【らすりぞ!】


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 ◇六月二十一日(金) 放課後


 数日前から降り続く雨は今日もまた止む様子もなく、下校する私たちをじめじめとした空気をもって迎え入れた。鬱陶しいことこの上ない。
 湿気を帯びた私の肩丈の癖っ毛が、内へ外へと好き勝手に跳ね返っているのが鏡を見ずとも感覚でわかる。親友の長く真っ直ぐと伸びる綺麗な黒髪と見比べ、私は深くため息をついた。
「どうしたの、コト?」
 淡いピンク色をした大きめの傘を差した長身の親友、|姫音《ひめね》|離夢《りむ》が、ビニール傘を差す小柄な私を見下ろしながらちょっと心配そうに様子を伺ってきた。
「ううん、早く梅雨終わらないかなぁって」
 そして私は頬へと跳ねるもみあげを耳の後ろへと掻き上げると、
「でも確か今週末はちょっと回復するんだったかな」
 登校する前に見た天気予報を思い出しながら、このどんよりとした雨空を仰ぎ見た。このビニール傘を打ち続ける雨も、予報では今夜中には降り止むらしい。
「まぁ天気回復したところで、久しぶりに外に洗濯物干せるくらいしかメリットないけどね」
「コトは明日、予定ないの?」
「ないよー。ダラダラしたまま休日を浪費する寂しい女なのさ」
 我ながら情けない顔をしているのだろう、手をひらひらと振りながらリムへと答えた。
「……もしよかったら、一緒に夏服の新作を、見に行かない?」
 そして、高校生になったんだしかわいい格好で夏を迎えたいよね、と続けるリムの提案に私は飛びついた。
「お、いいねぇ。そういった外出予定なら例え天気悪くても付き合うよ」
 笑顔で答える私に、リムもまた笑顔で頷くと、
「よかった。じゃあ明日の朝十時くらいにどちらかの寮室に集合で、いい?」
「オッケー。たぶん起きられないから、起こしてね」
「ホント、コトって休日の朝だけは、自力で起きようとしないよね」
 呆れたリムが私を見つめてくる。
 そう、リムは普段の大概を居眠りで過ごしているが『朝』だけはきっちり時間を守って起床してくるのだ。まぁ十個近い目覚まし時計を常設してる恩恵がでかいというのもあるのかもしれないが。
「だって休みの日で早く起きる必要ないならゆっくり寝ていたいじゃん。リムならわかってくれると思ってたのに」
「……うぅん、それはどうだろう?」
 しかしリムは、唇を尖らせて反論する私に賛同する様子もなく、いつものぼんやりとした表情で、何かを考え込むように首を傾げた。

「そういえば……」
「ん?」
 そして少しの間を置いて、話の流れを区切るようにリムが唐突に口を開いた。
「えーっと、何日か前に『イヤな夢をみた』って言ってたけど、あれから、どう?」
「んー? っと、あぁ、そういえば見なくなったかなぁ」
 リムに問われ、むしろその『イヤな夢を見ていたこと』自体をすっかり忘れていた自分に気付く。

 ――そうだ、数日前まであの何か変な黒いのに追われる夢を毎晩見続けていたんだった。でもあれは最終的に……?

「よくよく考えてみたらあのイヤな夢って確か、この前に寝起きのリムが泣きながら抱きついてきた朝からかな? あの日からまったく見なくなったかも」
「え、あ、そうなんだ。それはよかった」
 すると急にリム自身から訪ねてきたのにもかかわらず、なぜかリムが困惑したような表情で不意に私から目線を逸らした。
 ……おや? これは何か理由があるっぽい感じ?
「で、あれは何だったの? 『コトが起きててよかったー!』って」
「えーっと、あれはその……えへへへへ」
 しかしその返事はまるで「よけいなこと聞いちゃった、かも」と言わんばかりに、バツが悪そうに笑ってごまかそうとしているのが丸わかりだった。
「……まぁいいけど、私に惚れるなよ?」
 そんなリムを見上げ、私はからかい半分にニヤリと笑って見せた。だが――
「……へっ!?」
 急に真顔で、しかもちょっと頬を赤らめながらリムが私に振り向いてきたので、
「え?」
 逆に私が面食らってしまった。
「えっと、ううん、なんでも、ない」
 そしてリムはそっと俯き、私もまた次の言葉を選べないまま、二人の傘を打ちつける雨音だけが響く。
 あぁ、何か変な空気になっちゃったなぁ。

「でもそのイヤな夢を見なくなったっていうか、あの日から今朝まで数日、夢自体を全く見なくなったような気がするかも」
 間が保てず、結局私は話を元の軌道に戻した。
「――夢を、見てない?」
「うん、私って結構夢を見る方だったはずなんだけどね」
 今し方、リムに問われるまでむしろ意識すらしていなかったのだが、改めてこの数日の寝起きの自分を思い返してみると、それまでと比べて微少ではあるが変な違和感があったことに気付く。
 今までは当たり前のように「今日はいい夢を見た」とか「変な夢だった」とか、何かしら寝起きの一発目に思考していた今朝見た夢を思い返すような行為が、この数日だけ欠落していたのだ。
「んー? ……おかしいな、私あれからコトの夢は食べてな……」
 再び私から目線を逸らしたリムが、考え込むように口に手を当て何やらブツブツ言っている。
「どした? 何を食べるとか食べないとか?」
 そんなリムを私は下からのぞき込み目線を合わせた。不意をつかのかリムは突然目を見張ると、
「えっ!? ううん、何でもない、よ」
 首を大きく左右に振ってみせた。
「そう? リム、なんかさっきからちょっと変だよ?」
「そんなことないよ、いつも通りだよ」
 さらにずいっと首を突っ込む私に、リムはないないと首を振りながら歩調を早めるとどんどんと先へと進んで行ってしまった。
「ちょっ、ごめんリム。待って、ちょっとからかっただけだよ、置いてかないでぇ」
 機嫌を損ねさせてしまった? 私は慌てて取り繕うと、小走りでリムの後を追いかけていった。



「ふぃい、到着ー。あぁもう靴の中までビショビショだよ」
 寮棟入り口で傘を畳む。私はぐっしょりと雨水を吸い込んだ靴下を脱ぐと、裸足のまま再び通学用の革靴を履き直した。この靴も月曜までに手入れしとかないとなぁ。
 一緒にいるリムは別段そのようなことを気にもとめないのか、そのままで寮棟内へと進んでいった。
「うん、でもやっぱり近いって、いいねぇ。中等部の頃に住んでた寮は、今よりちょっと遠くて、大変だったっけ」
「あぁ、前にも聞いた。リムが前住んでた寮って二人部屋だったんだっけ? いいなぁ、そういうのも楽しそう」
 雑談しながら私もリムに続いて中へと入る。空調の効いたひんやりと乾いた空気が身を包んだ。
「ふふっ、じゃあ来年一緒に、二人部屋の寮に引っ越す?」
 言ってリムは私へと振り向き、にこりと微笑む。私もつられてリムへ微笑み返す。
「それもいいね。でも、ここも寮食が安いし美味しいしで魅力的なんだよね。うぅむ」
 そう。リムとのルームシェアも確かに魅力的な話ではあるが、この寮での生活のように毎日の食事を美味しく楽しめるというのもかなりのアドバンテージなのだ。
「って、そういえば今日の晩ご飯はなんだったかな。まだ少し時間あるけど、リムはどうする?」
 階段を登り同じ階にある各《おのおの》の寮室へと向かいながら私は尋ねた。
「んー……いいや、私はもう寝る、かな」
「了解、相変わらずの眠り姫っぷりだ」
 案の定なリムの返答に、不意に頬が綻んだ。
「あ、コトは今夜、何時頃に寝る予定?」
「決めちゃいないけど……いつも通り十二時か一時くらいかな。でもなんで?」
「ん、何となく聞いてみただけ」
 そして「明日コトが寝坊した場合に問いただすための下準備、かな」と付け加えられた。何とも手厳しい。
「頑張って起きます……、それじゃ明日の朝十時ね。おやすみリム」
「おやすみ、コト」
 そして、私の部屋より階段側に二つ手前のリムの部屋の前、互いに手を振り合うと、私は部屋へと消えるリムを見送った。





 リムと別れ自室へ戻る。私はずぶ濡れになった革靴の表面を拭《ぬぐ》い、靴の中へと新聞紙を突っ込むとエントランスの壁へと立てかけた。日曜の夜か月曜の朝までには乾くだろうから、そしたらクリームも塗らんとなぁ。
 そして私は鞄を机の脇へと放ると、制服を脱ぎ捨て椅子にかけてあった部屋着へと着替えた。
 晩の寮食まではまだしばらく時間があるな。
 いくつか出された宿題を片付けてしまおうか――いや、明日買い物から帰った後かもしくは明後日にしよう。リムと一緒にやってあげないとあの子平気で宿題やらずに済ませようとするからなぁ。
 一瞬手にかけた鞄を再び放ると、私はテレビの電源をつけベッドへ寝転がる。ポチポチと適当にチャンネルを変えているとちょうど夕方の天気予報が目に止まった。内容は今朝と同じで「梅雨前線の影響で関東全域に降り続いている雨は今夜中には上がり週末の間は回復する」らしい。
 明日早く起きられたら、リムと出かける前に洗濯をしてしまおうか。数日続いた雨でいくらか洗濯物が溜まり始めてるんだよなぁ。


 結局そのまましばらくテレビを眺めていると、廊下を歩いていく人の気配に気付いた。私は枕元にある目覚まし時計を覗きこむ。ダラダラとしているうちに晩の夕飯の時間が訪れていたようだ。
 ベッドから起き上がり欠伸《あくび》と共に大きく両腕を伸ばすと、私は部屋着のまま棟内用のスリッパを履き自室を後にする。
 先ほどの帰宅時と逆走する形で階段へと向かう途中、リムの寮室の前を通りかかった。リムを起こすべきか――しかしリムはさっき「いいや、私はもう寝る、かな」と言っていたし、恐らく……いやほぼ確実に|も《・》う《・》寝《・》て《・》る《・》だろう。私は彼女の寮室の扉を横目に眺めつつ、一人、階下の寮食堂へと降りて行った。





 ◇ ◇ ◇


 女性の悲鳴のような声がどこからか聞こえ、私はゆっくりと瞼《まぶた》を開いた。
 朝っぱらから誰かが大音量でホラー映画でも見ているのか、それとも近所でラルヴァ遭遇事件でもあったか。まぁ自分には関係ないだろう。
 私は体を起こし、ボーっとした思考のまま辺りを見回す。うん、見慣れた自分の寮室だ。枕もとの目覚まし時計は昼の十一時の少し前を指している。

 私はんーっと声をあげ両腕を伸ばし、今日の予定をどうするか考える。
 昨晩は一人で帰宅したあと特にすることもなく、寮食を食べに降りたのとお風呂に入ったこと以外は、ほとんどベッドに寝ころんでテレビを見ていただけだったな。宿題の一つでも片付けていればよかった。
 私はのそのそとベッドから降り、窓辺へと歩みカーテンを開けた。昨日まで続いていた雨は私が寝ている間に降り止んだらしい、薄曇りではあるが雲間から所々に青空が覗いている。
「洗濯しちゃうかぁ」
 こういうのは勢いが大事だ。私はポンと両手を打つと、
意を決して、雨続きの数日間にため込んだ洗濯物を、洗濯機へと放り込んだ。
 洗濯が終わるのは約四十分後、干すのに必要な時間も含めてだいたい十二時過ぎくらいになるだろうか。時間も半端だしそれまでに早めの昼食――というか遅めの朝食? をとってしまおう。
 明日の日曜だと寮食堂は丸一日お休みになってしまうが、土曜日は朝食の時間から昼過ぎまで開いている(ちなみに平日は朝食と晩ご飯の時間だけ)。
 私は軽く髪を梳かすと、今日もまた部屋着のまま棟内用のスリッパを履き、自室を後にし、何処に寄るわけでもなく真っ直ぐと寮食堂へと足を運んだ。

 ご飯を食べ、洗濯物も干し終わるころ、島内に設置されている区の広報用スピーカから正午を知らせるチャイムが鳴り響く。
 全く予定のない、しかもこれといって特にやっておきたいこともないような休日は、とても手持ちぶさたになってしまう。面倒だけど今のうちにとっとと宿題をやってしまうかなぁ。
 私は「よしっ」と一言気合いを入れると、足下の鞄を拾い上げ机へと向かった。まず先に嫌いな数学を終わらせてしまおう……。


 数学、英語、古典と、出された宿題を片付け終わる頃、気がつけば時間はすでに夕刻を迎えていた。
 ふと、私は慌てて雨が降り出していないかと窓の外を見遣る。……杞憂だったようだが、それでも昼頃は薄曇りだった空がいつ降り出し始めてもおかしくないようなどんよりとした雲行きとなってしまっている。
「部屋干しは臭いが残るからイヤなんだけどなぁ」
 だからといってこのまま外に干したままにするわけにもいかない。私はため息をつくと洗濯物を室内へと取り込むべく重い腰を上げた。

 その時。

 私の開けた窓の外、干された洗濯物の向こう側に、黒いワンピースドレスを纏った長身でスタイルの良い少女が一人、唇を手の甲でごしごしと擦《こす》りながら、何故か困惑したような表情で真っ直ぐ私を見つめていた。

「――なっ……!?」

 事態が理解できず私は絶句し、それでも彼女から目線をそらせられないまま、数歩後ずさった。
 この島へ来てから約三ヶ月、異能者やラルヴァといった超常現象については知識として教わったが…、まさか宙を浮いて自分の部屋へ訪れる異能者(……いやまさかデミヒューマン・ラルヴァ?)が訪れるとは思いもしなかった。
 おそらくはこの学園に通う同年代の異能者だろう。頭髪は赤黒い巻き毛が長く腰あたりまで伸び、小さくそして整った顔立ちには人間の物よりは遙かに大きい八重歯がむき出しになっている。そして高い身長と長い爪を携えた指先……その黒いワンピースドレスに身を包んだ、私の目の前に立つ|見《・》覚《・》え《・》の《・》な《・》い《・》少《・》女《・》は、

「コト……」

 何故か、私の名を呼ぶと窓を乗り越え、呆然と立ち尽くしている私を、勢いよく押し倒すように抱きついてきた。
「ちょっ……?」
 その見覚えのない少女から伝わる懐かしいような感触、記憶にないはずなのに覚えてる彼女の匂い。それらが私の中に小さな違和感を生み出した。

 何かが違う、何かが変だ。
 昨日が、今日が、私が、この少女が。
 彼女に抱かれたまま私の脳がフル回転し、いくつもの矛盾を拾い上げていく。
 そう、今日はこんなはずじゃない。
 もっと、もっと大事な予定が入っていたはずだ。

「もう大丈夫だから、コト、夢から目を覚まそう? そして一緒に買い物に行こう」
 私を抱きしめる少女の腕へと更に力が込められ、彼女は私の耳元で優しく囁いた。
 そうだ、何で忘れていたんだろう。この子は私の……私は今日、この子と一緒に……

「リム――」 

 そして私はリムの腕の中で意識を失った。





 ◇六月二十二日(土) 午前


 私は慌てて飛び起きた。

 体中が火照り、呼吸が乱れ、寝汗でパジャマが体に張り付いていて気持ちが悪い。
 特に夢を見たというわけでもなく、かといって他に何か寝苦しい要因となるようなことも思い浮かばず、私はため息をつくと枕元の目覚まし時計に手を伸ばす。針は九時ちょうどを指していた。
「シャワー浴びる時間はあるな」

 ユニットバスで一しきり汗を洗い流す。そして私は下着姿のまま濡れた髪をバスタオルでガシガシと拭いていると、
「コトー起きてるー? そろそろ時間だよー」
 ピンポンピンポンとインターホンを鳴らしながら、ドア越しに叫ぶリムの声が聞こえてきた。
「うん、起きてるよー。ちょうどシャワー浴び終わったとこ」
 私は慌てて部屋着を着直すと、ドアを開けた。
「おはよう、コト。早く準備して買い物に行こう?」

 ドアの先には、いつもの見慣れた長いストレートの綺麗な黒髪のリムが、唇を袖でゴシゴシと擦りながら私を待っていた。
「うん、待ってて、すぐ準備する」

 さぁ、今日は洗濯も宿題も後回しにして、丸一日リムと一緒に遊びに行こう。








 【眠り姫に迫る影】
 Koto's Side【らすりぞ!】終











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