【波乗り船の音の良きかな 三】


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 ◇ 【なかきよのとおのねふりのみなめさめなみのりふねのおとのよきかな】


 青々と広がっていた大海はその全てが干上がり、赤黒い焦土と化した大地は、かつてその地に繁栄していたはずの生命の存在さえ感じさせないほどに荒れ果てていた。
「また……か」
 そのむき出しの大地の上、ひざの破れたジーンズを履き、素肌に白シャツを羽織っただけの男が一人、空を見上げ呟く。
 その視線の先には、この海を大地を死の世界へと変貌させた、数倍、数十倍に膨れ上がった赤く巨大な太陽が今なお激しい熱量を降り注いでいる。

 人類がこの地球《ほし》の支配者だった時代は遠の昔。五六億七千万年という途方もない年月によって、その面影は欠片も残されてはいなかった。
 他の六人の仲間も信仰する者たちが死に絶えたと同時にその存在意義と共に消失してしまい、彼だけが一人――
「くそっ、俺にどうしろっていうんだよ……」
 吐き捨てるように呻《うめ》く。こんな時代に、こんな世界に、なぜ自分だけ、と……。

 しかし。
 彼はこれが夢であることを理解していた。
 何故か幾度となく繰り返され続けて見た夢。目を覚ませば、そこにダイコクやエビスたち七福神の仲間がいる。自分を信仰してくれる人々もまだ……。
 巨大化した太陽の熱線をひたすらに耐え、永遠とも感じ孤独に涙を堪《こら》え、彼はただ闇雲に『この時』が過ぎ去るのを待つことしかできなかった。

「うわっ、これがホテイさんの夢? 何ここ、あっつー」
 我慢さえしていれば、待っていれば、いつものようにまたあちらの世界へ戻ることができる。
「んー、やっぱり悪夢《ナイトメア》が原因だったかぁ。しかもこれって……」
 むこうでは最近何があったかと記憶を手繰《たぐ》る。そうそう、また正月を迎えたんだった。自分が宝船を台無しにしてしまって、皆に怒られて、そこに獏の少女が現れて……。
「あ、ホテイさんいた。おーいホテイさーん」
 そうだ。彼女の能力をもってその年の初夢巡りへ出発して、そしてその途中に俺は……。
「ねぇ、ホテイさんってば」
 とんとんと肩を叩かれふと我に返る。目の前には――
「なっ……獏の嬢ちゃん!? なぜここに……?」
 本来なら人などいるはずのないこの世界に、たった今思い返していたベンテンの羽衣を纏《まと》った少女の姿があった。
「助けに、来たよ」


「うーん、多少は覚悟してたけど、これは流石に予想外だったなぁ」
 少女は腕を陰にし空に浮かぶ巨大な太陽を見上げながら呟いた。
「予想外?」
「うん、正直、やばいかも?」
 なにがどう『やばい』のか白シャツの男――ホテイにはわからなかった。ただ一つ思い浮かんだのは、
「嬢ちゃんが話していた……俺たちの宝船を喰い荒らした悪夢《ないとめあ》って奴のこと……か?」
 宝船の周りに漂っていた悪夢《ナイトメア》を思い出す。しかし、慌てて辺りを見回してみるがあの時の黒い塊の姿は何処にも見当たらない。
「いや、でもここにあの黒い塊がいたことはなかったはずだぜ?」
 ホテイは小さく首を振って答えるが、少女は眩しそうに目を細め空を見上げたまま、
「ううん。いるよ」
 はっきりと言いきった。
「いるって、どこに……」
 少女がまっすぐに見上げる目線の先には巨大な太陽がギラギラと照らし続けているだけ。
「うーん、でも予想外にも程がある、よ。こいつ|終焉の悪夢《ナイトメア・グレイヴ》だ……」
 呻《うめ》くように、嘆《なげ》くように。
「まさか、この太陽はあの|黒い塊《ないとめあ》が化けてるっていうのか!?」
「うん。悪夢《ナイトメア》の亜種の一つ、|終焉の悪夢《ナイトメア・グレイヴ》。その人の記憶から推測された『可能性として起こりうる最悪の最期』に姿を変えそれを悪夢として見せつける|化け物《ラルヴァ》」
「なっ……それじゃこれが俺の最期……?」
「うん。あの巨大化した太陽がこの夢の根元《ナイトメア》かな。たぶんあのままどんどん大きくなってこの地球《ほし》ごと一緒に……」
 獏の少女の言葉によって、こちら側――巨大な太陽によって焼き尽くされた五六億七千万年という果てしなく遠い未来の地球――が夢であったという安堵感に包まれると共に、自分がここで一人寂しく命を落とすことになるのかもしれないという絶望感が襲う。
「可能性として一番最悪っていうだけだけどね」
 少女が念を押して繰り返したが、今の彼には気休めにすらならなかった。
 この地球《ほし》と共に、あの膨れ上がった太陽に飲み込まれ宇宙の塵と消える。運命に従い今この地にいるだけだというのに、なぜこのような最期を迎えなければならないというのか。

「大丈夫、だよ」
 獏の少女はつぶやき、蒼白になったホテイの顔を見つめその手を取り、続けた。
「私が見つけた悪夢《ナイトメア》は絶対倒すから。きっと上手くいくはずだから。心配しなくても、大丈夫だよ」
 しかしその表情は困惑の色が隠しきれてなく、目は潤み、繋いだ手も小刻みに震えていた。それでも、
「絶対、大丈夫、だから」
 少女はホテイへと力強く言い放った。




 ◇


「さっきも言ったが俺らの中でこいつだけが唯一『神格化された元人間』なんだわ」
「今はこうやって七福神なんて言って、揃って一緒にダラダラやってるんだけどな」
「人々によって、人々のために生み出されたわしらと違って……」
「こいつには、避けることのできない運命みたいなもんを背負っているらしい」
「その運命がこいつの下《もと》に訪れたとして、その時私らが力になってやれるかどうか……」
「こいつは……ホテイの本当の姿は……」





 ◇


 荒れ果てた大地に、一人の福の神と一頭の獏の姿があった。
 先ほどまでの度重なる夢渡りによって獏の魂源力《アティルト》はすでに尽きかけている。今の少女の力をもってこの状況を打破できる算段などありえないことは日の目を見るより明らかだった。しかし……。
「オォォォォオオオオ!!」
 大地を揺るがさんほどに獏が大きく吠える。
 しかしホテイには、少女のなけなしの魂源力《アティルト》が込められたその雄叫びも、徐々に膨れ上がっていく|巨大な太陽《ナイトメア・グレイヴ》を前に虚《むな》しく響きわたるだけにしか感じられなかった。
『絶対、大丈夫、だから』
 少女の言葉を思い出す。なにをもって少女は大丈夫などといえたのか。
 その言葉がたとえ虚勢だとして、ホテイが目を覚ませば消えてなくなる夢の世界で、何故少女は身を呈してまで命がけでホテイを助けに来たのか。
 もし何らかの勝算があるのなら、こんな遠吠えなどに労せずその方法をもって打破するはずだろう。つまり……。



 そして、獏の力も及ばずといったペースで、今まさに驚異的な速度で|巨大化していく太陽《ナイトメア・グレイヴ》に飲み込まれんとする地球、そしてそこに残された彼らの前に――


 一隻の木造船――宝船が姿を現した。


「今ここにダイコク様と愉快な仲間たち参じ――――なんじゃこりゃ暑いわボケェ!!」
 開口一番、ダイコクの悲鳴がこだまする。
「おいおいジュロウの爺さん、干からびちゃったか? あ。そのしわは元々か」
「うるさい! 貴様こそつやつやてかてかと暑苦しいんじゃ!!」
 フクロクとジュロウはこの状況においても相変わらず罵り合い、
「ちょっとー、なにここー。私日焼けしたくないんですけどー」
 ベンテンはどこから取り出したのか宝船の甲板にビーチチェアと巨大なパラソルを用意していた。
「いやしかし、洒落になってないな。この暑さは」
 ビシャモンにいたってはラセツとヤシャに大きな団扇で扇がせている。しかし二人の表情から察するにそれは決して献身的な行動というわけでもなさそうだ。
 その横ではエビスが汗だくになりながらその三人に向かって叫んでいた。
「ビシャモンずるいぞ、一人俺の方にも扇《あお》がせろよ!!」
 そんなエビスに向かって、ラセツは目配せすらせず小声で、
「チッ……うるせぇな、失せろその他大勢」
「おいお前|裏表《うらおもて》ひどいな。ってか俺も七福神だから! むしろその他大勢はお前らだろ!? なぁヤシャ、頼むから俺扇いで俺」
「ちょ、邪魔。タモさん三分経ったら俺らと交代っすからね、約束っすよ」
「うぉい!! のけ者にすんな! ビシャモーン、俺にも扇ぐようにこいつらに言ってくれよー」
「……エビス。心頭滅却すれば火もまた涼しと言うじゃないか」
「部下に無理矢理扇がせてる奴が言っても説得力ないわぁ!!」

 地面から数メートルの空中に浮かぶ宝船から聞こえてくる七福神《なかま》たちの声。ホテイの目に不意に涙が浮かび、ぐすりと鼻を啜《すす》る。
「宝船……どうしてここに……?」
「お前を一人に――」
「――できるかよ!」
 船の上からフクロクとダイコクが格好良くポーズを決め、大声で答えた。
 ホテイの隣で再び人型へと戻った少女が息を切らしながら小さく呟《つぶや》いた。
「やったぁ、なんとか間に合った……」
「間に合った……?」
 ホテイが少女へと尋ねる。少女は力なく微笑むと、
「うん。|あの太陽《ナイトメア・グレイヴ》に、負ける前に勝つことに」
 腰に手を当て胸を張ってみせた。
「さっきの『大丈夫』って、こいつらを呼ぶことだったのか……しかし――」
「獏の嬢ちゃんの言ったとおりだったな」
 ジュロウが舷側板《げんそくばん》から上半身を乗り出す。続けてベンテンとビシャモンが姿を見せ、ホテイが彼らに現状を尋ねた。
「――しかしお前ら、どうやってここへ……?」
「獏の嬢ちゃんの提案さ。ホテイの夢がもしヤバい場合はとにかく穴を開けるからそこへと宝船を無理矢理突っ込んでくれってね」
「ぶっ壊れてるとはいえ元々は夢渡りの能力を持った船だからこそできた裏技ってやつだな」
 二人の部下をひとまず帰したビシャモンが、バシバシと船の縁《へり》を叩きながら答えた。
 ホテイは一瞬呆気にとられた表情で彼らを見上げていたが、ふと獏の少女へ向き直ると、
「ってことは、さっきの雄叫びはあの|巨大な太陽《ないとめあ・なんとか》ってやつを倒すためじゃなくて、こいつらを呼ぶため?」
「うんそう。ぶっつけ本番だったけど上手くいってよかったよ」
 そして少女は再び微笑み答えた。
「さぁさぁ、お喋りしてる場合じゃないだろ。こちとら日焼けなんかしたくないっつってるんだからとっとと片づけちまうよ」
「「「「「ガッテン!!」」」」」
 ベンテンがパラソルの陰《かげ》から発破を掛け、他の男衆が悪ノリして片手でガッツポーズをとった。

「おいホテイ、お前の体も持ってきたからとりあえずこっち戻れ!」
「あ、あぁ」
 ダイコクの言葉を受けホテイは宝船に飛び乗ると、財宝(に見えるようカモフラージュしたガラクタの山)に埋もれて眠っている本体へと同化する。先ほどまでの「夢を見ていたホテイ」の姿が完全に埋もれた瞬間、本体側のホテイがむくりと起き出す。
「うわぁ、なんでもありだなぁ」
 そんな光景を見ながら獏の少女が小さく呟いた。
 元の姿に戻ったホテイは大きくあくびをすると、首をコキコキと左右に鳴らしながら、
「……で、戻ったはいいけどどうするんだ。いくら俺らが揃ったところであんな巨大な太陽相手に……」
 弱気になっているホテイをベンテンが鼻で笑うと、
「はー? なんだいあんた、私らがアレに打ち勝てるとでも思ってるのかい? あんなの相手じゃ一瞬で消し炭に鳴っちまうよ」
「ったく、変に気負ってんじゃねぇ。俺たちゃ七福神だろが。福の神に出来ることをやっときゃいいんだよ」
「俺たちに、出来ること……」
 そんなエビスとホテイのやりとりを聞き、少女が口を挟む。
「そう。この悪夢がホテイさんにとっての『可能性として最悪の最期』なんだから……」
「わしら全員で福を与えてこの夢を上書きしてしまえば、いくらでも上方修正出来るんじゃないかって寸法だ」
 そしてジュロウが身を乗り出しおいしい台詞をかっさらっていった。
「ってそんな都合よく上手くいくわけが……」
 しかしホテイは不安げにうつむく。
 そこへビシャモンがサングラスを外しホテイへ詰め寄り睨みこむと、
「なんだ、お前はこの獏の嬢ちゃんの案、試してみる価値もないとでも言うのか?」
 低く嗄《しゃが》れたような声で吐き捨てる。
「俺たちゃ七福神なんだ、こんな状況にびびってんじゃねぇぜ」
 続けてエビスがにやけ混じりにホテイを肘でつついてやると、「それもそうだ」とようやくホテイにいつものへらりとした表情が戻った。ホテイの気持ちの変化に気づいたのか、
「それに……お前も気づいてんじゃねぇか? この夢が意味する『ホテイ《おまえ》の運命』ってやつを」
「五六億七千万年後の未来、ホテイ……いや弥勒菩薩《みろくぼさつ》の化身としての、な」
 フクロク、そしてジュロウが何かを思い返すかのように、遠い目でホテイを見つめながら呟《つぶや》く。しかし間髪入れずに、
「グダグダしてても始まらねぇ!!」
 ダイコクが一歩踏みだし大声で割って入った。そして、
「まぁ、こんなくだらないことであんたらと心中なんか御免だしー」
 言って、ビーチチェアに寝そべっていたベンテンがパラソルの影から起きあがる。
「いいかお前ら、気合い入れてけ!!」
 エビスが檄を飛ばす。ホテイはニッと笑い、拳《こぶし》を打ち合わせ、
「……おーしっ!!」
 息を吐き捨てるように猛る。
「いくぞ、悪夢《ないとめあ》だかなんだか知らねぇが……」
「「「「「「「七福神《おれたち》を舐めんじゃねぇ!!」」」」」」」
 七人の叫びが夢の世界に響きわたった。






 ◇


 宝船の甲板の上、七人と一匹の獏が、我関せずと言わんばかりにギラギラと照らし続ける巨大な太陽を見上げる。
「最初が肝心だぁ! やれ!! ベンテン、エビス!」
 吹き出る汗もものともせず、その太い両腕を組み仁王立ちしたフクロクが声を張り上げた。
「あいよー、まかせな!」
 キセルをくわえたベンテンがエビスの背をポンと叩く。エビスはそのまま宝船から身を投じると、再び大きな鯨へと変身し、
「よっしゃあ! 大漁追福!!」
 その姿が焼けた地面に触れる瞬間、叫びと同時に鯨が力強く光輝き……その身の周りにどんどんと大量の海水が発生していった。
 止めどなくあふれ続ける海水がその焼けた地面の低地だった部分を徐々に大海原へと変貌させていく。激しく立ち上る水蒸気が空を覆い日差しを遮り、そして強い熱風と共に大雨を降らせ出した。
 一帯が嵐と化し、豪雨と高波で荒れ狂う海面に宝船が着水する。
「ふん、上出来だよエビス」
 ベンテンがニヤリとしてみせると、激しく揺れる甲板の上をものともせず船首へと優雅に歩みを進め、そして両腕を大きく広げた。
「私がいる限りこの船は沈まない。収まりな」
 水難回避。ベンテンの力が高波に煽られる船を鎮め、続けて高波そのものまでもを静かにさせていった。
 程なくして大雨も止み穏やかになった海面に、宝船と一頭の鯨がたゆたっていた。


「続けていくぜ!」
 肩に俵《たわら》を担いだダイコク、続けてフクロクとジュロウが、海へとならなかった高台だった陸地へと飛び移ると、
「五穀豊穣!!」
 ダイコクは担いでいたその俵を天高く放り投げた。
 俵は空中でほつれ分解し、中に蓄えられていた米や麦、豆などの穀物の他、多種多様な草木の種が辺り一面に撒かれる。
「よぉし、俺の撒いた種はどんなことにも負けやしねぇ! 後は頼むぜ、フクロク! ジュロウ!!」
「任された。来い! 福星、禄星!!」
 両腕を上下に広げたフクロクの手から蝙蝠《こうもり》と鹿が姿を現す。それぞれが空を飛び、そして地を駆り……二匹が通った後に次々と草木の芽が吹き出していった。
 同じくして、あたりを見回しながらジュロウが一歩一歩と足を進めていく。すると、ジュロウの見て回る範囲がまるで数ヶ月数年数十年と月日が流れたかのように、荒れ地から草原へ、そして林、森へと姿を変えていった。
 一面に生い茂る緑の中、ダイコク、フクロク、ジュロウの三人は引き続き何かを探し出すかのようにあたりを身て回り続けた。そして……
「あったぞ! この木だろ!?」
 それは、ひょろりと先の伸びた大きな葉を持つ一本の木。三人は駆け寄ると揃って両手で木を触れ、それぞれの福《ふく》『五穀豊穣』『無病息災』『不老長寿』を与え込める為に力を込めた。
 彼らの力《ふく》を得て、木は勢いを増して成長していく。蔓を延ばし近くに生えていた他の植物さえも次々と絡め取っていった。
「来い……来い、来い、来い……、来た……来た、来た、来たぁ!」
「いいぞいいぞ、この木こそが――」
「――この木の下《もと》で仏様が悟りを開いたという『菩提樹』なのか……」
 三人は手をついたまま自分たちの福を得てぐんぐんと成長していくその『菩提樹』の姿に感嘆の声をあげた。

 その時。
 業を煮やしたのか、ようやく事態の変化に気づいたのか、それともただの偶然なのか、空に浮かんでいた巨大な太陽に化けた|終焉の悪夢《ナイトメア・グレイヴ》が突如、激しく紅炎《プロミネンス》を吹き上げた。
 発生した火柱は火球となり、海面へ地表へと降り注ぎ――、中でも一際巨大な火球がまっすぐにジュロウたち三人のいる『菩提樹』へと向かい落下してきた。
 三人は自分たちへと加速していく火球を見上げ、それでもなお木から手を離すことなく福を与え続けていた。
 逃げない理由。それは、諦めでもなく腹をくくるわけでもなく。

 それは、この状況を打破できる仲間が彼らの中にいるから、であった。

「――ヤシャ、ラセツ」
 宝船の上で様子を見守っていたビシャモンが再び部下の二人を呼ぶ。
 ビシャモンの両サイドに同じライダースーツのヤシャとラセツが姿を現し「チィーッス」と小さく会釈した。
 ビシャモンは再びサングラスをかけ直し前髪を掻き上げ、その手に三叉戟《さんさげき》を生成する。続いてヤシャとラセツも手に直刀を持つと、
「この勝負、俺らに敗北の二文字は存在しない。あの木とジュロウたちを死守する、ついてこい」
「「了解っす、タモさん!」」
 三人は甲板を強く蹴り、落下する火球へと飛んだ。

 ビシャモンは部下二人を連れ、ジュロウたちのいる菩提樹の上空へと立ちはだかると、
「悪・即・斬」
 今まさに迫り来る火球に向けて三叉戟を大きく振り下ろした。
 轟音と共に三本の刃による斬撃が火球を四つの塊に砕き割る。しかし、高々度落下による加速を殺すには力不足だったのか四散した火球はそのまま菩提樹、そしてビシャモンたちへ向かって落下し続けた。
 止まらぬ火球を相手にもビシャモンは一切表情を変えることなく、大きく息を吐くと、左手と三叉戟の切っ先を突き出し同時に右肘を後ろへ大きく引き、片手刺突の構えを取る。
 両サイドのヤシャ、ラセツも倣《なら》うように直刀を同じく構えると、
「悪夢《ないとめあ》……お前の全てを否定してやる」

 ビシャモンの言葉に合わせ、突き出された三人の刃が迫る火球を粉々に砕いた。

「ふぅ、寿命が縮んだわぃ。わし長寿の福の神じゃけど」
「まったく、こういう時だけは相変わらず頼りになりやがる」
「ってか最初の一発で壊せよ! ちょっとびびったじゃねーか!!」

 ビシャモンは菩提樹の周りで叫ぶ三人を見向きもせず、手にした三叉戟を太陽へと突きだすと、
「悪夢《ないとめあ》よ、何度でも来い。俺らがいる限り貴様の勝利は存在しない」
「「やったー、カッコイイー!」」
 ふたりが拳を突き上げて、ビシャモンを誉め囃した。


 ビシャモンたちは、なお降りそそぐ火球を次々と砕き潰し、そして右へ左へと切り払っていく。程なくして、|終焉の悪夢《ナイトメア・グレイヴ》が攻撃の手を止めたのか、それとも単に巨大化した太陽の噴火が収まっただけなのか、熱気を残したまま火球の落下は鎮静化した。
「ふん、他愛もない。お前たちご苦労だった」
 ビシャモンは手にした武器を霧散させ、共闘した部下たちを労《ねぎら》う。ビシャモンの言葉にヤシャとラセツは相変わらずの軽い挨拶を返すとまたその姿を無に帰していった。
「首尾はどうだ」
 部下を見送ったビシャモンはジュロウたちの下《もと》へと降り立ち尋ねる。ジュロウたち三人も既に木の幹からその手を離していた。木の育成もほぼ同時に完了していたようだ。
「これだけ育てば問題ないじゃろう」
 四人が見上げるその『菩提樹』は大地に力強く根付き、神々しく天高く数十メートルを誇る大木へと成長していた。
「ま、俺らにできることはここまでだな」
「来いホテイ! あとはお前次第だ!!」
 フクロクとダイコクがいつの間にか沿岸に停泊されていた宝船で待つホテイを叫び呼ぶ。
「こんなクソな夢、お前の真の力でとっとと終わらせやがれぇ!!」
「みんな……ありがとう」
 ホテイは仲間の目すら気にせず、再び鼻を啜りながら答え、宝船から飛び降り菩提樹へと駆けだしていった。





 ◇


 駆け寄るホテイと入れ替わるようにジュロウたち四人は宝船へと足を向けた。そしてすれ違いざまにホテイはビシャモンと拳を合わせ、ジュロウとフクロクの二人とハイタッチし、そしてダイコクからはケツを蹴られ――彼らの手で守られ育成されたその『菩提樹』の下《もと》へたどり着いた。
 ホテイは木の幹へ触れ、巨大な太陽へと突き抜けるかのように天へと伸びる木を見上げ……緩やかに瞳を閉じた。
「俺の運命……この星の未来……」

 わかる。
 この木が教えてくれる。
 自分がいったい何者なのか。
 この場で何をすべきなのか。

 突如、額《ひたい》を中心にホテイの体が激しく光り輝いた。光は目を射るほどに眩《まばゆ》く、辺り全てを白く染めあげていく。
「悪夢《ないとめあ》……この夢、消させてもらうぞ」
 純白の世界でホテイの声がこだまする。ホテイから放たれた光は、強い『富貴繁栄』の福をもって彼自身の夢を強制的に浄化していった。

「我は――我は、弥勒如来《みろくにょらい》! 五六億七千万年の時を経て、この菩提樹の下にて仏となりて世を救済せし者なり!」

 そして。
 ホテイの放つ光が収まっていく。
 辺りに、七福神たちの再興した風景が再び浮かび上がっていく。
 そこには――

 ――そこには、肌を焼かんほどに照らしていた『巨大化した太陽』は消えてなくなっていた。
 代わりに現世のものと大差ない大きさの|本物の太陽《・・・・・》と、そしてホテイの力で視覚的にそれと同等のサイズまで萎んでしまった|終焉の悪夢《ナイトメア・グレイヴ》だったものとが空に白と黒でひとつづつ浮かんでいた。
「獏の嬢ちゃん、やってくれ!!」
 ホテイが宝船の上で事のいきさつを見守り続けていた少女を叫び呼ぶ。
「まかせてっ! こんなサイズなら今の私でも……!!」
 少女は残りわずかな魂源力《アティルト》を振り絞って再度獏化し、獣の四肢で甲板を激しく蹴り、縮まった|終焉の悪夢《ナイトメア・グレイヴ》へ向かって空高く飛び上がった。
「オォォォォォオオ!!」
 激しく雄叫び、鋭い獏の牙が先ほどまで大地を焼き尽くしていた|巨大な太陽だったもの《ナイトメア・グレイヴ》を一飲みで噛み砕いた。
「これで……これで……」
 ホテイは菩提樹の下《もと》から、遙か上空で悪夢《ナイトメア》を飲み込んだ獏の勇姿を、潤《うる》む目を擦りながら見上げ続けていた。


 ホテイの『可能性として最悪の最期』の夢は終わりを告げた。
 菩提樹から歩み戻るホテイと、そして人へと戻り上空から降り立つ少女を、宝船に残った六人のあげる歓喜の声が温かく迎えた。

 獏によって夢の根源を食べられたホテイは、今起きたことは後に忘れてしまうかもしれない。
 それでもなお七人と一人は、互いを称《たた》え合い悪夢を討ち去った喜びをいつまでも分かち合い続けていた。





 ◇


「それじゃ今度こそ本当にみんなお疲れさま。また何処かで……」
 昨晩に七福神と獏の少女が出会った彼らの聖域に戻ると、うつむき加減に別れを名残惜しむ。しかし彼女の言葉に割って入るように、ダイコクはあっけらかんとさも当たり前かのように、
「おう、それじゃ明日の晩も頼むぜ。獏の嬢ちゃん」
 あっさりと次の予定を打ち出した。
「えっ……え!? さっきの七人で終わりじゃなかったの!?」
「今夜の分は、な。それに本当の初夢は一月二日の夜に見るものだし、つまり今さっきまで回ってきた七人は早とちりさんたちってことだ」
「えっと、じゃ明日と明後日と七人ずつ……あと十四人も回る、の?」
 最後に一仕事あったとはいえ、息も絶え絶えに疲労困憊の少女はダイコクの言葉に軽く目眩を起こしかける。
 知ってか知らずか、ダイコクはぽんぽんと少女の肩を叩くと、
「あぁ、よろしく頼む」
「えー、そんなぁ」
 獏の少女はそのまま膝から崩れ落ち、地に両手を突いてうなだれてしまった。






 ◇終


「ただいま、リム。起きてるー?」
 一月四日の昼下がり。帰省先の地元から双葉学園へと戻ったコトは自室に鞄を放ると、合い鍵を手にすぐリムの部屋へと訪れた。
「うーん……お帰り、コト。疲れた、よぅ」
 普段ぐぅぐぅ寝てる割に朝だけはしっかり起きるはずのリムが、今日に限って正午過ぎまでベッドで横になっており、コトは小さく首を傾げる。
「疲れたって……三が日のあいだ何かしてたの?」
「ううん、ずっと寝てた、よ」
「……うん?」
 それじゃいつもと同じじゃん、というツッコミを辛うじて飲み込んだ。

「そういえば私、初夢でリムと七福神を見たよ」
 むずがるリムを無理矢理ベッドから引きずり下ろし、パジャマから普段着へと着替えさせると、二人一緒に遅い昼食を取る。
「へっ!? あ、そうなんだ」
 トーストを頬張りながら、突如振られた「コトの見た初夢の話」にリムはむせ返りながら頷き返した。
「なんかねぇ、リムがすごいセクシーな格好してて、何故か七福神と一緒に行動してたような気がする」
 そして、はっきりとは覚えてないんだけど、と付け加える。リムは目を泳がせながら、
「えーと、うーん。不思議な初夢を見たんだね」
 誤魔化せているのかどうかわからないほど曖昧な返答で受け流した。
「でさ、七福神の初夢って縁起物じゃん? だから私、元日に家族で初詣へ行ったときにお願い事したんだ。『リムといつまでもずっと一緒にいられますように』って」
「あははっ。そうだね、どんなことがあっても、私とコトはいつまでもずっと一緒、だよ」
 いつまでもずっと一緒。
 互いにトーストの粉を頬につけたまま、コトとリムは微笑み合った。


「ってか、私がいないあいだ寝っぱなしってことはリムは初詣まだだよね? 双葉神宮まで一緒に行かない?」
「うん、行こう行こう。……あ、そうだコト」
「ん?」

「あけましておめでとう、今年もよろしくね」







 【波乗《なみの》り船《ふね》の音《おと》の良《よ》きかな】終







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