる前に感じたものと同じですね」
「なーるほど。さてこれはいったいどういう」
 不意に、先刻のメフィの言葉を遺体の着地音が途切らせたように糜爛の言葉を遮る形で一発の銃声がなった。
 遺体の音がそれなりに大きかったのに比べて、サイレンサーを付けているらしい銃声は離れれば聞こえなくなる程度のものではあったが二人の耳に届くには十分だった。
 いや耳にと言うよりは。
「……痛ってぇ」
 銃弾が糜爛の右腕に開けた穴が如実に銃撃を知らせていた。
 右腕に走った痛みと衝撃に糜爛は思わず右手に持っていた『断片』を取り落とす。
 糜爛が『断片』を拾おうと左手を伸ばすと、遮るように再度静かな銃声が鳴った。今度は糜爛の腕ではなく、緩い舗装がされた地面に銃弾をめり込ませる。
 銃弾の飛んできた方を向くと襟立てコートと帽子で顔を見づらくした男が拳銃を構えていた。その男の後ろには同様の格好をした男が三人ほど、やはり糜爛に拳銃を向けている。
「ウゴクナ。手ヲアゲロ。『ダンペン』ヲ此方ニヨコセ」
「……それ結局どうしろってのよ? 動かねーの? 手を上げるの? 渡すの?」
 いずれにしてもまた撃たれそうだけどな、と心中で付け加えつつ糜爛は左手を上げた。そうしてぐちゃぐちゃと何かを呟き始める。
「『ダンペン』ヲヨコセ」
「……間よ。あー、はいはいそっちね」
 糜爛は応じて、自分の足元に落ちていたそれを男に向かって蹴り飛ばした。

「トコロデ、オ前ト一緒ニイタ女ハ何処ダ?」
「今はあんたの足元だけど?
 時よ止まれ、お前は美しい」

 糜爛が蹴り飛ばしたそれ――金剛懐中時計は糜爛の呟き終えた式文に呼応してその真の姿――永劫機メフィストフェレスを顕現させ、ついでと言わんばかりにクロームの刃で男を両断した。

「「!?」」
 突然の……文字通り急変に動揺した残る三人の男はさらに一人をその動揺の間に同様に喪い、残る二人は拳銃で応じようとするが……。
「あー、銃とかここじゃ意味ないってのよ」
 その言葉通りに彼らは何もできず、さらに一人を喪う。
 残る一人は永劫機の巨大な腕に掴まれた。
「状況終了だっての」
 糜爛は胴を強く握られて呼吸にすら苦しむ男に近づき、ヘラヘラした笑みのまま尋問を始めた。
「そんじゃま、この腕の傷の駄賃に色々と聞かせてもらおうかねぇっての。あ、正直に話してくれれば見逃すしこのトランクのお金もプレゼントしちゃうから」

 無論それは嘘で、聞きたいことを聞き終えた後は他の三人と同じく彼も永劫機の燃料として食べさせたのだが……かくして糜爛は『断片』のことを知った。
 集めた者の願いを叶える『断片』のことをまるで疑わずに糜爛は受け取り、喜んでその騒動に巻き込まれた。
 否、巻き込んだ。
 己の欲望のままに、やりたいようにやるために『断片』と永劫機を巻き込んだ。
 そのときから、『断片』の騒動はさらに肥大化したのだった。

「さぁて、面白そうなことが始まったからしばらくは退屈しないで済みそうだっての」
『そうですね、ところでマスター』
「なにかな悪魔ちゃん?」
『一回蹴り返してもいいですよね? OKですか、ありがとうございます』
「ちょ、俺まだOKって言ってなグハァ!?」
 糜爛が永劫機に蹴り転がされて、糜爛の水曜日の話は幕を閉じた。

 木曜日。金曜日にカレリフォルニア州ミーティットの埠頭で二枚目の『断片』が荷揚げされることも男から聞き出していた糜爛は旅客機でカリフォルニア州へと向かう。
 その旅客機の中でアバドンロードの操奏者と遭遇し、最終的には旅客機を墜落させてアバドンロードから逃げ延びるのだがそれは別の話である。

 今は、金曜日。
 『悪党』ラスカル・サード・ニクスと『悪人』我楽糜爛が遭遇し、二人の戦いが始まった日だ。


 ・・・・・・

 ・Friday

「時感狂化《マッドタイム》――発動ォ!!」
 先手必勝、逆に言えば先手を取るしか勝ち目が無いと踏んだラスカルは戦闘開始後すぐさまメフィストフェレスを時感狂化の影響下においた。
 駆け出そうとする体勢のままメフィストフェレスは静止する。
「あり? 悪魔ちゃん?」
 糜爛が動きを止めた自身の永劫機をいぶかしんでいる間に、ラスカル達は初手で最大の手を打つ。
「ウォフ!」
『はい!』
 ウォフ・マナフが右手に握った巨大銃器『|88mm対物狙撃銃《ドラゴンキラー》』の照準線《レティクル》にメフィストフェレスの姿を収め、引き金を絞る。
「『|致命的な狂弾《フェイタルストライク》!』」

 そしてラスカルとウォフ・マナフの有する最大の攻撃が放たれない。

「……!?」
『ど、どうしてですか!?』
 ウォフ・マナフが引き金を何度も引き直すが、それでも弾丸は発射されない。
 そうしている間に静止していたメフィストフェレスは活動を再開し、クロームの刃をウォフ・マナフに振り抜いた。
『くぅ……!』
 ウォフ・マナフは重荷になるドラゴンキラーを咄嗟にメフィストフェレスへと放り捨てて退く。振るわれたクローム刃はドラゴンキラーと空中で交差し、ドラゴンキラーをあっさりと両断する。
『……』
 武器を壊しただけで攻撃の手を止めるわけもなくメフィストフェレスはウォフ・マナフ――の背後のラスカルを狙ってクローム刃を突き出してくる。
『!?』
 ウォフ・マナフは咄嗟に足元に未装填で転がっていたマーマンピアッサー用の巨大銛を拾い上げてメフィストフェレスの刃を弾く。
 斬りつけられ弾き叩き弾かれ鎬を削る。二体の永劫機は直接に触れ合いそうな距離で刃を交え、クロームの刃と合金製の銛が火花を散らして鍔競り合う。
 倍近く体格が違うはずの二体の膂力はほぼ互角……むしろウォフ・マナフが押され気味だった。
 しかし押され気味ではあるがウォフ・マナフがメフィストフェレスを抑えて隙はできた。
「だったら」
 ラスカルは懐から拳銃を取り出して糜爛に向け引き金を引いた、が……。
「また、不発か」
 ドラゴンキラー同様に、拳銃から弾は発射されなかった。
「お互いの永劫機が闘ってる最中にいきなり銃殺かまそうなんてワルだねえっての」
「……よく言う」
 そっちが先だろうが、とラスカルは吐き捨てる。
「けどまぁ、生憎とここじゃただの銃器は使えねーってのよ。ん……ってことはやっぱそのデカブツはでかいだけのただの銃だったってわけかね」
「……ここ?」
 まさか埠頭だと潮風で火薬が湿気るなんて阿呆な理由じゃないだろうな、ラスカルはそう考えかけてすぐに自分の間違いと周囲の異常に気づいた。
 周囲が夜の帳に包まれていたせいで気づかなかったが周囲の色そのものが僅かに違う。街灯の灯りがくすんで見える。
 永劫機の駆動音で気づかなかったが、周囲にはそれと俺達の声以外の一切の音がない。波打つ音さえ聞こえない。
 極めつけは両断されたドラゴンキラー。真っ二つになったそれは、地面に落ちることもなく空中に停止していた。
 彼ら以外の何もかもが、ここでは停止していた。
「…………なるほど、な。『停止』がそっちの固有能力ってわけかい」
「当たり。そっちは悪魔ちゃんの動きを止めてたみたいだけど、こっちはいっぺんに色々止めたってわけよ」
 波や宙に浮いたドラゴンキラー……そしてそれの中の火薬もその範疇。
 動くラスカル達が引き金を引こうと激鉄に叩かれた火薬が止まったまま爆発しなけりゃ弾は出ない、それが道理だった。
 加えて波のように止める必要のない物までまとめて止めている。
 ならばメフィストフェレスの能力は。
「一定範囲内の生物以外の時間停止、か」
「ヒッヒッヒ、正解正解大当たり。ちなみに名前は時間堰止結界《クォ・ヴァディス》ってーのよ」
 時間堰止結界、最後の機体でありながら時間操作という概念からすればオーソドックスな能力。
 あるいは最後の機体でようやく完成させたということなのか。
 いずれにしろラスカルの有する銃器の一切は役に立たなくなった。
(銃器が全てでもない、がな)
「アイ・ハブ・コントロール」
『了解!』
 ウォフ・マナフの制御をウォフから受け取ったラスカルはすぐさま右手の銛を放す。
 拮抗するもののなくなったメフィストフェレスの左腕はかけていた力のままに前へと突き出す形になる、突き出された左のブレードを瑪瑙装甲の表面に掠らせながらウォフ・マナフの巨体をメフィストフェレスの左側へと移す。
 次いで左の銛を手放して、空いていた右手で逆手に握りメフィストフェレスの胴を抑え、フリーになった左腕をメフィストフェレスの左腕に絡ませる。
 永劫機に“それ”が効くのはウォフと悪心で実証済みだった。
「人体破壊作法、|枝折《ブランチ》」
 ラスカルは装甲とフレームを支点にメフィストフェレスの左腕に瞬間的に圧を掛け、肘関節破壊を試みる。

 結果は、二つの異音によって知らされた。
 一つはバギリというメフィストフェレスの腕を圧し折った音。
 もう一つはギュギリリというまるで工作機械で鋼材か何かを切ったような音。

「!」
 破壊成功を知るもラスカルは奇妙な悪寒と技を掛けた左腕の違和感を覚え、後方へと一度飛び退いて距離を空けた。
 その拍子に、ウォフ・マナフの左腕が落ちた。
『!?』
「……ッテぇな」
 技を掛けた拍子に、何かを返された。
「おもしれーってのよ、まさか関節技なんて使ってくるとは思わなかった」
 よもや人体破壊作法の返し技を知っていた……などという話ではない。だったら腕が切れているわけがない。
 ただ、何をしたかの答えは考えるまでもなく、糜爛が見せていた。
「でもまー、こっちもかなりおもしれーっての」
 折られた左手ではなく、無事な右手。
 その先に伸びていたクロームの刃が廻っていた。
 まるでヘリコプターのローターのように、あたかも時計の針の早回しのように。
「なるほど、な」
 右手でやれるなら左手でも同じことができるだろう。
 つまりはラスカルがが技を極める直前に左手のああやってブレードを回転させてウォフ・マナフの腕を切断した。
 同時にウォフ・マナフもメフィストフェレスの左手を圧し折ったが、『折る』と『切る』ではダメージの度合いが違う。
 ラスカルは競り負けた。
「こっちは面白くもねぇ……な」
 先刻からラスカルは悉く出した手を潰されている。致命的な狂弾は相性で、人体破壊作法はギミックで、付け加えれば力比べは純粋にパワーで。
『天敵……ですね』
「天敵、か。おいウォフ、ちょっと天敵が多くないか」
 アルフレド、鋼鉄魚群、ウィトルウィウス。たしかにウォフ・マナフの天敵は多かった。
 しかしその中でも糜爛とメフィストフェレスは頭一つ飛びぬけていた。
『存外にやるものですね、ウォフ・マナフ』
「だねぇ。ま、あの虫野郎ほど強かないけどねーっての。まあまあにはやれてるがね」
 ラスカルは上から目線に苛立ちを覚えたが、それを否定してひっくり返して踏みつけて見下し返せるだけの手はもうほとんど残っていなかった。
 銃器使用不能。一度使った時感狂化は効果時間半減。左腕切断で人体破壊作法使用不可能。ウォフ・マナフの機能をラスカルの武器と技術で補う戦闘スタイルは潰されている。
 残っているのは文字通り奥の手の右腕『悪心』を分離した二重攻撃だが、それとて糜爛達にも奥の手があればまた潰されかねない。
 それに……。
『ウォフ』
『はい、御主人様』
『正直に言って、現状でこいつらに勝つのは無理だ』
『……わかってます』
 ウォフも今の数合の接触であっちとの戦闘力の違いを理解したらしい。
 ウォフ自身は十二番目のメフィストフェレスとの理不尽なまでの性能差を実感しているだろう。
 が、ラスカルは少し違った。
 ラスカルが本当に危険だと思っているのはメフィストフェレスの性能ではない。
 メフィストフェレスのマスター……悪人《ヴィラン》をこそ危険だと考えていた。
 単に性能で上回られることならラスカルとウォフ・マナフにとってこれまでにも何度かあった。
 それだけなら彼らは逆転できる。
 それだけでは、ない。
 糜爛はまず気づかれないうちに能力を発動させておいてラスカルの銃器を封じ、接近すれば冷徹に弱所であるラスカルを狙い、人体破壊作法をかけられた瞬間に最適のカウンターとして隠していたブレードの回転機能を作動させた。
 糜爛は異常なまでに対応能力が高すぎた。
 ラスカル達がこれから逆転するための秘策を打ち出せたとしても、それへの対応策を十中八九打ち出してくる。
(ダ・ヴィンチが怒りそうだが、自作機体の性能におんぶにだっこのマスカレード・センドメイルのメンバーとはレベルが違うな)
 戦う術を欠き過ぎた今の自分達では勝てない、ラスカルはそう判断し、
『……逃げるぞ』
 「退く」ではなく、あえて「逃げる」といって逃走を決断した。
『…………わかりました』
 反論することなくウォフは応じて、ウォフ・マナフが後方に跳んでラスカルに並ぶ。
 そのままウォフ・マナフは残った右腕でラスカルを抱えあげて……。
「……あ! ちょっと待てっての!?」

 そのまま二人は夜の暗く冷たい海へと飛び込んだ。

 走って逃げてもまず間違いなく追いつかれただろう。
 しかし今の時間は水面の位置すら定かでない海のさらに海中なら、追跡は不可能だ。
『……こっちが溺死しなけりゃ、な』
 一分二分で浮かんでしまったら意味がない。糜爛達から離れた岸に上がるか、長時間潜りでもしていなければ逃げおおせられない。
 彼が溺死する前にウォフ・マナフが海中で何処まで逃げられるかは、運次第だった。
『運次第か……あまり運がいいほうじゃねえんだけど、な。……?』
 彼が次第に苦しくなりはじめた息を堪えつつそんなことを心中で愚痴ると、ウォフ・マナフの脚部装甲に何かがぶつかった。
 海中の投棄物にでも足を引っ掛けたかとも思ったが、人と異なるウォフ・マナフの視界はそれの像を暗い海中でもそれなりに形として捉えていた。
 それは……。

『……一つ、連中に置き土産してから逃げるか』

 ・・・・・・

 ・OTHER SIDE

「……浮かんでこないっての。追い詰めすぎて入水自殺しちゃったとか?」
『まだそこまで追い詰めてはいなかった気がしますけどね』
 糜爛とメフィストフェレスは岸から少し離れたところでラスカル達が沈んだままの海面の様子を伺っていた。
 だが、一分を過ぎても彼らが浮かんでくる気配はない。
『訓練していない人間ならあと一分で限界ですね』
「気絶しても永劫機に運ばせりゃいいんだからまだまだもつだろうさ。ま、あの永劫機だけなら微塵も怖かないんだけどさ」
『その言い方だとまるであの操奏者が怖いと言っているように聞こえますよ?』
「少しだけイエス、って言っておくかね」
 メフィの挑発が混じった問いに糜爛は軽く笑って答えた。
「悪魔ちゃんはあのデカブツよりも力があるし速いよな?」
『はい。本来なら基礎膂力はあちらが上なのでしょうけど、こちらはあなたに散々食べさせられたお陰で『時間』の余裕があります』
「礼なんていらないよ悪魔ちゃん」
『お礼を言うつもりは一切ありません』
 お礼云々は置いて、メフィが言ったことがウォフ・マナフとメフィストフェレスの間にある力の差の一因だった。
 基礎性能と固有能力に並ぶ重要な要素、それが保有する燃料――吸収した『時間』量の差だった。
 ラスカルのウォフ・マナフがほとんど倒したばかりの機械鮫ラルヴァの『時間』しか蓄えていなかったのに対し、糜爛のメフィストフェレスはこれまでに百を超す人間の『時間』を食っている。
 それらは糜爛の道楽と犯罪によって少しずつ使われてはいたが、その総量が莫大であることに変わりはない。
 そうして蓄え、使用する『時間』の量が永劫機の発揮できる戦闘力を上下させることはマスカレード・センドメイルと戦っていたときのウォフ・マナフや……あるいは十年後の三号機コーラルアークが証明している。
 桁違い、とまではいかないが120%の力を発揮し続けることくらいは今のメフィストフェレスには容易いことであり、そうして発揮された膂力は本来なら膂力で勝るウォフ・マナフを上回っていた。
 そうした事情を踏まえた上で、糜爛は言葉を発する。
「性能ではご存知のとおり上回り、あっちの虎の子だった武器は完封した。けど終わってみれば相手は倒せず、与えた痛手は痛みわけにも等しい左腕一本。これはちょっとおかしいってのよ。あの虫野郎みたいにこっちと別方向に強かったわけじゃない。どう考えてもこっちより弱かった相手にこのざまはないねぇ」
 そうなった原因が永劫機にないのなら、原因はマスターにある。
 それゆえに糜爛は彼らしくないことだが、少しばかり危惧していた。
 悪党《ラスカル》という男の存在を。
 あるいはそうして予め危惧することが悪党《ラスカル》に対する最適の対処だと、糜爛の本能が告げていたのかもしれない。
『まだ逃げられたわけじゃありません。見つけてトドメを刺せばいいだけでしょう?』
「ま、そうだけどさ、……」
 言葉を交わした矢先に、時間堰止結界で停止しているはずの水面が揺れた。メフィストフェレスは警戒から迎撃に姿勢を移し、糜爛も細まった瞼の奥から水面の様子を見つめる。
 間もなく水面を突き破るようにウォフ・マナフの右腕が浮上し――メフィストフェレスは即座に迎撃した。
 その迎撃は両腕のクローム刃によるものや、ましてや水中に飛び込んでの迎撃ではなく……銛の投擲による串刺しだった。
 糜爛らと戦う直前にラスカルらが機械鮫ラルヴァをそうして撃破したのと同じ、水中銃用の巨大銛の投擲攻撃。
 ラスカル達が水中に逃げ込んだ時点で糜爛はこの迎撃法を考えて、ウォフ・マナフの捨てた銛を拾っていた。
 そうしてその作戦は実行に移され、水面下のウォフ・マナフの胴体は串刺しに
『?』
 ならない。
 いや投擲した銛に手応えなどあるわけもないが、水中から突き出したウォフ・マナフの右腕はダメージを受けた様子は微塵もなく、水中で当たった形跡もない。
 まさか外したのかとメフィが心中で歯噛みし、次の銛でウォフ・マナフが上陸する前に確実に仕留めようとしたそのとき、糜爛とメフィは同時にウォフ・マナフの右腕に握られているもの――筒状の何かに気づいた。
 気づかれたそれを、ウォフ・マナフの右腕はすかさず彼らに向けて投擲した。
 メフィは一瞬、それが自分の投げたものと同じく銛であると錯覚したが、それが近づいた瞬間に別物であると気づいた。
 もっと丸く、尖らず、そしてどこか技術的なそれは……
『魚雷?』
 時間堰止結界の中でなぜまたそんなものをとメフィは疑問に思い、
「――ッ!」
 糜爛は背筋に悪寒を走らせた。

 メフィストフェレスの固有能力、時間堰止結界。
 それはラスカルが推測し、糜爛が『停止』を正解と偽った『生物以外の時間の停止』とは少し違い、正確には『永劫機及び契約者・異能者・中級以上のラルヴァを除くものの時間を堰き止める』結界である。
 それゆえに異能の絡まない銃器であるウォフ・マナフの武装は悉く封じられた。
 現代火器の大半、巡航ミサイルさえも時間堰止結界の中では無効化されるだろう。
 艦船を沈没させる爆発力を誇る魚雷とて例外ではない。
 ただし、今メフィストフェレスに向けて投擲された魚雷は別だった。
 なぜならそれは――あの機械鮫のラルヴァが囮として射出したまま海中に没していた魚雷。
 つまりはあのラルヴァの体の一部だったものであり
 糜爛がラスカルの読みを外すため偽った内容にも無関係な

 時間堰止結界の範疇外の攻撃に他ならない

 ありえない魚雷の爆裂にメフィストフェレスが知るのと、ヴィランが永劫機の制御権を強制的に奪うのに時間的誤差はほとんどなかった。




「ゲホ、ゴホッ」
「御主人様、大丈夫ですか?」
 気がつくとラスカルは小型のクルーザーの上に大の字で寝転がっていた。
 水中を逃げているうちに気絶していたのだが、鼻や口、あげくに気管やらにまで海水が入り込んでいたので目覚めの気分は最悪だった。
「ウォフ、お前が運んでくれたのか?」
「はい! 頑張りました! ただ運ぶ途中で上着が脱げて流れちゃいましたけど仕方、ないですよ、ね……?」
 言葉尻に近づくにつれて自信なさげになった理由はラスカルの表情にある。
 その理由もむべなるかな。
「ああ、うん。仕方ない。仕方ないことだ。上着の中に財布もキャッシュカードも携帯も入っていたが仕方ない。背に腹は変えられない。仕方ない……はぁ、……で、ウォフ。ここは?」
「船の上です!」
「そんなもん見ればわかる」
「あ、あのですね、この船はあの鮫の襲撃のときのドサクサで流されちゃったみたいなんです。それで、離れた岸までは泳ぎ切れそうもなかった私のところに流れてきてこうなってます」
 随分と都合が良い話だ、とラスカルは苦笑混じりに呟く。
 今日の彼は異常に運が悪かったが、最後の最後で少しは幸運だったということか。
「まぁ丁度いい。少しいじれば動かせるだろうからこの船で逃げるか。っと、そういえば置き土産はどうなった?」
 ラスカルが尋ねると『右腕』のないウォフが左手で埠頭があるほうを指差した。
 彼はそこでようやく埠頭から盛大に爆煙が立ち上っていることに気づいた
「食い残しにしては上等な爆発だな」
 糜爛達がどうなったかはラスカル達の位置からではわからない。だが、ダメージを与えられていれば逃走は楽になるだろう。
「あ、『右腕』が戻ってきました御主人様」
 ウォフはそう言って船の側面を指差した。そこでラスカルはいつのまにか切断されたはずのウォフの左腕が修復されていることに気づいた。
『…………』
 ウォフ・マナフから分離されていたウォフ・マナフの『右腕』――悪心は無言のまま(腕に口などついてはいないが)船によじ登った。その様はまるでアダムスファミリーのキャラクターのようだった。
「おつかれさん」
『…………』
 ラスカルは自分達が離脱する間に『連中に魚雷を放り投げる』という仕事を悪心に任せていた。
 そして埠頭の爆煙から判るように、その仕事は達成された。
「御主人様、なんだかおちつかないから早く『右腕』戻してください」
「ん、ああ。戻ってくれ」
『…………』
 人間サイズに戻った『右腕』は独りでにウォフの肩口にかちりとはまり、ウォフは元通りのウォフになった。
「すっきりしました」
「……」
 ウォフはラスカルが『右腕』を動かしていたと勘違いしていた。
 普段といいやはりウォフは『右腕』の悪心のことは何も知らない。また悪心もウォフに話す気配はまるでない。
 なら今は俺が教えるのはよしておこう、ラスカルはそう考えた。
「他にも考えなきゃならないことが多すぎるからな」
 ラスカルは自分のYシャツの胸ポケットを探る。
 彼が起きたときからそこには何かが入っている感触があり、取り出してみれば予想通りのものが入っていた。
「あ、それって……」
『断片』。
 ラスカルが二日前の水曜日からダ・ヴィンチやアルフレドにその存在を伝えられていたマジックアイテム。
 機械鮫ラルヴァとの戦いの後に偶然にも彼のところに流れ着いたもの。
 糜爛もまたその存在を知って狙っているもの。
 そして、入れていたはずの上着が流れたにも関わらず今度はYシャツの中に入っていたもの。
 この流れは作為的ですらあった。
 今ここで『断片』を海に放り捨てるのは簡単だったが、どうにかして再びラスカルの手元に戻ってきてしまう気配さえある。
 調べるにしろ、ダ・ヴィンチやアルフレドに預けるにしろ、今は自分で持っているしかないとラスカルは結論づけた。
 その結論さえどこか作為的だ。
「……何にしろ、また面倒ごとの種が転がり込んできたってわけだ。もういっそ悪党から悪運にでも改名しちまうか」
「えー、ラス君のままがいいです」
「ラス君言うな」
 そうしてラスカルは船を動かして、三つの遭遇があったミーティットの埠頭から離れることにした。
 三つの遭遇。
 悪人《ヴィラン》との遭遇。
 『断片』との遭遇。
 機械鮫ラルヴァとの遭遇。
 最後にふと、ラスカルは一つの疑問を思い出した。

「そうだ……結局あの鮫はなんだったんだ?」

 ・・・・・・

 ・OTHER MONSTER

――|MM《マシンモンスター》七三九【シャークポッド】、機能停止
――機能停止の直前に未確認の機動兵器を確認
――該当データ無し
――情報蒐集項目に追加

――MM零に機動兵器群接近
――該当データ有り
――ラルヴァ【歯車大将】の機甲兵団の分隊と確認
――機甲兵団よりの砲撃
――MM零の破壊を目的と推定
――敵対行動と判断
――機甲兵団を敵と認識
――彼から与えられたタスクを再確認
――タスク壱『全ての敵を殲滅せよ』を確認
――タスク壱の遵守及びパーツの蒐集を開始する
――MM零――【メルカバ】はこれより戦闘を開始する
――タスク壱『全ての敵を殲滅せよ』を遵守
――MM零――【メルカバ】はこれより戦闘を開始する

 ・・・・・・

 ・OTHER SIDE

 ラスカルが既に去ったミーティット埠頭。
「……糞野郎が」
 魚雷の爆発から三分ほどが経過したころに、吐き捨てるような声が流れた。
「……。追撃がないところを見ると、あれは置き土産の一発だったのかねっての」
 機械鮫ラルヴァの襲撃から何度目かの爆煙を上げ、焦げた匂いと幽かな火の灯りの残る埠頭に糜爛が全身を擦り傷だらけにして転がっていた。
「全身が痛い、こりゃ初戦だけはこっちの負けか、っての」
 ところどころ黒く、赤くなってはいるが彼の傷は軽症だった。
 それでも彼の全身には死にそうなほどの痛みが走っていた。なぜなら……。
『…………ビラン』
 痛覚を共有しているメフィストフェレスの全身が拉げ、焼け焦げていたからである。
『あなたは、今……?』
 メフィストフェレスは不思議そうに破損した自分の体と、軽症の糜爛を見比べた。
 あの瞬間、魚雷が爆裂したあの瞬間。
 糜爛は、メフィストフェレスに二つのコマンドを発していた。
 一つは糜爛自身を比較的安全な後方へと放り投げること。彼の擦り傷はそのためについたものだ。
 そしてもう一つは……あえてメフィストフェレスに避けさせずにメフィストフェレス自身を爆発に対する壁代わりにすること。
 その結果が軽症の糜爛と、全身を深く傷つけたメフィストフェレス。
 無論、あの爆発に巻き込まれれば余波でも糜爛は死ぬか、最低でも重傷を負っただろう。その点、人ならざる身体のメフィストフェレスなら直撃しても生きている公算は高い。糜爛の行動は最適の行動だった。
 しかし、それでも、即座にパートナーを弾除けに使ったということの意味と釈明を求めるようにメフィストフェレスは糜爛を見つめる。
 それに対して糜爛は、
「何か問題でもあるかい?」
 ただ、そう聞き返すだけだった。
 その返答に、メフィストフェレスは暫し沈黙し……。
『…………いいえ、なにも』
 ただ、そうとだけ返した。

 修復のために懐中時計へと姿を戻したメフィストフェレスを懐にしまい、糜爛は埠頭に残る戦いの痕跡と自身の傷を見る。
「意外とこっぴどくやられたっての。こりゃやっぱり練習なんて思わずにあいつも虫野郎くらいかそれ以上にやばい相手だって認識するのが正解かねっと」
 パンパンと身体を叩いて煤を払い、糜爛は踵を返して海の背を向けた。
「兎にも角にも、あんなのと『断片』一個のために戦うのは御免だからここはしばらく様子を見ようかねっと。リベンジはおあずけ。……まぁ」

 ――絶対に俺より先に殺すけどな

 そう独り言を港風に残して糜爛はサイレンの音が近づいてきた埠頭から去っていった。



 こうして悪党《ラスカル》と悪人《ヴィラン》の『断片』を巡る最初の戦いは幕を閉じ、永い戦いが幕を開けた。
 前日に悪人と戦っていたアバドンロードの操奏者も加えて三人の永劫機のマスターが『断片』にまつわる戦いへと身を投じたことになる。
 ウォフ・マナフ、メフィストフェレス、アバドンロードという三体の永劫機。
 ワンオフ【メルカバ】。
 そして『断片』。

 ラスカル・サードニクスは、この夜に自らの生涯の敵との遭遇が済んでいたことを未だ知らない。

 壊物機
 続
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