【双葉学園の怖い噂 五怪目「人魚姫」】


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  「人魚姫」



 ぼくがまだ双葉学園に来る前、地元の浜辺で人魚を見つけた。
 その時ぼくはまだ七歳の子供で、記憶はあいまいだけど確かにそれは人魚だった。
 釣りをしようと親に連れてこられたのだけれど、ぼくは興味無かったから砂浜で砂のお城を作っていた。季節は冬で、幸い空は曇っていたおかげで砂浜は暑くもなく、砂遊びするには快適だった。
 砂遊びに飽きたぼくは人気のない砂浜を歩く。すると、遠くの砂浜に倒れている人影が見えた。
 なんだろうと好奇心を膨らませ、その人影に近づき、ぼくは驚いた。
 そこに倒れていたのは、上半身は裸の女の子で、下半身は魚であった。珊瑚色の鱗がきらりと光っているが、尾ひれは元気が無いようで動かない。
 それはまさに、ママに絵本で読んでもらった『人魚姫』そのものだった。ただ、ここが日本のせいか、その女の子は綺麗な黒髪で、日本人のような顔立ちをしている。だけど上半身と下半身のつなぎ目は作りものとは思えず、ぼくは、ああ人間じゃないんだなと漠然と理解した。
 その人魚は苦しそうに砂浜に突っ伏し、横目でぼくのほうを見つめて、驚いた顔をしていた。その伏せ目がちな濡れた瞳は、哀愁が漂っている。
 ぼくにはその人魚が困っているように見えた。
「ねえ、何か困ってるの?」
 ぼくはそう人魚に話しかけた。
 しかし、人魚は口をパクパクとさせ、喉を押さえながら首を振った。
 どうやらこの人魚は言葉をしゃべれないらしい。今にして思えば人間とは呼吸器官が違うであろうから、言葉を発音できないのかもしれない。
 悲しそうな顔をしながら人魚は上半身を起こした。うつぶせ状態から、唐突に起き上がったので、彼女の豊満な乳房がぼくの目の前に露わになった。子供ながらもそれを見てぼくは思わず顔を赤らめる。
「ね、ねえ人魚さん。何か困ったことがあるなら手伝うよ」
 ぼくがそう言うと、人魚は少しだけ笑顔になった。その笑い顔はとても可愛く、美しいものだった。ぼくはそれに見惚れる。
 人魚は海を指差した
 子供の頭をフル回転させ、人魚が何に困っているのか推測する。
「そうか。海に帰りたいんだね」
 ぼくがそう言うと、人魚はコクコクと頷いた。言葉は発せなくても、人間の言葉は理解しているらしい。
 前日の夜に、大きな波が起きたとパパは言っていた。そのせいで海から人魚は砂浜へと打ち上げられたのだろう。人魚はぐったりしており、あそこまで這っていく体力もなさそうである。人魚が陸で生きていくことは難しいのかもしれない。何と言っても半分は魚だ。
「じゃあ、ぼくが運んであげるから背中に乗って」
 いいかっこをしようと、ぼくは彼女を背負う。しかし、七歳の子供には荷が重すぎた。だけど父親を呼ぶのはためらわれた。きっとよくないことが起きると思ったからだ。それに、こんな美人を父親に会わせたくなかった。
 ひぃひぃ言いながら、ぼくは必死に人魚を海にまで運ぶ。背には胸が辺り、その柔らかな感触だけは、今でもぼくは鮮明に覚えている。
「さあ、ここでいいよね」
 時間をかけながらも、ようやく海に辿り着いた。ぼくは波打ち際に人魚を下ろす。海水を浴びた人魚は少しずつ元気を取り戻していったようで、やがて人魚は海の中に入って行った。体力を使い果たしたぼくは、その場にへたり込む。
 活きを取り戻した人魚はひれを動かして水しぶきを上げ、海から顔を出す。
 あ り が と う。
 そう口を動かしたように見えた。やがて彼女は海の中に消えていった。
 浦島太郎の伝説のように、恩返しのために竜宮城にでも連れて行ってもらえるかと思ったけど、ぼくは彼女が礼を言って、笑いかけてくれただけで満足だった。








 それから七年が過ぎた。
 中等部にあがるころにはすっかり人魚のことなんて忘れていたが、今にして思えばあれもラルヴァの一種だったのだろう。
 双葉学園にやってきたぼくは色んな人外に出会い、そんなことも珍しくなくなっていた。
「おーい目比《めくらべ》ー! サッカーやろうぜー!」
 思い出に浸っていると、山田のうるさい声が聞こえてきた。
 ぼくは今、友人ら数人と双葉区の公園にやってきていた。ここは場所が広いわりに、人気が少ないため、こうして遊ぶ場所としては最適だった。
「ぼくはいいよ暑いし。お前たちだけでやってろよ」
 そう言ってぼくは傍にある池のほうへと歩いていった。そして池の前の芝生に腰を下ろし、文庫本を広げる。後ろから聞こえてくる友人らの声と、サッカーボールが弾む音をBGMに、ぼくは本の世界へ入っていく。
 しかし、ふと、ぽちょんと池の水が跳ねる音が聞こえた。
 池の魚だろうか。
 そう思い目を向けると、池の水面から大きな魚のひれが出ているのが見えた。そしてそれは再び池の水の中に沈む。
「なんだ?」
 不思議に思ったぼくは水面に近づく。すると、濁った池の水の中に、大きな魚のような影見えた。
 この池の主か? ブラックバスか? いや、それよりもずっと大きい――
 そう思って顔を水面に近付けた瞬間、水面から白い手が二本伸び、ぼくの頭を掴んだ。
「――っ」
 声を上げる間もなく、ぼくはその手によって水中に引きずり込まれる。
 突然のことにパニックになる。服が水を吸い、体が重たくなり、池の水が口に入ってくる。
 水が、塩っ辛い。
 これは海水だ。そう言えばこの池は、東京湾から水を引いて作られた人工池らしい。今でもこの池は海とつながっている。パニック状態の中、そんなどうでもいいことが頭に浮かんでくる。
 そうして目が水に慣れてきて、ぼくはようやくその『手』の正体に気づく。
 それは、人魚だった。
 美しい人間の上半身に、水中で蠢く魚の下半身。あの時と変わらない顔。まるで年を取っていないように変化が無い。
 間違いなく、それはあの子供の時見た人魚だった。濁った水の中でも、彼女の個性的な姿を見間違えるはずはない。
 人魚はぼくの身体を掴み、水中へと引きずり込んでいく。ぼくがどれだけもがいて、水面に上がろうとしても、人魚は必死にぼくの身体を放さなかった。
 なぜだ。
 なぜ人魚はぼくを水に引きずり込んで殺そうとするんだ。
 あの時の恩を、仇で返そうというのだろうか。それとももうぼくのことなど覚えておらず、人魚は人を襲うものなのだろうか。
 所詮人魚は化け物で、人間とは相容れぬ存在なのかもしれない。あの子供のころに見た、あの人魚の笑顔は嘘だったのかな。
 わからない。
 そろそろ頭に酸素がいかなくなり、意識が混濁してくる。
 それから一分が経っただろうか。
 もう限界だった。いや、よく一分も持った。ぼくの意識は薄れ、体の力が抜けていく。死ぬ。溺死する。
 そう思った瞬間、急に人魚は手を放した。
 なぜだかわからないが、それはチャンスだった。ぼくは力を振り絞って水面へ上がった。思ったより深く引きずり込まれておらず、すぐに池から上がることができた。ぼくは体を芝生に投げ出し、必死に呼吸をする。息を吸うって素晴らしい。生きてるって素晴らしい。
「はぁ……はぁ……ぜえ、ぜえ……」
 なんとか呼吸を整え、重い体に鞭を打つ。また引きずり込まれないように池から離れて、友人らのもとへと行こうとした。
 しかし、そこにあった光景は、予想もしないものだった。
 そこでサッカーを楽しんでいるはずの友人たちは、みんな地面に倒れこんでいた。
 しかも全員既に一目でわかるぐらいに無残な姿でこと切れていた。あちこちがまるで何かで切られた傷跡があり、辺り一面血の海と化している。
「な、なんで……」
 ぼくは茫然と立ち尽くす。
 自分が池の中に引きずり込まれている一分間に、一体何があったというのだろうか。
 どうしたらいいかわからないでいると、遠くからパトカーと救急車のサイレンが鳴り響いた。
「凶悪犯が逃亡しました! 近くの皆さんは警察と風紀委員の誘導に従って避難してください! 犯人は刃物を所持しており……」
 そんな放送が双葉区中に鳴り響く。
 その時ぼくはここで何が起こったのか理解した。
 ポチョン。
 そんな水の音が背後から聞こえる。
 振り返ると、そこには人魚が顔を出していた。あの時と変わらぬ笑顔でぼくを見つめている。
 彼女はぼくの命を救ったのだ。
 命を救われた恩は、命を救うことで返したのだろう。
 しゃべることができないから、ああいう形で……。

 オワリ





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