【死神さんの怪奇レポート/『座敷荒らし』:前編】


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   1

 双葉区のとあるボロアパートの四号室には死神が住みついている。
 そんな噂を僕は耳にしたことがある。それが事実だということを僕は知っている。なぜなら僕はその死神と知り合いだからだ。
「おはようございます」
 日曜日の朝、僕はいつものボロアパートにやってきた。すると、六号室で暮らしている美人のお姉さんが僕を迎えてくれた。
「あらあら。つーちゃん。おはようー」
 そのお姉さんはまるでこの世の穢れを一切知らない天使のように、眩しい笑顔で挨拶を返してくれた。いつ見てもお姉さんは綺麗だ。大きな猫のぬいぐるみを抱きしめながら掃除をしている光景は奇妙とも言えるが、くるくると回りながら落ち葉を掃く姿は本当に妖精のように可愛らしい。きっとモテるんだろうなぁ。
「また背が伸びたんじゃない? つーちゃんは今何年生だっけ?」
「もう中等部に入りましたよ。ようやく子供っぽいランドセルとはお別れできました」
「ランドセルかぁ。懐かしいなぁ」
 お姉さんは遠い目で空を見つめ、何やら昔のことを思い返していたようだった。いつもは子供っぽくて無邪気なのに、この人は時折凄く大人っぽく見える。お姉さんはすぐにいつもの笑顔に戻り、僕のほうに向きなおった。
「今日も鳴海《なるみ》さんのところに用事?」
「はい。先週本を借りる約束したんで、取りに来たんです。それにほら」
 僕は手に持っていた弁当箱を彼女に見せた。お姉さんはぽんっと手を叩き、感心したように微笑む。
「それつーちゃんが作ったの? すごーい!」
「えへへ。だってあの人ろくなもの食べてないじゃないですか。だからたまには栄養のあるものを食べてもらわなくちゃって」
 料理に自信があるわけじゃないけど、多少なら僕だって作れる。もっともこの人は料理部の部長らしく、僕の料理なんておままごとレベルなのかもしれないけど。
「きっと鳴海さんも喜んでくれるよ」
「あの偏屈が喜ぶ顔なんて想像できないですけどねぇ。それじゃあ、僕はあの人のところに行くんで」
「はぁい」
 お姉さんは手を振って、錆びた階段を上る僕を見送ってくれた。
 僕は二階の左隅の扉の前へとやってきた。そこの表札には『四号室。鳴海|麗一《れいいち》』と書かれている。
 鍵がかかっていないことは知っているが、一応僕は礼儀としてノックを数回する。
「入りたまえ」
 するとそんな低い声が部屋の中から聞こえてきた。
「それじゃあ、お邪魔しまーす」
 僕はゆっくりと扉を開き、中へと入っていく。カーテンが締め切られ、部屋の中は朝だというのに薄暗い。換気もされていないのだろう、埃の匂いが鼻をつく。靴を脱いで部屋に足を踏み入れると、床に足が触れず、無造作に転がる本の山の上を渡らなくちゃいけなくなる。
「まったく。相変わらず足の踏み場がないなぁ。ちょっとは片づけたほうがいいですよ鳴海さん」
 いつ来てもこの部屋はこんな調子で、本ばかりが部屋にたまっている。ゴミはきちんと捨てているようで不潔感はあまりないのだが、こんなボロアパートのため、いつ床が腐って崩れてしまうかわかったものではない。
「大きなお世話だよ、司《つかさ》くん」
 窓際の座椅に背をもたれさせ、彼は座っていた。
 鳴海麗一。
 双葉学園大学部二年。特殊科目『ラルヴァ研究科』に席を置いている変わり者だ。
 いい加減床屋にでも行ってくれと言いたくなるくらい長くてうっとうしい黒髪で、顔は青白く、いかにも不健康そうに痩せている。
 鳴海さんはチェーホフの『谷間』を読んでいた。ページをめくるのに夢中で、僕のほうには眼を向けようとはしない。
「お客が来たなら本を読むのやめて対応してくださいよ。鳴海さんも少しはそういうところ直さないと、彼女もできずにずっと独りですよこのままじゃ」
 僕は床の本をなんとかどかして座れるスペースを作る。鳴海さんは面倒くさそうに、部屋に置いてある小さな冷蔵庫に手を伸ばす。そこからジュースを取り出して僕のほうへと投げ寄こした。
「あと少しで読み終わる。それでも飲んで待っていたまえ」
「ああ、ありがとうございます」
 僕はジュースのキャップを開けた。すると、もの凄く酸っぱい匂いが鼻を刺激して、思わずむせてしまう。
「げほっ、げほっ! 鳴海さん。これいつのですか。完全に腐ってますよこれ!」
 慌てて賞味期限を見ていると、半年前の日付になっていた。なんてものを人に飲ませようとしているんだ。もう、最悪!
「ふむ。それは悪かったね。なにせほぼ一年はこの冷蔵庫を開けてなかったから」
「なんて人だよ。あーあー。冷蔵庫の中の卵とか酷いことになってるじゃないですか。このヨーグルトなんていつ破裂するかわからないですよ!」
 仕方なく僕は冷蔵庫の中の生ゴミをビニールに入れて片づけ始めた。放っておいたら本当に鳴海さんは死んじゃうじゃないかなぁ。
 そうしてゴミ片づけをしながら暇つぶしをしていると、読んでいた小説をぱたりと閉じ、鳴海さんは「ふぅ」っと溜息をついた。どうやらようやく読み終わったらしい。
「司くん……」
「はい」
「人はなんで生きているのだろうか」
「……」
 また始まった。哲学的っぽいことを言っていればインテリに見えると思ってるなこの人は。放っておくとどうでもいい講義を聞かされそうなので、僕はすぐに本題に入ろうと決めた。
「それで鳴海さん。この間貸してくれるって言った本はどこにあるんですか? あれ希少本で滅多に見つかんないんですよね」
「うむ。それならここにあるよ」
 鳴海さんは本の山から一冊の本を取り出した。それはオークションにかければうん十万いくほどの価値のあるものだったけど、保存の状態が最悪で、あちこち日焼けしたり破れていたり、黄色く変色したりしている。
「もう少し本の扱いどうにかしてくださいよ。本が可哀想でしょう」
「本なんて文字が読めればそれでいいのだよ」
「僕はそんなの認めません。本は装飾や見た目も重要だと思います。電子書籍を否定するわけじゃないですけど、そこも含めて僕は本という媒体が好きなんです」
「そうか」
「そうです」
 そうして僕が鳴海さんの手にしている本を取ろうと手を伸ばすと、意地悪そうに本を上にあげた。
「タダで貸すとは言っていない」
 その言葉に僕はうんざりする。期待した僕がバカだった。今まで鳴海さんがタダで本を貸してくれたことは無いのだから。
「また“仕事”の手伝いですか?」
「また“仕事”の手伝いだよ」
 そう言って鳴海さんは立ち上がり、もうすぐ夏だというのに壁に掛けてあった黒いコートに袖を通し、頭には黒いチューリップハット、手には真っ黒な手袋をはめ、どこもかしこも黒だらけだった。それはまるで喪服のようで、陰気な鳴海さんの顔にはよく似合っている。
「わかりました。本のため、奴隷のように働きますよ」
 僕も仕方なく立ち上がり、覚悟を決めた。


   2


 鳴海さんの仕事は、双葉学園を仲介して依頼されるものだ。
 それはある特定の種のラルヴァの討伐。
 鳴海さんはそのラルヴァに対抗できる異能を持っている。だからこんなろくでなしの大学生にそんな仕事が回ってくるようだ。手に職を持つってのは本当に将来役に立つのだと、この人を見ているといつも思う。
「暑い……」
 アパートから出て、少し歩いただけで鳴海さんはそんな愚痴を言い出した。ろくに大学にもいかず年中引きこもっているせいか日の光に弱いようだ。
「しっかり立って歩かないと、いつまで経っても目的地につきませんよ鳴海さん」
「そうは言うがね司くん。この季節の日差しは私には天敵なのだよ」
 鳴海さんは電柱にもたれかかり、日傘を開いてなんとか日の光を凌ぐ。いい歳した、のっぽの男がヒラヒラがついた日傘をさしているのはなんとも嫌な図だけれど仕方ないことだろう。倒れるよりましだ。
「ほら、しっかりしてください。昼になったら僕が作ったお弁当を食べましょう。ですから歩いてください」
「おお、これはありがたい。しばらく人間らしい食事をとっていなかったんだよ」
「何食って生きながらえてたんですか……」
 そんなことを喋りながら歩いていると、前から黒ネコが歩いてきた。眼のところだけが白くなっている。首輪にも見おぼえがある。こいつはこの近所で飼われているキャサリンという名前の猫だ。
「おーよしよし。久しぶりだなキャサリン」
 僕は思わず膝をついてキャサリンの顎を撫でる。「うなー」と、気持ち良さそうな声で鳴いた。ああ、猫ってなんて可愛いんだろう。こんなに可愛らしい生き物はほかにいないよね。
「うなー。うなー」
「おーよしよし。可愛いでちゅねー」
 キャサリンは僕の身体にすりよってくる。そんな様子を、鳴海さんは呆れたように見ていた。失態だ。猫を愛でる姿を人に見られるのってとてつもなく恥ずかしい。しかし、鳴海さんが口にした言葉は予想外のものだった。
「司くん。キミは一体何と話しているのだね」
 鳴海さんは首をかしげながらそう言った。
「何っていつもこの辺りに歩いている猫ですよ。黒猫のキャサリンです。ほら、重森さん家の――」
「司くん。残念だが、重森さんのところの飼い猫は先週亡くなったよ。散歩中にこの辺りで車に轢かれたのを窓から見たんだ」
「え?」
 僕は慌ててキャサリンを見る。
 眼を凝らし、よく見てみると、かすかにキャサリンの身体が透けていることに気づいた。
「そうですか、僕|また《、、》やっちゃいましたか……?」
「そのようだね。気にする必要はないさ。しかしその猫は自分が死んだことにまだ気が付いていないようだね。もっとも、私の声なんか彼女には聞こえないだろうが」
「そうみたいですね」
 キャサリンは「うにゃー」と間延びした声で鳴きながら走り去ってしまった。あの姿も、あの柔らかな感触も全部実在しない。
 僕が見たのはキャサリンの『幽霊』だ。
 僕には幽霊が見える。それが僕の持つ異能、『見鬼』の力だ。幽霊や妖怪などの実体を持たない種類のラルヴァを視認することができるが、これほど地味な能力は無い。こうしてたまに死んでいる物に話しかけてしまい、恥をかくだけの能力だ。
 どうせならもっと戦える能力が欲しかった。こんなんじゃなんの役にも立たない。
「そんなことはないよ司くん。キミの力は私のために役立っているよ」
「地の文を読まないでくださいよ。だいたいそれじゃまるで僕の能力が鳴海さんのためにあるようなものじゃないですか」
「そんなことは無い。死んだことを理解していない哀れな魂を導けるのはキミのようなものだけだ。誇りを持ちなさい」
「それは鳴海さんも|同じ《、、》でしょう」
 僕がそう言うと、鳴海さんは歩みをぴたりと止めて僕のほうを振り返った。
「それは違う。私は何も救わないし、導かない。ただ殺すだけだ。いや、|殺しなおす《、、、、、》だけだよ。だって私は死神だから」
 その時の鳴海さんの笑みは不気味なものだった。
 そう、鳴海さんの仕事というのは平たく言えば“幽霊退治”だ。カテゴリーエレメントの幽霊系《ゴースト》ラルヴァを討伐することがこの人の仕事なのだ。
 だけど困ったことに鳴海さんは幽霊を視る才能が無い。
 普通強力な異能者ならば『見鬼』の異能が無くても視ることができる人が多い。だけど鳴海さんの霊感(?)は一般人以下だ。
 だからこうして『見鬼』を持つ僕を餌で釣り、仕事を手伝わしているんだ。まったくもって迷惑な話だけど、鳴海さんの蔵書には興味がある。ギブアンドテイクというやつだ。だから手伝ってあげている。けっして鳴海さん一人じゃ心配なんて思ってない。
「猫が死んでいて悲しいのはわかるよ司くん。しかし今は急ごう」
「はいはい。わかりました」
 僕はパーカーのフードを目深に被り、キャサリンの冥福を祈った。


   3


 鳴海さんがやってきたのは意外にも大きな日本屋敷だった。
 表札には達筆で『藤枝《ふじえだ》』と書かれている。築何十年だろうか、歴史を感じさせる今ではあまり見ない木製の日本家屋だ。しかしおかしい。双葉区が出来たのはわずか二十年前だ。この家はもっと昔に建てられたように見える。
「どういうことなんですかね鳴海さん」
「移築だよ」
「移築?」
「そうだ。建物を新築するのではなく、一度家を解体して、新しい土地で立て直すんだ。もっとも、それにかかる費用は私たち貧乏人じゃ考えたくないほどだけどね」
「へえ。ここの人はお金持ちなんだぁ」
 僕たちは門を通り、庭に入る。そこを見渡すと、確かに僕らが想像する『お金持ちの庭』と言った感じだった。池には鯉もいるし、あの竹がカコーンと鳴るやつもある。
「鹿威《ししおど》しだよ司くん」
「だから地の文を読まないでください」
 僕たちは玄関のブザーを鳴らした。すると、奥からお年寄りの優しい声が聞こえてきた。
「はいはい。今開けますからねぇ」
 ゆっくりと引き戸が開かれると、そこには声の通りに優しげな風貌をしたおばあさんが僕たちを出迎えてくれた。腰が曲がってはいるが、一見して元気そうな印象を受ける。
「双葉学園の要請で来ました鳴海麗一と申します。こっちは助手の――」
「よ、四谷《よつや》司です」
 僕は慌てて頭を下げた。このおばあさんは柔和な表情をしているが、金持ちというか、名家の威厳というものを感じてしまい、しがない一般庶民である僕は畏縮してしまう。おばあさんの着ている着物も、一体いくらするかわからないほどに高価そうなものだった。僕が着ているパーカーとハーフパンツは上下で千円もいかないのに。
「あなたたちがラルヴァ退治をしているっていう学園の異能者さん? もっと強そうな人たちが来ると思って身構えちゃってたわ」
「安心してください。我々はまだ若輩者ですが、こと“幽霊退治”や“妖怪退治”に関してはプロフェッショナルだと自負しております」
 鳴海さんはキザったらしく、大げさに手を広げてそう語った。まったくこの人はどれだけ自信家なんだろうか。
「あらあら。面白い人ね。まあ、立ち話もなんだから上がって頂戴な」
「では、失礼します」
 そうして僕たちはこの屋敷の敷居を跨いだ。




 おばあさんの名前は藤枝|妙《たえ》さんという。
 藤枝グループという大手企業を夫と二人で創業し、莫大な資産を持つという。その企業は双葉区の数多くいるスポンサーの一つらしい。会社のほうは夫が亡くなってからは息子さんが継いで、妙さんはこうして隠居生活をしているのだとか。
 僕たちは妙さんに来客室へと通された。そこは厳かな和室で、畳のいい匂いがする。あのボロアパートの一室なんかよりはるかに広い。部屋にはこれまた高級そうな掛け軸や、壺などが置かれている。
 僕は出された苦いお茶を飲みながら、手前に座る妙さんに尋ねた。
「こんな広いところに独りで住んでいるんですか? お手伝いさんとかは?」
 漫画や小説を読んでいると、こういうお屋敷には可愛いエプロンドレスのメイドさんとかが出てくる。それをちょっと期待したのだけれど、この屋敷には妙さん以外の人の気配がしない。
「前はいたのよ。でもね、みんな辞めてしまったわ」
「え? どうしてですか?」
 きっとここのお手伝いなんて言ったらいいお給金がもらえるに違いない。僕だって鳴海さんの助手なんかよりこういう場所で働きたいくらいだ。
 しかし、妙さんの表情は少しだけ曇っていた。
「みんなこの家が『怖い』と言って逃げ出してしまったの」
「怖い……?」
 家が怖いってどういうことだろう。でも僕はその理由に思い至る。それこそが僕たちが呼ばれた理由に違いないのだから。
「怪異が起きたのですね。ラルヴァによる怪奇現象が」
 鳴海さんはお茶をすすりながら静香にそう言った。
 妙さんもその言葉にこくりと頷く。
「詳しく教えてもらっていいですか?」
「ええ、お話します。そのために双葉学園に異能者を派遣してもらったのですから」
 そう言って妙さんは席を立ち、後ろの部屋の襖へと手をかけた。
「これを、見てちょうだい」
 そうして思い切り戸が開かれる。
 そこに見えた光景に、僕は唖然としてしまった。
「これは……?」
 その部屋はたくさんある部屋の一室なのだろう。タンスがいくつも置いてあることから洋服置き場なのかもしれない。
 しかし、その部屋は原型を留めていなかった。
 タンスの引き出しはすべて開けられ、その中の洋服が部屋中に散らばっている。置物の人形などは分解され、無残なことになっているし、壁には穴が空き、畳もほとんどがひっくり返されていた。
 泥棒でも入った後、とでも例えればいいのか。それとも台風が過ぎ去った後とでも例えればいいのかわからないけど、綺麗なこっちの部屋とは同じ家の中にあるとは思えないほどにめちゃくちゃに荒れていた。
 茫然と立ち尽くす僕と違って、鳴海さんはその部屋に足を踏み入れて、きょろきょろとあたりを見回した。
「これは酷い。泥棒でも入りましたか?」
「いいえ。|勝手にこうなる《、、、、、、、》のよ」
「ほう。勝手に?」
 妙さんは「こちらにも来てください」と言って僕たちをほかの部屋へと連れていった。この屋敷のすべての部屋を見せられたが、そのどの部屋もさっきの部屋と同じような惨状になっていた。
 屋敷の部屋という部屋が荒らされている。
 一体これはどういうことなんだろう。
「あの来客室も同じようになっていたんですよ。あなたたちが来るというのであそこだけは片づけたの。もとからあそこは最初から物が少なかったから、苦労はしなかったけどねぇ」
「いつからこんな現象が起き始めたんですか?」
「一週間ほど前からよ」
 妙さんは溜息を吐きながら、ゆっくりとした口調で語り始めた。
「最初は使用人たちがくつろぐ部屋が荒らされたわ。あの子たちが部屋から出ているわずかの間に、部屋の中はしっちゃかめっちゃかにされたわ。最初は部外者が悪戯でもしたのだろうと警察に電話しただけでしたわ」
「だけどそれだけでは済まなかったと?」
 妙さんは「ええ」と頷く。
「その翌日にも同じことが起きたの。今度は住み込みで働いている使用人全員の個人用の部屋がめちゃくちゃにされたの。その時は家の警備も前以上に強化していたのによ。それで外部の犯行じゃなくて内部の人間の悪戯だってことになったの」
 それからのことは容易に想像できた。
 疑心暗鬼になる使用人。不可解な現象にさいなまれ、毎日のように荒れた部屋を片付けていたら神経がやられそうだ。
「それから私の部屋も荒らされるようになってね。それに時折奇妙な足跡を見かけるのよ」
「足跡?」
「そう。歩調からして子供のものだと思うのだけれどね。夜中に子供の笑い声を聞いた、という使用人もいるわ。それでこんな不気味な屋敷にはいたくないってみんな出てってしまったわ」
「そんな。独りじゃ生活辛くないですか? 新しく使用人を雇うとか」
「新しく雇うなんて、使用人が可哀想だから私にはできないの。それに大丈夫よ、私はまだ若いわ。家事ぐらい自分ひとりで出来きるわよ」
 そう言って妙さんは着物の袖をまくり、強気な顔を僕らに向けた。
 妙さんは優しくて強い人だ。少し話しただけで妙さんの人の良さがよくわかる。こんな人が困っているのなら僕らが力にならなくちゃいけないだろう。
「しかし鳴海さん。これは一体どういうことなんでしょうかね」
「うむ。少々考える時間をくれ。司くん、私のノートパソコンは持ってきてくれたね。ちょっと調べたいことがある」
「あっ、はい」
「じゃあさっきの来客室に戻りましょうかね」
 そうして再び僕たちは来客室の前にやってきた。その戸を開くと、またも衝撃的な光景が僕らの目に飛び込む。
「なん……だと……」
 思わずそんな声を漏らしてしまう。
 さっきまで僕たちがいた来客室もまた、ほかの部屋同様ぐちゃぐちゃになってしまっていた。テーブルはひっくり返り、お茶はこぼれ、畳は返されてしまっている。掛け軸は全部破れて高そうな壺も割れていた。
 僕たちが部屋を離れているほんの数分の間に、この部屋は荒らされたのだ。
「なんてこと……」
 さすがの妙さんもこれには驚いていたようだった。こんなペースで部屋が荒らされていたら普通の人間なら気がおかしくなるだろう。気丈にしてはいるが、妙さんも限界なのかもしれない。
 鳴海さんだけは相変わらず年中葬式でもやっているかのような陰気な表情でその惨状を見ていた。そしてその部屋の中に入っていき、テーブルを元の位置に戻し、落ちていた座布団を敷いてそこに座った。
 無神経な鳴海さんとは違い、僕は妙さんになんて声をかけていいかわからなかった。そうこう考えていると、急に僕の耳に奇妙な音が聞こえた。
 ドタ。
 ドタドタ。
 それは廊下から聞こえ、次第に激しくなる。
 ドタドタドタドタドタドタドタドタドタ。
 ドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタ。
「!!」
 僕は慌てて廊下のほうへ飛び出した。だけどその足音のようなものは角を曲がったのか次第に遠くなっていき、やがて聞こえなくなってしまった。
「今のは――」
 と言いながら二人のほうへと振り向くと、まるで何も聞こえなかったかのように平然としていた。いや、実際に聞こえなかったのだ。
『見鬼』の無い二人には聞こえず、僕だけには聞こえた。ならそれが人間ではないということだろう。
 相手はキャサリンのような無害な霊じゃないかもしれない。悪意を持った存在かもしれない。そう思うと僕の身体も震えてきて、汗が手ににじむ。
 怖い。
 いつまで経っても、僕は自分自身の力に慣れることができない。
「何をしているんだね司くん」
「え?」
 鳴海さんの声ではっとし、僕の意識はこっちに返ってくる。
「敵の正体を突き止めるぞ。パソコンを開きたまえ」
「は、はい!」
 そうだ、臆している場合じゃない。
 僕たちは、出来ることを全力でやるだけだ。






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