【HERO SAGA  上】


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はじめに


 まずは私の申し出を快く了承してくれたガナあきこと改造仁間―カイゾウニンゲン― シリーズの作者に心からの感謝を申し上げます。
 この作品は一周年イベントの企画の一つとして改造仁間―カイゾウニンゲン― シリーズの主人公、木山仁君を主人公という形でお借りしての話です。
 元の話とはどうしても雰囲気が違う部分はあるかとは思いますが、それでも少しでも楽しんでもらえれば何よりです。







    HERO SAGA
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 初等部の校舎から、下校を促す放送が小さく途切れ途切れに聞こえてくる。
 そのか細い音だけが、重苦しい空気が固着したかのような教室に僅かな彩りを与えていた。
「もはや放置はしておけん」
 円を描くような配置で座っている幾人かの男の一人が、その一声で長い沈黙を破る。
「同意する」
「奴は許しがたい存在だ」
 その声を皮切りに、他の男も口々に賛意を示す。差し込む西日で男たちの表情をうかがい知ることはできない。だが、彼らが苦々しい、あるいは忌々しい表情をしているであろうことはその声に如実に現れていた。
「だけど、結構活躍してるじゃないですか」
 目の前の資料にちらりと目をやり、一人がそう弁護しようとする。
「だからだ!」
 だが、その声は強い怒声にかき消されてしまう。
「あのような恥知らずの男が名を馳せること自体が…」
 ほんの少し考え込んだ男は、適切な言葉を見出し話を続ける。
「…そう、冒涜に他ならない!」
「そうだ!」
「冒涜だ!」
 男の言葉の選択は正解だったようで、場のボルテージは更に高まった。それを受け、議長役であるらしい男が話を引き取る。
「それでは、これで決定ということでいいかな」
 場の大多数の人間が賛成の頷きを返したのを見、議長の男は高らかに告げた。
「それでは、計画通りに事を進めるんだ!」
「冒涜の改造人間ガナリオンに制裁を!」
「制裁を!」
「制裁を!」
「制裁を!」


 ガナリオンこと木山仁(きやま じん)は戦闘員である。
 戦闘員とは悪の怪人の手先となってヒーローとの戦いで先鋒を務める、そんな仕事だ。
 そう、例えば今この時のように――。
「貴様らの悪行、天が見逃すはずもない!」
 仁たち戦闘員の前に立ちふさがる一人の男。
 ローングリーンとシャルトルーズを基調に、要所要所を目立ち過ぎぬ程度にブラウンとゴールドで締めた形のボディには円弧をモチーフにしたデザインが随所に施されている。
 両手の双刀は前後二段構えで突きつけられ、Fの字と鏡文字のFが縦棒のところで融合した形のバイザーの奥で眼光がヴン、と鋭くきらめく。
「ここから先、悪は決して通さない!」
 軽い横凪ぎの剣閃が戦闘員との間に一本のラインを描いた。形も無い、ただ空気をかき乱しただけの行為。だが、それによって生じたラインは気迫がこもることでまるでギロチンの刃のように足を止めるプレッシャーを放っていた。
「ええいFアークめ、いつもいつも…殺ってしまえ!」
 背後から響く怪人の声にようやく呪縛を解かれた戦闘員たちが弾かれるように飛び出す。
『よし、行くか』
 と仁も見ていて不自然にならない程度にタイミングを合わせてヒーロー―Fアークに向けて襲いかかる。
 振り下ろされる小型の鎌をほんの少し身体をひねるだけでかわし、即座にカウンターの一撃。返す刀で反対側の腕を振り上げ鎌を弾き、回し蹴りで吹き飛ばす。Fアークの動きは実に無駄のない、なおかつ魅せることを意識したものであった。
『やっぱすごいな』
 と感嘆の思いを抱く間にも隣の戦闘員が直蹴りをうけごろごろと仁の後方に転がり去る。次が仁の番であった。
「デス!」
 実に気合の入れにくい掛け声だが、そう決まっているので仕方がない。袈裟懸けに鎌を振り下ろすが、あっさりと弾き飛ばされる。
『次は踏み込んで間合いを殺しタックル…』
 武器を失っても冷静さを失わない仁。元々彼のスタイルは素手での格闘なのだ。言葉にすれば上の様になる思考を半ば本能的にショートカットし、仁は身体を沈めるようにFアークに向けて踏み込む。
『!』
 動きが読まれていた。ひねりこんだ肩を横から合わせられ、仁のタックルは受け流される。たたらを踏んだ仁が再びFアークに向き直った時には既に剣の絶好の間合いに捉えられていた。
『逃げるか受けるか…ってしまった』
 ようやく思い出した仁にFアークの一撃が襲い掛かる。
「デスデスデスデスデス…」
 両手をそろえる形での双剣の一振りを受けた仁は数mほど吹き飛ばされ、それでも勢いは止まらず更にごろごろと転がされる。
 地面にできた影の中でようやく止まった仁は素早く辺りを見回し、客の目が届かないことを確認してから立ち上がった。
「仁ちゃんお疲れさーん」
「あ、お疲れ様です」
 剣山のような髭で顔の下半分が覆い尽くされた大道具の男が仁にねぎらいの言葉をかける。
 戦闘員用のマスクを脱いだ仁は渡されたスポーツドリンクを飲みつつ舞台裏の覗き窓から外の様子を覗き込んだ。
「アークツインスラッシュ!」
「うおあああ!」
 観客のノリも申し分ない。Fアークショーは今日も順調だった。


「みんなお疲れー」
「ご苦労さん!」
 FAC。正式名称はフタバアクションクラブ。子供向けの特撮ショーを中心とした様々な活動を行う双葉学園のクラブの一つである。
 異能も利用した豪華な演出はメインターゲットである子供以外の人間にも評判は高く、強い需要を満たす形で複数のチームを抱えた大きな組織となっていた。
 実のところそれだけの組織を維持できるのはラルヴァに対する交戦意識を高揚するという国策の一環による支援もあってのことなのだが、現場のメンバーたちにとってそんな大人の思惑などはどうでもいいことだった。
 皆単純に特撮ショーが、観客に楽しんでもらうことが大好きなのだ。
 恋人の影響で特撮ヒーローものに興味が出てきたという程度の理由でここのバイトを選んだ仁だったが、まだ始めて一月程度にもかかわらずそんな彼らにすっかり馴染んでいた。
「みんな、今日もありがとう。子供たちが喜んでくれたのもみんなのお蔭だ!」
「河野(こうの)さん、お疲れ様です!」
「今日も凄かったっすよ!」
「まったく、あん時はマジで斬られたかって思ったぜ?」
 撤収作業も終わり寛ぐFアークチーム。そこに最後の人間が加わった瞬間、場全体がわっと盛り上がる。
 特に人を引き寄せるような魅力的な顔立ちをしているわけではない。他人を指揮することに秀でているわけでもない。
 それでも、彼は紛れもなくこの場の主役だった。
 河野一誠(いっせい)。ヒーロー『Fアーク』の専任アクターであり、FACのオリジナルヒーロー企画を作ろうということで始まったプロジェクトFアークの発起人の一人。
 現場においては誰よりも早く仕事を始め、誰よりも遅くまで仕事をしている。今日もFアークとしてショーの間ほぼ出ずっぱりにも拘らず、ショーの後も休むことなく子供相手のふれあいタイムの仕事をこなし、スーツを脱いでからも会場の責任者への挨拶と次回以降の公演の打ち合わせに奔走し、今ようやく戻ってきたところなのだ。
 そんな彼の周りには常に人が集まっている。仁もその輪には加わらないものの、どうかすると目で、耳で彼のことを追ってしまっていた。
「将来か」
 大学二年の一誠はそろそろ真面目に就職のことを考えねばならない時期だ。もっとも、彼自身はずっと以前から特撮業界への就職を志望しているとのことで、特に焦りは見受けられない。むしろ問題なのは組織に入ることによって今までのように好きなように現場にコミットすることができなくなるという点なのだ、と一誠は自らの悩みを周りに吐露している。
「将来、か」
 仁は一誠の話を聞くとはなしに聞きながら再びそう呟く。まだ高等部の生活を三分の一も終えていない彼にとって将来、卒業後の生活といったものはどうにも実感のあるものとして受け取ることができない。
 それでも、しっかりと考えなければ。そう彼は思う。
 彼、木山仁には恋人がいる。付き合い始めてから色々と紆余曲折があり、その結果として…仁と彼女、造間改(つくま あらた)は一人の男と女として行くところまで行ってしまったのだ。
 青春の情動に負けたわけではないと言えば嘘になるが、少なくともそれ以上に彼女が愛しい。当然、何も後悔なぞしていない。それは胸を張って言える…当の彼女の前だと恥ずかしくてなかなか言えないのだが。
 だから、彼女とはずっと…できれば一生一緒にいたい。そうなると、
『やっぱりしっかりした職につかないとなあ』
 とまあここまでは思い至るのだが、どうにもその後が確固たるビジョンを結べない。そもそも高校一年というのは将来設計というものを切実に考える必要のある歳ではないのだ。
 そういう意味ではこの仁の悩みは贅沢な悩み、ある意味で言えば罰のようなものなのかもしれない。ともあれ、あまり長々と悩む性質ではない仁はいったん考えを打ち切ることにした。
『考えるには疲れたしな』
 少し自分に言い訳し、仁は椅子にもたれながら頭の上で組んだ両腕をうんと伸ばす。と、手の先が何かに触れた。
「あ、すみません…って河野先輩!?」
 振り向いた仁は驚きの声を上げた。ついさっきまで向こうで話をしていた一誠がすぐ後ろに立っていたのだ。
「ああ、ごめん。驚かせたかな」
「いえ、いいんです。こっちこそ大声出してしまってすみません」
 いや、いいよ。そう笑って首を振った一誠は表情を引き締め話を続けた。
「頑張ってくれている木山君には申し訳ないんだけど…今日はちょっと色が出ていたね」
「…」
 ショーというものを一枚の絵画に例えるならば、一番目立つべき色は主役のヒーロー、次いで敵役の怪人。露払い役である戦闘員が余計な色を出してしまえば絵の調和が乱れてしまう。
 口を酸っぱくして言われていることだ。然るに自分はあの時戦闘員としてではなく試合か何かのような感覚で挑もうとしていた。
「おいおい、そんなしょぼくれた顔してんなよ」
 申し訳ないとうな垂れる仁にそんな豪快な声が降り注いだ。
「結果的に問題なかったんだし自分で自覚できてんならそれ以上言う気はねえよ、なあ一誠」
「言おうとしていたこと横取りするなよ」
「なら言おうと思わなかったことならいいのか?おい木山、こいつお前のことなかなか筋がいいって言ってたぜ」
「え?」
 乱入してきた怪人役の先輩の言葉にまた驚愕の声を漏らす仁。
「成長には日々のたゆまぬ精進が大事だからあまりこういうのは言わない方がいいかと思ったんだけどね…君なら大丈夫か。そう、僕の個人的な意見だが君には素質があると思う」
「今日のステージでも一誠にびびらずに冷静に動けたのは俺とお前だけだったしな、あまり大きな声じゃ言えないが。やっぱ経験があると違うのかねえ」
「確かに、ヒーローである彼を戦闘員なぞにしたのがミスキャストだったのかな」
 まるで変身ヒーローのように力ある姿に変身できる、それが仁の異能である。モース硬度7の赤の装甲、カーネリアン。それに身を包まれた彼のヒーローとしての名はガナリオン。
 日々の生活の糧のために、あるいは恋人を守るために、またある時はただ単に巻き込まれて。仁はこれまでガナリオンとして幾度となく戦ってきた。
 その経験は全て今の彼を形作る糧となっている。元々は望んでガナリオンになったわけではないとはいえ、今となってはガナリオンとしての姿も分かちがたい自分の一部だ、と仁は強くそう思う。あの時戦闘員になりきれなかったのも、おそらくは『ガナリオンとしての自分』としての反応だったのだろう。
「特撮ショーの素質…」
 自分にある才能、それを実感できずに仁は手を閉じたり開いたりした。
「君ならあるいは三代目のFアークを任せられるかもしれない。もっとも、そこまで行きたいなら正式にFACに所属してもっと頑張ってもらわないといけないけどね」
「今の練習が天国に思えるくらいの特訓が待ってるぜぇ」
 自らの学生生活の多くを注ぎこんだFアーク、その後継者に指名してもいいと真面目な表情で言う一誠。隣の先輩も冗談めいた口調であるもののその眼差しには期待が宿っている。
『将来、か』
 仁は心の中で三度呟く。即決できるような類の問題じゃないけど、河野先輩みたいな道を歩むのもひょっとしたら悪くないかもしれない。


 とかく男女の付き合いには金がかかる。
 それが、仁がバイトを始めようと思ったそもそものきっかけだった。
 無論、彼の恋人である改は浪費家でも男を財布にしか思っていない人間でもない。むしろその逆だ。
 でも、そんな彼女だからこそもっと喜んでほしい。笑顔を見せてほしい。
 お金で愛は買えないというのは確かに真理だが、それと同様にお金があれば愛を深めるに際してできることの選択肢が増えるというのもまた確かな真理だ。
 当座の目標として彼女の誕生日を忘れられない一日にしようと始めたバイト。そのその努力の成果が、今形になろうとしていた。
「さすがに一流ホテルって訳には行かないけど、ここの夜景は評判がいいって話だぜ」
「嬉しいよ仁ちゃん。でも、それで仁ちゃんが無理するくらいだったらあたし、別にこんな高いレストランじゃなくても構わないんだよ」
 喜びながらもこちらのことを気遣ってくれる、そんな彼女がたまらなく愛しい。
「大丈夫だっての。俺だって男なんだからもっと頼ってくれないと彼氏として甲斐がないぜ」
 ぼ、と頬を真っ赤に染める改。その顔を隠すかのように俯いた彼女はととと、と小走りに仁の元に駆け寄り、
「仁ちゃん、好き!大好き!世界で一番大好き!」
 と飛びついてきた。
「ぬお!?」
 仁より二周りも小さい改の肢体はまるで隣同士のピースのようにすっぽりと彼の胸の中におさまる。当然、その帰結として彼女のIカップのわがままバストは余すところなく仁の胸に押し付けられているわけで。
『ああ、おっぱいがいっぱい、いやいっぱいがおっぱいなのか?いやいや…』
 仁は彼女の恋人としてこの乳房の感触を覚えている――掌の細胞に刻み付けている。否、それだけではない。欲情という名の探究心を頼りに彼女のたわわなふくらみのどこをどう触ればどのような反応を得られるのか、完全に調べ尽くしている。
 知り尽くしても飽きることはない、いや、むしろなお溺れていく自分を感じていた。だからこそこの柔らかな丸みが自分の胸板で押しつぶされる感覚に、仁の肉体は呆れるほどに素直に反応していた。
 まるで反撃をするかのように、仁の体の血液が集中して膨張した一点が改のこれも柔らかな太腿に押し付けられる。ばつの悪さを感じて目をそらす仁に、改はくすり、と無邪気な笑みを返した。
「…いいよ」
 く、と身体を伸び上がらせ、改は仁の耳にほぼ零距離から湿った熱い吐息と共に許可の言葉を送り込む。え、と呆けた顔で向き直る仁を出迎えたのは改の熱に浮かされたような甘える表情。それは、いつもならば夜、部屋の電気を消した後でしか見せてくれない顔だった。
 周囲に鳴り響くのではないかという勢いで唾を飲み込む仁。そんな彼氏の姿に羞恥心を思い出してしまったのか、改はまた顔を伏せ、仁に体を預けながら彼の肩にのの字を描き出す。
 彼女にしては珍しい自分からのお誘いがよっぽど恥ずかしかったのかのの字はどんどんスピードアップしていく。始めは笑みと共に見守っていた仁だったが、どんどん力が強くなりまるで地震に遭ったかのような勢いで肩が揺さぶられるに至って慌てて恋人に呼びかけた。
「おい、どうしたんだ」
「仁ちゃん、仁ちゃん、仁ちゃん」
 だが、改は彼の名を呼ぶばかりで何も反応を示さない。肩を揺さぶられる勢いはますます増していく。彼を呼ぶ声もますます大きくなっていく。そして――


「――ちゃん、仁ちゃん、起きて!」
「…ん…あ…」
 意識だけが世界から切り離されて飛ばされたような感覚だった。いや、その逆、飛ばされた意識が戻ってきたんだ。そう認識することで仁の意識は完全に覚醒した。
 目を見開くと困り顔の恋人。脳に外からの刺激が加わったことで、堰き止められていた記憶が一瞬のラグを経て一気に流れ込んでくる。
『そう、今日のショーのバイトのあと家に戻ってきて改造魔と夕食食べてたら急に眠気が襲ってきて…』
「ごめん、この頃ちょっとバイト続きで疲れててさ」
「うん…」
 しょげたような顔でこく、と首を振る改。無理もない、と仁は思う。二人で一緒に食べる夕食、そしてご飯を食べながら今日一日のことを語り合うやりとりは彼女にとって(仁にとってもだが)とても大切な時間だったのだ。
 いつもの人をぐいぐいと引っ張る姿とは裏腹に、幼い頃に両親を亡くした彼女は寂しがり屋の一面を持っていた。今仁がこうやって彼女と同居しているのもそれが一因だ(ちなみに、どうして若い男女が二人暮らしという常識外の行為が認められているのかというと、仁が改のことを彼女の名をもじって改造魔と呼んでいるのと同じ理由――彼女の実験に付き合った結果元々持っていた異能をガナリオンへの変身へと変えられた、その結果仁が書類上超科学系異能者造間改の被造物、備品扱いになっているという裏技と呼ぶのもはばかられる豪快な手のお蔭であった)。
『仕方ないな』
 ヒーローショーのバイトに未練がないわけではない。自分のことを評価してくれているとわかったのなら尚更だ。だが、それで恋人が悲しむのなら投げ捨ててしまっても悔いはない。
「駄目だよ」
 そんな心を見透かすような鋭い眼光が仁を見つめていた。
「私のためにバイトやめちゃ」
「だけどさ、そのせいでせっかくの二人で話す時間が台無しじゃないか。それなら…」
 ぶんぶん、と改は大げさにかぶりを振る。
「バイトの話をしてる時の仁ちゃんはとても楽しそうだったよ。あたしも特撮とか好きだから楽しかったし、それにあたしは仁ちゃんが楽しそうにしてくれるのが一番なんだから」
 だから駄目、と仁の目をじっと見つめながらそう言う彼女の意思はカーネリアンよりも堅固で、それよりなにより、結局のところ仁は改のわがままには逆らえないのだ。
「わかった」
 だから仁は白旗を上げるより他に選択肢はない。
「代わりといっちゃなんだけど、今度大きいイベントがあるんだけどさ」
「ああ、あれ?クラスメートの子も楽しみにしてたよー」
「終わったらその場で特別手当をくれるそうだから、二人で何かいいもの食べに行こうか?」
「うーん、それもいいけど」
 と指を頬に当て小首を傾げる改。
「あたしはガナリオンの強化武器の実験がしたいなー」
「え」
 仁の脳裏にこれまで彼女の実験に振り回され続けた数多の思い出がよぎる。
「…ええい分かった!矢でも鉄砲でも持ってこい!」
「さすが仁ちゃん太っ腹ー!ってまあ嘘なんだけど。残念ながら天啓はまだ下りてきてないんだよねー」
「おい改造魔!俺の迷いと決意をどうしてくれる!」
「いいじゃないいいじゃない。じゃあ楽しみにしてるね、仁ちゃん」
「お、おう」
 涙の抗議も柳に風。入学式の出会いからこちら、こういう点ではなんら変わりない二人であった。


「なんというか、この学園には一体何人のヒーローが居やがるんだ?」
 『オールヒーロー大感謝祭』。そう銘打ち商店街の一つと共催する形で開かれたこのイベントは、今世紀に入ってから目立ちだした町興しのためのコスプレイベントと見た目が似ていた。
 商店街そのものがイベント会場となり、色とりどりのコスチュームに身を包んだ人間が堂々と闊歩する。だが、根本的なところで違うのはこの様々なコスチュームの人間は誰も彼も本物だということだ(本物という概念をどう定義するのか、という問題もあるが)。
 『ヒーロー協会』。このイベントに協力しているもう一つの団体である。協会と名乗ってはいるものの公的な組織というわけではない。それどころか双葉学園のクラブや同好会ですらない、ただの学外サークルだ。
 元々は変身できる類の能力を持つ特撮ヒーロー好きな数人の異能者のお遊びから始まったこのサークルは、同類の異能者をどんどん吸い上げて拡大し、学外サークルとしては異例なほどの戦闘系異能者を抱え込むまでに至った。
 団体としての性格の親和性からFACとの友好関係は深く、一誠を筆頭に両方に所属している異能者も多い。
 そういう訳で今この場にはFACの企画のヒーローとヒーロー協会に所属しヒーローを名乗り対ラルヴァ戦など様々な活動をするヒーローと、その両方が混じりあっていた。
 仁が本部の休憩室で暇つぶしに眺めている窓の向こうで様々なヒーローが通りすぎていく。ライダーモチーフのヒーローと宇宙刑事モチーフのヒーローが軽く挨拶してすれ違う。その向こうで佇むゼリービーンズを思い起こさせるカラーのヒーローはアメコミモチーフだろうか。彼らの反対側から仁の視界に入ってきた横一列で並んで歩く七人組はFACの企画ヒーロー、プリズムセブンだ。
 ヒーロー協会の中にもこういう舞台に出ることを好まないメンバーもいるという話だし、当然FACにもヒーロー協会にも属さずに活動する変身ヒーロー的な異能者もいるだろう。
 それらも合わせればこの学園都市島では今一体どれだけのヒーローが活躍しているのか、そしてそれが相手をすべき悪がどれだけあるのか。
 考えただけで気が遠くなりそうだ。
 突然、ノックもなしに休憩室の扉が開け放たれた。
「おい、戦闘員二十六号ってのはアンタか?」
 戦闘員にしろ怪人にしろ、その正体は魔物や異世界人や…種別はともかく人間ではないという設定になっているものだ。つまるところ戦闘員『役』や怪人『役』の中身がアクターの人間であるということは(当然大抵の人は承知済みなのだが)ばれないようにしなければならない。
「僕たちは観客である子供たちをがっかりさせることはしてはいけないんだ!」
 との一誠の強い意向もあり、こういうイベントやショーの場では役名を貫く、FACではそんなルールが徹底されていた。
 戦闘員二十六号とは今回のイベントでの仁の役名だ。いきなりの不躾な言葉に反発を覚えつつも仁はずかずかと入り込んできた黒いつなぎの男に頷きを返した。
「よし、出番だ、行くぞ」
 男は書類を目の前でひらひらさせると、顎だけで横柄に仁を促す。
 こういうイベントに出たがるような人間は目立ちたがりが多く、イベントを見に来るお客の前で派手な立ち回りがしたいという要望が山のように出ていた。
 だがそういう目立ちたがりな人間は往々にして裏方などやりたがらないもので、結果として毎度のように需要に対する敵役の供給が大幅に不足するという傾向にあった。
 過去敵役の取り合いでヒーロー同士で乱闘寸前の事態にまで陥った反省から、このイベントでは抽選で選ばれたヒーローに敵役を時間貸しするという形式を取っている。
 今男が仁に見せたのはそれを証明する書類だ。それはいいのだが、見世物が許可されたイベントエリアへの移動時間を考慮しても来るのが早すぎる。
 その分はただ働きになるのだろう。男の態度といい楽しい仕事は期待できそうになかったが、これも給料のうちと割り切り、仁は黙ってマスクを引っつかみ男についていった。


 各種資材の運搬も必要なので、商店街の一部は関係者専用エリアとして外と分断されていた。賑やかなお祭り騒ぎのすぐ隣にある、まるで正月の時のような静けさに包まれた街路。虚と実の狭間にあるこの仕事みたいだな、と思いながら仁は早足で歩く男に置いていかれないように進む。
 そうやって一種の現実逃避をしていた仁だったが、イベントエリアが見えてくる頃になるとそうも言っていられなくなった。目の前のいけ好かない男と会話するのは極力避けたかったし単純に言い辛いことでもあったが、仕方がない、と覚悟を決め仁は口を開く。
「あのー、こっちとしてもやりにくいんでそちらのコードネーム教えてもらえないかと…」
 男がぴたりと足を止める。地雷だったか?と身構える仁。目立ちたがりが多いだけに自分のことを知らないとわかると因縁をつけてきたり落ち込んだりと面倒なことになる確率が高い、FACの仲間から聞いたその言葉がよぎる。
「おぅおぅ、忘れてたぜ」
 だが、振り向いた男には地雷が起爆した感は見受けられなかった。にやりと笑うその顔はとてもヒーローには見えなかったが、まあそれは見なかったことにしてひとまず安堵する仁。
「俺の名はザ・スピードリッパー。よーくその脳味噌に刻んどきな、ガナリオン」
 え?とここで使うはずのない名を持ち出されたことに戸惑う仁。その空白を切り裂くように銀光が襲いかかる。
「何しやがんだ!」
 怪我の功名というべきだろうか。急にガナリオンの名を持ち出されて思考が止まっていたが故に、殺気に反応した身体が銀光――ナイフの一閃をかわすべく反射的に回避行動を取っていた。
 戦闘員用のコスチュームの胸の辺りにできた切り口が小さく風に揺れている。それが今の出来事が紛れもなく真実であるという何よりの証明だった。
「何しやがんだって?ぶちのめすに決まってんだろ、俺が、アンタを」
 まるでそれが自然なことだというように告げる男の姿が、次の瞬間かき消えた。慌てて飛び退る仁。再び感じた気配は瞬時に仁の後方に回り込んでいた。
 振り向きながら下がる仁に構わず、視線の先で男はフルフェースのヘルメットのようなものをかぶる。かぶりぐあいを確かめるかのように首を鳴らすと、男――ザ・スピードリッパーは改めて仁に向き直った。
 有体に言ってしまえば確かにぶちのめされるのが仁の仕事だ。だが、男の行動は指で数え切れないほどのルール違反のオンパレード、黙ってやられるつもりはなかった。
「ふざけんなよ!俺がやられ役になるのはあくまでショー、見世物だからだ。喧嘩を売るつもりならぶちのめされるのはお前のほうだぜ!」
 ガナリオンに変身しようとする仁。だが、その一瞬でザ・スピードリッパーは間合いを侵略し仁の前に立っていた。
「喧嘩?違うな」
 両手の指の間に挟んだ八本のナイフによる左右同時の斬撃。一瞬早く後ろに飛んだ仁をザ・スピードリッパーはそれ以上の速度で追撃し、更に追い抜き後ろに回る。
「変身する時間を与える気はないぜ。何しろこれは制裁だからな!」
 醒徒会にいるという噂のある異能者と似たような系列の異能なのか、ザ・スピードリッパーは姿を捉えることがやっとの速度で飛び回り四方から仁に切りかかってくる。
 防戦一方の仁の姿に更にかさにかかって攻めたてるザ・スピードリッパー。その目には獲物をいたぶる猫のような嗜虐的な笑みが浮かんでいた。
「ああ、そうかい」
 上段と中段、二撃連続の攻撃をスウェーでかわす仁。だがザ・スピードリッパーは即座に飛び出すや、あっという間に仁の後ろを取る。
「人を舐めるのもいい加減にしろ!」
 仁は体を入れ替え、丁度正面に飛び込んできたザ・スピードリッパー、その無防備な鳩尾に正拳を放った。
「ぐぼぁ!」
 『化勁』とも呼ばれる回転の力――かつて仁の特訓に付き合ってくれた太極拳使いの先輩が教えてくれた技法――を取り込んだ一撃はザ・スピードリッパーをくの字に折り曲げ、その状態のまま吹き飛ばす。
『ありがとうございます、先輩』
 仁の強さは彼一人の強さではない。これまで彼を手助けしてくれた人たち、そして戦ってきた相手たちの強さでもあるのだ。であるならば、たとえ赤煌の鎧を纏わずともこちらを無力な獲物と舐めてかかり単調な攻めしかしてこない人間に負ける道理などない。
「おい、起きろ。どういうことか洗いざらい喋ってもらうぞ」
 壁にしたたかに打ち付けられ戦意喪失したザ・スピードリッパーに詰め寄る仁。そこに騒ぎを聞きつけたのか複数の足音が聞こえてきた。
「!」
 四方からぞろぞろと名も知らぬヒーローたちが現れてくる。思わす身構える仁だったが、その中に知った顔を見つけ安堵の吐息を漏らした。
「河野先輩!…あ、これは向こうからいきなり襲ってきたんで仕方なく、正当防衛です」
 呼びかける途中で客観的な状況に気付き慌てて弁明する仁。何度か頷き仁の話を聞いていた一誠―Fアークは鉛を練りこんだかのような重苦しい声音で彼の言葉に応じた。
「……木山君、君は運が悪いな」
「そうなんですよ、一体なんでこんなこと…!」
 喋る途中で違和感に気付き、仁の言葉は萎れるように立ち消えてしまう。再び見やったFアークは右手の剣を逆手に構え大きく振りかぶっていた。
「アークウェイブ!」
 右手の一薙ぎが生み出した衝撃波が地面を一直線に裂きながら仁を狙う。慌てて飛びのく仁、彼がさっきまでいた場所を駆け抜けた衝撃波は背後の壁にぶつかり壁にひびを残して消えていく。
 特殊な念動能力(サイコキネシス)、〈演神(エンジン)〉。この破壊はその名を持つ一誠の異能によるものだった。普段のショーでも活用していた異能であったが、仁もここまでの威力で使用したのを見るのは初めてだ。
『本気なのかよ…!』
 と思い悩む間もなくFアークは両手の双剣を振りかざし仁に迫ってくる。あれは左右同時攻撃の大技『アークツインスラッシュ』の構えだ、戦闘員としての経験でそう察した仁はあえて前に飛び出し振り下ろされるFアークの両腕を自らの両手で受け止めた。
「一体なんなんですか先輩!」
 その問いに対する答えはないまま、ただ両腕の押し込む力だけが増していく。仁もそれに応じ押し込む力と受け止める力との拮抗状態が続く中、仁はなおも呼びかけを続けようとする。
「ちゃんと説明してくださいよ!…え?」
 Fアークが突然腕を引き、かすかな隙を突かれた仁の体勢が崩れる。次の瞬間には体勢を戻した仁だったが、その時には軸足を中心に半回転する形で回りこんだFアークに横を取られていた。
「グランドアーク!」
 身体全体のひねりを乗せた大振りの横薙ぎ。躊躇いなく振りぬいた攻撃は仁を吹き飛ばしステージの外壁に叩きつける。衝撃に耐え切れず崩れる外壁。仁が外壁の向こうに放り出され、更にその上から壁の破片が雨のように降り注ぐ。
 瓦礫の砕片が漂う煙の中、そこからはもう動くものの気配は感じ取ることができなかった。





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