【ジェノサイドカッター千波ちゃん:前編】


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 ※一部不快な表現と描写ががあります。ご了承ください。 











 夜道を歩いていると、黒いセーラー服姿の女の子がゴスロリファッションの女の子を殺していた。
 ぼくはその横を、アイスを舐めながら通り過ぎる。
 やっぱりガリガリくんはソーダ味に限るね。夏になるとやはりガリガリくんが恋しくなる。でも案外コーラ味も悪くない。冷たい感触が口の中に広がって、ソーダの清々しい味わいが爽やかだ。
 サンダルをつっかけながら、こうして虫の音を聞きながら夜の道を歩くのは案外気持ちがいいものだ。だけど頬を撫でる風は生暖かく、汗でシャツがベタベタする。
 どうにも今日は夜になっても暑さは引かず、姉がどうしてもと駄々をこねたので、ぼくはコンビニまでアイスを買いに出かけさせられた。ぼくと姉はほかの兄弟たちと違い、一緒のアパートに住んでいる。姉が家事をこなしているため、こうした雑用などはぼくの担当になっていた。
 まったく、こんな夜更けにアイスなんて食べたら太ると言ったのだけれど、一度駄々をこね始めた姉は子供よりも性質《たち》が悪い。逆らって機嫌を悪くされても面倒なので、仕方なく姉の大好きなピノを買ってきた。ついでに朝食用の牛乳とパンも変えたし、ちょうど良かったかもしれない。
 歩きだとコンビニまで少し距離があるので、いい具合に疲れた。家に帰ったらお風呂に入ってもう寝よう。きっと暑さも気にせずよく眠れるに違いない。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよそこのあんた!」
 後ろから女の子の叫ぶ声が聞こえてきた。多分きっとおそらくぼくのことじゃないだろう。呼びとめられるようなこともしていないし、振り返るのもめんどくさい。
「待てって言ってるでしょ!」
 そんな声が真後ろから聞こえてきて、ぼくのほっぺたにちょっとした痛みが走った。なんだろうと思っていると、赤い液体が地面にポタポタと落ちている。大量の血がぼくの頬から流れているのだ。火傷でもしたかのように頬が熱く、ジンジンと少しずつ痛みが増大していく。
「なにするんだよ。痛いじゃないか」
 ぼくはポケットからハンカチを取り出して、自分の頬に当てる。そのハンカチはピンク生地にウサギの刺繍の入ったやつで、どう見ても姉のだ。可愛いピンク色がどんどん赤黒く染まっていく。どうやらまた間違えて持ってきてしまったようだ。恥ずかしいなぁ。
「痛い、じゃないわ。あんた、見たでしょ!」
 そんなことを言われ、ぼくはようやく目の前の女の子に視線を向ける。
 そこには可愛らしい女の子が顔を真っ赤にして立っていた。それだけなら逆ナンかしらん? と思ったかもしれない。だけどその女の子の手には、ずいぶんととがっている攻撃的なデザインのナイフが握られていた。
 女の子は震える手でナイフをぼくの首筋に突きつけ、まるで親の仇と対峙しているかのような怖い目で睨んでいる。
 彼女がそうするように、ぼくも彼女を観察する。
 歳は中学生くらいだろうか、茶色いセミロングの髪の毛に、整った目鼻。健康状態を気にしたくなるほどに細い体を、血に塗れた黒いセーラー服が包んでいた。それはまるで喪服のようだ、なんてどうでもいい感想を抱いてしまう。
 その女の子の足元に視線を落とすと、やはりそこにはもう一人の女の子が死んでいた。いや、違う。殺されているのだ。
 犯人はこの中にいる。
 犯人はぼく以外だ。
 つまり、
「きみがその女の子を殺したの?」
 ぼくがその死体を指差すと、セーラー服の女の子はびくっと一瞬体を震わせた。その死体はその女の子と同じくらいの年齢だ。ゴスロリファッションに身を包んで、顔には派手な化粧がなされている。だけど体中のあちこちが赤く染まっている。それは紛れもなく血だ。
 腹部からは臓物がはみ出、四肢は損壊され、右の目玉はえぐり出されている。吐き気をもよおすような死臭がぼくの鼻をツンと刺激する。蒸し暑さもあってか、その匂いは強烈なものになっていた。やれやれ、しばらく肉を食えなさそうだ。
 セーラー服の女の子のナイフには血が付いている。誰が見ても彼女が殺したのだと思うだろう。いや、それ以前にぼくは彼女がこのゴスロリ子(仮名)を殺している瞬間を見てるんだけどね。これで事件は解決。|証明終了《Q.E.D》。めでたしめでたし。
「そうだよ。あたしが殺したんだ。悪いか」
 ピノが溶けちゃうからもう帰りたいなぁと思っていると、女の子は目をそらしながらそう言った。今更犯人の自白だ。
「そりゃあ、人を殺すのは悪いことなんじゃないのかな。ゴミのポイ捨ての次くらいには罪深いことだと思うよ」
「安心しなさい。こいつはこの双葉区には存在しないことになっている人間なのよ。死体さえ始末しちゃえば警察だって騒ぎはしないの」
「ふうん」
 聞いてもいないのに、セーラー服の女の子はペラペラと喋り始めた。まるで口を動かしていないとどうかなってしまいそうな感じを受ける。
「こ、こいつは傭兵集団、“|少女地獄《ステーシーズ》”の一人なの。あたしの商売敵なのよ。だから殺した。文句ある!?」
「別にないよ。つまり君も殺し屋ってこと?」
 ぼくがそう尋ねると、なぜか彼女は誇らしげに鼻をふふんと鳴らした。ちょっと照れたように笑い、その顔はただの女の子にしか見えない。顔も体も血塗れということを除けばだけど。
「そうよ、あたしはフリーの殺し屋。“殺戮凶刃《ジェノサイドカッター》”の野村《のむら》千波《ちなみ》とはあたしのことだ!」
「ふうん。それじゃあ千波ちゃんって呼ぶよ。それで千波ちゃん。殺し屋がそんなほいほい本名を名乗っていいの?」
「あっ! 駄目だ。忘れなさい」
「うん。わかった。忘れたよ千波ちゃん」
「よろしい」
 セーラー服姿の女の子改め、千波ちゃんはそう頷いて納得してくれた。うん。これでようやくぼくも帰れる。コンビニの袋の中のピノが溶けだして、箱がぐじゅぐじゅになっちゃってるし、ぼくのガリガリくんももうすでに地面を這うアリさんたちのごちそうと化している。まったくついてないなぁ。まあいいや、帰って早くお風呂に入ろう。たまには姉と入るのも悪くないかもしれない。
「じゃあね千波ちゃん。おやすみ」
「はーい。おやすみー」
 そうして手を振ってから帰路につこうとしばらく歩いていると、後ろから猛ダッシュしてくる音が聞こえた。
「おやすみ、じゃないわよこの野郎!」
 千波ちゃんはぼくを蹴り飛ばして、転んでしまったぼくの上に馬乗りになる。文句を言う前に千波ちゃんはナイフの切っ先をぼくの鼻先に向けた。
 なんだよまったく。まだお喋りしたいのかなぁ。少しは空気を読んでほしい。
「どうしたの千波ちゃん。忘れ物?」
「ふざけないで! あたしはお前を殺すの! 殺し屋が殺しの現場を見られて放っておくわけないでしょ!」
「ああ、なるほど。納得した」
 そりゃあ、千波ちゃんが怒るのも無理ないだろう。
「大丈夫だよ。ぼくは警察にも学園の風紀委員にも誰にも喋らないから」
「そ、そんなこと信用できるもんか。死体を片づける手間が倍になっちゃったけど、あたしはお前を殺す。プロの殺し屋として殺してやる」
「何言ってるんだよ千波ちゃん。本当のプロはこんな目立つ殺し方しないし、こうやって喋る前にもう殺しは完了してるよ。えっとなんだっけ? 『ブッ殺すと心の中で思ったならッ! その時既に行動は終わっているんだッ!』だっけ? なんか昔読んだ漫画でそんな事を言ってたよ。それに保身のための、依頼なき殺人なんて、それじゃただの殺人鬼だ。ぼくの兄と一緒だ」
「う、ううううるさい。殺す。殺すんだ!」
 そう言う千波ちゃんの小さな肩は震えている。どうやら彼女はまだ殺しに慣れていないようだ。あのゴスロリ子ちゃんだって、おそらく慣れない殺人に高揚して、あんな無意味に死体を破損させているんだろう。まるで初めてのお使いでもする幼稚園児のようだ。可愛いなぁ。
 しかしこのまま殺されるのは簡便だ。姉がお腹をすかしてアパートで待ってるんだからね。
 仕方ない。
「『大丈夫。安心して。ぼくはきみの味方だ。誰にも喋らないよ。約束する』」
 ぼくは言葉に魔力を込めた。その言葉を聞き、千波ちゃんの強張った顔が一変し、ナイフを地面に落とす。
「ほ、本当? 信用していいの?」
 千波ちゃんは信頼できる友人と話しているかのようにどっと安堵の表情になる。これが僕の持つ異能だ。嘘を相手に信じ込ませる能力。ぼくの言葉に疑いをもつものはこの世に存在しない。ぼくが白と言えば黒でも白になる。
「『ああ、本当だよ。千波ちゃんは可愛いなぁ。こんな可愛い女の子を裏切る男なんていないよ。さあ安心してよ』」
「うん!」
 千波ちゃんはさっと離れ、ぼくの手を取って起き上がらせてくれた。よかった、単純な子で。
「さて、それじゃあ今度こそぼくはサヨナラさせてもらうよ」
 じゃあ、と手を挙げてさっさと退散しようとするが、千波ちゃんはぼくの腕をつかんだまま放さない。女の子とは言え、やはり殺し屋なのか、その力は強くて振りほどくことができなかった。
「なんだい」
「ねえ、あたしの味方ならこの死体処分するの手伝ってよ」
 なんてことを言い出すんだろうか。これ以上面倒なことをぼくにやらせるのか。千波ちゃんには困ったものだ。
「あのね千波ちゃん。自分のお仕事なんだから、事後処理まできちんと自分ひとりでやらないとだめだよ。そんなんじゃ立派な殺し屋になれないよ」
 ぼくは千波ちゃんの肩にぽんと手を置いてそう諭すが、彼女はイヤイヤと首を横に振り、目に涙を浮かべてぼくの目を見た。その上目遣いはなんともあざといものだ。だけどこんな顔されては何も言えなくなってしまう。
「だって、だって。本当はあたし一人でちゃんと処理できたはずなのよ。お師匠様から譲り受けた“屍喰い猫”がいれば死体の始末なんて簡単なんだから」
「しぐいねこ?」
 聞きなれない言葉に首をかしげる。それはいったい何なんだろう。
「そう、屍喰い猫。死体を食べる猫ちゃんよ。殺し屋稼業には欠かせない相棒なんだけど、ここに来る途中で逃げられちゃったの」
 死体を食べる猫。そんな気持ち悪い猫なんて聞いたこともない。だとするとその猫はラルヴァか何かだろうか。
「なるほどね。その猫がいなくなったのに人を殺しちゃったから困ってるわけだ」
「そうよ。このゴスロリ女と戦ってる時に、ケージから逃げ出しちゃったの。だからね、死体の後始末を手伝ってとは言わないわ。せめて屍喰い猫を探すのを手伝ってよ!」
「いやだよめんどくさい」
「断るならやっぱり殺す。百回殺すー!」
 そう言ってまたもやナイフをぼくのほうに向けてきた。まったく、最近の子供はキレやすいというのは本当だよ。非常識極まりないね。
 まあ、ようするに迷子のペット探しだ。ぼくが所属する探偵部としてもそういう依頼を受けたことは多くある。迷子のペットをこのくそ広い双葉区で探すだけの簡単なお仕事です。
「いいよ。手伝ってあげる。でも報酬はもらうよ。ぼくはタダで人助けするほど善人じゃないからね」
「報酬? エ、エッチなのは駄目だからね! 脱ぎたてのパンツ頂戴とか言わないでよ!」
 千波ちゃんは顔を赤くし、スカートを押さえた。いったいどんな妄想をしているんだろうか。困ったものだ。
「女子中学生のパンツなんて興味ないよ。報酬はそうだな、コンビニのアイスでいいよ」
「え? そんなのでいいの?」
「ああ。姉のピノもぼくのガリガリくんも溶けちゃったからね」
 生憎アイスを一個ずつ買う金しか持ってなかった。アイスを買って帰らなかったら姉の機嫌が悪くなってしまう。なんとしてもアイスは買って帰らなければ。
「ありがとう! じゃあちゃんと屍喰い猫を見つけられたいっぱいアイス奢ってあげる……えっと、そう言えばまだあんたの名前を聞いてなかったよね?」
「『ぼくの名前はアンドロメダクリスティーヌ三世だよ』」
「へーそうなんだ。素敵な前だね!」
 異能を使って偽名を名乗ったけど、どうにも変な名前で呼ばれるのはしっくりこない。別に本名を知られても困ることはないので、やっぱり名前を名乗ることにしよう。
「ごめん。今のはナシ。嘘」
「えーなんで嘘つくのよー」
 からかわれたと思ったのか千波ちゃんはぷりぷりと怒っている。ぼくは自分の名前を彼女に告げた。
「ぼくの名前は中也《ちゅうや》。夏目《なつめ》中也だ」







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