【桜の舞い散る話をしてみようと思う】


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桜の舞い散る話をしてみようと思う



 花見の季節である。私は騒がしいのが嫌いのだが、この時ばかりは無礼講というものだ。多少のことには目を瞑ろうと思っている。元々能動的に何かをしようとすることもないのだが、まあなんにせよ、ここで桜を見に来た人たちを見ているだけでも私はそれなりに幸せな気分にはなれるのだ。
 だが、だとしても、だ。私を見ているような捕食者のようなギラギラとした視線だけはどうしても看過できないと、私はそう思うのだ。

 花見と言えどここは学園都市で、酒を好き勝手に出来るというものでもない。かと言って、就労者や大学生と言った未成年以外は確かにこの時期は大暴れするのだ。未成年とて酒が入らないにせよ結構なはしゃぎようで、新生活の始まりには仕方の無いことなのではあるのだが、それでもやはり限度とは覚えてもらいたいものではあるのだが。
 さて、そんな花見も気がつけば少しずつ人が去り、丑三つ刻ともなると人影はなくなる辺り、まだこの学園は健全なのだろう。少なくとも偏ったところの管理だけは徹底しているようだ。
 そして誰も居なくなる。私はこの静寂が大好きだ。これが自然の持つ本来の姿なのだ。
 耳鳴りがするほどの静寂。
 風で揺れる木々の音。
 虫の鳴く声。
 これが自然の持つ静寂の姿だと私は思っている。だが、そこに顕れる影。
 月光に照らされ光り輝く黄金の髪。
 月光を反射して光り輝く空色の瞳。
 もしかすると自分が幻想世界に迷い込んだのではと錯覚させるほどの美少女。静かに歩みを進めるその姿はまさに異世界の皇女と呼べる佇まいだ。
 彼女は一歩、また一歩と私に歩み寄ってくる。儚げに微笑むような表情がどこか浮世離れしているように思える。見とれていたのは一瞬だったはずが、気がつけばもう傍らに立ち、私に手を添えていた。白い手が私にそっと触れる。そしてゆっくりと私にその唇を近づけ――
『いてぇっ!?』
 ガブリと噛みやがったのであった。
「!? おひふはしゃへった?!」
『いやいや、桜が喋ることよりも、桜の樹に噛み付く自分の存在に疑問を持てよ! つーか肉じゃねぇ!』
 痛みがあるが、文字通り食いちぎられそうな痛みがあるのだが、耐え切れないほどではない。だがいてぇ。超いてぇ。なにこいつマジで。とりあえず振りほどくことにした。世界に桜は数あれど、勝手に動き回れる桜なんて十本もいないだろう。しかしそんなこともお構い無しに彼女は続ける。
「私はお肉を食べに来たんだよ!」
『はぁっ?!』
 私の驚きなんて気にもせず、そういって私をビシリと指差す。
「知ってるんだよ! 桜の下にはお肉があってだから真っ赤なんだってね!」
 フフンと知識をひけらかす姿が凄く理知的に見えるのは何のまやかしだろうか。いや、ねぇよ。
『それを言うなら桜の下には屍が、だろうが』
「え? 鹿のお肉だったの?」
 目を思い切り開いて驚く辺り、本当に本当にもうどうしようもないくらい“本物”のようだった。やりづれぇ。と言うか会話にすらなってねぇ。
『大体なにお前? 人が感傷に浸ってたってのにマジでよ』
「だからお肉!」
『だから会話になってねぇえ!』
「むー。言っても分からないなら食べて証明しないと分からないみたいだね!」
『そもそもお前がなにを言ってるかわっかんねーよ』
 そういって彼女は拳を握り締める。仕方ないと言う話の以前に、冗談抜きで生物としての本能が警報を鳴らしたので思わず臨戦態勢に入る。一応、樹齢千年五百年の平安時代で曰くがついた存在なので歩き回れたりするのだが、まあこの学園では桜の木に限らなければ割と普通だったりする。女子更衣室前を覆うように立っていて重宝されているイチョウの木があるのだが、実のところイチョウの木自体が覗き魔だとか誰も気付いちゃ居まい。だって、あの木って更衣室が作られてから“勝手に”移動してたんだし。
 さて、そんな無駄なことを考えている間に目の前の危険人物は準備を終えたようだ。仔細は分からないが異能を発動しているようだ。しかし、私もそんな程度で負けるとは思ってはいない。なのでとりあえず土から根を出して立ち上がり、人間で言うところのボクシングポーズを取る。

 人 間  VS  桜 の 木

 いまだかつてこのような夢のタイトルがあっただろうか?
 うん、あったと思う。人間世界は凄いなぁもういやになってきた。
 でもまあ、たまにはこういう刺激もいいもので、身の危険よりも興というのが勝ってしまったのも否定は出来ないものなのだ。彼女のほうも彼女のほうで実に乗り気で、ひたすらぶつぶつと能力の上乗せをしているようだ。
「我、命ずるお肉食べたい我、命ずるお肉食べたい我、命ずるお肉食べたい我、命ずるお肉食べたい我、命ずるお肉食べたい我、命ずるお肉食べたい我、命ずるお肉食べたい我、命ずるお肉食べたい我、命ずるお肉食べたい我、命ずるお肉食べたい我、命ずるお肉食べたい我、命ずるお肉食べたい我、命ずるお肉食べたい我、命ずるお肉食べたい我、命ずるお肉食べたい我、命ずるお肉食べたい我、命ずるお肉食べたい我、命ずるお肉食べたい我、命ずるお肉食べたい」
 呪詛のような彼女の言葉が終わるとまた静寂が訪れる。
 戦いのゴングは舞った桜が全て地に落ちた刹那だ。私たちは理由なくそうだと理解して、確かに桜が落ちたその刹那、お互い全力で踏み込んだのであった――。



 さてさて私の出番だ。何の話しかって? それは私も知らない。
 今日は朝から少し良いことがあったので気分がいいのだ。理由は後で話すにせよまずは教室へ向かう。
「おっはよう!」
 いつも以上に元気なアクリスだ。なんだか一仕事終えたような顔をしている。
「おはよう。どうかしたの?」
「うんうん! 聞いて! 昨日初めて桜肉を食べたんだよ!」
 アクリスは本当に嬉しそうにはしゃいでいる。しかし馬肉とはナイトメアだけに共食いだろうか。
「そうなんだ。美味しかった?」
「それがねーすっごく硬かったんだよ!」
 ぷんぷんと頬を膨らませてはいるがどこか楽しそうだ。
「でもすっごくすっごく楽しかったよ! まさか桜肉があんなに強いとは思わなかったからさ!」
 桜肉が?
 強い?
「あ、もしかして野生の獲って食べたの?」
 この学園のことだ。そこかしこにいるかもしれないし恐らく居るだろう。
「ううん。最初は殺るつもりだったんだけどねー。戦っても勝負が付かなくってさー。最後はあっちも楽しめたって足の一本をくれたんだよ!」
 何と男気のある馬なのだろう。いや、本当に馬なのだろうか? アクリスは馬と言って……言ってたっけ? 心配になってきた。……もちろんアクリスの頭が。
「それでね、今度は五百年後にまた来いって! 今から楽しみだよね!」
 なにを言っているか分からないのはいつものことだけどまあ友達が幸せならいいことだ。因みにもう一人の友達の久遠さんは木がどうこういう事件の実況検分お手伝いと言う事で午後からだ。連絡手段はメール。朝の目覚ましは友達からのメール。思わず二度寝してしまいそうなくらいショックだったけれど、ふはは、見たか昔の私よ。これがモーニングコールってやつだ。
 ……コホン。それはさておき、通学途中に見た桜の大樹に大きな歯型があったが、まあ、恐らく私には関係のないことだろう。だって、私の周りにそんなことをする人は居ないからだ。……多分。

                                ―了―



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