【異界交渉人】


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 私、もう疲れちゃった。
 雑居ビルの屋上に立ち、少女はそう考える。
 何に疲れたのか。簡単な話だ。生きることに疲れ、この世界に絶望した、ただそれだけのよくある話である。
 母親は狂ったように勉強しろと怒り狂い、父親は女を作り家に帰らない。兄は学校にも行かず引きこもり。
 そして自分は、何のとりえもなく、友だちもおらず、学校で無視され、そして苛められる日々。
 もういやだ。もうたくさんだ。生きていても何もいいことなんてない。
 だから終わるのだ。
 あと一歩をここで踏み出せば、全てが終わる。重力と、そして眼下のアスファルトは慈悲深くも暴力的に、一瞬で自分の命を刈り取ってくれるだろう。
 これで終わる。
 そう思い、少女が一歩を踏み出したとき――

「もったいないな、どうせこの世界に未練が無いのなら、その命と体、欲しがってる人のために役立てないか?」

 そんな声が、涼風に乗って聞こえてきた。
「……!?」
 振り向く。
 ビルの屋上に、自分のほかにもうひとりいた。少年だ。自分とあまり変わらない年頃の、笑顔がとてもさわやかな少年。
 彼は言った。とてもやさしく、諭すように。

「そう、別の世界の住人が――君を欲している」


 異界交渉人



「僕の仕事は、君みたいな……現実に、社会に、人間に……色々とあるけど、そういったものに居場所を見失った人達に新しい世界を紹介する事さ」
 少年は言う。自分は交渉人だと。
「紹介……ですか?」
「うん。君も双葉学園の生徒なら、この世界にはラルヴァと呼ばれる人外の存在が実在することは知っているね?
 彼らの中には、人間を求めるものたちも多い。
 取替え児とか神隠しとか聞いた事あるだろ? それはかつてラルヴァが人間を求めて連れ去った事件さ。だが今はラルヴァ達は人間にその存在を知られ、そして人間は人を害するラルヴァと戦い、倒す。
 だから不用意に人を連れ去る事は出来なくなった。そうしたら人間たちに退治されてしまうからね。
 だけど人間は必要だ」
「何故……ですか?」
「人手不足、なのさ。ま、中にはお嫁さん探しとかもいるけど」
 少年は苦笑する。
「人間社会に必要とされる人間を無理やりつれていけば、そこに歪が生まれ、軋んでしまう。異常事態が生まれてしまう。
 ならどうすればいい? そう、人間社会が必要としなくなった人間、あるいは、人間社会に絶望し、居場所を無くした人間を連れて行けばいい。
 そう、君のようにね。自殺をしようとしたということは、もう人間の世界、そして自分の命すらにも未練はないんだろう?」
「……」
 その沈黙を、肯定と受け取り、少年は続ける。
「僕は持論として、必要のない人間は居ないと思っている。つまり君が社会に必要とされていない、居場所がない、絶望したというのなら……それは生まれる世界、生まれる場所を間違ってしまったんだ。
 本当に君を必要とする世界、君を必要とする誰か、君を必要とする場所……そんなところに君を紹介できる」
「必要とする……世界、人、場所……」
 そんなもの。
 この世界にはなかった。
 だけど、もし、そんなものがあるのなら……
「僕に出来る事は、紹介し、誘う事だけだ。決断するのは君だよ。
 君を必要としているものの所にいくか、それともこの世界で無為に死ぬか。
 さあ、選びたまえ。
 君は……どうしたい?」

 その問いに、その誘いに。
 少女はただ……首を縦に振った。



 一時間後。
 少女は少年に連れられて歩いていた。
 街頭に照らされた道を歩きながら、かすかに期待に胸を膨らませつつ、少女は先を歩く少年に問いかける。
「どんな仕事が待っているんですか?」
「そうだね、色んな仕事があるよ。たとえば、滅びそうなエルフや魔族に嫁入りして、種の存続に尽力する仕事。
 異界を救う勇者みたいな仕事もあるし、普通に召使やメイドとして働く仕事だってある」
「へえ……」
 想像する。
 これから行く世界は、きっと今まで見たこともない幻想郷。
 無能力のただのちっぽけな一般人では知ることも無かった新しい世界。
 そこへと自分はたどり着けるのだ。
 自分の物語はここから始まるのだ。
「君の仕事は、まあ……神に選ばれた、ってかんじかな」
「神様……?」
「ああ、この国の八百万の神様と呼ばれているラルヴァの一柱。もっともとっくに信仰の対象から外されて力を失っている、だからこそ選ばれたのかな」
「そうなん、ですか」
 その言葉に胸が躍る。自分は神に選ばれたのだ。おそらくは巫女や依代といったモノとして選ばれた。そしてその力を得て……そう、自分は特別になったのだ。

「ここだよ」
 つれてこられたのは古びた神社の小さな井戸の前だった。
「ここに立つんだ。そしたら神様が現れる」
「……はい」
 期待に胸を躍らせながら、少女は井戸の前に立つ。
 ややあって――水音が聞こえてくる。
 そして、ずるり、ずるりと――
 何かが、井戸から飛び出してきた。

「おめでとう、神は君を選んだ」

 それは、異形の怪異であった。
 一言で言えば……臓腑であった。アンパランスなほどに清浄な色と水の匂いを放つ粘液に包まれた、赤く脈打つ動くハラワタ。
 脳らしき先頭についた二つの眼球が、少女を視る。餓えた眼球で見据える。
「あ……」
 理解できない。そのあまりにもおぞましい姿に心臓が凍り、思考が恐怖に支配される。
 なんだこれは。これが神?
 違う。これではまるで――ただの、バケモノではないか。
「ヒルコガミ、その分御魂さ。流された蛭子神が流れ着いたという伝説は日本各地に残っている。真偽はともかく、それはヒルコであると信仰され、そうなってしまったエレメントラルヴァだ。本物かもしれないし偽者かもしれない、まあそれはどっちでもいいね。
 さて、ヒルコガミの伝説は知っているかい? 骨がない、皮膚がない、肉がない、そう色々と言われているが共通しているのは、体がない神様ということさ。だから体を欲する。そして君は選ばれた」
 口から、鼻から、耳から、全身のありとあらゆる穴から臓物が少女へと進入する。
 毛穴すらも、その粘液が侵入していく。全身を侵して犯して冒して可笑し尽くす。
「あ、ひ、あ、ぐぶっ、ぶぅうっ! む、うむんあああああああああああっ!!」
 ずるり、ぴちゃり、ぐちゅぐちゅずるり。
 それは侵入してくる。
 肉体だけではなく、魂にまで。自分が溶かされていく。租借されていく。ばらばらに千切られ、砕かれ、粉々になっていく。
「もうそれは誰かの魂を喰らい、肉体に入り込まないと存在を保てないほど魂源力が枯渇していてね。そこで君の出番というわけさ。
 君はいわば聖餐だ。なんという名誉だろうね、打ち震えるがいいよ。神の器となり、血肉となれる名誉はそうそう味わえるものじゃない。君は永遠に神の一部となるんだ」
 それはなんというおぞましさ。
 こんな、母の胎から拒絶された醜くおぞましい化物に体を明け渡し、一部となる?
 いやだ。
 いやだ。
 こんなことなら、生きていたほうがよほどましだ!
 死にたくない。助けて。誰か、助けて。
 この世に魔物と戦うヒーローがいるのなら、誰か私をたすけて!
「私、いや、……死にたく……な、い……!」
 だが少年は笑う。三日月のような、亀裂のような笑みをその端正な顔に貼り付けて悪魔のように笑う。
 ああ、やっと気づいた。何故、自らが死のうとしたときに都合よく彼が現れたのか。
 彼は悪魔なのだ。いや人間かもしれないが、その本質は悪魔のソレと変わりない。何故なら、悪魔というものは残酷なまでに優しいものだ。
「おかしいな。君はすでに死を選んでいた。僕が誘わなければ飛び降りて無為な死を迎えていた。醜く潰れた肉塊になりはてていた。
 なら、ここで神の糧となり、肉体は器となる……こんな素晴らしい結末、願っても無いはずだろう?」
「たす……け……」
 絶望の淵より救い上げられて希望を得た魂。
 その生への希望、未来への希望、輝かしい生命、それが一転して闇と絶望に叩き落される断末魔の雫。
 それは少年にとって最高の美酒だ。
 少女の涙を堪能しながら、悪魔は笑う。

「残念、それはできない、契約違反さ」


 ちゅるん、と臓腑の尻尾が口の中に飲み込まれる。
 そして、のけぞった体が少年の方に向き直る。その瞳、その表情はすでに先ほどのものとは変貌していた。
 自信と愉悦に満ちた傲慢な……神懸かった表情へと。

「ありがとう、おかげで助かった。ふむ、いい体じゃ。褒めて使わす」
 少女の全てを喰らい尽くした神が、己の器を検分して満足そうに微笑む。
「いえいえ、これが僕の仕事ですから。現実と幻想の橋渡しの交渉人。
 その実体は、まあ単なる人売りなんですけどね」
 でも合意の上だし、と少年は言う。
 そう、確かに合意の上だ。全てを話していないだけで、彼は真実しか伝えておらず、そして彼女は同意してしまったのだ。
 悪魔の契約書に。
「では、わらわはしばしこの人間として、暮らす事にしよう。現世は久しぶりじゃ、悦を堪能しようとするか」
 ヒルコは舌なめずりして笑う。
「なにか不都合があれば、是非ご一報を。人の身で僭越ではありますが、アフターケアも出来る限りでそれなりにさせていただきます」
「うむ、期待しておるぞ」
 そして少女だったヒルコは、街へと去る。
 これからヒルコはその肉体にある脳髄の記憶を頼りに、もはや一部となったその少女に擬態してしばらくは生きるだろう。
 そして何を成すか……そんなことはもはや少年には関係ないし興味もなかった。仮にヒルコが人間世界に牙を向いたところでどうでもいい。仕事相手として「便利な人間」を演出し付き合っていけば自分は安全だろうし、ヒルコが異能者たちに滅ぼされたならただそれだけのことだ。
 所詮、幾つもある取引相手のひとつに過ぎない。
「さて……」
 人生に絶望した者はまだまだいる。
 社会に居場所を持てない者もまだまだいる。
 命を捨てようとする者も後を絶たない。
 そんな彼らに、新たな居場所、充実したな生、そして有意義な死を与えるのだ。
 次の依頼は……妖鬼たちが人間の女を欲しがっていた。子を産ませる為に。
 要望としては、穢れのない乙女がいいそうだ。まったく無茶を言うものだが、仕事ならば最大限考慮しないといけない。
 学園都市である以上、いじめられて絶望している少女は多いだろう。それを探して数人見繕えばいい。
「貧乏暇なし、だね。働けど働けど我が暮らし楽にならざり、じっと手を見る……か」
 苦笑する。
 手を見たところで別段何もない。血に染まってすらいない。そう、彼は潔癖であり潔白である。
 ただ、話すだけだ。絶望した人を、求める場所に紹介するだけ。 
 それが彼の仕事。
 人と魔の橋渡し。
 異界交渉人。


 彼には、注意して欲しい。
 あなたが、人のままで、人の世界で終わりたいのなら。






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