【キャンパス・ライフ1 その3】


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 フライパンで、何かをジュージュー焼いている音。
 透明な油が四方にはね、ベーコンがほどよく焼けていく様子が目に浮かぶ。布団の中で、雅のすきっ腹がひと鳴きした。
 これほど、家庭的な音と匂いに包まれながら朝を迎えるのは、もうどれぐらいぶりなのだろう。
 コンロの火が止まった。フライ返しがフライパンに置かれた音がした。
 そして足音が、雅の寝転ぶベッドに近づいてきた。きっと、遅くまで寝ている自分を優しく起こしてくれるのだろう。
「お母さん・・・・・・?」
 雅はそう言いながら、薄く目を開いた。


 丸くて小さな、子供の目がそこにあった。
 雅の眠気がたちまち引いていき、たまらず目を大きく開く。
「あ、あんた。私のような小学生をお母さんと勘違いするのは、ちょっとありえないんじゃないの・・・・・・?」
 顔を引きつらせながら、水色のエプロンに身を包んだ少女が言った。
 雅はびっくりして起き上がり、少女を見た。髪の毛は茶色めで、長さは肩ぐらいまで。小さい子どもの頭は、撫でたらふわふわとしていてとても柔らかそうだ。
「お前は、確か昨日の・・・・・・?」
「そうよ。昨日はどうも。あんたがいなかったら私、きっと死んでた」
 少女は雅の目を見ないで、もじもじとそう言った。
 雅の脳裏に、夜の街灯に浮かび上がったカラスの巨体が思い起こされた。雅は無我夢中になってこの子をかばい、そして背中に太いくちばしをつきたてられた。
 どうかこの子だけは助かってほしい。
 ひたすらにそう願っていたら、いつのまにかこの子が元気になって、強くなっていて。
 あっという間に戦闘が終わったと思ったら、いつのまにか自分の体が回復していて・・・・・・。
 一連の出来事をざっと振り返っただけで、雅は混乱してくる。
 カラス。戦う少女。無傷な自分自身。
 どうして昨日という夜は、あんなにも異様な出来事だらけだったのだろう?
「そんなこと今更言ったってね、あんたこれからあの学校に通うんでしょ? ああいうのは、ここでは日常茶飯事なの」
 台所に戻っていた少女は、片手で生卵を割った。ベーコンの油で目玉焼きを作っている。
 上は白いノンスリーブのブラウスで、下はとても短い、黒のプリーツキュロットスカート。両足には黒のオーバーニーソックス。ミニスカートの腰のあたりには、金色の装飾がベルトのように巻かれている。
 雅は少女の背中を一通り眺めてから、わっと涌き出た疑問を口にした。
「日常茶飯事? それはどういうことだ?」
 少女は黙ってフライ返しを動かしている。落ち着かない雅は、少し腹を立てた。
「何か言ってくれよ! この島にはあんな気持ち悪いのがゴロゴロと存在するのか? そして、お前のような戦う存在もゴロゴロといるのか? 教えてくれ、ここはどういう島なんだ?」
 声を荒げる雅を一瞬で黙らせたのは、鼻先に突きつけられたお皿だった。
 できたてのベーコンエッグが湯気を立てていた。茶色の油がほどよく焦げ付いたベーコンから滴り、目玉焼きは口に入れただけでとろりと黄身があふれ出そうで、美味しそうだった。
「食べなさい。お腹すいてるでしょ?」


 雅は一心不乱に、少女の作った朝ごはんを食べていた。食パンもアパート備え付けのトースターであっという間に焼けた。そして瞬く間に食べつくした。
「ここはね、『双葉学園』の学園都市。島全体がそうであると思っていいわ。そこまではOK?」
「ああ、昨日おかしな車に乗せられてここまで来た。そこまでなら把握できてるが、問題はその先だ」
「そもそも『双葉学園』がどんな学校なのか、知ってるよね・・・・・・?」
「うん? 知らないよ?」
 さらっと雅がそう言ったのに対してみくは驚愕し、テーブルを両手で叩いて立ち上がった。
「知らない? ちょっと、あんた誰かと間違えられてきたんじゃないの!」
「知らないものは知らないよ。実家に学園の合格通知が来てたから、ハイわかりました私は入学しますと言って、こうしてやって来たんだよ」
「あー・・・・・・。なるほど、わかった。あんた、『スカウト』されて来たのね。あの能力なら納得いくわ」
「スカウトって何だ。能力って何だ。そろそろはっきりと俺に教えてくれ。『双葉学園』についてと、昨日のような化物と、お前みたいな『能力者』について」
「せっかちな人ねー。まずは朝食を作って差し上げた、私にお礼を言ってからでいいんじゃない?」
 少女がそうして話を逸らしたので、雅はとりあえずペットボトルの烏龍茶をコップにつぎ、一気に飲み干した。烏龍茶は十分冷やされていたため、頭にキーンと響き渡った。
「そのお茶も食パンも卵もベーコンも、みーんな私の部屋から持ってきたものよ。そろそろあなたから私に、お礼の一言でも欲しいんですがね、お兄さん?」
「そういえばお前は誰なんだ? 確か昨日、俺がお前をベッドに寝かして、俺は床で寝て・・・・・・。んで、起きたら俺がベッドに寝てて、お前が朝飯作ってて・・・・・・」
「ああもー! このせっかち! 私は『みく』。『立浪みく』! 双葉学園小等部6年生で、あんたと同じアパートに一人で住んでるの! 明け方に目を覚ましてから、床で寝てたあんたを引っ張り上げてベッドに転がしておいて、それから自分の部屋に戻って食材持ってきて、あんたが惰眠を貪っている間になんとなんと、わざわざ美味しい朝食を作って差し上げたのよ? それで未だにこの心優しい私に対するお礼や崇拝のお言葉がひとっつも無いとは、いったいどういう了見なのかしら? ありがとうのひとつ言えないタチなのかしら? 少しは感謝しなさいって言ってんのよこのボケボケボケ!」
「みーみーもーとーでーどーなーるーなー! ・・・・・・そうかそうか、そんなことがあったのか。せっかちな俺にわかりやすく一言でまとめてくれてどうもな」
 みくは「ふんっ」と雅から離れると、腕を組み、そっぽを向いて頬を膨らませてしまう。昨日の公園でのことといい、結構怒りんぼな女の子のようである。
 そっぽを向いたまま、片目を雅に向けてこう言った。顔を赤くして、よく聞き取れないような小さな声で。
「その・・・・・・アレよ。助けてもらったし、そのお礼の代わりよ。正直死ぬかと思ったんだから。借りは返してあげないとね・・・・・・。」
「そういうわけか。どうもありがとう。美味かったよ」
「まあ、伊達に自炊してないしね」と、みくは嬉しそうに頬をかいて言う。「話をそろそろ戻すね。双葉学園について。化物について。そして、私のような『能力者』について」


『双葉学園』は『異能者』を育てる学校なの。異能者とは、化物『ラルヴァ』に対抗できる力の備わった人物たちのこと。その存在は貴重。一人でも多くの有能な胃能力者を輩出するために、双葉学園は日夜機能してる。
 様々な異能者が学校にいてね、ほとんどがこの島に住んでいるわ。水を操ったり、竜に化けたり、そりゃあもう、十人十色。
 私は、身体能力を一時的に強化させるたぐいの異能力者ね。あのね、猫の力を使って戦うの。爪で引っかいたり、噛み付いたり。フィールドを駆け巡ったり、飛び跳ねたり。
 代々、そういう力を持った血筋なんだ。私がその誇るべき血筋の末裔だよ。数年前まで二人の優秀なお姉ちゃんがいたんだけど・・・・・・ラルヴァとの戦いで破れて死んじゃった。
 明るくてさばさばしてるみかお姉ちゃんが遺体で発見されて・・・・・・。怖がりでおっとりしてるみきお姉ちゃんが、消息不明で今でも安否が確認できてなくて・・・・・・。
 だから私は二人のぶんも頑張らなきゃいけないの。私はもうすぐ12歳だけど、こうして初勝利もできたことだし、これからますます調子を上げていくんだ! 私を小ばかにしていじめる連中を見返してやるんだから!
 そして猫の力を完全に引き出せるようになって、お姉ちゃんぐらい強くてかっこいい異能者になるの! お姉ちゃんたちは学校のなかでもね、大人気で、モテモテな異能力者だったんだ! 今に見てなさい、私は双葉学園のトップアイドルになってみせるから!
 ・・・・・・何よ、その目は? バカにしないでよ。絶対にやり遂げるんだからね!
 あとは、そうね。ラルヴァの話をしなきゃいけないわね。
 ラルヴァは人間に害を与える化物・異形の総称よ。昨日の巨大カラスのような、猛獣型のラルヴァもいれば、姿かたちをはっきりと持たないラルヴァもいるわ。
 まあ、細かい分類の仕方は、まだ習ってないから上手に説明できないけど、ごめんね?
 とにかく、この世界にはああいうような化物が今日もどこかでうろうろと歩き回ってるのよ。
 何? そんなもん知らないですって?
 当然よ。
 ラルヴァの存在も、私たち異能者の存在も、表世間には隠されている。思い出して御覧なさい? この島まであんたが、どうやってどんな風にやってきたかを。
 ふふふ。そんな怯えたような顔しなくてもいいのよ。
 ここは生活していくのに不自由することはないし、何も閉じ込められているわけじゃない。別に申請さえしっかりやれば、表に出てもいいんだし。
 そうね、あんたはまだこの島のことも、学校のことも、何もわからないようだし・・・・・・。
 ここは私にまかせなさい!
 私があんたの生活をサポートしてあげる! 何から何まで面倒見てあげる! 同じアパートだし、ちょうどいいじゃないの!
 ・・・・・・ちょっと! 聞いてんの!? こらぁ! こうして私があんたに親切にしてあげるって言ってんのに、また、あんたって人は――


 みのもんたはいつものように、朝のお茶の間に向かって大声を上げている。
 いつものようにボードをばしばし叩いて、いつものように政治家の不祥事を糾弾している。
 TVも世間も、今日もまたごく普通の日常を始めようとしているのに、雅は一人、自分が別の世界に来てしまっているように思えた。
 名古屋を飛び出し、東京へ向けて夜行バスに乗り込んでから、まったく違う朝が雅を出迎えていた。まったく違う日常が雅を出迎えていた。
 いくら自分がそれまでの生活から抜けだして、新しい人生を迎えることを望んでいたとはいえ、これは少しばかり滅茶苦茶すぎやしないか。
 異能力者。ラルヴァ。小うるさい猫娘。
 いったい、どっから心の整理をつけて受け入れていったらいいんだい? お母さん?


「じゃあ、あんたは自分の『能力』もまるで知らないわけね」
 と、皿を洗いながらみくは言った。小学生の割りに結構面倒見のいい女の子だ。
「知らないなあ。俺はごく普通の人間であり、ここでもごく普通の生活を送るもんだと思ってたからね」
 雅は登校の準備をしながらそう言った。あと少し時間が経てば、いよいよ入学式が始まる。
 『異能者を育成する学校』・双葉学園。招かれたように彼はこの学校に入学するのだが、雅にはまだ実感が湧いていなかった。異能力。化物。どの話題も、ファミコンのゲームの話をしているようで、全然ついていくことができないでいた。
 皿を立てかけて洗いものを終え、タオルで手を拭いているみくが、雅にこう言った。
「あんたはそう言うけど、私にはもうだいたいわかってるの。昨日の戦闘で、身を持って知った」
「どういうことだ」と、雅は手を止めてみくを見る。
「私はね、昨日、あのカラスによってすごい大怪我したのよ。とんでもない速さで電柱に叩きつけられて・・・・・・。骨が砕け散る手ごたえを感じたほどだった」
 そう言いながら、みくは流しの扉を開き、何かを取り出した。包丁だった。
「でも、私はあんたに抱きしめられてから、怪我が治っちゃったの。体力も回復していた。つまりね、これはあんたが私を『治した』ってこと」
「俺が・・・・・・お前を?」
 雅は自分の両手を見る。
 みくをカラスの攻撃からかばいつつ、抱きしめたときのことだと思う。
 怪我をして動けないみくの小さな体を抱き、雅は祈った。どうか、この子だけでも助かってほしい。「助かってほしい」と。
 カラスによって背中に強力な一撃を受けていたため、それからはしばらく動けなくなってしまったが、彼はしっかりとその目で見ていた。
 全快したみくが、あれだけ手こずったカラスを圧倒し、粉々に切り刻んでしまった光景を。
「俺が、お前の怪我を治した」
「そうよ。ま、実際に見てみるほうが早いと思うわよ?」
 みくがそう言ったと思ったら、雅の血の気が一気に引いた。
 なんと、みくは自分の手の甲に包丁を付きたてたのだ。
「お前、何やってんだ!」
 白くて小さな手に、深く突き刺さった包丁。細くて柔らかそうな指の一本一本にそって、血液が流れていく。床にぼとぼとと血痕が、ひとつひとつ積み重なっていく。
 雅はひどく驚きながら、みくの手をとった。包丁を抜いたら、勢いよく血液があふれ出る。
 怪我をした手を両手で包むと、雅は強く念じた。この一連の動作は、彼の癖のようなものであった。
 このバカ娘が。能力とかそんなこと言ってる場合じゃねえ! そんな怪我して痛くねえのかよ!
 そう、怒りも交えながらあれこれ念じていた。
 ところが。
 みくは「もういいわ。思ったとおり」とニンマリ微笑みながら言うと、自分の手を雅に見せた。
「ほーら、この通り」
 手の甲には、傷ひとつ無かった。
 乾いた血液で、赤茶色に汚れているのみであった。
「『治癒能力』。これがあんたのやってみせたことよ。あんた固有の能力よ。あんた、すごい能力持ってんじゃないの!」
 みくは楽しそうにそう言った。
 雅は呆然として、再び自分の両手と向き合った。


「さあ、そろそろ行かないと学校に遅れるわよ! 新学期早々遅刻して、サマソでぶったぎられるのやだかんね! 行くわよ!」
 そう、みくは雅をせかす。
 なるほど、自分のこうした能力があってこそ、俺は双葉学園に呼ばれたというわけか。
 雅はそう思いながら、ドアノブに手をかけた。
 すると、何かが雅の肩に乗る。
 それは昨日の朝、雅が連れて帰った黒猫だった。
 そのとき合点がいった。雅は、車に轢かれて瀕死の重傷を負った黒猫を、己の治癒能力で救ってしまったのだ。猫は怪我をしていなかったのではない。雅が治したのだ。
「治癒能力か・・・・・・」と、雅は微笑んでつぶやく。もう、自分は異能者だと認めないわけにはいかなかった。可哀そうな黒猫の命を救ってみせた自分の能力に、誇りすら覚えていた。黒猫はいとおしそうに、雅の頬を舐めている。
 そんな雅たちにみくが近寄ると、黒猫はフーッと息を荒げて尻尾を逆立てた。みくに対して威嚇している。
 みくはムッとした顔を見せてから、雅にこう教えてくれた。
「『私の命を助けてくれた愛しい愛しいご主人様に馴れ馴れしく朝ごはんなんて作らないでよこの泥棒猫娘!』ですって。まったくもう、あんたって人は、ほんと雌ネコにモテモテね」
「ああ、そうなんですか・・・・・・」
 雅は苦笑しながら、黒猫「アイ」を自分の部屋に戻して戸を閉めた。


 昨日、昼間に寝ていたせいだからだろうか。
 深夜に町を歩き回っていたせいだからだろうか。
 いや、それとも名古屋でずっと腐ったような生活を送っていたからだろうか。
 雅は青空がこんなにも青くて、潤んでいることを知る。
 みくが隣を並んで歩く。赤いランドセルを上下に揺らしながら、島の施設について、冗長に解説してくれる。彼女の指差す先のほうに、大仰な建物がいくつも並んだ大掛かりな施設が見えてきた。
「あれが、俺がこれから通う学校ってわけだね」
「そうよ。今日からよろしくね!」
 治癒能力者・遠藤雅の新しい生活は始まった。


 ふと、ブロック塀にいた何かと目が合った。
 そいつはすぐに逃げ出してしまったが、白いトラ猫らしき動物だということはわかった。
「俺はつくづく猫に縁があるようだな・・・・・・」
 雅は、みくに袖を引っ張られてその場を離れる。
 その背中を、白虎は電柱から見つめていた。




【双葉学園の大学生活 ~遠藤雅の場合~】
作品(未完結) 第一話 第二話 第三話 第四話 第五話 第六話
登場人物 遠藤雅 立浪みく 与田光一 西院茜燦 逢洲等華 藤神門御鈴 水分理緒 エヌR・ルール 早瀬速人
登場ラルヴァ カラス
関連項目 双葉学園
LINK トップページ 作品保管庫 登場キャラクター NPCキャラクター 今まで確認されたラルヴァ
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