【悪の華】


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  悪の華

  決戦

「行くぞ! みんな、アールディボンバーだ!!」
『おうっ!!』
 赤い全身タイツと同じく真紅のヘルメットを被ったリーダーらしき人物が大きな声を上げる。その掛け声に青、黄、桃、黒という実にアレな色合いの連中が応えると、腰に吊るしたガジェットを掲げ、それらを立体パズルのように結合させ一つの武器のような形を成していく。
 そして、赤い全身タイツの男が満を持したように、拳銃のトリガーのようなものを盆踊りにも似た不思議な動きをしながら最後部に差込むと、そのトリガーを勢い良く引く。
『ボンバー!!』
 何度も練習したかのように絶妙なタイミングで彼ら五人がハモると、合体したバズーカ状の武器の先端から五色のビームの束が絡みつくように放出され、その先にいた蝦と人を混ぜ合わせたような怪人に直撃する。
 爆発。ハリウッド映画もかくやという必要以上に派手な煙と炎を上げ、蝦怪人は灰燼と化することになったようだった。
「どうだ、ミスガーベラ! お前たち秘密結社カーサネグラの幼稚園バスジャック計画は完全に失敗したぞ!!」
 全身真っ赤な人物がそう言いながら勢い良く指差す先には、極めて露出度の高いところどころ刺々しい意匠が施されたコスチュームを身に纏った女性と安っぽい全身タイツを着込んだ部下らしき人物が二人、憎憎しげに自分を指差す男を睨み付け立っていた。彼女が手に持った鞭は、怒りのためか屈辱を感じているのか僅かに震えている。
「お、覚えておれよ! 次こそは貴様らアールディファイブを倒してくれるわっ!!」
 ベタベタなお約束な捨て台詞を吐き捨てて、くるりときびつを返し、その場を二人の手下と共に走り去っていく。
「やったわね、レッド」
「なーに、これもピンクの活躍のお陰さ」
「おいおいレッド、俺のことも忘れないでくれよ!?」
「まったくもー、ブルーはいつもそうよね」
『はーっはっはっはっはっはっ!!』
 なんとも白々しい作り笑いが、双葉島の片隅にある採《・》石《・》場《・》っ《・》ぽ《・》い《・》と《・》こ《・》ろ《・》にいつまでもこだましていた。


  暗躍する麗人

 薄暗い地下室のような場所に飾られている不気味なレリーフの前で、ミスガーベラは自らの失敗を恥じるように片膝をつきながら俯き、一人弁明していた。
「申し訳ございません首領様。予想外のことが起きまして、あの邪魔さえなければ計画も上手く行ったはず――」
「ふん、末席とはいえ、我ら四天王の一角にあろうものが、あんな若輩どもに遅れをとるとは実に情けない」
 突然ミスガーベラの後ろから声が聞こえてくる。彼女が振り向くと、そこには奇怪な仮面を付けた燕尾服姿の人物がマントをたなびかせながらゆっくりと自分の方へと近づいているのが見えた。神経質で高い声質とマントの隙間から見え隠れする僅かな二つ双丘から、その人物が女性ということが理解できる。
「ド、ドクターフューチャー? 何故ここに!? 貴様の任務は吉祥寺近辺の征服のはず!!」
「ふん、そんなもの貴様に心配されるまでもなく着々と進んでいるわ。私は貴様のような無能とは違うのでな」
 くくくと嫌味たらしい笑いを仮面の下で僅かに漏らしながら、ドクターフューチャーと呼ばれた男装の麗人はミスガーベラの横まで悠然と進み、彼女と同じように片膝をつき、掲げられたレリーフに頭を下げる。
「遅くなりました、偉大なる首領バレアマルゴ様」
 その時だった。豪胆な大男さえも額に汗を滲ませるほどの張り詰めるようなオーラがその場に満ちると不気味なレリーフの双眸が赤く明滅し、どこからともなく声が聞こえ始めた。
『言葉が過ぎるぞドクターフューチャー』
「はははっ」
 その言葉にドクターフューチャーは即座にひれ伏し、頭を床になすり付け、自分の無礼を詫びる。先ほどまでの尊大な態度が消し飛んでしまう程にその姿は滑稽であった。
『貴様もミスガーベラも我の大事な手駒。協力こそすれ、反目することは我が許さん。しかし、ミスガーベラ、貴様の失態も褒められたものではない。あまりにも続くようであれば……分かるな?』
「あ、ありがたいお言葉っ」
『ならば、各々我らの野望達成のために最善を尽くすが良い』
『は、ははーっ!!』
 二人はレリーフにひれ伏し、圧倒的な気配が去るまで、そのカタチを崩すことは無かった。


  慙愧の念

「はあ……」
「どうしたんですか? ガーベラ様?」
 私は秘密基地にある第二会議室で、部下である戦闘員二人と次回の作戦を打ち合わせしているのも忘れ、大きなため息をついてしまっていた。
「ほら、今回も作戦失敗しただろ? 首領様は庇ってくれたのだけど、アイツが色々と言ってきてさ……」
「フューチャー様は結構ねちっこい性格ですからね」
「うむ。あの後も十分ぐらいネチネチとあること無いこと言われたよ……。胸が無駄にデカイとか、化粧がケバイとか、そんな格好をするのはただの淫乱だとか。これは、こーいうキャラだっつーの!! つーかね、もうそれって作戦の失敗と関係ないじゃん……。そうだ、ところで一号よ、海老名《えびな》さんの容態はどうだ?」
 私は、アールディファイブに倒されたラルヴァの海老沢さんのことを戦闘員一号に問いただす。彼が病院に連れて行ったからだ。
「ええ、打撲とかは酷いですけど、二週間もすれば動けるようになるって先生が言ってましたよ。ただ……」
「ただ?」
「何度も『役に立てなくてすいません』って病院のベッドの中で――」
「そうか……。やっぱり、私は人の上に立つ器ではないのかもしれない」
 私はこれまでの失態と、それに伴って傷ついたラルヴァたちを思い返す。
 私はそれまで張り詰めていた緊張感が切れてしまったのか、ドクターフューチャーに色々言われたことで心が挫け掛けていたのか、次の計画を記したチラシの裏で作ったノートにおもわず涙を一滴落してしまう。
「だ、大丈夫ですよ! ガーベラ様は怪人役のラルヴァさんの間でも優しい幹部だって評判なんですから! ね? そうよね? 一号さん?」
 私の意外な反応に驚いたのか、戦闘員二号が必死に私をやや空回りながらもフォローしようとする。
「え? あ、うん、そうですよ! ガーベラ様。しっかり自信を持ってください。ガーベラ様がしっかりしてくれないと、首領様の掲げる尊い目標は達成できませんよ! 僕たちも含めて、みんな期待してるんですよ?」
 二人の気持ちが私にはとても嬉しかった。私は、胸元からハンカチを一枚取り出すと、涙を拭く。見るとハンカチにどぎついアイシャドウの色がバッチリ移っている。化粧が涙で崩れてしまっていることに気がついた私は、この場から早々に立ち去ることに決定する。うむ、彼らに今の素顔を見られたくない。
「よし、今日はここまでだ。次回の作戦案と、参加するラルヴァに関しては各々が今週末の本会議までに考えておくことにしよう。では解散だ!」
 そう言いながら私はテーブルに広がっている資料を手早く片付けると、その部屋からそそくさと退出し、女子更衣室に設置されたシャワールームに駆け込むことにした。
 気恥ずかしい鎧と肘まで長いロンググローブを外し、備え付けの籠へと放り込む。ビキニアーマーがガチャガチャと重たい金属音を立てる。なんで、こんな露出度の高い衣装を身に着けないといけないのだろう? これって首領様の趣味なのだろうか? もうちょっと可愛い服の方がいいのに。そんなことを思いながらシャワーのコックを捻り、全身に熱いシャワーを浴びる。心地よい温かさがアールディファイブとの戦いに疲れた身体が癒されていく。
 シャドウやチーク、マスカラなど、私の顔に施されたケバい化粧をクレンジングローションを使って汗と一緒に洗い落とす。お化粧は入念に落とさないと……私は肌が弱いのですぐに荒れてしまうのだ。
「あ、ガーベラ様、先に入られていたんですか?」
「ああ」
 戦闘員二号の声がする。だが、私は彼女の姿を確認することができない。理由は化粧を落としていたため目を開けられないこと。もう一つは目を開けたとしてもあまりにも目が悪くて彼女の顔が良く見えないからだ。
「でも……相変わらずガーベラ様はいいスタイルしてますねえ。女性の私でも思わずしゃぶりつきたくなりますよ」
「な、なななにを言っているんだ二号っ!? 私にそういう趣味は――」
 目を開けることもままならない状態で、私は自分の身体を守ろうと両手で胸を押さえる。
「やだなー、じょーだんですよ。じょーだん。でも、ガーベラ様は本当に彼氏いないんですか?」
「ふん。彼氏など、崇高な目的のためには不要なのだ」
「ホントにそう思ってます?」
「あ、当たり前だ!」
「ふーん……」
 私がシャワーを浴び終わり更衣室に戻った時には、先にシャワーを浴び終わってた二号はすでにおらず、私1人となっていた。
 私はロッカーを開け、中に入っている飾り気のない下着を付けていく。もう少し可愛らしい下着もつけたいのだが、今のバイト代ではこれが精一杯。ミスガーベラとして変身するための化粧代や使い捨てのカラーコンタクトレンズ(以前戦闘中に無くしてからというもの、もっぱら無くしても痛くない使い捨てになっていた)は実費で払わねばならず、部下である戦闘員やラルヴァたちへの慰労のための予算など、お金はいくらあっても足りなかった。
 私は破れかけたジーンズとクタクタになったTシャツを着る。そして、腰まで届きそうなほどに長い黒髪を髪ゴムで後ろにひっつめ、度の強いセルフレームのメガネを掛ける。
 鏡を覗き込むと、実に地味でありきたりな華のない女性がそこに映っていた。
 こんな色気の欠片も無い姿では私があのミスガーベラであるとはアールディファイブどころか戦闘員や仲間のラルヴァも気がつかないだろう。
 着替えの終わった私は更衣室を出ると、そのまま秘密のエレベーターに乗り込み、カモフラージュされた商店街の一角にある建物からこっそりと出ると、自室のある寮へは戻らず、人気無い路地裏から買い物客でにぎわう商店街へと歩いていく。
 今日はバイト日であり、そのバイト先である居酒屋へと向かうためだ。
 バイト先の居酒屋はオープン一周年記念のイベントが開催中の上、週末ということもあり、盛況が予想されていた。


  運命の出会い

『いらっしゃいませー』
 元気の良い掛け声が、旧家風に模した店内にこだまする。予想通り、お客は大入り満員状態だった。いつも以上に活気があり、盛況で忙しかった。
「綱島《つなしま》チーフ」
 私を呼ぶ声が後ろから聞こえてくる。新人の中目黒《なかめぐろ》だった。
「どうした?」
 私はレジに立つ小柄な彼女の元に駆け寄ると何が困っているのか即座に理解する。
「はい、領収書ですね。少しお待ちいただけますか。――――お宛名書きはどういたしますか?」
 私は彼女にも分かるようにゆっくりと手順を進めていくことにした。
『有難うございましたー!』
 私と中目黒はお店を去るお客様にお辞儀をし、お客様を見送っていく。
「助かりましたチーフ」
「なに、中目黒さんはまだ不慣れなんだから、分からないことがあれば皆に聞くのがいいぞ。私だって最初の頃はそうだった」
「はい!」
 可愛らしい声と笑顔だ。私もこんな屈託の無い笑顔ができればいいのに……。そう、私こと綱島菊奈《つなしまきくな》は、表向きは双葉大学の地味で目立たぬ三回生であり、その裏では島内で暗躍する秘密結社カーサネグラの四大幹部の一人、ミスガーベラであった。ついでにこの居酒屋“黒来家《くろきや》双葉本店”のフロアチーフでもある。
 全くもって、なんでこんなややこしいことになったのだろう。まあ、今更考えても始まるまい。今は崇高なる使命よりも目の前の仕事が大事だ。
「いらっしゃいませー!」
 私は新たに訪れたカップルに元気の良い声で挨拶した。
「二人なんだけど、席あります?」
 その声に私は聞き覚えがあるような気がした。だが、どこで聞いたのか思い出せない。ごく最近聞いたような気がするのだが、どうにも思い出せない。……まあ、いいか。そんなことよりもお客様を待たせてはいけない。
「では、お席にご案内します。どうぞ」
 私はそのカップルを奥にある座敷席へと案内していく。
「メニューはこちらになります。それと、こちらが、本日のオススメです。御用がありましたら、お呼び下さい」
 しかし、見てるこちらが見惚れてしまうしまうほどの美形のカップルだ。本当にこういうカップルっているんだなあ。うらやま……じゃない、ビックリだ。
 別のお客様にオーダーのため呼ばれた私はその場から去ろうとする。その時、
「今の店員さんのおっぱいって――」
「もう、小杉《こすぎ》くんってばすぐにそういうこと!」
「でも祐天寺《ゆうてんじ》さん、もしかして、あの店員さんの胸ってガーベラ様よりあるんじゃないの?」
「だから、そーいうこと言っちゃ駄目だってばぁ」

 へ!?

 い、いいいいいま、なんと言った? 私の聞き違いか? いやいやいやそうに違いない。おちつけー私。ガーベラとか聞こえたような気もしたが、きっとバーバラの聞き違いに違いない。いや、まて。バーバラって何んだよ? あれだ、ハンナ・バーバラ? 宇宙忍者ゴームズ? つーか宇宙忍者ゴームズの話が出てくるってどんなカップルの会話だよ。随分と懐古主義的なオタクじゃないか。もう少し冷静になろう。……やっぱりガーベラだよな。ということはあれか? 男は一号か。ちょっとまてよ。カップルってことは一号にはあんな可愛い彼女がいたのか? というより、彼女の方もどこかで聞いたことある声なんだけど……もしかして二号っ!? えーっ? あいつら付き合ってたのか? いや、これは任務帰りの仕事仲間の飲み会ってところだろ? でもでもでも、ならあの親密さは何? なんかいい感じじゃん? ちちくりあってるじゃん! 馬鹿ップルじゃん!! つーか、お前ら、来月分の給与はがっつり減らすからな! 当たり前だろ? 大いなる野望のためには色恋沙汰はご法度! それ以前にウチはおふぃすらぶは禁止じゃぼけぇっっ!!
「あ、あの~店員さん?」
 ミシミシと音を立てているPOS端末を心配気に見つめるお客様の声でようやく我に返った私は、いつも通りの営業スマイルを取り戻し、注文を聞くことにする。
「はい、ご注文承ります」
 やばい……。私としたことが取り乱してしまった。そう、私はフロアチーフ。現場の責任者だ。この程度で心を乱しては皆に示しがつかないではないか! そうだ、落ち着け私。今の私がミスガーベラだと彼らに気づかれることはないのだ。
「すいませーん」
「はい、少しお待ち下さい!」
 後ろから声がし、思わず職業病なのであろう反射的に返してしまう。しまったぁぁぁっ! あの卓じゃないか? あの席は他の店員に任せるべきなのに……。でも、反応してしまったのは仕方ない。
「お、お待たせしましたー」
「とりあえず、生中二つと枝豆……あと祐天寺さんは何にする?」
「うーん、どうしようかなあ? ねえ店員さん、何かオススメってあります?」
 こ、こいつ私の正体に気がついたのか? その確証のために私から多くの言葉を引き出そうとして、わざとオススメを訊いているのか? だとすれば相当のキレ者。ただの平戦闘員にしとくには惜しい人材だ。全く、こんなところに逸材が眠っているとは侮りがたし。もし本当にそうだとしら、首領様に報告しておくのもやぶさかじゃない。うむ、それがいい。しかし、今はバレてはマズイ。こんなところでバイトしてるなどどバレては幹部としての威厳が無くなってしまうからな。赤の他人としらばっくれるのが得策だろう。
「そ、そうですねえ。お刺身の盛り合わせなどはどうでしょうか?」
 取り合えず、私はバレないように彼女から目をそらしつつ言葉少なめに声色を使って簡潔に答える。
「あのー、すごい汗ですけど大丈夫ですか?」
「だ・い・じ・ょ・う・ぶ・DEATH!!」
「そ、そう……じゃあ、それをお願いします。ところで……」
「……はいぃ!?」
「店員さんはどうして手袋してるんですか?」
 ふう、気になっていたのはそっちかよ? 全く焦らせるんじゃない。
「ああ、これですか? ちょっと小さい頃に大きな火傷をしまして……」
 私は彼女に薄手の手袋をはめた手を見せながら、ヒラヒラと横に振り、なんでもないというしぐさをしてみる。だが、二号は私の言ったことに気まずくなったのか口元を手で押さえ、申し訳ない表情をしていた。
「ゴ、ゴメンなさいっ!! 私ったら失礼なこと言ってしまって! 本当にゴメンなさい!」
「いいんですよ。気にしてませんから、慣れてますから」
 私は彼女の真摯な謝罪に笑顔で返すことにした。気にしてないというのは本当だったからだ。実際は火傷なんて嘘だしね。
「そうですかあ……それはそうと、店員さんってどっかで会ったことありません?」
 彼女は私の顔をじーっと見つめている。もう、そんな穢れのない目で見るなよ馬鹿! 営業スマイルが崩れるだろ。これはやっぱりバレているのか? ならば私の威厳も万事休す。思わず、ハンカチで額の汗を拭いながら上手いこと目をそらしてしまう。
「へっ!? わたひはお二人とお会いしたことはありませんけど。ももももしかすると、学園内で会ったことがあるのかもしれません。私はまだ学生ですので」
「そう? 身近などこかで会った気がしたんだけどなー」
「祐天寺さんも? 俺もなんだよ。でもどうしても思い出せなくてさあ」
「ひ、ひとちがひでちゅっ!!」
 私は注文を端末に入力すると、一刻も早く危険が危ないその場から立ち去ることにした。
「やっぱり似てない?」
「えー? でもガーベラ様の方が全然美人だよー。さっきの人のが胸は大きいけど」
「胸は大きいけど地味だよねー。ガーベラ様はもっと華があるもの」
「だよねー」
 おい、お前ら。小声だけどしっかり聞こえてるぞ。それは褒めているのか? 貶しているのか? どっちだ? つーか、お前らさっきから胸とかおっぱいとかうるせーよ! なんだ? あれか? 私はおっぱいでしか認識できない乳お化けか!? それと顔が地味で悪かったな。でもな、素顔が地味な方が化粧栄えするんだぞ! 魔性の女に変身できるんだい、ボケっ! などという複雑な感情を無理やり腹の底に飲み込みながら、私は顔を真っ赤にして調理場の方へとさっさと逃げることにした。
 誰かに彼らを担当してもらうことにしよう……。このままでは確実にバレる。だが、私を待っていたのはそんなお気楽な願いを打ち砕くものだった。
「チーフ、白楽《はくらく》さんが急用で今日出れなくなったって連絡が。あと調理場の反町《そりまち》さんが調理中に怪我をして病院に……」
「ええーっ!? 現状でも人が足りないって言うのに?」
 あまりにもお約束な展開に目の前が真っ白になっていく。そのままホワイトアウトし倒れそうな身体を気力で強引に奮い立たせると、私は周りにいる心配そうな顔をしたスタッフたちに精一杯の笑顔を振りまき、安心させようとする。
「じゃあ、分かったわ。みんな手分けして白楽さんたちの分まで頑張りましょう」
 こんな状況である。「戦闘員一号たちのいる座敷を誰か担当してくれ」なんてことはどうやっても言い出すこともできず、私は軽い絶望を感じていた。まったく……これ以上何が起こっても驚かないわ。
 入り口の方からガラガラと扉が開く音がする。新しいお客様だ。ホントに今日は迷惑なくらいに千客万来なことだ。私は僅かに残った元気を振り絞って大きな声を上げてお客様を向かえようとしたのだが……。
「いらっしゃいま……せえぇぇぇぇえっ??」
 そこには、しこたま酒を飲んでいるのか、顔を真っ赤にした見覚えのある男二人が足元も覚束ない様子でフラフラと立っていた。
「レ、レッドにブルーゥ!?」
 回りも気にせず、私は思わずその名を口にしてしまう。
「チーフ? 何言ってるんですか」
「いや、なんでもない。中目黒さん、あちらのお客様を案内してあげて。た・だ・し、奥の座敷に案内しちゃ絶対駄目よ! いいわねっ!!」
「わ、わかりました~」
 私の鬼気迫る表情に気圧されたのか、この場から逃げるようにトテトテと二人組みのお客様の方へと走り去っていく。
 ほっと息をつく私だったが、世の中はそんなに甘くない。
「ちぃぃぃふぅ~」
 中目黒が泣きそうな声で私を呼んでいた。入り口の方を見ると、なにやら彼らと口論になっているようだった。急ぎ、私は彼女たちの方へと駆け寄っていく。
「あのー、どうかいたしましたか?」
「どうもこうもねえよ! 俺は座敷に座りたいって言ってるんだよ」
「あー、あいにく座敷の方は満席でして……」
「嘘付けよ! あそこが空いてるじゃねーか!」
 だから、あそこは一号と二号の席の隣だから駄目なんだって、この熱血馬鹿! 空気読めよ。
「ねえいいよね? 店員さん?」
「ひゃっ!!」
 いつの間にか肩に回されたブルーの気色悪い手を払いのけながら、引きつった笑顔で極力穏やかに対応する。
「あちらの席の方がゆったり座れますけれど?」
 私はそう言って、四人がけのテーブル席の方を紹介する。
「俺は座敷がいいんだよ! おい、青田《あおた》、座っちまおうぜ! もう面倒くせえよ」
「あの、お、お客様?」
 ズンズンと座敷に進んでいく彼らを追いかけながら、私は最悪の状態になったことに頭を抱える。あとは一号と二号の紳士的な態度に期待するしかない。きっと仕事とプライベートの切り替えはできる奴らなので大丈夫……だよな?
 行儀悪く脱ぎ捨てた二人の靴を揃え、偉そうにふんぞり返っている男の横に行き、メニューの説明をしていく。
「――それでは、ご注文が決まりましたらお呼び下さい」
「ん? 取り合えずビールな。ジョッキで。お前もそれでいいだろ」
「おん前まだ飲むのかよ?」
「あの、お客様……」
「うるせえな! いいんだよ」
「お客様?」
「合コンでお持ち帰りできなかったからって腐るなよ」
「なんだと?」
「お客様ぁ?」
『なんだよっ?』
「ご注文は生ビール二つでよろしいですか?」
「おう、さっさと持って来いよねーちゃんっっっ!!」
 レッドが私の尻をバンバンと叩き、ブルーが頭の悪そうな下世話な視線をこっちに送ってくる。私はそれらを完全に無視すると、去り際にチラりと一号たちの方を見る。彼らは隣の卓に誰がいるのが気が付いたのか、居心地の悪い様子で、お品書きを盾にしてこそこそと話し合っていた。
「ねえ、隣の二人ってレッドとブルーだよね?」
「うん、多分というか絶対そう……。私、変身前見たことあるし」
「バレたらマズいよ……ね?」
「でも、私たちの顔は知らないから大丈夫だよ。ここお料理も美味しいし、もうちょっとゆっくりしていきましょうよ」
「そうだよね、無視すれば大丈夫だよね。向こうも正義の味方だからこんなところで暴れたりしないよね……その割りには随分とガラが悪いけど」
 よーし、お前らそれでこそ立派な大人の対応、秘密結社カーサネグラの団員のあるべき姿だ。幹部として嬉しい限りだぞ。なんなら別の席も用意するぞ。よろこんでー。
 私はそのままカウンターへ戻らず、僅かの時間だけ一号の傍に近づきそっと声を掛ける。
「あのー、お客様?」
「え? あ、はい」
 一号は私が声を掛けたのに驚いた様子で、少し戸惑っているようだった。
「別のお席をご用意いたしますけれど」
 私は隣の席の馬鹿どもに聞こえないように小さな声で彼に耳打ちする。
「うーん……いや大丈夫ですよ。店員さん」
 そっちが良くてもこっちは良くねーんだよ。黙って言うこと聞きやがれ。
「そうですか、お席を替わりたいようであれば、私に声を掛けてくださいね」
「気を使ってもらって、すいません」
「いいえ」
 私は肩を落としながらその場を去っていく。
「なんか、凄く気が利く店員さんだよねー! こっちの心が読めるのかしら? それとも気配りのプロ?」
「そういう能力者も多いからね、そうなのかも。でも、そうでなくても優しくて気が利く店員さんだよ。食べ物も美味しいし、この店ご贔屓しちゃおうかな」
「やだもー!」
 しなくていいよ。金輪際二度とくるな!! というか今すぐ帰れよ馬鹿ップル。
 胃に穴が開きそうなほどに精神を削り取っていく座敷席から開放され、ようやくカウンターに戻った私の疲れ切った顔を見て、スタッフたちが心配する。
「大丈夫? 顔色が悪いよ」
「チーフ、疲れてるんじゃないですか?」
「大丈夫よ。いやちょっとね……うん。大丈夫だから」
「そうですか? やっぱりちょっと休んだ方がよくないですか?」
 嗚呼もうっ、いい子ばっかりだなあ、ここは!
「でも、お客様も沢山いらっしゃるし……人手も足りないし……。それと、今日の座敷のお客様は私が見るから、他の子は……」
 私がその続きを言いかけた時だった。
「申し訳ありませんっっ!」
 なにかが割れる音に僅かに遅れて座敷席の方から女性の声が聞こえてくる。その声の主は間違いなく中目黒の声だった。


  急転直下

 私は急ぎ、座敷席の方へ向かいながら、トラブルの元があの二組でないことを神に祈っていた。もちろん、それは確実に無理な願いだというのは分かっていたけれど。
 ほーら、やっぱり、顔を真っ赤にしたレッドが中目黒に絡んでやがる。
「もーしわけありませんっっ!!」
「謝ればいいってもんじゃねーだろ? どうすんだよこれ」
 そう言って仁王立ちするレッドは頭からビールを被ったみたいにびっしょりで、なおかつ、ガラスの破片を所々髪の毛に散りばめていた。
 おーい、中目黒。もしかしてジョッキで彼を殴ったのかい? そうでもしないとこんな惨状は無理だぞ。まあ、それはそれで許すけどさ。でもフロアチーフという立場ではしっかり後で説教するぞ。
 ただ、現時点では心の中で絶賛してやろう。ばーか、バーカ、馬~鹿! 海老名さんを酷い目に遭わせたんだから、それぐらい酷い目に遭ってもバチは当たらんぞ!
 でも、私はフロアチーフだ。そんなことをおくびにも出してはいけない。頬が緩むのを抑えつつ、お昼休みがあと数秒で始まるために全身全霊を掛けてお断りする公務員よろしく、世界で最も申し話ない表情をしながらレッドに謝罪することにした。
「申し訳ありません。うちのスタッフがなにか失礼なことをしたようで……。もちろん、お客様のお洋服のクリーニング代はこちらで支払いますので……」
「チーフでも……」
 中目黒は何かを訴えようと私に縋り付き、今まで見たことがないようなキツイ表情で彼ら指差していた。
「私は悪くありませんっ! この人が私の……私の……」
 彼女が指差す先には薄ら笑いを浮かべているブルーがいた。そのヘラヘラとした笑いは、空腹で胃酸で荒れた胃の中をさらにムカムカとさせるものだった。
「おいおい、俺のせいだってのかい? 俺は君が倒れそうになったから、支えようとしただけじゃないか?」
 ハリウッド映画の三流役者もかくやという仰々しい身振りで自分の潔白を晴らそうしている。……もしかしてこいつはレッド以上に酔っている?
「う、嘘ですよ! ぼ、僕、見ましたから! この人が店員さんのおし……じゃない身体を触ろうとしたんです!」
「そうです! 私も見ましたっ!!」
「あのー……お客様、落ち着いてくださいますか? ちょっと悪酔いし過ぎてませんか?」
 私は、誰というわけでもなく場を落ち着かせようする。おい、一号と二号、無駄に混乱させるんじゃない。
「おい、手前ぇ、部外者のくせに割って入るんじゃねーよ」
 レッドが一号の胸倉を掴む。
 まず――――いっ!! これはまずい。
「あのぉ、お客様、落ち着いてください」
 私は二人の間に割って入り状況を落ち着かせようとする。というか、レッド……おそろしく酒臭いぞ。予想以上にアルコールが入ってるなお前?
「こちらのお客様が言ったことは本当ですか? 中目黒さん」
 中目黒は一号の方を見ながら、目じりに涙を浮かべコクコクと首を縦に振るだけだった。
 それだけで十分。私はレッドとブルーに相対すると自分よりも背の高い二人にたじろぎもせずにはっきりと言うことにした。
「私見ではありますが、今回はそちらにも非があると思います。ですが、お二人とも少し酔われているようですので、今日のところはお帰り頂けませんか? もちろん、ご洋服のクリーニング代はお支払いいたしますし、今日の代金も結構です」
「そーいう問題じゃねーんだよ。こいつは俺にビールを頭から掛けやがったんだっ!」
「そうですよ~、大事なお客さんといい加減な店員のどっちの言葉を信用するっていうのさぁ?」
 ブルーはそう言いながら、私の傍に近寄り、ベタベタと私の身体を触りながらアルコール臭い息を吹きかけてくる。
「あ、あんた達の方がどうみてもたちが悪いじゃないか!」
 そう言って一号は私とブルーの間に割って入り、私からブルーを引き剥がす。身体が震えている。なけなしの勇気を振り絞ったのだろう。いや、彼女の前でいいところを見せたいという下心によるのかもしれない。どちらにせよ、行動に移ったのは賛辞に値する。
 だが……。
「なに言ってやがんだよっ!」
 私の予想に反して、いや、私の予想が甘すぎた。レッドの体育会系のマッチョな身体が予想以上に機敏に動く。止めようとする間もなく、その拳が一号を吹き飛ばした。テーブルに倒れこみ、ビールジョッキや料理皿がガチャガチャと音を立てテーブルから落ちていく。
「お客様!?」
「ゴメンねえ、店員さん」
 そう言いながら、空気も読まずにブルーは私の腰に手を回し身体を密着してくる。見た目は普通だけど、コイツも相当酔っ払ってるんじゃないか?
 流石に私も我慢の限界だ。
 いや私はまだいい。一号を殴り、中目黒を貶めたのが何より許せなかった。
「ゴメンじゃないですよ。その手を今すぐ離せ……」
「はい!?」
「は・な・せ・と言ったんだ。私は……」
 自分の腰に回された淫猥な目的の右腕を強引に振り払いながら、リミッターの役割を果たすはずの手袋を私は脱ぎ捨てる。もちろん、そこに火傷のあとなど微塵も無い。
「お前たちはアルコールに飲まれ、自我を失っているようだな。――少しばかり教育してやろう」
「なに言って……」
 レッドがその言葉に反応するよりも早く、私はレッドのゴリラのような顔面を利き腕の右手で掴む。指が食い込みミシミシと頭蓋骨が軋む音がする。
「おい、手前ぇ……。客にこんなことして……ちょっ、おい? な…なんだこれ!?」
「教える必要もない」
 肌から直接彼のパワーが私に注ぎ込まれ、ありえないほどの力が漲ってくるのが感じられた。私の異能は接触した能力者やラルヴァのパワーや体力を奪い取り、自分の強力《ごうりき》へと変換するものだった。
 もちろん、それはコントロールできるものではなく、だからこそ私は人との接触を避け、手袋を常時装着している。
 こんな体質だ、彼氏ができたところでキスさえもできるはずもない……。
「反省しろっ!」
 私は軽々と彼を片手で店外へと放り投げる。扉が砕け豪快な音がする。
 一瞬、賑わっていた店内が静まり返る。
「ちょっと、おい、お嬢さん? 何やってんだよっ?」
 仲間が吹き飛ばされたことで我に帰ったのか、私の肩を掴むブルーが掴むが、彼の言葉も終わらぬままに、その掴んだ腕を握ると背負い投げの要領で店の外で気絶してるレッドのいる場所へと再び放り投げる。
「お前も同罪だ」
 そして、完全に破壊された戸口を抜け、ゆっくりと彼らの近くへと歩み寄っていく。
 アルコールと衝撃で立ち上がれない男たち二人を目の前にして、私は今日の怒りを全て吐き出す。
「なんだその体たらくは? なんだその無様な酔い方は? 大体、貴様らそれでも正義の味方か? ならば私を悲しませるなっ! 私を幻滅させるんじゃない!! 本当にお前らは双葉学園の生徒か? そのことに少しでもプライドを持っているなら人様に迷惑をかける行為などするんじゃないっっ!! 男なら女性の嫌がることをするな! 大人なら子供たちの規範となるように行動しろ! 上っ面だけの正義感を振りかざして自己満足に浸ってるんじゃない! お前らは……お前らはこの世界を守る正義の味方なのだろう!? ならばその志しを行為で示さんかっっ!!」
 私は、気が付けば目の前で折り重なって気を失っている男二人に大声で自分勝手に説教をかましていた。
 やっっってしまった……。もう駄目だ、半年近く地の私を隠していたが、これでもろバレだ。これだけの大立ち回りを演じてしまったのだ、きっとバイトもクビになるだろう。はあ……また新しいバイトを探さないといけない。それよりもしばらくはもやしだけの生活になるなあ。ここのまかない美味しゅうございました……。
『おぉぉぉーっ!!』
 突然、私の周りからどよめきが起こり、それと混じって拍手もパラパラと聞こえてくる。
 ん? これはどういうことだろう?


  顛末と責任


「本当にもうしわけありませんでした!」
 私はそう言いながら目の前にいる二人の人物に深々と頭を下げていた。一人はここの店長である渋谷さん、もう一人は一週間ほど前、吉祥寺支店から転属されたマネージャーの湊未来《みなとみらい》さんだ。
「頭を上げてください。ことの次第は中目黒くんから聞きましたよ。なんでも学園の生徒さんが酔っ払って他のお客様や中目黒くんにちょっかいを出したっていうじゃありませんか。貴方の責任じゃありませんよ。ねえ、湊さん?」
「ええ、貴方の責任じゃありません。幸いにも誰も怪我しませんでしたし。それにちょっと入り口の風通しが良くなったのはこれからの季節丁度いいじゃないですか。ね? 店長」
「違いない!」
「だからね、綱島さん、顔を上げてください」
 クスクスと笑いながら湊さんは私の肩を優しく叩く。なんて優しい人なのだろう。会って間もない私の暴力行為を許し、軽い冗談でこの場を和ませるなんて。
「じゃあ、私はクビじゃ?」
「もちろん、これまで通りフロアチーフとして頑張ってくれ」
「はいっ!!」
 店長のその笑顔は、今日の嫌な出来事を全て忘れさせてくれるほどに優しく温かいものだった。


  暗渠

 綱島菊奈が去り、部屋に残った二人はチェーン店を含めたこの居酒屋の今後の展開について真剣に話し合っていた。
「吉祥寺支店の方は順調のようですね?」
 収支報告書をめくりながら、渋谷はそう湊に問いかける。
「ええ、この調子ならば、中央線沿線に新しい支店も出せそうです」
 そう答える彼女の言葉の端々には自信が溢れており、渋谷に差し出した出店計画書の内容もそれを証明するかのように非の打ち所がなかった。
「ふむん、流石の辣腕ぶり。正直寒気がするよ」
「それは、褒め言葉として受け取っておきますわ」
「さて、次の問題なのだが……」
 店長の渋谷が執務机の引き出しの奥から分厚い資料を取り出し、その机の上にバサリと置く。湊はそれを取り上げ、パラパラと斜め読みし、二言三言呟く。そして……
「当面の障害はやはり、アールディファイブかと」
「うむ、その通りだ湊マネージャー……いや、ドクターフューチャー」
 そう言って、渋谷は手元にある資料から目を離し、目の前にいる湊の顔をじっと見つめる。その顔には、いつのまに用意したのか不気味な仮面がはまっていた。
「ミスガーベラにはいささか荷が勝ち過ぎるかと……」
「いや、そうは言うがもう少し様子をみてあげようじゃないか。少々不器用なだけで彼女も悪い子じゃあない」
「ええ、それは分かってます。ち《・》ょ《・》っ《・》と《・》私よりも胸が大きいのが癇に障りますけどね」
「全く、冗談も程ほどにな」
「あら? 冗談じゃありませんわ」
 二人カラカラと笑う声が、店内で働く綱島にも聞こえてきたが、彼女には、それが何を意味するのか分からないでいた。


 終わり




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