【駅員小松ゆうなの業務日誌 4日目】


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 双葉学園鉄道は、営業列車の走らない営業路線である。
 双葉島を出ると国際展示場、豊洲を経てJR京葉線に合流する。つまり東京駅と連絡している鉄道なのだ。双葉学園構想が具体化されたときに異能者が権力にものを言わせ、都内や県外から通う学生たちのために整備した通勤路線である。
 現在、原則として双葉学園の学生は双葉島に住み込むことが決まりとなっている。そのため双葉学園鉄道は本来の役割を果たさず、島内や学園への物資輸送手段として活用されていた。


 いつもはネズミ一匹横切らないコンコースに、納まりきらないぐらいの人間が押し寄せていた。
「はいはーい、ふたばPASMOはゆっくりリーダーにかざして通ってくださぁい。あ、そこ! 鞄に入れたまま通さないでぇ、読めないからぁ~~~」
 四台しかない自動改札機は全て「入場」専用にあてがわれ、旅客が通過するたび絶えずピッピと電子音を上げて応答していた。小松ゆうなは拡声器を片手に、長い通路の奥のほうを見る。まだまだ行列は続いている。
『小松、そっちはどうだ? まだ入ってくるか?』
 制服の肩に取り付けられているトランシーバーから、上司である六谷純子の声が聞えてきた。
「うへぇ、まだまだ入ってきますぅ。これじゃホーム危ないですよう」
『こっちも満杯だ。よし、入場制限をかけよう』
「りょうかぁい」
 小松は改札口のほうを向き、「止めて」と両腕をぱたぱた振った。
 それを確認した改札口の係員が笑顔で応えつつ、遠隔機で自動改札機の設定を変更する。タッチパネル式のモニターに表示された「確認」のボタンを押した瞬間、改札機は全部バタンと扉を閉じ、押し寄せてきた群衆を遮断した。
「ホーム満員のため入場制限をかけましたぁ。次の電車をご利用くださぁい」
 そうアナウンスをすると、キャリーバックを転がすカジュアルな格好の異能者たちは、非常に嫌そうな顔を小松に向けた。
 つくづく、客というものは怖いなぁと彼女は感じたのであった。


「お疲れさーん。飲み物冷蔵庫にあるから好きなもの飲みな」
 純子は制帽と上着をデスクに放り、ワイシャツのボタンを緩めながら後輩二人に言った。小松ともう一人の係員はわーいと喜んで休憩室に入っていった。
「お疲れこまっちゃん。お客さん多かったねー」
「今日はありがとう美歩ちゃん。やっぱGWは島外に出ていくもんなんだねぇ」
 双葉学園鉄道は臨時列車が走ることがある。今回のGW臨は双葉島で勤務する異能者たちの帰省を応援するために運転されたものだ。JRから京葉線の十両編成を一本借り入れ、東京駅と往復させていた。
 小松の隣にいるショートカットの少女は、同期の大豊美歩である。小松とは反対番の係員であり、こうして一緒に仕事をする機会はなかなか少ない。彼女は多客対応のため居残りをしてくれたのだ。改札口に大豊、案内が小松、そしてホーム監視が純子という布陣であった。
「こまっちゃんはGW、予定あるの?」
「私はないよぅ。どうせお仕事だし、休暇とって計画立てるのもかったるいの」
「お休み重なったら、二人で温泉とか行きたいねこまっちゃん」
 大豊はずいっと小松に身を寄せた。小松よりも一回り小柄なこの駅員は、たいへん発育のいい胸元を彼女に押し付け熱い上目遣いの視線を送った。小松は唾をごくりと飲み込んだ。
「はぁう、こりゃまたとんでもなく育ちましたね奥さぁん」
「ねね、こまっちゃん。私まだこの島のこと知らないことだらけなの。もっともっと教えてほしいな。島のみんなこと、こまっちゃんのこと・・・・・・」
「落ち着いてください、ダメですいけません奥さん。六谷さんに聞かれてますぅ・・・・・・」
 事務室で大型のうちわをばさばさ仰ぎながら、純子は顔を真っ赤にして口を結んでいる。
 反対番の大豊が危険人物だという情報は、間違ってなかった。業務引継ぎのとき同期の愛甲しのぶが、何度か困惑しながら相談を持ちかけてきたことを思い起こす。
「しのちゃんもまた、変わり者の面倒見せられてんだなぁ」
 時計を見る。お昼まで一時間ある。今日は適当にうどんでも作るか、と純子は思った。


 帰省輸送はひとまず落ち着いた。数日後にはどいつもこいつも沈鬱な顔して帰ってくるんだぞ、と純子は小松に冗談交じりに語っていた。
 泊まりのさい深夜アニメに夢中になっていた小松は、睡眠欲に半ば打ち負かされた状態でこっくりこっくりよだれを垂らしつつ、改札にいた。そんな彼女に純子がこう話しかけた。
「小松ぅ。今日の明けは何か予定あるかい?」
「うへぇ? 何もないですよぅ?」
「ウチ来るかい? 連休中だから妹たちみんないるぞ。晩飯ぐらいごちそうしてやるよ」
「ろ、六谷さんのご実家にですかぁ!」
 ぐるんとオフィスチェアをぶん回し、小松は振り向く。今朝は派手に寝坊したため化粧もしておらず、潤いがあってチャームポイントである黒髪も、適当に結んだだけでぼさぼさだ。
「おうよ。指導してる後輩ぐらい、可愛がってやれんでどうするよ」
「ありがとうございます六谷さぁん、愛してますロケットおっぱい!」
 まるで仏像を拝むような感謝の視線で、小松は純子にぺこぺこ頭を下げていた。
 そんな彼女のことを、すでに出勤していた大豊美歩が休憩室の陰から「こまっちゃんの浮気者ぉ・・・・・・」とぶるぶる震えて泣いていた。


「これがウチだ」
「六谷さんあなたは何を言っているんですか?」
「これがウチだと言っている」
「マジですか」
「マジだ」
「うへぇぁあああぁああぁああ~~~~~~」
 泊まりのための荷物が入ったボストンバッグを、その場に落としてしまった。小松はアゴが外れんばかりの叫び声を上げていた。
 小松を出迎えたのは、奈良だか京都だか修学旅行で見かけたような寺院のごときつくりをした、立派な六谷邸の正門であった。
「六谷」という表札の文字は非常に変わった字体をしており、小松には「炎口」という文字に見えた。正門をくぐると、野鳥のさえずりすら聞える緑豊かな庭園が広がっているではないか。小松が「なにこれ」と呟くと純子は「庭だよ」と言ってのけた。
 砂利道から逸れて小道に入った。どうやら回遊コースまで構築されているようだ。
 森林浴に来たわけではないのに、何かこう遠くまでハイキングに来ているようだった。初夏の日差しが微風でさざめく木の葉にさえぎられ、ところどころ透き通った光の線を下ろしている。ちょろちょろと沢まで流れているではないか。
「これ、入場料とか必要ありませんよね?」
「あはは、公園として開放したらさぞ儲かるだろうなぁ?」
 純子が六谷邸の解説をする。もともと九州にあった本家の建物を四割ほど移築して双葉島に再現したらしい。1999年の異能者・ラルヴァ急増化や、2001年の双葉学園開校は、六谷家にとってまさに重要な「転機」であった。要するに、異能者一族・六谷家は双葉学園とともに歩んでいきますよという確固たる意思表示のほか何物でもない。
 その四割という数字が何を意味しているのか? 小松は六谷家のすさまじさを想像するのを途中でやめていた。ちっぽけな脳みそのなかでその規模が手に負えなくなったからだ。
「どうしてこんなスーパーおぜうさまが駅員なんかやってて、今なお独身でいるんだろ」
「何か言ったか小松ぅ?」
 いいえ、何も言ってませんよ六谷さぁん? そうここ数ヶ月で身につけた営業スマイルを純子に向けたときだった。ガルルルルと獰猛さをかもしだす動物の唸り声が耳に入った。
「いらっしゃいませ、ゆうなちゃん。妹の麻耶子です」
 小松が声のしたほうを向くと、ウェーブのふんだんにかかった可愛い茶髪の女性が立っていた。純子の両目を優しくした印象だ。高そうで品質のよさそうな薄地の長袖を羽織っており、シックなデザインのロングスカートがふわふわと揺れている。彼女は上品そうに両手を組んでいるが、その手はしっかりと番犬のロープを握っていた。土佐犬との組み合わせが不自然すぎてたまらない。
「初めまして、新入社員の小松ゆうなです。六谷さんにはいつもお世話になってます」
「話に聞いていたとおり、まだまだ初々しい子ですね純子姉?」
「そうだな、まだまだ何もかもが未熟だ。でも一緒にいて楽しい奴だ」
 そうですか、と麻耶子は柔らかな笑顔を崩さない。まぶしい日差しにさらされた体をふんわりと包み込み癒す、慈しみに恵まれたそよ風のごとき女性。「でもこの人は絶対そうじゃない。だってこの笑顔はまるで能面みたいだもの」。鋭くも小松は麻耶子という女性を見抜いていた。
「どうぞごゆっくり。では純子姉、わたくしはちょっとこの駄犬を散歩させてきますわ」
「ああ。人様に迷惑かけんなよー」
「うふふ、そんなことになったら厳しく躾けておきますのであしからず」
 グルルと雨漏りのようによだれを落とし小松に殺意をむき出しにしていた土佐犬。いきなり真横にロープを引っ張られ首を締め付けられ、「きゃわん」と彼らしからぬ鳴き声を上げた。「さ、行きますわよ。レヴィちゃん」。麻耶子の微笑を認めた瞬間、土佐犬はがたがた震えて引きずられていった。
「あいつの愛犬・レヴィアタン号だ」
「はぁ、そうですかぁ。それにしても綺麗な方ですねぇ」
「まあな。悔しいがあいつは姉妹で一番モテるんだ。今も大学の同期生と交際してるって聞いてるが、多分あいつが一番先に嫁に行っちゃうんだろうな」
「六谷さんにもいいお相手が現れますよ。綺麗ですし、頼りになりますし。大丈夫ですって」
 そう不器用ながらもフォローしてやると、純子は「へへ。ありがとな!」と小松に向かって笑顔を示してくれた。
 麻耶子と別れたあと、庭園のさらに奥深くへと進んでいく。


 ごく普通の一軒屋が小松を出迎えた。庭園のど真ん中にあるにしては意外と地味なものである。それでも駐車場が三台分あったり屋根に煙突がついていたりするので、豪邸の部類に入るのだろう。真新しさを指摘したら、純子はどうしてかきまりの悪そうな顔つきになる。古くなったから建て替えたんだよ、とどこか落ち着かない様子で小松にまくしたてた。
「思っていたよりも落ち着いたおうちですねぇ」
「昔は屋敷も移築するつもりだったらしいが、あんなん絶対落ちつかねえからやめろって幸子と反対したんだ」
「幸子さんも六谷さんの妹さんでしたっけ」
「おっかねーヤツだぞ? 頭悪そうなお前なんか一目見ただけでひっぱたきそうだな」
「ひどぉい・・・・・・どんだけですかぁ」
 小松は涙ぐんで非難の視線を純子に向ける。時折純子は小松に対してずけずけと物を言うときがある。純子は玄関の前に立つと、
「おーい、帰ったぞー。鍵開けてくれー」
 と二階の窓に向かって言った。すると上のほうから「はーい、今いくわよー」と返ってくる。
 声の主はどたどたと階段を駆け下りてきた。じゃりじゃりという、靴を上から踏みつけて砂埃を床にこすりつける音がする。そして赤いめがねをかけた髪の短い子が顔を出した。
「おかえり、純子姉! ・・・・・・この方は?」
「あ、六谷さんの後輩の小松ゆうなと申します」
「へぇ。あなたが、よく純子姉が話をしてくれる小松ゆうなさん」
 小松は顔を青くして純子のほうを向いた。どうせこの人は家族にろくな話をしていないはずだと、不審に満ちた視線を送った。
「何だその目は小松。別に悪いことは言ってないぞ。料理の上手で楽しくて可愛げのあるヤツだって、いつも言ってやってる」
「故障した貨物列車を駅まで引っ張ってきたんですって? その話聞いちゃったときはボロボロ泣くまで笑っちゃったわ。ほんと楽しい人ね」
 ワナワナワナと小松は怒りに震え、涙目で純子を睨み上げていた。
「こら彩子! まぁ許せ小松、あれはあれで大変だったしな。 あは、あははは!」


 純子は小松を彩子に任せ、突然外出をしてしまった。両親が突発的な帰省のため昨日から不在だということがわかり、夕飯の買出しに行かなければならなくなったためである。
「ウチはね、九州に親族がいっぱいいるの。ママもパパも急な呼び出しで飛んでっちゃったんだ」
「そうだったんですかぁ。それにしても大家族なんですねぇ」
「まぁね。あと末っ子に澄子ってのがいるんだけど・・・・・・。スミちゃんもママに連れて行かれちゃったんだ。かわいそう」
 自分のベッドに腰かけて、両足をぱたぱたさせながら彩子は言う。足は長く、絶妙的な肉付きをしている。年下なのに体つきはどこか熟れている。黒いニーソックスとミニスカートが織り成す絶対領域の完成度の高さに、小松はなんとなくうらやましさを感じていた。
 小松は彩子の部屋に案内されていた。木目も綺麗なデスクは光沢を発し、小さな文具やぬいぐるみが整然と並べられている。カーペットも小さなテーブルも目立った汚れは見られず、よく片付いた女の子の部屋らしい部屋だといえよう。本棚には幼い頃から読み込んでいるのだろう、年季の入った少女漫画がしまってあった。
 彩子はピンク色でチェック柄のチェリースカートに、大き目の黒いパーカーを着ていた。私服に関しては可愛くて女の子らしいものを好むようだ。寒がりなのよね、と自嘲ぎみに小松に言う。
(こんなに可愛らしい格好してるのに、何このスーパーおっぱい・・・・・・!)
 にこにこしている彩子に適度に相槌を打ちながら、小松は彼女の胸を見ていた。黒くて厚手で丈夫なパーカーにも関わらず、純子に匹敵するサイズのバストが、はっきりくっきり形として表れているではないか。
 視覚から得られる情報を徹底的にキャッチし、頭の中で予想データをはじき出た。日ごろ運賃の計算は機械任せであるぽんこつ駅員だが、おっぱいが絡むとソロバンもパソコンも真っ青の演算能力を発揮する。
(八十九のEカップ! それでいて将来成長の余地アリ。恐ろしい子!)
 あれこれ思考や推測を進めながら、小松は唸った。
 学校の話とか仕事の話をしていた。小松は昨年まで高等部に通っていたので、だいたいの話題は共有できた。そして仕事の話題では先ほどの仕返しとばかりに、地下駅の下水施設の奥底にてもう何年間放置されていたのかもわからないラルヴァの死骸があって、ゴキブリが数千匹単位で大量発生し、純子が泣き喚き叫びながらキャノンボールをあちらこちらに叩き込んで収拾がつかなくなった大事件を明かしてやった。
「『怖くて眠れないの小松ぅ。カサカサって音がするんだよぉ。私と一緒に寝てお願い・・・・・・』ってね、ぐすぐす泣きながら私を起こしてきたときがあったの。甘えんぼな六谷さんはとっても可愛らしくて女の子してていいですよぅ。揉みここtいや抱き心地も素晴らしかったですぅ」
「いや・・・・・・ゴキブリは・・・・・・私もダメさ・・・・・・ウェッ・・・・・・」
 気づけば彩子もがっくり下を向いて黙りこくっていた。ゴキブリの話は失敗だったかと、小松は反省する。
「まぁ純子姉はかっこいいし、それで可愛いとこがあるから私も好き。私ね、純子姉みたいな人になりたいの」
「彩子さんならなれますよぅ。資質はバッチリです!」
 小松がそう褒めちぎってやると、彩子はムンと胸を張って「でしょー!」と調子付いた。Eカップがぐんと突き出る。おだて上げるとそうしてくるのは、やはり姉と同じだった。トップバストとアンダーバストを瞬時に目測。記憶する。ぽわぽわした性格とは思えない姑息で巧みな手法で、小松は彩子のおっぱいを暴いていった。
 さほど食指は伸びなかったが、麻耶子のバストもなかなかのものであった。このぶんだと末っ子だという澄子も、下手すれば彼女らの母親もとんでもないモノを持っているかもしれない。これはもう純子のもとで仕事をする部下として、彼女らと有意義な関係を構築していくしかあるまい・・・・・・。
「小松さんどうしたのかしら、黙っちゃって。何か退屈させてごめんね?」
「ああいえお構いなく。こちらこそいきなりやってきてしまってすいません」
「駅員さんかぁー。学校の下に電車が走ってたなんて、私も最近知ったの。みんなには見えないところで小松さんは頑張ってるんだね」
「そう言ってもらえると嬉しくて嬉しくて泣いちゃいそうですぅ・・・・・・」
 彩子は機嫌よさそうに微笑みながら、テーブルの上のウーロン茶を手に取る。ところが飲み物は中の氷によってとても冷えており、涼しい季節に合わない無数の結露がコップにまとわりついていた。彼女は不注意で手を滑らせてしまった。
「きゃあっ!」
 薄透明のウーロン茶が彩子の胸にかかった。コップは豊かな胸元でぽんと跳ね、転がり落ちる。床に衝突する寸前で小松がコップを取ることができたため、どうにか割らずにすんだ。
「うへぁ、大丈夫ですかぁ!」
「大丈夫! あん、冷たぁい。着替えなきゃ」
 寒いのが苦手な彩子はすぐさま水を含んだパーカーを脱ぎ、下に着ていた冬物のインナーまでも脱ぎ捨てて足元に放る。そのとき小松に電流走る。Eカップのまさかのお披露目だ。
 衝撃を受けた小松は一瞬呆けた顔になって静止したが、すぐに起動。しかしその眼光はそれまでの彼女のものとは違っていた。何か悪魔が降りてきたのを感じ、恍惚を得て自然と口元が緩む。
「拭いてあげますよぅ彩子さぁん」
「え? 別に平気よ小松さ・・・・・・ひゃあ!」
 それからが手際よかった。彼女はボストンバッグに未使用の清潔なタオルがあったことを一瞬で思い出し、ジッパーを開け放ち、ほんの数秒で取り出していた。ばっと広げて彩子の背後に回りこみ、真っ白なメロンを連想させる二つの球体を包み込む。否、掴んでしまった。
「ブラジャー、濡れちゃってますねぇ」
 手品師のごとく、小松は右手をひらりとぱっと捻る。するとパチンという何かが外れる音がして、ボトリと巨大なブラジャーが落下した。彩子はひ、と軽い悲鳴を上げた。
「ちょっとちょっと! 小松さん!」
 とんとん拍子に事が進んでいき、抵抗する猶予すら与えられない。それだけ小松の手順が円滑で、鉄道のダイヤグラムのように緻密で正確で完璧であった。
 新米駅員が邪悪な笑みを見せた。それは彩子には決して見えない、勝利を確信した凶悪な笑顔。おっぱいを掴むは、純真で無知だった同期の大豊美歩を陥落させ、上司の純子ですら銭湯でメロメロにした魔性の手。
「失礼しまぁす」
 小松の十の指が動いた瞬間。
 彩子はこれまで出したことのない熱い艶冶な一息を発していた。


 数時間後、六谷家の玄関が賑やかになる。純子が帰宅したのだ。
「ったく。急な呼び出しかと思えば、テメーの頼みごととか。死ねばいいのに」
「そう言わないでくれ幸子。客が来てるんだ。お前の力が必要だったんだ」
「テメーも早く免許取れ。買い物が多いから車よこせだと? しかも料理付き合えだと? 幸子様をこき使いやがって。これで報酬がシケたもんだったらぶっ殺す」
「スイーツ&ベーカリーTANAKAのスイーツで手を打とう。とっておきの名店だ。好きなものをどれだけでも選んでいいぞ」
「・・・・・・よし乗った。チーズケーキ食い尽くしてやるからな。絶対忘れんじゃねーぞ、我が敬愛する糞姉め」
 食材が詰め込まれたたくさんのビニール袋を、純子と幸子は協力して台所へと運ぶ。今晩は二人で夕飯を作り、小松にごちそうすることで決定した。じきに彩子も勝手に手伝ってくれるだろうと純子は考えていたのだが。
「やけに静かだなぁ? 歳の近い二人だからてっきりはしゃいでるもんかと」
「いまどきの子は大人びてんだよ。彩子だってもう十七か? いつまでもガキじゃねーよ」
 そういもんかねぇ、と納得しがたいような微妙な表情で純子は言う。長い茶髪を全て背中に回し、ゴムで縛る。立てかけてあった六着のエプロンの中から一つを選び、衣服の上から着用した。同じように幸子も調理の支度に入った。
 二人は花嫁修業だけはしっかり積んでいるので、料理の腕前は折り紙つきである。それでなかなか貰い手が現れないのは、やはり性格に大きな要因があるのだろう。
「小松ゆうながいんの? 確かテメーがうぜぇほど話題に出した後輩」
「そうだよ、小松が来てるんだよ。幸子はいつも不機嫌ですぐぶん殴ってくるんだぜ、って教えといた。だからお前のことかなり怖がってるよ」
 ザックンと鶏肉の塊を包丁で真っ二つにし、幸子は純子を睨みつける。
「オメーよぅ、私を何だと思ってんだ・・・・・・」
 けらけら意地悪な笑顔を見せる純子を前に、さらに怒りが積もり積もってきた。幸子は「けっ」と吐き捨ててから、嫌そうに鶏肉の下ごしらえに戻る。
「そりゃあテメーだったら今すぐにでも蹴っ飛ばしてやりてぇぐらいだ。だがな、よその娘さんに乱暴働くほど私も人間未熟じゃねぇんだよ」
 そんな幸子の背後に黒い影が接近しつつあった。
 小松である。彩子を徹底的にいじくり倒し、今度は調子に乗って純子にイタズラを仕掛ける気だ。彼女は目の前に見える後姿を純子だと思い込んでいた。純子と幸子は小松でも見分けがつかないぐらい容姿が似ている。だから幸子は日ごろ、わざと地味な格好をしている。
「テメーがもたらした風評被害を解消するチャンスだね。むしろ私が小松という子に教えてやんよ。六谷純子という馬鹿姉はだらしのなくて頭の悪い老いぼれの行き遅れだってことをな! 覚悟しやがれ!」
「六谷さぁん、お帰りなさぁい!」
 幸子が威勢よく純子に言ったとき、いきなり後ろからぎゅっと胸を掴まれた。エプロンの上から鷲摑みにされてしまった。幸子は背筋をブルっと震わせ、「はぁあん」などと情けのない悲鳴を上げてしまう。
 いつものようにグニグニ揉みしだいてから、小松はようやく違和感に気づいた。
「・・・・・・あれぇ? 何かいつもと感触が違う。六谷さんじゃない」
「なぁにしやがるかぁ、このチンチクリンがぁ――――――――――――――ッ」
 マグマをはじき飛ばした火山のごとく、幸子は激しい怒りを爆発させる。振り向きざまに拳を振り上げ、純子が食らわすそれ以上の破壊力を秘めたげんこつを小松の脳天に叩き込む。小松はそのまま前のめりに倒れてしまい、両手で頭を押さえながら泣いてしまった。
「うわぁん、本当にぶん殴ったぁ・・・・・・! 痛いよぅひどいよぅ・・・・・・!」
「ンなことされりゃ誰だって怒るだろうが! 馬鹿姉の弟子はやっぱ馬鹿だ!」
「幸子ォ! 何も殴るこたねーだろがよ!」今度は純子が幸子の胸倉を掴み上げる。「小松は確かに馬鹿だがあんなんスキンシップのうちに決まってんだろ! だいいちお前、さっき自分で乱暴しねえって言ってたくせに!」
 小松が「バカバカ言わないでくださいよぅ・・・・・・ふぇぇん」と涙を流している。
「おい今スキンシップって言ったな? 何だスキンシップって? さてはテメーら毎晩毎晩変なことやってんじゃねーだろうな!」
「変なことって何だよ! あることないこと言うんじゃないよこの根暗! 便所飯! 幸薄子!」
「ブッ殺す・・・・・・! 今日こそテメーの息の根を止める・・・・・・!」
 幸子の後ろ髪が揺らめいて浮き上がる。結わえていたゴムがピッと途切れ、いよいよ怒髪天を付く。
 次の瞬間、築一ヶ月の真新しい家屋が爆ぜた。


 薄い藍色の空に、木の葉の陰が際立っている。冷たく乾いた風に揺られ、左右に細かく動いていた。
 ほの暗い道を麻耶子は一人歩いていた。口元をきゅっと結び、口角のみを吊り上げた彼女らしい微笑。頬には血液が付着していた。
 異様なのはそれだけではない。衣服、特にロングスカートに無数の切れ込みが入り、同じように何者かの血しぶきが浴びせられていた。両方の握りこぶしが真っ赤だ。不審な有様ではあるが、麻耶子はいつもの笑顔を絶やさなかった。
「やっぱり浮気をしていたなんて。くす。私ったら馬鹿な女・・・・・・」
 レヴィアタン号を散歩に連れていたその道中、交際中の男子学生が見知らぬ女と公園で語り合っているのを目撃した。女が彼を自分の部屋に連れ込んだところまで麻耶子は尾行し、熱く抱き合っていたところを乱入してきたのだ。
「浮気物は半殺し。浮気相手はなぶり殺し。うふふふふふ」
 夜道に靴音を響かせる麻耶子。そんな彼女と不自然な間隔を保ち、愛犬がひどく怯えた様子でてこてこ付いてきている。麻耶子は土佐犬を牽引していなかった。常識外れのとんでもない行為ではあるが、レヴィアタン号は尻尾を丸め、まるでウサギのように縮こまっており、人様を強襲する可能性はほとんど無いように伺える。
 六谷家の正門をくぐると閉門する轟音が上がった。存在を忘れられ表に放り出された状態となったレヴィアタン号は、きゃうんきゃうんと門を叩いて悲しそうに飼い主を呼んでいた。
 部屋に乱入したのち麻耶子は相手女性と壮絶な殺し合いを開始した。相手も屈強で意地っ張りで負けず嫌いで執念深い異能者の女だった。あまりの恐怖に失神してしまった軟弱な男を放置して、二人は日が暮れるまで拳を交えあった。
 真っ暗な庭園を歩いていたところ、焦げ臭い匂いが麻耶子の足を止める。
 異変を察知し先を急ぐ。そして彼女が見たものは、全焼してしまい墨と化した、新築の六谷邸の残骸であった。
「な、何ですのこれ・・・・・・?」
 柱が一本根元から折れて、粉々に崩れ落ちる。跡形もなくなった豪邸の前で、今なおタイマン勝負を続けている長女と次女の姿があった。
「どうしたぁ・・・・・・。もう立てないのか弱虫幸子ォ・・・・・・」
「テメーもめっちゃ肩上がってんじゃねえか。衰えたな行き遅れェ・・・・・・」
「くたばれェ――ッ!」と二人は同時に咆哮し、真っ向からぶつかり合った。
「うわぁあああん、もういいですぅ! 闘うの止めてくださぁい! お家に帰してくださぁい~~~!」
 来客であるはずの小松ゆうなが、地面に座り込んでわんわん泣いている。二人は全く彼女に目もくれず、再び苛烈な異能勝負を繰り広げた。
 老朽化したから家を建て替えた、というのは純子のウソだ。彼女はたびたびこうして幸子と喧嘩をし、家を異能で燃やしてしまうのだ。一ヶ月前も純子の見合い話が破談になったことに関して幸子が冷やかしを入れたため、純子がキレてそれまでの家を全壊させてしまった。
「あ、麻耶子さぁん」小松は麻耶子の存在に気づくと、すぐにその胸に飛び込む。「私のせいで二人が大喧嘩始めちゃいましたぁ。怖いよう助けてぇ・・・・・・!」
「・・・・・・もう平気よ、ゆうなちゃん」
 麻耶子の落ち着いていて、しっとりした声質のささやき。小松は安心し、ようやく笑顔になれた。泣きはらした両目を拭い優しい彼女の顔を見る。
「めんどくさいのはみんな焼いちゃうから。駄目な男も、駄目な姉さま方も。うふふ。うふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」
 彼女はうっすら半目を開けて笑っていた。麻耶子の初めて見せた、狂気に満ち溢れた表情。いつも無邪気で元気な小松の顔が、恐怖に歪んだ。
「『ネイパーム・ビート』。鬱陶しいのは油まみれになって燃えちゃえ。FIRE♪」
 麻耶子の右手にオレンジ色の発光体が具現した。それは真上へと打ち上げられ、それから二十発ほどのナパーム弾があたかもピッチングマシーンの得意とする滑らかな動作のように、軽々と夜空に向かって放たれていった。
「忘れてた。彩子さん縄で縛ったままだった・・・・・・」
 小松の苦笑にも似た空しい笑顔が、閃光に包まれゆく・・・・・・。


 数秒後、六谷邸は広大な庭園を含めて双葉島から消滅したのであった。





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