【猫髭博士と怖い噂 一怪目「お化け」】


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  「お化け」


 ここは呪われている。
 どこに逃げても、どこへ行ってもお化けばかりだ。
 真っ暗な森の中に青白い炎を放つ人魂が飛び交い、反対の茂みにはろくろ首が文字通り首を長くしてぼくという獲物が来るのを待ち構えている。
「でろでろば~!」
 と、道の向こうでは一つ目小僧が大きな声を上げて踊っている。
 僧衣を身につけたその一つ目小僧は大きな口から真っ赤な舌を出し、まるでぼくを馬鹿にしているかのように、その一つ目を器用に使いあっかんべーをしている。
 その不気味なお化けたちから逃げるように、ぼくはただこの闇の迷宮を走り抜ける。
 この森はいったいどこなんだ。
 空を見上げても星が見えないほどに真っ暗で、辺りからは生物の気配がしない。
 虫も、鳥も、ネズミ一匹いない。
 ここは死の森だ。お化けが支配する死の森なんだ。
 白い霧が辺りに立ち込め、背筋が凍るような冷気が足を抜ける。
 怖い。早くここから出たい。
 一心不乱にぼくはただひたすら走るが、その方向が正しいのかわからない。この死の森に出口はあるのだろうか。一体僕はいつからここにいるのだろう。もうずいぶん長い間この死の森に閉じ込められている気がする。
 誰か助けてくれ。
 気が狂いそうだ。
 狂ってしまいそうだ。
 その時、ぼくの顔にひんやりとした、柔らかな物が当たった。それはぬめってしており、ぼくの顔を濡らす。
 この感触はきっと大きな怪物の舌べロだ。唾液が飛び散り、不快な感触のせいで、体中に鳥肌が立つ。
「う~ら~め~し~や~」
 そしてその直後、女の生首がそう叫びながら空を飛び、ぼくのほうに向かってきた。
「ひゃあ!」
 ぼくは思わず悲鳴をあげて腕で顔を防ぐ。
 だけど生首の声は後ろに遠ざかり、どうやら通り過ぎて行ったようであった。
 ぼくは安堵のため息を漏らすが、同時にお化けに対する嫌悪感がふつふつと湧く。お化けたちはぼくを脅して楽しんでいるんだ。そして、衰弱しきったところを食べに襲ってくるのだろう。
 ぼくは知らないうちに涙を流していた。
 必死に何度もシャツで拭うけど、それでも涙は止まらない。
 もうお家に帰りたい。
 パパとママに会いたい。
 こんな怖い思いは嫌だ。
 もう何も見たくない。そう目を瞑りながら走っていると、ぼくは何かに足を蹴躓き、思い切りすっ転んでしまった。
 痛い。倒れた時に膝と腕を打ってしまったみたいで、もう歩けそうにない。
 ジンジンと膝が痛み、立ち上がるのがやっとだった。
 無理だ。ぼくはここで死ぬんだ。お化けたちに殺されてしまうんだ。
 そう思っていると、ふとぼくの肩を誰かが叩いた。
 びっくりして思わず飛びあがってしまう。誰だ、一体誰が!
 ゆっくりと目を後ろに向けると、そこには今まで見たことも無いような、恐ろしいお化けが立っていた。
 まるで大昔の人のような、灰色の着物と袴姿で、男の人のようなのに髪の毛が異様に長い。その髪は顔を隠しているけど、不気味でぎょろっとした左目だけが覗いていて、ぼくを睨みつけている。そして黒い口紅を塗ったような唇をにいっと歪ませながら笑った。
 お化けが歩くたびに髪が揺れる。カランコロンと、下駄の音を鳴らしながらこちらに向かってくる。
 その着物姿のお化けは他のお化けとは雰囲気が違った。ゆらりゆらりとゆっくりと無言でぼくのほうに近づいてくるのだ。
 きっとこれはこの場所で死んだ怨霊なのだ。
 怨霊はすっと手を伸ばしてくる。その手も人間とは思えぬほどに白い。
 ぼくを捕まえて食べるつもりだ。
 動け、動けぼくの足!
 逃げなきゃ死ぬ! 走るんだ!
 ぼくは自分の身体に鞭を打ち、必死で駆けだした。
 後ろからはあの怨霊が追いかけてくる。
 絶対ぼくは生きて帰るんだ。パパとママが待っている家に帰るんだ!
 しばらく無心で走っていると、少し先のほうに光が見えた。ぼくはそこに向かって全速力で走る。
 あれはきっと森の出口だ。
 ふっと振り返るとあの着物姿のお化けが立ち止まってそれを見ていた。気のせいか、にこりと笑ったような気がする。
 それを無視し、ぼくは死の森と光の境界線を飛び越える。
 そして、ぼくの身体は光に包まれていく――――







 ※ ※ ※ ※ ※





「ありがとうございました猫髭《ねこひげ》博士」
 暑苦しい一つ目小僧の被り物をはずし、園長は汗だくになりながらそう言った。
 彼の目の前には着物に袴姿の若い男が立っていた。顔は青白く、その顔が隠れるくらいに不気味に長い髪が印象的だ。
「いいえ。これであの子供の霊が成仏出来たのなら、それは私にとっても嬉しいことです」
 そう言う着物の男は双葉学園の大学部で学者をしている猫髭京一郎《きょういちろう》であった。
 ラルヴァと異能の研究に通じる彼は、こうして|お化け屋敷《、、、、、》にやってきていた。
 猫髭はふっと後ろにあるお化け屋敷を振り返る。そこには『超怖い! ギネス認定のお化け屋敷。恐怖の森!!』という陳腐な看板が掲げられている。その従業員出口から、次々とろくろ首の仮装をしたアルバイトの女の子や、濡れたこんにゃくを釣りざおに垂らしている男性、黒い服を着て生首のふりをしている女性などのお化けを格好をした従業員が出てきた。みな一仕事終えたと、清々しい表情だ。
 ここは某有名な遊園地で、その一角にこのお化け屋敷は存在した。
 ここの歴史は古い。
 かれこれ十年前、いじめられっこの男の子が、度胸試しを強要されてこのお化け屋敷に入場した。
 極度の怖がりだった彼はこのお化け屋敷の中で心臓麻痺で亡くなったという。
 それから様々な問題があったものの、このお化け屋敷は取り壊されず営業を続けていた。だがそれ以来奇妙な噂が流れ始めたのだ。『このお化け屋敷の中には本物の幽霊がいる』。その噂は本当で、少年の霊は、その十年もの間この恐ろしいお化け屋敷の中をずっとさまよっていた。
 その噂を聞いて駆けつけた猫髭は従業員の力を借りて、恐怖心を乗り越える“勇気”絞り出させ、彼を“出口”へと誘導したのであった。
 そしてこのお化け屋敷と言う迷宮から出ることができた男の子の霊は、無事に成仏することができたようである。
「我々としてもあの子供が可哀想でね。それに本物の幽霊がいたんじゃわしらの仕事がなくなってしまいますからね。ははははは」
 と園長は笑った。
 そしてふと園長は猫髭の姿をじっと見る。
「どうしました?」
「いやあ。博士の仮装は気合い入ってますね。大正時代の幽霊か何かですか? その白い顔も髪の毛も迫力満点ですな。特殊メイクみたいなもんですかね。子供が見たらトラウマになりますよ。ははははは!」
「…………私のこれは普段着です。それにメイクもしていません」
 子供の霊が自分を見て一番怖がっていたのを思い出し、猫髭はちょっと傷ついた。


 オワリ





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