【嬉しかった話をしてみようと思う】


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『嬉しかった話をしてみようと思う』



 私にとって、“嬉しい”と呼べることは多々ある。今となってはよくあることだけれど、それは逆に言えば今までそんなことを思うこともなかったということなのだ。だから、今日はそんな想いを感じた嬉しかった話をしてみようと思う。

 さてさて、私が熱を出した日のことだ。とりわけ皆勤賞を狙っていたわけではないのだが、何気に皆勤賞が途切れてしまった。医者の診断では風邪との事で、四十一度の熱が出たわけだが、世間一般ではこれが続くと種がなくなるとか言うらしい。よくは分からないけれど大変なことには違いなく、立ち上がるどころか指を動かすのにも億劫で、もしかするとこのまま発見されずに死んでしまうのではないか、そんなことまで頭を過ぎったものだった。
 何故そこまで悲観的かと言われれば、言葉に詰まる、ということはない。
 小さな頃、私がまだ実家に住んでいた頃のことだ。私は使用人の人たちとは接点を作らず、極力避けていた。向こうもそうだろう。けれど、私が病気になると話しは別だ。お父様とお母様は家を空けることが多かったので必要最低限とはいえ接点が増えたのだ。
 まあ、話のキモは話さずともいいだろう。そんなものだ。
 だが敢えて言葉にするのなら“心配”よりも“不気味”という感情が前者を上回っただけだろう。
 それだけだ。それだけだったのだ。
 少し余談になるのだが、私の両親はラヴラヴである。どのくらいかといえばお母様は私と同じ能力――というよりも私がお母様と同じ能力、かつお母様の方が私よりも軽度の能力で、実のところお父様は無能力者だ。一族ずっと同じような能力持ちでありながら私にもっとも強い能力が顕れたのは恐らく今ある異能者の大量発生と関わっているのだろう。
 少し話がそれてしまったが、詰まるところ、両親はラヴラヴ。
 心が読めるのにそんなこと関係なしにラヴラヴ。
 見ていてこっちが胸焼けをしそうなほどラヴラヴなのだ。
 お母様にどうして結婚したのかを聞いたことがある。理由は明白だった。
 お父様にどうして結婚したのかを聞いたことがある。理由は明白だった。
 二人は口を合わせてこういった。
「「隠し事する必要がないだろ/でしょ?」」
 と手を握り合ってニコニコと笑顔をかわして答えてくれたものだった。
 羨ましいと思える反面、私は酷く落ち込んだものだ。

 そん なこと私 にはあ る わ けがな いの だ から、と。

 さて、更に脱線したところで少しだけ話を規定路線に戻そうと思う。
 そんなわけで私は熱を出し、一人寂しくベッドの中で眠っていたのだった。……過去のトラウマと戦いながら。
 でも、そんな心配もする必要はなく、やっぱりというべき、当然というべきか、私の部屋のインターフォンが鳴ったのである。最初は熱による幻聴かと思っていたのだけれど、鳴っているのである。
 しかし問題があった。私は動けないのだ。億劫であるとは言ったがいざ動かそうと思ったら全く体が動かなかったのだ。声すらも出せず、能力を使うことも出来ない。
 どうするべきか必死に考え、必死に考え、熱で痛む頭を必死に使って、私は考えて、答えは出なかった。
 そしてインターフォンは鳴り止んだ。
 ……私は泣いた。
 体が動かせないので涙も拭えず、顔中を涙でぐしゃぐしゃにしながら泣いた。理由は分かっている。あれは恐らくお見舞いだ。私の初めてのお見舞い客だ。でも私に会いに来るのは、会いに来てくれるのは多分二人と一……人だけ。その三人の誰か来て帰ってしまったのだ。
 アクリスなら「出てこないなら寝てるんだろうし大丈夫だよね!」とか言ったのだろうか。
 久遠さんは「休んでいるところに無理に押しかけるのもね」とか言ったのだろうか。
 シロちゃんは「きゅっきゅっきゅううううう!」とか言ったのだろうか。
 半分は妄想でも心遣いが嬉しくて悲しかったし、心寂しい中で会えなかったこともつらかった。
 だから私はそれを忘れるように、そして泣きつかれて静かに眠りについたのだった。

 時計を見ると二十時。インターフォンが鳴ったのが放課後だからかれこれ四時間近くは経っただろうか。静まり返った部屋が……というかうるさい。なんの音だ。
「およよ? 目が覚めた?」
 何故か平然と私の部屋で料理をしているアクリス。そして何故か窓がこれまた綺麗に円形に穴をあけられ錠が解かれた状態。間違いなくアレだ、不法なんちゃらというやつだ。……まあいいか。友達が友達の部屋に訪れるのに理由は要らない。訪れることに理由をつけないように、迎えることにも理由はつけないのだ。だから不法なんちゃらでも構わないしむしろこういう関係こそが私がずっと欲しかった“友達”という関係なのだ。……と思う。友達が出来たことが無いので自信はないが恐らく間違ってないだろう。
「いやー心配でねー。委員長ちゃんも一緒に来てたんだけど、なんだか小学校前で騒ぎがあっててね、それを聞いたらすっとんでっちゃったよ」
 そう言いつつ、キッチンに立って何やら魔女の釜のようなものをグツグツと煮込んでいるようだ。あんな鍋あったかな。
「あ、もう少しでできるから待ってね。きっとこれを食べると思わず熱も一気になくなっちゃうよ!」
 等との給う辺り、それはそれは自信作のようだった。紫色の煙が換気扇に吸い込まれているのに目をつぶって居ればの話だったが。
「ジャジャーン!」
 とりあえず完成したらしく器にお粥を盛ってくるアクリス。心なしかどころか特盛だ。ついでに器とは言ったがどんぶり以前にアレは鉢で、正直どこで拾ってきたのか更々疑問であるが、アクリスなりの心遣いと思えばそんなことは関係ない。むしろそんな“友達への心遣い”という時点で嬉しく思えてしまうのだ。
 ところで紫色と青色に光るお粥を見たことがあるだろうか?
 私はある。というか今、目の前にある。なんだろうこれは。いや、お粥であるという前提には間違いないはずのだが、これをお粥というのなら本来のお粥とはなんであろうか。
「はい、あーん、して。おいちぃ!」
 誰に言っていたのだろうか、フーフーして自分でパクパクと食べるアクリス。少なくとも食べものではあるようだ。
「あ、ごめん、ごめん、私が食べちゃ駄目だったね」
 そして五口ほど食べた後にハッとしたように気付いて私にスプーンを向けてくる。
「はい、あーん」
 むぅ、なんだか照れくさい。よく分からないけどこれは酷く恥ずかしい。しかしせっかくの好意を無下には出来ない。というかこういうことは初めてでやっぱり嬉しかったりするのだ。顔が赤くなっているが熱のせいにしておこう。それがいい。
「ん……」
 差し出されたスプーンを口に含む。
 これが間接キスだと気付いたのはこれから次の日のことだ。
 何せ、私の記憶はそこで終わったからだった。

 明けて翌週、あれ以来体調がすこぶる良い。足取りも軽く、教室へ向かい扉に手を掛ける。
「おっはよう!」
 今日も元気にいつものアクリスだ。
「おはよう、アクリスは風邪うつらなかった?」
 軽く挨拶をしてちょっと質問だけをしてみる。特に問題はないようだ。
 あの日、私が泡を吹いて倒れたらしい、あの後、憔悴してきた久遠さんが合流。その惨状を見てアクリスと一悶着あったそうだ。結局のところ、久遠さんが更に疲れただけでアクリスは残ったお粥を平らげ、久遠さんともども私を朝まで看病してくれたそうだ。
 そして、朝。熱は平熱まで一気に下がり、それ以上に何故か体のおかしかった部分まで治った始末。ここ数年で一番気持ちのいい目覚めだった。
 けれど変わりに久遠さんがダウン。何か精神的にも疲れることがあったらしく、疲労も溜まった挙句に体調を崩したそうだ。なので今日は久遠さんのお見舞いだ。
 “友達にお見舞いに来てもらう”こと、それと“友達のお見舞いに行く”こと。
 そのどちらもが私には未経験で簡単には出来なかったことだ。
 そう、過去形だったことだ。だから私はこれを、このことを、意味あるものだと思っている。
 だって、こういうことを積み重ねが“もっと嬉しい”ということに繋がるのだから。
 だから私は大切にしたい。
 ううん、“当たり前”にしたい。
 アクリスと久遠さんとシロちゃんと、みんなと過ごすこの日々の全てを。

 ところで今日もあのお粥の材料を持って行く気満々のアクリスなのだが、あの材料がなんなのか私は知らない。

                                       ―了―
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