【danger zoneホワイトデー特別編 僕の忍者に白い花】後編


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 移動と銃撃を繰り返しながら、もう稼動していない灯台を占拠した二人は内部の階段を昇って灯台最上部に陣取った。
 狭い海堡全体を撃ち下ろせるポイントは同時に捕捉されれば集中攻撃の的となる、リスクはあったが戦力火力で劣る側が短時間で制圧を終えるには高所からの射撃しかない。
 やたら短機関銃の好きな連中はどうやら砲の類を持って無いことがわかったが、短機と同じくらい軍オタ連中が好きな狙撃銃で撃たれれば厄介になる。
 探知異能者を喪失したのか連絡系統がまるでダメなのか、組織の戦闘員は慧海と百を見失ったらしい。
 慧海と百が撤退したすぐ後に銃撃に耐えかね崩壊した半地下壕を調べてる様から察するに、死亡したと思ってくれているかもしれない。
 絶景の海を背後に海堡の全景を見渡す灯台最上部の一室、リラックスした様子でクロスボウの点検をしていた飯綱百の電子生徒手帳が鳴った。
 眠そうな半眼で画面を確認した百の顔が鋭さを帯びる。

「…いいんちょー…風紀委員会からの緊急連絡です」

 どーせ逢州からのちゃんと仕事してるか釘を刺すメールか何かだと思っていた慧海も、続いて百が読み上げた文面を聞いて表情を変える。

「第四班からです」

 死班と呼ばれる風紀委員会の汚れ仕事屋、その風紀執行の多くに殺人やラルヴァ殺害が絡む。
 慧海と百がこれから撃とうとしている連中に限りなく近い集団。

「明日の風紀委員会野球大会、打順が決まらないらしいです」

 百にプレゼントを渡せず、ふてくされた子供のような顔をしていた慧海は、一瞬で猛者揃いの風紀委員を掌握する委員長の顔になる。
 慧海が生徒課長によってスカウトされ、風紀委員長に任命されたのは、その戦闘力ではなく戦闘指揮力を買われたから。
 電子生徒手帳を開きながら慧海の言葉を待つ百に向かって、すぐさま指令を下す。

「よし、まず四班の幕賀伊庭《まくがいば》に先発で出させて相手投手の球筋を探れ、それから二番であたしが出る、何とか当てて塁に出るから、三番は教導六班の椿三十《つばきみそ》、お三十《みそ》の長打力は教導班の保証つきだ、どーせ四番打者は目地屋理衣《めじやりい》だろ?」

 明日に予定された風紀委員会の一班、二班と慧海直属の四班、六班、七班との対抗野球大会。
 慧海を筆頭とした風紀委員会の悪党連中が正統派体育会系の一班、二班に噛み付くメンツのかかった試合。
 前回のサッカー大会で慧海達は一班二班にいいように小突き回されるだけだったが、今回の野球大会は四班の新人委員、平成野球娘の目地屋理衣《めじやりい》が監督兼首位打者を務めている。

「あの…わたしは?」

「モモ、おまえは切り札だ、相手投手が手強いときに代打で出すから、ピッチャーにぶつけて退場させちまえ」

 飯綱百はメールを送ってきた四班の目地屋理衣に「いいんちょーはデットボール要員、代打俺」と返信する。

 二人が潜む灯台からは短機関銃を持ったラルヴァが索敵している様が見える、自分の位置を晒すわけにはいかないからまだ撃てない、しかし彼らに捕捉発見されたなら灯台ごと吹っ飛ばされる前に逃げなくてはいけない。
 静寂の中に銃撃戦の最中より鋭利な緊張感が広がる、一瞬も気が抜けない危険な膠着状態。

「後でもよかったんじゃねぇか?」

「わたしメールがきたらすぐ返さないと気が済まないんです」

 傭兵の高部正樹も同じ性格で、ミャンマーで砲戦をしながら横浜で仲良くなった飲み屋のオネーチャンと「今何してんの?」「戦闘中」とメールしてたらしい。
 持久戦では銃弾に撃たれる奴と同じくらい精神的に参ってしまう人間が多い、戦闘の場を生き残る資質を持った奴は人間が備えている情緒のどこかが麻痺し、欠落している。
 風紀委員棟のリラックスルームとなっている自販機部屋に居るかのようなだらけた姿勢でメールを打っている百は、それなりに実戦慣れしていた。
 飯綱百もまた、双葉学園にお似合いのブっ壊れた人間。

「でも、いいんちょーの電子生徒手帳、さっきから鳴らないですね…もしかしていいんちょー、友達居ない?」

「バ…バカにすんじゃねー!あたしだってメールしなきゃいけない相手が多すぎて忙しくって…」

 また飯綱百の電子生徒手帳が鳴った、着信表示を見た百は誰にも聞こえないくらい小さく舌打ちしたが、一応メール画面を開く。

 モモオネガイ エミニメールシテ

 百は「今忙しいからあとで」と返信して電子生徒手帳を閉じる。
 短い休息の時間が終り、戦闘の口火が切られる瞬間が近いことを肌で感じていた。

 銃撃戦は唐突に始まった。
 灯台最上部に慧海と百の姿を捕捉したコントリビューターの戦闘員は、一斉射撃で殲滅すべく銃殺刑のような隊列を組み始めた。
 芝居がかった先頭準備は高い場所から見下ろす慧海と百にしてみれば「これから撃ちますよ」とジェスチャーで知らせてくれているような状態。
 シナリオ通りのプロレスのような射撃準備が整い、さあ撃つべってタイミングを狙いデリンジャーとクロスボウでの先制攻撃をブチこんだ。

 互いを探り合うよりも全力で撃ち合うほうが慧海の性に合ってる、それに百からの返信メールを見た慧海は無性に何かに当たり散らしたかった。
 灯台最上部から慧海はデリンジャー、百はクロスボウを続けざまに撃つ。
 相手陣地となったらしき低層ビルの形をした兵舎跡からは、短機関銃による集中的な銃撃が行われている。
 慧海と百の武器であるニ連発拳銃とクロスボウ、連射性という欠点にようやく気づいたらしき武装集団コントリビューターは撃ち上げに不利な短機関銃を切れ目無く撃ちまくってくる。
 ヘタほど弾を撒く、しかし慧海のデリンジャーはニ発撃ったら装填が必要、拳銃や短機関銃より射程の長い百のクロスボウも一射したら電動で弓を引き矢をセットするのに十秒強はかかる、このまま弾数で圧されればヘタの鉄砲にも撃ち負けるかもしれない。
 二人は弾丸飛び交う中、互いの顔を見合わせると同時にニヤっと笑い、灯台の床から重い鉄を拾い上げた。
 AK74の機関部をそのままに全体を寸詰まりにしたような銃、ロシア製の短機関銃PP-19ビゾン。
 この灯台に篭城すると決めた時、歩哨のラルヴァを刺殺して奪い取った。

 忍びは刀を持たず戦うこともある、特殊部隊は仮想敵国の銃に精通させられる、必要なものは敵から奪えばいい。
 忍者の百と特殊部隊出身の慧海にとって武器とは手持ちのものだけではない。

 慧海と百は銃のストックを肩から外し、ロケットランチャーのように担ぎ上げて撃つ「ちょろいぜ撃ち」で六十連の筒状弾倉が尽きるまで撃ち、投げ捨てた。
 ポリマー樹脂を多用した今時の短機関銃より重く大きいビゾン短機関銃は反動のコントロールが容易で、日本の黒社会で最も普及しているマカロフの実包が使用できる。
 慧海はこの短機関銃大好き集団の銃器選択については気に入った。

 戦闘中の人間は無意識に相手の戦い方に同調した間合いを取る、それまで空手かボクシングの技を撃っていた人間が突然、相撲の立会いで脇を刺してきた時、相手に合わせた柔軟性を発揮できるか否かは実戦経験によって左右される。
 単発のクロスボウとニ連射のデリンジャーに合わせ、長篠の鉄砲衆に似た横列密集隊形を取っていたコントリビューターの異能者とラルヴァ。
 数で圧す集中攻撃に有利な横形陣は自動火器に対しては致命的、彼らは自分達の装備である短機関銃による不意打ちの掃射を食らい、沈黙した。
 同じく一列の隊形を取ったことで当時の前線に普及し始めた機関銃によって歴史的な数の戦死者を出したソンムの戦いを知らなかったらしい。
 彼らは自衛隊や各国軍に居るプロの戦史家に比肩するほど軍事に通じてると称していたが、所詮学ぶべき部分を好き嫌いで選ぶマニアに過ぎない。

 硝煙の充満した灯台の中、再び移動しようとする百の忍び装束を慧海は掴んだ。

「モモ…あたしマシュマロ買ってきたんだ、貰ってくれ…」

 青緑の目を少しフルフルさせた慧海に忍び装束の端を摘まれたまま、百は階段に通じる厚手の木製ドアをこじ開けるのに忙しい。
 歪んだドア枠に食い込んで閉まり切り、一斉射撃を受けて多数の短機関銃弾が食い込みながらも破壊されない丈夫なドアを蹴りながら「ちょっとそこに置いといてください」と、慧海のプレゼントを見る様子もない。

「…なんだよ…」

 慧海はプレゼント包みを放り出し、瓦礫とガラスに空薬莢の山吹色を撒いた床に座り込んだ。

「なんだよなんだよなんだよ!せっかくモモのために買ってきたのに…あたしが…モモのために…ぐすっ…ひっく…」

 向かいの兵舎から再び散発的な銃撃が始まった、百は灯台から逃げ出す前にもう一撃しようとクロスボウを拾い上げる。
 しかし慧海はデリンジャーも大事なマシュマロも放り出し、へたりこんだまま泣きだした。

「モモのバカ!バカ!ばかぁ~~~!!!」

 慧海はバーネット・クロスボウを装備に加えた飯綱百に、銃撃戦で撃ち勝つため最も重要なこととして「静かに撃つ」という原則を叩き込んでいた。
 静かに動き、静かに呼吸し、静かに接近して静かに撃つ、それが敵を静かに冷たくする。
 慧海は床にベタ座りしたまま両足で地面をダンダン踏みしめ、破壊された灯台の回転反射鏡をガシャガシャと叩きながら声を上げて泣いている。

「も~、銃撃戦の途中で泣かないの、撃たれちゃいますよ~、撃たれると痛いんですよ~」

 兵舎からの銃撃は一段落し、敵方が慧海と百の様子を探っている気配がする。
 あの灯台に居る殺戮者は弾丸を撃ち尽くしたか負傷したか、まさか痴話喧嘩にもならない駄々こねで泣きじゃくってるとは夢にも思わない。
 立ち上がった慧海はデリンジャーの銃身の替わりに、自分の体を灯台の窓から乗り出させた。

「モモがそんなひどいコトするんなら、あたしここで死んでやる!あぁ死んでやるよ!」

灯台の狭いバルコニーに飛び出した慧海は陽光輝く反射鏡を背に、両手を広げながら怒鳴った。

「おまえら撃ってみろよ!双葉学園風紀委員長、山口・デリンジャー・慧海はここに居るぞ!おまえら百人分の賞金首だぞ!」

 百は敬愛するいいんちょーを身を挺して守ろうとしたが、電子生徒手帳が振動し、風紀委員会六班の椿三十からメールが来たのでそっちを先に読む。
「今なにしてんの~」というメールだったので自殺行為の真っ最中な慧海の姿を動画で撮り、送信したら「またかよ」の返事。
「ほっといて遊び行こうぜ~」というレスに「お仕事終わったらご飯食べに行きましょう」と打った百は思い立ってネットに接続する
 いいんちょーを助ける前に椿三十の好きなトロロ飯と百の大好きな甘酒が美味しいお店を探さなきゃ、と思った。
 兵舎からの銃撃が再開され、遠慮なく慧海に向かって飛んできた弾丸は、いずれも慧海を避けて背後の回転反射鏡に着弾する。
 もしも銃口から飛び出し、破壊の使命を以って飛翔する弾丸にいくばくかの意思があったなら、こんな奴の体に突き刺さって己の本分を全うするなんて心底イヤだろう。

「この役立たずが!」

 慧海は眼下の兵舎に向かってデリンジャーを連射する。
 職務執行の意思なんてカケラも無いただの八つ当たりだが、弾丸も撃ち手の目的や人格に対していくらか寛容になってくれたらしい。
 兵舎から撃ってきていた生き残りの戦闘員は感情の昂ぶりでいつもより命中精度の増した慧海の射撃で即死させられた。
 飯綱百は背後で行われてる銃撃戦には我関せずといった様子、片手でメールを打ちながらドアを蹴り開ける仕事に集中していた。
 女が癇癪を起こした時はケースバイケースながら基本的にはそうするのが一番マシなことが多い。

 いつもなら慧海にとって色んなイヤなことを吹っ飛ばしてくれるはずの拳銃射撃、的には命中したがちっとも気が晴れない。
 その原因である百はさっきの銃撃と着弾衝撃で開かないドアがやっと開いたことに感謝しながら、慧海を引っ張って灯台の階段を降りた。


 第二海砦の司令部跡
 兵舎と灯台の間で繰り広げられた激しい銃撃戦で構成員の大半を失ったらしき異能者・ラルヴァ組織コントリビューターの残存勢力は、海堡の中心にある旧軍司令部跡に立てこもっているらしい。
 司令部のある中央兵舎へと慎重に接近した慧海と百が相互支援で兵舎を一部屋づつクリアする中、旧軍の司令部だった兵舎最上階の一室では、数人の異能者とラルヴァが慧海と百を迎え撃つべく、足を震えさせながら待ち構えていた。
 司令部のドアが見える階段下まで接近した二人。
 慧海は電子生徒手帳の発信ボタンをそっと押した。
 兵員を整列させるため、兵舎には必ずある宮庭の中心で閃光と轟音を放つ爆発が起きる。
 百が自分の高性能爆薬弓矢と電子生徒手帳を組み合わせて作った即席の遠隔爆破装置。
 マグネシウムが燃える閃光に司令部に篭る異能者とラルヴァの目が奪われた瞬間、慧海と百は室内にエントリーした。
 相撲の猫だましに似たテクニックは、ドイツの特殊部隊がモガディシュ空港でハイジャック犯を制圧した作戦「マジックファイア」で用いられたもの。
 室内に居たのは二人の異能者と一体の獣ラルヴァ。
 ドアを破り、部屋の左に飛び込んだ百の前に二人、右に駆け込んだ慧海の前に一体。
 慧海は咄嗟に装填したデリンジャーを放り投げた。
 拳銃が手から離れた次の瞬間、手元に飛んできたクロスボウを受け取る。
 至近に迫った相手にブチこむのに有利な腰だめの構えでクロスボウを撃つ慧海、視界の端に両手撃ちでデリンジャーを発射する百の姿が見える。
 慧海の前に居た獣ラルヴァはクロスボウの鋼矢による鋭利な質量攻撃によって壁に縫い止められ、百の前に居た異能者二人はビーストラルヴァを相手にするのはキビシイが、人が食らえば死ぬ拳銃弾のニ連射で撃ち飛ばされる。
 慧海は百専用装備のクロスボウを脇に挟みながら足首の予備デリンジャーを抜き、百は慧海のデリンジャーを放り捨てながら腰の後ろから小太刀を抜く。
 借り物の武器から持ち替えた自分の道具に個人固有の異能が満ちていくを感じながら、慧海はデリンジャーで、百は小太刀で目前の相手に止めを刺した。

 司令部跡の一室にはたった今、慧海と百が射殺、斬殺したのとは違う異能者の死体が幾つか、死後硬直した状態で転がっている。
 慧海はデスクの上にある書類を摘みあげ、内容を一読した後で、足元に転がる温かい死体に唾を吐いた。

 彼らが海堡で戦争ゴッコしてるくらいなら、慧海と百がいちいち出動する必要はなかった。
 風紀委員会の諜報班が収集した情報によれば、敵を求めて銃を撃ちまくってたが、敵と戦うのに必要な事前の情報収集や戦闘集団に欠かせぬ営業、広報等の組織運営に関る作業をせず、シャバに居た時と同様にイヤな仕事から逃げ続けた連中は、そういう人間特有の歪な自我の強さと自分の思い通りにならない物に対する攻撃性を発揮し始めた。
 彼らは組織を興したときに誓い合った理念である世界の悪を糺す使命の第一歩と称し、自分の仲間に銃を向け始めた。
 それは特定の構成員を拘束し、一方的な裁判ゴッコで処刑宣告した後に行う、多数の戦闘員による惨殺。
 既に何人もの犠牲者を出した内ゲバ行為を証明する書類と死体を見た慧海と百は、今回の威力偵察が結果的に射殺任務になってしまったのは必然の帰結だという事実を苦々しい気持ちと共に知らされた。
 内ゲバで人間やラルヴァを殺すことに対する耐性を麻痺させた連中が次にやることについては、世界各国、特に日本は手痛い経験と共に熟知している。
 もし島内に生存者が居たとしても、いつまたロッド空港や浅間山荘での小銃乱射事件を再現しかねない連中を生きて島から出すのはあまりにも危険だった。
 異能は一般の個人携行武器に比べれば非力で小規模ながら、人間が何ひとつ労さず突然どこかから貰えるお手軽便利な"武器"。
 銃を買ってきて人を殺した人間には懲役刑でも、官給の軍用銃で殺したら軍法会議で銃殺という刑法を敷く国は多い。
 武器を持った人間に付きまとう相応の責任は異能を持った人間には更に重くのしかかる。

 死の臭いが充満する司令部跡、電子生徒手帳のカメラ機能で証拠を採取していた慧海と百は、不穏な音を耳にした。
 島の奥地から緑色の移動物が接近してくるのが見える。
 大工道具のタガネを馬鹿でっかくして八輪のタイヤをつけたような車両。
 米軍の装輪装甲車、ストライカー
 世界中あらゆる場所に即時展開するため米軍に設立されたストライカー旅団の中核を成す、C-130輸送機で兵員と共に運搬可能な軽量装甲車。
 電子生徒手帳の顔認識機能で司令部跡の死体を照会してみたところ、組織内では「初期メンバー」と呼ばれる首脳連中は司令部跡には居なかった。
 この司令部跡が裁判所兼処刑場で、組織の本拠として機能していないのが気になっていたところ、探し物は向こうからやってきた。
 電子生徒手帳を通じNTTドコモに協力を依頼し探知したデータは、この組織の中枢サーバーの発信先が目の前の装甲車であることを示している。

「は~、移動司令部ってわけですね、井上ひさしの吉里吉里人みたいでカッコいい」

「装輪厨がカッコいいわけねーだろ、第一アレ、トラックか何かのシャシに型抜きのプラスティック装甲乗っけたハリボテだぞ」

本物のストライカーに乗ったことも洗車させられた事もある慧海にとって、戦車や装甲車両に特有の分厚い鉄が擦れる音や匂いがしない時点であれは装甲車ではない。
 慧海と百はさっさと司令部跡から退避し、さっき二人がまで居た司令部跡に車載の短機関銃を撃っている装甲車に上部から射撃を加えた。

「プラモデルのボディ乗っけたニセモノ装甲車なんて、あたしがあんなのに乗せられたら撃たれる前に恥ずかしさで死ぬよ」

「いいんちょー、お婆さまが昔、コルベットで作ったレプリカのフェラーリに乗ってたんです、けっこう速くて面白いんですよ~」

 ラジコンかガレージキットみたいなポリカーボネイト製のニセ装甲車はけっこう手強かった。
 トラックの車体は機動力に優れ、模型や家庭用品に使われるポリカーボネイトの防弾性能は結構高く「象が踏んでも壊れない筆箱」は二十二口径の拳銃弾をストップ出来る。
 象が踏んでも壊れない筆箱は時に子供が足で踏んだだけで壊れることもあったが、それはきっとその子供が象のように心優しくなかったから。
 ストライカーの上部に乗っけてる機銃はまたしても短機関銃だったが、搭載されている回転銃座《ターレット》は車内から操作、照準できて追従性の高い米軍の本物。
 兵舎の中で場所を頻繁に変えながら射撃を繰り返す慧海と百は撃ち下ろしの位置をキープできたが、拳銃とクロスボウではどうにも歯が立たない。
 慧海と百、異能という飛び道具を持っただけの歩兵二人で装甲車両に立ち向かうのは自殺行為だが、敵となるストライカーには機甲作戦に必須の随伴歩兵が居ない、こちらの手札次第で勝算はあると思った。
 百も同じ気持ちらしく、クロスボウを片手でブラ下げながら装甲車の監視観察に徹している。
 車両前部にある覗き窓の狙い撃ちもやろうと思えば出来なくも無い距離だったが、まだ撃つには早い。
 慧海は知恵を絞り、海兵隊時代の経験によって蓄積された脳内のデータベースから、過去の対戦車接近戦の情報を検索した。

「源文先生…どうすりゃいい?」

 さっきまで百の態度にふてくされていた慧海は、ストライカー装甲車を前に青緑の目を輝かせている。
 虫の居所が悪いとすぐに癇癪を起こすが、目新しいオモチャを見つけるとあっさり忘れてすぐに機嫌を直すのは子供と変わりない。

 慧海はひとつのアイデアを思いつき百に伝えた、百は黙ったままその案を最後まで聞いた後で一言「出来るか出来ないかわからないけどやってみましょう」と、依頼受諾時には案外謙虚な発言の多い原作のゴルゴ13みたいなコトを言った。
 二人で兵舎跡の一階を漁り、慧海の策に必要な資材をかき集める。
 欲しい物は以前は駐留軍人、今は組織員の食事を賄っていると思しき厨房で一通り揃えられた。
 廃墟でもアジトでも何人もの人間が生活する場所には物資を集積する場所が必ずあって、場所は台所のお勝手口周辺と相場は決まってる。

 慧海はクロスボウの鋼矢先端にガソリンとアルコールの詰まった薬品用ガラス瓶を固定し、瓶の布栓に火をつけた。
 雨風で消えやすく着火性も悪い布の火栓よりも、瓶が割れればガソリンに反応して発火する硝酸系の液体を染み込ませた紙を瓶に巻いたほうが確実で実戦実績もあったが、材料が入手できないので妥協した。
 射線の高さを確保するため四つんばいになった慧海の背中に立った百は火炎瓶の矢を番えたクロスボウを構え、装甲車の向こう側を狙って撃った。
 先端の荷重で放物線を描いた火炎瓶の矢は狙い通り、レプリカ装甲車の後部上面装甲あたりに落っこちた。
 複合装甲プレートの形だけが作られた板は強靭ながら可燃性のポリカーボネイト、ちょっぴりの炎がたちまち車両全体を舐め始める。
 住宅火災と同様に、樹脂が燃える中に居る人間は熱気より先に有毒性の燃焼ガスにやられる、装甲車は炎上しながら迷走し、壁に突き刺さった。
 市街戦で住居の壁を突き破りながら制圧するストライカー装甲車のニセモノは兵舎に衝突し、コンクリートに負けてグチャリと潰れる。

「きっと兵器と戦争の歴史で、火炎瓶で戦車破壊するのはこれが最後になるぜ…でもノーカウントかな?ニセモノ装甲車だし」

「…軍オタってほんとそういうの気にしますよね~」

 耐爆構造など何もないトラックの燃料タンクはあっさり引火し、盛大に炎上するストライカー装甲車の黒煙が慧海と百の居る部屋まで流れてくる。
 早々に逃げたほうがいいな、と思いながら慧海の背に草鞋履きの土足で立っていた。
 女子としては体格の大きい百に乗られた慧海は両手足を突っ張りながら背中の痛みに「ひゃん」「ひぎぃ」と声を上げる。
 なんだか言葉では言い表せない、もしかしたら気持ちいいかもしれない感覚に気づいた百は、もうしばらくこの感触を味わうことにした。
 四つんばいのまま土足で踏まれ悲鳴を上げる慧海も、痛いけどそれが不快ではなさそうな顔をしている。


「これで終りみたい…だな…」

 狭い人工島を一周した慧海と百、どうやらストライカー装甲車に乗っていた親玉連中が最後の生き残りだったらしく、生存者は居ない。
 まだ燃え続ける装甲車を前に慧海はポケットを探ったが、せっかく百のために買ってきたマシュマロはどっか落っことしてしまったらしい。
 色んな理由で疲れ果て、装甲車の炎に当たりながらしゃがみこんだ慧海の後ろから、島の反対側をサーチしていた百が近づいてくる。
 手には百の故郷である長野の名物、お焼きのような物を持っている。

「いいんちょ~、マシュマロって焼くととってもおいしいですね」

 百は慧海が失くしてしまったと思ってたプレゼント包みを持っていた、紙袋の封とリボンは既に鋭利な刃物で切り開かれている。
 ついさっき棒手裏剣で串刺しにして充分に焼いたマシュマロを炎上する装甲車の炎に翳し、温め直した。
 マシュマロを焼いて食べるのはアメリカのほうが本場、表面が微かに焦げたマシュマロは香ばしい匂いを立て、慧海が幼い頃に行ったバーベキューを思い出させる。
 たしかあのときは姉の山口・デリンジャー・天海に鍋の具を獲って来いと言われ、水牛ほどの大きさの猪が突進する前にナイフ一本持っただけで放り出された。
 百に串焼きのマシュマロを突き出されても、すっかりヘソを曲げた慧海はプイっと横を向く。

「あ、これじゃ熱いですね、ふー、ふー」

 マシュマロに唇をつけて熱くないことを確認した百は、ソッポを向いた慧海の口元に近づける。
 末っ子だった慧海とは違い、一人っ子だけど故郷である藜の忍び里で年下の忍びの面倒をよく見ていた百はふてくされた子供の扱いに慣れていた。
 棒手裏剣に差した焼きたてのマシュマロを慧海の唇の下あたりにそっと触れさせる。
 口に触れた温かいマシュマロをちょっと離すと、慧海は反射的にマシュマロを追いかけるように食いついた。
 乳児の口に哺乳瓶を突っ込むんではなく自発的に吸い付くように促す、授乳の方法と変わらない。

「…おいひい…」

「ふふ、よかった、まだありますからね、二人で全部食べちゃいましょう」

 満タンだったらしき装甲車はディーゼルの炎で燃え盛っている
 中から熱に苦しむ人間の苦悶の声が聞こえたが、やがて熱さに耐えかねて自分の頭を自分で撃ちぬいたらしく、パンという音と共に静かになった。
 逮捕活動という面倒な仕事の手間が省けた慧海と百は、焚き火で炙ったマシュマロを二人で食べる幸せな時間を過ごした。

「いいんちょー…ありがとうございます…」

「いいってことよ、モモのためだもん」

 飯綱百は首を振り、指を真上に指した。

 上空から武装したヘリコプターが急降下してくる。
 機体横にある回転銃身のミニガンで二人の居る場を機銃掃射し始めた。
 慧海がボケっと空を見ている間にさっさと地下壕に飛び込んだ百と、連射というより噴射に近い勢いの機銃弾に追いたてられながら兵舎に駆け込んだ慧海。
 百は咄嗟に慧海をオトリにしてしまったが、それについては一言お礼を言ったんで別にいいだろう。
 第一、百の可愛いいいんちょーは武装ヘリのミニガンくらいでくたばるような女の子ではない。

 慧海のデリンジャーと百のクロスボウ
 無防備に高度を下げた武装ヘリのテイルローターにふたつの牙の照準が合わせられる。

 二人のあわただしいしいホワイトデーはもうしばらく続くらしい。

 【danger zoneホワイトデー特別編 僕の忍者に白い花】 おわり
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