【醒徒会書記の休日】

「と、言うわけで加賀杜さんに一日密着取材させてほしいんですよ」
「そいつはいくらなんでも省きすぎなんじゃないかなぁ」

――話は数分前

今日の分の授業も終わり、醒徒会としての集まりも無く、誰かと遊びに行くでもなく
そのまま学生寮の自分の部屋に戻ってきた彼女、加賀杜紫穏はヒマを持て余していた。
「ううーん……やっぱり親分か姉御のところに行って遊んでもらおうかなぁ」
床の上をゴロゴロゴロと転がって部屋の中を行ったり来たりを繰り返しつつ
この持て余してるヒマをどうにかできないか、と考えていると不意に玄関がノックされた。
「あいあいー開いてますぜー」
姿勢は寝そべったままゴロンと体を玄関のほうへ向けて気の抜けたような声で返事をする。
「それでは、お邪魔します」
「お邪魔します」
「失礼します」
実際にドアを叩いたであろう訪問者の後からもう2人ほどが姿を現す。
しかもその手や背中にはテレビカメラ等の撮影機材まで見える。
「おろ?そんな本格的なもの持ってこれるなんて唯笑ちんとこの?」
相変わらず寝そべった姿勢のままとりあえず持ち物から軽く見当をつけての
質問を――言外に一体何の用なのかという意味も込めて――来客たちに投げかける。
「さすがは醒徒会メンバー!お察しの通り放送委員会のものです!
今回はちょっと加賀杜さんに頼みごとがあって、こうやってお邪魔させてもらいに来ました!」
この意外な来客の意外な用事に紫穏は軽く驚きながらも、楽しそうなことが舞い込んできたと内心喜ぶのであった。

――そして話は戻る

「でもさーアタシなんかの取材でいいの?こういっちゃなんだけどアタシは醒徒会じゃ地味なほうだよ?
親分とか姉御とか……あ、会長と副会長のことね。そっちのほうが華があっていいんじゃない?
男勢でも金ちゃんとかハヤハヤ、龍っつぁんにエヌルンも居るし」
いざ話をするとなるとさすがに寝転がったままでは話しにくいと思ったのか
今は普通にベッドに腰掛けて話を続けている。
それに答えようとするのは最初に部屋に入ってきた男子生徒、恐らく後の2人は後輩なのだろう。
とりあえず心の中でこっそり先輩Xと仮称することにした。
「いやーいくらなんでも男子の醒徒会メンバー“密着”取材ってなんかこう……なぁ?」
そう言って後輩たちの同意を求めようとして
背後に視線を向けると後輩たちは顔を真っ赤にしながら背けている。
「どうしたお前ら?まさか男子メンバーの密着取材をしたいとか言うんじゃないだろうな」
「いや、先輩……」
「さすがに……加賀杜先輩のその格好は……」
「あれ?アタシの格好なんかヘン?」
いきなり話を振られてビックリしつつ自分の格好をあわててチェックする。
学校から戻って制服はずしてから着替えてはいないから上はハーフトップ
下はリボンがアクセントになっている程度の普通のパンツだ。どこも変わったところは無い。
「?」
何か問題か?とでも言うようにわざとらしく両手を広げて肩をすくめる。
「いやだからですね、加賀杜先輩のその格好が問題なんす!なんで下着だけなんすか!」
「ははは、アタシのペタンコボディなんか見たって特にもならんぜー」
後輩Aの年頃の男の子としての抗議も軽く受け流される。
「まぁまぁ円滑な取材交渉のためにもここは一つジャージとかでいいんで着てもらえませんか。」
だがさすがに顔を背けさせたまま話を進めるわけにも行かないとでも思ったのか先輩Xが助け舟を出す。
「ん~……そこまで言われちゃうとねぇ……
じゃあとりあえず何か着るからテキトーに部屋の中でも見ててね」
衣装箪笥を開きながら言うとそのまま箪笥の中を漁り始める。
放送委員会の3人は服を着るように促したのは自分たちなのだから、とそのまま言われたとおりグルッと部屋の中を見渡す。
まず目に付いたのは物の多さである。部屋の広さに定評がある寮であるにも関わらず
自由なスペースは一般的な寮の2人部屋とほとんど変わらない。
本、ボードゲーム、スポーツ用品と目に付くだけでも多種多様、雑多とすらいえるレベルだ。
これが世間一般の女の子の部屋だというのなら思春期の男子の想いは儚く砕け散るとも言える。
「物、多いっすね……」
「でも不思議と散らかってるって感じはないなぁ」
「醒徒会メンバーの部屋の撮影なんて滅多にできることじゃないからな写真撮っておこう」
などと各々感想を漏らしているうちに
「着替え完了!さーってそれじゃお話つけましょうか」
背後に様々な服を山と積み上げ、チャイナドレスに身を包んだ加賀杜 紫穏が完成していた。

「話をまとめちゃうと、親分は怒らせたら怖そうだし姉御は忙しそう、男子じゃ華がない、だから一番都合がよさそうなアタシにしよう、と?」
「平たく言えば……」
先輩Xが頭をかきながら申し訳なさそうにそう答えた。
「まぁアタシとしては楽しそうだからオッケー。そっちが本当にアタシでいいっていうなら全然大丈夫、ってところかな」
そんな相手の様子も特に意に介さずといった感じで快諾の返事を返す。
「こちらとしては願ったり叶ったりですよ。元々全員に断られてお蔵入りってことすら想定の一つでしたし。
それで快諾ついでにできればこの取材の撮影なんですが明日いきなりーっていうのは……さすがに無理ですかね?」
「うんにゃ全然オッケーよ。というかそっちのほうがいいでしょ、明日は休日なんだし」
「おぉ!本当ですか!いやー加賀杜さん選んで正解でしたよ!じゃあ早速明日の朝一の用事とかありましたら教えてもらえませんか?うちら3人はそれに間に合うように寮の前で待機してますんで」
今日頼んで明日撮らせてくれ、なんて無茶な願いも即答で快諾する紫穏に
先輩Xの後ろに控えていた後輩A/Bも『あぁやさしそうないい先輩だなぁ』と思ったところで
「明日の朝一の用事ねぇ……かなり朝早いから3人とも泊まっていけばいいんじゃない?寝具なら貸してあげるし」
そんな爆弾発言が投下された。

――深夜――

部屋の主たる紫穏は元より先輩Xも貸してもらった布団でぐっすりと眠っている。
そんな中いまだ寝つけぬ2人がいた。
「なぁ……起きてるか?」
「……起きてるよ」
先輩2人が早々と眠ってから何度も繰り返した会話をまた繰り返す。
「先輩はまだわかるんだよ。相手がなんだろうとそれは『取材対象』であってそれ以上でも以下でもないし」
「あの人はなんかそういう取材命!みたいなところがあるからな」
「でもさ、加賀杜先輩まで早々に寝付いてるってどういうことだよ……男3人女1人が一つの部屋に寝てるとか、そういうゲームなら間違いなく回される展開だぞ……」
「……きっとあの人はそういう生き物なんだよ。あの人間違いなく自分にはそういった魅力がないと思い込んでる」
「そんなわけないよなぁ……俺、いつだったか会長とのロリ百合同人が高値で動いてるって噂を聞いたことがあるんだが」
「俺はそれに加えて副会長が極秘で潰したって噂も聞いたことある」
「真偽はともかくどちらかだけの人気でそんな噂が出るわけ無いよなぁ」
「「はぁ……眠れるわけねぇ……」」
そんな取りとめもない会話の最後をハモって〆る。そして互いに悶々としつつ結局眠れそうに無いなぁと思っている間に夜は更けていくのであった。

――AM6:00――

目覚ましが鳴り出すとほぼ同時にスイッチを切りつつ紫穏は珍客たる宿泊者3人に声をかける。
「おいーっす、3人ともよく眠れましたかい?」
「いえ……」
「あんまり……」
「なんだお前ら枕が違うぐらいでだらしないなぁ!そんなんじゃあ今日一日乗り切れないぞ!加賀杜さんは今日一日よろしく頼みますよ!」
「こちらこそよろしくー。で、その前に一つ気になったんだけど、せっかく一晩泊まったわけだし加賀杜さんとかじゃなくてもっとこう
フランクな呼び方をだね、後輩くんたちも」
「そう?ならお言葉に甘えさせてもらって……改めて今日はよろしくな加賀杜!ほらお前らも」
「よろしくお願いします……加賀杜先輩」
「……同じくよろしくお願いします」
「うーん……まぁいっか、じゃあ早速着替えて出かけるから3人ともしっかり着いてくるように」
いろんな原因からテンションが低い後輩2人を尻目にやけにテンションの高い先輩Xがまとめてあった撮影機材を背負いながらこんなに早くからどこへ行くのかと尋ねてみると
「それはついてからのお楽しみってやつさー」

――AM7:00――

いまさらだがここ双葉学園、正確には双葉区は埋立地であり周囲は海に囲まれていて本州とは橋一本で繋がっているだけに過ぎない。
また学園だけでなく歓楽街や商店街に加えなぜか森や山までもが存在しておりかなりの面積を誇っている。ようは超巨大な浮島だ。
したがって物資の主な輸送手段は必然的に海路や空路となり――もちろん陸路での物資の輸送も無いわけではないが――そのための設備
もきっちり整備されているわけだ。
そして彼女ら4人が今居る場所はその整備されている設備の一つ、つまりは
「港?」
「オフコース!ついでに言うと用事があるのはここのもっと奥のほうね」
ちなみに取材カメラ自体は寮を出発したときから回っている。
そして撮影対象の荷物はロッドケースが2本とクーラーボックスそんな荷物と今居る場所を照らし合わせて考えれば――そもそも荷物だけ
でも大体の見当はつく――はその用事というのがなんなのかなんていうことは子供でもわかるだろう。
3人を引き連れて港の奥へと歩いていく紫穏にすれ違うたびに大人のほうから挨拶の声を掛けていく。
「あの人たちは加賀杜の知り合いか?」
「まぁねーしょっちゅうこの辺来るし顔見知りって感じかな……っとここでちょっと待っててね
おっちゃーん!来たよー!船の準備できてるー?」
倉庫の前で談笑している漁師と思わしき集団のほうに走りながらそう声をかけると話していた全員がこちらを向いて笑顔で返事を返してくる。
「お、紫穏ちゃんかい今日も元気だねぇ」
「いつもより来るのが遅かったからみんな心配してたよ」
「船ならいつでも出せるから安心しとけって」
「今日も大漁予定かい?楽しみにしてるよー」
そのまま集団に突っ込むと漁師っぽい人たち全員に頭を撫でられたりなんだりともみくちゃにされている。
「あ、そうそう今日はなんか取材したいーって人たちついてきてるんだけどその人たちも乗っけてもらって大丈夫?」
軽く置いてきた3人のほうを指差してそう質問をすると漁師たちは
「何を当たり前のことを言っているんだ」といった感じで快諾してくれたのであった。

――AM8:30――

港を出発した船が動きをとめると、紫穏はすぐにロッドケースの片方を開いて釣竿を取り出し軽く弄ってからそのまま海の方へと糸をた
らす。それがつい20分ほど前のことである。そう20分ほど前のことなのだが、すでに釣り上げた魚の数は10匹近くになり単純に考えて2分
で1匹釣り上げてることになる。
「さすがに釣れすぎじゃないか?」
「釣りはよく知らないけどさすがにこれは……」
「お嬢のアレは特別だな、道具の性能ってのもあるが実際に腕もいい。まだ若いのに一体どこで仕込んだのかねぇ」
カメラを回しつつヒソヒソと話していた後輩AとBの声が耳に入ったのか船の船長が声をかけてくる。
どうやらプロの目から見ても別格らしいその釣り上げた量に思わず目を丸くする2人。
「フィーッシュ!!」
その視線の先でまた新しくドパーン!とまるでマンガのように魚を釣り上げる紫穏と、その紫穏の姿に適当にナレーションの声を当てる
先輩の姿があった。
しばらくすると釣り上げるペースも落ち始めてきたので、釣竿を隣に備え付けていったん休憩を取ると言うことになり、その間に先輩Xが
今回の取材を行う上で始めからやる予定を立てていたというインタビュー形式での質問を始めたのであった。
「それではまず今日は我々の取材を受けてくれてありがとうございました」
「あぁいいよいいよ、元々の今日予定には何も変更は無かったし。それにこの後だって特に何か決めてるわけじゃないし
君たち3人に着いてきてもらえるなら暇も埋まりそうだよ。」
アハハ、と軽く笑いながら素直に感じたところをそのまま話す。
「ダメだ俺、この現代社会の中で加賀杜先輩のあまりの真っ直ぐさに涙を禁じえない……」
「まったくもって俺も同意見だ、守りたいこの笑顔……」
「お、兄ちゃんたちも中々いいところに目をつけるな!お嬢の笑顔は見ててこっちも元気になれるってもんだ」
後輩と船長そろってうんうんと頷いてるのをスルーして先輩Xはあらかじめ用意していた質問表を片手に質問を始める。
「じゃあさっそくまずは名前と年齢、学年、あと醒徒会の役職あたりから答えてもらいますか」
「あいあい、姓は加賀杜、名は紫穏。年齢は学生証を信じるなら16才で高校1年、醒徒会では書記とボケ担当」
「出身地は?」
「よくわかんない、記憶喪失ですから」
「家族構成は?」
「知らないんだぜ、なぜなら記憶喪失だから」
「趣味は?」
「今こうしてる釣りと山とか森に入っての散策。あと楽しそうなこと全般」
「得意なことはなにか?」
「料理は一通り、あと食べれる野草とか木の実、きのこ、ラルヴァを見分けるのとか」
「付き合ってる人とか好きな人とかいる?」
「居ないねー、できる予定すらまだ立ってないね」
「所持してる能力とか答えてもらって大丈夫?」
「まぁ単純に言えば物の性能の強化って感じ」
「将来の夢なんかはある?」
「第一目標は姉御並みのナイスバディになることで後は色々。可能性は無限大ってやつ?」
「質問させてもらってる立場からなんなんだけどそれってどう考えても無ぼグハッ」
「次の質問は?」
質問に織り交ぜられて何気なく混ぜられた一言を言い切らせる前に軽く腹部に一撃。そして何も無かったかのように次の質問を促す。
「今の見たか?」
「いや、全然。カメラでスロー再生したらわかるんじゃなかろうか」
「なんだかんだ言ってもさすが醒徒会ってことか…・・・」
そんな話を2人でボンヤリ続けているうちに準備していた質問も底を突いたのか先輩2人は質問の〆の挨拶をしていた。
「あ、そうだおっちゃん包丁とかある?せっかくだしさっき釣った魚1匹ぐらいさばいてみんなで食べようよ」
「いいねぇ。それなら……ほれ、これでいいかい?」
「ありがとっ!それじゃいくよー!」
受け取った包丁を曲芸のように片手で軽く回して構えなおす。
そして最初のほうに釣った魚をまな板の上に乗せるとそのまま手際よく鱗を削ぎ落としつつ身に包丁を入れていく。
船長がいつの間にか用意してた皿にさっと乗せていく。一流料亭の板前もかくやといった様子だ。
ついで腰に下げてあった小物入れから割り箸をいくつか取り出してみんなに配る。
先輩Xがその中には他にどんなものが入ってるのか聞いてみたところ
「残念、これは企業秘密」
と流されてしまった。
さばいた魚を食べ、また少し休憩を挟み、釣竿を手に取りまた新しく魚を釣り上げる。釣りを再開して1時間ほどすると船長の声がかかる。
「お嬢、兄ちゃんたち、そろそろ港に戻るぜ」
「あいあいさー、いざ懐かしの陸地へ!」

――PM1:00――

「今日もありがとうね、おっちゃん」
「あぁいいってことよ。お嬢の頼みだしむしろ役得ってもんさ。魚はいつもどおり一番でかいやつだけかい?」
「うん、いつもどおりそれでいいよ。残りのほうもやっぱりいつもどおり好きにしちゃって」
2本のロッドケースを背負いなおしクーラーボックスを携えて船からピョンと飛び移りながら答える。
その後に続くように放送委員会の3人が移ろうとしながら撮影機材を海に落とさないようにワタワタとしている。
「モタモタしてないで降りてきなよ。予定は無いけど時間も無限にあるわけじゃないんだし、おっちゃんもまたねー」
「おう、お嬢もまた今度な!そっちの兄ちゃんたちもまたいつでも遊びにきな、歓迎するぜ!」
「今日は急に押しかけたのに船に乗せてもらってありがとうございました」
「またそのうち機会があれば!」
「魚、おいしかったです!」
船長に別れの挨拶をしつつ手を振りながら走っていく紫穏の後を追いながら3人も思い思いに声を返していったのであった。

――PM3:30――

「あの、どうして我々はこんなことになってるんで?」
「いいから人質は黙ってろ!」
放送委員会の3人は森のど真ん中で縄で縛られ、ガラの悪そうな連中に囲まれていた。
遡ること数分前。港を離れた紫穏たちは予定の無いまま商店街へと赴いていた。
基本的には閉鎖空間である学園都市において、生活をする上で必要な物はこの場所で大体揃う。
それだけの場所で散策を行えばそれはまさに時を経つのも忘れる、という物だろう。
さすがにクーラーボックスやロッドケースを背負いながらの散策は疲れたのか紫穏のほうから
すぐそこの公園で少し休もうという提案がされて、アタシが飲み物を買ってくると言って走って行き、その姿が見えなくなったところでどこからとも無く現れた男たちに囲まれ、今の状況へと繋がったのであった。
「しかしおせぇな……オイ!本当にさらって来たときに書置き残したんだろうな?」
リーダー格と思しき男が回りの連中――数は1,2,3…この喋っているリーダー格を除けば9人――に確認を取る。
「ま、間違いないです。書置きはそいつらが座ってたベンチのところに貼り付……!!」
返事を言い切る前に突然バンともドンともつかない爆発音のような音と炎とともに喋っていた男が吹き飛ばされる。
「てめぇら!主賓が来たぞ!気ぃつけろ!!」
その様子を確認するやいなや立ち上がると同時に拳を構えて周囲に気を巡らせる、と同時に先ほどの犠牲者と同じように爆発と共に4人が吹き飛ばされていく。
「チッ、油断しやがって!どこかから狙ってきてやがる!樹の陰に隠れろ!」
指示を飛ばすと自身も細かく移動を繰り返し爆発を避けていく。
しかしリーダーにばかり攻撃が連続して行われるのを見てチャンスと思ったのか、樹の陰から飛び出した2人も数メートルも進まないうち
にすぐさま攻撃を受け吹き飛ばされ、不良たちも元の人数の半分になる。
「バカが!逸りやがって……後何人残ってる?!」
「俺たち2人にリーダー含めて3人ッス!」
樹の陰から声を出して確認しているところに不意に声が響く。
「アンタたち?わざわざ無関係なの巻き込んでまでアタシを呼び出したのは?」
縛られてる3人にはそれが紫穏な声であることはすぐにわかったが、どこから声が聞こえてるのは見当もつかない。
目的の人物であるということには不良たちにもわかったのだろうが、やはり場所はつかめないらしい。
「クソッ……!どこだ加賀杜ぃ!姿を見せやがれ!人質がどうなってもいいのか!!」
「その人たちになにかしようと出てきたらその瞬間にそこに転がってる連中の仲間入りさせたげるよ?」
「卑怯者が……ッ!」
「人質取って人呼び出すようなのが言えた義理じゃあないでしょ」
「うっせぇ!こちとら由緒正しき不良だ!テメェは醒徒会!つまり生徒の模範になるような振る舞いってやつを見せてくれよ!」
「むちゃくちゃだ」
「さすがに無理矢理すぎる……」
「いっそ清清しさすら覚える」
「そこの人質A・B・C!痛い目見たくなかったら黙ってろ!」
声がするたびに紫穏がおそらく近付いてきているというのはわかるものの正確な位置まではつかめない。
樹の陰から樹の陰へと移動しようとするとそうはさせじと進行ルートの前に爆発が飛んできて身動きが取れない。驚異的とも言える精密さだ。
「う~ん……硬直状態ってのもつまらないし、ここはさっき言われたとおりに醒徒会らしく姿を拝ませてあげるよ」
紫穏がそう告げると不意にガサガサと音がして何かが落ちてくるのが視界の端に映る。嫌な予感がして咄嗟に自分の頭上へと目線を向け
る。が、誰も居ない。
舎弟2人が隠れていた樹の上へと目をやる。嫌な予感は正解だった。ニッコリと微笑んでこちらのほうへ手を振りながらもう片方の手に握られたなにかを勢いよく樹下の2人へと投げつける。
避けろ!と声に出す前にドドドン!!と連続した爆発音が響きドサリと舎弟2人が崩れ落ちる。
思わずそれに気を取られ、慌てて視線を樹上に戻しても紫穏の姿が無い。
慌てて周囲に視線を巡らせると紫穏はすでに人質たちを縛っていた縄を解いているところだった。
「お疲れ様ーごめんね、こんなことに巻き込む羽目になって。すぐ終わらせるから3人ともアタシの後ろに下がって。」
「加賀杜ぃ!テメェ!」
「悪いけど人質は返してもらうよ。ついでに言えばお仲間さんもそこに転がってるのが全員みたいだね。どうする?まだやる?」
「……1つ答えろ、お前の能力は調べてきたつもりだ。だがどう考えたってさっきみたいな爆発が起こせるとは思えねぇ。なにをやりやが った?」
「ふっふっふ、やっぱりそこは気になる?これだよこれ」
なにかをポケットから取り出して2,3回上に軽く放ると、そのまま横にあった樹に投げつける。すると先ほどまでの爆発音とよく似た、それでいてまったく大きさの違うパンと音が響く。
「か、かんしゃく玉……だと?!」
「正解ーご褒美として威嚇3連!」
と、手に持っていたパチンコで相手の足元へと放ちドドドンと音が響く。
「そんな子供のおもちゃ風情で……!」
「アタシの能力調べてきたんでしょ?子供のおもちゃ程度でも能力通せば人間相手にするぐらいならわけないってことね。……玉によっ
てはそのまま撃ちぬくなんてこともできるよ」
パチンコを構えながら先ほどまで明るい調子がウソのように声の温度が下がり、スッと目が細められる。
紫穏の急な態度の変わりように戸惑いながらもリーダーが切り返す。
「ぐ、この……飛び道具なんざ使わずに正々堂々と素手で勝負しやがれ!!」
「さっきも言ったけど人質使うような人の言葉とは思えないね」
一瞬の冷たい気配を微塵も感じさせずに軽く笑いながら答える。
「るせぇ!こちとら不良やってんだ、醒徒会とはいえテメェみたいな小さい女に『人質取って負けました』じゃ面子が立たねぇんだよ!」
「そっか、ならいいよ。素手で相手してあげる。あ、これもってて」
そういうとパチンコと腰に下げてた小物いれを後ろの3人に預けるとそのまま構えらしきものを取る。
「さて、いつでもどうぞ」
「余裕ぶりやがって……だが俺の勝ちだ!」
言うやいなやいきなりその間合いをつめてくる。だがその速度がおかしい。
間合いをつめる速度がおかしければ拳や蹴りの速度も明らかに変だ。
「うわっ……とっとっと……ひゃ!」
「おいおい!逃げてばっかでさっきまでの余裕はどうしたよ?あぁん?!」
「この速さ……アンタ身体能力の強化型か!あぶなっ!なにが正々堂々よ?!」
「自分の持ってる能力使って何が悪いってんだ。そんなに言うならお前だって能力を使えばいいじゃねぇか!おっと失礼、お前の能力は なにか持ってないと意味が無かったな!ハハハ!」
「こ、こんの~……!!」
「それそれ、どうしたどうした!!」
ビュンビュンと風切り音をさせながら拳が蹴りが紫穏へと次々と襲い掛かる。紫穏はその全てを避けながらなんとか間合いを取ろうとするも相手は間合いを取らせまいと近付いてくる。
「いい加減食らいやがれ!一発でラクにさせてやるからよぉ!」
「お生憎様!醒徒会がそうそう簡単にやられるわけにいかないってね!」
懸命に避け続ける紫穏だったが段々と相手の攻撃が掠めるようになっていく。
そして後退し続けていた紫穏が木の根に足を取られてついにバランスを崩す。
もちろん相手もその隙を見逃さず胴体を狙って高速の蹴りを放つ。
「もらった……なに?!」
勝利を確信した声が手ごたえの無さから疑問の声へと変わる。
その瞬間、蹴りを避けた紫穏は青白い光に包まれ、相手の両肩に乗り、その頭部を足で挟み込み、勢いをつけて宙を舞い地面へと叩きつける――!!
ズドンという音とともにリーダーが動かなくなり、紫穏の体を包んでる光も消える。
「ごめんね、アタシの能力は持ってるものじゃなくてゲームっぽい言い方になるけど装備してる物に効くんだ。
だから素手のときならアタシの五体がそのまま武器になる。
ズルいと思うかもしれないけどズルいのはお互い様ってことで。……聞こえてないか」
完全にのびているリーダーを一瞥すると、ふぅと息をつきながらあまりのことに固まってる3人のほうへと近付いてく。
「みんなも今のは内緒だよ?なんせ合体技除いたらとっておきの1つなんだから」
預けていたものを仕舞いながら唇の前に指をたて、悪戯っぽく微笑んで念を押すと先頭に立って森の外へと向かっていった。

――PM4:20――

「いやー今日はほんと巻き込んじゃってごめんねー本当なら気をつけなくちゃいけなかったんだけど……」
「ははは、まぁある意味貴重な体験ができたからいいさ」
「全くですね」
「というか加賀杜先輩の強さに驚いたんですけど……」
「まぁねー醒徒会はダテじゃないってことで」
強いのは当然、といった様子で答える紫穏。その様子を見ていた後輩Bにその背負ってる荷物について一つ疑問が沸き起こり、それは思わず口をついて出ていた。
「クーラーボックスは魚を入れる、ロッドケースの一つは釣竿入れ。ならそのもう一つのロッドケースって何が入ってるんですか?」
「あ、それは俺も気になった。小物入れのほうも船の上で先輩が質問したときに秘密にしてたし」
「お前ら、本人が答えたくないものは無理に答えさせようとするなって」
「いいよいいよ、変なこと巻き込んじゃったお詫びといっちゃなんだけど、これの中身ぐらいなら……ほら」
ロッドケースのジッパーをあけると中に入っていたのは木刀、棍、トンファーといった手持ち武器だった。
小物入れのほうも中身を見せてもらうと先ほど使っていたかんしゃく玉やねずみ花火やロケット花火、ついでに工具の類もいくつか入っている。
「学園に居る以上、いつラルヴァ退治に借り出されるかもわかんないしねーこれくらいは常の備えってやつ?」
「はいはい、お前らそろそろ戻って編集作業するぞ。それじゃあな加賀杜、今日はありがとうな」
「加賀杜先輩、お疲れ様でした!」
「今日は本当にありがとうございました!」
改めて今日の礼を言う。取材に付き合ってくれてというのもあるが、自分たちがさらわれた時点で無視して逃げ出すという手段だって取れたのにそれをしないで助けに来てくれたことも含めての礼なのだろう。
「こっちも楽しかったよーまたねー」
そんな3人の心情を知ってか知らずか、紫穏は笑顔手を振りながら声を返した。そして結局3人の姿が見えなくなるまでずっと手を振って

いたのだった。

――PM4:30――

自分の部屋に戻ってきた紫穏は荷物を降ろすとボスンとベッドに飛び込む。
「今日は中々いい日だったなぁ。退屈することも無かったし、大きな魚も釣れたし……」
ゴロゴローと転がりながら何気なく口に出した大きな魚という単語から紫穏にとって一つのいいアイデアがピンと閃き、
ついでに枕元においてあった学生端末のメール機能からアドレスを6人分選び少し長めの文章を打つと一斉に送信した。

――PM4:35――

不意に学生端末から着信音が鳴り出す。画面を見るとメールの着信が入っている。
何事かと思いながらメールを読み込みその内容を確認すると準備を始めたのだった。

――――――――
送信者:加賀杜紫穏
件名:書記からのお知らせ
本文:大きな魚を釣ったので皆でお鍋を食べよう!
各自で材料を好きにいくつか選んでから一番広そうな金ちゃんの寮に集合!ってことで!
――――――――



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最終更新:2009年08月02日 18:57
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