【ゴーストヘッドにうってつけの日 第一話】


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※この物語はフィクションです。作品には暴力的、残酷的な描写を多く含みます。苦手な方はさけてください。




 act.1「マーダー・ライド」




 大学部の一室にわずかな明かりが灯っていた。
 夜の校舎を闇と静寂が覆っている。キャンパスには誰も残ってはいない。当然だろう、もう時刻は零時を過ぎている。
 だが一人の老練な紳士だけがその部屋に籠っていた。
 歳のわりに姿勢はよく、手足は長い。皺の刻まれた顔には老眼鏡がよく似合っている。髪はもう黒い部分が残ってはいなかった。それでもどこか彼に若々しさを感じるのは、老人とは思えぬ鋭い目つきのせいであろう。それは狩人の目だ。撃ち滅ぼすべき宿敵を睨みつけているような、怒りに満ちた狩人の目であった。
 その紳士、宗像《むなかた》逸夫《いつお》教授は録画された映像をスクリーンに映し出し、自分の研究室でそれを見ていた。
 映像は十年の前の物で、ディスクに痛みがあるのか時折ノイズが混じる。この映像を見るのは何度目だろうか。百回から先は数えていない。逸夫はコーヒーを口に含みながらまたその映像を最初に戻して再生した。
 スクリーンの映像には椅子に礼儀正しく座っている子供の姿が映し出されていた。彼は真っ白な部屋の中でカメラと向き合っていた。
 背丈や体格から彼が十四歳前後の少年であることがなんとかわかるが、顔から年齢を割り出すことは不可能だろう。
 少年は顔を隠していたのだ。 
 その姿はあまりに異様で異質であった。
 頭にすっぽりと茶色のズタ袋を被り、紐で首もとを閉じていた。目の部分だけに穴が開いていた。そこから覗く少年の目は虚ろで、真っすぐにカメラを見つめている。
『なぜキミは顔を隠しているんだい』
 声が少年に尋ねた。その声は逸夫の声であった。今から十年前に逸夫はこの少年との対話を記録していた。逸夫は心理学を担当し、|とある理由《・・・・・》のため、この少年のカウンセリングを始めたのだ。
 それから十年間、この少年――“K”のことを逸夫は片時も忘れたことは無かった。
『僕には顔がないんですよ先生』
 少年Kは実に淡々と言った。まるでなんてことのないような、とるに足らない質問に答えている調子であった。映像の中の逸夫はほうっと息を飲み、Kに話しかける。
『顔がない、とはどういう意味だい』
『誰も僕の顔なんて覚えていません。彼らの世界に僕は存在しないのです。僕は彼らにとって言わば幽霊なんですよ』
『だからそんなマスクを被っているのかい? マスクを被っていればキミのことを皆が気にかけてくれると?』
『そうです。僕は彼らの物語に参加したいんです。どんな役割でもいい。誰かに僕の存在を知ってほしい』
『そうか。確かにそのマスクはインパクトがあるからね。でもね、いつまでもそれをつけているわけにはいかないんじゃないかい』
『そうでしょうか』
『そうさ。人と関わりを持ちたいなら、それ相応の努力が必要だ。誰かに理解されたいと思うなら、自分から動かなければならない。もちろん私はキミを理解したいと思っている。だからキミのことを話してくれないか』
『…………』
 Kはしばらく押し黙った。そして、Kはゆっくりとマスクを外し、こう言った。
『ありがとうございます先生。僕は自分が何をしたらいいかわかりました』
 その時のKの顔を、逸夫は覚えていない。こうして映像を見ても、視線を外した瞬間に彼の顔を忘れてしまいそうになる。
 そしてこの対話の翌日、Kはこの精神病院を脱走した。
 まるで最初から彼の存在など無かったかのように、Kの逃亡の痕跡は見つけられずに今日に至っていた。



※ ※ ※



「ねえ啓子《けいこ》ちゃん。“ゴーストヘッド”の噂知ってる? とっても怖いんだよ~」
 加賀《かが》怜奈《れいな》の言葉に岡本《おかもと》啓子《けいこ》はまたかと思った。中等部の二年生である彼女たちの世代は占いや心霊現象などのオカルトに傾倒することが少なからずあるものだが、怜奈は少しそれが顕著であった。存在そのものがオカルトめいた双葉学園の生徒なのだから、仕方がないことかもしれない。そう心の中で呟きながらも、啓子は柔らかな頬笑みを怜奈に向けた。
「なあにそれ。知らないわ。教えてよ怜奈」
「ほんと? 知りたい? じゃあ教えてあげるね!」
 啓子が離しに乗ってあげると、怜奈は嬉しそうな顔で話を始める。啓子はそんな怜奈を可愛いと思っていた。話に夢中で、食べているカツサンドのかけらが頬についたままだ。  そんな小柄で子供っぽいゴムバンドで髪を二つに結っている怜奈を、啓子は可愛いと思っていた。
 親友の二人はこうして休日でも一緒に遊んでいる。今日は怜奈が欲しい本があるから商店街にいきたいと言ったので啓子はそれに付き合った。
 怜奈は大量の古本を買いそろえ、紙袋に入れられたそれを椅子に立てかけるように置いている。すっかり昼時になってしまったので啓子が休憩をしようとおしゃれなカフェテラスへと誘ったのだった。怜奈はコーヒーが飲めないらしくミルクシロップを注文していた。怜奈のために気どらずにもっと安っぽい店に入ればよかったかしらと啓子は少し反省した。
「それで、そのゴーストなんとかってのは何? ラルヴァか何かなの?」
「なんでもかんでもラルヴァのせいにしちゃうのはロマンがないよー。テレビであんなに騒いでる心霊番組もUMA特集も、わたしたちじゃ『ただのラルヴァじゃん』で済んじゃうんだもんね」
「ええそうね。突拍子の無い存在が、実在することを知っているものね」
「でもでも、ゴーストヘッドは怖いんだ。だってラルヴァじゃないんだものね」
「ラルヴァじゃない?」
「うん。ゴーストヘッドは十年前に双葉学園にいた殺人鬼なの。啓子ちゃんも少しは聞いたことあるでしょ、十年前の事件」
「ええ。まあ噂だけはね」
 啓子は注文したフレンチトーストを口に含みながら事件のことを思い出していた。あの事件のことを大人たちは出来る限り話題にしないようにしているが、子供たちのコミュニティの間では一種の怪談として語り継がれていた。
 今から十年前、双葉学園で起きた凄惨な殺人事件。
 犯人の少年Kは当時わずか十四歳で啓子たちと同じ中等部の二年生であった。それにも関わらずKは自分のクラスメイト全員を殺害したという。
 殺人は閉め切られた教室で行われ、流れ出た血が膝の辺りまで溜まっていたという話しも聞いたことがある。一人の子供が一つのクラスの人間を全員殺すなんて普通は不可能だ。だが少年が普通の子供ではないのなら、それが可能だろう。
 異能。生徒たちの多くが持つ特殊な才能だ。
 十年も前のことなんて啓子や、彼女たちの年代の子供たちには遠い過去の出来事であろう。だからそこにリアリティは存在せず、ただの怪談話の一環として話しのネタにされているだけだった。啓子はこんな人の死を扱った悪趣味な話題は嫌いだが、怜奈は興味津津のようで、それが啓子の悩みの種でもあった。
「その犯人のKっていう男の子はね、事件の時にマスクを被っていたんだって」
「マスク……?」
「そう、こうホッケーマスクとかハロウィンマスクとか仮面レスラーとかみたいなマスクじゃなくて、ハンズで売ってるような白いズタ袋なの」
 啓子は想像してみた。
 ごわごわとした無骨なズタ袋。それを頭からすっぽりと被っている少年の姿。
 それは酷く間抜けな格好ではあるが、マスクを着用した少年が血の海にたたずんでいるのを想像すると戦慄を覚えるほどに無気味であった。
 白く、眼も鼻も何もない顔。それはまるで幽霊のよう。なるほど|お化け頭《ゴーストヘッド》とはよく言ったものね。啓子は感心しながらも苦笑した。
「それで、そのゴーストヘッドはどうなったの? 捕まったのよね?」
「うん。犯人のKは学園の人たちに取り押さえられて、本土の精神病院に隔離されたらしいんだけど……」
 怜奈は辺りを気にしながら、啓子の耳元に口を寄せて小声で囁いた。
「それからすぐに病院を脱走したんだって。それでまだずっと捕まらないらしいよ」
 確かにそれは恐ろしい話だ。本土とは言え、仮にも学園の息がかかった場所なら、異能犯罪者の対策も出来ているだろう。それにも関わらず施設を脱走したということが啓子には信じ難かった。
「まあ噂なんだけどね。本当かどうかはわからないよ」
「本当だったら怖いわね。私今夜眠れなくなっちゃいそう」
「あははは。大丈夫だよ啓子ちゃん。わたしが啓子ちゃんを護ってあげるんだから。わたしこれでも結構強いんだよー。剣道部に入ったんだもの」
 怜奈は手をグーにして重ね、竹刀を握るポーズをした。それがまた可愛らしく、啓子は優しい気持ちになっていった。
「ねえ怜奈。これからどうする?」
 陰惨な話はよろしくない、啓子は話題を変えようとそう尋ねた。
「うーん。わたしの買い物に啓子ちゃんつき合わせちゃったから、次は啓子ちゃんの好きなところでいいよ」
「そう? じゃあどうしようかしら」
 トントントンっと、啓子は指でテーブルを小突きしばし思考した。啓子は怜奈の顔を見つめた。触れたら柔らかそうな唇、さらさらの髪の毛……ああ、なんて愛おしいのかしら。自分は怜奈と一緒にいられるだけで幸せだ。啓子は心臓をくすぐられるような気分になっていた。
 啓子にとって怜奈は本当に大切な存在である。啓子は己自身の美しさを鼻にかけ、資産家の娘ということを誇りに思っていた。そんな彼女をクラスメイトたちは認めるわけがなく、孤立していった。それに対して啓子は別に不満はなかった。愚かな人間にどれだけ嫌われようと構うものか。しかし自業自得とは言え、孤独は幼い啓子の心を荒ませていた。そんな中、啓子に手を差し伸べたのが怜奈だった。
 だから啓子は怜奈のことを愛している。
 怜奈がいれば他の何もいらない。そう思えるほどに深く想っているようだった。
「じゃあ怜奈。今から私の家にいきましょう」
「え? いいの? お父さんやお母さんがいたら迷惑になるんじゃない?」
「いいのよ。あの人たちはお金稼ぎに忙しくて家になんてろくに帰ってこないわ。今日はお手伝いさんもいないし、暇なの」
「やったぁ! じゃあさ、じゃあさ。ビデオ屋寄っていい? 啓子ちゃん言えの大画面テレビで『ヘルレイザー』を見たかったの!」
「もう、またその手の映画? まあいいわよ。それじゃあ行きましょうか」
 そうして二人は席を離れ、店から出て行った。帰りに商店街のレンタル店へ行き、怜奈は嬉々としてホラー映画を借りていた。啓子は少しでもいい雰囲気を作れるようにと、ラブストーリー物のDVDを手に取るが、きっと怜奈は退屈で眠ってしまうかもしれないわね、とクスリと笑った。怜奈の寝顔が見られるならそれはそれでいいかもしれない。啓子はそのままカゴに入れてカウンターへと持っていった。





 啓子の家は双葉島の中にある第三住宅区に建っている。啓子の家は近所の家々に比べても大きく、三階建てである。怜奈は啓子の家を見上げるたびにはしゃいでいるが啓子自身は自分の家が嫌いだった。
 家がこんなに大きくて広くても意味は無いと啓子はいつも思っていた。こんなのは両親の見栄だ。どうせパパとママはろくに家に帰ってこないし、いつも私は広い家を持て余すだけよと啓子はうんざりしながらも家のスペアキーを鞄から取り出し、玄関の鍵口に挿入した。
「あれ?」
 啓子は思わず呟いた。
 鍵が開いている。おかしい。確かに出て行くときにかけたはず……いや、本当にかけたかしら。出かけ際の記憶は曖昧だ。啓子はきっとかけ忘れたのだろうと自分に言い聞かせ、特に気にもかけずに扉を開けた。
「ねえ啓子ちゃん。今日なんだかこの辺り静かじゃない?」
「え? ああそうね」
 玄関に上がる前に、ふと怜奈がそう言った。周囲の家には人の気配がせず、いつもは騒がしい子供たちの声も聞こえない。
「今日は中央区のホールで公演会があるの。ママがやってるアレよ。近所の人たちはママに気を使ってみんな公演に出てるわ。ヒーローショーもあるから子供も連れてね。主婦のコミュニティって大変ね、学校となんにも変わりゃしないわ」
「へえー。啓子ちゃんのママって凄いんだね」
「別に凄くなんかないわ。さあ、上がって怜奈。ジュースでも飲みましょう」
「うん!」
 怜奈と一緒に家に上がり、リビングに続く廊下を歩いていて啓子はあることに気付いた。
「ねえ啓子ちゃん。誰か家にいるの?」
 怜奈がそう言うように、リビングからテレビの音が聞こえてきたのだ。明らかにおかしいと啓子はようやく異常に気付く。今朝、自分は一度もテレビをつけることなく怜奈との待ち合わせ場所に出かけたのだ。家に両親も家政婦もいないはずなのに、テレビがついているはずはない。
 鍵が開いていたことも妙だったと、啓子は自分の警戒心の薄さを呪った。いや、啓子は首を振る。もしかして父親のほうが帰ってきているのかもしれないし、急に家政婦がやってきたという可能性もある。
「き、きっと無意識に私がテレビをつけちゃったのよ」
 出来るだけ怖い想像を打ち消し、事実を確かめるために啓子はリビングの中に入って行った。
 啓子はリビングの光景を見て足を止めた。テレビは確かについていた。だが、液晶に映っているのはテレビ放送ではなくビデオであった。
「あっ、なつかしー。これわたしたちがちっちゃいころにやってたアニメじゃーん」
 怜奈ははしゃぎながらテレビを見るためにソファに座った。画面に映っているのは、啓子がまだ四歳の頃にやっていたアニメのDVDであった。それは子供のころに初めて母親に買ってもらったDVDである。今はもうそんなものに興味はなく、啓子は部屋の押入れにそれを仕舞っていたはずだった。
 なのになぜ、それが再生され、そのパッケージがテーブルの上に置いてあるのだろうか。はっと部屋の中を見回すと、啓子が小さなころ遊んでいた玩具がたくさんリビングに散らばっていた。ジェンガに携帯ゲーム。お人形にトランプ。どれも啓子の押入れにしまってあったものだ。それがまるで子供が遊び散らかしたかのような状態になっている。
 啓子は戦慄する。誰かがこの家の中にいたのだ。
「れ、怜奈。外に出ましょうよ。ど、泥棒よ!」
「えー? 何言ってるの啓子ちゃん。わたしを怖がらせようっていうサプライズ? もう、わたしはそんなのへっちゃらだって。それより一緒にこのアニメ見ようよ、啓子ちゃんが用意しておいてくれたんでしょ? それにこの玩具……」
「いいから早く逃げるのよ怜奈!」
 自分ひとりならどうでもいい。でも怜奈を危険な目に合わせるわけにはいかない。啓子は咄嗟に危険を判断し、怜奈の手を引っ張った。
「なに? なになに啓子ちゃん!」
「…………!」
 啓子は黙ったままだった。喋る余裕も無かった。啓子はこの家のどこからか発せられる異質な雰囲気を感じ取っていた。何か、何か危険を感じさせる誰かがこの家にいるような気がしたのだ。
 だが、リビングから出ようとした瞬間、啓子の顔面に鈍痛が走り、目の前が暗くなっていった。
 わけがわからないまま、啓子の意識はそこで途絶えた。





 怜奈は目の前で何が起きたのか理解できなかった。
 自分の手を引っ張っていた啓子が突然鼻から血を噴き出し、地面に倒れてしまった。まるで何かに殴られたような勢いで体をのけ反り、うつぶせのまま倒れこんでしまったせいか、鈍い音を発しながら床に頭をぶつけていた。怜奈は唐突な出来事に痛そうだな、という感想しか浮かばなかった。
「け、啓子ちゃん? 大丈夫?」
 その不可解な光景はまるでコメディ映画のようで、一種の滑稽さを怜奈は感じた。きっと啓子が悪ふざけをしているに違いない。ドッキリか何かだろう。その程度にしか思っていなかった。
 だが、五秒、十秒経っても啓子は起き上がらず、顔面が腫れ上がっていき血がフローリングの床を汚していくのを見て、初めて怜奈は悲鳴を上げる。
 だがその叫びさえも途中で途切れることになった。
「ぐえっ」
 潰されたカエルのような呻き声だけが怜奈から漏れた。誰かが怜奈の喉を思い切り掴んで、声を出せないようにしているのだ。誰か、そう、誰かだ。怜奈には目の前で自分の喉を掴んでいる人物がわからなかった。
 怜奈の目には人の姿は映っていない。
 目の前には誰もいないはずなのに、誰かが目の前にいることは確かであった。
 見えない手はそのままギリギリと怜奈の首を締めあげる。そして突然凄まじい勢いで怜奈の小さな体が宙を舞う。まるで牛にでも振り回されているかのような圧倒的な力に怜奈は恐怖した。怜奈の身体はリビングのテーブルの上に叩きつけられ、背中に衝撃が走り、肺が押しつぶされそうになった。怜奈の頭は混乱に支配されていく。一体何が起きているのか理解できなかった。息も出来ず声も上げられない。そして今度は見えない手によって頭を押さえられ、何度も何度もテーブルに後頭部を叩きつけられた。
「あがっ、や……め」
 脳みそが揺さぶられ、頭蓋骨が軋んでいくのがわかった。堅い木製のテーブルに頭がぶつけられるたびに、怜奈の意識は途切れそうになるが、痛みで気絶することすらできなかった。
 怜奈には今起きているのが現実ではなく、遠い世界の、テレビの出来事のように思えていた。こんなの嘘、きっといつも見るような怖い夢なんだ。そう信じ込もうとする怜奈をあざ笑うかのように、見えないそいつは怜奈の襟を掴みあげ、今度はソファに放り投げた。
「げほっ! げほげほ!」
 解放された怜奈は、必死に呼吸をした。喉が潰されてしまったかのように声が出なかった。頭に触れるとぬるっとしたものが手を濡らす。今の出来事はなんだったの。見えない誰かはどこにいったの。ぐるぐると多くの疑問が頭を廻る。
 床に目を向けると、啓子はまだ気絶をしていた。大変、早く救急車と警察をよばなくちゃ、怜奈はリビングに置いてある家の電話を取ろうと思いソファから立ち上がろうとした。
 だけどその時、視線の隅に人影が映る。
 怜奈の隣には不気味な男が座っていた。
 まるで幽霊のように突然現れたのだ。
 なぜ? いつ? どうやって突然怜奈の隣に現れたのかわからなかった。男は気付いたら隣に座っていたあまりに理解不能な出来事に怜奈は泣くことも出来なかった。
 男は怜奈の肩を力強く押さえつけ、立たせないようにしている。
 男の手の感触から怜奈は直観した。さっきまで姿を消して、自分と啓子に暴力を振るっていたのはこの男に違いない。そして怜奈は男のその格好を見て驚愕した。
 男は頭に白いマスクを被っていた。
 ズタ袋のマスクですっぽりと顔を覆い、空気穴も目穴も無く、紐で首元の袋口を締めている。首から下の服装はいたってシンプルな背広姿だった。それがより一層男の異質さを際立たせている。
 クラスメイトを何十人と異能を用い惨殺し、精神病院を脱走したと噂されているKという男。
 目の前のこの男がそうなんだと、怜奈にはわかった。そしてそれは同時に死を悟ることと同義であった。
 ソファに腰を沈めるマスクの男の手には包丁が握られている。怜奈は最後の抵抗に出た。必死に男の手から逃れようと暴れたが、男の力は強い。脆弱な女子中学生である怜奈が抗うことは不可能であった。
 男は怜奈をソファに押さえつけ、そのまま包丁を怜奈の首筋に当てた。ひんやりとした、死と鉄の感触が首を伝い全身に走った。
 ああ、自分は死ぬんだ。
 怜奈は漠然とそう思った。それ以外の感想が浮かばなかった。脳がそれ以上の考えを拒絶しているようであった。
 不条理な暴力と死そのものであるかのようなマスクの男は、怜奈の首に当てていた包丁を素早く横に引いた。
 ほんの一瞬後、怜奈の首から血が噴水のように溢れ出た。
 昼下がりの日差しが鮮血を照らし、綺麗にキラキラと輝かせている。血は男の白いマスクを赤く染め、天井近くまで上がった血がボタボタと夕立のような激しい音を立てながらソファに落ちていく。怜奈の意識はゆっくりと消えていき、彼女の瞳は闇に染まった。
 怜奈の死を確認したマスクの男は、倒れている啓子の元へ歩み寄った。男は持っていたロープで啓子を椅子に縛り付ける。そして啓子が意識を取り戻すのを、大画面テレビに映し出されているアニメを見ながら待った。血塗られたソファに座り、怜奈の死体の髪の毛をいじりながらアニメを見ているその姿はまるで子供のようであった。
 地獄はこれから始まる。
 殺人鬼ゴーストヘッドの惨劇は再び幕を開けたのだった。


  つづく




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