【Fireworks】


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 召屋正行《めしやまさゆき》の携帯に端的且つ合理的なメールが届いたのは、彼が友人たちと南海の孤島で厄介な事件に首を突っ込んで諸々を解決し、帰島してから一週間を過ぎた頃だった。

   いきなりだけど
   明日そっちに行くからね!
   よろしく

「全く何を考えてるんだ? 加奈《かな》は……」
 寮の裏手にある駐輪場で、召屋は汗を滝のように流しながら携帯の画面を嫌そうに閉じる。その横にはセンタースタンドを掛けた状態で愛車が駐車しており、フロント周りのブレーキパーツがごっそりバラされていた。
「んで、加奈ちゃんなんだって?」
 気だるそうに団扇を仰ぎながら、自分の肉体を誇示するように上半身裸で短パン一丁という実にラフ過ぎる格好をした金髪碧眼の青年が召屋に声を掛ける。暑そうなのに汗一つかいていないのが召屋とは好対照だった。
 筋肉達磨というには引き締まったボクサーのように均整の取れた肉体を無駄に晒すその青年の名はイワン・カストロビッチ。ロシアからの留学生で、寮の部屋が隣ということもあり、色々な意味で召屋にべったりという一風変わった人物だ。
「明日、こっちに来るってよ……」
 うんざりしたした表情で、召屋はカストロビッチに振り向くことなく、バラされたパーツを手際よく組み戻していく。
「そいつはいい! 親善を深めるためにも明日の晩は兄妹総出で乱こ………っ」
 間髪いれず、召屋の手の中にあった大きめのコンビネーションレンチが、カストロビッチの顔面目掛けて投げつけられる。
「まったくーじょうだんじゃないですかー、めしやさん。はははははは」
 カストロビッチはプレパラートよりも薄っぺらな笑顔で飄々と答える。その顔にはレンチがぶつかったような痕や痣はない。そして、その手には顔面に直撃したはずのレンチがいつのまにか握られていた。彼はスライム人間であり、打撃系のダメージは一切利かないため、こういった手品じみた芸当はお手の物だった。
「お前の冗談は冗談にならねーからな」
 ブツブツと文句を言いながら、カストロビッチに近づくと手に持ったレンチを手荒に奪い取り、召屋は自分のやるべき作業に戻ることにした。
「二人ともー、ジュースとアイス買ってきましたよー」
 寮の裏口からモペッドに乗った少女が緊張感のない排気音と共に声を掛ける。
 ミラーの柄の部分にはコンビ袋が引っ掛けられ、その中には彼女が買って来た三人分のアイスやジュースが入っていた。
「えーと……誰だっけ?」
 どこにでもありそうな標準的な顔つきの彼女を見つめながら、カストロビッチが何かを思い出せないといった深刻な顔つきで彼女を指差した。
「何度言ったら分かるんですかっ!? 鈴木です! 鈴木耶麻葉《すずきやまは》ですよ!! 十分前に話してたばかりじゃないですか」
 そう子犬のように喚きたてる少女は、召屋の在籍する二年C組の副委員長。
 平均的な身長と極々普通の外見、取り立てて強調するところのないボディという彼女の能力は、存在を消すこと。ありていに言えば透明人間であるが、その能力に引っ張られたのか、はたまた彼女の性格や容姿が能力を引っ張ったのか分からないが、能力を発動していなくても影が薄く、認知されないことが多かった。
「召屋くん! この人やっぱり私嫌いです!!」
「おっ? ガリガリ君が入ってるじゃねーか。やっぱり、日本の夏はガリガリ君だよなあ!」
「そ、それはお店を貸せなかった召屋くんのお詫びのために買ってきたものです! ス《・》カ《・》ト《・》ロ《・》ビ《・》ッ《・》チ《・》さんはホームランバーのアズキ味でも食べてて下さいっ!!」
「俺、小豆の味嫌いなんだよねえ」
 そう言いながら、アイスの袋を開けて取り出すと、問答無用でむしゃむしゃとそれを頬張っていく。
「あぁーっ!?」
 そんな二人の喧騒をよそに、召屋は我関せずといった風で、黙々とバイクの整備に勤しんでいた。妹がこちらに来るため、愛車を万全なものとしたいのだろう。
 昨年『二度と乗らない!!』と罵倒されたリベンジをする気満々である。
 その嬉しそうな表情で整備する姿から、彼にとって妹を後ろに乗せて双葉島を案内することこそ最高の御もてなしと思っているのに間違いはない。
 とにもかくにも召屋正行は、妹からしてみれば、至極自分本位な凄く残念なお兄さんだったのである。


「うーっ、遅ーい!」
 そう言いながら、ピンクのキャミソールにカーキ色のショートパンツという出で立ちの闊達な雰囲気のある少女が改札口の前を足早に往復していた。その表情や動きからも明らかに苛立っていることが分かる。
「ちょっとそこのキミ……」
 彼女の苛立ちに気が付いたのか、駅員の一人が優しく声を掛ける。だが、それに対する反応は酷く威圧的だった。
「はぁぁぁぁぁっ!?」
 彼女は渾身の力を眉間に集中させ、駅員を睨み付ける。当然、それは、彼女に声をかけた改札員もたじろぐほどの視線であった。身の保全のことも考え、駅員はそれ以上関わることを止めることにした。
 今にも待ち合わせの人物をぶん殴りそうないらつきを見せる彼女だったが、実はこの駅の改札を抜けて三分も経っていない。あまりにも短気でその程度の時間も待てないのであろう。これ以上彼女を待たせることは、待ち合わせの相手にとっては死を覚悟しなければならないかもしれない。
 微妙な緊張感が張り詰める状態にも関わらず、階段からひょっこりと現れた長身の男、つまり召屋は、なんとものーてんきを絵に描いたような表情だった。
 召屋の姿を視野に納めた瞬間、顔が緩み優しさで溢れ、言葉も思わず漏れる。
「あっ!!」
 だが、それも一瞬のことだった。長く出会えなかった人物に合えたような歓喜の表情は即座に鳴りを潜め、一転して彼女は厳しい顔つきとなる。嬉しさのあまり振ろうとした右手の動きを軌道修正し、器用に彼を指差す。
「おにいーちゃん! 遅いよ!! 何やってたのっ!?」
 ふぐのようにまん丸に頬を膨らませ、のんびりと自分の方へと近づいてくる召屋に向かってそう叫ぶ。
 辛らつな言葉だったが、優しさと待ちすぎた苛立ちを含めた可愛らしい印象であった。
「おー、加奈、すまないすまない」
 右手をひらひらと挙げながら、ダラダラと近づいていく。その男の表情や動きからして、彼女の機微な感情には一切気が付いていないようだった。
「お兄ちゃん! 到着する時間はちゃんとメールしたでしょ!」
「でも、そんなに遅れてないだろ?」
 ただ後頭部をポリポリと掻き毟るその様子に悪びれた感はない。
「そんなんだから、彼女の一人もできないんだよ! いい? 女の子と待ち合わせする時は最《・》低《・》でも十分前には来るものよ?」
「そういうもんか?」
「そーよ! そして、女の子が三十分遅れても嫌な顔せずに『いま来たところ』って言わなきゃ駄目なの!!」
「そ、それは不公平というものでは……」
「女の子はそーいうものなの! それより、やっぱり彼女の一人も出来てないの?」
「いや、まあねえ……」
 ばつの悪そうな薄ら笑いをしながら、相も変わらず頭を掻く召屋。自分の甲斐性がないことを重々承知しているのであろう。
「ところで、なんで急に今日来るなんて……」
 召屋は攻撃の矛先を上手くかわそうと話題を変えることにした。
「うんとー……ほら!! あれよ、今日この島で花火大会があるって聞いたらから! 夏休み中だし、ついでに見ようかなと思って!」
「良く知ってたな」
「なんだっけ? 名前は忘れちゃったけど雑誌に載ってたの」
「そうか、この島のイベントも雑誌に載るのかあ」
 感心した様子で召屋はウンウンと頷く。
「とにかく、暑くて服がベトベトだから、お兄ちゃんの部屋に行こうよ。着替えちゃいたいの!」
 そう言いながら、汗で身体にまとわり付いたキャミソールの裾をバタバタとはためかせて涼をとろうとする。日焼けしていない白い肌が隙間から僅かに覗く。
「はしたないぞ」
 そんな彼女の姿を見た召屋は、彼女の頭を軽く小突くと、彼女の手を引いて外へと続く階段へと向かって歩き出した。
「ごめんなさい……」
 加奈は召屋に優しく引かれながら、彼に聞こえないほどの小さな声でそう呟くのだった。


「ちょっと! なんでバイクがあるのよーっ!?」
 召屋に連れられて、地下鉄の階段を抜けた彼女の目の前には、昨年の悪夢を呼び覚ますモノが駐車していた。
 召屋のバイクである。
「あの……これ…。いや? あれ!? これって……」
「お前を後ろに乗せて島を案内しようと思ってさ。あれ? どうした顔色が悪いぞ」
「良いわけないでしょうがぁぁぁっ!!」
 召屋の顔面に体重がしっかりと乗っかった切れのいい右ストレートが炸裂した。
「大体ねえ、免許取ってから一年は二人乗りしちゃ駄目らしいじゃない。お父さん言ってたよ!」
 召屋を渾身の右ストレートで三メートル程吹き飛ばしたあと、彼女はその場で仁王立ちになり、みっともなく歩道に座り込んだ彼に向かって説教をし始める。
「別に捕まらなけりゃ違反じゃねえし……」
「そーゆう考え方が駄目だって言ってるんでしょーが! そうか、諸悪の根源はこのバイクね? こんなバイクなんて壊れちゃえばいいんだっ!」
 バイクに蹴りを入れようとした彼女の動きを瞬時に理解すると、召屋は素早く移動し、彼女とバイクの間に割って入り、愛車を守ろうとする。
「ま、待て加奈。バイクは悪くないぞー。悪いのは全部俺だから。な、な?」
「はぁ? ならお兄ちゃんが私に蹴られなさい。あのトラウマを打ち消すためにもね」
 懇願する召屋をよそに彼女の瞳が殺人鬼のそれのように鈍く輝く。
「いや~、さすがにそれはちょっと……」
 愛車を庇うように後ずさり、ゆっくりとミラーに掛けてあったヘルメットに手を伸ばす。恐らく、ここから逃亡するつもりなのだろう。
「――もう。分かったから、寮に行こう。ただし、あ・る・い・て・だよ」
 大きなため息と一緒に吐き出された彼女の言葉に、召屋は嬉しそうに何度も頷く。
 ただ、三分ほどしてから、妹の意見に同意したことに後悔する。バイクの重さで、脱水症にならんばかりに汗だくになっていたからだ。


「はじめましてお嬢さん」
 息も絶え絶えな召屋をよそに、その横にいる彼女に対し身なりを整えた男が恭しく頭を下げていた。気のせいか、その背景には赤い薔薇が無数に見える。
「誰? この人」
 加奈は召屋のシャツの裾を引っ張りながら不安げにそう質問する。
「こいつは……どうでもいい…から」
「ふーん」
 彼女は召屋から部屋の鍵を奪い取ると、キーを差込み勝手に彼の部屋へと入っていく。
「ちょ! なんだよ! せっかく正装して待ってたってのに。お前の妹は愛想ねえな」
「しらねえよ……それより俺もこの汗と服をなんとかしねえと……あれ?」
 ドアノブをガチャガチャと回しながら扉と格闘するも開く様子が全くない。内側からロックが掛けられているようだった。
「おーい、加奈。鍵か掛かってるんだけど?」
 扉を何度か叩く。だが、中からはその音も聞こえないのかなんの反応もなかった。
『……』
 再び叩く。
「俺も着替えたいんだけどさ?」
『……』
「あのー、加奈さん?」
『あーもうっ! 着替えるって言ったでしょ。どーしてお兄ちゃんはいっつもそうやってデリカシーがないのっ?』
「別に兄弟だからいいじゃないか」
 ガチャリとロックを解除する音がする。そして、扉がわずかに開き、その隙間から白く細い腕が伸び、それは中を覗こうとした召屋の顔面にクリーンヒットした。
『馬ぁー鹿っ!』
「俺、あいつに嫌われることしたか?」
 殴られた左頬をさすりながら、召屋はタイを緩めすっかりだらしない格好になっているカストロビッチに振り向く。
 だが、カストロビッチは彼の質問に答えることはなく、天を仰ぎただ首を横に振るだけだった。


「じゃーん!」
 妹によって自室から締め出され不貞腐れて廊下に座り込んでいた召屋の前に、浴衣姿の少女が自前の効果音と共に戸口から現れる。
「どうよ?」
 彼女は嬉しそうにクルクルと周り、召屋とその横にいるカストロビッチに自分の姿をお披露目していた。
「似合うねー加奈ちゃん」
「わざわざそんなの用意してたの……痛っ!?」
 召屋のわき腹にカストロビッチの肘が鋭いスピードで突き刺さる。
「……いや、あの似合ってるぞ。うん」
「でしょー? へへへ」
 彼女は照れくさそうに頬を染め、それを隠すためなのか髪の毛をくしゃくしゃと掻き毟る。セットしたばかりなのに、その労力も台無しになってしまったようだった。
「じゃあ、ちょっと早いけど出掛けるとするか?」
「え!?」
「いや、だから縁日だよ。花火大会の会場で縁日開いてるからそこで腹ごなしに焼きそばでも……」
「そうじゃなくて、もしかしてそんな汗臭い格好で行くつもりなの?」
 彼女は鼻を抓みながら、強引に召屋を部屋へ入れようと背中を押していく。
「いや、でも、汗もすっかり乾いたしさ」
「そーんなんだから女の子にモテないんじゃない!! このバイクオタクの不潔人間! さっさとシャワー浴びて着替えてよ!」
「お、俺はバイクオタクじゃないぞ。これは単なる趣味なだけで……」
「ゴチャゴチャ言ってないで、さっさと服脱いで洗面所に入りなさい!」
「あっ? さすがにパンツはちょっと……っておまッ!?」
 召屋の部屋で、兄弟喧嘩というにはあまりにも一方的なワンサイドゲームが繰り広げられていることを想像しながら、再び天を仰ぎ見嘆息すると、カストロビッチは自分の部屋に戻ることにした。
「全く……あいつが女性に頭が上がらないのが何となくわかった気がするよ。しっかし、駄目兄貴を持つ妹ってのはいつの世も大変だねえ」


 浴衣に巾着、足元はぽっくりというお祭り万全体勢の召屋加奈が、兄の召屋の手を引っ張りながら寮の外へと出て行く。そこに召屋の隣人であるカストロビッチはおらず、兄弟二人きりであった。
「ねえ、さっきの変な格好した人は?」
 彼女は召屋に不思議そうに質問する。恐らく、彼も付いてくるものだと思ったのだろう。
「あ? うん、なんか忙しいらしい。何でも母国に送るためのレポートの作成が大変とかなんとか……」
「そうなんだ!」
 召屋の言葉を聞いた彼女は頬を緩ませ破顔する。だが、それも一瞬のこと。
「召屋くーん!」
 二人の目の前にスタジアムの希少なヘルメットを被った地味な女の子が手を振っていたからだ。
「誰?」
 背後に真っ黒な焔が立ち上るような悪鬼の形相で、加奈は召屋に振り返る。だが、召屋はそれを気にすることもなくさらりと答える。
「クラスメイトの鈴木だよ。一緒に島を回ろうって約束したんだ。俺より色々知ってるからな……あれ? どうした」
「だ・か・ら・二人乗りは駄目だって言ったでしょ?」
「いや……うん。ゴメン」
 彼女の威圧的な言葉と殺気を帯びた表情に召屋はその大きな身体を精一杯縮こまらせ、年甲斐も無くしょげる。年下のそれも自分よりも遥かに小さい少女に怒られ、萎縮している大男というのは実に滑稽だった。
「こんばんは、加奈さん」
 先ほど、二人に声をかけた女性が、ヘルメットを脱ぎながら近づいてくる。前日召屋のバイクの整備を手伝っていた少女だった。
「こ、こんばんわ……」
 思わず、召屋の後ろに隠れながら加奈は恐る恐る挨拶を返す。勝気そうに見えて、実は人見知りするタイプなのかもしれない。
「鈴木、ゴメン。バイクで島を紹介するってのは無理になった」
 バツの悪そうな表情で髪の毛を掻き毟りながら召屋は頭を下げる。
 一瞬鈴木は何を言っているのか分からなかったが、彼の後ろにいる少女がこちらを恨めしそうに睨んでいることに気が付くと、何かを察したのか急に早口でしゃべり出し、ゆっくりと後ろ歩きで二人から遠ざかっていく。その表情もどこか居心地が悪そうで引きつっていた。
「ううん。別にいいよ。やっぱり、久しぶりに会うんだから兄妹水入らずの方がいいですよね。そうよね。せっかくですものねー。それにだってほら、こんなに可愛い妹さんなだもの。うん、じゃあね、召屋くん。私は花火大会が始まるまで島をぐるっと回ってくるよ。あは、あは、あはははは。じゃ、じゃーね」
 そして、バイクの傍までたどり着くと、即座に跨り、エンジンを始動させることも忘れ、モペッドのペダルを漕いでその場から走り去ってしまった。それは競輪選手も驚くほどの健脚だった。
「なんか急ぎの用事でも思い出したのかな……」
「さあ?」
 そう言って、彼女は土煙だけが残った跡をぼーっと見つめる召屋の腕を嬉しそうに両手で握り締めていた。
 加奈の意見もあり、徒歩で移動することになった召屋たちだったが、花火会場に設営された縁日に到着する頃には太陽も傾きかけ、すっかり周りもオレンジ色に染まっていた。
「結構人がいるのねー」
 縁日に溢れかえる人の山を見ながら、その光景に関心する。
「そりゃあ、人工島と言ってもそれなりの人数が住んでるからなあ」
「ふーん……。あっ! 金魚すくいだ! 行こうようね? ね!? あー、でも、綿アメも食べたいなあ……。ん? ねえねね、あれは何? 変なロボットみたいなのが飾られてるよ? あっちはりんご飴だー!」
 活気に当てられたのか、すっかり縁日を満喫する気十分で、キョロキョロと回りを見渡し、どちらに行けばよいのかさえも迷っているようだった。
「あー、もうどうしようっ? お兄ちゃん」
「いや、どうしようって言われてもなあ……」
 その時、二人の背後から聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「そこの二人待ちなさい。いや、召屋君。そのいやらしく握った幼女の手を離しなさい!」
『はぁ~?』
 全く同じ口調と反応をし、同じタイミングで振り返る二人。
 そこにはオデコを茜色に輝かせるキツそうな顔つきの女性が、人通りの流れも考えず、通りのど真ん中で腕を組みながら偉そうに突っ立っていた。
 背後には古臭いメイド服姿の女性が付き従っている。
「全く、役立たず様は役に立たないだけでなくついに幼女にも手を出されてしまったのですか? 有葉さまの件から鑑みて、そういう性癖があるのではと常々憂慮してましたが、まさか、本当にそっちの……」
 ハンカチで目頭を抑えながら、ヨヨと泣くメイド服の女性。一方、召屋に声を掛けた女性はというと、眉間に皺を寄せたまま、厳しい表情を崩さない。
「え? 委員長? こいつは俺の妹なんだってば! たまたまこっちに遊びに来ててだね……」
「こ・い・つ?」
 こいつ呼ばわりされたのが酷く気に触ったのか、加奈は委員長と呼ばれた女の子に負けない圧力で召屋の方を睨みつける。
「笹島《ささじま》様。あの慌てよう、妹などという話、どうみてもその場を言い繕っているだけの嘘かと。穢れなき少女が不幸な人生を辿る前に何とかして上げませんと……」
 メイド服の女性が笹島と呼ばれた女性に耳打ちする。先ほどまで泣いていたはずなのに、涙のあともない。嘘泣きだったのだろう。
 また面倒なことになるなあと召屋が思った瞬間、笹島の厳しい顔が急に笑顔になる。
「なーんてね。冗談よ。召屋君の妹さんが来るっていうのは字元《あざもと》先生から聞いてたら知ってるわよ。加奈さんだっけ? 始めまして! 私は貴方のお兄さんのクラスメイトの笹島輝亥羽《ささじまきいは》よ。よろしくね」
「よ、よろしくです……」
 加奈は召屋の後ろに隠れながら、差し出された手を握りる。
「可愛いーわねえ。本当に召屋くんの妹? 不出来なお兄さんを持つと大変でしょ?」
 笹島は召屋兄妹の顔を交互に見ながら、残念そうに兄の方を一瞥する。
 すると加奈は握っていた笹島の手を急に打ち払い、笹島を睨みつける。自分の兄を貶されたと思ったのだろう。
「お、お兄ちゃんを馬鹿にしないで下さい!! お兄ちゃんは強くて格好いいんですっ!」
「……御免なさい。ちょっとした冗談のつもりだったのだけど。そうね、貴方のお兄さんはとても強くてカッコイイわ。私も何度も彼に助けられたのよ(嘘)」
 自分の言葉が彼女の気持ちを傷つけてしまったことに気が付き、しゃがみ込み、彼女の目線に合わせると、今度は両手で手を握り、怒りを露にした加奈の目をしっかりと見つめる。兄弟が多い彼女だけに、こういった多感な頃の子供たちの扱いには慣れているようだ。
「本当にゴメンなさい」
「そうですよ。役立たず様は時々は役に立ちますのですよ」
 一方、仮初めの魂を吹き込まれた自動人形《オートマトン》のメイド少女、瑠杜賀羽宇《るとがはう》が彼女なりにいフォローを入れる。どう見てもフォローになってはいないが、心と常識のない彼女にとってはそれが精一杯だった。
「いいからアンタは黙ってなさいっ! あー、この馬鹿メイドは気にしなくていいからね。加奈ちゃん。じゃあ、お兄さんとお祭り愉しんでね」
 無理矢理メイド少女を引きずりながら、立ち去ろうとする笹島に召屋は思わず声を掛けてしまう。
「委員長は今日はこんなところで何してんだ? 大体なんで休みなのに制服なんだよ?」
「ああ、それね。私はクラスメイトがこの緩みきった夏休みに“ひと夏の間違い”を起こさないために監視してるのよ!!」
 鼻息も荒々しく、自慢げに自分の行為をそう語る。やっていることが他人にとっては大きなお世話だとは一切思っていないのであろう。
(うっっわー、なにこの人。ただのお局様じゃない……。根はいい人そうだけど確実に行き遅れるわね)
 そんな心象をおくびにも出さず、加奈は二人が(厳密に言えば一人がメイドを引きずるという非常におかしな状況であるが)去っていく姿を微笑みながら見守ることにした。
 その後も、姉が傍にいたためか珍しくしおらしい六谷彩子《ろくたにあやこ》やクラスの女王さまこと星崎真琴《ほしざきまこと》、優等生で男性陣の人気も高い水無瀬響《みずなせひびき》とイケメン双子の木戸兄弟をはじめとした忌憚部のメンバーなどなど、多くのクラスメイトに遭遇することになる。
(なによ、なによ!! 彼女なんて一人もいないって言ってた癖に、挨拶するのは女の子の友達ばっかりじゃない……)
 腹立ち紛れに召屋の足を偶然を装って踏みつける。
「痛っ? なんだよ」
「うるさいなー。何よ、ちょっとくらい……だからって偉そうな口利かないでよね!」
「いや、足を踏んでるって言いたかっただけでさ」
 彼女の怒りようにどう対処してよいものか分からず、慌てふためく。その時だった。
「よー! 拍手」
 出店の一つから少年の声が聞こえてくる。声の方向に振り向くと、そこには見知った顔がある。拍手敬《かしわでたかし》、彼も召屋のクラスメイトで、仲の良い友人だった。
「今日は出張屋台か?」
「稼ぎ時だからな、こういう時こそ働かないと。召屋ならサービスで半額にしておくぞ。そっちの将来有望な女の子のためにもな」
「一つくれ」
「あいよっ!」
 威勢良く答えた少年は、額に滲む汗を首に掛けたタオルで拭き取りながら、鉄板の上にある麺を手際よく炒め始める。食欲をそそる音と匂いが周りに広がっていく。
「相変わらず元気だけはいいっすねえ」
「お前はどうせ金を払う気もないんだから黙ってろよ」
 少年は、屋台の端っこに肩こりも悩ましそうな胸をテーブルに置いて休憩しながら冷やかしている少女を怒鳴りつける。だが、少女は我関せずといった風で、自分の立場を彼女なりの屁理屈で理由付けることにした。
「私はこうやって、屋台の安全に気を配ってるんじゃないすか。風紀委員の役目っすよ」
「どうみても油揚げを掻っ攫おうとしてる鳶にしか見えないんだけどな」
「悪いんだけどさ、痴話喧嘩はどうでもいいから俺の焼きソバをだな……」
「お? おう。じゃあ、これな、量も大まけで値段は半額! 出血大サービスだ!!」
「値段はいいけどな、こんな量食えるかよ……」
 山盛りというには盛り過ぎな、今にもプラスチックの皿から零れ落ちそうな大量の焼きソバを手に持ちながら困惑した表情をする。
「ばっか! 沢山食べないと大きくなれないんだぞ……って、召屋は十分デカいか。まあ、多くて損することはないんだし、持ってけ持ってけ。お連れのお嬢ちゃんも沢山食べて立派にならないとな」
「りっぱ?」
「そう。やっぱり女の子はおっ……」
「それ以上はセクハラっすよ先輩」
 拍手の口を塞ぐように横から木刀が突き出される。風紀委員の女の子のものだった。
「じゃ、じゃあな拍手」
「お、おう……」
 こんな量どうやって食うんだなどとブツブツと文句をいいながら、屋台をあとにする召屋たち。
 そして、彼らと入れ違うように屋台の前に人影が現れる。
「ねえねえ、私も色々と大きくなりたいからサービスしてくれるよね? 拍手くん」
 ボブカットの可愛らしい少女が、満面の笑みで拍手の屋台の前に自前の箸を片手に立っていた。
「ちょ、おい! 美作《みまさか》? お前が満足するほどにサービスなんてしたら食材が粗方無くなっちまうだろうがっ!」
「ええー? サービスしてくれないと鉄板の上にある焼きソバを全部真っ黒にしちゃうよ」
 ニコニコと屈託のない笑顔でそう語る少女だったが、拍手はその言葉の意味を理解すると顔面を真っ青にし脂汗をかき始める。
「うぐぐぐぐ……」
 クラスメイトである美作聖《みまさかひじり》という少女の能力――時間を加速する――を知っていたからである。
 彼女のブラックホールのような胃袋を満足するサービスと今鉄板の上にある焼きソバが消し炭になる。どちらが最良手か、拍手は真剣に悩み始める。もちろん、これはブラフで、実際には能力を使わないという可能性もも含めてだ。
 ――――それはまさに勝負師同士の駆け引きだった。
「………」
 結果、美作は大量の焼きソバのパックを両手に抱え、鼻歌混じりで何処かへと去っていく。涙ながらにそれを見つめる拍手の後姿が震えている。まあまあと彼の肩を優しく叩き慰める風紀委員の女の子の表情は、心なしか嬉しそうだった。








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