【俺が双葉学園をやめた日】


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「このまま一緒にいても私たちお互いに駄目になっちゃうだけだよね…」
 そんな事を言って弱弱しく微笑むと彼女は俺の前から去った。

 いや、別に彼女に逃げられたってわけじゃあない。むしろ逃げた、というよりも彼女から距離を取ったのは、しょうもない異能に覚醒したせいで色々といっぱいいっぱいになっていた俺のほうなのだった。

 という話は、今は置いておくとしても、とにかく俺はそこから一週間ほど家に引きこもった。学校にも行かず、どこにも行かず家でひたすら考えた。今後の自分がどう生きていくかを、だ。傍から見れば『女に振られただけ』で今後の自分の生き方を真剣に考えるなんていうのは鼻で笑われそうなものだが、俺は正真正銘本気そのものだった。

 で、一週間己の異能について、そして終わってしまった彼女との関係についてああでもないこうでもないそうでもないと、悩みに悩みに悩んだ末に選んだ答えはこれだった。


 学校をやめて旅に出る―――――。
 そう、俺は双葉学園を去ることにした。




     **



 退学は思っていたよりもあっさりと済んだ。
 普通の学校のように、退学届を出し、それが教員会議にかけられたかどうだかは知らないがとにかくあっさりと受理され、俺はこの双葉学園を出ることになった。
 さすがに後ろめたかったので、実家に帰るという嘘の理由をつけてそれを一部の友人にだけ知らせた。いろいろと俺を慰留するべく動いてくれた友人はいたが、そのすべてを断った。
 実家のほうはというと、両親は「所詮この世は最終学歴、高校中退くらいどうにでもなる」と理解を示したというか、大学にはきちんと入れと脅しているのかはしらないがともかく高校退学は二つ返事で了承してくれた。姉は電話口でただ一言「ああ、そう」とだけ言うとすぐに電話を切った。かつてその異能の強大さと苛烈な性格から『双葉学園の紅い悪夢』と味《・》方《・》に《・》恐れられ、現在はどこぞの国家機関でエージェントをしているとかしていないとかいう我が姉はもう愚弟には興味が無いようである。
 学校と実家、二つの了承を得て、晴れて自由の身になったわけだ。


 まあ、そんなに甘いというかゆるい話があるわけもなく、今俺は双葉島と本土を繋ぐ巨大な連絡橋、その近くにあるオフィスらしきものに連れ込まれていた。
 さあ、橋を渡って島を出ようとしたところでいきなり黒服を来た男たちに囲まれてこの有様だ。まったくもって趣味が悪いと思う。
 連れ込まれた殺風景な部屋には、机が一つとパイプ椅子が二つ、それにこの俺と学園側の人間らしい厳ついおっさんが一人。まるで、ドラマに出てくるような警察の取調室のように思われた。
「では、君はあくまで、記憶処理を受けないでこの双葉島を出たいと言うのだね?」
「はい、そうじゃないと意味がありませんから」
 俺はつとめて平静を装いながら言った。
 そう、記憶処理を受けて、異能のことを忘れてしまっては、退学する意味がないのだ。
「その場合、君には厳しい制約が課せられるがそれでもいいのかね?」
「制約?」
「具体的には監視、そして君の異能の使用を制限するこの腕輪の装着だ」
 そう言っておっさんは腕輪を机の上に置いた。一見したところではなんの変哲もないただの腕輪にしか見えないが。
「これをつけている間、君は異能を使用することができなくなる。また、無理に外したらそれは即座に我々に感知され、相応のペナルティを受けなければならなくなる。君の能力は非力だが、ある意味でとても危険だからね」
 おっさんの話はまあもっともだ。俺の異能は下級のラルヴァも殺せないような能力だが、使い道次第ではいろいろと危険だ。
 当然そんな異能は自由に使えるわけもなく、俺は学園内でも異能使用の制限は受けていた。
「ま、それはそうでしょうね。もっともこんな能力は頼まれても使う気ありませんけど」
「…」
 吐き捨てるように言った俺に何かを感じたのか、おっさんは一瞬黙って俺の顔をうかがった。

「決意は変わらないようだな。今ならまだ退学を撤回することもできるが…」
 おっさんは俺に問いかけてくる。サングラスで表情は読めないが、その声にはどこか優しさが混じっているように思われた。このおっさんも実はいい奴なのかもしれない。
「いえ、これでも一応自分なりに考えて決めたことですから」
「そうか…」
 そう言うとおっさんは懐から携帯電話のようなものを取り出し、いずこかへと連絡をとりはじめる。
「ああ、私だ。彼の意志に変化はないようだ。私から言うことはもうなにもない。ゲストを入室させてくれ」


「ゲスト? なんだ、離反者には制裁をってか?」
「そう身構えるな。是非君と話をしたいという人間がいてな」
 俺と話をしたい人間か。まさか美咲《みさき》はあり得ないし、声をかけるべき友人にはすべて声をかけたと思う。他に考えられるのは・・・。奴か?
 俺に異能が発現したあたりから疎遠になった親友のことを思い出す。いや、心のどこかで奴が来ることを期待していたような気もする。いややめよう。ホモホモしいから。

 だが、俺の期待は脆くも崩れさった。
「失礼しまぁす・・・」
そう言いつつ部屋に入ってきたのは小柄な女性だった。下手をすれば年下にも見えるこの女性に俺は見覚えがある。
「あ、春奈《はるな》せんせーか?」
「こんにちは」
 俺の姿を認めるとその小柄な女性、春奈=C=クラウディウスは笑顔を浮かべた。彼女は今年から双葉学園に赴任してきた新任教師で、俺も現代文を習っていた。が、それだけで繋がりは薄いと言わざるを得ない。担任でも副担任でもないし。
 なぜ、そんな人間がわざわざこんな所に姿を表したのか


「では、私は別室で待機しているので、話が済んだらお呼びください」
「はい、わかりました。ご苦労さまです」
 そんなやりとりの後、おっさんは部屋を出ていき、入れ替わりにせんせーさんが椅子に座った。
 全身から威圧感を際限なく漏らしていたおっさんと逆に、このちんまい女性は全身から守ってあげなきゃいけないんじゃないか感を際限無く漏らしていた。
 思わず吹き出しそうになるが、人は見かけによらないものだ。特にこの学園では。俺は気を取り直すと口を開いた。
「あのー、なんでせんせーさんがここに? もしかして離反者専門のアサシン部隊の一員とかなんすか? ポキっと俺の首でも折りますか? 実はその小さな背中には鬼が居ますか? いや、むしろその右手には鬼が封じられていますか地獄先生?」
「ちがうよ~。なにそれ」
「じゃあ、記憶操作の達人とか? 俺のマインドをアサシンしちゃいます?」
「そのへんの思考から離れてくれないかな…」
 軽いノリの退学者にせんせーさんはため息をついた。
「じゃなんなんすか?」
「うーん、退学しようって生徒に教師が話をしたいと思うのって意外なことなのかな」
「あー、ああ」
 要するに、どうやらこの人は俺を慰留に来たらしい。言われてみればもっともなような気もするが、正直言って全く思い至らなかった。クラスの担任は枯れたという表現がよく似合うおじいちゃん先生で生徒にあまり関心がないうえに、家族は家族であっさりしていた。だからこういうごくあたりまえのような状況は想像していなかった。

「でも、春奈先生は俺の担任でも副担任でも無いでしょ。やっぱちょっと意外ですよ」
「うん、まあ、それはそうなんだけどね。退学しようと思ったきっかけが気になったから。それに君は結構印象的な生徒だったから。理系なのに現代文の成績は凄くよかったし…古文はヒドいなんてものじゃないけど」
 新任教師特有の使命感や熱意みたいなもんだろうか。正直そんな熱い人が俺みたいなひねくれた人間に関わるのはデメリットしかないと思うのだが。
「別に、ただ単にこの学園にいてもしょうがないと思っただけですよ」
「いてもしょうがない、か。それはやっぱり異能のせい?」
「ご想像にお任せします」
 今更討論する気もないので政治家のような答弁をしてみた。我ながらかわいげのない生徒だと思う。
「うーん、失礼かもしれないけど、私、ちょっと調べてみたんだよねと。そしたら、みんな、君は異能に覚醒してから様子が変わったって言うからさ」
 「まわりにそう思われるような状態だったのは否定しませんけど。実際ガッカリしましたからねこの異能には。何しろ姉があんなイかれた強さだったんで」
「面識はないけど、君のお姉さんは有名だったらしいね。でも、姉弟といっても異能は人それぞれなんだし…」
「それはそうですけど」
「みんなやっぱり強い異能にあこがれるんだよね。小さい頃からこの学園にいる子は特にね。でも強さが異能の価値じゃないんだよ。私もそうだし、あなたの異能だって凄くみんなの役に立てる異能じゃない」
 春奈先生はアツっぽく語りかけてくるが、俺はどこか上の空だった。みんなの役に立つ、か。そういえば昔はそんな事をよく考えていたなと思う。でもある時からそんな事はどうでもよくなっていたし、正直今の今までそんな事は忘れていた。…母さん、僕は道徳心てやつをどこに置いてきてしまったのでしょうか。

「すいません。別に俺が強い異能が欲しいと思ったのはみんなの役に立ちたいとかヒーロー願望とかそういうのじゃありません」
「そうなの? じゃあ、なんでなのかな?」
 俺がやっと話に乗ってきたと思ったのか、春奈先生は身を乗り出してきた。
「単に彼女を自分の手で守れる人間になりたかった、ただそれだけです。本当にただそれだけ。先生も無かったですか? 自分の異能で恋人を守れたら、とか」
「こ、こいびと!? それに…かのじょ?」
「はい、まあ、正確には”元”彼女ですけどね」
 虚を突かれたような声をあげる春奈先生。だが俺は別にそういう意図があったわけではない。間違いなく、これは俺の本心だ。
「そ、そういう事なんだ。それで、その彼女さんを守れないような異能だから嫌になっちゃったの?」
「確かに一時期いろいろ嫌になったけど…今はべつにそういうわけでもないっす。」
「じゃあ…」
「しばらく、いやしばらくじゃなくてずっとになるかもしれないけど、異能のない世界でしばらく生きてみたいと思ったんですよ。我ながら短絡的ですけど」
 彼女と別れた後、一週間引きこもって出した結論がコレだ。実際短絡的としか言いようがないがしょうがない、俺はこういう人間なんだから。逃げたっていいじゃない、人間だもの。
「異能のない世界って、どこに行くつもり?」
「いや、別にアテなんて無いですけどね。とりあえずアジアあたりから旅をしてみようかと」
 能天気に言う俺に拍子抜けしたような顔をした後、春奈先生はじっと俺の目をのぞきこんできた。

「旅、か。それもいいかもしれないね」
 しばらく俺を見た後、春奈先生は誰に言うといった感じでもなくそうつぶやいた。
「あれ、いいんですか」
「うーん。さっきも言ったけど、君がね、異能が発現した後くらいから様子がおかしいって話は聞いてたんだ。君は目立つ生徒だったしね。それでいきなり一週間学校休んだと思ったら退学でしょ? だからすごく悩んで落ち込んでるんじゃないかと思って今日無理言って来させてもらったんだけど・・・私の思い過ごしだったみたいだね」
「ま、確かに落ち込んだし悩みもしましたが」
「行動せずにはいられないタイプなのかな…。だからね、もう引き留めない方がいいと思った。教師失格かもしれないけど」
「いや…ありがとうございます」
「ありがとうなんて。私に出来ることは何も無いみたいだけどね…」
「それじゃ、迷惑じゃ無ければ一つ頼んでもいいですか?」
「何? 私に出来ることならなんでもするよ」
「ある男に伝言を頼みたいんです。結局何も言わずに出てきたけど、あいつにはやっぱり言っておいた方がいいと思ったから」
 俺は自分の相棒だった男の事を思い出した。異能者を憎みながら異能に目覚めてしまった男。きっと俺以上に異能に悩んでいる男を。
「奴に伝えてください。『俺は、異能のない世界で答えを見つけてくる』と」
「奴って言うと…彼のことか。わかった、きっと伝えるよ。君はそれを見つけてくる為に旅に出るんだね」
「漠然としてたんですけどね。先生と話してる中でやっとはっきりしてきたような気がします」
「そう。だったら私がここに来たのも無駄じゃなかったのかな…。私にも、帰ってきたら答えを聞かせてね」
「うーん、見つかるかはわかんないですけど」
 『帰ってくる』か。正直この学園に帰ってくるかはわからないが、俺にはこの学園でやり残したこと、やらなければならないことがあるのは事実だった。いつか、帰ってこなければならないのかもしれない。
「じゃ、元気でね」
「はい、先生も。今日は…ありがとうございました」
 そして頭を下げた。これは間違いなく俺の本心だ。


     **


「では、これですべての手続きは終了だ。監視はつくが基本的におまえの行動は制限されない。腕輪を無理に外そうとしないかぎりはな」
「言われなくても異能なんざ使おうとなんて思いませんよ」
「そうか…。では、私の役目はこれで終わりだ。達者でな」
 俺が連れ込まれたビルの前。おっさんはそう言うと黒塗りの車に乗って走り去っていった。島の外と内を行ったり来たりするような公共の路線バスなんてものは当然ありはしないし、タクシーにしたところで手続きを踏んだ上で学園の息がかかったいろいろ事情を知っている人間を呼ばないといけない。もちろんそれだけ高くつく。

「やっぱ歩いていくしかないか・・・」
 別に時間に追われているわけでもない。今の俺の身分はどこに出しても恥ずかしくない立派なニートだ。徒歩で橋まで行くことにする。最後にこの風景を眺めながら歩くのも悪くはないと思った。

 二十分ほど歩いたころ、猫に餌をやっている男が視界に入った。おそらく三十代半ばとおぼしき白衣の男だ。
 俺はその男の名前を知っていた。確か稲生とかいう教師で、中学の頃の講座を取ったことがある。

「おや、君も猫に餌をやりに来たのかい」
 脇を通りすぎようとした所で声をかけられて面食らった。俺のことを覚えていたのか。
「まさか。俺は猫より犬派ですからね。てか、ぶっちゃけノラ猫にいたずらに餌をやるっどてどうかと思うんですよね。ああ、でも勘違いしないでください。犬派ですけど猫娘と犬娘だったら断然猫娘です。まあ五期の猫娘はさすがに媚び過ぎててちょっとどうかと思わなくもないですけど。刈り上げのない猫娘ってのも違うと思うんですよなんか」
「…。相変わらずユニークな受け答えをするねえ。それとも君なりの他人に対する処世術なのかな」
「処世術?」
 鸚鵡返しをしてみたが、正直この指摘は耳にいたところがあった。
「まあいいかそれは。それより、君、高校をやめたらしいね。時間があるならちょっと話をしていかないかい?」
「ええ、別にかまいませんけど。てか耳が早いですね。それによく俺の事を覚えてましたね」
「昔から自分を低く見積もる傾向があったね。自分で思っているよりも目立つタイプだよ君は。忘れるわけもない。それに珍しい退学の仕方をする生徒なんだ、情報はすぐに回ってくるよ」
 珍しい退学の仕方、か。確かにそうなんだろう。黒服のおっさんにも言われたし。
「珍しい、ですか」
「そう、珍しい。残念ながらこの学園を半ばで去っていく人間は年に数人はいる。留学という形で他国の異能者養成機関に移籍する者や能力が認められて国の機関にエージェントとして引き抜かれた者。たしか君のお姉さんがそうだったね」
 そうだったな。今俺の姉は弟にも名前を明かせないという国の機関で働きながら東京の大学でキャンパスライフを送っているらしい。
「そして、怪我や、大事な友人、家族を亡くしたりして異能やラルヴァのすべてを忘れて生きていきたいと願った者。残念ながらこのパターンが一番多い。このような場合は退学していく者の異能やラルヴァの記憶を消去する。それも生徒自身の望みでだ」
「確かにそういう例は俺も知っています」
 首肯する。残念ながらそういう人間は毎年何人かいる。
「でも君はあえて記憶を無くしたくないと願った。こういうパターンは非常にレアなんだ」
「ああ、まあそう言われるとそうかもしれませんね」
「それだけじゃない。講座一つのつきあいだったけど君は非常に熱心な生徒だったしね。中学生としてはレポートではなかなかの洞察力、思考力を見せていた。その君が何故学園を去っていくのか。しかも監視などの不自由を受け入れた上で記憶を残すことを選んだ。興味深いな」
 この稲生先生の講座を取った時のことを思い出す。あれは中学二年生の事だった。友人たちになんでわざわざ余計に勉強するんだと鼻で笑われながら、俺は熱心に授業を受けていた。当時はまだ自分の異能に希望を持っていたし、頭角を表していたあの女の弟ということで俺も周囲に強力な異能者になると思われていた。俺もそう信じて疑っていなかった。
「当時と今とじゃ色々違いますけどね」
「君に何があったのかを詮索する気はないよ。私はでも、君と最後に少し話がしてみたいと思うんだ」
「物好きな人だなあ…」
「否定はしないよ。それで、君はこの学園を出てどこに行くつもりなんだい?」
「いえ、どこにとかはとくに決めてないですけど。とりあえずアジアのほうからいろいろ巡ってみようかと」
「ほう、旅に出るのかな。それも悪くないね。君は旅で何を見つけたいのかな」
「見つける?」
「そう、見つける、だ。私の勘違いかもしれないけどね、君はアテもなくただ旅をするなんていうことができないタイプだ。何か目的があるんじゃないのか」
 講座を一度受講しただけで見透かしたような事を言う人だとは思ったが、正直に言ってそれは図星だったかもしれない。
「目的はないわけじゃないけど…たいそうなものじゃありませんよ。俺はこの学園にいる意味が無くなって、とにかくここを出たくなった。逃げてるだけだと思いますよ」
「逃げる事は別に悪い事じゃないさ。惰性で留まるよりかはよほどいい。どんな決断であれ自分で決断して行動しなければ、君の人生は君のものにはならないからね」
 俺の人生か。別に大層な使命を背負わされているわけでも、親の因縁だのに縛られているわけでもない、ごくごく平凡な人生を送ってきた。今回の高校中退なんてのが唯一”普通”からはみ出した行動になっている。
「そう言っていただけるのはありがたいですけどね・・・。ただ、俺は異能のない世界で何かの答えを見つけたいだけなんですよ」
「異能のない世界か。確かにここにいては見れないものだろうね。で、何の答えを見つけたいのかな?」
「何の?」
「そう、何の。クエスチョンがないのにアンサーはないだろう」
「そう、ですね。異能なんてものがなんで人に与えられたのか、異能のない世界で人はどうやって生きているのか。異能があっても無くても生きられるなら異能ってなんなのか。まあ、漠然としてますけどそれを俺は知りたい…のかなあ、たぶん」
 世界では異能を知らずに生きている人間の方が多いっていうのに、すっかりこの島に毒された俺はそんな事を知りたくなっていた。
「なかなか立派な問いじゃないか。その問いには世界中のいろんな頭脳が挑戦しているね、もちろん僕も」
「いや、俺はそんな大層なもんじゃ…」
「探求心に貴賤なんてないさ。どんな高名な学者の探求心にも小さな子供が抱く好奇心も、何かを知りたいという欲求はみな等しく価値がある」
 面白いことを言う学者だと思った。少なくとも今のところこういうタイプの学者を俺は知らなかった。


「思った通りだったな。君は探求心につき動かされて人生において大きな決断をして、今踏み出そうとしている。・・・やっぱり君はこちら側の人間だよ」
「こちら側?」
「君はいずれ研究者になるだろうって事だ。何かを探求することを生業とする、ね」
「俺が学者に!? ないないそれはない」
「まだ気づいてないかもしれないが君は研究者に必要な一番重要な資質を持っているし、逆に君みたいな人間にはこっちの道に進む以外の道は無いと思うよ」
「また予言者みたいな事を言いますね」
「予言者か。確かにそうかもしれないね。でも私の予言は当たると思うよ。疑問をそのままにしておけない君だからね」
「だからそんな高尚なもんじゃないですよ。正直、高校をやめるのが先にあって、探求心云々は後付けでしか…」
 後付けなのは確かだ。実際は彼女と分かれて今の環境を変えたくてたまらなくなったことが出発点なのだから。
「それもいいさ。帰ってきたら是非君の答えを聞かせて欲しいものだね」
「帰ってきたら、ですか。さっきも同じ事を言われましたよ。もうここには戻らないかもしれないのに」
「ほう、誰に言われたんだい?」
「今年から高校に来た春奈先生ですよ」
「イギリスから来た才媛か。さすがによく人を見ているな。君はまだここにやり残した事があるように見える」
「そう見えますか」
「ああ、見えるね。違うかな?」
「どうでしょうね。あるような、ないような…」
 まあ、あるんだけどな。一身上の都合により恥ずかしくて言えない。
「別に言いたくないなら無理に言う必要なんてないさ。…おっと、もうこんな時間か。引きとめて悪かったね。会議があるからそろそろ行かないといけないんだ」
「俺が将来どうなるかは置いておいて、先生と話せて面白かったですよ」
「それは光栄だな。そうだ…餞別、といっても何にもないんだけどね。これ、君に差し上げよう。移動中の暇つぶしにはなるだろう」
「あ、わざわざどーも…。えーと、『深い河』ですか」
 稲生先生に渡された本の題名は『深い河』というらしい。そして作者は遠藤周作とあった。有名な作家だ。読んだ事はないが名前くらいは知っている。
「アジアをまわるつもりならその本に書いてある地域に行ってみるのも悪くないかもしれないよ。それじゃ、道中気を付けて。また会えるときを楽しみにしているよ」
 そう言うと、稲生先生は足早に去って行った。

 さっきから俺には一つ疑問があった。形としては偶然会った風だったけど、もしかしたらあの先生は俺に出くわす事を見越してここにいたんじゃないのか、という疑問だ。
「いや、さすがに自意識過剰かな。まさか俺に会うために教師が二人も三人もわざわざねえ」
 などと、自分が読んでいたものをなんとなく渡したというにしては、真新しく見える本に目を落としながら図らずも独り言が口から出てしまう。いやいやいやいやいや、自意識過剰だ自意識過剰。


     **

「で、最後はセンパイですか」
「なんだ、最後というのは?」
「いや、こっちの話ですよ。でもいいんですか。鬼の風紀委員様がわざわざこんなとこに来て。まだ委員会活動してる時間でしょ今」
 さて、今度こそ橋に到着、といったところで俺の目の前に現れたのは二年上の先輩だ。見た目からしてわかりやすい黒髪短髪のこの剣術小町風のキッツイ女は鬼の風紀委員様として、俺が思春期の男児なら興味を持たずにはいられない物品を相棒とともに仕入れたり売りさばいたりしていたころにさんざんお世話になった。
 追い回されたり殺されかけたり、それはもうお世話になった。まあ、かつて風紀委員が血眼で追いかけたエロ物品輸入販売業者の正体がこの俺だと気付いても学園側にバラさなかったのは感謝しているのだけども。

「別に私はお前に会いに来たわけじゃない! たまたまこのあたりをパトロールしていただけだ!」
「いや、いくら風紀委員でもこんな島の端っこの本州との連絡橋のあたりをパトロールしないでしょフツー。どこまで幅広く活動してるんすか風紀委員」
「うるさい! お前みたいな奴がいるから風紀委員も大変なんだ!」
「まあ、確かに俺は泣く子の性の目覚めも導く風紀委員の大敵《アークエネミー》ですけどね」
「そうだ、おまえがその…い、いかがわしいものを島に持ちこむから私達はパトロールしないといけないんだ」
 ま、風紀委員といっても男子は殆ど俺の味方、いや顧客だったとけどな。そんな事は言わない。またこの人は怒るから。なんか無闇に強いから。
「安心してくださいよ。今日で俺はこの島を去るんですから。アークエネミーが現れることはありません。…もっとももう一年近く活動してませんでしたけど」
 彼女に夢中だったからな。我ながら恥ずかしい事を言っているとは思うけど、実際そうだったんだし。

「そうだ、なんでお前は急に休んだり、退学するとか言ったり…。何があったんだ?」
「いろいろですよ。いろいろ」
「やっぱり、おまえ、美咲と・・・。悩んでいたなら一言、一言私に…」
 消え入るような声でなんか言っているので殆ど聞きとれない。

 ガツン、と音がして、先輩に思わず聞き返そうとした俺の額に何かがぶち当った。
「なんですかコレ、もしかして最後に果たし合いでもしたいんですか? やめときますよ。俺勝ち目ないし…」
「馬鹿! もういい! お前なんか、お前なんか…どこへでも行ってしまえ!」
 捨て台詞を残して先輩は走り去った。嫌われたもんだな。まあ当然だけども。

「て、あれ? なんだこれ?」
 足下に落ちていた、先輩が俺にぶち当てたものを拾いあげてみる。
 それはお守りだった。『安産祈願』と書いてある。
 まさか、先輩が俺のために用意したとでも言うのだろうか。
「うーん、あれで意外といいとこもあるんだな」
 貰ったお守りを握りしめて双葉島で一番ラマーズ法をマスターしていると定評のある俺は元気な子を生もうと心に誓った。


     **


 双葉島と本土は巨大な連絡橋で結ばれており、島側と本土側それぞれには監視事務所が設置されて許可のない人間の島への流入と島からの流出を防いでいる。それは全て異能とラルヴァの情報隠蔽のためだ。
 俺は島側の事務所で手続き、といっても既に許可申請は出されているので簡単な身分証明だけ済ませると、車道の下に設置されている歩道の入り口まで来た。およそ二十分、この道をだらだら歩けば本土だ。

「いよいよお別れか」

 橋から島側を振り返る。そこからは学園の建物が一部だけ見えた。小学生の時に姉に連れられてここに来てから、およそ五年、長期休暇以外でこの島を離れたことはなかった。
 アイツと出会ったのもこの学園で
 彼女と出会ったのもこの学園で
 夢を持ったのもこの学園で
 アイツと疎遠になったのもこの学園で
 彼女と別れたのもこの学園で
 夢に挫折したのもこの学園で

 俺はこの学園でかけがいの無いものを得て、そして失った。この学園の外の世界にいったい何があるのか。この前、夏休みに島を出たばかりだというのに、何故かこの橋を渡った先にはまだ見ぬ世界が広がっているような、そんな気がした。

 「さよなら、双葉学園・・・」

 俺は八十神九十九。今日、双葉学園を去る男だ。


俺が双葉学園をやめた日(eXtra/エクストラ(裏) part0) 終
eXtra/エクストラ(裏) part1につづく




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