【ある梅雨の日の雨宿りの一幕】


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    ある梅雨の日の雨宿りの一幕
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 おいおい。
 おいってば。
 ああ、やっと気付いてくれた。
 おれだよ、そう、おれ。
 …そんな顔しないでくれよ。
 確かにあんたはおれのこと知らないだろうし、…実をいうとおれもそうなんだけどさ。
 別に取って喰やぁしねえよ。見りゃわかんだろ?
 はは、話が早くて助かる。さすが双葉学園生ってか、そういう飲み込みの速さは大好きだぜ。
 え?何の用かって?
 まあ、別に大した用じゃないんだけど。
 そこ。あんたが今立ってるそこ。
 そこは雨脚が強くなると一気に降りこんでくるんだ。
 せっかく雨宿りに来たってのにずぶ濡れになるのも可哀想だろ?だからさ。
 そうそう、もそっと奥。うん、そこなら大丈夫。
 なに、礼はいいってことよ。
 あー、なんとなく、かねえ。どうせこれといってすることもないし。
 仕事?
 失敬な。ちゃんとしてるさ。
 あんただって授業中ずっと授業に集中してるわけでもないんだろ?
 それといっしょ。
 仕事しながらでも色々観察したり考えにふけったりする余裕ぐらいあるんだよ。OK?
 …いや、別に怒ってるわけじゃないんだがね。
 だからそんな顔しなくても…ってうおっと。
 な。
 だからおれの言うとおりにして良かったろ?
 まあ当のおれはごらんの有様なんだけど。
 別にいいさ、濡れ鼠になったところで死ぬわけじゃない。
 避けられない運命だと割り切ってしまえば気も楽さ。
 …「梅雨が早く終わったらいいのに」かぁ。確かに。まあそうなんだろうねえ。
 ん?おれは雨が嫌いじゃないのかって?
 うーん。難しい質問だなあ。
 確かにおれだって雨が好きなわけじゃない。
 今のようにずぶ濡れになったら体が重くて鬱陶しいし、雨がざあざあ降りだと負けた気がするし。
 それよりなにより、本能的に好きになれない。
 そう、おれだってあんたと同じく梅雨が終わってしまえってずっと願ってるんだ。
 でもなあ。
 そうやって本当に梅雨が終わってしまったら、おれは一体どうなってしまう?
 おれの宿敵で、ずっと奴のことばかり考え続けてきた、そんな梅雨という存在が無くなるってことはさ。
 つまりはおれ自身が無くなってしまうってことなんだ。
 それを考えると、もうあの頃のように単純に「早く天気になーれ」なんて言えねえってわけよ。分かる?
 …分かんねえだろうなあ。
 まあいいんだけどさ。最初から分かるだろうとは思ってなかったし。
 ?
 …むう…ふぅむ。
 ああ、あんた。
 もうじき大降りになるぜ。
 おそらくは夜まで続くね、こりゃ。
 多少濡れるかもしれないがね、今のうちに帰ったほうがいいな。
 なんで分かるのかって?
 わかるさ。このくらい。
 これでもおれは梅雨を終わらせるために生まれてきたようなもんなんだぜ。
 雨脚の動向を見る程度はなんとでもなるさ。
 …ま、お察しの通りそれが精一杯なんだけどな。
 大体、異能とかすげー力を持ってるわけでもないのに日本中を覆い尽くす梅雨をどうにかしろっておれの手には余るっつーの。
 ……そっか。
 ん、いやさ。
 おれってちったああんたの役に立てたかい?
 …そうかい、ありがとな。
 情けないことに今ようやく気付いたんだけどさ。
 何でもいいから誰かの役に立ちたかったんだよ。
 人様の「梅雨が早く終わってほしい」ってな願いを受けてこそのおれなのに、どうにも果たせる見込みもないし。
 このままじゃおれの生きてきた意味ってなんなんだ?ってなことになっちまう。
 だから、ありがとな。
 悔いが残らないって言やあ嘘にはなるが、何かを成し遂げることができておれは十分に満足できた。
 ま、ほんとにちっぽけなことなんだけど、おれには丁度いいってことかね。
 「諦めるのはまだ早い」?思ったよりいい奴だねえ、あんた。
 でも、ま、もう終わりなんよ。
 おめでとう、この最後の一暴れが終わったらいよいよ梅雨明けだ。おれも晴れてお役御免って訳。
 だからさ、もう行ってくれよ。
 せっかく予報をくれてやったのにあんたがぐずぐずしてて大降りにぶち当たっちゃあこっちも浮かばれない。
 ああもう。
 だからそんな顔しないでくれって。
 さっきも言ったけど、おれはまあ十分満足してんだよ。
 …わかったわかった。強いて言うなら…そうだな、時々思い出してくれりゃあ、望外の幸せって奴だねえ。
 自分の役目に途方に暮れて伝法な口調だけ達者になった、そんなてるてる坊主の形をしたラルヴァのことを、さ。
 それじゃ、元気でな。
 風邪引くんじゃねえぞ。






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