【犬とおまわりさん】


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 外を見ると、音がしないぐらい静かに雨が降り続いている。
「めんどくせーな……傘どこ置いた? 間違えられてたら面倒だぞ」
「下駄箱よ。あんだけ大きい傘、持っていかれる訳ないじゃない」
 一組の男女が、教室を出てきた。二人とも心持ち急ぎ足であり、女のほうは追いつくのに少し苦労しているようだ。それでも、二人は同じ速度を維持している。
「でも居るぞ? あれぐらいの傘使う奴」
「あんな傘がゴロゴロある訳じゃなし、自分の傘の柄ぐらい覚えてるでしょ」
「そりゃそうだ」
 ときどき、二人とすれ違った人物が振り向く。近くのクラスでなら二人の関係はある程度知られているが、そこから離れるにつれ知られなくなる。よって、周りからの『バカップルか……』といった視線は、一気に強くなる。
「そんな事より急ぐわよ、五時からのタイムセールに間に合わないじゃない」
「わーってるよ、つーかお前が急げ」
 二人の手、具体的には男の左手と女の右手が、しっかりと握られ、その上からバンダナのような布で結えられている。傍から見ればお暑いにも程がある光景だが、当人達……具体的に言えば男のほう……にとっては、命がけである。文字通り『離れたら、死ぬ』のだ。僅かなプライベート時間を除けば、四六時中ベッタリである。
 有馬雨流《ありま うりゅう》と鞠備沙希《きくび さき》、この二人がこんな生活を始めてはや一月。今は、秋の長雨と言われる時期である。


 しばし時間が経って。
 商店街回りを終えた二人は、かなりの荷物を持って寮代わりであるマンションへと帰路についていた。なお、荷物の七割は雨流が抱えており。その上傘も持っているので不安定極まりない。
「ちょっと、もう少しこっちに傾けてくれないと濡れちゃうでしょ」
「これ以上そっちに傾けたら荷物が濡れるぞ、どっちにすんだ」
「う……じゃ、そのままでいいわ」
 相合傘だというのに、色気のかけらも無い。まだ一月しか経ってないとはいえ、四六時中一緒に居るのだ。そう簡単なことで動揺したりはしない。
「いつも思うんだが……そんなに節約して、どーすんだ」
「……えーと、ほら、いざって時、多分あるでしょ? というか絶対あるわよ、きっと。その時ちゃんとお金を貯めてれば……」
「てめー絶対考えてなかっただろ。目的と手段がごっちゃになってる典型だな」
「いいじゃない節約が趣味でも! 悪い事してないでしょ!?」
 くだらない内容で、二人のボルテージがたちまちヒートアップするのもよくある事だ。この時もそうなるところ……だったのだが、雨流が沙希に付き合わず、視線を道の反対側へとやっていた。
「なにシカトして……って、ネコ?」
 釣られて同じ方向に視線を向けた沙希も、それに気づく。中くらいの大きさの猫が一匹に、まだ仔猫らしい小さな猫が数匹、皆黒い毛並みをしている。猫の親子が、どこかへ移動中だったようだ。そのうち親猫と仔猫一匹が、雨流の方へ視線をやっている。
 双葉区は、ごくごく一部の人間の間では『猫の楽園』とまで言われているほど野良猫が多い。保健所が動いていない理由は不明だが、特に衛生面で問題になっている、といった事も聞かれない。
「……三年の恩を三日で忘れるって言うけど、どーなんだろうな」
 その言葉に反応したのか、二匹の猫が、まるで雨流にお辞儀をするように首を動かす。それを最後に、猫の一団は行ってしまった。
「もしかしてあの親子ネコ、あの時の?」
 しばらく猫を目で追っていた雨流に、沙希が問いかけた。それは、およそ四ヶ月前……ちょうど梅雨に入った頃、今と同じように音も無く雨が降っていたときの話である。




 星と王子様 えぴそーど小数点
 犬とおまわりさん





(まったく、雨の日は面倒くさいのよね……)
 その六月某日、沙希は一人で買い物袋を抱えながら帰路についていた。両手にエコバッグを持ちながら、さらに傘まで抱える不安定な体勢である。
 沙希と雨流があんな状態になったのは九月の出来事であり、その当時はまだ二人は単なるクラスメート……互いにまったく会話をしないので、それ以下と言ってもいい……の関係だった。無論住んでいる場所も、生活サイクルも違う。外で顔をあわせることは、基本的に無い、のだが。
(……あれ? あいつって……誰だっけ?)
 それでも、偶然見かけるということはある。商店街から住宅地への境目、微妙な空白地にある空き地……恐らく家を建てる予定で土が敷き詰められているが、今は建造物の影も見当たらない……に、一人で傘を差している、男の姿を見つけた。
「……」
 無言で俯いているだけで、何かをしている様子は無い。ただ、下を見ながら立っているだけだ。その目つきは険しい。
(ああ、そうだ。うちのクラスの……でも、何してんのよ一体。あんなところで……まさか、ケンカ、とか?)
 いつの間にか、沙希は物陰……とは言っても、身を隠せそうなのが電信柱なので、その陰であるが……に隠れて、雨流の様子を伺っていた。完全な興味本位である。
(もしかしたら因縁つけられてるだけかもしれないし、誰か呼んだ方がいいかな……)
 そう考えながら、通信機能付きの学生証を握っている。彼女の懸念は他のクラスメイトとそれほど変わるものではない。その目つきと態度の悪さで、一部の想像力逞しい同窓からは『何か物騒な事やってるんだろうな』的な目を向けられている。そこまでは行かないが、何かあるのではと沙希も考えていた。
(それとも、巻き添え喰らわないうちに逃げたほうがいいかな……)
 そのような沙希の思考は、しかし一瞬で崩れ去ることとなった。

『なーん』

(……なーん? なに、アイツあんな声出せたの……?)
 これまで想像していた場面とはまったく違う声に、思わず滑って転びそうになった沙希だが、なんとか体勢を整えて声の主を探る……そして、それはすぐに見つかった。
「だからなぁ、そんな声出されても困るんだっつーの」
 雨流が、自らの足元にそう声を掛けている……そう、先ほどの泣き声は彼の足元から聞こえてきたのだ。
「なーん」
 声の主は、真っ黒い毛並みを持ち、雨流をその大きな金色の瞳で見上げていた。少し消耗しているのか、あまり元気があるようには見えない。
(……ネコ、ね。って、不良とネコって……)
 あまりにありきたりすぎる組み合わせに、笑うより前に呆れた表情を浮かべる沙希。それに気づかない雨流は、自分を見上げてくる相手に対して苦戦していた。
「俺の住んでるところにお前は連れ込めねーし、つーかお前、親どうしたんだよ?」
「なーん」
「……さっぱり分からねえ……」
(分かる訳ないでしょ……)
 沙希が心の中で突っ込みを入れているのには無論気づかない雨流。何かしら考え事をしているようだが、沙希の場所からその表情は見えない。
「……わーった、ちょっと待ってろ」
 しばらく考え込んでいた雨流は、そう言って立ち上がる。弱弱しい雨が降り続く空を鬱陶しそうに見上げてから、傘を足元に置いた。ちょうど、傘が足元の猫に覆いかぶさるような位置だ。
(え? あのネコ置いて……って早っ!! あれ、異能!?)
 次の瞬間、雨流は猛然と走り出し、あっという間に見えなくなってしまった。その速度は常人のものでは……否、人間が普通出せるような速さではない。沙希が隠れている電信柱とは反対の方向へ去っていったが、間近を通った彼を、彼女はまるでオートバイが走り去った後のような感覚で見送っていた。


「……何やるのかしら、あいつ」
 完全に雨流が見えなくなってから、沙希は声を出してため息をついた。少し空き地を覗いてみると、猫は傘の内側で大人しくしている。先ほどまでは雨に打たれていたのだろう、よく見ると、元気が無いのは第一印象であっただけで、そこまで消耗はしていないようだ。
「迷子の迷子の仔猫ちゃん、あなたのおうちはどこですか……だっけ」
 昔聞いた童謡を思い出す。あの猫がヒロインの猫なら、雨流はさしずめ主役の、犬のおまわりさんだろう。
 猫は、鳴きもせずにじっと待っている。物陰から覗いている沙希の事は分かっているのか、いないのか。猫の表情を読む術を知らない沙希には、判断がつかない。
 そのままの体勢で、五分が過ぎた。雨流は一体何をやっているのだろうか。もしかしたら、傘だけ差して帰ってしまったのではないだろうか。
「……ちょっとだけ、見てこようかな」
 遠くで見ているのに痺れを切らしたのか。沙希は、猫をもっとよく見ようと顔を乗り出してみた。見たからといって何が出来るわけでもなく、何を考えているかも分からないのだが。
 彼女も、猫を連れて帰って飼うようなことはできない。寮の問題もある上、懐具合……実家からの仕送りがあまり無いのだ。今以上に普段の生活で節約すれば後者の問題はクリア可能かもしれないが……
 そこまで考えたところで、何処からかの足音が聞こえた。コンクリートの地面を素早く叩くようなそれは普通の足音ではない。だが、駆け出していったときの速度を考えれば、普通の足音ではない音がしても不思議ではないだろう。

(わわ、戻ってくるのも早っ!!)
 沙希が慌てて電柱の影に隠れたのと同時に、雨流が戻ってきた。手に何か持っている様子はない。
「ったく、テメーに傘貸したせいで持ってくるの面倒だったんだからな……ほら、少し大人しくしてろ」
 猫に話しかけながら、雨流が懐からバスタオル……新品ではなく、何度も使われ、洗濯されている物のようだ……を取り出し、猫をゴシゴシと拭き始めた。
「もうちょっと待ってろよ、少ししたらお前の親見つけてやるかな……けど、何なんだアイツ。顔を見りゃ分かるって」
 気持ち良さそうに拭われている猫を見ながら雨流が呟く。そして沙希は、それを見ながら今更ながらの疑問を覚えていた。
(なんでワタシ、隠れてるんだろ?)
 明らかに不良らしいクラスメイトが、猫に優しくしている。確かにベタベタなシチュエーションだが、めったに見られるものではない。それを覗き見しているのはただの興味本位か、それとも別の何か。彼女の頭はそれを整理し切れていなかった。
(ど、どうしよう……今更顔を出すのも何だし、でもこの場は気になるし……)
「で、そろそろ出てきたらどうだ?」
(バレてるー!?)
 雨流が放った突然の言葉に、沙希の背筋に悪寒が走った。こっそり見ていたのに、どんな言い訳をしようか。そんな事ばかりが頭に浮かぶ。考えるのに夢中で、雨流が自分の方を『向いていない』のにも気づいていない。
「出てこねえなら……」
 大きく脚を振り上げる雨流を見て、金縛りにあったかのように沙希は動けなくなった。頭の中では色々な事が渦巻いているというのに。
(何やる気!? あんだけ早く走れるってことは、やっぱり脚力が強いんだろうし、あの脚から衝撃波とか出ちゃったりする!? まるで格闘ゲームよねそれ!!)

 混乱した沙希の視線の先に、雨流の脚が振り下ろされる。あたり一面が揺れるような錯覚、流石に地震と錯覚するほどの衝撃ではないが、それでもその一撃は周囲の人間(と、すぐ近くに居る猫)をビックリさせるのには十分の音を立てた。
 そして、驚いたのは猫と人だけではなかった。
(……え、何? あれ)
 沙希は見た。雨流の……実際には猫の……周りの地面で、何か透明なものが跳ねたのを。その透明な何かは、うねうねとうねりながら一人と一匹を取り囲んでいる。色がつけば、さながらRPGに出てくる粘体生物のように見えるだろう。
「ったく、なんでこの島はラルヴァ多いんだろうな。授業で言ってた結界って、全然機能してねーんじゃねーのか?」

 透明なそれは、怪物《ラルヴァ》であった。雨の日によく発生すると言われているそれは、弱い生物や、弱っている生物にまとわりついて生命力を吸い尽くす。もっとも、抵抗力のまったく無い赤子や病人、また免疫能力が無い一部の植物相手しか狙えないので脅威度は極端に低い。もっとも、軟体ゆえに単純な破壊力ではとどめを刺せず(魂源力《アツィルト》を乗せた攻撃か、直接熱で炙ったりする必要がある。また、太陽の光で蒸発する)、鬱陶しいことこの上ない。たとえラルヴァを知らなくても、勘のいい人間なら『死相』として見えることがあるという。

(な、なにあれ、ラルヴァなの!?)
 相変わらず覗き見しながら混乱している沙希をよそに、雨流は地面でうねうねするソレを睨みつけ、当惑していた仔猫を抱き上げた。
「こいつら、獲物見つけたらしぶといんだよなぁ……まだやる気でいやがる。面倒くせ」
 獲物を逃がすまいと雨流の足元にまとわりつくラルヴァは、げしげしと蹴り続けても怯む気配はまったく無い。靴にへばり付くモノもいるが、そういう時はまるで泥をそぎ落とすように地面へこすり付けて取り除く。
(逃げちまおうかな、でもさっきの奴、『ここに来る』って言ってたしな……)
 面倒くさそうに考え事をしている雨流とは対照的に、沙希はテンパッていた。
(何よアイツ、呑気そうにしてるけどヤバいんじゃないの!? 見た感じあのラルヴァエレメントっぽいし、このままじゃやられちゃうわよ!!)
 厳密に言うと足元のソレはエレメント分類ではなくビースト分類(アメーバー状だから、らしい)であり、健康な人間程度の体力があれば文字通り手も脚も出ないので、放置しておいても『気持ち悪い』より深刻な問題にはならない。だが、そんな事情を知らない彼女は困惑するだけだ。
(そ、それならワタシが……!)
 物陰で、ぎゅ、と握りこぶしを作った。

 沙希の異能は、ちゃんと使えればかなりの威力を持つ。少なくとも、目の前に居る程度のラルヴァならば楽に倒せるだろう。
 そう、ちゃんと使えれば。
 当時の彼女の異能には『マトモに制御できず、学園に入ってからは成功したことがない』という致命的な問題が存在する。これについて、彼女の異能調査の任に就いている研究者が、学内で異能に関する講義を開いている教師に質問をした事があるが、
「一般論で言えばだが、成長、環境の変化、精神状態の変化。異能に影響を与える要因は多く存在する。特に思春期であれば尚更だ。何か分かりやすい兆候があれば別だが、その要因を特定するのは難しいだろう」
 という、芳しくない返答しかもらえていない。

 そんな事は百も承知ではあるが、そんな現状は無視して腹を決めた。
(そうよ、これはあのネコを助けるためにやるのよ、同じクラスでもよく知らないアイツのことはどうでもいいんだから!)
 自分自身に訳の分からない言い訳をしながら、エコバッグと傘を、なるたけ水溜りの無い電信柱の影に置く。
 目の前の雨流は怖い顔をして何か考え事をしているし、猫は猫で男の胸の中で不審そうな顔をしているだけだ。
(とにかく、ワタシがやらなきゃ……!!)


 静かに目を瞑り、イメージする。とにかくイメージが大事だと研究者の人は言っていた事もあり、ひとまずそれでやってみるしかないのだ。
(でも、昔はなんにも考えないでできた、よね……?)
 浮かんだ疑問を、頭を振って振り払う。余計な考えは失敗の元、らしい。
(とにかく、集中、集中……!)
 意識を一点に集めると、そこに向かって何か力のようなものが発生しているのが分かる。それは少しずつ高まっていき……

 なんの前触れもなく、爆発した。

「……? なんだ?」
 雨流の横顔を、一瞬だけ光が照らす。ぽん、というシャンパンの栓を抜いたような間抜けな音と、カメラのフラッシュのような閃光が一度に発生して、そして消えていった。
(ちょ、やっぱりー!?)
 慌てて物陰に隠れた沙希の髪は、強風で煽られたかのように散らばっている。使おうとした異能が暴発してしまった結果だ。
 そして、異能が暴発した結果はそれだけに留まらない。
「えーと、どういうこった、こりゃ?」
 慌てて光源を探そうとした雨流が目にしたのは、さっきまで周囲を取り巻いていたラルヴァのうち半数ほど……光源の方向に居たアメーバー状の怪物が、カラカラに干からびている事だった。
「今の光の結果、だよな……けど、何なんだ?」
 沙希の異能が暴発した結果、その時に放出された魂源力でラルヴァにダメージを与えたのだ……ただ、その威力が低すぎるせいで、人間はおろか仔猫にすら怪我はない。それに雨流の影になっていた怪物にも影響は無い。ついでに言えば、今干からびているラルヴァも、雨に打たれて水分を補給すればまた動けるようになるだろう。
「何だ、つーか誰だ? こっちが光ったみたいだが……」
(今度こそバレる!?)
 ラルヴァを放置して、沙希の方へ近づく足音。このまま行けば必ず見つかるだろう。そんな思いが沙希の頭をよぎった。
(いやけど、何でバレちゃダメなんだっけ……)
 そこに思考が戻ってきたとき。まさに『猫の手も借りたい』状況で、猫の手がやってきた、と言った様子で、何かの声が聞こえた。

「んなーお、んなーお」
 わりあい近くから、猫の鳴き声が聞こえた。それを聞いたせいか、雨流の胸の中に居る猫も、それに返事をするように鳴き声を返す。
「なー、なー」
「ん、おい、どうした?」
 胸の中でもがく仔猫を降ろしてやると、猫は一目散に道路の方へと歩いていった。
「んなーお」
「ああ、やっぱりあの子だったんだね。最近子どもを産んだのはこの子ぐらいだから、そうだとは思ってたんだけど」
 道路のほうからやってきたのは、双葉学園の制服を着た眼鏡の男子学生と、仔猫と同じ毛並みを持った、すこし大きい猫の一人と一匹。そちらに……具体的には猫の方に仔猫が駆け寄っていった。
「もしかしてそいつ、親猫か?」
「うん、この子は好奇心が強いから、きっと勝手に出歩いちゃったんだろうね」
「……よく分かったな」
「まあ、普通じゃないかな」
「ぜってー違う……」
 雨流とその男子が話している間に、ラルヴァはどこかへ逃げ去ってしまった。親猫の鳴き声を聞きつけて危険を感じたのだろう、本当にその程度の力しかないのだ。
 そして、二人が話している隙を見計らって沙希もこっそり逃げ出していた。猫はもう無事だと分かったし、なんとなく、覗き見していたのを見られたくなかったのだ。
「そうだ、さっきこの辺りが光っただろ? あれお前がやったのか?」
「え? いいや、僕じゃないよ。僕にそんな異能は無いし、光を出す道具も持ってない」
「……何だったんだ、一体……」
「あ、でもさっきそこに女の子が居たから、その子かもしれないね」
「……女子?」
 雨は相変わらず、降っているのかいないのか分からない程度の勢いで振り続けていた。

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 そして、話は十月の雨の日へ戻る。
「……まさかてめー、あん時見てたのか!?」
 雨流の静かな怒気の含まれた声に、沙希が露骨に『しまった』という表情を浮かべ、反論する。
「み、見てたらどうなのよ? 別にアンタ悪いことした訳じゃないでしょ」
「誰にも言ったりしてねえよな?」
「……へ?」
 明らかにトーンの落ちた雨流の声に、拍子抜けしてしまった。それは、明らかに何かを……恐らく、他の人間にその評判が知られるのを怖がっているのだろう。『雨の日に仔猫を庇う不良』など、シチュエーションがベタすぎてギャグにしかならないだろうし、それを当人も気づいているのだ。それに気づいた沙希は、心の中でこっそりベロを出した。そしてそんな様子をおくびにも出さずに返事をする。
「へぇ、言ってたら、どうするのかしら?」
 タダでさえ、彼の生殺与奪権を握っているのは沙希なのだ。その上弱みを握っていれば……という考えだった。が、それは脆くも瓦解する。

「テメーの成績バラすぞ」

 沙希の背筋が、凍りついた。
 それは、彼女が周りに必死で隠していることの一つ。その立ち振る舞いから、周りから『勉強が出来ない訳じゃないだろう』と見られているが、実際のところ、『まったく出来ない』。それはいつも隣に居る雨流にはモロバレであり、時折授業でフォローしてもらう事もある。
「……そ、そーね。話してるわけ無いじゃない、プライバシーだもんね」
「ならいいんだが……分かってんな?」

 その後雨の季節が終わるまで、二人は互いに牽制し合い、結果、これまでクラス内に響き渡っていた罵り合いがストップしたのを、他のクラスメイトは奇異の目で見ることとなる。




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