【Romantic Quixote 後】


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Romantic Quixote 後編

6月28日 双葉区立総合運動公園
その日はクラスマッチだった。球技大会が先月にあったというのに、こちらも球技だらけというキレたクラスマッチだった。本来ならば、もっと早い時期に行われていたはずなのだが、天候やラルヴァの動向に恵まれず、2週間ほど遅れての開催となった。
根本は、ここのところ、千ヶ崎とあまり話す機会を持てず、たまにやっていた部室でのお茶会もご無沙汰になっており、落ち込んでいた。それだけに、このクラスマッチで目立とうと張り切っていた。
「千ヶ崎さん、最近カチューシャつけるようになってさらに可愛くなったんだぜ! こりゃあ、頑張るしかないっしょ!」
クラスマッチで目立って女子の歓心を買う、というのは、あまりにも安易でご都合主義的な考えに見えるが、千ヶ崎に対して能動的に何かに誘えない、あるいはその段階ではないと考えてる根本にとっては、取れる手法は限られていたのだろう。
しかし、そんな安直な計画ですら、うまくいかないものだ。俺と根本はサッカーにエントリーしていたのだが、1回戦であっさり負けてしまった。相手にサッカー部のレギュラーと補欠、合わせて6人もいやがったのだ。
「もう……ダメだ、何やってもダメだ……死のう……早く死のう……」
根本は精も根も尽きたといった顔で、燦々と照る太陽の下、芝生の上に寝っ転がっている。そのジャージはいつになく汗と土で汚れていたが、その努力は報われなかったのだ。試合前の調子の良さは消し飛び、根本の目はすっかり死んでいる。
「しっかりしろよ、千ヶ崎に直接ダメとか言われたわけじゃねーだろ、勝手に頭ん中で死んでもしょーがねーだろ?」
「無理っす……自分、不器用ですから……」
根本は、あっさり負けたことで気落ちしていた。おまけに「最近カチューシャつけるようになってさらに可愛くなった」千ヶ崎は、俺らの試合を見に来てもくれなかった。
「おーい、根本さん、牧野さん!」
そこに佐竹がやって来た。汗をびっしょりかいている。体操服姿の佐竹は、その細い体、目の下のクマもあってひどく滑稽だった。
「どうした? お前らソフトボールだろ? 勝ったのか?」
「1回戦は突破しましたよ。」
佐竹がニコリと笑う。その足元はシューズから膝の辺りまで土で汚れていた。
「やったじゃん……おめでとう、バンブー」
根本が力なく、その勝利を祝う。
「だから、そのあだ名ないですってば! ところでですね、ソフトボール、勝ったのはいいんですが、この暑さで2人、熱射病だか熱中症だかでやられたんですよ。欠員補充です、来てくれませんか? お暇でしょ?」
「ち、暇で悪かったな!」
根本がむくりと起き上がる。
「名誉挽回だな、行こう牧野!」
さっきまでの死んだ魚のような目はどこへやら、根本の目には活気が宿っていた。
「見に来てくれるとは限らんぜ?」
「うるせー、泣き言はやるだけやってから言うさ! ほれ、次の相手はどこだ、バンブー!」
(もうこんなに活き活きしてやがる。チャンスらしきものが来ただけだってのに……)
俺は思わず苦笑した。
「Pですよ」
「Pかー……」
隣同士のせいか、何かと因縁のあるクラスであった。
「いいだろう、相手に不足はない。教育してやろう、どこが真の強者であるかを!」
根本はもう変なスイッチ入っている。
「AとかBとかCとかじゃねーの? 2年だと」
「うっさい牧野! ほれ、さっさと行くぞ!」

ソフトボール第2戦の会場には、Q組生徒の大部分が集結していた。早い話、どの種目でもさっさと負けてしまい、みんな居場所がないのだ。
「今、勝ち進んでるのって何? ソフトだけ?」
佐竹に聞いてみた。俺と根本が参加していたサッカーの会場だけ、他から離れた場所であったため、現在のQ組の状況はさっぱり分からなかった。
「女子のバレーが1回戦突破したそうです。後は全滅ですね……良かったですね、根本さん」
「ん? 何が?」
根本は佐竹が何の話を振って来たのか、理解できないようだった。
「千ヶ崎さんですよ、バレーに出場でしょう?」
「あ!」
根本が思い出した!とでも言いたげな顔をする。どうやら、千ヶ崎に応援に来てもらうことばかり気にしていて、千ヶ崎も種目に出場するということを失念していたようだ。
「そっか! バレーか! そりゃ……応援に来れねーよなー、試合中だもんなー……良かった……」
根本が安堵のため息をつく。応援に来ない=どうでもいい存在、とまた勝手に落ち込んでいたらしい。
「根本さん、バレーのがソフトより早く終わるんで、千ヶ崎さん、きっと応援に来てくれますよ。活躍、楽しみにしてますね?」
佐竹が微笑む。ひどいクマのついた目で微笑まれると結構不気味だ。
「おい! いつまでだべってる! 集合してー!」
Q組ソフトボールチームのリーダーを任されている、野球部の生徒がメンバーを集める。打順や守備位置を決めるのだ。
とりあえず、クラス一番のデb……安定感を誇る生徒をキャッチャーに、メンバーの中で一番危なっかしいのをライトに置くこととなった。ライトには飛ばないことを祈るばかりだ。
P組は気合が入っているのか、円陣を組んで声を出していた。
「P組ぃぃぃぃぃぃっ! ふぁいっ!!」
それを満足そうに見つめている、隆々たる筋肉を持った丸刈りの教師が口を開く。
「おっし、じゃあ怪我とかないようにな!」
P組の担任、堂上先生は円陣を解いたP組の面々のところへ近寄る。
「はいっ!」
「絶対勝って見せますよー!」
わいわいと騒ぎ出すP組、よくもまあ、あんなに活気があるものだ。Q組もクラスとして、それなりに仲がいい方だとは思うが、団結心があるとか、活気があるとか、そういうのではない。変なスイッチでも入らない限り、うちの空気のクラスはもっとまったりしたものだった。
「ときに、野郎ども」
堂上の口調が変わった。周囲の空気が一変した。夏日とも言える暑さにも関わらず、キリリと張り詰めたような大気と力強い沈黙が周囲を支配する。P組名物「天声仁語」の時間だ。
堂上はサングラス越しにその目を細め、居並ぶP組の生徒たちにこう告げた。
「人生は戦いだ。クラスマッチも戦いだ。和睦はない、あるのは勝利と敗北だ。だが、忘れないで欲しい。みんなが欲するのは、真にみんなに欲して欲しいのは一時の勝敗ではない。それは……」
ゆっくりと空を見上げ、拳を突き上げる。
「天」
「……先生……」
静かな感動がP組を包……んでいるみたいだ。外から冷静に見ている分には何しているのか分からなかった。
「なんだあれ? あいつら泣いてるぜ? 宗教?」
その様子を驚きもせずに平然と見つめている根本に尋ねてみた。
「向こうの先生の異能だろ、知らないのか? 」
根本はさも当然のことのように話した。俺は他のクラスの担任など、気にしたことすらなかった。根本は続ける。
「まあ、士気上げというか、団結力強化にはいいんじゃねーの? うちのクラス、仲はいいけど、団結力があるってのとはちーと違うからなー……たまに変なスイッチ入るけど」
俺はうちのクラスの担任を探した。
「それに比べてうちの担任は……」
Q組担任、でこ子爵こと佐久間先生は、運営本部のテントで冷たい紅茶を飲みながら、空を見上げていた。でこ子爵、というあだ名の由来である、でこが見事に日輪を照り返している。最近、英国のクラウド・ウォッチャー協会の会員になったとか言っていた。雲を見る人の同好会らしい。早速活動しているということなのだろうか?
「でこは輝いてると思う」
根本が感心したように言う。
「なんの解決にもならねーよ!」
こういう時、士気揚げをやるとしたら、委員長の塩谷の役目なんだが、他の種目に出ているのか、または応援に行っているのか、その姿は見えなかった。
「まあ、いいじゃん、Q組にはQ組のカラーがあるんだ、あっちはあっちだぜ? ああいう暑苦しいのはうちらには似合わん」
根本が肩をすくめる。
「うちはカラーがないのがカラーじゃないのか? そんな気がしてきたぜ」
「やれやれ、牧野? Noカラーがカラーだなんて哲学的だな、似合わねーぜ?」
根本が分かったような分からないようなことを言っている。本人はうまいこと言っているつもりなのだろう。
「両チームここに並んでください!」
ここで審判をしている生徒から声がかかった。P組とQ組がホームベースの辺りに整列する。俺はレフト、根本はサードに入ることになった。
「P組対Q組、Q組先攻で試合を始めます。両チーム、礼!」
「お願いしまーすっ!!」
全員でのお願いしますの唱和の後、P組はそれぞれの守備位置に散っていった。Q組の1番バッターは複数あるバットから、自分にあった重さのものを選ぶ。
「かっとばせよー!」
試合が始まった。

クラスマッチのソフトボールの試合は5回までとなっている。それでも勝負がつかない場合は両チーム代表によるジャンケンだ。
試合は3回まで0-0のままだったが、4回表、Q組は1点を先制した。満塁で俺のリーゼントにボールが当たり、死球と見なされたのだ。格好はつかないが、押し出しであれ、1点は1点である。
しかし、4回裏にP組に2点取られてしまった。Q組のピッチャーは佐竹で、あの野郎、運動苦手そうな顔に関わらずいい球を投げていのだが、連投のせいか疲れが出たようで、球威が急速になくなったのだ。
うちにまともな控えのピッチャーなんてものはいない。なんとかツーアウトを取ったものの、まだランナーが1塁にいる。次はP組3番バッターの新井だ。
「亮太ぁぁぁぁ……死ね!」
Q組から「亮太の嫁」清水奈月(しみずなつき)の声援が入る。清水はP組の新井亮太(あらいりょうた)と付き合っているともいないとも言われているが、とりあえずからかうと清水に殺されるのは確かだ。
「うるせー! お前が死ね!」
微笑ましい罵声のやりとりの後で、スカーンという綺麗な打撃音がした。打球は低空を飛んでいき、センター返しとなった。嫁の声援が効いたのだろうか。
次は4番の岡田だった。岡田実(おかだみのる)は小柄な女みたいな男だが、列記とした野球部員である。今日は、佐竹は岡田に何度かヒットを打たれているのでやりにくそうだった。
「ヘイヘーイ、ピッチャーびびってるよー!」
P組の連中が囃し立てる。野球にはつきものの、というかある種お約束の罵詈雑言だ。
佐竹が2球目を投げる。カキーンという軽快な音と共に打球が青空を舞う。一瞬驚いたが、打球はそのままファールゾーンへと逸れて行った。
佐竹がほっと安堵のため息をついた。
「三振前の馬鹿当たりー!!」
P組に負けじと、根本が言い返す。
佐竹が3球目を投げた。
キンッというさっきよりも鋭い音が響いた。打球が俺の守るレフト方向へと上がる。鋭い弾道だ。
俺は打球を見ながら後退した。
途中から打球に伸びが出る。キチンとバットの芯に当てたときの伸び方だった。
「まずい!」
思わず口に出していた。懸命に追いすがろうとする俺を嘲笑うかのように、打球は限界まで伸ばした腕の先、グローブの上を飛んで行こうとする。
「まわれ、まわれー!」
P組の連中の声がする。
「牧野おおおおおおおおおっ!!」
うちの世話が焼けるマブダチの声もした。これが捕れないと、今までの流れからして、逆転は非常に難しくなる。根本の野望が潰える……とは限らないんだが、あいつは潰えたと思って落ち込むことだろう。
「畜生ぉぉぉぉっ!!」
手段を選んでいる余裕はなかった。頭を空に向け、無理な体勢から思い切り地面を蹴る。真っ青な空が見えた。その空を突き抜けるかのように白い球体がぐんぐん飛んでいく。このままでは、追いつけそうにない。俺のやや後方って辺りに落下するだろう。走者一掃となるかもしれない。
俺の異能はリーゼントキャノン、頭部のリーゼントを砲身として、魂源力を撃ち出すというものだ。だが、魂源力の練り方を変えることで、多少使い方を工夫することができる。
(リーゼントから魂源力を塊として発射するんじゃなく、そのまま噴射する!)
顎を引き、首を下に向ける。リーゼントがうっすらと光り、そこから魂源力を短時間、だが鋭く噴射する。ペットボトルロケットのイメージだ。ジェット噴射が体に当たらないよう、股をがばっと開く。魂源力がジェットとなって股間から脚の間を抜けていく。体が一気に浮き上がり、俺は間抜けな格好で低い弾道を飛んでいた。
リーゼント・サイコクラッシャー・ガニマタver.である。
凄まじい砂煙が後方へと上がる。試合中の異能の使用は禁止だが、これなら砂煙で何が起こってるか分からないはずだ。例え、使用を疑われても、俺は「思わずリーゼントから屁が出た」と言って言い逃れをするつもりだった。
魂源力や空気抵抗などの関係から、長距離、長時間飛行することは無理だが、ジャンプを延長させるくらいの効果は十分に期待できた。欠点は顔を下に向ける、即ち足が見えるような位置に持っていかなければならないため、視界が悪く、リーゼントの存在も相まって、白球を追うためには絶妙な速度調整が必要とされた。
さらに、この体勢でやるのは、短時間とは言え、股間の近くを魂源力のジェットが飛んでいくため、非常に危険だということである。幸い、大事なものを吹き飛ばさずには済んだが、ジャージの股間の部分をかすったため、股間にアビスゲートが出現し、四魔貴族がプリントされたトランクスが顔をのぞかせていた。
一番の問題は姿勢制御であった。ペットボトルロケットと違い、俺は人間だ。空気抵抗を考えた形態とは無縁であり、俺の体は頭-足の軸を回転軸として回り始めた。打球には追いつけそうだが、最早キャッチは運任せだ。まったくもって費用対効果が見合わない!
なんとか回転する視界の中で、白球がだんだん大きくなっていくのを捉える。俺はダメもとでグローブをはめた左腕を伸ばす。グローブでキャッチするというよりは、体全体で受け止めるといった感じだ。
(あああ……目が!……目が回る!)
白球がもうそこにあった。思ったより打球は伸びた。
「へぶぼぁっ!!」
打球が胸に当たった。急いで両腕で捕まえようとする。その動きと、体が背中から地面に「胴体着陸」したのは同時だった。ずざざざざと背中と後頭部がグラウンドを無理矢理滑走し、摩擦熱が発生する。さらに回転が加わって腹側が地面に叩きつけられる。
「あぢ! あぢぢぢ!」
俺は懸命に手足を動かし、滑走をとめようとした。背中から着地したため、衝撃はだいぶ緩んでいた。それでも、懸命に腕で顔をガードしてなお、リーゼントがへし折れ、髪が乱れる。鼻や口に砂が入り込む。
やっと体が止まったとき、既にリーゼントはぼろぼろだった。まさか本当にリーゼント・サイコクラシャーを使うときが来るとは思っていなかったため、加減を間違えたのかもしれない。最初、夜のプールでこっそりとサイコクラッシャーの練習をしたときはすげー、と思った。だが、相手はラルヴァだ。サイコクラッシャーよろしく体当たりしてる暇があったら、普通にキャノン撃ってた方が話が早いだろう。おそらく、これを使う場面は二度と来ない、来て欲しくないと思った。
「牧野ー!!」
我ながらリーゼントキャノンを撃つたびによく、首の骨が折れないものだと思っていた。首から上に魂源力を集中することで保護されてるのではないか?と言った先生もいたが、詳しいことは分からなかった。いずれにせよ、今回のはいつにもましてきつかった。
「おい! 牧野、しっかりしろ! どうした、牧野!」
誰かが呼んでる。だが、体は動けなかった。動かす気になれなかった。
しばらく動かないでいると、審判が打球を確認するためにやって来た。俺の姿を見て驚き、俺の両腕を確認する。
「アウトーッ!!」
奇跡が起こったようだ。
どうやら、根本のためにチャンスを残してやることが出来た。代わりにガチガチに固めたリーゼントがぐちゃぐちゃになり、落ち武者どころか頭にイソギンチャクかビオランテが乗っかっているみたいだった。ジャージもぼろぼろで試合が終わるまで、巧みに股間を隠さなければならなかった。
「牧野! おい、牧野大丈夫か! なんかすげー滑ってたけど、怪我ねえか!?……って、おい! 本当に大丈夫か! 誰か! 保健委員!」
心配してくれたのだろう、息を切らしながら矢継ぎ早に根本が問いかけ、そして絶叫していた。
「ああ……大丈夫……だといいな」
体中がひりひりと痛んだ。結局、俺が保健委員の手当てを受け、ジャージを着替え、頭ビオランテを包帯でぐるぐる巻きにしてやっと試合が再開されることになった。人類の歴史でも、髪の毛に包帯を巻いた人間はそういないのではないだろうか? インド人もびっくりだ。頭ビオランテのままでは気になって試合にならないと審判に言われたための苦渋の策であった。

その次の回、5回表の攻撃は最後の攻撃、ここで逆転できなければ、Q組の敗北であった。
「よーし、逆転いくぜー!」
珍しく根本がバッターに気合を入れていた。ここで三者凡退に終わった場合、打順の関係上、根本は出番なしで終わってしまうのだ。打順は8番の佐竹からだった。佐竹は一番軽いバットを選ぶ。ミート狙いで行くのだろう。
「バンブー! 気張っていけよ! 凡退は許されないぜ?」
「はいはい、分かってますよ……ああ~、なるほど」
佐竹がそのクマのひどい不気味な目でニヤリとする。気になったので、その視線の先を追うと、千ヶ崎ら女子勢の姿があった。おそらくバレーが終わってこちらの応援に来たのだろう。
「ふふふ……根本さんまで回るといいですねぇ!」
いやらしい笑みを残してバッターボックスに入る。相手のピッチャーは前の回の押し出しの後から、島田とかいうのに変わっていた。フォームに癖があるが、打ち難いという相手ではない。つけ入る隙はあるはずだった。
カキーンという音がした。シュウッという空気を切り裂く音と共に打球がピッチャーの顔のすぐ横を飛んでいく。打球は二遊間を割り、センター前ヒットとなった。
「いいぞ! バンブー!」
根本が1塁の佐竹へと喝采を送る。
「認めません! そのあだ名は認めませんってば!」
次の打者は三振に倒れたが、その次がヒットを飛ばし、打順は2番バッターの根本へと回ってきた。ランナーは2、3塁、一打同点、長打で逆転も狙える大チャンスである。
「頑張れよ、思春期ボーイ!」
「うるせー!……ふぅー……」
根本はバットを持って大きく深呼吸した。緊張しているようだった。チラリと一瞬、千ヶ崎らがいる方へと視線を送る。
「行って来る!」
根本と拳を突き合わせ、送り出した。
「根本くん頑張れー!」
千ヶ崎の声らしきものが聞こえた。根本がこっちを振り返り、片手でぐっとガッツポーズをする。いつものほほんとしているはずの目には力強い光が宿り、その頬はうっすらと紅潮している。マジになったんだろう。
「来いやああああっ!」
バッターボックスに入った瞬間、バットをピッチャーに向けて咆哮する。気合入りまくりだ。
「島田! しっかり抑えろよ!」
「バッター声だけだよー!」
「かっとばせー! ねもー!」
「ホームランだ! ホームラン!」
両軍の声援が入り乱れる。島田の1球目はワンバウンドし、ボールになった。
「落ち着いて! 落ち着けば投げれば大丈夫です!」
P組のキャッチャーをやっている岡田がピッチャーの島田に声をかける。そして2球目だった。根本はバットを振りぬき、ボールを3塁側へと引っ張った。
カキーン!という甲高い音と共に鋭い打球が飛ぶ。いい打球だが、ファールだった。
打球がワンバウンドしてゴンッという鈍い音がした。全員の視線がそちらへ向かう。
「きゃああああっ!」
女子が叫ぶ。根本の打った鋭い打球は、よりによって千ヶ崎の顔に命中していた。数秒遅れて事態を把握した根本の顔は凍り付いていた。
「あ、あああ! ご、ごめんなさい!」
根本はバットを放り出すと、千ヶ崎のもとへと走った。タイムがかかり、試合が中断する。俺も根本の後を追った。打球がワンバウンドしているので、それほどひどいことにはならないと思ったが、相手は女の子だ。それに根本が心配だった。
幸い血は出ていなかったが、泣いている千ヶ崎の頭部は少し腫れていた。清水をはじめ、数人の男女が心配そうに千ヶ崎を見守っている。
「ごめんなさい! 本当にごめん……」
根本は蒼い顔をして、ただ「ごめんなさい」を繰り返している。千ヶ崎は余程痛かったのか、顔を覆って泣いてばかりいた。
千ヶ崎に代わり、面倒を見ている清水が根本に答える。
「根本くん、わざとやったわけじゃないし、しょうがないよ、ひろちゃん(千ヶ崎の女子の間でのあだ名)は彼氏に任せておけば大丈夫だよ!」
「え……?」
清水の何気ない一言に根本の顔が強張った。いや、凍りついた。よく見るとうちのクラスではない男子生徒が、心配そうに千ヶ崎に寄り添い、慰めている。あれが「彼氏」だろうか。
「ねも、打席だ! とりあえず打席だ!」
俺は動けなくなっている根本を半ば強引に打席へと連れて行った。ひどく動揺している。一応の謝罪はしたし、清水が間に入った、とりあえず、根本には状況と気持ちを整理する時間が必要なはずだった。
「ゲームを再開しますよ? よろしいですか?」
審判が話しかける。根本は黙ってうなずいた。
動揺した根本には、バットを振るのが精一杯だった。平凡なセカンドゴロで凡退し、Q組は得点をあげることができず、そのまま1-2で敗北した。


同日 双葉学園
クラスマッチ終了後、女子勢にそれとなく聞いてみたところによれば、千ヶ崎は先週辺りに、他クラスの男子生徒に告白され、付き合いだしたらしい、とのことであった。
哀しくも、根本のクラスマッチへの気合は空回りしたことになった。そして、なにやら意気込んでいた佐竹の情報も、肝心なところを肝心な時に把握できなかったということであった。
普段、のほほんとしている分、片思いへののめり込みも大きく、その反動もまた大きかったのかもしれない。あの後、根本は千ヶ崎に改めて謝った以外、ほとんど誰とも口も聞かずにいた。そして、帰りのHRが終わると同時に姿を消したのだ。
俺と佐竹は手分けして根本を探し、幽霊や妖怪など、普通は人間には見えないものを見ることの出来る異能を持つ佐竹がそこら辺にいた浮遊霊から、屋上で泣いている生徒がいることを聞き出したのだった。
俺は、それが根本であることを確認すると、生徒が使用できる、屋上への唯一のルートである階段を塞ぐように座り、屋上に行こうとするカップルや生徒にガンを飛ばしては追い返していた。俺が根本のためにしてやれるのはこれくらいのことだった。「怪人頭にモスラの幼虫だぁ!!」と失礼なことを言って泣きながら逃げていった女子生徒もいた。追い返された生徒の通報を受けた醒徒会や風紀委員の面々が来ないことを祈るばかりであった。
佐竹も一緒に階段を塞ぐように座り込み、どこからか取り出した文庫本を読んでいる。
「畜生ぉぉぉぉぉっ!! ひっく、畜生ぉぉぉぉぉぉっ!!」
屋上から根本の声が聞こえる。今、あいつは1人で泣いているのだ。燃え上がっていたはずの恋の炎を涙で消火し、湧き上がる、後悔、嫉妬、自虐、怒り、あらゆる感情の煙にむせているところだった。
「なあ、佐竹? お前、俺らには見えない幽霊とか妖怪を通じて、ねものために千ヶ崎の情報集めてたんだろ? 知ってたんか? 千ヶ崎の彼氏のことをよ?」
佐竹が文庫本に栞を挟んでこちらを見る。
「何度か話では聞きましたよ。でも彼氏かどうかは分かりませんでした。付き合っているかどうかの確証はなかったので、確証を得てから伝えようと思ってました……それに、いつもいつでもこちらの言うことを聞いてくれる幽霊とか妖怪がいるわけではないんですよ。お願いしたってこちらに関わりたがらないのが大多数ですから」
「いっそ、おまえ専属で確保しときゃいいのに……今時友好的なラルヴァなんて珍しくないだろ?」
区役所と学校、醒徒会を通すことさえできれば、制限はあるものの、ラルヴァを使役することは可能である。一部にはこの学園に登校している者もいるらしい。ラルヴァと爛れた関係になって退学処分食らったやつすらいると聞く。今時珍しい話ではない。
「知ってるでしょう? ああいうのは、いっぱい保証人必要なんですよ」
「だったら、分かってる限りのことを根本に教えてやりゃー良かったんじゃねーか?」
知らず知らずのうちに少し言葉が、微かな怒気を含んでしまっていた。多分、誰かのせいにできれば、簡単なんだろう。
「……それは、ごめんなさいとしか言えません。私もこんなに早く決着がつく、というか……予想外でした」
佐竹は表情1つ変えず、そしてこちらを見ているその目を静かだったが、本当に申し訳なさそうだった。
「いや、すまん、ちょっと変な言い方した。悪いな……」
佐竹がちょっとだけ微笑んだ。
「いえ、まあ気にしてないです……それより、静かになりましたね……」
先ほどまで連続的に続いていた根本の咆哮が聞こえなくなっていた。
「ちょっと、様子見てくるわ。この時間なら、もう屋上行こうってゆー学生も少ねーだろ。お前はどうする?」
佐竹は首を横に振った。
「わたしじゃあ、何もできませんよ」
「そうか」
根本は、さすがに叫びつかれたのか、フェンスを掴んでぐったりしている。屋上に来てから20分ほどが経過していた。
「ねも、どうした、少し落ち着いたか?」
根本の目は真っ赤だった。その唇は自嘲で歪んでいた。
「死ねばいいのに、死ねばいいのに、何より俺が死ねばいいのに! 勝手に浮かれて、勝手に尽くして……馬鹿じゃねーの、いや分かってたさ、馬鹿だったんだ、いや馬鹿なんだ……」
何もないときは眠そうな表情を浮かべている根本の目元は涙に濡れ、赤く腫れ上がっていた。それでも嗚咽を漏らすのを我慢しているのか、下唇をキッと噛んでいる。あまり見たことの無い表情だった。あまり見たくない表情だった。
「ねも……落ち着け、お前は純情すぎるぜ。俺は何もしてやれないが、そう自棄になんなよな……」
正直、自分を責めて苦しんでいるマブダチの姿は、そうせざるを得ない根本の姿は見ていて苦しかった。
「牧野、すまん、なんか迷惑かけた気がするぞド畜生が……」
無茶苦茶だが精一杯の強がりを呟いて、まだ嗚咽を我慢する。
「くっそぅ……牧野、俺は糞だったか? どれくらい阿呆だったか?」
「ねも、そんなこと聞いてくる時点で、どんな答えを期待しているのかは、自分で分かってんだろ? 何年マブダチやってっと思ってんだ? 今日は自虐でも恨みごとでも、なんでも聞いてやっからよ……早く、立ち直ってくれよ」
根本は笑った。ぐしゃぐしゃではあったが、精一杯の笑みのようだった。
「ド畜生、すまんなぁ、牧野、すまんなぁ……」
いつの間にか、佐竹が来ていた。だが、根本の顔を見ても佐竹はやれやれとでも言いたそうな笑みを作っただけで、何も言わず、ペットボトルを3本取り出した。どれもスポーツ飲料だった。
「うん……心の汗を流したら、水分とか塩分取りましょう」
「……佐竹……」
根本が佐竹にも声をかける。
「はい?」
「お前にも……いろいろすまんかった……」
佐竹は小さくうなずいた。
「何もしてませんよ。私は何もしてあげてないに等しいですよ……もっと根本さんの力になれたかもしれませんね、こちらこそすいません。」
佐竹はペットボトルを根本と俺に渡す。
「いや……そんなことない、ありがとう……そしてすまん、本当にすまん……」
最早何を謝っているのかが分からなくなってきた。
「ああ、もうよせ! 謝るの禁止! 謝罪したやつ、超許さねー! もうやめ! いいな!」
居たたまれなくなったので、2人の仲裁(?)に入る。根本も佐竹もけらけらと笑い、ペットボトルに口をつけた。
「さて、どうするねも? この後もう1人にしといてくれっていうなら放置するし、そうでないなら……」
言い終える前に根本から答えが返ってきた。何かを吹っ切ろうとしている、いい笑顔だった。そう簡単に吹っ切れるものではないかもしれないが、このまま腐らなければそれでいいだろう。
「飯食いに行こうぜ! 佐竹も大丈夫か?」
「いいですよ、和洋中、特に嫌いなものはないですよ」
根本がこちらを向く。
「じゃあ、いつものコース行くか! 中華食って、その後銭湯な!」
「あの炒飯大盛りんとこか? それともこの間行った酢豚がピンク色している方?」
「大車輪でいいだろ、ダメだったら、他んとこ探せばいいさ」
大車輪は学園ご用達とも言える、安い中華料理屋だった。部活の打ち上げから、友人とのだべりにまでいろいろと、双葉の生徒には利用されている。
「飯と銭湯で1人あたり1000~1500円くらいかかるが、大丈夫か?」
根本が財布をチェックしながら言う。根本の財布の中には千円札が3枚入っていた。
俺も佐竹も金銭的な心配はなかった。それを確認して根本が音頭を取る。
「そーと決まったら撤収だ! 行くぜ!」
気がつけばもう18時を過ぎていた。
鞄を取るために2-Qの教室に戻ったとき、根本の机の上に何かが置かれていた。
それは品物と慶田花の実家の花屋からの請求書、オキナワチドリ3鉢、3600円を値引きして3000円だった。

~ 【Romantic Quixote】 完 ~


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