【熱中少女、或いは少年】


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  熱中少女、或いは少年
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「暑っ」
 口にしてしまうと体感的に二、三度上昇した気がする。唐橋《からはし》悠斗《ゆうと》はシャツの襟元を引っ張ってバタバタ煽いでいるが、返ってくるの熱風ばかり。海陸風はなんだかベタベタするし、穏やかな波は目を焼かんばかりにギラギラと光っている。
「やるだけ無駄だが、止めたらもっと悲惨なことになってしまうなこれは」灼熱の無間地獄に片足を突っ込んでしまった悠斗は、うだるように言った。
「……暑い暑いと言ってるから、余計暑くなるのですわ」
 二こ下の中三女子、若殿みたいな髪型の那由多《なゆた》由良《ゆら》は顔も向けずに言い捨てた。汗はかいてないようだが、その冷めた目に力はあまりこもっていない。
「頼むから暑い暑い連呼しないでくれ。うおお俺もか……クソっ……」
「ぐえー、リーネちゃんも超暑いですー……ずず」
 悠斗の隣でベンチに座り込んでいる少女も、七ラウンドくらい戦い続けたボクサーのように汗だくになりながら、ジュース片手に悠斗に同意する。小学生くらいの見た目で、おかっぱ頭を現代風にすっきり可愛くしたような子だ。というかこの子は誰だろう。
「アパートはお二階さんが水漏れやらかしてエアコンがダイレクトに故障だわ、ちょっと日焼けしようと思って軽い気持ちで徒歩で図書館に行けば書庫整理で休館。おまけに島の循環バスはいつまで経っても来ない」
 悠斗はひとり愚痴る。これらとは別に、馴染みの喫茶店に行くというフレッシュかつ有意義な選択肢が存在しているのだが、現在は色々と複雑な事情により選択不可となっている。
「大体、あなたがこっちのほうが寮に帰るには速いからと言うからついてきたのに、バスはいつ来ますの……」
 道路の白線の真ん中で、彼方を見やりながら由良が言う。
「各駅停車ほぼなしでずず、居住地区へ直行するのはここが一番なんですよー。ずずず、おかしいなーいつもなら十分くらい余裕で遅れてくるのに」
 ずびー、と紙カップのジュースをストローで吸う。いい加減、飲むか喋るかどっちかにしてほしい。
「十分前って……学園から出たときには既に出てたってことじゃないですか。甘言に耳を傾けたのが間違いでしたわ、無理しなくても学園前のバス停から乗れば良かったですわ……」
 悠斗も隣の現代おかっぱ少女と同じ算段だったとは言えない。なのでしばらく黙ってやり過ごし、完全にその話題から離れたのを確認してから言った。
「ちなみに次のバスは三十分後、だ。お前も意地張ってクソ暑い道路に突っ立ってないで、こっちの日陰に来いよ」
「日陰って……あなたたち二人の間に入れと言うのですか? そんな小さい屋根にぽつんと出来た小さい陰で? 余計暑苦しいですわ……」
 由良が言うとおり、太陽は真上から照らすというか直火で炙《あぶ》り焼きのレベルで、ビッカァ!! と真上から最大出力で紫外線の塊を投げつけてくる。水平線の向こう、東京都あたりには肉厚の羽毛布団みたいな入道雲が立ち昇っているが、学園島はというと雲ひとつない。白々しいくらい爽やかな蒼天が広がっている。
「でも那由多さんも無理しないほうがいいですよー? どんな元気な人でも熱中症で倒れて突然死、なんてザラなんですから」
 紙カップはまだ氷が残っているらしく、汗をかいている側面を額や頬に当てながらおかっぱ少女は由良を呼ぶ。
 アスファルトから陽炎が立ち、数メートルしか離れていない由良の姿もブレて見える。
「というかお前、今めちゃくちゃ揺れてるぞ。ホントに大丈夫か?」 
「私《わたくし》は由良ですわ……ユレではないですわ……」
「完全に意識|朦朧《もうろう》としてるじゃねーか! おかっぱ頭の、ちょっと手伝ってくれ」
「リーネちゃんですー! これはおかっぱじゃなくてボブ!!」
 へぇボブってお前男だったのか、と暑さでイカれかけている反応を示そうとする口を閉じながら、それを無視して立ちあがった悠斗に続いてリーネがベンチから飛び降りる。
「とにかく、引っ張ってでも那由多を日陰に座らせる」
「男らしい発言と裏腹に前進がすごい牛歩戦術なんですけど。はっ! まさか那由多さんが倒れそうになったところを華麗にキャッチして、不可抗力で手が怪しげな部位に吸い寄せられてしまうラッキースケベな展開待ちですかー!? 外道ー!!」
「クソッ! どうあっても俺を日陰から出したいのか!! お前もなんだかんだで一歩も陰から出てねーだろ!! よし分かった、初めの第一歩からだ。いくぞせーので同時にって何もう座り込んでんだオイ!!」
「……暑い、ですわ」
 ぎゃあぎゃあと喚き散らしている二人の前で、ふらっと由良が崩れていく。
「言ってるそばから――ッ!!」
 悠斗は後ろに頭から倒れ込もうとする由良の腕を寸でのところで掴み、自分のほうへ引き寄せる。だが、片足で突っ張るような姿勢でそれをしたので、不安定な体勢に女の子一人分の体重が一気に寄りかかった。
(前にもこんなことあったけど、あれはもっと色っぽいシチュエーションだったな)などと思い返しながら、
 どすん、と支えきれず悠斗は由良を抱えたまま背中からアスファルトの道路に直撃する。一応、悠斗がクッションの役目を果たしたので由良に怪我はない。ほっとしたのも束の間、じわーとかじゅうとか水分を一瞬で振り払うような音が背中から沸きたつ。
「ここで狙ったようにマンホールの蓋の上ぇぇぇぇええええ!?」
 悠斗はもちろん半袖の夏服なので、マンホールの上に投げ出された肘から先が盛大に根性焼きに晒される。
「先輩ナイスです! その犠牲は無駄にはしませんっ!」
 ぎゃああああああ、とリーネは犠牲になり続けている悠斗の上から由良をずるずると引っ張り、うんしょとベンチに乗せる。上半身を持ち上げ、足を揃えるようにして由良の体をベンチの日陰に納めていく。
 そのあいだに何とか正気を取り戻した悠斗は、学園で習った救護マニュアルから熱中症の処置を思い出す。
 靴を脱がせた足を心臓より高くあげ、隣でおろおろと迷っていたリーネに伝える。
「リーネっつたか。さっき飲んでたジュースの氷まだ残ってるか?」
 頷いたリーネは、ベンチの下に置いてたストロー付きの紙カップの蓋を外し、いくばくかの氷を手に乗せる。
「首か脇の下か脚の付け根。首だ、その氷を直接首にあてて冷やすんだ。あと、軽くでいいから頬を叩いて、意識があるか声かけて確かめろ」
 言ってから、悠斗は由良の靴下を剥ぎ取る。
「な、那由多さーん? 大丈夫ですかー? どぅわは!! 先輩なにこの非常時に服脱がせて襲いかかろうとしてるんですか!!」
「非常時だからやってんだよッ! いや、別に脱がせることが目的じゃなくて、確かにそれが必要なんだが、待て待て待て両手で庇うように体を隠すな!! 違うそうじゃない! なるべく体の換気を良くするために衣服を緩めるのは正しい処置なんだよ!!」
 だったらお前代われ! と今度はリーネが由良のブラウスのボタンを手際良く外していく。悠斗は顔を逸らしながら、リーネの代わりに氷を由良の首筋にあてる。
「んんっ、う……ん」
 快眠から揺り起こされた寝起きのような、ちょっと悩ましく呻《うめ》く由良の声に、場合が場合であれば健全な男子高校生として緊張しそうだが、とりあえず悠斗は安堵する。
「うぉほー、これは意外となかなか……」
「オイコラそこのオヤジ臭いやつ。お前どこまで緩めてんだ」
 抱きつくように由良の背中に手を回したリーネがごそごそと手を動かすと、由良の胸のあたりがふわっと浮いた。
「暑い……ですわ……」
 うわ言みたいに呟く由良にはっと顔を向けると、悠斗があてていた氷はすでに溶けている。
「まだなんか冷やすものないのか?」
「あれだけですよ! それに、この辺りは自販機なんてないですー!!」
 学園までの距離は十分ある。そのあいだに一つくらい自販機は建ってあるだろうが、この炎天下で熱中症とおぼしき人間を動かすのは良い判断ではない。
「体を冷やすもの……」
 自分も熱に浮かされてるせいか、思考が正常に回ってくれない。第三者的に見れば、この場にいる悠斗とリーネの持つ異能力では由良を助ける術はない。
(何か――)
 最大《ベスト》ではなく最良《ベター》。自分の能力が役に立たないから、一般人にできる範囲での最良の判断ができるように、行動できるように、悠斗は|あの《ヽヽ》失敗から学んだのだ。
「先輩! ありました! ありましたよー!!」
 突然、リーネが声をあげた。何度もそこを指差し、悠斗もそれにならって彼女の指先の向こうを見つめた――

「「せーの」」

 ザッバァァァアアアン!! と盛大な水柱を噴き出しながら、白波がそれをさらっていく。
「知恵の勝利ですー! リーネちゃん超知略!!」
「お前やるなァ! 完璧だ!! ははっ!」
 防波堤に立つ二人の少年少女は、一人の友人を海に投げ落とし、暑さで色んなもの(具体的に言えば倫理観や道徳心)が吹っ切れたように握手を交わしながら、お互いを讃えあう。
「氷なんていらなかったですギミュ――」
「全身そのまま海につければいいもんなぬおおお――」
 うふふあははーと笑い合う二人の足首に、にゅるんと黒い縄が巻きつきぶくぶくと沈めてしまった。入れ替わりに、ざぶんと一人の少女が浮きあがった。ブラウスは大きく開き、片手には青系のブラを持って、那由多由良は防波堤をよじ登る。
 もう片方の手には黒い糸束のような誰かの髪の毛、海中で偶然拾った由良は、それに彼女の異能力である|引き寄せる力《レコンキスタ》を纏わせ続けている。
 ずぶ濡れの髪が顔に貼りついてその表情は見えないが、ぶるぶると震えながら由良は言った。
「テメェらは……その茹で上がった頭をしばらく冷やすべきですわ……」


     -終わった-


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