【福祓い鬼物語】


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 福祓い鬼物語
 ラノで読む




「ところで」
「ん?なんだ?」
 まるで蛇口の壊れた水道のようにとどまることを知らない言葉の奔流。背中から浴びせられ続けるそれの一瞬の緩みを突き、整った瓜実顔とそれと正反対の印象を与える三白眼の青年が流れを断ち切るべくそう切り出した。
「いや、な。『猿の手』の話は聞いているか?」
「あん?量産型の猿の手とやらが近頃あちこちに出回ってるってあれか?」
「ああ、それだ」
 後ろを歩く青年の狐のように細い目――彼のだらしない格好とぼさぼさな髪型から察せられるのと同様、関心のない事柄には全く無頓着で反応を示さないその目――が僅かながら見開かれているのが、前を歩く三白眼の青年にはその声音だけで手に取るようにわかる。
 三白眼の青年は唇をほんの少しだけ歪め、決定的な言葉を開示した。
「その量産型の底に一体何が書かれてるか、一佐男(いさお)、お前には分かるか?」
「む」
 一佐男と呼ばれた細い目の青年の顔が一瞬強張る。そして細い目を目いっぱいにくわ、と見開き(彼は一佐男の細かい癖も見ることなく読み取れるほど十分に把握していた)、一佐男は力強くまるで宣戦布告のように言葉を叩きつけた。
「なかなか難しい勝負突きつけてくるじゃねーか。いや、待て!ヒントは要らん。この俺、陣台(じんだい)一佐男、『勝負師』の名に賭けて必ずやこの勝負に勝ってみせる!首洗って待ってろ崇志(たかし)!」
「ああ、時間制限はつける気はない。ゆっくり考えるんだな」
 その返答すら果たしてまともに脳まで届いているのか、一佐男はあっという間に内なる思索へ入り込んでいた。
 一佐男の口が動きを止めたことで、自然、動物の生活音や風に揺れる葉の音が辺りに戻ってくる。やれやれ、と崇志と呼ばれた青年は小さく肩をすくめた。
『まったく、面倒な奴だ』
 彼、百目鬼(どうめき)崇志と陣台一佐男は双葉学園高等部二年N組において『N組の鼻つまみ者』を自任する二人であり、しょっちゅう授業を抜け出しては興味の赴くままに様々なこと――多くは常識的にはロクでもないことに分類される――をしでかしたり、あるいはその資金稼ぎのためにギャンブルで稼いだりと破天荒な毎日を過ごしている。
 崇志はそのほとんど全てを一佐男と組んで行っていた。それだけの価値がある人材だ、と崇志は判断している。少々珍しい異能の持ち主である一佐男は、ある一定の限定された状況下なら無敵、とまではいかないにせよ相当に強い。
 いや、それより大事なことは奴が常識という太い柱に自分をくくりつける螺子、それが外れている人間だってこと。つまり俺についてこれる人間だってことだ。
 そう判断したから共犯者としてスカウトした。その判断が間違っていたとは思わない。唯一つ計算外だったのは――
『つーわけで勝負師の俺様大勝利、めでたしめでたし』
『全財産まきあげたぐらいで逆切れなんておかしくね?嫌なら下りりゃいーんだよ』
『ああそうさ、奴はすごかった。俺様のほうが十倍賢くて十倍強かっただけさ』
 自尊の心が自分と言う器を満たすだけでは収まらないのか、とかく何かあるたびに自慢話を語りたがる。さすがの崇志もいささか辟易していた。
 そこにプライドを有するが故に、自分のフィールドでの『勝負』からは決して逃げようとしない。崇志が把握した一佐男の原則を利用することで今はこうして黙らせることができたものの、もしこの問いに答えられたらまた新たな自慢話の種を提供することになる。まさに痛し痒しであった。
『まあ、今はおいておこう』
 一佐男のことは脇に置きやり、崇志は飲みかけの缶ジュースを一気に飲みきると、そのまま空缶を放り投げた。もし万が一誰かが踏んでしまえば滑るかもしれず、あるいはそのせいで怪我をすることもありえるのだが、彼はそんなことに気をやる類の人間ではない。今投げ捨てた缶のことなど瞬時に記憶から削除し、思考を戻す。
 今崇志はかなり大掛かりな計画を進めていた。現状ではまだ下準備の段階で、一佐男と手分けして根回しに奔走している。新しい道ができたことで半ば放棄された双葉山の旧遊歩道、ほぼ獣道と言えるまでに退化している歩くのにも一苦労なこんな場所までわざわざ赴いているのも一佐男との打ち合わせを誰にも聞かれたくないという理由からだ。
「結局最大の不確定要素は七人の人選か…」
 山場となるポイントで必要となる七人。この七人が想定どおりの結果を出すかどうかに全てがかかっている、崇志はそう確信していた。腹案は既に用意してあるのだが、果たしてそれが本当に最高のメンバーなのか、今に至るまで幾度となく彼はシミュレートしている。
『…やはりこれがベストなのか…?』
 程なくして彼の脳内でこれまでと同じ結果が導き出される。と、まるでそれを祝うかのようなタイミングで、
「ぱんぱかぱーん!!」
 とファンファーレ…を表現したかったのであろう声が降り注いできた。


 胡乱な目つきで声の元を見上げる崇志。
 視線の先では現代風のアレンジを施した感じの和服に身を包んだおでこが目立つ少女が木の枝に腰を下ろし、満面の笑顔で彼に向け手を振っていた。
 まず確実に人間ではないだろう。わざわざここまで来た人間が言うのもどうだという話だがまともな人間が好んで入るような場所ではない。少女が一人ということならなおさらだ。
 ならばこの少女はラルヴァなのだろう、ここまでは瞬時に分かる。いきなりのラルヴァとの遭遇、普通の人間なら少しは驚くところなのだが、生憎とこの二人、そういう可愛げのある普通とはまるで縁がない。
 少女を一瞥した崇志はすぐに視線を戻し再び歩き出そうとする。一佐男は相変わらず問いの答えを探す作業に浸りっぱなしだった。
「あ、あのー…見えてますよ、ね?私ちゃんと普通の人にも見えるようにしてますし」
 派手に登場したつもりなのにまさかの無反応。困惑を滲ませた声で恐々と呼びかけるラルヴァの少女だったが、どうでもいいとばかりに無視を続ける二人。ついに耐えかねた少女が頬を膨らませ、枝に足を引っ掛けてぶら下がる形で二人の行く手を遮り、
「はーなーしーがーあーるーんでーすーけーどー!」
 と呼びかけることでようやく崇志の意識が少女の方に固定された。
「なんだか知らんが手短に済ませてくれ」
「はい!まずあなたタメ口聞いてますけどそもそも私は」
「じゃあな」
「分かりました!もっと手短にしますから!」
 ようやく会話が成立したことに喜色満面となったラルヴァの少女がくるりと枝を中心に身体を一回転させ枝の上に座る形に戻ると得意げに話を始めようとする。が、それに付き合わず立ち去ろうとする崇志を見て慌て顔で押し止め、不満がありありと分かる顔で早口に語りだした。
「…つまりあんたはこの周辺を守護する神で、俺に幸運を与えに来た、と?」
「そう、その通りです!」
 必死に要約した成果が実り、ようやくまともな会話が成立したことに安堵の表情を浮かべ首をこくこくと上下させるラルヴァの少女…神さま。
その答えを聞いた崇志は大きく溜息をつく。同時に後ろから一佐男が崇志の方を軽く小突いてきた。
「な、だから言ったろ?な?な?」
 実際のところ人に話を聞かれたくないというだけならば他に選択肢はいくらでもある。それをここに決めたのは他ならぬ今得意げな顔を見せびらかしている一佐男の強い意向だった。
『なんでも双葉山の旧遊歩道には幸運を与えてくれる神がいるって話だぜ』
『それで?』
『これからでかい勝負を仕掛けようって時だ、あやかっておこーぜ』
『勝負師らしからぬ物言いだな』
『ばーか、確かに真の勝負師はジンクスにすがりはしないが、同時に無碍にも扱わないものなのさ』
 普通の人は立ち入ろうとも思わない場所に行く手間とこの自分勝手な男を説得する手間を秤にかけた結果、一佐男の案に乗ることにしたわけなのだが、
『失敗だったのかもしれんな』
 と崇志は思い始めていた。
「まあそういうわけで、あー、ごほん。…あなたに幸運を差し上げましょう」
 下手にとりあうだけ話がややこしくなるだけと判断したのか、神さまは崇志の溜息は華麗にスルーし、しかめつらしい顔で厳かに両の腕を差し出す。
 向かい合わせとなった小さな手のひらの間には何も無い。だが、そこには確かに与えられるべき幸運があるのだろう、と二人は感じていた。
「要らん、帰れ」
 徐々にその場に満ちつつあった厳粛な空気はその一言で瞬時に霧散し、神さまは盛大にずっこけて枝から落ちそうになる。
「なんでですかっ!そんなに私の言うことが信用できませんか!?」
「信用していないとは言っていない」
 神さまの猛抗議に冷ややかに訂正を返す崇志。彼の知る情報の中には確かに幸運を与える神の噂話がある。それと今の彼女の話をつきあわせてみるに、まあ信頼しても構わないだろう、と判断を下していた。
「じゃあ、なぜ…」
「要らん、と言った。俺に幸運は必要ない」
 何度も同じことを説明させられるのが大嫌いな崇志はやや不機嫌そうに突き放す。
「じゃーさ、俺にくれよ。そこのそいつと違って貰えるもんはきっちり貰っとく主義なんでね」
「それはダメです」
 これ以上話す気はないとはっきり分かる気配を漂わせ黙りこむ崇志に代わり、一佐男がそうしゃしゃり出てきた。
「なんでだよ」
 途端に剣呑なトーンとなった一佐男に少し怯みつつも、少女の神さまはきっと一佐男を睨み返す。
「簡単に言えばあなたの連れの人が先にここを通ったからです」
「はぁ?まるで遊園地かなんかの通算ン万人目の入場者ってノリじゃねーか」
 先ほどまでの要約して話す流れを引きずっていたのか見も蓋もない真実を晒してしまう神さまの言葉に呆れる一佐男だったが、はっと気付いて食ってかかる。
「ってちょっと待て、先に通ったのは俺だ。やっぱり俺に幸運を受け取る権利があるはずだぜ」
「ふざけないでください!」
 神を神とも思わぬ態度についに堪忍袋の緒が切れた神さまが一佐男を怒鳴りつけた。
「どう見たってあなたのほうが後ろにいるじゃないですか!」
 糾弾するように突きつけた指の先、そこでは確かに一佐男は崇志の後ろにいる。だが、事実を指摘されてもなお一佐男の余裕は崩れない。
「神さまだかなんだかしんねーけどさ、そうやって上から見下すばかりじゃ見えるもんも見えねーんだよ。そっちとこっちとじゃ色々違うんだよ、例えば角度とか」
「そんなことあるわけ無いじゃないですか!」
「だったらこっちに降りて見てみろよ」
「ええ、わかりましたとも」
 正に絵に描いたような売り言葉に買い言葉。こちらを睨みつけたまま飛び降りようとする少女に一佐男は苦笑いを返す。
「おいおい、気をつけな。下は尖った石が転がってるぜ」
「あ、どうも………って私これでも神さまなんでその程度じゃ怪我なんかしませんよ…っと」
 思わず言われるまま下を確認した神さまだったが、人の姿をし、人と心を通わせることもできるとはいえその実は人ならざるもの。人の常識が通用するはずも無い。そのまま躊躇い無く飛び降りた神さまが再び一佐男たちのほうに向き直り、
「…うそ…」
 と目の前の光景――一佐男が崇志の前に立っている予想外の光景に言葉を失った。
「ほらな、言ったとおりだろ。じゃあよこせ、ほらよこせ、すくよこせ」
 かさにかかって攻めたてる一佐男。釈然としない神さまではあったが、元々そのために来たのだということを思い出し不承不承ながらも一佐男に向け先ほどと同様に幸運を差し出す。
「…それでは、この幸運の一日を悔いの無いよう楽しんでください」
 どこか解せないという表情を残したまま神さまは小さく一礼し、そしてそのまま空気に溶け込むように消えた。


「ふ、ふふ」
 神さまの気配が消えてから数呼吸分ほどの時間。押さえておこうとしたがもう押さえておけない、そんな感じの声が一佐男の口から漏れだす。
「ふははっ、俺、様、大・勝・利!」
 瞬く間に手綱は手放され、得意満面の勝利宣言が飛び出した。
 木の枝から見下ろしたところで人間の前後関係が逆に見えるはずも無い。全ては一佐男が仕掛けたイカサマだった。
 〈イディオット・ゲーマー〉。一佐男の異能、他者の時間感覚を自在に操作するという異能の名である。
 あの時、一佐男が神さまの注意を向け視線が離れたその瞬間、一佐男はその異能を神さまに放っていたのだ。
『あいつの性格の悪さが如実に現れているネーミングだな』
 下を確認した一瞬、その一瞬を引き伸ばされて呆けたような――イディオット(間抜け)の名の通り――顔で下を向いている神さまの姿を思い出しながら崇志はそう思う。
 一佐男のろくでもない性格の犠牲者といえばその次の瞬間追い抜きざまにいきなり後ろに突き飛ばされた崇志自身もそうなのだが、この程度のことで腹を立てていてはこの男とはやっていけない。
「おい、もう用は済んだだろう。行くぞ」
「いや、待て…MADE IN INDIA」
 一瞬面食らった崇志だったが、すぐにその意味に気付く。
『今更あの時の問いか』
「その面見るに正解のようだな、ひひ」
 得意げな顔の一佐男に崇志は適当に相槌を打つ。
「いやー、五つぐらいまでは絞り込めたんだがその後が面倒だとは思ってたんだよな、流石神さま印の幸運だ。おい崇志、せっかくだからこのままカジノにでも行って軍資金稼ごうぜ」
「やめておけ」
 想像通りの流れにうんざりしつつ崇志は答える。
「なんでだよ」
「考えてもみろ、その幸運の力は確かに本物だ。ならばお前の異能と都合よく両取りなんてできるわけないだろう」
「あ!」
 慈善事業でやっているわけではない以上、賭けというものは基本的に胴元が儲かるようにできている。彼らが軍資金稼ぎに利用するような高額レートの場ならばなおさらだ。そういう場でものをいうのは緻密な戦略と、時にはイカサマ。決して計量的に効果を予測できない幸運というものではない。
『まあ、その幸運も異能と呼べるレベルまで達するほどのものなら話は別だが…』
 ふと、計画に巻き込む予定のクラスメイトの少女を思い出す。幸運を嫌う彼ですら無視できない強運の化物。淡々と勝利に向け進む自動機械のような存在。
「おい待てよ。だったら崇志、やっぱり異能持ってないあんたが幸運もらっときゃ良かったじゃねーか」
 一佐男の抗議の言葉が崇志の思考を遮った。馬鹿馬鹿しい、とずうずうしい言い分を一蹴する。
「何で俺がお前のためにそこまでしてやる必要がある?」
「違いねえ」
 あっさりと納得した一佐男は天を仰いでぶうたれる。
「まったく骨折り損のくたびれもうけと言うか、がっかりだな」
「他人から無償で貰うものに期待する方が悪い」
 言いたい放題言いながらその場を去っていく二人。
「…………ぎぎぎ…………」
 どこからか聞こえてくる悔しそうな歯軋りは、残念ながら二人の耳には届くことはなかった。


 その日の夜。一佐男と別れた崇志は帰宅の途につくべく夜道を歩いていた。
「百目鬼崇志…」
 呼び止める声は聞き覚えのある…というより昼間聞いたばかりの声。
「なんだ、お前か」
「知ってましたか?きちんと扱われなかった神は神罰を…祟りを振るうものなんですよ」
 神であることを思い出させる威厳のある声。だが、頬を膨らませた可愛い少女の姿に手首から先を下にたらしたいわゆる「うらめしや」スタイルが何もかも台無しにしている。
「そういう用なら先に一佐男の方に行ったらどうだ?」
「友達じゃなかったんですかあなたたち!?」
 軽くあしらうような崇志の言葉に律儀に反応する神さま。
「まさか」
 と崇志は冷笑を浮かべる。
「俺たちは互いにメリットがあるから組んでいるだけさ。子供の癇癪に付き合うほど暇をもてあましてないんでな、奴に祟りでもなんでも与えてそれで気が済むのなら居場所ぐらいは教えるぞ」
「確かに神である私を騙したあの人も許しがたいです。ですけど」
 頬を引きつらせた神さまは怒りをこめて崇志を睨みつけた。
「神を神とも思わない、そしてなにより私のご利益を真っ向から否定したあなたが一番許せません!」
「なるほど、自らの存在意義の一環を否定されることに最も怒りを感じる、か。確かに納得できる」
 この期に及んでなお馬耳東風の崇志の姿は怒りの炎に更に燃料をぶっ掛け、更に高く燃え上がらせる。
「うう…!!私が生まれたての神様だからってバカにしてますね」
「してるな」
 確かにこの双葉学園島が形成された後にその存在を始めた彼女はまだまだ力が弱い存在だ。もっとも崇志が歯牙にもかけない態度なのは威圧感とは対極にあるその姿と言動のせいでもあるのだが。
 ともあれ、そんな崇志の態度を見た神さまは一瞬躊躇うように視線をそらした後、決然と崇志に向き直る。
「もしあなたが素直に反省するのなら…と思いましたが、あなたがそんな態度なら私にも考えがあります」
「ほう?」
 まるで今始めて彼女の存在に気がついたかのように興味を向ける崇志。その視線は警戒ではなくむしろ興味。
 まだ舐められ続けていることに益々怒りを感じる少女だったがぐっとこらえて精神を集中する。
「…?」
 異常に気付き辺りをきょろきょろと見回す崇志。辺りに人の気配が次々と増えてきている。しかもその誰もが妙に殺気立っていた。
「どういうことだ?」
「あなたたち、私にだけじゃなくて誰に対してもそんな態度なんですね」
 崇志の質問に返ってきたのはまるっきり関係のない言葉。
「…まあそうだな」
「あなたたちに酷い目にあわされたけどそれが誰のせいかわからないって人が結構います。そんな人たちが一斉に誰が悪いのか知ったんですよ」
「どういう、ことだ?」
 押し殺したような言葉。崇志の態度の変貌に溜飲が下がる思いを感じつつ、神さまは答えを問いで返す。
「私の力、幸運を与える力はどうやって生み出してるんだと思います?」
 崇志は答えない。相手が答えを望んでいるわけでないのに返答することなど無意味、それが彼の思考パターンだ。小さな首の動きだけで先を促す崇志に神さまもすぐに応える。
「私は他者から幸運をもらってそれをこの身に蓄積してるんです。当然、他の人に悪い影響が出ないようにこの島のありとあらゆる生物から薄く広くもらってるんですけど」
「ぐ…」
 ようやく彼女の言葉の意味を察したのであろう、崇志の目が大きく見開かれる。
「それを一人に集中させようと意識させればこのくらいのことはできるんですよ」
「ちょっと待て。じゃあ、今の俺は…」
 崇志の声が僅かに上ずっているのを確認し、神様はこくりと頷く。
「そうです。今のあなたはほとんどの運を失ってる状態です。だから本来はばれてなかったあなたの悪行が明らかになって…いわゆる因果応報というやつですね」
「はは、なるほど、そうか…だったら」
 強張った表情のまま鞄の中に手を突っ込む崇志。それを見て今度は神さまの顔色が変わる。
「あ!ダメです、それは!」
 慌てた声を無視して取り出されたものは乾燥しきった一本の棒の様なもの。
「その呪物は使っちゃ!」
 必死の形相ですがりつく神様にかまわず崇志はまるでミイラ化した手のようなその物体を、底面に「MADE IN INDIA」と書かれたそれを振りかざす。
「猿の手よ!お前の力の及ぶ限りで一番強いラルヴァを作り出して俺に用がある人間を追っ払え!」
「なんてことを…あなた自分がしたこと分かってるんですか?」
 へなへなとその場に崩れ落ちる神さま。分かっているさ、と崇志は答える。
 猿の手。かつてインドの呪術師が作ったというマジックアイテム。持ち主の願いを叶えると言われているが、その願いは必ず曲解されて持ち主にとって災いとなる形で叶えられると伝えられている。
 今崇志が使ったのはあくまでオリジナルではなく近頃学園都市に広まっているという量産品ではあるが、その呪わしい本質はなんら変わるところではない。
「いいえ!全然分かってません!」
 そう言って抗議しようと崇志に詰め寄ろうとした神さまを崇志は無造作に突き飛ばす。
「!!」
 反発の言葉が驚きにかき消される。まるで肉食恐竜のようなラルヴァがついさっきまで彼女がいた場所をなぎ払いながら前脚を崇志に向けて振り下ろしたのだ。
 神さまを突き飛ばした反動で後ろに飛びその一撃をかわそうとした崇志だったが僅かに間に合わず、攻撃が掠めた衝撃でスピンするように吹き飛ばされる。
 辛うじて受身を取って着地した崇志はそのままごろごろと転がって距離を取ると、勢いを利用して立ち上がり一目散に走り出した。
「だ、大丈夫ですか!?」
 崇志に追いついた神さまが律儀に併走しながら恐る恐る問いかける。
「大丈夫なわけがないだろう。腕が折れているんだぞ」
 攻撃に巻き込まれ綺麗に折れてしまった左腕を二の腕の辺りで抱えながら返す崇志。
「い、痛くないんですか?」
「痛くないわけがないだろう。泣き叫んでも逃げるのにマイナスにしかならないから我慢しているだけだ。…ひょっとしてそんな手垢にまみれたベストな対応しかできない俺を馬鹿にしているのか?」
「ごめんなさい!…って元はといえばあなたが悪いんじゃないですか!」
 勢いに飲まれるように謝ったラルヴァの少女が次の瞬間には怒り出す。だが、崇志はそんな少女のことなど歯牙にもかけない。
「ふん、上手く奴らは追っ払えただろう?」
「逃げて助けを求めるとか何とか他にもっとまともな方法があるでしょう!」
「そんな誰でもできるようなつまらないことをなんで俺がやらなきゃいけないんだ、こんないい機会に」
「…え?」
 予想もしていなかった言葉に呆けた顔で崇志を見やる神さま。見やった少年の顔はこれまでないほどの興奮に昂ぶっていた。
「確かにこの学園は良くできてるよ。普通のレールからはみ出さないでいれば普通に生きていくことができる。もし普通じゃないことに巻き込まれても普通に逃げて普通に助けを求めれば大体誰かが助けて普通に引き戻してくれる」
 跳躍して飛び掛ってくる恐竜ラルヴァを紙一重でかわし、崇志は続ける。
「実に反吐が出る。俺という存在がどこまでやれるのか、俺の力がこの古錆のようにこびり付く普通だの常識だのをどこまでひっくり返せるか、それを確かめないことには俺がこの世に生を為す甲斐がない」
「?…?」
 全く訳が分からない。それが素直な感想だった。理解の埒外の存在、それを理解しようと試みる混乱が彼女を支配する。ただ、その混乱の中でも彼が理解を求めて言葉を発しているわけではないという、その一点だけはラルヴァである彼女にも良く理解できた。
「ああ、そうだ」
 身体を心から揺すぶるような咆哮を発しながら執念深く追いすがるラルヴァ。その攻撃を神さまのお節介じみた警告もあり回避し続けていた崇志がちょっとした用を思い出したという表情で神さまに声をかける。
「忘れていた。お前には礼を言っておかないとな」
「そんな場合じゃ…ハァ…ないですよ!」
 進路の邪魔になる木をなぎ倒す恐竜ラルヴァを指差し疲労で息をつきながら叱りつける神さま。一瞬だけ彼女に付き合って後方を確認しわざわざご苦労なことだな、と思いつつ崇志は再び向き直った。
「いや、これでも本気で感謝しているのさ。ああ、見くびっていたことも詫びなければな。済まない」
「私、何もしてないですよ…」
 神を神とも思わない態度の大きい男にいきなりこんな態度を取られてもとてもではないが額面どおりには受け取れない。あからさまに顔に警戒を浮かべる神さま。
「常々腹立たしくて仕方がなかったんだ。俺が何をやっても『巡り会わせが良かった』だの『ついてた』だのほざく奴がいる。俺の成し遂げた成果は全て俺のもの、俺だけのものだ。どうして頼んだ覚えもない幸運とやらに分け前をくれてやる必要がある?」
「そ、それじゃ…」
 聞いてはいけない、彼女の本能の奥でそんな声が響いていた。その引き止める力は強い、だがまるで誘蛾灯に引き寄せられる羽虫のように彼女はその力に抗いそう尋ねてしまう。
「お前のお蔭で邪魔な要素を限りなく削いだ俺を示してやることができる。いや、こんな有用な能力の可能性を見逃していたという点で既に一つミスを犯してしまったわけだが、まあそれも結果として甘んじて受け入れよう。だから、」
 その顔は、彼女が初めて見る少年の素直な――意図や駆け引き、そんな夾雑物を全て剥ぎ取った顔だった。
「俺から幸運を奪ってくれてありがとう」
「も、もう嫌ーーーっ!!」
 半泣きになりながら全力で逃げ出す神さま。自分の本来のありようと間逆のことを、その一点のみを強く肯定されたことでアイデンティティの危機を感じ反射的に逃避を選んでしまったのだ。もっとも当の本人にはそんな自覚もなくただ訳も分からぬまま走っているだけだったのだが。
「やれやれ、惜しいことをしたな」
 視界から遠ざかる神様を見もせず淡々と言う崇志。その間にも恐竜ラルヴァはじりじりと距離をつめている。一瞬脳内で地図を読み出した崇志は曲がり角で急に方向転換しラルヴァをやり過ごす。
 一旦遠ざかった重々しい足音がすぐにまた大きくなってくる。曲がり角を曲がった足音に頭だけ向き直り、崇志は威圧するように大口を開けて吼えるラルヴァに叫び返した。
「どうした!俺を殺してみろ、できるものならな!」


「…というわけだ」
「…で?」
 長々とした話がようやく終わり、画面の向こうの一佐男に二年N組の委員長である金立修(かなり おさむ)は当惑した声を返した。
「だからな、奴はどーにかラルヴァは撃退したんだが怪我しちまって入院した。だから今日のクラス対抗戦闘訓練に参加できねーのは不可抗力で文句言うなってことだ」
 ふ、と修の脳裏に今朝聞いたニュースが浮かび上がってくる。
『――昨日深夜、建設中のビルにラルヴァが押し入って暴れビルが倒壊、ラルヴァは下敷きになった模様です――』
 思い出すんじゃなかった、そう思った修はその記憶を手で払い飛ばすように押しのけ、現実的な思考で脳内を満たす。
 何しろサボり常習犯の彼のことだけにどこまで本当だか疑わしいものだ。とはいえ計算高くもある彼を引っ張り出すのはそう簡単にはいきそうにもない。だったらやはり…。
「わかった。じゃあ陣台君、君は普通に動けるようだし来てくれるよね」
「俺か?」
 画面の先で一佐男はまるでそう来られるとは思いもしなかったかのようなきょとんとした顔を浮かべ、やがてケタケタと笑った。
「やめとくわ。バカに足引っ張られるのは真っ平ごめんなんでね」
「陣台君」
「『N組の一員としてそういう我侭は通らない』ってか?残念だったな」
 そう言うと一佐男はくるりと背中を向ける。
「長話に付き合ってやってる間に誰か…副委員長か?向かわせて俺を確保、崇志の居場所をゲロらせるつもりだったんだろうが」
 首だけをわずかに向き直らせた一佐男は糸のような目を大きく見開いてニタリ、と気持ち悪い笑みを見せる。と、後ろの風景、待ち合わせの定番である中央公園の噴水の光景がぐらりと傾く。倒れる噴水の風景、否、その写真を貼ったパネルが見えるように画面を移し、一佐男は心底楽しそうに言う。
「つーわけだ。『無駄足だからとっとと戻って来い』って言っとくんだな。じゃーな委員長。ひゃはははは」
 それっきりで通話が途絶えたのを確認し、修は小さく肩を落とした。
 この二人に限らない。良く言えば自分の中の規律に忠実な、悪く言えば自分勝手な。N組にはそんな人間が、自分ルールを破らされるくらいなら死んだ方がまだマシだと言い出しかねない、そんな生徒がとにかく多いのだ。
 当然、連帯感とかチームワークとかを育んでいくのはとても難しいことで、クラス全体として何かを競うような場面ではN組は下位常連だった。
『皆が一丸になれば、僕たちN組はどこのクラスにだって負けないくらい強い』
 彼が常々公言している主張である。実際の結果との差に馬鹿にする者もいるが、彼がその主張を翻すことはなかった。
「次はもっといい手を考えないとね。あの二人と知恵比べというのも分が悪い話なんだけど」
 だから、煮ても焼いても食えないような連中にどれだけ振り回されても、彼の委員長として何とか皆をまとめ上げたいという信念は揺るがない。
 もっとも、彼のその主張が果たして正しいのか、そもそもその主張を証明する機会が訪れることがあるのか。それは誰も知る由のないことなのだが。


「どうだった?」
「この『勝負師』陣台一佐男の華麗な勝利の戦績がまた一つ積み上がっただけさ。…しかし」
「なんだ?」
「ひょっとしてお前影武者じゃないのか?本物が後ろから現れて精神的優位に立とうとする策とか」
「何でお前のためにそこまでしてやらなきゃいかんのだ」
 別人名義で借りているアジトの一つ。ミイラ男か透明人間かと言わんばかりに包帯で全身を覆い尽くされた姿を見て斜め上の事を言い出した一佐男に崇志は呆れて返す。
「まあいい、どうせそんな策を弄しようが勝負師たる俺には通じないしな。それより」
「なんだ?」
「昨日逆恨みしたバカどもに襲われたぞ。なんかドジったんじゃねーのか?」
 袖を捲り上げて打ち身の痕を見せつつ詰め寄る一佐男。
「この俺がそんなミスをすると?…運が悪かったんだろ」
 唇を歪めて返す崇志に一佐男は「ま、そういうもんか」とあっさり納得した。
「お前もそんな目に遭ってんだかんな。つか、よくそれで強制入院させられなかったもんだな」
 痛々しい崇志の様をじろじろと眺めて一佐男は呆れたように言う。
「当ててみろ」
「どーせ医者の弱みでも握ってんだろ?」
「即答の割には…と言いたいところだが、勝負師を名乗るなら何の弱みを握っているのかも答えるべきじゃないか?」
「よし待ってろ。その挑戦しかと受けたぜ」
 うんうん唸りながら考え込む一佐男。崇志は小さく鼻で笑う。
「お前が黙ってくれるんならいくらでも待ってやるさ」
 そして一時の喧騒が去り静寂を取り戻した部屋の中で、崇志は片手のみで器用にパソコンを操作し情報の収集と整理を行い始めた。
「んあー!」
 しばしそうしていると突如部屋の隅で一佐男が奇声を発した。どうやら身体をのばしているらしい。
「どうした、もう降参か?」
「ばーか。煮詰まった時は固執しないで一時離脱するのも勝負師の嗜みさ。大体時間制限をかけなかったお前が悪い」
「そうだな、ゆっくり考えていいぞ」
 画面に向き合ったまま崇志は一佐男と言葉を交わす。と、一佐男が何かに気付いたような声を上げた。
「どうした?」
「いや、昨日気付いたこと思い出したぜ。まったく、単純すぎて見えねーってこともあるんだな。流石俺が一目置く男だ」
「何が」
「だから昨日のあれだよ、あれ」
「だから何が」
 何を言いたいのかいまいち理解できない。そんな状態に苛立っているのだと正確に把握できていて、それでも崇志は一佐男に向き直るのをとめることができなかった。
「昨日幸運をもらうのを断った話だよ」
「それは――」
 自分が幸運と言うものを嫌っているから、そして素直に幸運をもらうという常識的な対応をするのが死んでもごめんだったから。そういえばそういう自分の行動原理は特に話していなかったな、と崇志は思った。
「まさか節分ネタを引っ張ってくるとは」
「…はあ?」
 うんうんと頷きながら得意げに訳の分からないことを語る一佐男に崇志は驚きを隠せない。何を言ってるんだこいつと怪訝な様子の崇志に気付くこともなく一佐男は続ける。
「鬼は外、福は内って言うしさ。『鬼』たるあんたが幸『福』と仲良しこよしなわけにゃいかねーよな、常識的に考えて。……おい、どうした?そんな顔して」


「…奴は今日も休むんだと。え?大丈夫なのか?俺が知るか!……くそっ、何でこの俺が奴の精神的苦痛とやらの尻拭いをしなきゃいけねーんだ!?」




    おわり


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