【駄菓子屋の小さな恋】


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 授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響くと同時に、太郎は教室を飛び出した。同じクラスの子供たちがランドセルを背負うよりも早く走っていく。
 怒りっぽい担任の怒鳴り声がうしろから聞こえてくるけど彼はそれを無視する。明日とても怒られるかもしれない。それはいやだ。でも仕方ないだろう。太郎はどうしても急がなくてはいけない理由があるからだ。
 太郎は階段を数段飛ばしで降り、校門を誰よりも早く駆け抜けた。
 目指す場所はひとつ。 
 それは三つ目の信号を右に曲がった路地の先にある。
「はぁ……はぁ……」
 息も切れ切れにぼくは太郎に辿り着いた。
 ビルとビルの間に、ちょこんと建てられた小さな建物。年季を感じさせるほどに古びている。
 そこは民家のような日本家屋だ。紅茶の匂いのする畳、あちこち破れている障子、誰かが悪戯で落書きした木の柱。そしてその家の中と外にあるたくさんのお菓子と玩具たち。まるでそこだけタイムスリップしているかのように雰囲気が違い、未来的な双葉区の印象とはだいぶかけ離れている。そう、それはテレビなどの特集で見る『懐かしの戦後』的な印象を、子供たちは抱くだろう。
 ここは双葉区の駄菓子屋『おたま堂』だ。
「こんにちはー」
 そう言って太郎は店内に足を踏み入れていく。その瞬間、なんだか体が軽くなっていくのを感じた。
 埃っぽい感じがするけど不思議と不快感はない。店の中はまるで宝石箱をひっくりかえしたみたいに色とりどりの駄菓子が並んでいる。珊瑚やルビーのような輝きを放つビー玉が瓶の中に詰まっていて、太郎の好きな五円チョコが平積みされていた。赤、緑、黄色のニッキ水が窓際に並び、放課後の夕日を浴びて虹のような輝きを放っている。上からぶら下がるクジの紐が顔に当たり、それに気を取られているとまだ開封されていない駄菓子の段ボールが足に引っ掛かる。
 棚を見れば懐かしいロボットアニメのプラモデルがずらりと並んでいた。
 ここにいるだけでなんだか凄く幸せになる。満たされていく。ワクワクが止まらない。太郎の心は高揚していく。
「あら、太郎くん。いらっしゃーい」
 店の奥からそんな天使のように、ふんわりとした優しい声が聞こえてきた。
 障子を開けて顔出したのは割烹着姿の女の子だ。長い髪を後ろで束ね、まんまるほっぺがとても可愛らしい。彼女が自分に笑いかけてくれるだけで胸が高まって心臓が痛い。太郎はぎゅっと拳を握りしめた。
 彼女はたま《、、》。太郎と同い年なのだが、わけあってこの『おたま堂』の店主をやっている。
 太郎は彼女に会うためにやってきたのだ。ほかの客が来ないうちに、誰よりも早くここへ。
「どうしたの太郎くん。珍しいね、こんなに早く来るなんて。学校はいいの?」
「いいんだ。たまにはさ」
 部活にも出なくてはいけない、しかしそれまでには時間がある。用事を済ませたあとで戻ればいいと自分に言い聞かせ、太郎は彼女の顔をじっと見つめる。
「何か買うの太郎くん。太郎くんは五円チョコが好きだったよね、箱買いでもする? それともベーゴマ?」
「ううん。このねりあめを買うよ。あとこのヨーグルとカリ梅も」
 太郎は五十円玉をポケットから取り出してたまの手に乗せた。その時、太郎とたまの手と手が触れ合う。彼女にとってはなんでもないことかもしれない、しかし太郎はそれだけで顔が赤くなる。
「はい。ちょうどいただきました。ありがとうね」
 たまは笑顔でそう言い、豚の貯金箱に五十円玉をちゃりんと入れた。横に置かれている蚊取り線香の匂いが太郎の鼻をくすぐる。静岡の実家を思い出してしまう。
「ね、ねえ。たまちゃん」
 太郎は勇気をふりしぼって言葉を捻り出す。たまは「なあに?」と、可愛く小首をかしげてくりくりとした目で太郎を見つめた。
「たまちゃん。ぼく、嬉しかったよ。キミとまたここで会うことができるなんて、夢にも思っていなかった」
「そうだね……。小学校四年生の時以来だよね」
 太郎とたまは同じ静岡の同じ小学校だった。でも彼女は突然転校してしまい、太郎はただ途方に暮れるだけだった。しかし、不思議な縁もあるもので、こうしてこの双葉区で彼らは再会した。
 運命。そんな安っぽい言葉を使いたくなってしまいたいくらいの奇跡だと、太郎は思った。
「どうして黙って行ったのたまちゃん。ぼくはあれからずっとキミのことを心配してたんだ……」
 そう、彼女が突然自分の目の前から去った時、世界が終ったような哀しみが太郎を襲った。ご飯も喉を通らず、両親が心配するほどだった。
「……ごめんね太郎くん。お別れを告げるのが、悲しくて、太郎くんの顔も見れなかったの。ほんとだよ」
 たまは心から申し訳なさそうに頭を下げた。違う。自分は彼女に謝ってほしかったんだじゃない。太郎は己の言葉に後悔する。しかしその反面、太郎は安堵していた。自分が嫌いになって別れを言わなかったわけではないのだと、ふうっと息を漏らす。
「ねえたまちゃん。あれくださいな」
 太郎はさっと、右側にある玩具コーナーを指差す。その中にあるビーズとガラス玉で作られた玩具の指輪を太郎は手に取った。
「60円になります」
 たまは不思議そうな目でそれを太郎に渡し、代金を受け取った。男の自分がこんなのを買うなんてきっとおかしなひとだと思ってるかもしれない。そう思いながらも、太郎はその玩具の指輪を、すっとたまに差し出した。
「え? なに太郎くん。返品?」
 その言葉を、太郎は首を振って否定した。
「これ、よかったら受け取ってください。好きですたまちゃん。ぼくと、ぼくと結婚してください」
 言った。ようやく言えた。ずっと長い間溜めていた想い。喉がからからになって、心臓がすごくドキドキしている。鐘のように心臓が鳴り、指先までもドクドク言っている。足の震えも止まらず、情けないことにそれ以上の言葉が太郎には出てこなかった。
「……!」
 たまは一瞬、驚いたような顔をした。しかしすぐにいつもの柔らかな顔に戻り、愛おしそうにその玩具の指輪をぎゅっと握りしめる。
「ありがとう太郎くん。私嬉しい。太郎くんが私のことを好きだなんて……」
「ぼくはずっとたまちゃんのことが好きだったよ。小学四年生の夏、キミがいなくなってからもずっと、キミだけを好きだった」
「私もよ太郎くん。私もあなたのことをずっと好きだった。あなただけを想ってきたの……」
 そのたまの言葉に太郎は嬉しくて涙が出そうになった。たまはすっと玩具の指輪をくすり指にはめ、夕日にかざしてそれを見た。
「きれい……どんな高価な宝石よりもずっと……」
 ガラス玉に反射する夕日が、たまの頬を赤く染めていた。いや、たまの頬が赤いのは、夕日のせいだけじゃないだろう。太郎も同じように顔が真っ赤になっている。
 たまはすっと立ち上がり、駄菓子屋の出口へ向かっていった。
「ありがとう太郎くん。でもね、でも私はおばあちゃんなのよ……」
 たまが駄菓子屋の敷居から足を外に出した瞬間、たまの身体に異変が起きる。彼女の白く、すべすべとしている肌はしわだらけになり、綺麗な黒髪も真っ白になっていき、腰も少し曲がってしまう。
 そこにいるのはただの、割烹着姿の、駄菓子屋の年老いた女性であった。。
「私が子供の姿でいられるのはこの店の中だけ。それが私の“若返り”の異能だから。一定場所でだけ、この駄菓子屋だけで若返られるのよ」 
 たまは苦笑しながらそう言った。そして、その言葉に太郎も答える。
「知ってるよ。今更説明しなくても。ぼくとキミは同い年なんだからさ、ぼくもただのおじいちゃんだよ」
 そう、小学四年生の夏から太郎と彼女が別れてもう六十年が経つ。
 それから色んなゴタゴタで二人は連絡を取ることもできなかった。それでも彼ら二人は、お互いのことを忘れられず、これまで結婚もしなかった。
 こうしてこの双葉区で再び会えたのは、やっぱり奇跡で、運命だと太郎は思った。
 太郎は店の前に立つたまの手を握りしめる。お互いにしわくちゃの手。それでもやっぱりドキドキしてしまう。子供のころと変わらない恋心が、太郎の胸一杯にこみあげてくる。
「好きだよたまちゃん。大好きだ」
「私もよ太郎くん。大好き」
 太郎はその言葉をたしかめるようにお互いの手を絡め合う。
「先生! 困りますよ副担任が勝手に帰られては!」
 そんな二人に割り込むように、眉間にしわを寄せた教師がそう怒鳴った。彼は太郎の受け持ちのクラスの担任だ。太郎はそのクラスの副担任であった。たまへの激しい想いが暴走し、太郎は授業が終わると共に教室を飛び出してしまったのだ。これから部活の顧問もあるし、色んな仕事が太郎を待っている。
 それでも今はこの幸せを噛みしめよう。
 しかし邪魔はまだまだ入る。
「あー! 先生が駄菓子屋のおばあちゃんといちゃいちゃしてるー」
「わーラブラブだー」
 授業が終わり、ようやく駄菓子屋に集まり始めた生徒たちがそうひやかしてきた。二人は思わず照れて顔をそむけてしまう。
 いや、構うものか、見せつけてやれ。そう思ったのか、太郎とたまは肩を寄せ合ってみんなに笑いかけた。




「だけど太郎くんって、いくつになっても『ぼく』なのね」
 たまはおかしくてたまらないと言った風にプッと笑った。
「お、おかしいかな? 確かに教師としての威厳はないかもしれない」
「ううん。とっても可愛いわ。本当、あなたは変わらないわ」
「そりゃたまちゃんもさ。変わらず、ずっと可愛い笑顔だ」
 こうして彼らは失われた青春を取り戻していこうと、二人で人生を歩み出したのだ。


(了)








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