【リリィ】


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。


 藤山《ふじやま》博士はロボットを作った。
 超科学異能者である彼は、五十年の歳月を経てとうとう人間に限りなく近いロボットを作り上げたのだ。
 幼くして亡くなった自分の娘をモデルにしたそのロボットは、美しい少女の姿をしていた。そのロボットは双葉学園にある彼の研究室で生を受けた。その生は電力と微量のアツィルトの循環によってもたらされている疑似的なものだが、同僚の科学者たちの研究によって作り出された人工知能によって自分で考え、行動することができる機能が実装された。
 人工毛で再現した綺麗な黒髪と、奥にカメラのレンズが光る宝石のように美しい瞳。肌に体温は無いが、人間と同じように柔らかい。大きく表情を変えることは出来ないが微細な機械の動きによって瞳の動きと口の動きによって感情を表現できるようになっていた。
 しかしボディは球体関節が目立ち、不自然さが際立つため、博士は少女型ロボットに生前娘が好んで着ていたドレスを着せた。黒と白のコントラストがよく映えている、可愛らしいものだった。
 そのドレスは袖もスカートの丈も長く、極めて露出の少ないもので、その少女型ロボットにはうってつけのものであった。
「おお、お前は百合《ゆり》にそっくりだ……」
 百合とは博士の娘の名前であった。
 娘のドレスを着て、自立して目をぱちくりと動かすロボットを見て博士は感嘆の声を上げる。
「アリガトウございマス博士」
 平坦で発音のギクシャクした声でロボットは言った。
 ロボットの声は博士の娘の声を元にして作られている。生前に残っていた娘の言葉を無理矢理つなぎあわせて作った人工声帯のため、それは仕方の無いことであった。ロボットはぺこりと博士に頭を下げる。ロボットは関節に服の生地が引っ掛かるのが気になっていたが、喜びの涙を流す博士を見て、黙った。ロボットでも人間の表情と体温の変化によって『空気を読む』ことができた。
「そうだ、お前にも名前を与える必要があるだろう。名前は大事だ。名前は人間にとって命の次に大事な物だ」
 そう言って博士はしばらく考え、
「お前の名前は今日からリリィだ」 
 と言った。娘の名前を英語にしただけの安直なものだ。
「リリィ。ソレが私の名前……」
 名前と言う概念がリリィにはよくわからなかった。だがそれは自分がただの機械の部品の集合体から、“個人”に変わった瞬間だと、どこかで理解した。
 それからリリィは博士と暮らした。博士はリリィを徹底して人間扱いした。
 リリィには博士の愛情は伝わらなかった。ロボットに愛という機能は存在しない。人工知能がいくら愛と言う概念を理解しようとも、それが何の意味を持つものかリリィにはわからないままだった。
 そして、やがて博士は亡くなった。
 まるですべてに満足したように、リリィの腕に抱かれて笑顔でその生涯を終えた。
 リリィには悲しみは無かった。
 人は死ぬ。
 死んで当たり前なのだ。
 ドライな思考かもしれないがそれがリリィの人工知能がはじき出した一つの結論だった。
 葬式にもリリィは参加することになった。参列者たちはリリィを人間として扱い、ロボットだからと差別をしなかった。
 もっともリリィには人間のその心遣いと優しさが理解できなかった。自分は機械だ。機械を死者の葬儀に出席させるなんて意味があるのだろうか。生きても死んでもいない機械人形が、死者を弔うなんて滑稽だ。そんな風にもリリィは考えた。
 だが、棺桶の中で眠る博士の顔を見て、リリィの中に新たな感情が芽生えつつあった。
 それが何か理解できなかったがリリィはいてもたってもいられなくなった。
 気づけばリリィは通夜の席を飛び出していた。周囲の人間たちは悲しみ涙を流していたせいでリリィがいなくなったことに気づかなかった。気づいた時にはもう遅く、リリィは双葉区の街を走っていた。 
 ロボットの二足歩行は極めてバランスが難しい。
 何度も何度もリリィは転び、そのたびに立ち上がった。
 痛みはない。羞恥心もない。転んでも平気だ。
 リリィがやってきたのは双葉区の自然公園であった。
 そこには木々が生え、たくさんの花が咲き、様々な虫の声が聞こえた。
 人工物の塊であるリリィがそこに存在することが不自然なほどに、そこは自然が集まっていた。
 その中に、リリィは足を踏み入れて行く。
 容姿に反して、総重量が百キロを超えるリリィが一歩踏み出す度に柔らかな地面がたわむ。
 時刻は深夜で、月灯りさえ出ていないこの自然公園は真の闇に包まれていた。だがそれはリリィには関係ない。眼内レンズを暗視モードに切り替えて、リリィは奥へ進んだ。
 目的の場所にリリィは到着した。
 だが、そこには人間が化物《ラルヴァ》と呼ぶ人類の脅威がいた。
 巨大な鬼のような姿をしたそれは、この自然公園の奥で姿を隠していたのだ。
 鬼はリリィを認識するなり攻撃を仕掛けてきた。どうやら人間の容姿をしているリリィを、人間だと認識したようで、恐ろしい力でリリィを薙いだ。
 繊細な機械の集まりであるリリィの外装はある程度の衝撃を耐えられるように作られてはいるが、それはラルヴァとの戦闘を想定したものではない。リリィはされるがままに鬼に蹂躙された。
 博士が着せてくれたドレスが破れ、片腕が吹き飛び、顔面の人工皮膚は破けて鉄製の顔面が露わになる。その衝撃で片方の目のレンズは外に飛び出、無残な姿へとリリィは変貌していった。
 だがそれでもリリィは逃げなかった。
 ロボット三原則の『自己の保持』を無視してまで、優先させるべきものがそこにはあった。
 戦う力はリリィにはない。だが目的を達成させるまでここから逃げ出すわけにはいかない。ボロボロになりながらも、リリィは|それ《、、》をなんとか掴んだ。しかし、その直後鬼の爪が彼女を襲った。




 死者の死を悼む通夜の席に、似つかわしくない者が入ってきた。
 そこにいた人々はそれがあのいなくなった少女型ロボットと気づくのに長い時間を有した。
 美しい少女だった面影は既に無く、そこに立っていたのは無機質で、ところどころ故障している機械の塊だった。
 人工皮膚はほとんど千切れ飛び、ドレスも少しだけ布地が引っ掛かっているだけである。鉄の骸骨のような不気味な頭が丸見えになっていた。
 その少女の形を|していた《、、、、》ロボットはたどたどしい二足歩行をし、棺桶に近づいた。
 泥塗れで汚らしい機械が遺体に近づくのを、ある者は止めようとし、またある者はその止めようとした者を止めた。
 静まり返る式場を、ロボットが畳の上を歩いていく。
 そしてゆっくりと棺桶を覗きこみ、残っている片方の機械の手に握られている|それ《、、》を博士の胸に置いた。
 それは百合の花だった。
 自然公園に咲いていた、綺麗な花。
 博士の娘と同じ名前の花。
 ロボットの名前と同じ花。
「サヨナラ……オトーサン……」
 壊れかけた人工声帯でロボットはそう呟く。
 ロボットは――リリィは初めて博士のことを父と呼んだ。

――終わり――



ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。