【過去からやってきた炎の話をしてみようと思う 始】


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『過去からやってきた炎の話をしてみようと思う』
ラノで読む

          1

「御機嫌よう」
 透き通るような声が教室に響いた。教室は波を打った様に静まり返り、そこに居た殆どの人間の視線が声の主へ向けられる。
 声の主はモデルを思わせるような長身だった。腰よりも長く伸ばした、金色を更に深くした言葉に出来ない色の髪が目に止まった。次に真っ青な空よりも深い蒼い目が印象的で彼女の容姿を説明するならばまずはそのどちらかを言及せねばいけないと言わしめるほど、特徴的だった。
 視線を向けられた少女は――アクリス・ナイトメアは無言で返された視線に笑顔で応える。その笑顔を見た男子生徒の殆どが破顔するが、女生徒も別段、気を悪くすることは無かった。彼女と自分たちでは最早立っている土俵すら違っていることを知っていたからだ。
 外国の小国ながら、いわゆる王族の血筋で文武両道。それでいてそれを鼻にかけず、誰にでも分け隔てなく接する彼女を同じ年でありながら尊敬する人間は少なくはなかった。
 しかし、高嶺の花どころか雲上人と呼べる彼女に自分から接して行こうとする人間が居ないのもまた事実であった。
「おはよう、アクリス」
 だが、例外とは何処の世界にも存在する。アクリスが席に座ると、隣の席から挨拶の言葉が届く。遠慮がちではあるが精一杯の感情が込められていた。
 織式部有栖だ。肩に届かない程度で切りそろえた真っ黒な髪をしている。日本人形のような容姿で白い肌をしていた。体格は文字通り“小さく”、纏った雰囲気も相まって小動物を思わせる。
 未だに小学生料金で電車に乗ることが出来、アクリスと並んで歩いていると画になるのだが、さながら年の離れた異文化交流のポスターのように見えたものだった。
 また、真っ黒な大きな瞳が美しく、ずっと見つめていると吸い込まれるような錯覚を思わせた。
「おはよう、アリス」
 アクリスは先ほどの笑顔とはまた別に、もっと親しみやすい社交的ではない、彼女の本当の笑顔で挨拶を返す。声は先ほどよりもっと柔らかいものだ。
 アリスはアクリスが「御機嫌よう」の挨拶を使わない数少ない人間――友達だった。
「おはよ」
 少し適当な感じで三人目の声が割って入る。
「おはよう、千里」
「おはよう、千里ちゃん」
「んー」
 ぐったりとした様子で千里は机を枕代わりにして寝る準備を開始する。
「最近、夜遅くてねー……まあ、しかたないっちゃしかたないんだけどさー」
 遠くから神経に障る電子音が響く。それを聞いた千里は思わず寝る準備をやめキョロキョロと辺りを見回す。
「どうかしたの?」
 アクリスは艶やかな唇を優雅に動かして物腰柔らかに尋ねる。アリスはキョトンとした顔で愛らしく首を傾げている。
「何か聞こえない?」
「私には聞こえないわ」
 感覚を共有できないことが悲しいというようにやや沈んだ面持ちで応える。
 電子音は鳴り止まない。
「んーやっぱり聞こえるわよ?」
 千里は眉間に皺を寄せ、人差し指で皺を触りながら難しい顔をする。
 ふと、アクリスは千里の顔を覗き込んだ。
 流石に普段から接しているとある程度は慣れてくるものだが、不意打ちとは卑怯なもので千里はその美貌に思わず赤面してしまう。
 それを見られてしまい、「熱があるんじゃないかしら?」などと、さっきよりも更に心配した表情だったが、また顔を近づけられるのは良くも悪くもたまったものではないので悟られないように少し身を引く。
 電子音はまだはまだ止んでいない。
 それを横で見ていたアリスは、二人の間に流れる微妙な空気を敏感に感じ取り、さながら両脇に出されたご飯のどちらから食べれば良いのか悩む小動物のように右往左往としていた。
 電子音が響く。
 千里は違和にやっと気付く。
 電子音が響く。
「ああ、そっか」
 そして合点がいった様に呟いた。



          2

 久遠千里はそこで目を覚ました。
「なんだか酷い夢を見た気がするわ……」
 殊更不機嫌そうな目をして神経に障る電子音の元を探す。外はまだ暗く、目覚ましに使っている鯨の声ではないので朝ではないことは明白だった。
 千里は着信音のパターンを大雑把に決めている。携帯端末を持っていないアクリスはともかくアリス――ミィは特別の音声を割り当てていた。
 それ以外の同級生は無機質な呼び出し音。学校やそれ以外の施設などもやはりパターンが違う無機質な呼び出し音だった。
 そして今、鳴り続けている神経に触るようないやな呼び出し音は醒徒会。つまり緊急……いや、“特別”の呼び出しの音なのである。
 布団の中に紛れ込んでいた携帯電話を手探りでやっと見つけ、受話ボタンに指を置き一秒ほど躊躇した後にボタンを押す。
「久遠です」
 言葉に感情は乗せずに応える。
「夜分にすまない。少しばかり力を借りたい」
 あまりすまなさそうにしていない抑揚の声だった。落ち着いた、というよりも冷めた男の声だ。不仕付けで名乗りはなかったが掛かってくる人間は毎回のように変わっていたのでそれが無いことを千里は気にするのをやめていた。
「いいえ、構いません。生徒手帳の隅に事故・事件の際には可能であるなら生徒は助力し、また依頼される場合もある、と書いてありますから」
『義務』と書いていないことを遠まわしに皮肉にしてみたが、このやり取りもいつものことだった。そして、掛かってくる度に言っているので最早誰に言って誰に言っていないかなど覚えてすら居なかった。
「それに……」
 千里はわざとらしく溜め息をつく。
「報酬はいただけるのでしょう?」
“緊急”ではなく“特別”呼び出しの理由はここにある。生徒手帳に『義務』と書いていなくてもそれは一般生徒に限られる。だから役員にも委員にも何も所属していない千里には何かしらの義務が発生することはない。もし、何かしらの事故ないし事件が起きた場合、それらの事案に力を貸すことで、正当な報酬を貰う権利が発生するのだ。
 それだけではない。その事案に参加している場合、学校を休んでも欠席扱いにならず、試験日なども一部免責される部分があるのだ。
 しかし、このシステムを知っているものは殆ど居ない。
 何故なら大半のそういった人間は何かしらの組織に所属しているか、弱みを握られて事件に参加させられるか、気が付けば巻き込まれ当事者になっており、どちらかといわれれば責任を取らされる側に回るからだ。だからこのシステムを使うのは事件に自分から首を突っ込みたがる変人か、生徒手帳を隅から隅までちゃんと読んでいる真面目な人間くらいだった。
 だが、事件に自分から顔を突っ込むような思考回路を持っているとしたら、そんな人間が生徒手帳をちゃんと読むわけも無く、生徒手帳をしっかりと読む人間であるならば、事件に首を突っ込むような思考回路を持ち合わせているわけも無かった。
 つまりは在って無いシステムだったのだ。
 だから千里はこのシステムを使いこなす数少ない生徒の一人であり、やはり変人だったのかもしれない。
「報酬は奨学金として君の口座に送金しておく。解決後には追加で……って君には必要のない説明だったな」
「はい。それで事件は?」
「ああ、例の連続……焼殺事件の現場検証だ」
 電話の声の主の歯切れが悪いのは最近学内に潜むラルヴァまでその対象になり始めたからだ。
 それともう一つ。“本当に焼殺なのか?”ということだった。この学園において不可解な点は数え切れないが、それでも不審な点が目立つ事件だった。
「分かりました。それでは合流場所は……ああ、いつものところですね。二十分ほどでいきます。ええ、それでは」
 相手の電話が切れたのを確認して電話を閉じる。
 思考を停止し電気をまだつけていなかった部屋に棒立ちになる。頭を完全に切り替える儀式のようなものだった。
 思考を再開する。
 ゆっくりと十からカウントを開始して体中の細胞に行き渡るイメージで大きく息を吸う。半分まで数えた後でゆっくりと息を吐く。今度は体から古い細胞を吐き出すようなイメージだ。
「よし、行くか」
 心の中で0を数えるのと同時に言って両手で頬を叩いて心機を一転させる。
 そのままてきぱきと身支度を整える。鏡にはやや短く切った髪の毛が好き勝手に撥ねているのが映っていた。定義的には美女、美少女のカテゴリには入らないし、ここ最近の寝不足も相まって目の下に若干のクマが目立ったが、それでも綺麗な顔立ちをしていることは誰の眼にも明らかだった。しいて言うならば「かっこいい」が彼女にもっとも適した形容詞だった。
 髪の毛に櫛を二度三度入れ、本当に最低限の化粧をする。年頃の女の子には破格のスピードである。
 服は学校支給品ではなく、自前の白のラインの入った黒いジャージに袖を通す。ジャージのファスナーが特に障害無くすんなりと上がる。
 友人と比べると極めて貧しい体をしていたが、その友人が学園内最強のプロポーションと呼ばれているだけあって、隆起している部分もちゃんとあり、比べなければ決して貧しい体ではなかった。本当に貧しいというものは彼女のもう一人の友人を指すのだ。
 靴は白で、動きやすいスニーカーを選ぶ。
 そして準備を整え、携帯電話だけを持って部屋を見渡す。鍵も財布もこの一つがあればなんの問題もない。便利だと思う反面、ある意味で、何か味気ないと思う気持ちも千里は持ち合わせていた。
 しかし今はそれについて何か頭の中で議論をする気はない。予定の時間まで残り十三分。走れば十分に間に合う時間である。
「さて、と……面倒くさいことにならなければいいのだけれど……」
 そういって久遠千里は部屋を後にした。
 時計の針は丑三つ時が終わるまでまだ三十分の時間があることを表していた。



          3

 そこは打ち捨てられた研究施設の屋上だった。
 僅かに争ったような爪あとが屋上には残っていた。その傷跡は一種類だった。他に、以前と違っていた箇所があったのならば、それは、屋上が炎に包まれていたことだった。
 しかし、その施設の屋上に居たのはただ一人。
 否、一人と一人だったもの。
 一人の方――炎が少年を照らしていた。少年の周囲のみならず屋上には炎が巻き起こり、だが、建物には一切燃え移ってはいなかった。
 炎が風を呼び込んで、羽根を思わせる軽さで少年の髪を巻き上げる。
 透けるような銀髪は炎の色で輝き、吸い込まれるような銀眼が炎の色をそのまま映した。
 白い肌だった。あどけなさが残っていて、笑顔がとても似合いそうな顔つきだった。だが決定的に足りないものがあった。
「ひ……あ……」
 その少年の足元から声が聞こえる。足元には真っ黒な生物が転がっていた。その個体数は地球上に約六十億。希少価値で言えばそれほど高くない生命体の一つだ。体の大部分の原型がとどめられていなかった。何故生命活動を維持していられるのか不思議なほどに体の大部分が欠損させられていたのだ。それが“一人だった方”だった。
 少年は足元を見たが、その目は生き物を見る目ではなかった。数秒ほどそれを見つめ、思考というものを介さずおもむろに足を上げる。そして恐らく頭部と呼べる場所に足を掛け、少年は僅かに力を込めた。
 少年に足りないもの、それは表情だった。
 少年は一言も喋らず、ただ頭の上に足を置き、更に力を込める。足を置かれたほうは文字通り手も足もでず、震えることもできずまともに命乞いをすることもできなかった。
 感情を見せていないのではなく、感情すらなかったのかもしれない。そう思わせるほど、それほど少年の目には熱量というものが感じられなかった。
「た、たすけ……」
 やっとの思いで命乞いの声を絞り出したその刹那、少年は足元に在ったものを容赦も無く踏み抜いた。
 やはり、そこに感情は存在し得なかった。
 無感情に少年は踏み抜いた物体をそのまま磨り潰す様に蹂躙する。ひたすら原形を完璧に失ったモノを墨のように地面にこすり付ける。
 ひとしきり狂ったように床を黒く塗りつぶし終えると少年はふと気付いたように今度は天を見上げる。
 月が昇っていた。血を零したような赤い繊月だった。それを見て少年は息を止める。
 手を伸ばし、月を掴む仕草をする。しかし、月は手のひらにおさまることはない。そこで初めて表情を浮かべる。無邪気な笑顔だった。心の底から素直に笑う、純真無垢の笑顔だった。
 少年の目には立ち上る炎も、書き殴った真っ黒な墨の跡も何も映っていなかった。その目には嘗てあった記憶の底の楽しい思い出だけが確かに見えていた。



          4

 久遠千里の異能とは視覚能力にある。
 千里を見通し、万里を駆けるその眼は何も遠くを見るためだけの力ではない。その“だけではない”力が醒徒会に呼ばれた理由だった。
「どうだ?」
 現場に到着するや否や、醒徒会メンバーの男が静かな声で尋ねた。
 主語くらい使って欲しいものだと心の中で言った後に千里は戦眼を起動する。左右両の目で異なる能力を持つ戦眼は、どちらか片方に特化したものには遥かに劣る性能を持つ。しかし、逆に二つを合わせ応用することでオリジナルを超える能力を“生み出すこと”が可能なのだ。
 そして、この時、生み出すものは『近く望遠する』。人の目にも機械の眼にも勝る、精巧なる顕微鏡。
 言ってしまえばそれだけにしか聞こえないのだが、足跡の熱量、気配の残滓、果ては根源力の残留物までもが彼女の眼には“見えて”いるので、ただの顕微鏡とは一線を画すのだ。
 それが、彼女がオリジナルの千里眼と異なる大きな点であった。
「特に不審な点は……いいえ、不審……ですね……」
「そこの死骸と周りが、だろ」
「ええ」
 千里は短く応える。彼女たちの目の前にあるのはラルヴァの死骸だった。ただし、全身が黒こげであるに関わらず、回りのものは一切燃えていなかったのだ。
「燃やしてここに捨てた、とかですかね?」
 千里は尋ねる。
「そういうのは俺たちの仕事ではない」
 男の返事はやはり冷たかった。
「ところで……」
「何か見つかったか?」
 醒徒会メンバーの声は相変わらず事務的だった。
「いえ、別に私を呼ばなくてもサイコメトリーとかそっち系の能力者を呼んでくれば……」
 千里は到着した時点で思い立っていたことをぶつけてみる。その方が至極当然のことだと思ったからだ。
「……いや、それはやったんだ」
 沈黙をおいて応えが帰ってくる。どこかいいにくそうに目を合わせないように不自然に顔を背ける。
「一応、そういう能力者に読ませはした。けれど」
「けれど?」
「全員が発狂した」
 今度はきっぱりと間をおかずに応えが帰ってきた。それを聞いて、千里は質問するのをやめた。いや、もう今日はここで会話聞いたり話をしたりするのすらやめるのを心に誓ったのであった。
 応用力は眼に掛かる負担が高い。そのため、千里はひとまず能力を切ることにした。軽く空を見上げたり、目を瞑って気分転換をかねた眼球の疲労回復を行う。
 そして、十分に急速をとった後に、ふと、遠く離れた場所に目を向けた。
 まだ午前四時すら回っていないので世界は暗いままだ。しかし、目を向けた場所は明るかった。
 いや、千里の目にしか見えていないほどの距離だったのかもしれない。だが、それでも間違いなく何かがあった。
 千里は思わず戦略眼を発動させる。胸騒ぎという引き金が勝手に引かれたと自分のことながら思った。
 そして、千里は見た。校舎の屋上で、一際大きな炎の中に少年を。
 あどけなさを残した、笑顔が似合いそうな顔立ちだった。透けるような銀髪は撒き上がる炎の中にあって尚その輝きを際立たせた。体つきもまた、少年のそれを思い浮かべる細さだった。
 だが、その目に生気はなく、死者のようで、糸の切れた人形のようで、そして幽鬼のようだった。その姿に、生命の息吹などまるで見ることはできなかった。まさに亡霊だった。
「え? なにあれ……?」
 千里が思わず呟く。影になっていて気が付かなかったモノを発見したのだ。
 モノとかいうのはそのままの意味である。何せそれは“炭としか言いようのない塊”だったからだ。
 千里の周りでは現場検証が進む。しかし、千里のみが息を呑み棒立ちになっていた。
 炭のその正体に気が付いたからである。まさに異能のおかげであった。いや、『せいである』というべきか。千里の持つ“見えすぎる眼”がその何かを何であるかと断定できたからだ。
 それは炭になり、なお焼かれ続け小さくなった人の亡骸だったのだ。
 凄惨な現場にある程度慣れているといってもそれは人ならざるものの非常である。同じく人の非常など彼女は殆ど見たことがないのだ。
 “見えすぎる眼”が即座にその情報を脳に転送し、そのまま胃に伝達信号を送る。帰ってくる反応は決まりきったものだ。だが、彼女は寸でのところでせき止める。
 そんな千里の様など知るわけもなく、少年は足元の炭の塊を踏みつける。その意味を理解するが、今度は何の感情も湧かなかった。否、千里は見入っていた。どこか遠くの戦争を見るように、彼女の目にはそれはどこか遠くの情景のように映っていたのだった。
 そうしなければいけないと、彼女の脳が現実を拒絶したのだった。
 そして少年は天を仰ぎ見て無垢な笑顔で微笑んだ。それは、とてもとても素敵な笑顔だった。
 思わず抱きしめたくなるような優しい笑顔。今の今まで少年の行った蛮行など忘れてしまえるほど純真無垢な笑顔だった。
 少年がふと天から目を逸らす。次に少年は――。
(私以外でこの距離で見えるというの?!)
 久遠千里を確かにその目に止めていた。
 常人には見えるはずのない距離で千里を凝視する。いや、笑顔を向けるというのが正しい言葉だったのかもしれない。千里よりも年下に見えた少年は僅かばかり照れくさいという表情を作った。
 だが、千里からのアプローチがないと分かると、少し残念そうな表情を作り、儚げとも取れる面持ちでまた空を見上げた。
 そしてその刹那、燃え上がる空。
 否、燃え上がるのは“世界”そのものである。
 そこに乗せられる想いは殺意。そして怨嗟。
 少年の儚げな微笑とはこれ以上ないほど似合わない異常であった。
 現場検証をしていたもの達も空を覆い尽くす炎の異変に気付く。そしてそこに込められた感情を。
 少年は更に殺意を、怨嗟を、ひたすら世界に振りまき続ける。まるで、自分がここに居ることを誰かに知らしめるように。
 それはまさに宣戦布告のようであった。

 久遠千里は図らずとも間違いなく厄介ごとに首を突っ込んでしまったと、そう一人心の中で嘆いたのだった。



          5

「おお!」「すっごいね!」「これってこうやるのかな?!」「うんうん!」「あ、こうすればいいのか!」「おおおおおお!!!!」
 自重という言葉以前に、辞書というものを持ち合わせていないミィの友達は深夜だというのに借りてきたカンフー映画や中国拳法の記録媒体を見ては見る技一つに感動して、全て実地で試していた。
 その音はドスンやバタンといった生易しいものではなく、文字通り建物が揺れるほどのものであったが、迷惑を被った人たちは、漏れてくる大声が、学校新聞の三面記事常連者とよく似ていることに気がつき、扉の前まで来ると踵を返し自分の部屋に戻り、布団を頭から被って明日の朝まで眠れない覚悟を完了させていた。
 少し前の事件の折り、月の三分の一をミィの部屋で過ごすようになったこともあり、こんな日々が日常となっていた。ゆえに、横ではそんなことを気にせずミィはスースーと静かな寝息を立てて眠っていた。
「ねぇミィちゃん! これってすっごいよね!」
 大声で呼ばれ、反射的に返事をするがミィは夢の中である。
「うん、そうだねー」「んー……」「ニャー」「うっへっへ……」などとわけの分からない夢を見ながらの寝言の混じった相槌ではあったが、友達は満足そうに頷いていた。
 ふと、その友人は空が明るくなるのを感じた。空が燃えていたのである。
 しかし、目に映るそれよりも遥かに強く感じるものがあった。
「おりょ?」
 素っ頓狂な声を出し、小首を傾げる。
「んー……なんだか懐かしいような……なんだっけこれ?」
 そのまま窓際まで歩き、窓を開ける。
 空が燃えているというのに夜風は冷たかった。
「ま、いっか♪」
 たったそれだけを言い切って窓を閉める。今はそれよりもカンフー映画なのだ。
 そしてあと数時間もすれば楽しい楽しい朝ごはん。
 だから世界に向けられた宣戦布告などアクリス・ナイトメアにとってはどうでもよかったのだった。

                                 続く



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