【Romantic Quixote 前】


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【Romantic Quixote】


2年Q組、その派手な人材を欠いたクラス編成から無能組、普通科連隊などと呼ばれるクラスである。だが、俺、牧野徹(まきのとおる)はそんな地味な自分のクラスが気に入っていた。
地味ではあるが、それゆえにのんびりとした空気、今のところ特に対立のない人間関係、そして何よりも大切な親友である根本宗太郎(ねもとそうたろう)の存在、不満を覚えることはなかった。俺にとってはさしずめ滋味のあるクラスといった感じなのだ。

6月8日 双葉学園 2-Q教室
その日、俺は部活がなかったにも関わらず、放課後もクラスに残っていた。明日までになんとかしなければならない、英語の宿題があったのだ。
メンバーは俺と根本、そして最近、一緒に行動することが多くなった佐竹義冬(さたけよしふゆ)の3人である。佐竹は「この世と共にあるこの世ならざる世を見る目」という異能を持ち、簡単に言えば幽霊や神様の類を見ることの出来る異能者であった。疲れた目とその下のひどいクマは、その異能故のものと言われている。時折、妖怪や幽霊が眠っていている佐竹を覗き込んできたり、話しかけてきたりするため、安眠とは程遠い夜を過ごしているらしかった。
宿題は放課後すぐに始めたのだが、根本は途中で所用があるからと抜け出し、依然帰ってきていなかった。
「なあ、佐竹、問3のとこだけどよ、これって? I were you, I would resin from the company.でいいの?」
問3は指定された単語のうち、いくつかを組み合わせて「もし、僕が君ならば、会社をやめるな」という文章にせよ、というものであった。幸いなことに、このメンツの中では佐竹が一番成績がいいので、根本が欠けても宿題の進行には影響はなかった。
「あー、それはifを使わない仮定法ですよ。あと、resinじゃなくてresignです。」
「おれの答えで何か問題あるのか?」
俺は少しイラッとした。間違えているのなら、もったいぶらずにさっさと教えて欲しかった。
「……そうにらまないでください、牧野さん。そのぱっちりおめめで睨まれたら、思わず財布出しそうですよ」
佐竹がため息をつく。そこまで言わなくても……と俺は思った。俺を見ただけで小中学生が逃げ出したことなんて、半月に1回あるかないかだ。
「If I were you, I would...なら正解ですが、この場合、ifが省略される仮定法なので、疑問文と同じ語順にしてください。つまり、Were I you, I would resign from the company.になります」
佐竹が自分の答案を見せながら説明する。俺がそれを覗き込もうとすると、リーゼントの先端が机の脇に置かれた佐竹の文房具を叩き落していった。一時期、皮膚炎の治療のため(蜃討伐のために、阿呆みたいな量のポマードとヘアスプレーを使用したことが原因だった)、短髪にしていたのだが、治療後、リーゼントは往事の栄光を回復しつつあった。
「お? その下の問4は俺と同じ答えじゃん、佐竹やるじゃーん!」
せっかくなので、唯一、独力で説いた問題のところだけ自慢してみせた。全くの無能と思われるのは(誰もそんなこと言っていないにしろ)面白くない。
「……そーですか……」
「ちっ、んだよ、その反応!」
俺は佐竹が嫌いなわけではなかったが、会話のキャッチボールは、やはり根本が一番であった。佐竹では、何気ない会話もどこか滑らかさを欠いてしまうのである。
「ねも、何やってんだか……もう宿題終わっちまいそーだぜ?」
どこからか迷い込んでいたトンボがリーゼントにとまる。とりあえず集まること=だべる、と考えている俺にとっては、マブダチを欠いた会合、それも勉強会というのは退屈なものであった。
「よおっ! 悪ぃー悪ぃー、遅くなっちまった!」
根本が上機嫌でQ組の教室に入ってきたのは、ちょうどそのときであった。
「おう、もう終わっちまうぞこっちは。ねも、お前どこ行ってたんだよ?」
何気ない問いかけに返ってきた答えは意外なものであった。
「ん、ああ~、ちょっと女の子とお茶会やってた。」
「なにぃっ!!」
佐竹は答案に目をやりながらも、その耳がぴくりと動いたように見えた。
俺は根本の腕を引っつかみ、椅子へと無理矢理座らせた。逃げられないように背中をしっかりと押さえつける。
「そいつぁ、素敵だ……詳しい話を聞こうじゃないか!」
「どなたとお茶をされていたのですか?」
いつになく、佐竹も積極的だった。根本はあっという間に包囲される形となった。宿題のことは誰の意識にも残っていなかった。
「ちょ、おい、バンブー、なんでお前までそんなマジなんだよ!?」
「そのあだ名、認めた覚えはありませんよ。で、そんなことよりも、ゲロってください。」
目をいつになく見開いて根本をガン見する佐竹は、そのひどいクマと相まっていつになく迫力があった。根本がその迫力に負けたのか、あっさりと口を割る。
「べ、別に変なことしてたわけじゃないんだぜ? 千ヶ崎とお茶飲んでたんだよ、ちょっと趣味があってさ……」
千ヶ崎とは、千ヶ崎寛子(ちがさきひろこ)、Q組の男子に憧れの女子は誰か(クラス内限定)、と聞けば高確率で名前が挙がるであろう女子の一人であった。やや丸みを帯びた顔に、セミロングの綺麗な髪をした、美人というよりは、表情が可愛いと言った方が似合うタイプである。性格やクラス内でのポジションはいわゆる優等生タイプのそれであり、誰にでも笑顔で接する親しみやすい女子であった。
根本は、千ヶ崎に、彼女の好きなビジュアル系音楽バンドである「兀突骨(ごつとつこつ)」のファーストアルバム「南蛮炎上~Burning Barbarian」を貸す約束をしたとのことだった。「兀突骨」は最近3作目となるアルバム「臥龍飛翔~The Trap of Kongming」で成功を収めたバンドであり、そのファースト、セカンドアルバムは発売数が少なく、新規ファンの間では高値で取引されているとも言われていた。
根本はまだ中学生の頃、中古屋でそれを250円で入手しており、たまたま千ヶ崎がそのCDを探していることを聞き、貸してあげることにしたらしい。要するにちゃっかりポイントを稼いだつもりなのだ。
「で、CD渡すのに生物教室行ったんだ。千ヶ崎さん、生物部だからさ。そしたらお茶ご馳走してくれて、いや、ほんと、美味しいお茶だったんだ! いろいろ喋ってたらこんな時間になっちまったってわけよ。悪いな」
普段、うまい棒とか安くて濃い味の菓子ばかり食っているこいつは、お茶の味とか分かるような舌をしていただろうか?
「で、どんなことを話したんですか? 詳しく」
佐竹が胸ポケットからすかさずICレコーダーを取り出した。だが、ICレコーダーはあえなく、根本に取り上げられた。
「お、お前! なんでこんなもん持ってんだよ! 別に大したこと話してねーよ!」
「根本さんは千ヶ崎さんのことが好きなんですか?」
佐竹の目がキラリと光った。顔に似合わず、こういう話は大好きなクチらしい。
「ちょ、いや、お前らちょっと待てよ! 別に俺は好きとは言ってないだろ。ただ、いろいろ話してると、結構楽しいな、って感じがしてよ……」
「せつなさが炸裂したんですね?」
佐竹は食い下がった。濃いクマの底の目は爛々と輝いている。
「お、お前様子おかしいぞ、このバンブー! ちげーって、そういうのとはちげーって言ってんだろ!」
「そんなあだ名を認めた覚えはないですよ!」
しつこい佐竹に対して、いささかむっとしたらしい根本はムキになって反論した。要するにどっぷり片思い中らしい。
「何、ムキになってんだよ、ねも。お前らしくねーぜ」
俺は根本の肩に手を回した。
「俺とお前の仲じゃねーか、お前が恋したいって言うなら、いくらでも手伝ってやるからよ。そう、カリカリすんなって!」
根本が意外そうというか、びっくりしたような顔を向ける。
「どうした、ねも?」
根本は元々ハンサムというほどの顔は持っていないが(鼻がしっかり筋通っていればハンサムだった……かも、と評されたことはある)、ひねたところのない、いい顔をしているやつだった。きっと幸せな家庭で育ったからだろう、早くに壊れちまった家庭で育った俺にはしたくてもできない顔だった。
「いや、ちょっと意外に思っただけだ。お前のことだから、あーそうかいって頑張れよって感じで関心示さんと思ってたわ」
「ふん、何言ってんだよ。俺は正直言って、普段のらりくらりとしてばかりいるお前が、恋愛とかに夢中になっている姿、見てみたいぜ。マジならよ、頑張ってみろよ」
「そうか、ああ、うん、ありがとう」
どうやらマジなようだ。応援すると言っておいてなんだが、意外だった。ここまでストレートに感情を出している根本は久しぶりに見た気がした。
「やっぱり、根本さんは、彼女のことを、愛して……」
「うるせーよ、バンブー!」
ちゃかそうとする佐竹に根本がクロスチョップをお見舞いする。恋愛は結構だが、俺には気になることもあった。
「ねも、お前、洋モノ愛好家じゃなかったっけ? 千ヶ崎、可愛いとは思うが、思いっきり日本人って感じの顔だぜ、あれ?」
俺の記憶が正しければ、根本は元々、東欧あたりの美少女に並々ならぬ関心を持っていたはずだった。なお、俺の趣味はお姉ちゃん、佐竹は京美人であり、3人でどれが一番素晴らしいかについて朝4時まで激論を交わしたものだった。
「ち、しゅ、趣味と現実はまた別だよ馬鹿野郎、うちのクラスに異国のお姫様みたいなのが何人もいたら、話は別だったかもしれねーけどな……おい、頼むから千ヶ崎さんの耳に入りそうなところで余計なこと言わないでくれよ!」
「余計とは、一体どんなことでしょうか? 具体的かつ大きな声でお願いできますかね?」
また、佐竹が余計な口をはさむ。コイツは他人の恋路をからかうのが大好きなのだろうか? 俺は佐竹にデコピンをくらわせた。
「あたっ!?」
「やめろ佐竹、ねも、マジなんだぜ? マジなやつのことをからかうもんじゃないぜ?」
佐竹が、調子が狂う、とでも言いたそうな顔を見せた。普段、俺のちゃらちゃらしている姿ばっかり見ているので、少々意外な発言として受け止められたのかもしれない。
だが、せっかく、享楽的、というよりは適当に人生を過ごす、それ自体をモットーみたいにしていた根本がやる気を出したのだ。マブダチとして、応援してやるのが筋、というものだろう。
「で、具体的にこれからどーすんだよ? デートにでも誘うんか?」
「ん~、千ヶ崎さんとは音楽の趣味が似てるとこあっから、まずはここで話してお近づきになってくさ。その後は……まあ選択肢が出るまで様子見ながらやってくよ」
そこで佐竹がまた、要らぬ口を挟んだ。
「高度に柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対応することになるんですね?」
「あああ~っ! うるせーよ、お前、このバンブー! そのセリフなんか良くないフラグの臭いがするぞ!」
そう言って大騒ぎする根本の顔は、いつになく楽しそうだった。そして、根本の宿題が真っ白なことなど、もはや誰も気にしていなかった。


6月15日 双葉学園 カフェテリア
それからというもの、根本はチャンスを見つけては、せっせと千ヶ崎と話し込んでいるようだった。
あまり女性の扱いに慣れた男ではなかったはずだが、千ヶ崎の周囲にもそれなりに顔を利かせ、うまいことやっているらしい。思っていたよりもずっと積極的な男なのかもしれないが、少々浮ついているようにも見えた。
その日、俺と根本、佐竹の3人で駅前のカラオケに行く約束をしていた。部活をうまいこと早めに切り上げて、カフェテリアで佐竹と落ち合った。コーラを買って、席につく。
「どーも、お待ちしていましたよ、牧野さん。」
待っている間、得意の甘いもの中毒を発揮しながら読書に興じていたらしく、佐竹の前には一杯のコーヒーと、見てるこちらが気持ち悪くなりそうなくらいの甘味があった。
「ねもは?」
「? 10分前に、牧野さんとわたし宛てに同時送信でメールが来たはずですよ? 所用ができて少し遅れると言ってました。多分、千ヶ崎さん関係でしょう」
俺は携帯を求めてポケットを探った。
「あれ? そういや、俺、携帯どこやった!?」
即座に鞄の中も探したが見つからない。いつもなら必ずズボン右のポケットに入れているはずなのだが。
「……牧野さん、鳥の巣にいますよ、携帯……」
「なに!?」
鞄を覗き込む姿勢から、急に佐竹の方を向いたため、リーゼント先端が卓上を滑り、佐竹の前にあったシュークリームを跳ね飛ばしてしまった。一瞬、佐竹が本当に悲しそうな顔を見せる。
「鳥の巣ってなんだよ?……」
そこまで言ってふと気がついた。これからの季節、ズボンのポケットの財布や携帯を突っ込むと汗まみれになって不快な思いをする。そこで、それを避けるために頑丈なリーゼントに埋め込むようにしまいこんでいたのだ。
俺はリーゼントを手探りで撫で回すようにし、そこから携帯を取り出した。
「いやー、最近の携帯は薄くてわかんねーわ……なくしちまいそうであぶねーな!」
携帯はバイブレーションONにしてあったものの、歩いているときなどは気がつかないものなのだ。
「……で、根本さんのことですが、大丈夫ですかね? 浮ついているというか、のめり込んでいるというか、なんだか危なっかしく感じます」
佐竹がリーゼントによって吹っ飛ばされたシュークリームをふーふー吹きながらつぶやいた。
「そうだな~……」
根本が千ヶ崎に夢中になっているのは、佐竹に言われなくても感づいていた。一部では噂にもなっているらしい。
そして、根本が千ヶ崎に夢中になるのと反比例するかのように、俺らとの交流の時間は削られていった。
よく恋人ができると友人との付き合いが疎かになるというが、根本もそうなるのだろうか? あまり考えたくないことだった。
「根本さんは、佐久間先生のところへも良く行っているようですよ」
「でこ子爵んとこ? なんで?」
でこ子爵とは、生物教師にして2-Qの担任、佐久間盛寛(さくまもりひろ)のあだ名である。その名はナイスおでこ、高価そうなスーツとそれに釣り合わない微妙な貧相さから来ていた。
「佐久間先生、紅茶が好きじゃないですか? で、千ヶ崎さんも紅茶、お好きですね、いろいろ教えてもらってるようですよ、品種というか銘柄というか、そういうのを。」
佐竹の前に密集陣形で配置されていたはずの各種甘味はいつの間にかなくなっていた。
「それに、佐久間先生は千ヶ崎さんの部活、生物部の顧問です。そこまで根本さんが気を回しているかどうかは分かりませんが、顔を効かせようとしているおつもりかもしれませんね」
「一生懸命じゃぁん……」
俺は少々呆れ返ってしまった。ついでに反り返るようにして、背もたれに体重を預ける。好きな女と知己を得たからと言って、普通、そこまでするだろうか?
「恋は盲目、ですかね」
そう言って、佐竹は鞄からぼろぼろの手帳を取り出し、それを開いた。
「ところで、その千ヶ崎さんですが、気になることもあります。千ヶ崎さん、実は中学生の頃から、八方美人と言われ、親しくなったと勘違いして猛烈アタック→めっちゃ冷たくされる、のコンボを食らった男子生徒は少なくないそうです。ただ、魔性の女なんて雰囲気のする方ではないので、それなりに親しくなることは簡単でも、そこから先には非常に難しい方かと」
俺は佐竹がこんなことみっちり調べている、という意外性に目を丸くした。
「あ? おい、それって当たり前なんじゃねーの? 誰だって友達と恋人には一線を引くだろーよ」
「千ヶ崎さんの場合、最初のうちは非常に親しく接してくるので、ついそのペースでイケルと勘違いしてしまう、これが危険かと。ある程度仲良くなると、釣った魚に餌はやらないとでも言いましょうか……意識的にやってるのかどうかは知りませんが、急に冷たくなる、扱いがぞんざいになる、と言う人もいました」
「……なんでお前そんなことまで知ってんの? ストーカー?」
「まさか!」
佐竹はクマのひどい目に細めてくっくと笑った。顔色の悪さと相まってけっこう不気味だ。
「私がそんなことしなくても、そこら辺の幽霊とか妖怪に頼み込めば、ちょっとやそっとの情報、集められますよ。目と耳は使うためにあるんですからね……私のことをフーシェと呼んでくれてもいいですよ」
「誰だよ、そいつ? そんなに幽霊だの妖怪だのが、お前の頼みを聞いてくれるんなら、いっそそいつら指揮して、敵対的なラルヴァ退治すりゃいいんじゃねーの?」
「当然考慮に入れています! 中には人間に忘れ去られていくことをひどく恐れている神さまや妖怪だっているんです、同盟の組みようはあると思います。数多の妖怪を指揮下に収め、戦う……いろいろ検討を重ねているのですが、そもそも、裏の世界の面々をこちら側に呼ぶためには……」
佐竹特有の得意気で長々とした説明(それも当初話題から方向性が反れた)が始まった頃、ようやく根本が顔を出した。
「うぃーっす! 遅くなって悪ぃーな!」
早速根本を羽交い絞めにして拿捕する。
「千ヶ崎に興味持ってから付き合い悪ぃーじゃん、お前の恋愛を邪魔する気がねーが、お兄さん寂しいぞ?」
「いでででで……やめろ、ギブギブ、誰がお兄さんだよ!」
俺の羽交い絞めから、根本が必死にもがいて脱出する。
「何してたんですか? まさかナニしてたんですか? うぶっ!?」
根本の渾身の右ストレートが佐竹の頬に決まる。
「ナイスパーンチ! で、ねも、そろそろ告白したか?」
「まさか! 俺はチキンだぜ!」
威風堂々とした態度で親指を立てる。根本の顔はいつになく活き活きとしていた。
「千ヶ崎さん、紅茶好きって言うから、この間見つけた良さ気な紅茶プレゼントしたんだよ。マリアージュフレールって言うフランス紅茶、そしたら気に入ってくれてさ」
「ん? それ高い紅茶じゃ?」
佐竹が尋ねる。
「1缶2500円したわ、おかげでエスコンの新作は次の仕送りくるまでお預け!」
「2500円!? 紅茶1つに!?」
俺は危うく、コーラを噴きそうになった。2500円と言えば、俺のリーゼント用のポマード+ヘアスプレー代1週間分に相当する。よくも紅茶1つにそこまで金を使う気になれるものだ。
「で、その後、一緒に紅茶ご馳走になってきたんだ。千ヶ崎さん、紅茶入れる手つき一つから違うんだよ。美味しくてさ。」
根本の目は、まるで少女漫画のキャラのように輝いていた。プレゼント攻勢は単純かつ効果的かもしれないが、報われなければ最も哀れなアプローチではないだろうか?
「紅茶、生物室でご馳走になったんだけど、こう、夕焼けが差し込む教室で、2人だけで紅茶飲みながら会話って、なんだかエロゲみたいで……良かったよ」
例えが糞だった。
それから、3人で、「告白しないの?」→「大丈夫かな?」→「やってみろよ!」といったお決まりのパターンの恋バナをしながらカラオケへと向かった。
(貢くんにだけはなるなよ……)
俺は千ヶ崎のことをよく知っているわけではないが、心の中でそう思った。それとも、例え、利用されるだけの貢くんでも好きな女の笑顔を見れればこいつは幸せなのだろうか?


6月16日 双葉学園 2-Q教室
「根本くん、どうしよう……」
千ヶ崎がそう言って、困った顔で根本のところにやって来たのは、昼休みも半ばを過ぎた頃だった。ちょうど、俺と根本は、教室内で、歯科助手の魅力について語り合っていたところだった。ちなみに佐竹は、先日買ったと言うハイテク耳かきにはまり過ぎて外耳炎を患い、学校を休んでいた。
「はいはい? どうしたの!?」
根本は慌てて、跳ね飛ぶように椅子の上で回転し、千ヶ崎の方に向き直る。
「これ、なんとかならないかな?」
そう言って、周りに隠すようにして千ヶ崎が見せた鞄の中には、植木鉢が1つ、そしてそこには息も絶え絶えの……いや、すっかり枯れ果てた「草」があった。
「……何これ?……」
根本が訪ねる。
「植物だよ?」
根本の問いかけに対する千ヶ崎の答えは無邪気なものだった。その口調が生来のものであるにしろ、作っているものであるにしろ、根本が聞きたいのはそんな高次の分類群、要するに大雑把な話ではないだろう。
「あのね、実はね……」
千ヶ崎の話によれば、これは生物部の3年生の先輩から預かっていた観葉植物「だった」ものらしい。現在、3年生はとある小さな学会にここ数年の活動の成果「双葉島におけるセミの種類と発生状況」を発表するため、九州に滞在しており、その間の世話を後輩らが請け負うことになった。しかし、一度に世話しなければならない動植物が増えたために手が回らず、この観葉植物を放置、枯らしてしまい、困っているとのことだった。
「なんとかって言われても……これ、水かけてもダメなのかな?」
根本がいつになく真剣な顔で眉をひそめる。
「もうすっかり枯れてると思う」
「う~ん……」
千ヶ崎よりも根本の方がすっかりまいってしまっている様だった。なんとか千ヶ崎の期待に答えたいのだろうが、手段が見つからないのだろう。俺も根本も異能持ちではあるが、根本は蜂のようなものの召喚、俺はリーゼントから魂源力をチャージして撃ち出すリーゼントキャノンと、まるで植物復活とは縁のない異能だった。
「……千ヶ崎くん、知り合いに植物育てる異能の人がいるって聞いたんだけど、聞き間違いかな?」
上目づかいに千ヶ崎が尋ねる。
「……?……ああ! 慶田花か! あの女か!」
根本は合点がいった、と言わんばかりに声をあげた。慶田花碧(けだはなみどり)は、以前、蜃をリーゼントキャノンで討伐した際、射軸の安定性を確保するため、リーゼントを伸ばすのに協力してもらった異能者だ。2-Oに在籍しており、その異能は生体の成長促進である。普段は園芸部でその異能を生かしているはずだった。
「知ってるの! お願い、何とかその人に頼んでもらえないかな?」
千ヶ崎はそのやや丸みを帯びた顔にすまなそうな笑顔を浮かべ、必死に頭を下げる。
「おーけー、千ヶ崎さんに頼まれたら断れないね! やってみるよ、任せて!」
「本当! ありがとう根本くん!」
なんだか見てられないやり取りだった。根本の言動や表情が初々しく、首筋が痒くなりそうだった。
「で? いつまでに?」
千ヶ崎がばつの悪そうな顔で根本を見つめる。
「明日の朝、先輩たち帰って来ちゃうんだ」
ちょうどチャイムが鳴り、昼休みが終わりを告げた。

根本は5時限目後、わずかな休み時間に慶田花を探したが、O組は移動教室だったらしく、慶田花を捕まえることはできなかった。
本来、俺が手伝うことはないのだが、千ヶ崎が見ている前以外ならば、ダチを放っておくという選択肢は持ち合わせていなかった。
結局、慶田花に事を相談することができたのは、放課後、部室を訪ねた時だった。
「おやおや、根本くんに牧野くん、ふん! どうしたんで~? ふんっ、あたしに用ですかね?」
外も内も植物の鉢植えに溢れ、ついでに肥料の独特の臭いにも溢れた園芸部の部室に行くと、慶田花が相変わらず、鼻をふん、ふん、と不快に鳴らしながら出迎えてくれた。作業のためかその長い髪はポニーテールのように束ねられ、その額には汗の粒が浮いている。園芸部だけあって、立ち込める肥料の臭いに思わず顔をしかめた。
「ふん、ひょっとして、 また伸ばすんですか~? ふっ、その頭の海苔巻き?」
相変わらず猫背の慶田花は、こちらの顔を下から覗き込むようにして、鼻を鳴らす。慶田花の場合、その視線は上目づかいというより、下から小馬鹿にした視線で相手を穿つ、と言った感じだった。そこには、昼休みに千ヶ崎が根本に対して見せた上目づかいの、可愛げのある、あるいはぶりっこな感じの雰囲気は存在しなかった。
俺がもう少し若かったら、とりあえず2、3発はぶち込んでいたかもしれない。鉄拳かリーゼントキャノンを。
だが、蜃討伐の一件で、少しだけ、この慶田花の扱いは分かった気がする。こいつの目つきの悪さは悪意あってのものではないのだ。悪気はないが、コミュニケーション能力もない、あるいはそれをまともに発揮する気がないだけなのだ。
「いや、違うんだ。実は他のことで頼みがあってな……こいつを復活させてもらえないかな?」
そう言って根本は、あの枯れ果てた植物を見せた。慶田花が眉をひそめる。
「……どうしたんです? これ? ポインセチアですね……はんっ、根本さんに植物を育てるような趣味はないはずでしょー?」
慶田花の声は何やら不機嫌そうだった。いつも小馬鹿にしたような光しか宿していないはずのその瞳には、いつになく力強い眼光が宿っている。
「ふん、誰かに頼まれたんですかね? ふ、旧友として言っておきますがね、これ、ひどいもんですよ。ふふん、こんなになるまで放置した人が今更慌てたところでまっとうにこの植物を世話するとは思えないんですけどね、ふふんっ」
その声は明らかに怒っていた。部室内にいる他の園芸部員がこちらをちらちらと見ている。ただのコミュニケーションスキル不足の変なやつ、ぐらいにしか思っていなかったが、家が花屋のせいなのか、植物には人一倍マジな人間らしい。
「すまん、慶田花、そこを何とか頼む、この通りだ!」
根本は頭を下げて頼み込んだ。他人から頼まれたことは慶田花に感づかれていたが、根本は、千ヶ崎のことを決して話そうとはしなかった。
「ふふんっ、いや別に根本さんを怒ってるわけじゃーないんですよねー、ふん。ただ、ここまで枯らした人に、ふん、異能でなんとかしてもらえば、植物は放っておいてもだいじょーぶーとか思われるのは、普通にむかつくんですよー、ふん」
「すまん、本当にすまん!」
根本は必死だった。心からか、点数稼ぎのためか、あるいは両者の混合か、いずれにせよ、千ヶ崎の期待に答えるため慶田花に必死に頼み込んでいた。
それは普段の厄介ごとをのらりくらりとかわしてばかりいる根本には似合わない姿であった。好きになった女、それも片思いの相手のために「自分のスタイル」を崩して平気なのだろうか? 俺は、そんな根本の必死さにある種の憐憫の情と痛々しさを感じてしまった。
「頼む、お願いだ! どうか助けて欲しい!」
「ふんっ! ……人生まったりがモットーの根本くんらしくないんじゃないですか? ……でも、まあ……ふん……」
慶田花はなにやら、考え込むようなポーズを取った。だが、それはすぐに終わった。
「分かりましたよ、ふん、そこまで言うなら、しょーがないっすねー。ふふんっ」
根負けしたのか、旧友のらしからぬ姿に感情を動かされたのか、慶田花は折れた。その目には、先ほどまでの力強い眼光は失せていた。
「おお! ありがと……」
「ただし!」
根本がお礼を言おうとしたとき、慶田花はその出鼻をくじいて交換条件を持ち出してきた。
「うちの実家、花屋ってことは知ってますよね? ふんっ、実は両親が、沖縄にいる親戚からオキナワチドリって植物を阿呆みたいに仕入れてきたんですが裁ききれずに困ってるんですよ。買い取ってください。1つじゃあれですから、3鉢ほどでいかがでしょう?」
「ぶっ!」
根本は文字通り噴いた。
「か、金取るのかよ!?」
そして抗議した。
「ふ、ふふふっ! 根本くんにも是非、植物を育てて欲しいと思ってたんすよねー? いやならいいですよ、あたしは困りませんがね? ふんっ!」
根本は小さく舌打ちした。
「畜生め! いくらだ?」
「1鉢1200円、全部で3600円……サービスは……ふんっ、しませんよ?」
根本はがっくりとうなだれた。
「それでいいぞ、鬼畜め! 支払いは今日じゃなくてもいいな?」
「おい、慶田花、本気で金取るのかよ!」
さすがに居たたまれなくなって、口を出してしまった。
「ふん、牧野くん、今、学校中の花壇の整備をしてましてね、ふふん、結構異能使う機会多いんですよねー。ふん、しかも、枯らしたからなんとかしてくれ、とか花屋としてあまり好きじゃないんですよー、ふふん。これでも旧友ということで譲歩してると思ってほしーですねー、ふん」
慶田花やれやれとでも言いたげに肩をすくめてみせた。
「ところで、お前の異能って、生体を成長させることだろう? それ、大丈夫なのか?」
根本は不安そうに、褐色の植物らしきものを見つめる。
慶田花はふふん、と笑った。
「ふ、ふふん、この植物はですね、一見枯れてるように見えても幹を切って戻せばまた復活するんでー、ふん、だいじょーぶですよー。ただし、ふん、本来は数ヶ月はかかるものを1日で成長させるんでー、結構無理しなきゃーいけないんですよー、ふん、そこんとこご理解よろしくですねー、ふふん」
「分かった、よろしく頼むわ」
根本は慶田花と、明朝の受け渡しの約束を取り交わすと、園芸部の肥料臭い部室を後にした。
「これでいいのか、ねも? あんまり女の心象良くするために金使うのは、いい感じじゃねーぜ?」
俺は思い切って根本に聞いてみた。TVや漫画ばかり見ているせいか、なんだか嫌な予感しかしないのだ。
「牧野……俺が惨めに見えるかい? 好きな女の歓心を得るために必死こいてるように見えてみっともないか?」
根本は、いつものほほんとしているその顔に、なんとも言えない微妙な……自虐的とも受け取れるような表情を浮かべていた。
「俺もそう思う。少なくともそう思う時があるよ。馬鹿じゃねーの?って顔面ひっぱたきたくなるくらい」
そう言って、根本は肩をすくめて見せる。
「最初は好きなのかもーってくらいの気持ちだったんだが、打ち解けてくると嫌われるのが、いや、その他大勢に含まれるのが怖くなるって感じでさー……分かってるつもりだけどよー、やっぱりみっともないかね?」
口ではあっけらかんといった感じで話しているつもりなのだろうが、その雰囲気は明らかに怯えていた。
俺は根本の肩をぽんと軽く叩いた。
「んー、なんだかなーって思ったことがないわけじゃねーがー……ま、いいんじゃねーのー? みんないろいろ悩むもんだって、うじうじするのも恋愛のうちだろーよ、まあ、あんま気にしすぎんな」
根本の表情を見て、俺の言葉は最初とは180度逆のものになってしまっていた。
「そうか……っまあ、そんなもんだよな」
翌朝、慶田花の異能によって、無事鮮やかな発色を取り戻したポンなんとかという植物が、千ヶ崎のもとに帰還した。
「わー、ほんとに元気になってる! すごーいっ! ありがとう、根本くん!」
半分安堵、半分大喜びの表情を浮かべる千ヶ崎に、根本も嬉しそうだった。
「いやあ、俺は頼んだだけだし……」
「あ、それもそっか」
千ヶ崎の冷たい一言に根本が一瞬ぽかんとした表情を浮かべる。
「……」
「くす、冗談だよっ! そんな顔しないでよ。じゃあ、私はこれ、部室に戻してくるね? 本当にありがとう!」
千ヶ崎は心からの感謝を述べると、HRが始まる前に部室へと、鉢植えを戻しに行った。その後姿を見送る根本の表情はこの上なく満足そうだった。
「ふ、へへへへ……」
ニヤニヤが止まらなかったのか、根本は思わず笑いが声に出てしまっている。
「ち、調子のいい笑顔してやがるな、この思春期ボーゥイ?」
あんまりにもいい表情だったので、とりあえず、一発どついておく。
「いでぇ! 羨ましければお前も恋の1つや1つどーだい? 鼻はそこそこ高いんだし、そのぎょろぎょろ怖い目つきなんとかすりゃ、惚れる女子も出てくるかもしんねーぜ!」
「言ってろ!」
根本はいつになく上機嫌で饒舌だった。だが、その「いい笑顔」は長続きしなかった。元々、性格にチキンなところがあるせいか、根本は小さなことに一喜一憂し、その感情はなかなか安定しなかった。

とある日には、千ヶ崎が他のクラスの男子生徒と親しげに話していたことに根本は不安を訴えた。
「……ひょっとして、つきあってんのかな~……」
「アホか、ねも? お前は千ヶ崎がお前以外と口聞かないとでも思ってんのかよ?」
「……それもそうか……そうだよな」

佐竹もせっせと情報を収集しては根本に伝えていた。
「根本さん、今日の千ヶ崎さんの下着の色に関する情報が入手できました、いかがで……」
「おいこら、バンブー!? なんで、んなことてめぇが知ってんだよおっ!? ああああっ!?」
「いでっ! いでっ! すいません! やめて! 通りすがりのカラス天狗に聞いただけなんです!」
「いいかバンブー! 千ヶ崎さんに余計なことしたらタダじゃおかねーからな!……で、何色なんだ?」

また別の日には、千ヶ崎の宿題を手伝った礼として、部室でのお茶会に誘われた。
「あ~牧野? 今日ゲーセン行こうって約束あったけど……その~、千ヶ崎さんにお茶に誘われてしまってだな……」
「やったじゃねーか、俺のことは気にすんなよ! 牧野徹はクールに去るぜ」

だが、お茶会の約束をすっぽかされたこともあった。
「どうしたねも、今日は千ヶ崎とお茶の約束だって張り切ってたんじゃねーのか?」
「ど忘れされてた……ああああ! やっぱり俺はどうでもいい人間なんだー!」
「落ち着け! そういう日もある。そうだ、今日の夕食は、ねもの好きな爽やかな漬物用意したぜ!」
「大根? キャベツ?」
「瓜ィィィィィィィィィッ!!」



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