【死神さんの怪奇レポート/『座敷荒らし』:後編】


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「座敷童子《ざしきわらし》?」
 鳴海さんが開いているのは双葉学園のラルヴァ研究機関のデータベースだ。そこから今回の怪異の正体を突き止めようというのだ。“見えない”ということは実体を持たない幽霊系《ゴースト》の確率が高い。それに絞って鳴海さんは検索を始めていた。
 その中にある『座敷童子』という項目を鳴海さんは開く。僕は横からそれを覗きこむ。
「ああ。最初はありきたりな騒霊《ポルスターガイスト》だと思ったのだが、ラップ音は無く、キミの言う通りに足音が聞こえるということは、姿形を持たない騒霊たちの仕業ではないだろう。家に取りつく人型で、エレメントのラルヴァというのはずいぶん限られてくる」
「それで座敷童子ですか……」
 しかし僕はそれに首をかしげる。
 座敷童子は妖怪として知られる有名なラルヴァだ。
 人の家を守護する存在。座敷童子がいる家には幸福がやってきて、座敷童子が去ってしまうと家が廃れるという伝説がある。座敷童子には幸福を呼び込む力があるのだという。
 その伝説の通り、ラルヴァとは言え、座敷童子はけっして害のある存在じゃない。
 こんな家をむちゃくちゃにする座敷童子なんて聞いたことが無い。
「確かにキミの言う通り、座敷童子がこんなことをするとは思えない。けど座敷童子が家の人間に悪戯をするっていう話は聞いたことがある。だけどそれはあくまで子供の悪戯程度で、こんなに悪質なはずがない」
「だったら……」
「そう。座敷童子のはずがないんだ。だとすればなんだろうか。ただの悪霊か? だけどただの霊体如きが物質に干渉するほどの力を有しているわけがないのだ」
 鳴海さんは液晶画面と睨めっこをしながら頭をぼりぼりと掻いた。
「新種のラルヴァですかね」
「そうかもしれない。今回のこのラルヴァを仮に『座敷荒らし』とでも名付けよう。今度のレポートに丁度いい題材だ」
「ダジャレじゃないですか!」
 やれやれ、真面目にやる気があるのだろうかこの人は。
 そうこうしていると、正午を知らせるサイレンが街中に響き渡った。なんだ、もう昼か。確かにお腹が減ってきたな。
 僕は鞄の中に入れておいたお弁当箱を手に取った。鳴海さんのために作ってきたお弁当。おいしいって言ってくれるかな。
「鳴海さん。一先ず休憩してお弁当――」
「二人ともお疲れさまね。お昼にしましょうか」
 その瞬間、妙さんが部屋に入ってきてそう言った。
「台所もわやになってるから何も作れないけど。店屋物なら頼めるから。なんでも好きなものを頼んでちょうだい。伊間華屋のお寿司がいいかしら、ああ、三丁目の鳳凰堂の天ぷらがいいかしら?」
 妙さんはこの辺りの高級なお店の名前をつらつらと言い並べる。名前を聞いただけでごくりと唾が出てきてしまう。
 僕はそっと弁当箱を鞄の中に戻した。そんな高級料理に比べたら僕の作ったものなんて月とすっぽんだ。鳴海さんだって僕のお弁当よりもそっちのがいいはずだ。
「ありがとうございます妙さん」
 鳴海さんはそう言った。ほら、仕方ないよね。お弁当はもったいないけど、今日の夜にでも一人で食べよう。ちょうどよかった、今日の晩飯の手間が無くなったもの。
「しかし気持ちだけ受け取っておきます。今日はお弁当を持参したもので」
「え?」
 ぽかんとする僕をよそに、鳴海さんは「何をしているんだね司くん」と言って、無理矢理鞄の中から弁当箱を取り出した。
「い、いいんですか鳴海さん。おいしい高級料理の出前じゃなくて」
「ふん。キミはもったいないお化けを知らないのか。せっかく用意した食べ物を残したらもったいないお化けというラルヴァに襲われるのだよ」
「なんですかそれ」
 なんだかわけのわからぬこと言われて煙に巻かれてしまった。まあ鳴海さんの言うことなんていつもよくわからないけど。
「それに、キミがせっかく作ってくれたものだからね」
「鳴海さん……」
「最近ろくなもの食べていないのにいきなり良い物を食べたら食生活が崩壊する。だからキミのしょぼい料理で少しずつ慣らして――いてっ」
「この妖怪バカ!」
 僕は鳴海さんの頭を座布団で叩いた。もう知るもんか。僕も自分の分の弁当を食べよう。怒ったらお腹すいてきちゃった。そうして食べる用意をしていると、妙さんがこっちを見て笑っていることに気づいた。
「どうしたんですか妙さん」
「あらごめんなさい。二人とも歳が離れてるのにずいぶんなかいいもんだから。おかしくなっちゃって」
「べ、別に仲良くなんかありませんよぉ」
「私も夫とは随分歳が離れていたのよ。そのせいであの人は先に天国に行っちゃったのだけれど。あなたたちを見てると昔の自分たちを見ているようで楽しいわ」
「僕たちが夫婦みたいだなんてありえませんって!」
 思わずそう否定してしまう。なんだか顔が赤くなってきちゃった。もう、急に変なことを言うからだ。そんな僕の様子を見て、また妙さんはコロコロと笑っていた。鳴海さんは相変わらずの仏頂面でお弁当をつついているだけだ。
「あっ、妙さんはお昼何か食べるものあるんですか?」
「いいえ。いいのよ私は。なんだか食欲ないもの」
「そんな、駄目ですよぉ。こういうときこそ食べたほうがいいです。そうだ、僕のお弁当まだ余ってるんでどうですか? 加減が分からなくて作り過ぎちゃったんです」
 そう言ったあとに僕は後悔した。もしかしたら迷惑だったかもしれない。だけど妙さんは笑顔でそれを受け取ってくれた。
「ありがとう司ちゃん。いただくわ。あら、綺麗な色の卵焼き。うん、ちょっと甘すぎるけど、おいしいわ」
 その言葉に僕は嬉しくなる。妙さんは本当にいい人だ。この人のためにも早くこの怪異を解決しなければならないと僕は決意を決めた。
「そう言えば妙さん。なぜこの家をわざわざ移築したんですか。新築したほうがよかったんじゃないですか」
 そうして和やかな空気の中昼食をしていると、突然鳴海さんがそんなことを妙さんに聞いた。確かにそれは僕も気になっていたところだ。妙さんは食後のお茶を飲みながらそれに答えた。
「この家はね。夫との思い出の家なの。息子に言われてこの双葉区に引っ越すことにはなったけれど、私はこの家以外に住む気はないのよ。だから移築をしたし、こんな酷いことが起きても私は絶対にこの家からは出ていかないわ」
 そう言う妙さんの目は力強く、決意に満ちたものだった。
 そうか、だからこんな怪異に見舞われても一人で家にいるんだ。
「この家を建てたのはいつごろですか?」
「そうね。会社を立ち上げた直後くらいかしら。その時はお金も無いのに多額の借金してまでこの家を建てたのよ。それからすぐに会社の経営が上手くいったの。夫は決して経営の才能があったわけじゃないわ。きっと運が味方してくれたのね」
「ふむ。そうですか……」
 その話を聞いて鳴海さんは顎に手を置いた。
「やはり、この怪異の原因は座敷童子にあるのかもしれません」
「どうしてですか鳴海さん」
 鳴海さんは考え込むようにしながら言葉をつづけた。
「藤枝グループが大きくなった時期と、家を建てた時期が同じだからだ。座敷童子は家に憑く。そしてその家に幸福をもたらす」
「つまりあなたは、夫の会社がラルヴァのおかげで大きくなったと?」
「その可能性もある、ということです。勿論失礼なことを言っているとは存じておりますですが私はその可能性が高いと思います」
 鳴海さんの失礼な物言いに、妙さんは少し黙ったあと口を開いた。
「やっぱり、そうですか」
 だが以外にも、妙さんの言葉はそれを肯定するものであった。
「私もあの時会社がいきなり栄えたときは夢でも見てるんじゃないかと思ったくらいです。それくらい私の夫は経営に向いていない人間でした。人がよすぎるというか、誰かと競争できるような人間じゃなかったのよ」
 妙さんは遠い昔のことを懐かしむようにそう答えた。
「でも今は息子が経営しているから、もう会社には座敷童子の恩恵はいってはいないのでしょうね。でもあの時、経営が上手くいかなくて首をくくらなくちゃいけなくなったこともあったわ。それを救ってくれたのが座敷童子のおかげなら、私はそれに感謝しなくちゃいけないねぇ」
 妙さんは両手を合わせて、どこかにいるかもしれない座敷童子に頭を下げた。
 もし鳴海さんの言う通りに、藤枝グループの繁栄が座敷童子のおかげなら、なぜ家をこんな風に荒らしたりするのだろうか。
 移築をしたから?
 勝手に住まいを変えたから座敷童子が怒っているのだろうか。
「うーん。わからないなぁ」
 ラルヴァのことなんて僕にはまったく理解できない。これまで数多くの怪異と出会ってきたけど、そのどれもが僕の理解を超えるものだった。双葉学園にはラルヴァの生徒はたくさんいる。だけど彼らのようなラルヴァと、悪意と敵意をもったラルヴァではまったくその存在が違うように思える。
 そんなことを考えながら自分の冷めた弁当に箸をつけていると、部屋が揺れるような感じがした。
「ん?」
 一瞬、足音が上から聞こえた気がした。
 すると天井に吊るされていた蛍光灯がテーブルの真下に落ちてきた。
「ああ!」
 がしゃりという激しい音が響き、テーブルの上の弁当までもが全部ぐしゃぐしゃにひっくり返ってしまったのだ。
「あらあら」
「ううむ。まだ卵焼き食べてなかったのに」
 妙さんと鳴海さんは暢気にそう言っているが、僕には確かに上から足音が聞こえた。まだ食べかけの、僕が一所懸命作ったお弁当を台無しにした存在が、今、この真上にいるということだ。
 恐怖よりも先に、怒りが湧いてきた。
 なんでこんないいおばあちゃんの家を、こうまでして執拗に荒らすのか。
 僕は我慢の限界だった。
「妙さん! 屋根裏に上がるにはどこから入ればいいんですか?」
 僕は立ち上がり、妙さんに尋ねる。妙さんはぽかんとしながら押入れのほうを指差した。
「屋根裏に上がるなら、そこの押入れの上に入口があるけど……」
「ありがとうございます」
 僕は押入れへ向かい、その戸を開ける。中には布団が入っていたけど、それを全部外に放り出す。ごめんなさい妙さん。あとで片付けます。
「どうしたんだ司くん。そこに未来から来た猫型ロボットは寝ていないよ」
 鳴海さんは蛍光灯を横に置いて片していた。蛍光灯にカバーがついているから割れていない。誰も怪我がないのは幸いだ。
「ここに座敷童子がいるんですよ!」
 僕は押入れの中に入り、屋根裏に続いている天井の蓋を開いた。すると、埃がたまっているせいか、思わずせき込んでしまう。僕はポケットから生徒に支給されているがハイテクな学生帳を取り出した。それのライト機能を使い、中に光を送る。
「よし、これで中が見えるぞ」
 積もっている埃に、足跡がついていた。それは小さく、子供のものだとわかる。やっぱりここに誰かいたんだ。僕だけに聞こえた足音ということは、つまり人間ではないということになるけど。
「誰かそこにいるのか!」
 そう呼びかけながら僕は屋根裏に上がる。そうしてライトを隅のほうへと向けると、「ひっ」という女の子の声が聞こえた。
 見つけた。
「おい、そこのお前。こっちを向けってば!」
 屋根裏の隅で見つけたその人影は、真っ赤な着物を着ている、おかっぱあたまの女の子だった。彼女はゆっくりと僕のほうを振り向いて、驚いたように目を白黒とさせている。おとなしそうな雰囲気で、とても凶悪には見えない。
「あなた、あたしが視えるの?」
「視えるし、聞こえるし、触れるよ」
 僕はその女の子――座敷童子のほうへ近づき、彼女の着物の袖を掴んだ。
「さあ、降りて来い」
「いや、やめて! なにするの!」
 そんなつもりはなかったのだが、座敷童子は自分の姿が見える人間相手に怯えているようで、パニックを起こし暴れ始めてしまった。
「ちょ、危ない!」 
 その座敷童子と一悶着していると、足元がバキっと鳴ったことに気づいた。
 家が古いから天井も脆くなっていたのかもしれない。座敷童子に体重は無い。だけど僕には体重はある。決して僕が重たいわけじゃない! だけど天井の板は僕の体重でも耐えられなかったのか、盛大に天井の板が抜け落ちた。
「うわああああああああ!」
 僕は座敷童子の袖を引っ張ったまま落ちていく。しかし、さっき部屋に置いておいた布団の上に落ちて、なんとか助かった。
 顔を上げると、鳴海さんと妙さんが可哀想な子を視るような目で僕を見ている。
「司ちゃん……大丈夫?」
「司くん……キミ変なものでも食べたのか?」
 うう、視線が痛い。
 でも僕は確かに捕まえたのだ、座敷童子を。


   5


「なるほど、ではそこに座敷童子がいるんだね司くん」
 鳴海さんはまったく間違ったところに視線を向けながらそう言った。
「どこ見てるんですか、ここですよここ。僕は今彼女の着物の袖を掴んで逃がさないようにしています」
 まあ、そうは言っても、座敷童子は逃げる気はないようで、怯えたような顔をして、僕と鳴海さんの顔を交互に見ていた。
「彼女――ってことは、その座敷童子は女の子なんだね」
 妙さんがそう言うと、座敷童子はとても泣きそうな顔になって妙さんの顔をじっと見つめた。なんでこんな悲しそうな顔をするんだろうか。こいつがこの家を荒らしているんじゃないのか。
 僕は座敷童子に尋問を始める。鳴海さんと妙さんには座敷童子の声はわからない。だから僕が代りにやるしかないだろう。
「なあ、お前。座敷童子なんだろ。なんでこの家をこんな風にめちゃくちゃにするんだ。家を守るのがお前の役目なんじゃないのか」
 僕は座敷童子の肩を掴み、そう尋ねた。座敷童子は長い睫毛を伏せ、俯きながら、ゆっくりと語り始める。
「……この家に憑いてもう五十年になります。その間でわたしの姿を見えた人間はあなたが初めてです」
「五十年、か。ということはやっぱりこの家を建てたときと同じか。藤枝グループを繁栄させたのはキミの力のおかげなの?」
「最初はそうです。この家の人たちが苦しんでいるのを見ていられませんでしたから。一度軌道に乗ってからは、わたしの力が無くても、大きくなっていきました」
「そっか……それなら、なんでこんなことしたんだよ」
 話せば話すほど、この座敷童子が悪い存在には思えない。この家を荒らしているのは別の存在なんじゃないかと僕は思えてきた。
 しかし、座敷童子はそんな僕の思いを裏切るようなことを言い出した。
「あなたわたしの言葉が分かるなら、伝えてください。妙さんにこの家から出ていくようにって」
「なっ!」
「妙さんにはわたしの言葉は届かない。だからわたしはこの家を荒らしに荒らして、わたしは妙さんをこの家から出ていってもらおうとしたのよ!」
 なんてことを言い出すんだ。座敷童子なのに、家主を追い出してこの家を乗っ取ろうと言うのだろうか。そんなのは許せない。
「お前、こんないいおばあちゃんをこの家から追い出そうなんて何考えてるんだよ! この家は妙さんとおじいさんの思い出の――」
「お願い! もう時間が無いの。早くこの家から出ていかないと駄目なの!」
 そう言う座敷童子の瞳には涙が浮かんでいた。彼女は僕の腕にすがり、悲痛な顔でそれを訴えた。何かが違う。僕は何かを勘違いしている。決定的な間違いをしている。
「おい、落ち着け。ちゃんと一から説明してくれ。お前は一体」
「早く、早くしないと|あいつ《、、、》が――!」
 ――あいつ?
 しかし、座敷童子が膝をつき、そう懇願した瞬間、それは聞こえた。

「もう遅い」

 身体中に鳥肌が立つ。
 この世のものとは思えぬ、地獄のように低い声。
「~~~~~~!!」
 毛と言う毛を逆立たせるようなおぞましい空気が僕の身体にのしかかってきた。吐き気がし、胃液が逆流しそうになる。思わず僕も膝をついてしまう。呼吸がままならず、なかなか声が出てこなかったが、それでも僕は必死に鳴海さんと妙さんに伝えた。
「みんな、逃げて!」
 僕の只ならぬ雰囲気を察したのか、鳴海さんは妙さんの手を引っ張り部屋から出て行こうとした。
 だけど、何もかもが遅かった。さっきの声の言う通り、遅かったのだ。
 一瞬、床が盛り上がったかと思うと、激しい音を立てながら地面が隆起していく。何かが地面を突き破ってきたのだ。その勢いで僕の身体は吹き飛び、上下がわからなくなってしまう。
「うわああああ!」
「司くん!」
 落ちてくる破片から妙さんを庇いながら鳴海さんがそう叫ぶ。だけど僕の身体は宙を舞い、そして地面に叩きつけられた。幸い頭は打たなかったけど、体中が痛い。僕は必死に顔を上げて、|それ《、、》を見た。
 それは家を破壊しながら現れた。
 それは巨大な蛇だった。
 てらてらとした黒い鱗を光らせ、地中から這い出てくる。
 しかし、頭部には縦髪と大きな角が生え、体には四本の手が伸びている。蛇のようで蛇じゃない、まさに化け物であった。まだその化け物の体は地中に埋まっていて、一体全長何メートルなのか考えたくないほどだった。
「司ちゃん、これは一体なんなの……」
 妙さんが怯えた様子でその蛇の化け物を見上げた。
「妙さん、そいつが見えるんですか?」
「ええ、見えるわよ。いやってくらいに……」
「私にも見える。どうやらこいつは実体を持った普通のラルヴァらしい……」
 鳴海さんもそう言った。しかし、その言葉に蛇ラルヴァは鼻を鳴らし、僕たち人間を嘲笑った。
「ラルヴァ? そのような人間共が新しくつけた名前などで我を呼ぶでない。我は『神』だ。我が名は|安御印鹿島大津刀ノ蛇神《やすごいんかしまおおつとうのへびがみ》。ようやく封印が解け、外に出ることができたのだ」
「封印?」
「そうだ。我は青森のとある大樹に封印されていた。しかし馬鹿な人間共はその樹でこの屋敷の柱を作ったのだ。そうしてしばらくして我は失われた力を取り戻し、こうして出てくることが出来たのだ」
「へえ、なるほどね。そういうことか……」
 鳴海さんは一人納得したようにそう呟く。僕にはさっぱりわからない。
 茫然とする僕をしり目に、蛇神は鉤爪のついた三本指の腕を伸ばし、地面に転がっていた座敷童子を捕まえる。そしてそのチロチロと伸びる爬虫類の舌で、怯え泣く座敷童子の頬を舐めまわした。
「きゃあ!」
 か弱そうな座敷童子はその瘴気にでも当てられたのか、それだけでぐったりとして気絶してしまった。
「だが我の力はまだ不完全だ。しかし、座敷童子の真の臓には力が蓄えられているという話を聞いたことがある。我はこれを食し、次に貴様らを喰らってやる。光栄に思うがいい」
「ふざけるな……」
 いったいこの蛇神が何者なのか、僕にはわからない。
 だけどたった一つ解ることがある。
 座敷童子はこの化け物から妙さんを守るためにあんなことをしたのだ。人と接する手段を持たない座敷童子に出来ることは、妙さんやこの家の使用人をこの家から出て行かせることだけだったに違いない。
 そのために彼女は家を荒らしまわったのだ。自分が五十年住んだ家を、自分で荒らして廻った。妙さんや使用人に不気味に思われても、みんなを守るためにそうしたのだ。
 そんな座敷童子を、こんなわけのわからない化け物に食べさせたりなんか、させるものか!
「うわあああああ!」
 頭に血が上っていた僕は、落ちていた木材を手に取り、蛇神の腕に殴りかかる。だけど僕の攻撃は蛇神の身体をすり抜ける。いったいなんで。
「無駄だ小僧。我は肉体と言う概念を持たぬ『神』だ。貴様らの低次元な攻撃が我に届くわけがないのだ」
 そうか、蛇神は桁違いの強力な魂源力を放っているから、妙さんや鳴海さんにも認識できるだけなんだ。奴の実体はそこにはない。だけど奴の攻撃は僕らに届く。畜生。なんて不公平なんだよ。
 力が、力が欲しい。
『視る』だけの力なんて無意味だ。僕は、僕は――
「死ぬがいい弱き人間!」
 蛇神はそう言い、空いている左腕を僕のほうへと振りかぶった。
 死ぬ。
 蛇神の鋭い爪が、僕の頭をめがけて向かってくる。
「司ちゃん!」
 妙さんの悲痛な叫び声が聞こえた。僕は目をつぶって死を覚悟する。
「このバカ。キミはそんなだからいつまで経っても子供なんだ」
 そんな鳴海さんの嫌味が耳に響いた。
 目を開けると蛇神の巨大な腕が目の前をかすめ、地面に穴が空くほどの巨大な爪痕を残していた。なんで助かったのだろうかと顔を上げると、目の前には鳴海さんの陰気な顔があった。鳴海さんは僕を抱き上げ、蛇神の攻撃を避けてくれたようだった。だけど蛇神の爪は鳴海さんの腕にかすったのか、彼の腕からは大量の血が流れている。
「鳴海さん……」
「泣くんじゃないよ。まったくキミは馬鹿だ。ああいう行動は勇気とは言わない。無謀と言うのだよ」
「うう……だって……」
 僕は悔しかった。何もできない自分にただ苛立つ。力もないくせに、感情に任せて鳴海さんにも迷惑をかけてしまった。
「気持ちはわかるさ。だけど人には役割と言うものがある。キミは十分に役立った。キミにしか出来ないことをした」
 そう言って鳴海さんは僕を下ろし、怒る蛇神と向き合った。
「ここからは私の役目だ。“殺し合い”は私の役割だ」
 そして、普段決して見せないほどに力の宿った瞳で蛇神を睨みつける。
 そんな鳴海さんを前にして、蛇神はおかしくてたまらないと言った風に大げさに笑いだした。
「はははははははは! こんな弱そうな人間如きが我をどうするというのだ。七百年前に我を封印したのも百人がかりだと言うのに!」
「私は貴様を封印したりはしない。ただ“殺す”だけだ」
 鳴海さんは落ち着いた口調でそう言う。そこにははったりも何もない。妙さんがその光景を心配そうに見ていた。僕は妙さんの震える手を取る。
「大丈夫です妙さん。僕は知っています。鳴海さんは絶対に勝ちます」
 そう、彼は死を与える者だから。
「ふははははは。面白い冗談だ。我を殺す? 我は『神』ぞ! 神を殺すことが出来る人間など居らぬ。我には貴様らの刃は届かぬのだ!」
「それはどうかな」
 鳴海さんはゆっくりと自分の掌で自分の顔を掴んだ。
「貴様が『神』なら、私はその『神』に死を与える『死神』だ!」。
 そうして掌で自分の顔を引っ掻いたその瞬間――鳴海さんは|裏返った《、、、、》。
 鳴海さんの身体の皮膚がどこかへと消え、肉さえも消滅していく。そうして鳴海さんの全身は骨だけが剥き出しになったのだ。眼球も何も無く、ぽっかりとした深淵だけがその二つの穴から覗いていた。
 そう、まさにそれは骸骨だ。理科室に置いてあるような、骸骨の標本のように全身すべてが骨になっている。
 真っ黒な服を纏ったその骸骨は、まさに誰もがイメージする『死神』そのものだった。
「ああ、とうとう私にもお迎えが来たのね……」
 妙さんは両手を重ねながらお経を唱え始めたていた。仕方のないことだろう。あれを見たら誰だってそんな反応をする。
「妙さん。あれは鳴海さんです。あれが鳴海さんの“異能”なんですよ」
「あれが、あの……?」
「そうです。あれが『死神』鳴海麗一です」
 鳴海さんはゆっくりと歩き、蛇神と対峙した。奇妙なものを見るかのようには蛇神は彼を睨む。そしてその腕を構え、鳴海さんのほうへと再び振り下ろした。
「無駄だよ」
 しかし、その腕は鳴海さんに届く前に空中を舞う。物理的な攻撃が通じないはずにも関わらず、蛇神の腕は切り裂かれ、緑の血を撒き散らしながら地面へと落ちる。
「バ、バカな! 我の腕が!」
 鳴海さんは一体どこからか取り出したのか、身の丈ほどもある巨大な鎌を構えていた。その刃には蛇神の血がこびりついている。鳴海さんはあの『死神の鎌』で蛇神の腕を切り裂いたのだ。
「だから言っただろう。私の『鎌』は幽霊だろうが妖怪だろうが『神』だろうが、実体の無いエレメントラルヴァを殺すことができる。死の無い存在に死を与えることができる。それが私の異能である『死神』だ!」
 骸骨姿の鳴海さんは鎌を構えながら蛇神のほうへと疾走した。
「鳴海さん! 奴の右手には座敷童子が握られています、傷つけないように気をつけてください!」
 恐怖感じているのか、蛇神は逃げようと必死にもがいていた。だけど体が地中に埋まっているためそれが出来なかった。奴は自分が攻撃されないと思いあがっていたのだ。自分が逃げなければならない状況になるとは思っていなかったのだろう。
「人質をとっているのか。ならばこうしよう――」
 そんな蛇神の身体に。鳴海さんは容赦なく鎌を振りかぶった。

「―――真っ二つだ」

 縦一文字に、蛇神の身体は綺麗に切り裂かれた。緑の血が滝のように溢れる。その衝撃で手から座敷童子が落ちる。それを僕は駆け寄って抱きとめた。体重が存在しないからそれは容易だった。
「なぜだ。我は『神』ぞ。我は永劫を生き、幾千の僧を喰らい、百の村を滅ぼした安御印鹿島大津刀ノ蛇神だぞ。その我がなぜ!」
 “殺された”蛇神の身体は次第に消えていく。そんな中奴はそう呟いていた。それに対して鳴海さんは容赦なく言い放つ。
「そんな長ったらしくて大層な名前は貴様にはもったいない。貴様は、貴様こそが『妖怪座敷荒らし』だよ。ただのくだらないラルヴァさ」
 そうして鳴海さんの身体は元通り人間の姿になり、『神』であることを否定された蛇神――妖怪座敷荒らしは完全に消滅してしまった。



「あの『自称神』は、おそらくこの家を移築したときにこの家に憑いたんだろうね。移築と言っても解体した木材をすべて使いまわすことができわけじゃない。新しく入れた柱に、奴が封印されていた大樹が使われたのだろう」
 鳴海さんは淡々と僕と妙さんに説明した。だけどそれで何かが解決するわけじゃない。妙さんとその夫の家は、無残にも半壊してしまっている。
「お妙さん……!」
 それからすぐに目を覚ました座敷童子は、崩れている家の中で立ち尽くす妙さんに視線を向けた。だけど無駄だ。妙さんには彼女の声は――
「その子が座敷童子なのかい。随分と可愛らしい子だねぇ」
「え?」
「は?」
 妙さんの視線は、確かに座敷童子の目線と合わさっていた。そんな馬鹿な。妙さんには視えないはずなのに。
「お妙さん、わたしが視えるんですか?」
「ええ、不思議なことに、私にも視えるわ」
 僕は鳴海さんのほうを振り向き、説明を求めた。鳴海さんもこくりと頷く。
「私にも視えるよ。おそらくあの座敷荒らしの強力な魂源力の影響で一時的に姿が実体化しているのだろう。すぐにまた視えなくなってしまうだろうけどね」
 その言葉を聞き、座敷童子は大粒の涙を流しながら妙さんのほうへと駆け寄り、彼女に抱きついた。
「ごめんなさーい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい妙さん! 家を荒らしたのはわたしなんです! わたし、わたし。それ以外に方法が思いつかなくて……」
 見た目通り、子供のように座敷童子は泣きじゃくり、必死に謝った。そんな座敷童子を妙さんは優しく抱きしめ、嗚咽する座敷童子の背中をぽんぽんと撫でる。
 その姿は、本当におばあちゃんと孫のように見えた。
「いいのよ。私のためにやってくれたんでしょ。ごめんね、気づいてあげられなくて。辛かったでしょう……」
「妙さん、妙さん……」
 しばらく泣いた後、座敷童子は妙さんから離れ、涙を着物の袖で拭った。
「妙さん。わたしこの家に憑いたよかったです。わたしはこの家にいるときが一番楽しかったんです。恩返しをさせてください」
 そう言うと同時に、座敷童子の身体が激しく光り始めた。
 それは目も眩むほどで、僕たち三人は思わず目を瞑ってしまう。そして、再び目を開けた時、僕たちは奇跡を見た。
「すごいわ」
 妙さんが思わず感嘆の言葉を漏らす。
 目を開けると、半壊状態だった家は、綺麗さっぱり元通りになっていたのだ。それも座敷童子が荒らす前の、綺麗な部屋の情になっている。
「ありがとう座敷童子ちゃん……」
 妙さんはそう言うが、もうそこには座敷童子の姿はなく。僕たちの前から消えてしまっていた。力を使い果たしてしまったのか、それとも――
 しかし妙さんの顔は、嬉しさに満ちていた。きっとどこかに座敷童子の気配を感じているのかもしれない。
 そう、これですべてが終わったのだ。
 そう考えていると、鳴海さんがパチパチパチと突然手を打つ。そして最後にこう言って締めをくくった。
「藤枝家『座敷荒らし』騒動――これにて一件落着」











◆◇◆蛇足◇◆◇



 その事件から一週間後、僕たちは再び藤枝家にやってきていた。お妙さんがあの時の礼をしたいのだという。今度はメイドさんが大勢出迎えてくれて、あの日と同じ来客室でおいしいお茶と和菓子を出してくれた。
「藤枝様はすぐに来られると思うので、しばしお待ちを」
 可愛い服を着たメイドさんは深く頭を下げて、礼儀正しく部屋から出て言った。
「司くんもああいう服を着たら、もう少し|女の子らしく《、、、、、、》なるんじゃないかい」
「う、うるさいなぁ」 
 僕は横に座る鳴海さんの足をつねる。
「いたたたた。まったくガサツだよキミは。いつも無茶をするし、私はいつも心配してるんだよ」
 そう言いながら鳴海さんは僕の頭をくしゃくしゃっと撫でる。もともと猫っ毛なのに、余計にぼさぼさになってしまう。でも、鳴海さんに頭を撫でられるのはなぜか心地いい。
「そ、それはすいません」
 そんなことを言われたら言い返せない。いつも僕は鳴海さんに助けてもらってばかりだ。初めて出会ったあの時も、悪霊に困っていた僕を助けてくれたのは鳴海さんだから。
「しかしあの座敷童子は可愛かったね。キミも少しは彼女を見習いたまえ」
「いいんです! 鳴海さんの助手をするのにあんな着物とかスカートとか穿いてたら動きづらいですし」
「まあ、それはそうだねぇ」
 そう言って関心なさそうに頭を掻いていた。
 まったく、鳴海さんは“女心”を全く理解してない。
 そんなだからその年で彼女の一人もいないんだ。だから僕がちゃんと傍にいないときっと孤独死しちゃうんだ。だから仕方なく僕は鳴海さんの助手をするんだ。
 自分にそう言い聞かせながら、僕はお茶をすする鳴海さんを横眼で見る。
 こうして黙ってればかっこいいんだけどなぁ。
 そうして僕が目の前のまんじゅうに手を伸ばしていると、少し部屋が揺れた。
 ドタドタドタ。
 そんな子供のような足音が天井から聞こえ、僕は思わず笑ってしまった。



(了)








※司の異能『見鬼』は怪異目録から設定お借りしました。
なお、作中の座敷童子は怪異目録の座敷童子とは別人です。




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