【波乗り船の音の良きかな 一】







 ◇序


 七福神と獏を乗せた宝船が一隻、音もなく大空へと現れた。
 新造船さながらに丁寧に鉋《かんな》をかけ精巧に仕上げられた綺麗な木目。ぴんと張った帆には鮮やかな紅色《べにいろ》で記された「宝」の文字。目映《まばゆ》いほどに金銀財宝を積み込んだその姿は優雅にして荘厳。
 しかしその実、表面上「そのように見せている」だけであり、宝船の本体そのものは悪夢《ナイトメア》に蝕まれたボロ船のままであった。

「うわっ、初めて試したけど、これすっごい疲れる」
 巨躯の獏の姿からほっそりとした人型へと戻った少女が大きくため息をつく。
 少女が元々着ていた衣服は獏への変身で既に破れてなくなっており、現在はベンテンに貰った薄布の羽衣を纏《まと》っただけの姿となっていた。
 これまで一人気ままに夢渡りをしてきた彼女にとって、自分以外に七人とそして船一隻をも引き連れてでは、あまりに勝手が違いすぎたのだろう。初回にして早速肩で息をしている。
「おいおい大丈夫か、まだ一回目だぞ」
 赤キャップをかぶりライフジャケットを身につけたエビスが、額に浮かんだ汗を手首で拭う少女の顔を覗き込む。
「うーん、なんとか……」
 少女は全身を大きく伸ばし深呼吸をすると、
「大丈夫、約束通り七人分は頑張るよ」
 両腕でガッツポーズを作り、力《ちから》ない笑顔で答えてみせた。その姿にホテイは心配そうな表情で、
「……そういうなら信じるけどさ、あまり無理はするなよ」
「うん、ありがとう。でもほんと、大丈夫だから」
「さぁさぁ、そんなことよりこの夢の主はどいつなんだい?」
 キセルをくわえたままベンテンが少女へと詰め寄った。その煙を避けるかのように少女は無意識に一歩さがると、
「一応『七福神の初夢を求める人』って条件で同調して渡って来てみたけど……」
 そして「だからたぶん枕の下に七福神の絵を敷いて寝てる人の夢へと入って来てるはず」と続けた。
 少女は船の縁《へり》から身を乗り出すと、きょろきょろと眼下を見回す。ホテイが少女と並び同じように見下ろした。

 二人の目線の先には一人の少女の姿があった。獏の少女はそれを見るなり、
「……ってあれ? これコトの夢だ」
「コト……? ってなんだ、あの子知り合いか?」
「知り合いっていうか……私の一番の友達、かな。そういえば数日前にコトと一緒に初夢の話したんだった」
 思い返すように頷く。そして七福神たちのほうへ振り向くと、
「ちょっと先に降りてみても、いい?」
「おー、行ってこい行ってこい」
「ありがとう、ちょっと行ってきます」
 少女は彼らに手を振ると、高度数十メートルに浮遊している宝船から、躊躇《ためら》いもなく飛び降りていった。





 ◇一



 * * *


「コトー」
 見知った人影が突如眼前に降り立ち、コトと名を呼ばれた少女は面食らったかのように目を丸くした。
 現れたのはいつも見慣れた、それでいて、どことなく雰囲気の異なる親友の姿。
 まっすぐの綺麗な黒髪は赤黒い巻き毛へと変わっており、なにより普段は身につけないような露出度の高い、その豊満な胸元をぎりぎりまで大きく開いた薄地の衣装が目に付いた。
「……リム? ……なんか見た感じいつもと違……ってか、何その際どい服装は」
「これ? ベンテンさんに貰ったの。可愛いでしょー」
 リムは両腕を大きく広げ袖を振り、そして同時にその大きな胸をもゆさゆさと揺らしながら答える。コトはその言葉に眉をしかめ首を傾げながら、
「可愛い……うーん、可愛いけどそういったエッチっぽい服はあまり関心しないよ」
「コトはシックな格好が好きだもんね」
「そだねぇ。……って、ベンテンさんってどなた?」
 ふと出てきた心当たりのない人名にコトは再び首を傾げる。
「えーっと、そうだコト。空を見てみて」
「空……? 何あの船」
 リムの指さしたはるか上空を見上げるとそこには、本来空中にあるはずのない大きな木造船がふわふわと浮いていた。
「あれ、宝船だよ」
「へぇ、宝船……って宝船!? それじゃなに、これは初夢!? ベンテンさんって弁財天のこと!?」
「そう。ほかの七福神さん達もみんな乗ってるんだよ」
「うわぁ。ダメ元で枕の下に七福神の絵を敷いて寝てみたけど、これって本当だったんだ……」
「みたいだねぇ、私もビックリしちゃった」
「……って、あれ? それじゃなんでリムが七福神と一緒に?」
「え。あー、うん。なんでだろう、ね」
 突然の質問にリムはちょっとバツが悪そうに口ごもった。しかしコトはその返答を待つことなく、
「そうか。縁起のいい初夢だから、私の好きなリムの夢を見ることができたのかもしれないね」
 自分勝手な解釈で頷き納得してしまった。
「……ん? えーっと……」
「ううん、なんでもない」
 そして首を傾げるリムに対しコトは微笑みあしらうと、
「そっかぁ。それじゃあこれで私も今年一年安泰ってことなのかな」
「あ、どうなんだろ。七福神のみんなは「福を与えて回るだけだ」って言ってたけど」
「……どうしてリムが七福神と一緒にいるんだろう。そういえばリムの出てくる夢って珍しい気もするし」
「あ……あははは。そうなんだ……」
 リムは少々ひきつった笑顔で答える。そしてコトへと手を振り、
「それじゃ、私ちょっと、これで船へ戻るね」
「うん。またね、リム……って飛んで行くんかい!!」
 地を蹴りふわりと上空へ昇っていくリムを見上げながら、コトが大声で叫んだ。


 * * *


「なんだ。もういいのか?」
 船へと戻った少女にフクロクが声をかけた。少女は指先で頬を掻き、
「うん、ちょっとうっかりしてた。今夜は知り合いの夢でもちょっと降りるのは注意していかないと」
 ぺろりと舌を出す。
「うん?」
 少女は再び船の縁《へり》から眼下を覗くと、
「でもまぁコトもこの夢自体を「私の出てくる初夢を見た」って思いこんでくれたみたいだし、結果オーライ、かな」
 うんうんと頷き、続けた。
「いつもはこうやって共有した夢は食べて消しちゃうから、強制的に『なかったこと』にできるんだけど……でもまぁこの程度なら消さなくても自然と忘れると思うし、たぶんおそらくきっと大丈夫のはず」
「それもそうだ。福を与えるための初夢だから俺たちとしても消されるわけにもいかねぇしな」
 大声で笑いながらエビスが言った。


「さて、それじゃ今年の一発目、誰いくよ?」
 船の隅《すみ》で横になって休憩している獏の少女を尻目に、集まった七人が互いの顔を見合わせた。
 今年は「一人の夢につき一人が福を与えよう」と決めたので、結果的に七福神のうち一人づつ順番に、となるのだが……。
「んじゃ俺からいくわ。いい?」
 ホテイがすっと手を挙げた。
「よぉし、船ぶっ壊した汚名挽回だな。行け、ホテイ!!」
 バァン、とダイコクがホテイの背を平手で思い切り叩く。そんな二人を尻目にエビスが首を傾げながら、
「オメイバンカイ? 名誉返上だろ?」
「メイヨヘンジョウ?」
「……忘れてた、お前ら馬鹿だったんだよね……」
 ベンテンがキセルをくわえたまま、まるで虫けらを見るかのような目で二人を下げずみ、フクロクは完全に二人を馬鹿にするかのように、
「ったく、名誉挽回で汚名返上だろうが。いちからか? いちからか説明しないと駄目か?」
 厚い胸を張りニヤニヤと見下ろした。
「くっそー、余計なこと言わなきゃよかった」
「ホテイ、てめえのせいだからな。てめえが船こわしてなきゃ……」
「はいはい俺の不注意でした。スミマセンスミマセン。始めるからいいかげん黙っててくれ」
 ホテイは喚《わめ》くエビスとダイコクを適当にあしらうと、船外へと向きまるで願掛けするかのように両手を合わせ深く瞑想し、 
「我は布袋《ほてい》、名を釈契此《しゃくたいし》。弥勒菩薩《みろくぼさつ》の化身にして富貴繁栄《ふきはんえい》を司りし明州の僧なり……」
 流れるような口調で緩やかに名乗りあげた。
 しかし数秒と経たずにその姿勢を崩すと、
「はい終わり」
 振り返ったホテイは既にいつものへらへらした表情へと戻っていた。
「できたか、んじゃさっさと次行くぞー。おーい、獏の嬢ちゃーん」
「あれ!? もう終わり? なにか変わったの?」
 急に呼ばれ、少女はあわてて飛び起きた。
「あぁ、この初夢は俺たちの……今回はホテイの富貴繁栄で上書きされたよ」
 ダイコクが答える。隣にいたビシャモンがサングラスの鼻もとを指で押し上げながら続けた。 
「もっとも『福』という形でそのきっかけを与えるだけだがな。状況や見た目に影響がでることはほとんどない」
「そうか凄いな、何言ってんだお前」
「まぁ細かいことはいいんだよ。これが俺たちの仕事なんだからさ」
 ビシャモンへ突っ込むダイコクに続き、ホテイがフォローを入れるように口を挟んだ
「ふぅん。なんだかよくわからないけど……これでコトにいいことがあるなら、まぁいっか」
 フキハンエイって何だろう? などと多少の疑問を残しながらも少女は頷くと、次の夢渡りの準備へと取りかかった。





 ◇二


「フィーッシュ!!」

 宝船が次に訪れたのは双葉島近海の上空だった。
 島からさほど離れていない距離に一隻の小船を見つけ、人型に戻った獏の少女が声をあげた。
「あ、今度は紫穏《しおん》さんだ」
 船には釣りを嗜む二人の人影。一人は船主であろう初老の男性、もう一人はショートヘアの小柄な少女だった。
「シオン……ってあの女の子のほうのことか。もしかして知り合いを中心に夢渡りしようとしてないか?」
 呆《あき》れたような表情で、迷彩服を着た体格の良いフクロクがため息をつく。
「え? うーん、えへへへへ」
 恐らくは文字通りであろう、少女は笑って誤魔化した。
 その言葉にフクロクは再びため息をつくと、
「まぁいいか、さて……」
 少女と共に海に浮かぶ小船の様子を伺《うかが》った。
「ありゃあ船釣りか。んじゃエビスの出番だな」
「おうよ。海のことなら任せとけ」
 エビスは得意満面に手にした釣り竿を掲げてみせた。
「調子に乗ってみっともなく溺れたりすんじゃねぇぞ」
「誰にむかって物言ってんだ。海なら俺の独壇場だっての」
 罵るダイコクの言葉にエビスは舌打ちし、そして不意にニヤリとしてみせると、
「そうか、てめぇは農耕の神様だもんな。ここじゃ潮風や海水が怖いんだろ」
「ふん、言ってろ」
 当たり前のように罵《ののし》り合い、そして互いにそっぽを向く。
「ねぇねぇ、ダイコクさんとエビスさんっていつもこうなの?」
 そんな二人の様子を眺めていた獏の少女が、近くにいたフクロクの袖を引っ張り尋ねた。
「あぁ。これで親子なんだから世の中わからないもんだ」
「えっ!?」
「もちろん血が繋がってるわけじゃなく、信仰の都合によるものだけどな」
 フクロクの意外な返答に少女は目を丸くして驚いた。
 そしてその会話を耳にしたダイコクとエビスは互いを指さしながら同時に口を開く。
「愚息だ」「クソ親父だ」
「「…………」」
 更なる罵倒の直後に一瞬の沈黙。そしてそれを破るかのように共に胸ぐらを掴み合うと、
「ンダァオ!?」「ッゾオラァ!!」
 火花が飛び散らんほどに叫び、睨み合う。
「ったく、相変わらず仲のいい親子だよ」
「……これは仲がいい……の?」
 二人の様子をおろおろと見つめる少女を余所に、フクロクはその太い腕を組み声高に笑い飛ばした。


「消えろダイコク、ぶっ飛ばされんうちにな」
 エビスはダイコクに向かって中指を突き立て、グチグチと文句をこぼしながら遙か上空に浮かぶの宝船から身を投じた。
 そして紫穏の乗った小船の近くの海面へ降り立ったエビスは、十数メートルはある巨大な鯨《くじら》の姿へと変える。
「我、海の神にして勇魚《いさな》の化身、外来より出し大漁追福《たいりょうついふく》を司る事代主かm……うぐっ!?」
 そして、名乗りを上げている途中に突如口ごもり、ばしゃばしゃとそのあたりを暴れ回った。


「お、これは大物だっ。鯨《くじら》の一本釣りぃ!!」
「さっすがお嬢だ。ありゃあ近海の主《ぬし》かも知れないぞ」
 もちろん本来ならば鯨など釣り上げられるはずもない。しかし紫穏の異能によって強化された釣り竿ならばそのような常識も簡単に覆されてしまう。紫穏の踏ん張る小舟もまた、暴れる鯨《エビス》によって起きた波の中でも安定してその海面を漂っている。
「にゃっはっはっ。今夜は醒徒会のみんなで鯨のフルコースだ!」


「ってエビスが釣られたぁ!?」
「ありえねぇ、なんだあの娘!」
「エビス……あいつは仕方ない奴だ」「そーだな仕方ないな」「仕方ないな」
 海上の様子に、宝船の上では驚きと嘲《あざけ》りに包まれていた。ダイコクにいたっては腹を抱えて笑い転げている。
「違っ……そんな餌に俺が釣られるわけが……!?」
 大暴れするエビスを、まるで海面を引きずるかのように紫穏の釣り竿がどんどん糸を巻き上げていく。
「わー、紫穏さんは相変わらず凄いなぁ」


「いっくぞー! フィーッシュ!!」
 紫穏は大声で叫び、釣り竿を大きく振り上げた。釣り糸に引かれたまま鯨のエビスが水飛沫《みずしぶき》をあげ宙に弧を描く。
「エビスー! 人型に戻って手で釣り針を外せー!!」
「……なぁ、釣り針って外れないように返しが付いてなかったか?」
「外れねぇ……って、いってぇ! 何これクソ痛《いて》ぇ!!」
「ったく、何やってんだあの|バカ《エビス》は。……でもまぁ福はちゃんと上書きできたみたいだし、さっさと連れ戻して次行くぞ!」


「えぇぇ……鯨が人に変身して空の船に乗って逃げちゃった……せっかくの晩ご飯がぁ」
「夢でも見てるみてぇだが、まぁそんなこともあらぁな。ぼちぼち引き上げるかい?」
「ううんっ、今の分を取り戻さないと。それに今日はもっと釣れそうな気がするんだ」
 首を振り、満面の笑みで答える。そして二人揃って釣り針へと餌を付け始めた。
 紫穏の初夢はまだまだ覚めることなく、エビスの福『大漁追福』の恩恵もまたその効能し続けている様子だった。





 ◇三


「がおー」
 醒徒会室の会長席。肩に乗せた子猫サイズの白い虎が窓に向かって吠え、白いベレー帽を被った小柄な少女が訝《いぶか》しげにその先へと目線を送る。
「どうしたのだ、白虎《びゃっこ》。空に何か……あーっ!?」
 少女は叫び、乱暴に窓を開けると上空を見上げ、
「宝船なのだ! ということは、これは初夢!?」
 きびすを返し勢いよくドアを開け放つと、一心不乱に校庭へと駆けだした。

「おい、さっそく見つかったぞ」
 グラウンドから宝船に向かって叫ぶ少女を見、ビシャモンが小さく呟《つぶや》く。隣のジュロウがそれに続けた。
「しょうがないのう、船を降ろすか。獏の嬢ちゃんは休んでな」
「はーい、頑張ってー」


 * * *


「ひちふくじん、今すぐ私をナイスバディにして欲しいのだ!」
 七人が降り立ったと同時に、白い虎を肩に乗せたその小柄な少女が、拳を力強く握り元気いっぱいに懇願した。
「……ないすばでぃ?」
「フクロク、わかるか?」
「こんな時ばかり頼るな。俺にだって……わからないことぐらいある……」
「使ええねぇ……ベンテン、お前はどうだ?」
「馬鹿にしないでくれる? 知ってるわよそのくらい」
「んじゃどういう意味だよ」
「あー、んー、そうだ。すばでぃがないんだよ」
「なんだよすばでぃって。お前らさっき俺らを散々馬鹿にしておいてそれかよ」
 フクロクとベンテンのフガイなさに不甲斐無さにエビスが噛みつく。
「しょうがねぇな、ちょっと待ってろ。……おい獏の嬢ちゃん、ないすばでぃって何だ?」
 最終的に、あまりに返答に窮したダイコクが宝船の舷側板《げんそくばん》越しに獏の少女へと尋ねた。
「えっ、えーと……うーん。ベンテンさんのような、誰もが見惚れるようなスタイル……えっと体型のこと、かな」
 昨晩から続く七福神との会話で、今回のように舶来語が全く通用しないことがわかった彼らを相手に、獏の少女は言葉を選びながら答えた。
「あーなるほど。この小さな嬢ちゃんはつまり容姿端麗になりたいってことか」
「そうそう。私みたいな容姿端麗な美女のことをないすばでぃって言うんだよ。いやぁ嬉しいこと言ってくれるじゃないか」
 その会話を受け、ベンテンが薄く頬を赤らめ照れ笑いしながら、指先だけで手を振り答える。しかしそんなベンテンに他の六人の誰もが見向きもするはずもなく。
 そしてホテイとフクロクが口を挟む。
「っていうかそれなら獏の嬢ちゃんもいい線言ってると思うよ」
「確かに。出るとこちゃんと出ているし、顔立ちもなかなかの器量良しだ」
「そっ……そんなことな――」
「ちょっとあんたたち、なんだいその態度!! この弁財天様を無視しようってのかい!?」
 突如、まるっきり相手にされず怒り心頭のベンテンによって振り降ろされたキセルをホテイはぎりぎりでかわすと、
「おい危ねぇな! そのキセル火ついてんだろ!!」
 大声で叫び抗議する。しかし、
「うるさい! あんたら全員いったん焼け死ねばいい!」
 有無を言わさずといった勢いでベンテンが右へ左へとキセルで殴りかかる。
「よせ! 振り回すんじゃない!!」
「わしの髭が燃えっ……燃えっ……!?」
「おいビシャモン、この女どうにか押さえこんでくれ!!」
「……いや、ベンテンとはいえ女性に手をあげるのはちょっと」
「くそ使えねぇ! 力仕事はお前の担当だろうが!!」

「ひちふくじん!! 遊んでないで早く! 早く!!」
 内輪もめでもはやぐだぐだになっている七福神に、白いベレー帽の少女が堰《せき》を切らせた。
 その言葉に、ベンテンのキセルから逃げ回っていた六人が足を止め困惑した表情で互いに目配せし合う。ベンテンはチッと舌打ちすると彼らの輪から数歩離れ、再びキセルをくわえ深く紫煙をくゆらせた。
 ベンテンからの追撃がないことを横目で確認したダイコクは小さく安堵のため息をつくと、少女に向き直り、
「あー、ちっちゃなお嬢ちゃん。悪いが俺たちゃそういった個人的な願いを叶えてやれるような神様じゃあないんだ。悪いな」
「何故なのだ! 紫穏《しおん》はこの前そう教えてくれたのだ!」
「しおん、ってさっきエビスを釣り上げた娘のことか。そうは言ってもなぁ」
「まいったな……。ベンテン、ちょっとこっち来い!」
「あー? なんだい死に損ないどもが」
「根に持つなよ……。ちっちゃいお嬢ちゃん、今すぐってのは難しいんだが、将来この弁財天様のような体型になれるよう福を与えてくれるそうだ。よかったな」
「おい、ダイコク。私にはそんな福は与えられな……むぐっ」
 ダイコクは咄嗟にベンテンの口を塞ぐと、耳元で小さく囁きかける。
「いいからちっと黙ってろ。嘘も方便って奴だ。お前は普通にお前の福を与えてやってやりゃあいい」
「チッ。神様が嘘つけっていうのかよ。……まぁいい」
 ベンテンはダイコクから離れると、少女の前で屈み込み、
「おいチビっ子。ちょっと頭貸しな」
「むぅ……これでいいのか?」
「あぁ。ちょっと待ってろ…………………………………………」
 そのまま少女と額を合わせ、誰にも聞き取れないほどに小さい声で何かを呟くと、
「……よし。これでお前さんの将来は安泰だ」
「本当か!? さすがはひちふくじん様なのだ!」
「もちろんチビっ子の言う理想体型を目指すための日々の努力は怠るんじゃねーぞ」
「わかったのだ! これでもかれこれ一週間ほどバストアップマシンを試しているのだ。これで将来ボンキュッボンなプロポーションの私になれるのだ」
「ばすとあ……ぼんきゅ……ぷろぽ……? 言葉の意味はわからんが、とにかく凄い自信だ。まぁ頑張れ頑張れ」
 自身の胸元を見下ろし少々落胆気味のる少女へと、ベンテンは頭を撫でてやった。
「よーしお前ら、引き上げるぞ」
「ベンテン、ありがとうなのだ!」


 宝船へと戻ったベンテンに獏の少女は歩み寄ると、
「ベンテンさんはさっきどんな福を与えたの?」
「あー? あぁ、学芸だ。あと水難回避」
「えーっと……」
 少女の言葉にベンテンは気《け》だるそうに紫煙を燻らせ、
「文句はダイコクの野郎に言ってくれよ」
 二人はちらりと視線をダイコクへと向けた。
 当のダイコクはまたしてもエビスと何か言い争っているようだ。
「うーん、こんなんでいいのかなぁ……?」












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最終更新:2010年05月11日 19:47
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