【双葉学園忌憚研究部 第一話「薪流し」 前編】


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 激しい雨が降り注いでいる。
 目に見える程に太い斜線を切って地面に落ちる雨粒は、傘を差す生徒達の靴や鞄を容赦なく塗らした。
 生徒達は止む気配のない雨にうんざりとしながら、それでもこの陰鬱な空気を払拭しようと明るく談話しながら登校する。
 それは東堂 蒼魔(とうどう そうま)にとっても同じ事だった。
 もし、雨を止ませる異能があるのなら、すぐにでも使って欲しい。
 それ程までに蒼魔は雨が嫌いだった。
 まるで、自分と周りの空間を隔離するように、自分と他人を拒絶させるように降り注ぐ雨は、いつだって孤独を印象付ける。
 雨の音に紛れて、人を呼ぶ声すらも掻き消えてしまう。
 何より、考え事に耽ってしまうのが嫌いだった。
 こう人が多すぎる学園では、自らのアイデンティティを失う事なんて容易い。
 そんな中で考え事に耽ってしまえば、いつだって自分との戦いになる。
 それは誰でもそうだ。誰でも……そうだ。
 蒼魔は自己暗示のように、二度呟くと、気だるい気持ちのまま足を速めた。


「東堂君、おはよう」
 こんな日は何か違う事が起きれば、それだけで嬉しいものだ。
 たとえば、高等部二年C組の美女、水無瀬 響(みなせ ひびき)に話しかけられるとか……。
「おはよう、水無瀬」
 蒼魔は響とはなんら接点はない。
 響は成績優秀、テストの点数も殆ど学年順位TOP10以内の秀才だし(中学時は一位を取った事もある)、流れるような黒髪の似合う童顔に大人しい、温和な性格。
 これでもかという程完璧で男子生徒に思いを寄せられている事も少なくない美女である。
 反面蒼魔は成績は平均点より少し低い程度、協調性がないのでクラスでも浮いているし何より授業をたまにさぼったりする問題児だ。
 そんな不良が優等生と気が合う訳がない。
 事実、蒼魔は響を苦手だと感じていた。
 何よりクラスが蒼魔はB組なので、接触もないに等しい。
 それが何故今日話しかけてきたのかは、気になる所であった。
 彼女と話をして楽しいと思ったことはないが、ジメジメした空気の中黙り込むよりはマシなので、蒼魔は会話を広げる事にした。
「何か用だった? 挨拶されるなんて今までになかったし」
 蒼魔がそう言うと、響はパッと顔を明るくする。
 まるで「自分から言い出すのは気まずかったから、向こうから切り出してくれて助かった」とでも言いたそうな表情だ。
「あ、うん。実はちょっと、頼みがあって……」
 この陰鬱な空気で、体を動かせるのは気晴らしになる。
 蒼魔は興味深そうに話を聞いた。
「何?」
「あのー……東堂君って、風間さんと付き合ってるんだよね」
「いや、付き合ってないよ。ただのいとこだから」
 高等部二年D組、風間 深赤(かざま みあか)。
 彼女と蒼魔の関係は、いとこという事も含めて非常に複雑なのだが、決して恋愛関係ではない。
 だが当然それを周囲に説明する事もできないので、一部では交際が噂されていた。
 蒼魔としては非常に迷惑なだけなのだが……。
「えっ? そうなの? 未央が付き合ってるって言ったのに……。やだ、困ったなあ」
 響は想定外、という様に困った顔をして頬を触る。
 普段から冷静な顔を崩さず、感情を露にしない彼女にしては珍しい表情だ。
 蒼魔は面白そうにそれを見ていた。
「……それで、深赤がどうしたんだ?」
 やがてそれにも飽きたのでそう聞くと、響は気まずそうに口を開く。
「あの……東堂君って、都市伝説とか詳しいかな?」
 なんとなく話が嫌な方向に進んでいく気がする。
 蒼魔は目を逸らして言葉を濁した。
「ああ、うん……いやあ、あんまり興味ないかな」
「そう……。あの、実は今、特に二年の女子の間で『人を呪い殺す』噂が流行ってて……」
 最悪だ。
 陰鬱な空気を晴らす為に用事を聞いてみれば、オカルトじみた都市伝説、しかもよりにもよって殺人などという物騒な噂が関係するなんて……。
 蒼魔はさっさと話を聞いて断ろうと続きを促した。
「あのね、その……殺したい相手の名前を、焼却炉にある薪に彫刻刀で彫って、高等部体育館の裏の川に流すと三日後に死ぬっていう噂なんだ」
「ああ……そう。また、物騒な噂が流行ってるなあ」
 さして興味も無く、適当に答える。
「うん。まあ、一部の女子の間でなんだけど……勿論、信じてる人なんて殆どいないだろうけど。ただ、それを実際にやる人がでてきて……」
「でも、二年の奴が誰か死んだなんて聞かないけど」
「うん……でも、もしかしたら二年とかじゃなくて、もっと違う立場の人の名前を書いてるかもしれないし……それにあの川って、海につながってるから、肝心の薪もどこかに流れていっちゃうんだ」
「そうなのか。……でも、じゃあ何でやる人がでてきてるって分かったんだ?」
「焼却炉の薪が減ってるの。あそこの薪って、寮の管理人さんしか触らないでしょう? 管理人さんによると、薪は決まったペース、決まった数でしか使わないらしいんだけど、最近明らかに使ってもいないのに減ってるらしくて……」
「ふうん。それで、それと深赤と俺への用と何の関係があるんだ?」
「あのね。風間さんって、ほら、部活に入ってるでしょ。『忌憚研究部』とかいう」
 忌憚研究部。
 それは、所謂オカルトやら都市伝説やら、怪しげな物を研究する部活だ。
 分かりやすくに言うとオカルト研究部みたいなものだろう。
 部活内容は生徒達の間で流行ってる都市伝説やら噂やらの詳しい調査をしたり、それが危険な物だったら解決したりする少々過激な内容になっている。
 当然、異能力者でなければ勤まらないし、都市伝説や噂の類は解決するまでに非常に時間がかかり、調査も骨が折れるのでメンバーは深赤を入れて五人程度しかいなかった。
「ああ……そういや入ってたな。それで、深赤がその調査をしてるって事か?」
「うん。管理人さんの苦情もあって、ちょっと調べた方がよさそうだって事になったらしいの。私は風間さんとはあまり親しくないんだけど、佐倉 未央(さくら みお)って東堂君のクラスにいるでしょ、その子は風間さんとも仲良いから聞いたんだ」
 つまり、蒼魔にもその調査を手伝えと言っているのだろうか? 彼女の説明は理路整然としてはいるが、物事の全てをきちんと理解させるように喋ってくるので不愉快になる事が多い。
「それでね……その、風間さんが実際に薪を流している現場を見ちゃって、その子に注意したらしいのね。その三日後に、風間さんが急に登校しなくなったんだ……」
「え?」
「登校しなくなってまだ二日目なんだけど……東堂君、風間さんから連絡あったりした?」
「いや……深赤とは、学校では会わないし……あいつは寮に住んでるから、まったく」
「そっか……それでね、先生が風間さんの家に連絡したらしいんだけど、向こうも全く知らないって言ったらしいのね。それで小金井先生が探した方がいいんじゃないかって言って。ほら、知ってるよね? 忌憚研究部の副顧問で数学の……」
「ああ。それで、俺にも探せって事か?」
「うん。忌憚研究部の人に未央が詳しく聞かれたらしくて、事情を聞いて未央も協力したいって言ったんだ。それで皆で探したら、高等部の裏山に続く道で風間さんが異能を使った痕跡があって」
「痕跡、ねえ……」
 深赤には足に魔力エネルギーの膜を作る能力がある。
 膜を張られた両足は一般的な身体能力を越えるジャンプ力や(具体的に言うと三メートル程度)、地面にちょっとしたクレーターを作る程度の破壊力を得る。
「うん。それで裏山を調べたんだけど、それっぽい痕跡はあったけどどこに居るかは分からなくて……」
「それで、俺も一緒に裏山に行けばいいのか?」
「あのね、忌憚研究部に三年の斑鳩 夜(いかるが よる)っていう人が居て、斑鳩先輩は探したい人や物の身近な物を媒介に、『思念の糸』を辿る事ができるらしいの。それで、東堂君を連れてくるのが一番手っ取り早いって」
「そうか? 俺より、深赤の寮の部屋から手鏡でも持っていった方がいいんじゃないか」
「物より人の方が、思念の行き来があるから糸を手繰り寄せ易いって言ってた。でも、二人は付き合ってないんだよね……どうしよう」
 響は説明し終わった後、ため息をついてまた困った顔になった。
「まぁ、付き合ってはいないけど、一応いとこだから。最近買った程度の手鏡よりは効果あると思うぜ」
「じゃあ」
 響は顔を明るくした。
 勿論、オカルトやら都市伝説やらは全く信じていないし、それが原因で深赤がいなくなったとは思えない。
 だが、かといってこの陰鬱な空気を持て余して退屈な授業を受けるよりはマシだ。
 蒼魔は快く承諾した。
「裏山に一緒に行けばいいのか?」
「ありがとう。皆、風間さんの最後の痕跡があったところで待ってるから、案内するわね」
 響はそう言うとぱっと踵を返し、急ぎ足で校舎を飛び出す。
 蒼魔は慌てて彼女の後を追いかけた。
 雨は相変わらず降り注いでいるが、先ほどまでの陰鬱な気分は吹き飛んでいた。

 高等部校舎を出て、異能やラルヴァ、第二音楽室等がある特殊校舎の横を通り、体育館とプールの間を抜けて川を下っていくとやがて古ぼけた小さな橋が見える。
 その橋を渡り、砂利道を少し進むとやがて木々が多い茂った裏山へ入っていく。
 元々鬱蒼としている暗い森になっているので、そこに大雨が加わった雰囲気は最悪であった。
 おまけに地面もまともな整備がされていないので、ズボンの裾が泥で汚れた。
「もうちょっとで着くよ」
 水玉模様のかわいらしい傘から顔を出して、響がそう言った。
 運動が大の苦手な彼女が珍しく小走りをしていたが、裏山に着いたら早歩き程度に戻し、今は蒼魔と並んで歩いている。
 先ほどまでは大雨が傘を激しく叩いていたが、木々の葉が自然の傘となって今は殆ど振ってこない。
 静寂が二人を包んで、歩くたびに折れる枝の音がクリアに聞こえてくる。
 蒼魔はなんだか気まずかったので、会話を試みた。
「ところで、いいのか? 一限サボりになるけど」
 響は少し戸惑って、やがて小さく微笑む。
「いいの。風間さんが心配だし」
 非常に優等生らしい発言である。
 まあ、特別親しくはなくても現に失踪しているわけだし、それに友人の友人だし、わからないでもないのだが……。
 それにしても蒼魔は、響の行動が偽善としか思えないのであった。
「東堂君は」
 響は心なしかこわばった声で蒼魔の名を呼ぶ。
「授業とか、結構サボってるみたいだけど。高校卒業したら、実家を継いだりするの?」
 なんだかよく分からない質問だ。
 だが、一応会話を始めた責任として割と真面目に答えた。
「いや。家業なんてないから、それはないな。母親と二人暮らしだし」
「そう……」
 響は何故か沈痛な面持ちになり、黙り込んでしまった。
「……水無瀬は、夢とかあるのか?」
 ここはこちらも黙った方が良いのだろうが、この陰鬱な静寂の中で沈黙を楽しむ事は不可能である。
 蒼魔は仕方なく話題を振った。
「ふふ、なんだろう。考えた事もないな……」
 そう言って、自嘲気味に笑う。
 優等生の響が、将来を想像した事がないというのは、俄かには信じがたい事実だった。
「意外、って思った?」
「あ、いや」
 いきなり図星を突かれたので、蒼魔は答えに詰まる。
「ふふふ。皆、私が優等生だと思ってるもんね……。でも、将来の事を考えた事なんて全く無いよ。想像すらできないもの」
 それには共感できる。
 自分の「これから」なんて、とてもじゃないが想像できない。
 漠然としていて、周りに人がたくさんいて、「道」なんて無数にある。
 その中から一本を選ぶなんて、どれだけの精神力が必要なのだろうか?
 どれほどの勇気が必要なのだろうか。
 だが、周りは案外簡単に道を選び、進み、過ごしていく。
 その焦りがこうも、雨一つ嫌うようにさせているのだろうか……。
「どうかした?」
 響が心配そうに顔を覗き込む。
 いつの間にか物思いに耽ってしまっていたようだ、蒼魔は慌てて眉間に寄せた皺を伸ばした。
「……東堂君は忌憚研究部に入らなかったの?」
 おそらく話題を変えて気を紛らわせようとしたのだろう、急な質問に蒼魔は笑って答えた。
「入らないよ。そもそも俺は異能力者じゃないし」
「え、そうなんだ。風間さんといとこだって聞いたから、てっきり。ほら、いとことか双子とか兄弟とか、血縁関係で異能が発現する事が多いって授業で聞いた事あるから」
 響は何故か驚いて、慌ててそれをフォローする。
 蒼魔は特に興味がなかったので、笑って流した。
「水無瀬はあるのか?」
「まさか。私もないよ」
 異能力者になんて生まれても、いい事等何もない。
 それは蒼魔が深赤を見ていて思う事だった。
 異能やラルヴァについての授業で、異能についての理解や知識は深められる。
 醒徒会の存在が、一般人にとって憧れを抱ける存在でもある。
 だが、それでも、差別や偏見が無くなっている訳ではない。
 深赤は今でも、体育祭には参加できないのだ。
 勿論、周りがそうさせている訳ではない。
 身体強化系の能力者は大勢いるし、異能力者だけの体育祭のイベントもある。
 だが、深赤はいつも能力を持たない生徒達が必死に走るリレーや、棒倒しや、大玉転がしを校舎の屋上からうらやましそうに眺めていたのだ。
「着いたよ」
 また物思いに耽ってしまっていたが、ふいに響が呟いたので蒼魔は足を止めた。
 枯葉で覆われた地面が、頂上に向かう道とは別に緩やかな傾斜で下っていき、小さな盆地のようにぽっかりと広場があった。
 広場の脇には古ぼけた、今は誰も使っていないであろう小屋がぽつりと建っており、真ん中にはこれまたボロボロの木の椅子とテーブルがある。
 そのテーブルを囲むように、六人の人間が各々立ったり座ったりして蒼魔達を待っていた。
「やあ、わざわざすまないね、東堂君」
 忌憚研究部の副顧問で二年の数学担当の教師、小金井 和宏(こがねい かずひろ)。
 熱心なクリスチャンらしく、いつも胸元には十字架のネックレスをぶらさげている。
 若干前髪が後退気味の短髪に丸眼鏡の冴えない教師である。
 実際、蒼魔もクリスチャンという事以外小金井の事を何も知らない。
「いいんですか? 先生。生徒に授業サボらせて」
「人命の方が大事だから、止むを得ないね。大丈夫、君達は後で纏めて補習授業をするから」
 蒼魔はその言葉を聞いてげんなりした。
 そしてそれは、蒼魔だけではなかったらしい。
「まじっすか!? 勘弁してくださいよ先生。俺、ちゃんと友達のノート見せてもらいますんんで」
 軽いノリでそう言う男は、確か高等部三年の水川 大輔(みずかわ だいすけ)だ。
 中等部の頃、ハンドボール部を県大会優勝に導いたとかで表彰された、そこそこ有名な人物である。
 高等部にもハンドボール部はあるのだが……わざわざ忌憚研究部に入るなんて、酔狂だなあと蒼魔は思った。
 しかし部活は変えてもトレーニングはかかしていないのだろう、制服の上からでも分かる筋肉がそれを物語っていた。
「まあまあ、そんな話はいいだろう、大輔」
 水川を遮った男は、同じく高等部三年の月白 恭史朗(つきしろ きょうしろう)だ。
 中等部から高等部までずっと学年上位をキープしている秀才で、細身の体に切れ長の目、端整な顔立ちにセンスのある眼鏡が中性的な印象を与え、男女問わず彼のファンは多い。
(なんだか、すごいメンツだな……。)
 蒼魔は少し圧倒されつつあった。
「君が東堂君だね」
 月白はこちらを見て、軽く会釈する。
「僕は月白という、よろしく」
 握手を求められたので、蒼魔は適当にそれに応える。
「じゃあ始めましょうか」
「うわっ」
 いきなり首のすぐ後ろ、右肩の辺りから声がしたので蒼魔は慌てて飛びのいた。
「斑鳩先輩、その気配消して人に近づく癖なんとかならないんですか」
 木の椅子に座っている、紫色の髪の、これまた端整な顔立ちの男子生徒が非難した。
 隣の椅子には、彼と全く同じ顔をした男子生徒が座っていた。
 違うのはホクロの位置くらいである。
「あれ、双子の木戸君ね」
 響がこっそり囁いた。
 確か、二年C組に異能力者の双子が居ると聞いた事がある。
 木戸 祈(きど いのり)と、木戸 叫(きど さけび)と言ったか……。
 名前が特徴的なので、なんとなく頭から離れなかった。
 左側に座っている、口元にホクロがある男子生徒は、蒼魔と目が合うと、まるで敵意をむき出しにするようにそっぽを向いた。
 右側に座っている方は目元にホクロがあり、俯いている。
「ごめんなさいね、東堂君……。悪気はないの」
 今度はちゃんと前方の離れた場所から声がしたので、落ち着いてそちらを見ると、響と同じ黒い長い髪の女性が立っていた。
 しかし、響と決定的に違うのは、彼女の場合前髪が完全に目を隠してしまっている事である。
 それと気配を殆ど感じない事が相まって、かなり不気味な雰囲気をかもし出していた。
「この人が斑鳩先輩……」
「そう、貴方を通して深赤ちゃんを探すわ。さあ、ここに座って」
 蒼魔は言われるまま木の椅子に腰掛けた。
 響は、いつの間にか少し離れたところで傍観している未央の側に移動している。
 未央はほくそ笑みながら、東堂に近づいた。
「東堂君も災難だねえ、斑鳩先輩の『思念探知(ヴィジョン・シンパシー)』を受けるなんて」
 ショートカットに赤いさくらんぼのヘアピン、ボーイッシュな印象の彼女は、性格もおてんばであっけらかんとしている。
「ちょっと未央。東堂君、風間さんとは付き合ってなかったらしいよ」
「えっ、そうなんだ。東堂君、深赤にだけは優しいから付き合ってると思ったのに」
「俺と深赤がいとこだって深赤から聞いてないのか?」
 蒼魔がそう言うと、未央は意地悪そうな笑みを浮かべる。
「聞いてるけど、いとこだって結婚できる訳だし」
 蒼魔はあきれてため息をついた。
「集中しなさい」
 斑鳩が蒼魔の頭をガシリと掴み、そうはっきり言った。
 何故かその言葉は、耳を介してというより、直接脳に響いたようだった。
 それから目を瞑らせられ、やがて意識がぼんやりとしていく。
 自分が無重力状態になっているような、奇妙な感覚だった。
(これは……酔いそう)
 しばらくするとぐるぐると回転しているような感覚になり、体内器官の全てを覗かれているかのように気味悪い感覚になっていく。
「いいわ」
 斑鳩がそう言って蒼魔から手を離す。
 蒼魔はそのまま椅子から崩れ落ちて地面に手をつき、必死に吐くのをこらえた。
「うえ……きっつ」
「うわー」
 未央はわざわざ蒼魔の近くまで寄って、同情するような表情になった。
「やっぱ斑鳩先輩の思念探知はヘビーだよねぇ。体験した人は皆しばらく吐いた後まともに歩けなくなるもん」
「うわ、吐きそ。それ聞いて我慢できなくなってきた」
 蒼魔は口を手で押さえ、未央の足元に倒れた。
「ちょっ! ちょっと、やめてよ! 私の足にかけないで」
 慌てて未央は飛びのく。
 蒼魔はそこで立ち上がって、体についた砂を払った。
「……東堂君……」
 未央が恨めしそうに見ているが、それを無視して蒼魔は斑鳩に話しかける。
「どうでした?」
「ええ……大体の位置は分かった」
「それって、生きてるって事ですか!」
 響が安堵しながら言う。
「ええ。大丈夫よ。思念の糸はきっちり彼女に繋がってる。死んだら糸は冷たいけれど、暖かかったから」
 それを聞いて他の面々も安心したようだった、それぞれに胸をなでおろしている。
「それじゃあ…どうしましょう。ここから先は危険だし、東堂君達には帰ってもらいましょうか」
「いや、連れて行きましょう。東堂君は必要です」
 斑鳩はきっぱりと、月白の提案を断る。
「必要ないですよ、こんなヤツ」
 抗議したのは口元にホクロがある方の木戸だった。(どちらかは分からない)
「一般人なんて連れて行っても、足手まといになるだけだし。もしこの噂の正体がラルヴァだったりしたら、邪魔でしかないですよ」
 普通にしていても細い目を、さらに細めて蒼魔をにらみつける。
 少し後ろから、目元にホクロがある方が控えめに片割れの腕を引いた。
「やめなよ、叫……」
 どうやら蒼魔に対して敵意を持っているのは口元にホクロがある叫で、目元にホクロがある大人しい方は祈らしい。
 自分に対して暴言を吐かれた事より、どっちがどっちの方が気になっていたので、蒼魔は特に反応しなかった。
 しかしそれが気に食わなかったのか、叫は更に蒼魔を睨みつける。
「ラルヴァが出たら私達が守ればいいだけの事よ。思念の糸を見失う可能性もあるし、それになにより……」
 斑鳩はそこで言葉を止め、蒼魔を見る。髪に隠れた瞳が、興味深そうに光っている。
「彼には色々、興味をそそられる物があるわ」
 やはり思念探知の時、実際に「中身」を覗かれたのだろうか? 蒼魔は背中に悪寒を感じた。
「そうか……。でも、佐倉さんや水無瀬さんは危険だから」
「ちょっと先生、ここまで協力させといて帰れなんて言いっこなしですよ。ちゃんと深赤を見つけるまでついて行きますから」
 未央は小金井の言葉を遮って釘を刺す。
 小金井は困った様に頭を掻くと、未央から目を逸らした。
「……困ったなあ」
「はは、いいですよ先生。何かあったら僕達が守りますから」
 月白がそう纏めて、結局全員で深赤の元へ向かう事になった。

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