【双葉学園忌憚研究部 第一話「薪流し」 後編】


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 先ほどまで上ってきた道とは正反対の方向にある、広場の階段を下っていくと、狭い川が流れていた。
 ごろごろと大小の岩の上を渡って川を越えると、やがて木々に囲まれてひっそりと小屋が姿を現した。
 まるで隠れるように建っている古ぼけた小屋に、蒼魔は不気味な感覚を抱いた。
 それは未央や響も同じなのだろう、気味悪そうに小屋を見ている。
「気をつけて」
 斑鳩が三人の側で囁いた。
「思念の糸が細くなっている。どうやら正体はラルヴァで間違いなさそうよ」
「じゃあ、ラルヴァがこの噂を流したとか、噂に協力したって事なんですか?」
 未央が不思議そうな顔をして言った。
 授業では、人間以上の知性を持つラルヴァの存在も習ってはいたが、俄かには信じがたいのだろう。
 それは蒼魔も同じだった。
 わざわざ生徒達のバカらしい都市伝説に協力して、人を殺すとは思えない。
「勿論、一概にはそうとは言えない。噂の出所を確かめるなんて、雲を掴むような話だし。ただ、都市伝説やオカルトなんかの類には、非常に強い念がやどるわ」
 斑鳩は足を止めて、詳しい説明を始める。
「人間の強い念はラルヴァを引き寄せたり、ラルヴァの餌として好かれやすいの。だから、私達が調査した結果ラルヴァが実際に事件を起こしていたケースはかなり多い」
「要するに、合理的に殺人がしたいのさ」
 叫が、ラルヴァを馬鹿にするかのように鼻で笑いながら言う。
「自分だけで殺人をすれば、すぐさま醒徒会に消滅させられて終わり。でも、都市伝説になぞらえたり、妖怪だのオカルトっぽく振舞う事で、自分の実体を見つかりにくくできる。現に俺達の部活はそのために存在してる訳だ」
「醒徒会の人達じゃ解決できないから?」
 響がそう言うと、叫はまた鼻で笑う。
「そりゃそうさ。噂や都市伝説なんてグレーな事件を解決するには、かなりの時間がかかる。その間にも人間を襲うラルヴァは発生するんだ。醒徒会の方々は見た目に派手で分かりやすいラルヴァを倒してくれるから生徒達の憧れの的だが、俺達の部活の存在なんて知ってる人間がいる事自体珍しい」
 彼は一々皮肉を混ぜなければ話せないらしい。
 だが確かに、忌憚研究部なんて存在は、蒼魔も高等部に入って、深赤に聞いて初めて知ったわけで……。
「まぁ、醒徒会は中等部から大学部まで広く活動してるけど、僕達は高等部だけだからね」
 小金井がさびしそうに言う。
 未央が意外そうな顔をした。
「研究部って、高等部にしかないんですか?」
「実際、一番噂や都市伝説の被害が起こってるのが高等部だからね。強烈な殺人が混じった都市伝説に、実際手を出したりしてしまうのはこの時期が多い」
「皆ストレスが溜まってるのさ」
 叫がまた皮肉をまじえて鼻で笑う。
「さて、おしゃべりはもういいだろ? さっさと風間を助けるぞ」
 そう言って、叫は小屋の数歩手前まで歩き、横に祈が並んで、二人は手をつないだ。
「何をしてるんです?」
 蒼魔が若干引きながら斑鳩に質問すると、斑鳩はニヤリと笑った。
「彼達の能力よ。二人の思念波を共鳴させる事で、ラルヴァや人間の存在を探知できるの。私の思念探知は対象が一人だから、詳しい調査はできないけれど、彼達の『共鳴(レゾナンス)』はその場に居る人間が何人か、ラルヴァの種類まで特定できるし、テレパシーまでできる便利機能付きよ」
 二人は手をつないだまま目を瞑り、集中すると、やがて淡い紫色の光が輪を描くように彼達の全身を囲み、無数に増え続けて広がっていった。
 その輪が蒼魔の体を貫くと、蒼魔はまた、先ほど受けた思念探知と同じ感覚を覚える。
 自分の臓器を除かれているような感覚。
 決して心地よくはない、胸焼けがするような感覚だ。
「人体をスキャンしているようなものだから」
 斑鳩はそれを良く理解しているのだろう、蒼魔に小さくフォローを入れた。
 輪が小屋の中を隅々までスキャンしていく。
 回転に回転を重ねて、全ての部分に輪が触れた後、やがて輪の広がりは収縮していき、二人の体に収まった。
「ラルヴァ一体、人間一体を感知しました。ラルヴァはカテゴリーエレメント反応、人間に近い場所にいます」
「憑依していると?」
「可能性は高いです」
「ふむ……」
 小金井が考えるような表情で眼鏡を上げる。
「とにかく、コンタクトしてみよう。憑依タイプのラルヴァなら、近くに行かない事には退治できないし」
 小金井がそう言うと、水川と月白が先頭に立ち、小屋へ入っていく。
「彼達の能力は戦闘向きなの。私や木戸君達は戦闘よりも探知向きだから、ここからは彼達の出番ね」
 斑鳩は続いて入っていく小金井、叫と祈の後ろについて蒼魔達に話す。
「俺達、本当についていってもいいんですか?ここからは邪魔でしかないと思うんですけど」
 蒼魔がそう言うが、しかし斑鳩はそれに答えなかった。
 ただ、意味ありげな笑みを残しただけで。

 小屋の中に入ると、数年は人が入っていなかったのだろう、埃が充満しており、床に積もった大量の埃がまるで雪の様に白く光っていた。
 壁に面して置かれている大きな籠や鎌、棚にしまわれている工具等も埃をかぶっている。
 十畳くらいの広さの物置小屋として使われていたようだ。
 その小屋の奥、藁が敷かれている小さな壁際のスペースに、一人の制服女子がうずくまっていた。
「あの子……」
 未央がつぶやく。
「戸田さんじゃない? ほら、A組で学級委員やってた」
 戸田、という女子に蒼魔は覚えがないが、外見で深赤ではない事は分かった。
 黒い髪を響や斑鳩の様に長く伸ばしている。
 彼女に近づいて、小金井が優しく声をかけた。
「大丈夫ですか?」
 彼女は声をかけられて初めて、ゆっくりと顔を上げる。
 その表情は異様な物だった。
 まるで、餌に飢えた野犬が放つような、ギラギラした光を携えた瞳。
「……仕方なかったの」
 彼女は小金井を見つめてはいるが、何か別の物を見ているような虚ろな瞳のまま、小さく話し始める。
「高等部に入ってから、成績がガクンと落ちて。勉強についていけなくなって、大学部への進学が難しいって言われて。親は私を大学部に入れたいから、学級委員とかでポイント稼げって。死ぬ気で勉強もして、優等生ぶってなんとか推薦で入れって言われてて」
 自分の中の、暗い、深い、憎しみを吐き出すように言葉を連ねていく。
 蒼魔は非常に不快な気持ちを感じた。
 まるで自分の鬱憤をぶつけるように早口で話す彼女は、蒼魔にとって気味が悪い存在だった。
「私だって、一生懸命やってるのよ。本当は皆と帰りに食堂で買い食いしたり、カラオケ行ったり雑貨屋さんめぐりしたりしたいの。でもしょうがないじゃない。予習しないと授業についてけないし、どれだけがんばっても学年五十位にも入れない。それなのに、それなのに……」
 彼女はうつむいて、何かを堪えるように膝に置いていた手を強く握り締める。
 頭上のあたりから、何か黒いオーラのようなものが発せられていくのが見えた。
「何で私を仲間はずれにするの。何で、私を『お堅い優等生』だとか『点数の為ならパンツも見せる女』とか言うの? 何で、私を無視するのよ! 将来の為にこんなにがんばってるのに、何で私が空気読めない人間だなんていわれないといけないの? 私はただ、皆に助けてほしいだけなのに。ただ、一緒にがんばろとか、励ましてほしいだけだったのに!」
 彼女の悲痛な叫びが続くにつれて、オーラはさらに強く、濃い黒を発していく。
「! これは……まずい」
 小金井が焦りながらこちらを振り向く。
「離れて、これは強力なラルヴァです!」
 言われるまま、蒼魔達は入り口付近まで下がる。
 戸田はこちらには聞き取れない声で、何かをつぶやき続けていた。
 黒いオーラはいつの間にか小屋全体に充満し、視界を悪くさせる。
「と、東堂君」
 未央が顔をこわばらせてこちらを見ている。
「どうした」
 蒼魔が聞くと、未央は顔を引きつらせながら、視線を蒼魔の足元に下げる。
 それにつられて足元を見ると、黒い髪の毛が蒼魔の足の間を通って伸びていっていた。
「うわっ!」
 蒼魔が慌てて飛びのくと、髪はある程度の塊のまま更に伸びていき、丁度蒼魔が居た辺りから天井に向かって伸び始める。
 その先端に、小さな鬼のような顔が見える。
「あれ……何? 戸田さんの髪の毛?」
 未央が泣きそうな顔で言った。
 その声に反応して、鬼がこちらをギョロリと見る。
「ひいっ」
 未央が叫び、すくみあがった瞬間。
 鬼がゆらりと、奇妙な動きをした。
「危ない!」
 響が未央にタックルを仕掛け、二人は床にもつれる。
 その刹那、鬼はすさまじい速度で未央が居た床を貫いた。
「きゃあっ!」
 木片と埃が舞い上がる。
「周りを見なさい!」
 斑鳩が蒼魔を引き寄せ、強い口調で言った。
 蒼魔が見渡すと、鬼の顔は無数に存在していた。
 いつの間にか壁や天井に張り付いた大量の髪の毛が、小屋全体を覆いつくさんとしている。
 戸田の姿はもう見えなくなっていた。
「戦闘開始!」
 小金井が叫ぶと、水川と月白が彼女に近づいた。
 鬼は彼達を見ると、また先ほどの、突進前に行った奇妙な動きをする。
「来ます!」
 後ろで祈が叫んだ。
 鬼がすさまじい勢いで、二人に襲い掛かる。
 その瞬間。
 水川は右手から眩しい程の光を放ち、やがてそれは体の半分程の長さの剣の形に収束されていく。
 それを一振りすると、剣の先端から発せられる衝撃波で次々と髪が切断されていった。
 鬼達は本体から離され、勢いを失って床にポトリと落ちて消滅する。
「鋭利な剣(ヴォーパルソード)。彼の魔力エネルギーを剣として出現させる能力よ」
 斑鳩が鬼を警戒しながら説明してくれた。
 また隣の月白は、いつの間にか周囲の鬼を一掃している。
 まるでぽかりと空間が空けられたかのように、彼の周囲だけが髪の毛も鬼もごっそりなくなっていた。
「月白君の能力は四鏡(フォーミュラ)といって、異次元を操る能力なんだけど……詳しくはわからないの」
 斑鳩がそう説明して、蒼魔の腕を引いて右の壁付近に移動する。
 丁度前方に小金井が見えた。
「仕方ないですね……」
 小金井は両手を前に出して、ゆるやかな丸を作る。
 そして目を瞑ると、やがて手の中で光の塊が発せられる。
「はっ!」
 両手を広げると、光の塊は無数の十字架となって宙に浮いた。
「十字の浄化(ジャッジメントクロス)。広範囲攻撃型の能力なんだけど、ラルヴァにしか効かないの」
「ラルヴァ以外に使う必要なんてないでしょう」
 蒼魔が小さく突っ込みを入れると、斑鳩は肩をすくめる。
 小金井が右手を前に振ると、十字架は天井に、壁に、彼女が居た空間に向かってぶつかっていく。
 十字架に触れられた髪の毛はまるで高熱の物体に触れたかのように急激に溶け、無数の鬼が苦しそうに悲鳴を上げた。
「す、すごい……なんか、戦闘漫画みたい」
 いつの間にか隣に来ていた未央が、呑気な感想を漏らした。
 しかし、消滅した大量の髪の毛は気がついたらまた伸びはじめ、鬼は無数に再生されていく。
「数が多すぎる!」
 小金井がそう言って、じりじりと後退させられた。
 水川や月白も処理しきれないのか、少しずつ入り口に下がってくる。
「やばいんじゃないの……これ」
 未央がそこでようやく状況を把握したのか、顔を強張らせた。
「上よ!」
 斑鳩が蒼魔達の体を押し退ける。
 天井から突撃してきた鬼が、棚を粉砕して壁を貫いた。
「斑鳩先輩!」
 三人を押すだけで精一杯だったのか、鬼と壁の間に斑鳩は取り残されてしまった。
「ちょ、ちょっと、東堂君。助けないと!」
 月白達は目の前の鬼を倒すので精一杯のようだった。
 蒼魔は粉砕された棚から零れ落ちた鎌を広い、髪の毛を切断しようと振り下ろす。
 しかし髪はびくともしなかった。
「無駄よ! もうこれはただの髪じゃなくてラルヴァなんだから」
 斑鳩が髪と壁に挟まれて身動きを取れないまま、厳しい口調で叫んだ。
「つったってどうすれば……」
 とにかく蒼魔は、鎌を何度も振り下ろして髪を切断しようとする。
 助かった事に、鬼は壁を貫いて嵌ってしまったようだった。
「あれは……!」
 ふいに後ろから、木戸のどちらかの声がした。
 振り向くと叫だった。
 彼は驚いたように奥の壁、先ほど戸田が居た方向を見つめている。
 視線を移すと、大量の髪の毛に絡まれて別人と化した戸田が姿を現した。
「いやあ!」
 響が悲鳴を上げる。
 戸田の肌は青く、目には白目しかない。
 だらしなく開いた口からは、涎が首筋を通って垂れていた。
「……仕方ないじゃない……」
 口から発せられたのか、蒼魔達の脳に直接問いかけているのか、とにかく彼女がそうつぶやくのが聞こえた。
「親の期待が重いの……毎日が退屈で仕方ないの……将来が不安でしょうがないのよ……ちょっとくらい、ハメを外したっていいじゃない。くだらない噂話を実際にやってみたって、いいじゃない。私をいじめてきた奴は、私を苦しめているわ。でも、私は誰も苦しめてなんてない。ただ、いじめてきた奴の名前を薪に書いて川に流しただけじゃない。なのにどうして私が注意されなきゃいけないの! どうして私が、責められなきゃいけないのよ!」
 彼女の悲痛な叫びは、蒼魔の脳にガンガンと伝わってくる。
 それは全員に聞こえているらしい、響が隣で口を覆い、うっすら涙を浮かべた。
「……かわいそう」
「いけない! 同情してはいけない! 取り込まれるぞ!」
 小金井が響を見て、真剣な表情で怒鳴る。
 蒼魔の後ろの、壁に食い込んでいた髪から枝毛のような物が飛び出してくる。
 それは響の腕に絡まり、やがてどんどんと伸びて響の体を捕らえた。
「いやああああ!」
 響は必死で振り払うが、更に絡まるだけだった。
 しかし水川達は鬼に牽制され、身動きができない。
「やめてえーーー」
 ずるり、と響の体が引きずられていく。
 未央も蒼魔も彼女の体を掴むが、人間では適わない力で彼女は引きずられていった。
「助けて、助けて東堂君!」
 響が必死に蒼魔の手を掴む。しかし蒼魔と未央共々、響の体は本体のすぐ側まで引きずられた。
 漆黒の様な髪から、ガパリと口が開く。
 中も暗闇だった。
「いやっ! いやっ!」
 必死に叫んで、髪から逃れようとする。
 口の中に、うっすらと深赤の姿が見えた。
「あれ! 深赤だ!」
 未央が叫ぶ。
「深赤!」
 蒼魔も叫ぶが、深赤はぐったりと倒れて反応しない。
「だめ……! もう……」
 未央が顔をゆがめ、手の力が弱まっていくのが分かった。
 かくいう蒼魔も、これ以上は握力が持ちそうにない。
「いやああ!」
 響は今にも発狂しそうに、悲痛な叫びを発した。
 ふいに、後方から伸びた手が響きの腕を掴む。
 祈だった。
「大丈夫? 兄さんも手伝って!」
 叫も軽く舌打ちをしながら、ひらりと鬼の間を潜り抜けて響の体を掴む。
「でも……どうすればいいの! このままじゃ」
 未央が精一杯響の体を引っ張りながら、蒼魔に言った。
「風間が起きれば、内側からこいつを攻撃できるんじゃないか」
 叫が言う。
 確かに、外側からの攻撃は効いていないようなので、考えられる話だった。
「深赤! 起きろ!」
 蒼魔がそう叫ぶと、未央達も続いて叫ぶ。
 しかし、一向に深赤は起き上がらなかった。
「東堂君!」
 ふいに壁側から声がした。
 斑鳩が、壁に挟まれたまま叫ぶ。
「貴方が、なんとかするの! 貴方には力があるはず!」
「俺は一般人です!」
 蒼魔はすぐさま否定するが、斑鳩はかぶりを振った。
「いつまで一般人ぶってるの? 貴方は異能力者よ! 貴方の『中』を見た時に分かった。貴方には能力がある! この現状を打破できるのは今、貴方だけだわ!」
「……やれよ。水無瀬は三人で何とか堪える」
 斑鳩の声を聞いて、叫が小さく言った。
 蒼魔は手を離す。
「集中するの! 自分の内側の声に耳を傾けるのよ!」
「……深赤」
 自分が能力者だとは思えない。
 だが、今は深赤を助けたい。
 深赤を見ると、胸が熱くなっていくのが分かった。
 瞳の奥まで上り詰めた熱が、頭上へと開放されていく感覚。
 自分の中に潜んでいる何かが、逆流して強い衝撃を発している。
 衝撃に耐えられずに、蒼魔は倒れこんでしまった。
「東堂君!」
 響が叫ぶ。
「おい、もうもたないぞ!」
 叫は顔を歪めて、じりじりと引きずられていく体を必死に引き止めた。
 蒼魔はゆっくりと起き上がる。
 しかし、体には何も変化はない。
 やはり、自分は異能力者ではないのだ……。
「あっ、深赤が!」
 ふいに未央が叫ぶ。
 未央の視線の方向を見ると、深赤が立ち上がっていた。
 だが、彼女の瞳は閉じたまま、表情は先程と全く変わっていない。
「深赤?」
 未央が声をかけるが、彼女は全く反応しなかった。
 蒼魔はとりあえず響の体に近づく。
 すると、深赤も同じように、響の体に向かって走った。
「え!?」
 未央が驚いて声をあげる。
 叫が蒼魔と深赤を見比べた。
 蒼魔が右手をあげると、深赤も右手を上げる。
 まるで鏡のように、深赤は蒼魔の動きを完全に真似していた。
「同調してるんだ、お前に!」
 叫がそう言う。
 まさか、自分に本当に能力があったとは……。
「それなら……!」
 蒼魔は右足を高く上げて、意識を集中させた。
 すると深赤が上げた足に、柔らかな光が発せられていく。
「いける! そのままラルヴァに放って!」
 祈の言葉通り、蒼魔は右足を強く振り下ろした。
 深赤の右足から発せられた衝撃はラルヴァを貫き、激しい悲鳴と共に深赤が居た空間は引き裂かれた。
「うわあっ!」
 唐突に引っ張る力をなくした髪が、響の体を開放し、叫達が床に倒れる。
 鬼の顔は消え、髪はしゅるしゅると元の長さに戻っていった。
 そして深赤もどさりと床に放り出された。
「深赤!」
 未央が深赤の体を抱く。
「よくやったね東堂君。まさか君が異能力者だったとは。風間君のいとこだから、やはり異能も受け継がれていたのかな?」
「最初からあるなら使えよ、勿体ぶりやがって」
 小金井が賞賛する隣で、叫が起き上がりながら文句を言う。
 蒼魔は何か言おうと思ったが、声がでなかった。
 心なしか足元がぐらぐらする。
 視界が徐々に暗闇に侵食され、やがてぐらりと歪み……。
「東堂君!」
 意識を失う直前、響の声が聞こえた。

 気がつくと、保健室に運び込まれていたらしい。
 隣に斑鳩が座っている。
「気がついた?」
 蒼魔はゆっくり起き上がった。
「ありがとう、君のおかげで事件は無事解決よ」
「なんで……」
 蒼魔はまだくらくらする意識のまま、ボソリとつぶやく。
「なんで、俺が異能力者だと?」
 斑鳩は小さく微笑む。
「私の能力は、ただ対象物を探すだけじゃないわ。人間の深層意識にダイブして、無数の思念の糸を判別できる。」
「俺の中に入ったんですか。あんた、変態だな」
 蒼魔は厳しい言葉を放つが、斑鳩はまるで動じなかった。
「同属嫌悪?」
 それだけ言うと、斑鳩は席を立ってカーテンを開く。
 カーテンの向こうでは、深赤や響、未央が椅子に座っていた。
「東堂君!」
 誰からともなく近づいてくる。
「よかったあ。東堂君が無事で……」
「力を使って倒れただけよ」
 ホッと胸をなでおろす響に、斑鳩が宥める。
 深赤はなんだか照れくさそうに、蒼魔の前に立つと頭を掻いた。
「蒼魔、悪かったな……。オレ、不意を突かれてさ。あの子に注意したら、いきなり髪の毛がおそいかかってきたから、油断しちゃって」
「いや……お前が無事ならそれでいいよ」
 蒼魔は気だるくそう言うと、立ち上がって肩を鳴らす。
「戸田さん、あの後忌憚研究部の部室に運び込まれたんだけど、しばらくしたら意識が戻って、反省してたみたい。……あのラルヴァは人の心の闇をくらう精霊タイプで、実際に人を殺したりはしてなかったの。大事にならなくてよかったね」
 響が微笑みながら言った。
 万事解決、という事か。
 なんだか気が抜けた。
「にしても、東堂君が能力者だったなんてね。おどろきだよ」
 未央が明るい口調で言う。
 確かに、自分でも驚きだ。
 自分はずっと、一般人だと思ってきたから。
「異能力者は生まれた時に決定されるけど、能力自体に目覚めるのは本人次第だから……。東堂君は、あまり目覚めたくなかったみたいね」
 斑鳩は挑発するような口調でそう言う。
 蒼魔は斑鳩を睨みつけて、否定した。
「別に、そういうんじゃないですよ」
 深赤の手前、能力者を否定するような発現はしたくなかった。
「それはそうと」
 しかし斑鳩は蒼魔の言葉を無視して話を続ける。
「東堂君、忌憚研究部に入る気はない?貴方なら貴重な戦力になると思うんだけど」
「そうだな、蒼魔が入ったらオレも心強いぜ」
 急な勧誘に、深赤も同意する。
 しかし蒼魔は、即座に首を横に振った。
「悪いけど、興味ないんで」
 そのまま靴を履いて、保健室を出る。
「東堂君」
 ドアを閉める直前、斑鳩の声がした。
「君が望まなくても、君の『中』にある深く根付いた糸は、君を決して逃さない。宿命からは逃れられないのよ」
 何故かその言葉は、いつまでも蒼魔の脳裏に焼きついて消えなかった。

                          続く


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