【感情の爆弾】



 やる気のない号令の後、喧騒がやまない教室から小さな人影が出てくる。ちょうど放課後となり賑わい始めた廊下を、他の人よりも若干遅いぐらいの速さで歩き続け、その足は職員室へと向かっていた。時折声をかけてくる生徒に軽く手を振って、職員室のドアを開ける。
「お疲れ様ですー」
 心持ちソワソワしている同僚に声をかけてから自分の席に座ると、大きく伸びをした。
「いちおうひと段落だけど、休み明けが大変だなぁ……」
 自席に置いてある卓上カレンダーを見ると、その日からしばらくは赤い字が並んでいる。赤いけれど赤字ではない。公休日を示しているだけだ。
 四月末から五月の頭、ゴールデンウィークは双葉学園にも一応ちゃんと存在する。それを使えるかどうかは別として。
「休み明けからはエスカレーターじゃない子も異能関係の授業が本格的に始まるし、忙しくなるよね……」
 カレンダーを見ている人物の頭は、ゴールデンウィーク後の予定を考えていた。事前にある程度目処をつけておいて、自分も少しぐらいは休みをとろう、という考えだったのだが……
「……? はーい」
 首からぶら下げていた教員証……学生証と同等以上の機能を持つ多機能情報端末となっている……が、音声着信を告げる。それを受けて通話を始めたその人物の顔に、疑問符が浮かぶ。
「……出張、ですか?」
 こうして双葉学園の教師、春奈《はるな》・C《クラウディア》・クラウディウスのゴールデンウィークは予定でキッチリ埋まる事となった。



 *******************



 その日の夜。
 都内某所……この場合の都内は、本土の事を指し、小笠原諸島や、双葉区は含まない。念のため……にある料亭に、彼女は呼ばれていた。春奈の興味は、目の前に並ぶ料理よりも、彼女を呼んだ人物にあった。その人物はきっちりとスーツを着込み、彼女の目の前に座っていた。一方の春奈は、呼ばれてすぐに出発したため、ほぼ着の身着のまま、しまらない私服姿である。高級料亭という場所の雰囲気と、明らかに不釣合いだ。もっともそれは、呼び出した相手の方にも言えるのだが。
「お久しぶりです、柴咲さん。えーっと、十年ぶり……かな?」
「ああ、そちらは変わりないようだな」
「昔より痩せちゃいました。柴咲さんは……なんというか、落ち着きが出ましたよね」
 柴咲結衣《しばさき ゆい》。彼女も双葉学園の卒業生であり、春奈から見ると一つ上の学年だ。当時は風紀委員として活躍し、現在は宮内庁式部職祭事担当、第三課の室長という立場に居ると記憶している。春奈とそれほど変わらない(つまりは小柄な)体躯をスーツで包んでいる様は、一見すると背伸びしている小学生だ。もっとも彼女が纏っている気配は、学園に居た頃とはずいぶん変わっている。それが激しい鍛錬を積んだ結果である事を、春奈は知らない。
「まあ、それはいいとして……仕事の話に移ろう。それを見てくれ」
 言葉尻を濁した結衣が、話題を修正するように持ってきた資料を春奈へ渡す。
「えーと……これは?」
「犯行予告、らしい。何カ国かの異能者組織と、その国にあるテーマパークに向けて宛てられたものだ」
 封筒には書状のコピーが何枚か入っており、様々な言語で抽象的な、今ひとつ意味が捉えにくい言葉が綴られていた。
「何で防衛省とかアリスじゃなくてそっちに行ったんでしょうね……あ」
 呟きながら予告状を見ていた春奈が、それら全てに共通で含まれている固有名詞に気づいた。
「……”マスカレード・センドメイル”」



 その名前は、ある程度異能力者の裏社会を知っている者なら、すぐに引っかかるものだろう。
 その組織は、言ってみれば『美』を主張する人間の集まりである。もっとも、その主張方法は恐ろしく過激だ。かつては異能を以って『芸術品』を作成、それを様々な方法で世界に誇示する組織であったが、十年前に首領を含めた幹部が一斉に居なくなるという事件が発生、現在はテロを通じて『美』を主張する危険団体として認識されている。春奈も何度か、『テロとの戦い』に駆り出された経験がある。


「各国のテーマパークを、ここ十日間のうちに焼き尽くす……そう予告している。これを阻止して欲しい、というのが『仕事』の内容だ」
「ちょうど日本だとゴールデンウィークですよね……休んでもらうにしても期間が長すぎるし……」
「問題なのは、具体的な日時を指定していない事と、『来客を巻き込む』と明記しているところだ。組織自体は叩くのに規模が大きすぎるうえ、実行犯の目星がつかぬから先回りして潰す事もできない」
「予告状をサイコメトリー系の人に追ってもらえば……」
「もう試したが、発信者は操られてこれを作ったうえで、操ったものは痕跡を見事に消去していた……まあ、無駄足だな」
「……結局、水際作戦しかない訳ですね」
「本来ならテーマパーク側に運営差し止めを依頼してでも捕まえなければならぬところだが……」
「問題は、そのテーマパークが……ですね」
 世界中に展開しており、小さな国家ほどの財力と力があるそのテーマパーク相手には、そう簡単に口出しすることが出来ない。公にできない『異能者』が絡むのなら、尚更だ。
「彼らの方でも、警備を増員すると言っているが、異能者が相手では分が悪い。もし学園の人員が必要なら、我が学園に掛けあおう」
「お願いします……って、まだ受けるって答えてないですよね?」
「受けるだろう?」
「受けますけど……あ、まだお夕飯食べてないんですけれど、ここで食べていってもいいですか?」
「ああ、ここの勘定ぐらいなら経費で落ちるだろう」

 ……後日、宮内庁に送付された請求書の額に、結衣が頭を抱えたことは容易に想像できるだろう。




 *******************




 翌日、千葉県浦安
「そっちは大丈夫かな。正面ゲート班、そちらはどうですか?」
 テーマパークに存在する事務室内で指揮を執る春奈。一般の従業員には要警戒を伝えてはいるが、実際に何が起こっているか、起こるかもという事を知っているのは、春奈以下、派遣された対異能テロ対策部隊のみである。
 そして現状、怪しげな動きは見つかっていない。
(それにしても、テーマパークかぁ……)
 マイクを手配している従業員にはマイクで、異能部隊のメンバーには異能で、それぞれ指示を送りながら考え事を続ける。
「……出来れば、別の機会に来たかったけどなぁ」
 着ぐるみの従業員に、こっそりと異能を使ってその感覚を覗き見する。視線には、笑顔を見せている子供の姿。
「……暑い……」
 リンクしているせいで、その蒸し暑さまで感じてしまうのが、彼女の異能の悩ましいところだ。

 そうして一日、二日と警護を続けているが、何かが起こる気配はない。時期が時期なために、恐らく普段より多くの人が来ているのだろう。賑わってはいるが、小さなトラブル以外に騒動は起こっていない。
「確かにいつ来るかは分からないけど、ねえ……」
 学園から呼んだ助っ人の学生も、許可を出して遊びに行っている。本職の警備員……中にはテーマパーク側がどこからか集めてきた、異能者の警備員もいる……は相変わらず目をひからせているが、なかなか引っかかる相手はいない。
「このまま終わってくれれば、平和でいいんだけど……」
 そんな事を言いながら、息抜きに外へ出た。
 家族連れやカップル、後は女の子の友達同士といった人々が大半を占めている。時々一人で来ているような人も居るが、まあそれはそれだ。皆、一様に笑顔を見せている。
「……いいなぁ」
 そう呟くが、現在は仕事中。気を抜くことはできない。
 大きく伸びをしたところで、自分の方を不思議そうに見ている子供の視線に、春奈が気づいた。
 それに無言で笑みを見せ、素直に戻ることにする。


 事件が起こったのは、平日を三日挟んで(その日は代打の人を呼んでちゃんと授業には行った)休みも終盤に入った五月四日。
「……へ? 怪しい人を見つけた? そのまま監視を続けてください。あたしもすぐ、そちらへ向かいます」
 無線で普通の警備員に指示を飛ばしながら、学園の生徒や異能持ちの警備員にもテレパシーで指示を送る。
『ショップ近くで不審人物を発見という一報が入りました。そちらへ向かって……アトラクションに乗ってる人は終わったらすぐ来てください!』
 連絡しながら、自身も立ち上がって問題の箇所へと走る。

 彼女が到着したとき、それらしき動きはまったく見えなかった。
「……あれ?」
 右を見ても左を見ても、それらしい影はまったく見えない。
「もしもし、例の人は……え、もう行った?」
 慌てて無線で警備員に連絡を取るが、その返答は『不審な行動があった為、警備室に連行した』というものだった。
「……えーと、あたし、役立たず?」
 こちらを見上げてくる子供に、情け無さそうな笑いを見せたのち、その詰め所へ向かった。

 連行された人物を取り調べると、所持品検査で爆発物が発見されたという事で即刻連行された。動機は警備室では離さなかったが、持って来た爆弾をテーマパークの何処かで使うつもりのは確かなようだ。
「これで一件落着、ですかね?」
「……どうだろうね」
 呼び出した生徒にそう話しかけられるが、春奈は首をかしげるだけだった。

 その夜、テーマパークの近くにあるホテルで、春奈は結衣へと連絡をつける。
「ニュースで報道されてたんですか? まあ、それはいいとして……」
 彼女の話だと、各地の実行犯は次々に捕縛されているとの事らしい。残っているのは日本ほか二、三箇所。日本の方も問題ないという連絡を入れた。
「はい、そっちはお任せします。それで、お願いなんですが……はい……はい、それじゃあ、お願いします」
 電話を切り、ベッドへと身体を投げ出す。
「あーあ、明日は早起きしなきゃ……」
 ホテルでの柔らかいベッドで寝るのも今日で最後かなぁ、と頭に浮かべた。



 翌日、五月五日の早朝。まだ日が出るかどうかという時間帯。
 このテーマパークの隠れた特徴として、まったくゴミが落ちていない、という事がある。スタッフの努力の賜物である。
 その、誰も居ない場所に、一人の子供が立っていた。会場前のスタッフが巡回している筈なのだが、まったく彼……いや、彼女か……の存在には気づかない。
 空を見上げているその子供が、懐から何かを取り出した。それは朝日を浴びて様々な色に光り、虹のようにも、油のようにも見える。
 それを地面に置こうとしたところへ、女性がその人影へ声をかけた。
「どうしたのかな? まだ開場には早いよ?」
 その声をかけた女性……春奈が、その子供へと声をかける。子供は、なぜ自分が見つかったのかと不思議そうな顔をして見上げてきた。何度か彼女を見上げたのと、同じ表情で。
「なんで見つかったんでしょう? 仲間がちゃんと不可視の能力を使ってる筈なのに」
「その人も、もう連行済みだからね。彼から計画は全部聞かせて貰ってるよ。素直に投降して欲しいな。マスカレード・センドメイルの刺客さん」
 春奈がそう話しかけるが、子供は微動だにせず、手に持ったものを地面に置こうとする。
「ストップ! あなたがやりたい事は、だいたい分かってるよ。教えてもらったからね……あなたが毎日ここに来てたのは、『それ』を作る為だった、って事も分かってる。あなたが抱えているのは、とても危険なものだから、そのまま手に持って、離さないで」
 教えてもらった、という言葉に反応して、その子供は小首をかしげた。
『周囲の人間から漏れ出す感情を集めて、時限発火式の爆弾を作る』
 それが、春奈の目の前に存在する子供が持つ異能であり、日本で発生させるテロの鍵となるものであった。
「あの人、喋ってしまったんですか?……芸術へ身を捧げる覚悟がなってません」
「あなた達の言う『芸術』は、あたしには理解できませんから。各地の似たような異能持ちの人達はもう捕まってるよ……やめては、くれないかな?」
 春奈の声も無視して、どちらの性別か分からない子供は淡々と話を続ける。
「芸術を示すのが第一の目的。それが成せないなら生きてる理由もありません」
「それは、誰に教えられたのかな?」
 春奈の言葉に、子供がハテナマークを浮かべた。何を言っているのか理解出来ない、といった様子だ。
「……そんな事、ありません。私の感性がそう訴えてきたんです」
「うん、それはそうなんだろうけどね。ただ、どんな人でも、自分一人で完結している、ってことは有り得ないから。あなたにも、そういう『影響を受けた人』が居るのかな、って」
「そんな事……!!」
「……できれば、その爆弾に込められた人達の思いを、あなた自身が感じてくれてもいいんじゃないかな」
 明らかに狼狽している子供を見て、春奈が軽く右手を挙げた。

「……柴咲流、封陣縛鎖陣」

 一呼吸の間も与えずに荒縄が爆弾を持つ子供に襲いかかり、次の瞬間には雁字搦《がんじがら》めに縛り上げていた。
「え? これ……」
「ごめんね。こうでもしないと、やめてくれないだろうから」
 縛ってはいるが、それほど強くはない……が、いくら子供が身を動かそうとしても、それは微動だにしない。それどころか、咄嗟に爆弾を起爆させようとしても、それは全く反応せず、奇妙な光を発するだけだ。縛られた相手の異能を封じる、ラルヴァの動きをも封じる秘技が、子供の動きを完全に封じた。
「皆さん、お願いします」
 春奈の声に応えて、隠れていた異能持ち警備員がその子供を連行する。
「柴咲さん、ありがとうございました。わざわざ出張ってもらって……」
「構わぬ。必要だから呼んだのだろう?」
 春奈が疲れたような表情を見せ、それに結衣が真面目な表情で答えた。



 *******************




 その夜、近々始まる授業の準備をしていた春奈に結衣から連絡が入った。内容は、テロ犯である子供の取り調べ内容。
『両親ともマスカレード・センドメイルの人間で、その親から赤子の頃から教育をされていた、という所までは証言がとれた。それ以上はまだだが、組織の核心に迫るような情報は無さそうだ。ちなみに先日の爆弾魔は、まったく関係ない愉快犯だったそうだ』
「うん、うん……なるほど、お疲れ様です」
『……あの時に言った台詞、あれは奴に向けただけでは、無いだろう?』
「ああ、あの言葉……そう、ですね」
『誰かに教えられた言葉……だが、それは悪いことばかりではないだろう?』
「そう続けようと思ったんですが、あまり刺激して爆破しちゃったら大変ですし」
 苦笑いを浮かべる春奈だが、その雰囲気は電話の向こうにも通じたらしい。
『……学園の未来は、教師であるそなたにかかっていると言っても言い過ぎではない。よろしく頼むぞ』
「あはは、言い過ぎですよー。言われなくても、頑張ります……そう言えば、柴咲さんは学園に来ないんですか?」
『一度顔を出さないと、とは思うのだが。忙しくてな。では、また』
 通話が切れ、部屋に静寂が戻る。
「……自分で言ってて、あんまり説得力無いよねえ。あたしの言葉も、やっぱり影響与えてるんだよね……」
 しばらく天井を見上げて考えを続けていたが、頭を切り換えて準備に専念する。
「……けど、一回ぐらい遊びに行っても良かったかなぁ」
 遊園地とかテーマパークとかいう場所に縁がない彼女ではあるが、興味がない訳ではない。むしろ興味津々である。
「……今度、提案してみよ」
 実際にそれが通るかどうかはともかく、一応学園にお願いしてみようと決めた春奈は、それを一度頭の隅に追いやって授業の準備を続けることにした。当面は、ゴールデンウィーク明けの授業計画を練らないといけない。
「自分の言葉が影響を与えるなら、せめていい事を伝えないとね……あれ、これも誰かの受け売りかな?」
 頭を捻りながら、とにかく目の前の事を片付けるようと目の前の書類をいじり始める。心なしか、顔が少しだけ真面目になったようにも見えた。






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最終更新:2010年05月30日 20:04
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