【双葉学園忌憚研究部 第二話「夢壊し」 前編】


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『……はい、良い子の相談ホットラインです』
「……」
『もしもし? 聞こえないわ』
「……お父さんが……」
『もしもし? ボク、お父さんがどうかしたの?』
「……お父さんはどこですか」
『お父さんがいないの? ……お母さんは、いる?』
「お父さんがいない。でも、いるんです」
『どういう事かな? 今、お家にいないの?』
「あれはお父さんじゃない。お父さんならボクを……」
『……ボク、お父さんとは普段、どんな事をして遊ぶの?』
「釘遊び」
『えっ』
「じゃあね、バイバイ」
『待って! お願い、切らないで。今の、釘遊びって何かな? 詳しく教えてくれないかな?』
「……」
『もしもし、お願い、切らないで。嫌な事なら言わなくてもいいのよ。ただ、何か言いたい事を我慢しているなら、おばさんに言ってくれないかな?』
「……」
『もしもし? ……もしもし? もしもし……』



 薪流しの一件が無事解決してから数日、特に目立った事は起こらなかった。
 異能に目覚めたのが嘘のように、代わり映えのしない毎日が続いていく。
 いつのも様に、双葉学園高等部2-B生徒、「異能力者である事を除いては一般人」の東堂 蒼魔(とうどう そうま)としての生活を全うする事ができた。
「東堂君、おはよう!」
 変わった事と言えば、同じクラスの2-B生徒である、クリクリとした瞳の童顔と軽薄なノリを併せ持つ佐倉 未央(さくら みお)や、黒いロングヘアーが似合う成績上位の2-C生徒、水無瀬 響(みなせ ひびき)と少し親しくなったくらいか。
 カテゴリーエレメントのラルヴァが人の心の闇を吸い取った『薪流し事件(こう呼んでるのは蒼魔と未央くらいだが)』の前まで、蒼魔は殆ど同じクラスの人間と親しくした事はない。
 別にクラスで浮いている訳ではない。孤独を気取っている訳でもない。
 ただ、授業や休み時間を除いて誰かと行動を共にする事は滅多になかった。
 それは、Bクラスの人間だけに限った事ではないが。
「おはよう」
 満面の笑みで隣を歩く未央に、蒼魔は軽く挨拶する。
 お気に入りなのか、爽やかな印象を与えるショートカットに赤いさくらんぼのヘアピンが今日も光っていた。
 事件の後から、未央や響は蒼魔を遊びに誘うようになった。
 いつの間にか、蒼魔の幼馴染でありいとこの2-D生徒の体育会系女子、風間 深赤(かざま みあか)から蒼魔のメールアドレスを入手したらしく、カラオケやら食事やらショッピングやら、とにかく連日蒼魔を誘う。
 深赤もグルらしく、幼馴染の誘いは断りにくいので仕方なく付き合っていると、ここ数日、クラス内で随分軟派な印象がついたようだった。
(まぁ、女子からの誘いは嬉しいもんだけど……)
「何ニヤついてんのよ」
 未央が蒼魔の脇腹を肘でつつく。
「別に……」
「あ、ねぇねぇ今日はさ~どこ行く?行きたいところある?」
「特にないです」
「……」
 未央がしらけた顔で蒼魔を睨む。
 若干滑った感が否めなくて、蒼魔は恥ずかしいのを隠すように強がった。
「あのさ、なんでそんな連日俺を誘うんだよ。俺、女はべらしてるって言われてんだぞ最近」
「アハハ、私は別に東堂君になんてピクリともしないけどさ。……響がねぇ~」
 未央はなんだか含みのある言い方をした。
「……なんだよ」
 蒼魔はなんだか少し、嫌な予感がした。
「いやいや、響って見てれば分かると思うけど、男に免疫ないんだよねぇ。響、双葉島に来たの高等部からでしょ。その前は女子校にいたんだってさ。だから、男とかそういうのぜーんぜん、からっきしな訳で」
「それで、俺で慣れさせようって?」
「そうそう。東堂君なら害ないでしょ」
 蒼魔は露骨にバカにされた感じがして、少々ムッとした。
「どういう意味だよそれ。俺が女子に興味ないって言いたいのか?」
「いや……この間、校舎の階段で下から私のスカート覗いたのは知ってるけど」
 バレていたのか。蒼魔は少しひやりとしたが、未央は別に気にしていないようだった。(そう見えるだけかもしれない)
「東堂君って響には全然興味なさそうだったから。授業サボるような不真面目な男、響だって間違っても惚れないだろうし」
「……確かに」
 そういう意味か、と蒼魔は納得したが、未央は腑に落ちない表情を浮かべた。
「でも、なーんか、響の東堂君に対する態度って違うんだよねぇ」
「え?」
「いや、最初はさ、単に男に免疫ないからあーいう態度取ってるのかなぁって思ってたんだけど。この間クラスの男子と喋ってるところ見たけど、なーんか……ねぇ」
 未央は歯切れ悪く言葉を切って、首を傾げる。
 ……そこまで響が自分に惚れる可能性が考えられないのか。
 なんだか自分の男としての魅力を全否定されている気がして、またムッとした。
「いいじゃないか、あいつが俺に惚れたって。人間ってのは自分にないモノを人に求めるもんだろ? あいつも案外、俺みたいに自由に生きたいのかもしれないぜ」
 未央は蒼魔の言葉に、あからさまに嫌悪感を露にした。
「響はそんなタイプじゃないでしょ、自分に劣等感抱いてるとかさ。あんだけ賢くて可愛くておしとやかで……非の打ち所ないんだからさ」
 蒼魔はその、作り物感が嫌いなのだが。
「でも……そうなのかなぁ。決定的に恋してるって感じとは違う気がするんだけどなぁ……でも、なんか東堂君にだけは違うんだよなぁ」
「やっぱりか……」
 声は二人のすぐ背後からした。女の声だったので、二人はギョッとして振り返るが、「噂をすれば影」は今回外れてくれた。
「いや、オレも思ってたんだよ。なーんか響って、蒼魔に対してちょっと態度違うんじゃないかってさ」
 深赤はうんうん、と納得した表情で頷きながら二人の間に割ってはいる。
 相変わらず筋トレで鍛えた筋肉が女性にしてはつきすぎじゃないかというほど輝いており、スカートから覗く足はカモシカのようであった。
 スレンダーな体型は結構クラスの女子からも羨ましがられるらしいが、本人は魅力のない体をコンプレックスに感じているらしい。(ならば、筋トレをしなければいいのに……というのは禁句)
「なーんだ、深赤か」
「なんだとはなんだよ。なぁ蒼魔、どうするんだ? 付き合うのか?」
「おいおい結論が早すぎるだろ。まだ水無瀬が俺を本当に好きかは分からないんだから」
「そう言いながらも、ちょっと期待してるんだよねー。ほんと男って、単純だなぁ」
 未央が棘のある言葉を零すように放つ。
「佐倉……お前男になんか嫌な思い出でもあるのか? 付き合ってた男に振られたとか?」
「別に……」
 未央がつまらなさそうに顔を背ける。その仕草がなんだか、「これ以上触れないでくれ」と言っているようで、蒼魔は口を噤んでしまった。
 が、すぐに深赤が口を開いた為、変な空気になる事はなかった。
「じゃあ、未央は好きなタイプとかないのか? 付き合ったらどうしたいとかさぁ」
「……特にないです」
「ん?ないのか。未央、こういう話好きなのに自分はあんまり興味ないんだな」
 蒼魔はおいおい、と心の中で突っ込んだが、深赤は当然今までの流れも分からないだろうし、しかも彼女は非常に世間知らずで流行に疎いので、真剣に言葉を返していた。
「いや、深赤あのな……」
「あっ! やべ、陸上部の朝練はじまる!」
 蒼魔の言葉を遮って、腕時計を見て深赤が叫ぶ。
「へ? 深赤陸上部に変わったの?」
「いや助っ人部員で参加してんだ。もうすぐインハイだろ?オレは異能力者専用の数合わせなんだけど、能力の練習にもなるし」
 深赤はさして気にせずそう言って、嵐の様に走っていく。
「んじゃまたなー! あ、未央、後でメールしといてくれよ、商店街行くまでには練習切り上げるから!」
「……」
 手を振る未央を横目に、蒼魔は複雑な表情を浮かべる。
「深赤ってほんとに東堂君の事好きじゃないんだね」
「なんだよいきなり……。お前、恋愛トーク興味ないんじゃないのか」
「んな訳ないでしょ」
 未央がジロリと睨む。先程の事をぶり返すなという意味であろう。
「……まぁいいけど。言ったろ、深赤は俺に興味なんてないって。というかただの幼馴染だし」
「いやでもさあ。男女の幼馴染って、こう、オトナになるにつれて~っていうのがよくあるパターンじゃん」
「ありえないって」
 蒼魔はバカにしたように笑う。
「それ、漫画の中だけの話だろ? ガキの頃から一緒に育つってのはお互い幻滅するような幼稚な相手の行動を見て育つって事なんだぜ。恋愛感情なんて生まれない生まれない」
「でもさぁ……そういうのも含めて、好きになるみたいな」
「それにあいつは俺みたいな男、タイプじゃないし」
「ふむ、深赤のタイプってどんなの? 前から気になってたんだけど、教えてくんないのよね~」
 未央が唇を尖らせて問う。何故女子は、こうも詮索するのが好きなのだろう。
 蒼魔は小さくため息をついて、口を開いた。
「俺も深赤も、水無瀬と一緒で高等部からこっちに引っ越してきたんだ。学園に入学してからしばらくして、あいつは毎日龍河先輩にラブレター書いてるんだぜ。一回だって、渡せた事はないけどさ」
「ま、まじで!? えぇ、あーいうのがタイプなの、えぇ……」
 未央が驚いているのか引いているのか感心しているのかよくわからない反応を取る。
「あいつの家は親が厳しくてさ。武士の生まれ変わりかってくらい、男兄弟と一緒にしごかれて育ったんだよ。だからあいつは自分より強い男にしか興味ないんだ」
「なるほど……東堂君、ひょろいもんね」
 未央は納得して頷く。
「でも、異能力者になったんだから、これからは分からないじゃん。忌憚研究部にでも入って、バッチリ決めたらどうよ」
「……」
 忌憚研究部。蒼魔が現在、一番聞きたくないワードである。
 幼馴染の深赤がこれに所属しており、彼女が部活動中に行方不明になったというので活動に参加してしまったのがミスだった。
 その所為で、蒼魔は異能力に目覚め、「一般人」のレッテルから脱却してしまったのだ。
 蒼魔はため息をついて、そっぽを向く。
「そんなに嫌いなのか。まぁ、分かるけどさ。活動内容は……都市伝説の調査と解決、だっけ? しかも、大抵がラルヴァが実際に人を襲ってるようなヤバイやつなんだよね。部活動程度で死ぬかもしれないとか、絶対ごめんだよねぇ」
「別に、そんなんじゃないけど」
 未央の言葉に蒼魔は即座に答えた。
「そうなの?」
「うん。別に怖いとかじゃない。ただ……」
 蒼魔のその言葉は、何故か未央の頭に重く響いた。
 少し悲壮感の混じった、求めるような、願うような、寂しい声色で小さく呟く。
「普通じゃないだろ」
 呟いた後、蒼魔の表情はなんだか、遠くを見るような、何かを思い出しているような、複雑な表情になったので、未央もそれから言葉を投げかけるのは止めた。
 沈黙のまま迎えた巨大な校舎は、いつもより更に大きく見えた。

 教室に行くと、予想外の人物が蒼魔を待っていた。
 遠目で見ても一発で分かる、毒々しい程の紫色のショートの髪に、細身の体。
 2-C生徒で忌憚研究部所属の双子、木戸 叫(きど さけび)と木戸 祈(きど いのり)だ。
 会うのはこれで二度目だが、よく観察するとところどころ違う部分があってなんとなく見分けがついた。
 まず一番分かりやすいのは顔のホクロだ。口元についている方が叫、目元についている方が祈。
 そして叫の方は細身でも筋肉がついているが、祈は殆どついておらず、より不健康か、もしくは病弱な印象を与える。
 それになにより二人の態度で一目瞭然であった。
 祈の方は廊下の隅で控えめに立っているが、叫は教室の入り口の側で腕を組みながら寄りかかっている。表情も不遜極まりない、「俺が待ってやっているんだから早く来いよ」とでも言いたげの、偉そうな態度であった。
 二人は蒼魔の姿を確認すると、つかつかと寄ってくる。
「おはよう。東堂君。あの……今、いいかな?」
 祈が穏やかな声でそう言いながら、未央の方をチラリと見る。未央は察してさっさと教室に入っていった。
「んで、何?」
 叫は蒼魔の言葉に更に不遜な表情になる。
「お前、昨日、配られたプリント読まなかったのかよ」
「プリント?」
 叫は荒々しくため息をついて、ポケットから紙を取り出し蒼魔の目の前で勢いよく開く。

 2-B 東堂 蒼魔
 2-C 木戸 祈
 2-C 木戸 叫
 2-C 水無瀬 響
 2-D 風間 深赤

                       以上の五名は放課後、旧校舎1-Bに集合する事
                                                 以上

「……こんなのもらったっけ」
 蒼魔は頭をポリポリと掻く。
 叫は見下すように蒼魔を睨んだ。
「HRの時にちゃんと配られた。まぁ、お前以外にも、水無瀬と俺達以外は誰も来なかったけどな」
「ふーん……それで、旧校舎ってどこだ?」
「校庭の隅、薪流しの時の川の下流の方にあるんだ。ひっそり隠れるようにあるから、知ってる人の方が少ないと思う」
 祈が詳しく説明をしている横で、叫は苛立たしげに足を踏み鳴らす。
 一体何をそんなに怒っているのか。蒼魔には検討もつかなかった。
「……とにかく、今日また放課後集合だから。絶対に来いよ」
「いや、行かないよ」
 即答する蒼魔に、祈だけでなく叫も少し驚いた反応を見せる。
「これ……よくわからないけど、多分忌憚研究部関係だろ? 俺は一切入部とかする気ないし。もし小金井先生の差し金なのなら、断っといてくれよ」
 蒼魔はそう言い終わると、さっさと話を切り上げて教室に入ろうとした。
 しかし荒々しく右肩を掴まれ、険しい叫の顔が蒼魔を睨みつける。
「お前、そんなに自分が特別な人間だと思ってるのか?」
「は……?」
 叫の言葉に蒼魔は困惑した反応を見せる。
 後ろで祈が叫を止めようとするが、叫はお構いなしに言葉を続けた。
「薪流しの時もそうだったが、お前は自分が普通な人間だと言い張る割には、結局異能力者だったよな。お前、心のどこかで本当は自分が特別だって思ってるんだろ? 人と何か違うものを抱えてるって思ってるんだろ?」
「思ってねぇよ。……確かに俺は異能力者だったけど、だからといって何も変わらない。ただの普通の高校生じゃないか」
「はっ」
 叫は蒼魔の発言を鼻で笑う。
「よく言うぜ。俺はお前の事、一年の時から知ってる。一年の時は、同じクラスだったからな?」
 言われて見れば、同じクラスだったような気がする。だが……あまり教室で見かけた記憶はなかった。
「クラスの連中と表面上は仲良くしながらも、どこか距離を置いてるお前の感じが最高に気に食わなかった。見るからに、『ボクは他人には理解できない悩みを抱えてます』って公言して回るような顔つきしてるのが最高に気色悪かったよ」
「……お前に何が分かるんだよ」
 さすがにここまで言われては、蒼魔も腹立たしくなってきた。
 険しい顔付きでそう言うと、叫は唇を吊り上げて笑う。
「誰にも分かる訳ないんだよな? お前の悩みは。一人で戦ってんだろ? でもな。お前は本当に特別でもなんでもない。お前の能力なんて所詮、相手に自分と同じ動きをさせるだけの人形遊びにすぎない」
「お前はどうなんだよ」
 蒼魔の言葉に、叫は首をかしげた。
「お前は、俺をそんなに攻撃できるのか? 俺を攻撃できるほど、気さくに周りに接してるっていうのか? 俺は別に、誰かに助けてほしいなんてサラサラ思っちゃいないし、皆が何かしら悩みを抱えてるのだって分かってる。それでいて距離を置くっていう選択肢を選んでいるだけだろう」
「……分かった風な口を利くなよ。お前は結局、誰かに構ってほしいだけなんだから」
 叫のその台詞は、蒼魔の中のタガを外すのに充分な挑発であった。
 蒼魔は思わず叫の襟首を掴み、右手を高く振り上げる。
「木戸君?」
 不意に背後から静かな女性の声がして、慌てて手を離した。
 見ると、響が怪訝な顔をして廊下に立っていた。
「珍しいね、木戸君がこっちに顔出してるなんて……。何か……あった……?」
 ギスギスしている雰囲気を察してか、控えめに話しかけてくる。
 先程までの流れをくじかれたので叫の方も少し肩透かしをくらったらしく、怒りなのか呆れなのか、なんともいえない表情でそっぽを向いていた。
「……東堂君も。おはよう」
「う、うん。おはよう」
 蒼魔も振り上げた右手をそっと後ろに隠して、ため息をついて昂ぶった感情を鎮めた。
「水無瀬さん、おはよう。あの……昨日の放課後の集合の事で、東堂君を誘ってたんだよ。誰も来なかったから……」
 祈がこっそりと後ろからそう話すと、響はパッと顔を明るくした。
「あぁ! あれ、私と木戸君達しか来なかったもんね。……東堂君、もしよかったら、どうかな? くるだけでも……」
「行かない」
 蒼魔はキッパリと断る。
「忌憚研究部関連だろ? これ。俺は入部するつもりはないから行く気はないよ」
「でも……」
 否定しないところを見るとやはりそうなのだろう。響は何とか取り付く島を探すが、蒼魔は頑なに拒む姿勢を見せた。
「俺の能力なんて、ただの『人形遊び』だし。大した戦力になんてならないだろ? 水無瀬も異能力者じゃないんだから、参加する必要なんてないと思うぜ」
「……あのね、確かに私は異能力者じゃないけど。でも……異能がなくてもできる事はあると思うんだ。私がやってる事はただの偽善で、自己満足なのかもしれないけど……。それで誰かが助かるなら、充分だと思うから」
 その綺麗な言葉に蒼魔は少し苛立ちを覚えた。
「水無瀬がそうしたいならそれは自由だけど……俺はそうは思えないな。自分の将来の事とかで手一杯だし、誰かを助けるなんてそんな……」
「腰抜けが」
 叫がまた、険しい顔付きに戻って蒼魔を睨みつける。
 だが響の前で、これ以上罵りあいを続ける気はなかったのだろう。
 吐き捨てるように蒼魔を睨むと、視線を逸らしてため息をついた。
「もういい、水無瀬。白石先生には俺から話しておくから、こいつは放っておこう」
「でも……」
「待て」
 叫の言葉に、蒼魔が三人を止める。
「今、白石って言ったか? それって……」
「顧問の先生だよ。そろそろ三年生が受験とか就職とかで部活動に参加しづらくなったから、二年生を中心に新メンバーを集めようとしてるんだ」
「フルネームは?」
 穏やかに説明してくれた祈に、蒼魔は詰め寄った。
 叫がすかさず間に入り、蒼魔の体を押し返す。
「何だよいきなり。祈に近づくな」
「そいつのフルネームを教えてくれ」
 蒼魔のあまりに真剣な顔付きに、叫も何か感じ取ったのだろう。それ以上は好戦的な態度を取らなかった。
 響が横から控えめに声を出す。
「白石 総司郎(しらいし そうじろう)先生だよ。三年生の、体育の担当の先生だけど……知ってるの? 東堂君」
 フルネームを聞いて、蒼魔の嫌な予感は当たった。
 その言葉を聞いてから蒼魔の焦点は合わさらず、うっすらと額に冷や汗が滲んでいく。
 叫は気味悪そうに祈と響を促した。
「おい……。もう、いいだろう。東堂は参加しないんだ、それでこの話は終わりだ」
「参加するよ」
 今度は、キッパリと参加の意思を表明する。
「旧校舎に行けばいいんだろ? 俺も参加させてもらう」
「え……。いいの?」
 響の言葉に、蒼魔は強く頷いた。
 その明らかな態度の変化と、鋭い眼光の宿った蒼魔の瞳に、誰もそれ以上言葉を放つ事はなかった。

 本日の授業がすべて終了したチャイムが鳴ったと同時に、蒼魔は席を立った。
 放課後が待ちきれないのは、今日が初めてだった。
「ちょ、ちょっと、東堂君」
 未央が慌てて蒼魔を引き止める。
「ごめん佐倉、今日予定が入って遊びには行けない」
「えぇ、なんで? こっちの予定の方が先だったでしょ。もう、カラオケ予約しちゃったよ」
「……悪いけど、それより遥かに大事な用だから」
「何、それ」
 未央が納得できない、というように頬を膨らます。
 蒼魔は今話している時間すらも惜しかった。
 一刻も早く、旧校舎に行きたい。会いたい人物が居る。
「蒼魔!」
 不意に入り口から声がする。見ると、深赤が気だるそうにたっていた。
「行くんだろ? 旧校舎。一緒に行こうぜ」
「旧校舎?」
 未央がつかつかと深赤の方に近づく。
「おう、未央。悪いな、今日の予定はキャンセルだ」
「何よぉ。深赤まで……。旧校舎になにがあるっていうのよ」
「新生忌憚研究部の集まりだよ。響もオレも東堂もご指名なのさ。今から行ってくる」
「ええ? 東堂君、入らないんじゃなかったの?」
 未央の言葉に蒼魔はクビを横に振る。
「違う、別に入る気はない。ただ、会いたい奴がいるから……」
「えっ、入る気ないのか? なんだ……」
 深赤は残念そうにため息をついた。
 未央も今日の予定がキャンセルになった事で少々落ち込んだそぶりを見せるが、すぐに顔を明るくした。
 こういう時の未央は厄介な提案をする可能性が非常に高い。
「じゃあ私も行く!」
 ……予感は的中した。
「ええ? お前……分かってんのか? 遊びじゃないんだぜ」
「分かってるよ。でも、それなら響だってそうじゃない。異能力者じゃないのにさぁ」
 未央の言葉に、深赤は納得してしまう。
「た、確かに……。そういや何で響までご指名入ったんだろうな」
 蒼魔は最早我慢の限界だったので、深赤の横をすり抜けて廊下に出た。
「悪いけど、さっさと行こうぜ。別に入部する気はないからとっとと済ませたいんだ」
 早口で話して廊下を急いで進む蒼魔に、慌てて二人もついていった。

 旧校舎の詳しい場所は知らなかったが、薪流しの時に跨いだ、裏山と校舎とを隔てる川の下流と言うので、とりあえず体育館裏に向かった。
 薪流しの時も通った橋の近くで、丁度同じく旧校舎に向かっていた響を出くわした。
「あ、あれ……未央まで来たの?」
「ずっるいよ、響。私だけ仲間はずれにするとかさぁ。私だってあの時、一緒に戦ったのに」
「ご、ごめん。でも危険だし……私は勝手に入部希望出しただけだから」
「そうなのか?」
 深赤が口を挟む。響はコクリと頷いた。
「うん……。能力者じゃないし、足手まといにしかならないのは分かってるけど……薪流しの時みたいに、誰かが傷ついてるなら、何とかしてあげたいなあと思って……」
「そっか。響は立派だな」
 深赤は素直に感心して、うんうんと頷く。
 なんだかそう言っているのを聞くと、自分がとんでもなく卑小な人物にもみえてくる。
 蒼魔は自己嫌悪にかられる前に、一刻も早く用を済ませようと歩みを速めた。
「おい蒼魔、ちょっと待てよ。そんなに速く歩かなくてもいいだろ」
 深赤の声に、渋々立ち止まる。
「どうしたんだ蒼魔……なんか、焦ってないか?」
 蒼魔はため息をついた。
「なんでもない……」
 こんなに取り乱したのは久しぶりの事だ。
 もう二度と会う事のない人物に、今また会えるかもしれない。
 その事実が、蒼魔をひたすらに突き動かしていた。
「……」
 深赤はなんだか少し悲しそうな表情をしたが、それ以上何か言う事はなかった。
 その感情の起因が何か、蒼魔には検討がついたが、蒼魔も敢えて何か言う事はしなかった。
 二人のそんな気まずい雰囲気を見て響と未央は目を見合すが、何を言ったものか検討もつかない。
 何故か全員の足が止まり、暫く沈黙のまま立ち尽くした。
「……あ、あれ、小金井先生じゃない?」
 沈黙を破ったのは未央だった。
 未央が指した方向(旧校舎の方角)を見ると、眼鏡と灰色のローブに身を包んだ中年男性がこちらに向かって歩いてくる。
 その隣には黒いロングヘアーの前髪で目を隠した女生徒と、紫色の線の細い男子生徒二人組みが居た。
 中年男性は二年の数学担当教師、小金井 和宏(こがねい かずひろ)だ。人懐っこそうな犬っぽい顔立ちに、穏やかな人柄がマッチしている人畜無害なクリスチャンの教師である。ちなみに前髪が少々後退しつつあるのは禁句である。
 隣で歩いている、前髪を目で隠している女生徒は高等部三年の斑鳩 夜(いかるが よる)だ。「思念探知(ヴィジョン・シンパシー)」という人間の思念を覗き込む悪趣味な能力を持っている。
 性格も不気味でイマイチ何を考えているのか分からない、とにかく、あまり関りになりたくないタイプであった。
 その隣に居る二人組みは言うまでもなく木戸兄弟だと分かった。
 蒼魔は薪流しの件もあって、斑鳩とはなんとなく会い辛かったので少しバツが悪くなって目を逸らす。
「やあ君達。きちんと集まっているようだね……ん? 佐倉クンも一緒なのか」
 未央は恥らうようにモジモジとしながら、照れ笑いを浮かべる。
「えへへー。響が参加するっていうし、私も入部したいなー……なんて」
「そうか。まぁ、異能がない限り無理はしないようにね。さて、呼びつけておいてなんだが旧校舎への召集はなくなった」
「え?」
 蒼魔は焦りを露にした。
「そんな、困りますよ。オレは入部なんてするつもりないし……」
「そうなのか? では何故ここへ?」
「……白石先生に用があって」
 蒼魔の名前を聞いて、斑鳩が笑った気がした。
「ふむ。それは参ったな……。白石先生は急用があるらしくて、もう学園を出てしまったよ」
「……そうですか」
 蒼魔は苦虫を噛み潰したような表情で、ため息をついた。
「まぁ、部活動に参加していれば会う機会もあるだろう。白石先生は多忙な方だから、それ以外で会うのは難しいと思うが……。それでも、今帰るかい?」
 小金井にそういわれて、蒼魔は更に悔しい表情に変わった。
「先生まで俺を勧誘するんですか、部活動は強制されるものじゃないのに」
「いやいや、強制なんてそんな。でも君は、忌憚研究部の活動に適している人材だと思うけどね」
 穏やかにクビを振る小金井に、蒼魔はまたため息をつく。
 なんだか上手く丸め込まれている気がするが……仕方がない。
「分かりました……俺も入部させてください」
 蒼魔のその台詞を聞いて、斑鳩は一目で分かるくらいに微笑んだ。
「風間さんは既に入部済みだから、他の三人の入部届けはこちらで出しておくわね。改めてようこそ、忌憚研究部へ」
 斑鳩の言葉を受けて、小金井が軽く拍手をする。木戸兄弟も(叫は嫌そうだったが)それに合わせた。
「蒼魔!」
 深赤が急に興奮した口調で蒼魔の手を握る。
「これでオレ達、戦友だな! 安心しろよ蒼魔がヤバイ時はオレが助けてやるからな!」
「あ、あぁ。頼むよ……(そういやこいつ、戦隊ヒーローとか好きだったっけな……)」
 蒼魔は多少圧倒されながらもとりあえず頷く。
 ……問題はない。目的の人物と話せたら、その後はすぐに退部すればいいのだから。
「さて」
 しかし事態はそう簡単ではなかったらしい。小金井の言葉は、蒼魔だけでなく響や未央、深赤達にとっても驚くべきものだった。
「それではこれから実地試験といこう」



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