【天と地と 第二話】


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 天と地と 第二話「0.1%のラルヴァ」


 午後九時。斉藤 陽一(さいとう よういち)は宿題を終え、コーヒーを啜っていた。
 交際相手である藤野 珠貴(ふじの たまき)の真似をしてブラックにしてみたがこれが全く美味しくない。
 なんであいつはこんな苦いもの喜んで飲んでるんだ、と思いつつ電子ブックを起動し最新のニュースに目を通していく。
 画面には双葉地区版の記事が映し出されており、中でも『氷河期の地層からラルヴァの痕跡を発見』という見出しが目を引いた。
『アイスランドの百九十万年前の地層から発掘された氷壁の一部から僅かではあるが根源力が確認され、この時代にラルヴァがいた事が明らかになった』
『発掘された氷はラルヴァの体液が凍りついたものとみられている。さらなる研究の為この氷は、三日に双葉地区のラルヴァ研究所に移送された』
 三日と言えば一昨日……もう双葉地区のどこかにこの氷が保管されているのかもしれない。
 太古の昔、そこではどんなドラマが繰り広げられていたのか。かねてからラルヴァの生態に興味のあった陽一の胸は高鳴った。
 氷河期を生きたラルヴァは何を思い、極寒の地を踏みしめていたのか。
 原始の人とラルヴァの出会いとは一体どんなものだったのか。
 その妄想を中断するように、携帯がブルブルと唸った。
 着信『藤野』
 電話に出ると「突然ゴメン」と断った上で藤野は切り出した。
「あのさぁ、もしかして今日数学の宿題って出てた?」
「出てたな」
「内容はなんだっけ?」
「問題集の22~25P。23Pの問5と24Pの問3は飛ばす。回収は朝一のHR」
「ああもう、なんでそんな早く回収するの! しかも4ページも」
「早く回収しないと学校で答え写す奴いるからだろ。で宿題がどうしたんだ? 僕は見せてやらんぞ」
 甘えは藤野の為にならない、ましては自分は風紀委員、他の生徒の模範になる行動を心がけるべきだ、と思い陽一は先手を取って釘を刺しておいた。
 だが、藤野の答えはそんな考えの遥か上を行っていた。
「問題集学校に忘れた……今から取りに行くから付いてきて……」
「今からか!?」
「数学、ヤバいの。本当、ヤバい。少しでも印象をよくしないと大変なこと、なるわ」
 電話口の向こうでは切羽詰った声がカタコトになりながらで訴えていた。
 相当混乱しているらしい。こんな状態の彼女を見捨てるには忍びない。
 少し考えてから陽一は口を開いた。
「問題集を忘れたのは最低だが、やる気のあるところは気に入った。藤野の寮の前の自販機が並んでるところで落ち合おう」
「うん」

 落ち合った陽一と藤野は、他愛のない会話をしながら学校へ向かっていた。
「この間、双葉学園に伝わる怖い話聞いたんだけど」
 と藤野は切り出した。
 なんでコイツはこんな時に嬉しそうに怪談を話すんだろう?と陽一は思ったが、仕方なくうんうんと相槌を打ってやった。
「夜中の十二時に醒徒会室にある醒徒会メンバーが写ってる写真を覗き込むと」
「覗き込むと?」
「存在しないメンバーが写ってるらしいわ。ぱっくり割れた首筋から真っ赤な鮮血を流した7人目の醒徒会役員が……」
「へぇー」
「ち、怖がらないね」
 いつもとそう変わらない陽一の対応に藤野は肩をすくめた。
 藤野としては少しは怖がる事を期待して話していたのだが。
「この島で起こることは異能かラルヴァで大体説明が付くからな」
 陽一はそっけなくそう答え、続いて怪談のおかしな点を指摘する。
「それによりによって醒徒会の本拠地でそんな事があるか。異変があったらすぐ気付いて排除するだろ」
「それもそうか。うーん、私も醒徒会の人みたいに異能をコントロールしたいね」
 双葉学園醒徒会。異能者の中でも最強との呼び声の高い集団である。
 彼らの凄さは異能の強さはもとより、自分の異能を完全に使いこなしている点である。
 例えば水を操る副会長の水分 理緒(みくまり りお)もパワーと精密性の両面においてズバ抜けた素質を見せている。
 数多い藤野が目標とする一人であった。
「うーん、こう少しづつ能力を制御するように練習すればいいんじゃないか?」
「それが難しいのよ」
 そう言って藤野がすいっと右手を地面に向けると、藤野の拳より少し小さな石が一つ浮かび上がり、二人の目の前までふわふわとやってきた。
「で、もう一つ」
 藤野は左の掌を地面に向けると、先ほどと同じくらいの大きさの石がまたふわりと持ち上がった。
 が、その瞬間、先に浮かべたほうの石がバチンっと破裂した。
「なっ」
 あまりに突然だったので、陽一は反射的に飛びのいた。
「おい、何だ今のは! 危ないな」
「力が上手く分散しないから石を引き裂いちゃうの。……石が一つだけでもたまにこうなるんだよな」
 藤野は照れくさそうに頭をぽりぽりと掻く。
「このせいで寮の中で練習できないのよ。困ったわ」
「まず、一つの石を完璧に操れるようになってくれ」
「が、がんばる」
 そう言ってもう一度、石を浮かび上がらせると、今度はぐらりと地面が揺れた。
 その後30秒にわたって地震は続き、ようやく揺れが収まると陽一は眉をひそめながら藤野を見た。
「藤野……」
「ストップ、今のはあたしじゃなくて普通の地震だからね!」


「クソっ」
 高校校舎のすぐ近くにある第二ラルヴァ研究所の一室で、一人の研究員が悪態を付いた。
 先ほど起きた地震で外国から送られてきたばかりのサンプルの保管ケースが派手に倒れてしまったのだ。
 しばらく奮闘して、人間大の大きな保管ケースを立て直すと、研究員は額の汗を拭う。
「ああ今日は、もう終わり!」とヤケクソ気味に一人で叫び、研究員は部屋の明かりを落とした。
 かつんかつんかつん……と職員の足音は少しづつ遠くに離れていき、やがて完全に聞こえなくなった。
 明かりが消えて五分と立たない内に、倒れた時に破損した保管ケースの鍵が外れた。


 学校に着くまで藤野は石を浮遊させる練習で二つの石を粉砕し、現在は三つ目の石と格闘をしながら二人は校門をくぐる。
 二人が来る事は予め電話で伝えられていたので用務員はすんなりと二人を通した。
「ご迷惑をおかけします」
「す、すみません」
 と二人が頭を下げると「いやいやいいですよ。では、出るときに声をかけてください」と用務員は笑った。
 二人は真直ぐに教室へ向かい、速やかに数学の問題集を回収し元来た道を戻る。
「夜の学校って怖いよねぇ。本当に何かが出たりして」
 ふわふわと石を浮かべながら藤野が言った。
「出るわけないだろ。そんなことより廊下で石を割るなよ」と陽一は溜息を吐きながら、用務員室の扉を叩いた。
「すみません、さっきの者ですけど、終わりましたのでー」
 返事はない。
「……いいのかな?」
「いや、どこかに見回りしてるんだろ。書置きを残していこう」
 幸いカギは開いていたので陽一は中に入ろうとドアノブを捻った。
 がちゃり。
 扉を開いた陽一の目に飛び込んできたのはバラバラにされた用務員の死体であった。
 出血は殆どなく、何故か透明な水溜りに各部位がプカプカと浮かんでいた。
「なっ」
「どうしたの陽一?」
 暢気な藤野の声が背中から聞こえた。肩越しに部屋の中を覗き込もうとぴょんぴょんと小さくジャンプしている。
「見るな! くそ、何かに襲われたみたいだ。走れ! 逃げるぞ!」
「戦……」
 藤野が何か言おうとした時、陽一はそれを遮った。
「ダメだ! 逃げるぞ!」
 風紀委員ではあるが陽一の能力『スカイウォーカー』は戦いには向かない。
 藤野の能力『エペセンター』は屋内で使うには危険すぎる。というか屋外でも危険だ。
 なら人を殺すような相手と戦う危険を冒すよりさっさ撤退した方がいい。それが陽一の出した答えだった。
 陽一が藤野の手を引いて逃げ出そうと一歩を踏み出した、その瞬間。
 パシャン、と音がして陽一は水溜りを踏んでいた。
「ん?」
「陽一危ない!」
 ドゴッと鈍い音と共に藤野は陽一を蹴っ飛ばした。
「おいっ何を……!?」
 蹴られた脇腹をさすりながら陽一が抗議しようと顔を上げると、視界に映ったものを見て思わず異能の力を使い空中に飛びのいた。
 水だ。
 人間ほどの体積の水が、尺取虫のように蠢いてこちらに向かってきていたのだ。
「な、なんだこれは」
 全く想定外の事態に陽一は軽いパニックを起こしていた。
 頭に様々な感情と思考が浮かんでは消え、筋道だった考えを阻害する。
 どうすればいい?何が起こったんだ?
 陽一がグルグルと思考の迷路に迷い込みかけた時、バシャンという音と共に水の中から何かが飛んできた。
 身を捻って飛んできたものを辛うじて避けると、『水』を挟んで向こう側の廊下から悔しがる藤野の声が聞こえた。
「ああ、もう、意味ないみたい!」
 どうやら先ほど飛んできたモノは藤野が放った石ころらしい。
 藤野が放り投げた石は『水』を貫通したが『水』には何の変化もなかった。
 だが、その無意味な藤野の一撃で陽一は我にかえった。
『この島で起こることは異能かラルヴァで大体説明が付く』
 先ほど自分が言ったセリフだ。大丈夫、これも同じはずだ、なら怖くない。焦る必要もない。
 石が透き通ったという事は、カテゴリーエレメントのラルヴァか?それともどこかで異能者が水を操ってるのか?
 いずれにしろ、ここは自分が囮になって藤野を逃がそう。
 そう心に決めると注意深く『水』の動きを観察しながら玄関側の藤野に向かって陽一は叫ぶ。
「藤野、お前は逃げろ! こいつは僕が引き付けるからその間に助けを呼んで来い!」
「ううう分かった。怪我しないでね」
「心配するな、窓さえあれば僕は何階からでも逃げれる」
 藤野が走り去っていくと『水』がそちらの方に反応したように動いた。
 陽一は慌てて『水』に近づき、藤野の方へ行かないように挑発した。
「来い、こっちだ!」
 弾かれたように『水』が飛び掛ってきた。
 陽一はさっと身を引いたが『水』は空中で加速し、避けきることはできず左腕の肘から手首の間に『水』が僅かに触れてしまった。
 ずきん、と焼け付くような痛みが腕を走る。
 『水』が触れた部分の皮がべろんとはげてしまっていた。
「く!? こいつめ」
 腕を押さえながら校舎の奥へ逃げると、後ろからちゃぷちゃぷと水筒を揺らしたような音が聞こえてきた。
 振り返ってみる余裕はないが恐らく追って来ているんだろう。
 広々とした廊下を走り抜け二段飛ばしで階段を駆け上がった。


 二階に上がると、陽一は立ち止まって呼吸を整えた。
 階段上がって来れないんじゃないか?と少しだけ期待したが、ちゃぷちゃぷという音が下から迫ってきている。
 追いつかれるのも時間の問題だろう。
 『水』に触れられた腕がじんじんと痛む。藤野に蹴られた脇腹もこれはこれで痛い。
「くそ、本気で蹴りやがって」
 何で問題集取りに来ただけで僕がこんな目に会うんだとブツブツ、文句をいいながら、脇腹を押さえて、陽一は思考を巡らせた。
 『水』の動きはあまりにも単調的だった。
 どういう奴か知らないが恐らくカテゴリーエレメントのラルヴァで知能はそう高くない、とアタリをつけて、どうしたものかと思案する。
 藤野が投げた石は全く効果がなかった。
 相手は『水』だ。恐らく何かを投げつけたり叩いたりしても、結果は同じだろう。
「……待てよ」
 陽一はちらりと痛む左腕を見た。
 叩いても効果はなさそうだが、一応触れる事は出来る。
 確か最初にアイツを踏んだ時もちゃぽん、と音がして水がはねた。なら、多分……。
「よし、やってみるか」
 作戦は決まった。後は実行するだけだ。

「こっちだこっち!」
 陽一は二階に上がってきた『水』に叫んで自分の存在をアピールした。
 『水』は陽一を再発見すると、再び尺取虫のような動きで距離を詰めてきた。
「ようし、来い来い来い!」
 陽一は再び『水』に背を向けて今度は廊下ではなく、教室に向かって走り出した。
 室内に入ると、少しでも時間を稼ぐ為に扉を閉めたが、『水』には大した効果はなかった。
 ドアの上下の僅かな隙間から身を滑らせて、楽々と室内に侵入してくる。
 陽一はその様子を見ながら、少しでも『水』との距離を離そうと壁際へと身を寄せた。
 やがて『水』は完全に部屋の中へ入り込み、部屋の隅に縮こまった陽一へとそろりそろりと迫ってくる。
『水』は陽一の頭から覆いかぶさらんとして、液状の身でありながら立ち上がった。
「来い!」
 陽一の叫ぶと『水』は滝のように飛び掛ってきた。
『水』が陽一に覆いかぶさる刹那、陽一はその場を左に一歩、右に一歩、左にもう一歩と、タンっタンっタンっと大またでその場から天井近くまで駆け上ると
飛び掛った『水』は陽一に触れることはなく慣性に従って、バシャンと壁にぶつかった。
 その部屋隅には、コンセントの差込口が存在した。
 壁に激突し一瞬間をおいてから『水』は奇妙に身を捩り、明らかに苦しんでいた。
 古典的だが効果はあったらしい。
「ふう」と一呼吸置くと
 どかんと教室のドアを蹴破って藤野が警備員を引き連れて帰ってきた。
「大丈夫? 陽一ィ!」という藤野の叫びは「なんでもかんでも蹴るな!」という叫びにかき消された。


「全く、管理が甘い!」
 陽一は忌々しげにそう叫んだ。
「いやぁ昨日は大変だったねぇ」
 寝不足で機嫌の悪い陽一を尻目に藤野は重たい目蓋をこすった。
「外国のラルヴァ? なんだってね、昨日の奴」
 あの後、研究所から空の保管ケースが見つかり二人を襲った『水』は研究所から逃げ出したラルヴァだという事が判明した。
 体組織の実に99%以上が水で構成された、原始的なカテゴリーエレメントの一種だったらしい。
 電気を流されて弱っていた『水』は液体窒素を用いて再び氷づけにされて、研究所にもどされた、という話だ。
 ふああ、と大きく欠伸をした藤野の心にふと疑問が浮かんだ。
「ありゃ、そういやなんであたし学校に行ったんだっけ?」

 教室に担任が入ってくると開口一番「じゃあ、昨日の宿題を集める」と生徒たちに宣言した。



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