【死神さんの怪奇レポート/『牛の乳』:後編】


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「こちら双葉学園中等部新聞部のアイドルリポーター、靴之裏ガム子ちゃんでーす。今日はーなんかー牛乳女を退治するって言ってる変な男の人を取材にきましたー」
 ガム子はビデオを回しながらそんなことを言っていた。 
 翌日、司と鳴海は牛乳女を退治するために、日が沈んだころを見計らって人気のない道へとやってきた。そのことをガム子に話したらぜひ取材したいとのことで一緒についてきたのであった。
(それにしても……)
 司は久しぶりに制服を着ている。指定のブレザーに膝上のスカート。メイド服ではないにしろ、こんな女の子らしい格好は苦手なのだが、今日は仕方ないだろう。
「また男の子と間違えられて襲われたらたまらないだろう司くん。制服が嫌なら私が用意したスモックと黄色い帽子なんかどうだい。チューリップ形の名札もあるよ」
「絶対にお断りします」
 司はやれやれと溜息をつく。鳴海は黒帽子に黒コートといういつも通りのスタイルだ。昼ほどの暑さは無いとは言え、もう夏も近いというのによく平気だと司は呆れた。
「しかし司くんの制服姿は新鮮だ。いつもこんな風にしていたらどんなにいいか。ああ、勿論女子中学生のパンチラが見たいだなんてよこしまな考えは無いよ。ただ、やっぱり学生たるもの制服を身につけないと駄目だよ。大学生になってからは毎日着るものに困るからね。今のうちに制服姿を満喫しなきゃ。不慮の事故でパンチラを拝めるだなんてまったくもって考えてないからね。ふふふ」
「言っておきますけど、僕この下はスパッツですからね。ほら」
 司はスカートをたくしあげて鳴海に見せつける。それを見た鳴海はこの世の終わりとでも言うかのような絶望の表情になり、がっくりと項垂れてしまった。
「それはよかったね……。それなら見られても平気だからね……。ふふふ」
 薄気味悪く鳴海はそう呟く。そんな彼に、ガム子はカメラとマイクを向ける。
「それでは鳴海しゃん。牛乳女討伐の自信のほどはどうですかー? 何か作戦でもあるんですかー?」
 ミニスカートを翻すガム子に話しかけられて、元気を取り戻したのか、鳴海は背筋を伸ばしてそれに答えた。
「ふふん。この私を誰だと思っているのだねガム子くん。私はラルヴァの研究に精通する『死神』鳴海麗一だよ」
「おおー。なんだかわからないけど凄い自信だー」
 鳴海はナルシストっぽいポーズをとってカメラと向き合っていた。今から牛乳女と対決するというのに暢気なものだ。
「だけど鳴海さん。わざわざ僕らが牛乳女を退治しなくても、そんなの風紀委員に任せてればいいんじゃないですか?」
「それはだね司くん」
「はい」
「今月お金がピンチなんだよ!」
 それは切実な理由だった。ラルヴァを討伐すれば報酬が出る。それを頼りに鳴海は生活費を稼いでいるのであった。対人関係が苦手な鳴海にとって真っ当なアルバイトよりもラルヴァ討伐のほうが楽なのだろう。
(駄目駄目人間だ……!)
 あんなコスプレ用の服や、古本ばかり買っていたらお金なんてすぐなくなってしまう。無駄金ばかり使うからあんなボロアパートに住む羽目になるのだと司は思った。
「お金のためじゃー格好ついてないのでー愛と正義のためって記事には書いておきますねー」
 ガム子は笑顔で取材の記事を都合よく書き替える。そうこうしているうちに、ふと、司は嫌な気配を感じた。
(これは……)
 見鬼の異能を持つ司は、人外の存在の気配にも敏感であった。
 後ろには人があまり通らないトンネルがある。それは不気味で、チカチカと電灯がついたり消えたりしている。そのトンネルの奥からペタペタと裸足で走る足音が聞こえてきた。
「鳴海さん、ガム子! あれ見て!」
 司はトンネルを指さす。
 その奥から徐々に近づいてくる人影。
 牛の頭に体は巨乳の女。紛れもなく『怪奇! 牛乳女』であった。
「ふむ。あれが例の牛乳女か。キミたちは下がっていたまえ」
 鳴海はバンっと手を地面につけ、自分の影から『死神の鎌』を実体化させて取り出した。鎌は鎖とドクロの派手な装飾がついていて、デスメタバンドが衣装として使いそうなデザインである。それをガム子は激写する。
「おおーあれが噂の『死神の鎌』ですかー! すっごくかっこいいですー! 『ぼくのかんがえた最強の武器』的なデザインセンスですねー!」
「ふふふ。ありがとう」
 そんなガム子の皮肉交じりの声援を真に受け、鳴海は「さあ行くぞ牛乳女!」と叫び、牛乳女のほうへと駆けだした。
 しかし、十数メートル全速力で走ったところで、鳴海はへろへろになって仕舞には膝をつき、鎌を杖代わりにしていた。
「なにしてんですか鳴海さん」
 牛乳女が目の前に迫ってきているというのにふざけている場合ではない。しかし鳴海は大真面目な顔をして、息を切らしていた。
「ぜえ……ぜえ……。久々に走ったら、もう……息が……」
 青い顔をしながらそう言う鳴海は本当に苦しそうで、震えながらがっくりとしていた。
「どんだけ体力ないんだよ!」
 鳴海の引き籠りっぷりを舐めていたと司は後悔する。普段から運動せず、不健康に部屋に籠っている鳴海に体力などあるはずもない。いつも敵と戦う時は特に交戦せずに「ドン!」と一撃必殺で敵を倒しているためか、下手にやる気を出させると鳴海は自滅してしまうのだ。
「おーっと! 死神さん勝手にダウーン! これは牛乳女が優勢かー!」
 ガム子は嬉々として、カメラを回して実況をしている。その間に牛乳女はもう鳴海の眼前に迫ってきていた。
「フゴッ!」
 覆面の鼻部分からそんな声が漏れる。そして牛乳女は数メートル手前で跳躍し、倒れかかっている鳴海に飛びかかってきた。
「うおぉ!」
「鳴海さん!」
「おおーと! 鳴海しゃんが牛乳女に襲われたー!」
 ガム子の実況の通り、牛乳女は鳴海の上に伸しかかり、馬乗りの状態になる。そして牛乳女は、そのバレーボール並の大きさの乳房を、鳴海の顔に思い切り押し付けたのであった。
「ああ!」
 思わず司はそんな声を上げてしまう。あの胸に挟まれたらお仕舞いだ。どうやらあの文献によると男性を性的に興奮させることで、その精力を奪うことができるのだという。女の子の司には精力と言われてもピンと来ないが、被害者の様子を聞く限り鳴海もタダでは済まないだろうと思った。数秒後牛乳女はおっぱいを鳴海から離し、ぐったりとしている鳴海を見下ろした。
(もう駄目だ――)
 司はそう思い目を瞑ってしまったが、「ふははははははは!」という鳴海の不敵な笑い声が聞こえてきたのであった。
「な、鳴海さん……?」
 そこにはまったくもって元気な様子でニヤリと笑う鳴海の姿があった。なぜ精力を奪えていないのだろうかと牛乳女も動揺している様が見て取れる。その隙をつき、鳴海はドンっと牛乳女を突き飛ばし、なんとか距離をとって鎌を構えた。
「なんで鳴海しゃん無事なんですかー!?」
 それは司にも疑問だった。牛乳女も首をひねりながらじりじりと鳴海を観察しているようである。
「私におっぱい攻撃は通用しない……なぜなら!」
 鳴海は汗を拭い、ビシッと指を牛乳女に向けて誇らしげにこう言った。
「貧乳萌え! 私はツルペタな小さな女の子が大好きだからだ! そんな脂肪の塊などに興奮などしない!! ふははははははははは!」
 決め台詞でも吐いたかのように、クールに長髪を掻きあげ、鳴海はポーズを決める。しかし、これには司もガム子もドン引きである。
「さ、最低……やっぱり鳴海さんってそっちの趣味があったんですね」
「今回の記事は『実録! ロリコン大学生の実態』に差し替えようかなー……」
 女子中学生たちのそんな非難の声なんて聞こえないとでも言うかのように、鳴海は格好をつけたまま鎌を牛乳女に向ける。
「貴様の巨乳攻撃など私には通用しない。破れたり妖怪牛乳女!」
 どうやらこれが鳴海の自信の理由らしい。しかし鳴海がそう言い放った瞬間、牛乳女は何の迷いも無く再び鳴海のもとへと駆けてきた。
「何度やっても無駄――」
 その後の言葉は続かなかった。
 牛乳女は足をバネのようにして跳躍させ、右の足をしならせ、まるで鞭のように鳴海の頭に蹴りを入れた。
「危ない鳴海さん!」
 司はそう叫ぶ。まさか牛乳女が格闘を仕掛けてくるとは思っていたからだ。コミカルな見た目に騙されるが、あれは魔術道具なのだ。決してまともな存在ではない。おそらく術が通じないから実力で排除しようとしているのかもしれない。
「なんの、これしき……」
 鳴海は鎌を手前構え直し、防御態勢に入る。
 しかし、牛乳女のパンチは鳴海の鎌をすり抜けて彼の顔面にクリーンヒットした。
「あれー!?」
 鳴海は頭に「?」を浮かべながら吹っ飛んでいくが、それを見ていた司はただただ呆れていた。
(牛乳女の肉体は人間のものなんだ……。対エレメントラルヴァ用の『死神の鎌』じゃ攻撃を防げるわけない。鳴海さんの大馬鹿!)
 司は手に汗をかきながら心の中でそう罵る。しかしそれは鳴海を心配しているからなのだろう。
 鼻血を垂れ流し、ふらふらとした足取りでなんとか鳴海は踏みとどまるが、意識がはっきりしていないのか、見当違いの方向を彼は向いていた。
 その後ろから牛乳女は容赦なく蹴りを入れていく。鳴海の身体は宙を浮き、一撃目はわき腹にローリングソバット。追い打ちとして鳩尾にフック。左手でストレートアッパーを放ち、高く打ち上げられた鳴海より、さらに高く飛翔した牛乳女は鳴海の頭に空中かかと落としを決めた。
「おおーっと! まさかの空中コンボだー! 強い! 強いぞ牛乳女ー!」
 嫌な音が響き、鳴海の身体は近くの茂みに落ちていった。あれをまともに喰らったらタダでは済まないだろう。司は彼の敗北をただ見ているしかなかった。
「な、鳴海さん……そんな……」
 鳴海は茂みの中から起き上がってくる気配はない。牛乳女は勝ち誇ったかのように、胸をプルンと揺らして立っていた。
「残念ながら自称『死神』の鳴海しゃんは負けてしまったようですねー。それでは次回の放送に御期待くださーい」
 ガム子に至っては締めに入っている。
 だけど司はこのまま引き下がる気にはなれなかった。
「よくも鳴海さんを……」
「どうしたのーつーちゃん?」
 司は拳をぎゅっと握りしめる。そしてキッと牛乳女を睨みつけた。
「鳴海さんは変態で、偏屈で、意地悪で、嫌味ったらしくて、ズボラで、引き籠りで、ろくでなしで――よく考えると良いところなんて一つも無いけど! 僕の大事な人なんだ。仇は僕が討つ! 勝負だ牛乳女!」
 司はポケットから指抜きグローブを取り出して手にはめた。
「なんということでしょうか! まさかのつーちゃん参戦です! 巨乳VS貧乳という夢の一戦です!」
「貧乳はお前もだろ!」
 ガム子への突っ込みもそこそこに、司は牛乳女のほうへと駆けていく。司の異能は『見鬼』という戦闘には役に立たないものだ。しかし、そんな彼女は己の無力を自覚し、普段から数多くの格闘技を学んでいた。力が無いなら、つければいい。それが司の原動力である。
「はっ!」
 司は牛乳女の足を狙った。牛乳女の恐ろしさはその機動力だ。それを封じることができれば勝機はあるかもしれない。
 しかし、牛乳女はそれをバックステップで避けた。司は続けて反対の足で蹴りを入れようと思ったが、確実にリーチが足りない。それとは逆に牛乳女の身体はすらりと長く、まるでモデルのようで、牛乳女のつま先が司のこめかみを狙ってくる。まだ中学一年生の彼女の四肢は発達しきっておらず、相手とのリーチ差は絶望的だった。
(くう……!)
 なんとか腕でそれを防ぐが、ビリビリとした衝撃が腕を襲ってくる。牛乳女の攻撃は重く、技術的なひねりが加えられており、威力は倍増しているようである。
 牛乳女の力は決して化け物じみたものではない。あくまで人間の範疇だ。しかし牛乳女は司以上に格闘技に精通しているようで、実力の差はあまりに大きい。
(勢いで戦闘モードに入っちゃったけど、一体どうしたらいいんだろ……)
 司は牛乳女から距離をとり、相手が向かってくるわずかの間に思考する。
 何か手があるはずだ。強力な敵には、必ず付け入る隙がある。知恵と勇気があれば、倒せない敵はいない。それが司の持論であった。
「フゴオオオオオオ!」
 牛乳女は不気味な咆哮をし、こちらに向かって全速力で走ってきた。
(どうする。どうする……そうだ!)
 司はそれを思いついた。
 これは賭けだ。上手くいく保証は無い。だけどやらなければやられるだけだ。
「てあああ!」
 司はスカートのフックに手をかけ、バッとスカートを脱ぎ捨てた。その下はパンツではなくスパッツだ。
「なぜかわからないけどつーちゃんのサービスシーンだー! これは高く売れるぞー!」
「ガム子―! お前あとで百回殺す!」
 しかしガム子の茶々を気にしている場合ではない。牛乳女はもう目の前に迫っていた。
(でも、僕の推測通りなら――!)
 もう目の前だというのに、牛乳女は攻撃態勢に入っていなかった。それどころか、胸を突き出して、その胸を司の顔に押し付けただけであった。
(このチャンスを待っていた!)
 そう、牛乳女はスカートを穿いていない司を男の子と判断したのだ。司の読みはこうだ。牛乳女に自我はない。恐らくあの牛の覆面に操られているのだ。ならばまともな思考回路があるはずもなく、条件反射で精力を吸い取ろうと胸を押しつけるだけだ。
 大きな胸に顔が埋もれながらも、司は次の行動に出た。
「ふぬおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
 司は短い手を必死に伸ばし、牛の覆面のつなぎ目を掴んだ。そして、それを力任せに引っぺがし始めたのだ。
「フゴッ! フゴッ!」
 牛乳女も必死に抵抗しようとするが、もう遅かった。司は勢いよくそれを引っ張り、すっぽりと牛の覆面は牛乳女から外れた。
「よし!」
 覆面を取り外されたその女は、ばたりと地面に倒れこむ。どうやら気絶してしまったようだった。司は戦いが終わったことを悟り、どっと地面に膝をついた。
「はあ……。ようやく終わった……。僕は、勝ったんだ……」
 司は安堵してふうっと深い息を吐いた。しかし、安心するのは早かった。
「―――!」
 突然凄まじく邪悪な気配を感じ、司の全身に鳥肌が立つ。ゾクゾクと背筋が凍りそうになるような気持ちの悪い気配であった。
「な、なにこれ……?」
 手に持っていた牛の覆面から黒いオーラが立ち上る。それは禍々しい形を描き、司の身体に絡みついてくる。
(か、体が動かない!)
 声すらも出ず、司はどうしたらいいのかわからなくなってしまう。黒いオーラは司の身体を支配するように、その触手を伸ばしていく。
「どうしたのつーちゃん。勝ったんだからもっと喜びなよー」
 無邪気にガム子はそう言っている。彼女にはこれが見えていない。つまりこれは『見鬼』を持つ司にしか見えない『この世ならざる者』なのだ。
 黒いオーラに操られるように、司の腕はゆっくりと動き、その牛の覆面を自分の頭に近付けていく。
(やだ、こんなの被りたくない!)
 これを被ったら自分が牛乳女になってしまう。下着姿になり、男を誘惑して精力を奪い取る魔物になってしまうのだ。しかし、そんな司の中に、不気味な声が頭に響いてくる。
――肉体を解放するのだ。
(やだ!)
――そして我に精力を捧げよ。
(絶対にやだ!)
――汝の心の奥底にある肉欲をすべてぶちまけるのだ。
(僕は、好きな人にしか裸は見せないんだ!)
――我は邪神キスイダ・イ・パッオ。我の命を受けよ!
(助けて――鳴海さん!)
 司は心の中でそう叫んだ。届くはずの無い、助けを呼ぶ言葉。負けず嫌いの自分が唯一頼る男の名前を叫ぶ。

 ひゅるん。

 そして、そんな風を切るような音が聞こえた。
 目の前からは、円を描き、何かが回転して飛んできていたのだ。
――ぎゃああああああああああああああ!
 謎の声が叫び声を上げる。はっと司は我に返り目の前に目を向けると、あの黒いオーラに巨大な鎌が突き刺さっていた。
(な、なにが起きたんだ!)
 黒いオーラは苦痛を覚えているようで、激しくうねり始める。
――なぜだ、我に傷をつける者が存在するわけがない!
 そう悔しそうに叫ぶと同時に、黒いオーラは消滅し、突然手に持っていた牛の覆面がばっくりと真っ二つに割れて地面に落ちた。
 体の自由が解放された司は緊張が解け、どたりと尻もちをついてしまう。ふと、茂みに目を向けると、そこにはふらふらと木にもたれかかりながら、こっちを向いている鳴海の姿があった。
 鳴海の姿は完全に骸骨姿で、『死神』化している。あの鎌を投げたのが鳴海だということを司は理解した。
「貴様が『邪神』なら、私は神に死を与える『死神』……だ……」
 息も切れ切れになんとか決め台詞を吐いて、再び鳴海は地面に倒れこんだ。
「鳴海さん!」
 司は標本のような骸骨姿の鳴海のもとへ駆け寄る。そしてそっと抱き寄せ、膝枕をした。
「大丈夫ですか鳴海さん」
「いてて。こんな姿だからわかりやすいだろう、あちこちの骨が折れちゃってるよ。これは治療代だけで討伐ポイントが持ってかれるね。文字通りの骨折り損のくたびれ儲けだよ」
 確かに鳴海の剥き出しの色々な骨が折れていた。見ているだけで痛々しい。しかし鳴海はそっと手を伸ばして、司の頭を撫でてやった。
「な、鳴海さん……」
「よくやったよ司くん。キミのおかげだ」
 その言葉に司はなぜだか嬉しくなった。最終的に決着をつけたのは鳴海だが、あの黒いオーラ――邪神をおびき出すことが出来たのは司の成果だろう。
「おおっと! 謎の骸骨男がいたいけな女子中学生に手を出してるー! それではみなさん次回『怪奇! ロリコンドクロマンは実在した!』に御期待ください!」
 身を寄せ合っていた二人のもとへ、空気を読まないガム子がそう言って乱入してきた。思わず司は顔を真っ赤にして飛び退き、鳴海は地面にガコンと頭を打った。
「どうしたのつーちゃん。ほら笑ってーエッチなポーズ取ってー」
「ガム子~! いい加減にしろー!」
 そう司は怒鳴るが、一気に疲労感が襲ってきたのか、やれやれとその場にへたり込んだだけであった。



   5



 その後司たちは牛乳女の正体、その女のもとへと駆け寄った。
 その女の顔は、見覚えのあるものであった。
(やっぱりこの顔……この胸! あの人だ)
 お姫様のような綺麗な顔立ち、ロール状の髪の毛、すらりと伸びた手足に大きな胸。
 素顔さらけ出して気絶しているのは、昨日の朝に司とぶつかったあの巨乳の女生徒である。
「あーこれ宗岳《むねだけ》紅絹子《もみこ》先輩だよー!」
「知ってるのかガム子?」
「そりゃーわたしの情報網にはしっかり引っ掛かってる人物だよー。成績優秀、眉目秀麗で超巨乳で、スポーツ万能、護身術でシステマと極新空手を習っていて、どっかの大企業の令嬢だっていうパーフェクト超人だよー。足の生えてるジオング並みだねー」
「なんでそんな凄い人が牛乳女なんかに……」
 しばらくすると、宗岳は目をパチクリさせてばっと飛びあがった。そして、自分の身体を見つめ、下着姿であることに気づいたのか手で胸元を隠す。そして、その中で唯一の男である鳴海と目が合ってしまう。
「あの……」
「きゃ~~~~~~~~~~~見ないで~~~~~~~~!」
 そんな宗岳の悲鳴が夜の街に轟いた。





「ごめんなさい。私、いろんな人に迷惑をかけてたみたいですわね」
 宗岳は鳴海からコートを借りて、下着姿を隠し、公園のベンチに腰を下ろしていた。手には鳴海が勝ってきた缶コーヒーが握られている。
「宗岳くん、と言ったね。キミは牛乳女になっている時の記憶はあるのかい」
 鳴海はゆっくりと諭すようにそう尋ねた。
「曖昧ですけど覚えていますわ。でもなんというか、夢を見ているような感覚で、自分で自分を制御出来なかったんですの。まるで誰かに操られてたような……」
 宗岳は恐ろしいことを思い出すように、震える自分の手を見つめた。例え操られていたとしても、自分がしでかしたことに罪悪感を覚えているのだろうか。
「ああ、そうだ鳴海さん。僕もあの牛の覆面に触れた時、妙な幽霊に体を乗っ取られそうになったんです。きっとあれのせいですよ。あれはなんだったんですか?」
 司はあの黒いオーラの存在を思い出す。あれが元凶に違いない。
「恐らくは邪神の一部と言ったところだろう。あの覆面は邪神とコンタクトして、肉体を提供させるものなのだろう。司くんの目が尋常ではないほどに怯えていたからね、何かあると思って私は司くんの視線の直線状に鎌を投げつけたのさ。もっとも、あれが邪神の本体だったら私でもさすがに勝ち目はないけどね」
「無茶しますねほんと」
 それは一か八かだったのだろう。結果的には邪神の化身に鎌は突き刺さり、退治することが出来た。その判断が無ければ司も牛の覆面に体を乗っ取られていたに違いない。
「それで宗岳くん。あれは純粋なラルヴァではなく、あくまで魔術道具だ。自然発生するものではない。キミはあれをどこで手に入れた。素人が店で買えるようなものではないはずだよ」
 鳴海の質問に、一瞬宗岳は口籠ったが、すぐに口を開いて語り始めた。
「私、ストレスが溜まっていたんです」
「ストレス……?」
 そう言う宗岳の顔は、本当に疲れているような印象を受けた。
「そうですわ。優等生で、いつも綺麗でいなくちゃいけないっていうのは案外疲れるんですのよ。それに、私の胸ばかり見る男子たちの視線も」
 宗岳はふふっと自嘲した。基本的にろくでなしの鳴海、司、ガム子には彼女の大変さはわからないだろう。しかし、想像することはできる。特に司は宗岳の疲れ切った顔を見て、美人も大変なのだろうと同情する
(そういえばおっぱいが大きいと肩こるって言うし、いいことばかりじゃないのかもなぁ)
 司は思わず自分の胸に手を置いた。まあ、小さ過ぎてもそれはそれで悩みの種なのだが。
「それで、ストレスでどうにかなりそうだった時に、私は『魔女』に出会ったのですわ」
「……魔女?」
 鳴海と司は同時に声を上げた。
「魔女ってあの空飛んでる魔女研の人たちですか……?」
「いいえ違うわ。あのメンバーの中の誰でもない。暗くて、深い闇のような目をしているとんがり帽子の魔女でしたわ。見ているだけで呑まれそうになる不気味な魔女……」
「そいつがあの牛の覆面をキミに渡したんだね」
「はい。その魔女が突然私の目の前に現れて『ストレス解消には肉体の開放が一番だわ!』と言ってあの牛の覆面を被せてきたのです。それからどれだけあれを捨てても家に戻ってくるし、気づいたらあの覆面を被って男の子を襲うようになったわ。あの魔女の言う通りにストレスはすごく解消されていきましたの。結局、私の意志の弱さが招いたことよ……」
 宗岳はがっくりと肩を落とした。己の無力さを恥じ、悔いているように見えた。しかし司はそんな宗岳の手をとり、笑顔でこう言った。
「先輩。僕は先輩に昨日の朝出会ってから憧れてたんです。もしよかったら今度僕と一緒に格闘技の練習をしませんか。きっとストレスの解消にもなりますよ!」
 その言葉は宗岳には意外だったようで、一瞬きょとんとしたが、すぐに宗岳も柔らかな笑顔になった。
「ありがとう。こんな私でよければ」
 司と宗岳は笑いあった。その笑顔は自然で、宗岳はきっともう大丈夫だろうと司は思った。こうして苦労を相談できる相手がいるというだけで、案外救いになるものなのかもしれない。
「宗岳先輩―。今回のこと記事にしてもいいですかー?」
 そこでまたも空気を一切読まないガム子が間に入ってきた。ガム子の申し出に、宗岳は困ったような顔をする。司はガム子のビデオを取り上げ、データディスクを取り出してそれを指で真っ二つに割ってしまった。
「あー! せっかくの牛乳女の映像がー!」
「今回のことを記事にしようだなんてことは僕が許さないよガム子。これ以上宗岳先輩のストレスになるようなことは僕がさせない」
「うう……」
 ガム子はがっくりと肩を落として膝をついた。彼女はいつも酷い記事を書いているから、これぐらいはお灸になるだろう。
「さて、これで牛乳女騒動、これにて一件落着ですね鳴海さん」
 そうして、横目で鳴海を見ると、なぜか彼は厳しい目をしていた。だがその目には司も宗岳も映ってはいない。
「魔女……か。キミはいつまで人を不幸に陥れ続けるんだ雪緒《ゆきお》」
 ひとり言のように鳴海小さく呟いたのを司は見逃さなかった。そして鳴海は視線を街のほうへ向ける。双葉区にそびえたつ巨大マンション。通称『象牙の塔』。その最上階を、憎らしげに鳴海は見上げていた。









◆◇◆蛇足◆◇◆



「はい。アーンしてください」
「アーン」
 司は顔を真っ赤にしながら食べ物を鳴海の口に運んだ。
「うむ。相変わらず微妙な味だが、まあ文句は言うまい」
 鳴海は布団から上半身だけ起こして司の作った料理を食べている。
 牛乳女――空手三段の宗岳の攻撃を受けて、いろんなところを骨折した鳴海は私生活がままならず、司に看病を頼んでいた。入院するとお金がかかるという理由で、鳴海は入院を拒んだのだという。司にとっては迷惑この上ない話であろう。
「だからってなんで僕がこんなことしなくちゃいけないんですか……」
「いいじゃないか司くん。誰のおかげで助かったのか言ってみなさい」
「……牛乳女を倒したのは僕じゃないですか! 鳴海さんはおいしいところを全部持っていっただけです!」
 ぷいっと司はそっぽを向いた。まあ、可哀想だから鳴海の世話をしてやることは司にとってさして苦痛ではなかった。
「しかし看病なら、もう少しらしい格好をしてもらいたいね。どうだい司くん。またメイド服なんて着て見ないかい。案外気持ち良くなるかもしれないよ。それとも割烹着がいいかい?」
「着ないですし、気持ちよくなんてなりません!」
 司は手元にあった新聞で鳴海の頭をはたく。しかし、そこで彼女はその新聞が中等部新聞部の出している学園新聞であることに気づいた。
「あれ、これは……」
 そうしてバッと開くと、そこには記事の一面にスカート脱いでブレザーにスパッツ姿の司の写真がでかでかと載っていたのであった。タイトルには『痴女中学生! 大学生と爛れた恋愛関係。真夜中のマニアックプレイ!?』などと書かれていた。
「それ凄く良いアングルで撮れているではないか。黒の目線が無ければなおよかったのだが。しかしスカートの下のスパッツはがっかりするのに、なんで制服の下が直にスパッツだと嫌らしく見えるのだろうか。今度ガム子くんから売ってもらおうかね……司くん?」
 司はわなわなと体を震わせ、新聞を破り捨てて怒鳴った。
「ガム子―! 絶対ぶっ飛ばす!」





 新聞部の部室で、パイプ椅子にもたれかかりながらガム子は高笑いをしていた。
「にゃはははははー。今頃つーちゃん怒ってるかなー。でも牛乳女の記事を破壊したんだから、これぐらいはいいよねー。代わりの記事としては上出来だしー。あの時インスタントカメラで隠し撮りしておいてよかったー。若宮先輩の突撃レポートの座もいずれはわたしのものになるねー」
 ガム子はまるで黒幕のラスボスのようにのけ反って笑っていた、
 ガム子の喜びの通り、その日の学園新聞はいつもの数倍は売れたという。


(了)







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