【双葉学園忌憚研究部 第四話「ドッペルゲンガー」 前編】


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「ヒビキ」
 私を呼ぶその声が嫌い。
「ヒビキ……俺が守ってやるからな」
 私に放つその言葉が嫌い。
「ヒビキ」
 私を見るその目が嫌い。
 私に触るその手が嫌い。
 私を理解するその心が嫌い。
 私の鏡のような、貴方が嫌い。

「うむぅ……」
 東堂 蒼魔(とうどう そうま)は気だるい眼をこすりながら、携帯を開いて時刻を確認した。
 待ちうけ画面にはデジタル表記で「14:21:35」と書かれており、右端の数字がめまぐるしく進んでいく。
 そろそろ、放課後になって皆が来る頃かな……。携帯をパタンと閉じて、頭を机に打ち付けて目を閉じる。
(……何で、あの時水無瀬は俺を……)
 昨日、2-Cの優等生、水無瀬 響(みなせ ひびき)の姿をした「何か」に襲われてから、蒼魔は考え事が止まらなかった。謎や疑問が次々と浮かんでは消え、頭が苛まれる。
 蒼魔に過去を見せて精神攻撃を仕掛けた正体不明のラルヴァ、何故か自分の過去を知っていた響の姿をした「何か」、そして、響自身にも疑問があった。
 何故彼女は、自分があそこにいると分かったのだろう? 本人は忌憚研究部の緊急招集でメールがあった、と言っていた。
 ……ただの偶然、とも考えられない訳ではない。裏山に緊急招集というのは、そこまで珍しい話でもないからだ。
 だが、おかしいのは、もし仮に偶然緊急招集があったとして、何故響は一人で行動していたのかという事だ。
 忌憚研究部の原則として、調査はツーマンセルで行うというものがある。しかし彼女は蒼魔を助け、二人で学校に戻る時も自分と行動しているはずの人間の事は気にしなかったし、そのまま蒼魔と別れても裏山に戻る気配はなかった。
 蒼魔はあの時混乱していたので、深く気に留めなかったが、響と別れた後、冷静になって考えると今回の事件には様々な謎が残されている事に気付いた。
(もし水無瀬に本当にメールがあったとして、送った人間は、水無瀬に俺を救わせる必要があった、って事か? 俺や水無瀬の関係……俺も知らない、なんらかの関係を知っていたって事か?)
 心当たりがない訳ではない。蒼魔が忌憚研究部に入るきっかけになったのは、とある部員からの勧誘だった。
 三年生で、名を斑鳩 夜(いかるが よる)という。響と同じ黒い長髪だが、両目を隠すように伸ばされた前髪と気配の無さで不気味なオーラを醸し出している。
 彼女は蒼魔を一目見て、「特別な存在」、「忌憚研究部に必要な存在」だと言った。
 おまけに蒼魔すらが拒絶し、封印していた異能「同調(シンクロニシティ)」の存在を独りでに気付き、開放を示唆したのだ。
 それでも忌憚研究部に入る事を拒んだ蒼魔に、彼女が放った一言は今でもしっかりと覚えている。
「君が望まなくても、君の『中』にある深く根付いた糸は、君を決して逃さない。宿命からは逃れられないのよ」
 その言葉の後、蒼魔は自分を傷つけてきた義理の父、白石 総司郎(しらいし そうじろう)が忌憚研究部の顧問だった事を知る。
 双葉学園の教師をやっている事は知っていたが、教師の数が多すぎてどこの学部かも、学年かもどの授業の担当かも分からなくて探しようがなかった蒼魔に、まるで狙ったかのように入ってきた情報。
 そして今回の事件の謎。蒼魔には何か、自分の裏で大きな陰謀が渦巻いているのではないかという疑念にかられていた。
(もし例えば、斑鳩先輩が水無瀬と俺との何らかの関係を知っているとして、その関係の為に水無瀬をあそこへ向かわせた……ならあのラルヴァは斑鳩先輩が? ……!)
 そこまで考えて、蒼魔はふとラルヴァに襲われた時の感覚を思い出した。
 内臓を隅々まで覗かれるような感覚。吐き気を催す、頭のてっぺんからつま先までを掌握されているかのような悪寒。
 紛れもなく、斑鳩 夜の異能「思念探知(ヴィジョン・シンパシー)」を受けた時と同じ感覚だった。
 彼女の能力は人間の思念の糸を手繰り寄せる能力だ。そして彼女自身、「人間の深層意識にまで潜って思念の糸を判別できる」と説明していた。
 ならば、蒼魔の過去、奥の奥にまでもぐり、全てを知るのはたやすいことではないか? 現に蒼魔は一度、彼女の能力をその身で受けている。
 もしもあの時に彼女が蒼魔の過去を見て、さらには響の過去も見ているのだとしたら―――――蒼魔さえも知らない二人の関係を知っていても不思議ではない。
 そして二人のなんらかの関係の為に蒼魔を思念探知で襲い、何度も過去を見せた。そしてそれを響に救わせ、蒼魔に疑問を持たせた。 
(でも、彼女の能力は触れなければ不可能なはずだ。俺はあの時誰にも触られてなんかいないし……。それにもし斑鳩先輩が犯人なら、水無瀬の姿をしたラルヴァは一体……)
 考えても考えても答えは出ない。それどころか、謎が増しているような気さえする。最早疑心暗鬼になりそうであった。
(……ダメだ。頭がこんがらがってきた)
 グシャグシャと髪をかき回して、立ち上がる。
 相変わらず窓を開けていても部室は蒸し暑かった。窓際に立って、少しでも風を感じる。蝉の鳴き声がダイレクトに耳に届いて張り裂けそうだ。
(水無瀬が俺に見せる、たまに悲しそうな顔……。あれも、あいつが何か俺と関係があるからなのか……?)
 そういえば彼女は、蒼魔に対して特別な対応をする事が多かった。それを、蒼魔に「恋」してるんじゃないかなんてからかわれたものだが。
 まさか、でも、もしかしたら――――そんな言葉ばかりが蒼魔の脳裏をめまぐるしく回って、決して一筋の線を描く事はない。むしろ複雑に絡まった線が解き目を忘れて頭を混乱させていく。
 何かを確定させるには、とても情報が足りなかった。そうだ、自分は何も知らない。
(水無瀬に詳しく聞いてみよう)
 丁度今から向かえば、HRが終わった頃になるだろう。蒼魔は肩をコキコキと鳴らして歩き出す。浮かない気分はそのままに、足だけは速まった。

 二年生の校舎に着くと、HRは既に終わっていたらしい。ざわざわと生徒達が下校前のひと時をそれぞれに過ごしていた。
 蒼魔はその間をかいくぐり、なんとか2-Cまでたどり着く。丁度いい事に、入り口のすぐ側に水無瀬がいた。
 響は男子生徒二人と仲睦まじく会話をしている。手前側にいる男は知っていた。割と細身の体にひょうきんな笑顔がよく似合う、拍手 敬(かしわで たかし)だ。蒼魔が直接会話した事は殆ど無いに等しいが、彼がバイトをしている店、大車輪にはたまに行くので顔はよく知っていた。
 奥にいる男は……詳しくは知らない。身長は180センチを優に超えるであろう、大男だ。拍手越しからでもその顔が拝めた。確か名を……召屋 正行(めしや まさゆき)と言ったか。
 二人とも、響との話を楽しんでいるようだった。なんとなく割って入りづらいので、蒼魔はわざと通行人のフリをして三人の会話を盗み聞く。
「うん。また分からないところがあったらいつでも聞いてね。私でよければ、いくらでも教えるから」
 どうやら響に勉強を教えてもらっていたらしい。そういえば今日、数学の一斉抜き打ちテストがあるって言っていたか。二人の手にはテスト用紙らしきプリントが握られていた。
 拍手の方は平均点より少し低い程度、という感じだったが、召屋の方は若干問題に感じられる点数だった。
「悪いな、水無瀬。字元も水無瀬をよこしてくるとか、遠まわしな事するぜ。俺の点数に不満があるなら、はっきり言えってんだ」
「まぁ、そう怒るなよ召屋」
 拍手がへらへらと笑いながら召屋の肩を叩く。
「俺も友達のよしみで付き合ってやってんだからさ。水無瀬の教え方は分かりやすいし、これで次抜き打ちがきてもも楽勝ってなもんだな」
(お前は別目的だろ……)
 召屋は心の中でそう突っ込む。気にせず拍手は続けた。
「ところで水無瀬、よかったら今度また勉強教えてくんねえかな。ほら、まだ不安な所とかあるしな。なんならうちの店でチャーハン半額にしてやってもいいぜ」
「えっ本当に? 嬉しいなあ、私あそこのチャーハン大好きだから」
 響は拍手の提案に手を叩いて喜んだ。しめしめ、と拍手も微笑んでいる。黒々しい彼の企みを即座に感じ取ったのか、召屋はだるそうに手を振った。
「……やめといた方がいいぞ、水無瀬。ものすごーく卑猥な企みが影に潜んでいるから」
「あっ、なんだよ、ひでえ言い草だなあ。俺たち親友だろ? 俺の日々の楽しみくらい多めに見ろよー」
「???」
 響は何がなんだか分からない、という表情で二人の会話を聞いていた。
 通行人のフリはあまり上手くなかったらしい。拍手が、付近を見るからに怪しくウロウロしている蒼魔に視線を向けた。
 それにあわせて他の二人も蒼魔を見る。響があっと声をあげた。
「東堂君。どうしたの?」
「あ、いや、あのー……ちょっと話が」
 なんとなく気まずかったので蒼魔は誰とも目をあわさずに、静かに響に言う。
 響は蒼魔の「ここでは話したくない」という空気をなんとなく感じ取ったのか、自ら場所移動を促してくれた。
「あ、じゃあ、屋上とかではなそっか。その前に私、ちょっとトイレいってくるね。先行ってて」
 響はそそくさと女子トイレに向かい、途中で振り向いて拍手達に手を振った。
「二人とも、またね」 
「おう、またなー」
「サンキューな、水無瀬」
 二人とも、蒼魔の事を別段気にしてはいないようだった。響に笑顔で手を振り返す。蒼魔はそんな二人に挨拶もせずにさっさと屋上へ向かうのだった。
「……あの二人、付き合ってんのかな」
 完全に蒼魔と響の姿が消えてから、拍手がポツリと呟く。
「え? あぁ、水無瀬と……東堂だっけか。今の感じは確かにちょっと、訳アリって感じだったな」
「最近あいつ達、たまにウチの店に来るんだよなあ。なんかぽっちゃりしたのも連れてくるんだけど、あの二人の間だけ濃密な空気が……くぅっ許せん! 星崎に次いだおっぱいの持ち主を独占するなんて!」
「落ち着けよ、拍手」
「これが落ち着いていられるかっ! 俺たちのおっぱい、いや、俺たちの青春を奪われたんだぞ! 夏が来ると薄くなった制服から豊満なおっぱいが見えて……星崎と水無瀬は授業中に盗み見れるオアシスだったというのに! チクショウっこんな事なら先にツバつけとけばよかったぜ」
「お前はともかく俺の青春では別にないぞ。それに二人が付き合っても別に盗み見る事自体はできるだろ」
 冷静な突っ込みをいれる召屋に、尚も興奮がおさまらない拍手は地団太を踏み出す。
 その背後に、冷徹な声が響いた。
「誰がぽっちゃりだって……?」
「うわっ佐倉! いきなりでてくんなよ、びっくりした」
 いつの間にか話を盗み聞きしていた、2-Bの佐倉 未央(さくら みお)が般若のように顔を険しくさせて拍手を問い詰めた。今日も爽やかなショートカットにお気に入りのさくらんぼのヘアピンが光る。
「あんた、誰のおかげで響と仲良くなれたと思ってんのよ。そもそも、大車輪の常連は私だったでしょうが。そのツテで響と仲良くなれるチャンスをあげたっていうのに、言うに事欠いてぽっちゃりだあ~? 殺すぞこの野郎!」
「な、何もお前の事とはいってないだろ。ほら、もう一人連れてくるじゃねえか、胸はお前と同じで残念だけど痩せててスレンダーな……あ」
 痩せててスレンダーとぽっちゃりは、決して一人の人間に当てはまらない言葉である。未央の顔面がみるみるうちに紅潮し、今にも鬼と化しそうな程殺気が溢れていた。
「か~~し~~~わ~~で~~~。あんたは今殺す、ここで殺す、すぐ殺す、即ころーす! ついでに響に『水無瀬っておっぱいないよな』って影で言ってたってばらしてやるうううー!」
「そっそれだけは! 殺すのはいいからそれだけは……って殺されるのも嫌だ! じゃあな召屋っまた今度暇ならチャーハンでも食いにこいよ!」
「こらまてぇぇぇぇぇええーーーーかしわでええええぇぇぇぇえぇえぇぇぇ……」
 勢い良く走っていく二人を見送って、召屋は今日何度目か分からないため息をついたのだった。

 屋上に出ると涼しい風がひょうと蒼魔の体にぶつかるが、燦々と照る太陽のおかげでプラスマイナスゼロ、といった感じであった。
「お待たせ。ごめんね」
 響はすぐに来た。走ってきてくれたのか、少し息があがっており、顔が火照っている。それを冷ます為に、ぱたぱたと手で顔を扇ぐ響の仕草が可愛らしい。
「ふうー。暑いねー、まだまだ。私、夏より冬の方が好きだな。虫も出ないし……雪が降ったら、一面すごく綺麗だよねぇ」
 蒼魔は頭上よりも遥か高く張り巡らされた格子状の網に手をかける。太陽に熱されてじんわりと温かかった。返答がない事を不審に思って、響が不安そうに蒼魔の名を呼ぶ。
「東堂君……?」
 蒼魔はどう切り出すべきか悩んだ。まるで彼女を疑っているような質問をしてしまっては、傷つけるようなことにもなりかねない。過去のトラウマに囚われていた蒼魔に、強く叱咤してくれたのだ。そのお礼にも、できるだけ穏便に事を運びたかった。
「あのさ、昨日のことなんだけど……」
 質問が来るのを予期していたのだろうか? 振り向いて蒼魔がそう言うと、響はきゅっと口を締めた。端整な美しい顔が、覚悟の色が浮かぶ険しいものになっている。
「忌憚研究部から緊急招集って言ってたよな。あれって、誰からのメールだったんだ?」
 響は目を伏せた。その意味は、蒼魔には分かりかねたが、あまり良い知らせではないようだ。やはり、彼女は何か隠し事をしているのだ。
「斑鳩先輩だよ。裏山で流行ってる都市伝説の儀式を誰かがやった跡があるっていうから、調べに行ったの……」
「一人でか?」
 響はややあって、首を縦に振る。
「その時はね。私一人で、充分だったし……」
「水無瀬……何でそんな、分かりやすい嘘をつくんだ。調査は原則的に二人一組って、決まってるじゃないか」
 響は苦虫を噛み潰したような表情で、下を向く。
 彼女が何故こんな嘘をついたのかは分からないが、追い詰めているようで気分が悪かった。
(もしかして、これもラルヴァ……? いや、ばかな。さっきまで拍手達と話してたんだぞ、ありえない)
 蒼魔は頭を振った。疑心暗鬼にかられた心が、最早何も信用を許さない。
「水無瀬……頼む。本当のことを言ってくれ」
 響はその時初めて蒼魔の顔を見た。彼女の表情は不安に揺れて、しかし瞳の奥には、小さな光が宿っていた。
 強く蒼魔を刺すその光。その光が示す意図は、蒼魔には分かりかねた。
 やがて響はまた目を伏せて、少し黙った後、おもむろに踵を返して走り出す。
「水無瀬!」
 蒼魔の言葉を無視して、彼女は階段を駆け下りていった。蒼魔も慌てて後を追う。
 普段、運動を苦手とする響とは思えないほどの速さで彼女は走り去っていく。
 蒼魔も必死に追いかけるが、夏バテ気味のだらけた体力では追いつくどころか、どんどんと距離を離されていった。
 階段を二つ三つ降りた辺りで響は廊下を走っていく。そこからおそらく、角を曲がって更に階段を降りていったが、蒼魔も慌てて降りたところで見失ってしまった。
「ハァ、ハァ……」
 汗が滝のように溢れ出し、蒼魔は荒々しく胸を上下させて膝に両手を置く。
 視線をあたりにめぐらすが、彼女の姿はどこにも見つけられなかった。
 蒼魔はひとまず息をついて、近くの壁にもたれかかる。
「くそっ……せめて体育くらいはサボらずやっておくべきだった、かな……」
 数秒立ち止まっていても、荒くなった息は鎮まらなかった。
「……くそっ」
 自分のやるせなさに蒼魔は歯をくいしばる。救ってもらった彼女を疑った事で、傷つけてしまったのだろうか。だとしたら最低だ……。
 蒼魔は自己嫌悪に陥って、頭を抱えた。もしあれがラルヴァだろうとなんだろうと、響は助けてくれたのだ。なぜもっと言い方を考えなかったのだろう。
 そんな風に自分を責めている蒼魔の前を、ふいに女生徒が走っていく。未央だった。
「あっ、東堂君!」
 未央も走り回っていたのだろうか、蒼魔の姿を確認すると立ち止まり、荒々しい息をそのままに噴き出る汗を手で拭った。
「ゼェゼェ……拍手見なかった!? くっそあいつ、あんま体力ないと思ったのに意外にすばしっこくて……」
「いや、知らないな……」
 蒼魔はできるだけ冷静を装ってそう答える。未央は悔しそうに歯軋りをした。
「あーもう! 後で、大車輪に突撃してやる! あいつの顔面にあいつの作りたてのチャーハンぶちまけてやる! ……ところで、東堂君も誰か探してたの?」
 未央と同じように汗を流しながら息を荒げている蒼魔を見て、未央は首を傾げた。
「あ、あぁ。ちょっと、水無瀬を……」
「響? もう放課後だし、部室にいるんじゃない?」
「いや……」
 どうしよう。蒼魔は、彼女に事の顛末を話すべきか否か悩んだ。自分が響を疑っていると知ったら、響の親友である未央はどう思うだろう?
「あのさ……」
 だが、情報は少しでもほしい。未央なら、響の過去について少しは知っているかもしれない。蒼魔は腹を括って、彼女に全てを話す事にした。

「ふーん……そんな事があったんだ、昨日」
 とりあえず立ったまま話すのもなんなので、二人は中庭に出て近くのベンチに座った。
「にしてもさぁ」
 未央はふくれっつらで愚痴を零す。
「召集かかるのっていっつも、東堂君とか響とかだよね。私なんか全然呼ばれなくて、もう部室の本全部読みつくしそうだよ」
 蒼魔を気遣っているのか、響の行動に対する疑問点に気付きながらも気付かないフリをしているのか。未央はさして気にしない様子で不満を口にした。
 未央は響と同じ、異能を持たない人間だ。響には魂源力を込めてラルヴァにダメージを与える光を放つ霊具が与えられているが、未央は魂源力も人並みで霊具も与えられていない。
 その辺りの事があるのか、あまり調査にかりだされる事はなかった。いや、それよりも、彼女の逞しい行動力は余計なトラブルを起こしがちなので、そういった理由なのかもしれない。
 とにかく本人としてはそれが納得いかないようで、日ごろ「体がなまっちゃう」とぶつくさ言っているのだった。
「それで、響を探してどうするの?」
「いや、何で水無瀬があの時裏山にいたのかを確かめようと思って」
「ふーん。それってそんなに気になる?」
 未央は全く気に留めてない様子で、携帯をいじりはじめる。……自分が深く考えすぎなのだろうか? なんだか彼女と一緒にいると、肩透かしをくらうようであった。
「だってさ、俺があの時裏山に行ったのは偶然なんだぜ。それに都合良く合わせるかのように裏山に緊急招集がかかったなんて……考えられないだろ」
「そう? ただの偶然じゃないかなあ。裏山に緊急招集って、そんなに珍しくもないじゃん。」
「でも、ラルヴァが襲われたあんなタイミングで……それに、あいつ一人だったし。調査は原則的にツーマンセルだろ?」
「うーん……あっ」
 未央は何かひらめいた、というように手をポンと叩いた。
「わかった! 今までの響は全部、そのラルヴァなんだよ。東堂君を助けたのも、実はその前に変身してたラルヴァ」
 突拍子もない発言に蒼魔は唖然とする。
「へ……? い、いや、俺さっき水無瀬に会ったけど、普通に拍手達と会話してたぜ」
「だから、それもラルヴァ。響のフリして生活するのが目的なんじゃない?」
「ならなんで俺を襲ったんだ」
「うーん。それはあれじゃないかな、東堂君の記憶の中に入って、響の情報を取り出そうとしたとか。実は全て偶然じゃなくて、ラルヴァが仕組んだ事だったのだ!」
 ……あながち、ありえない話でもないかもしれない。俺に過去を見せて動きを封じながら、情報を探っていたと。だとすると、本物の響はどこに行ったんだろうか?
「じゃあ、本物の水無瀬は……」
「ほら、都市伝説でドッペルゲンガーってあるじゃん。自分とソックリの別人がいつの間にか勝手に行動しててさ、出会うと入れ替わられちゃうってやつ」
 確かに、ドッペルゲンガーは有名な都市伝説の一つだ。つまりあの響は、響が持つ情報だけではなく、他の人間(拍手や召屋でさえも)からの自分の情報を入手して完璧に響を演じられるようにしていたと。
「もしドッペルゲンガーが現実化して、そういうラルヴァがあらわれたんだとしたら」
「響の記憶を盗み見る事で、東堂君の過去やらなにやらも知ってたし、入れ替わりに襲う事で響が持ってた霊具も奪った。……じゃあ、響は今ちょっと、ヤバイかもねえ」
 未央は呑気に言うが、これは大問題である。つまり少なくとも昨日から、響はどこかで大変な目に合っている可能性があるという事だ。
「やばいぞっ! 水無瀬を探さないと……」
 蒼魔と同時に未央も立ち上がって、二人ともとりあえず辺りを見回す。
「んじゃあ、私こっち探すね。後、忌憚研究部の皆にもメールしとくから」
 未央はそう言ってけだるそうに歩き始めた。蒼魔はそれを横目で見て、未央とは反対の方向に走り出す。
 もし昨日からの響が全て、ドッペルゲンガーというラルヴァだったとしたら。響のフリをして蒼魔に接触し、裏山に誘い出して精神攻撃を仕掛け、その後に救うフリをしてもおかしくはない。
 無数にある校舎の間を走り抜けて、辺りを見回す。しかし、当然というか響の姿は見当たらない。
 焦燥感だけが蒼魔の胸にくすぶり続け、どこから探していいものか途方にくれた。
(そうだ……あいつの携帯に電話をかけてみれば)
 そう思いついて、制服のポケットから携帯を取り出して響に電話をかける。3コールでつながった。
「もしもし」
 響の声は静かで穏やかで、落ち着いていた。
「水無瀬? 今、どこにいる?」
 蒼魔はできるだけ言葉を選んで、切られないように慎重に声をかける。
「……旧校舎。多分……部室の近くの教室だと思う」
 だと思う、という事は、縛られているか閉じ込められているか、何かしら動けない状況にいるのだろうか?
「わかった。今すぐ行く」
 とりあえず彼女は無事だったので、蒼魔は安心した。しかし、あまりに冷静で落ち着いている響の声には、何か不気味さを感じない事もなかった。
 罠、だろうか? もし一連の事件が、ドッペルゲンガーというラルヴァ説ではなかったとしたら。
 彼女は緊急招集メールを送った相手の名前に斑鳩 夜を出した。それはあの時のラルヴァの攻撃を斑鳩のものだと仮定する蒼魔の説と一致する。
 もし彼女に本当に斑鳩がメールを送り、二人で蒼魔を襲い、救う演出をしたのだとしたら……
(違う!)
 蒼魔は慌てて首を振った。緊急招集のメールは、普段斑鳩や部長の月白 恭史朗(つきしろ きょうしろう)から送られてくる。
 つまり単純に記憶を読み取って斑鳩の名前を出した可能性もあるのだ。というか、今まで何の関係もなかった水無瀬と自分に、実は隠されていた関係があったなんて、信憑性が低すぎる。
 何をそんなに疑っているのだろう。蒼魔は自分の情けなさに歯を噛み締めた。とにかく、響に会おう。会って、真実を確かめよう。
 校舎の間をあみだくじのように抜けて、巨大なグラウンドに出る。体育館やプールの隙間を通り、旧校舎に向かった。
 古ぼけた木製の壁に蔦が絡み付いている旧校舎の外観は、いつもより不気味に見えた。



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