【俺の弟が気持ち悪すぎてしぬ 後】


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 父さんの顔を見た。父さんも僕と同じように泣いていた。
 ポロシャツが血だらけなのは、母さんを抱き寄せていたからだと思う。
「こんな結末は見たくなかった」
 ツグミのところに行き、そっと抱き上げた。
「まだ息がある」
 え、と僕は目を丸くする
「健介、よく聞きなさい」父さんは言った。「ツグミはお前と契約してしまった。よりにもよって血の通った実兄である、お前とだ」
「契約?」
「母さんとツグミには、吸血鬼の血が流れている。青い瞳がその証拠さ。お前と契約した以上、ツグミはお前と一心同体となり生きていかねばならない」
 父さんが何を言っているのかわからない。
「近親者である以上、それは絶対に避けなければならなかった。あまりにも血が濃すぎて暴走を起こしかねなかったんだ・・・・・・!」
 僕の脳裏にありありと浮かび上がってきた、ツグミと母さんの殺し合い。
 ラルヴァを惨殺したツグミは、沸き立つ血の興奮に身を鎮めることができず、一般人に襲い掛かった。
 それを母さんが止めにかかった。父さんの血を吸い、目覚めた母さんの力。二人が斬りあう光景など信じられなかった。
「殺すの?」
 僕は悲しげな声でそうきいた。
「ツグミを殺しちゃうの? もうこんなことが起きないように」
「違う」父さんは言った。「お前にも『封印』の力があるはずだ」
「封印?」
「父さんの家の力だよ」
 前田家の子は、ごくまれに異能を持って生まれた。
 それは対象の「異能封印」という強力なものだった。
 特徴は三つ。
 一つ。生涯にわたって一名のみ有効であること。
 二つ。口付けによって一定時間だけ、異能の解放が可能であること。
 三つ。欠点として、術をかけるたび対象の「性別」を反転させてしまうこと。
「健介がこの力を使えば、ツグミは『弟』になって二度と暴走をしなくなる」
「そんな・・・・・・」
「それに事件は表社会で起こった。お前たちにも記憶操作をさせる。ツグミを『弟』として生きさせるには丁度いい」
「やだよ! ツグミを男にしちゃうなんて!」
「なら僕はここでツグミを殺そう」
 父さんはツグミを川原に寝かせ、ツグミの頭ほどある重たい岩を両手に持った。
「やめて!」僕は涙ながらに怒鳴った。「わかったよ。僕の力でツグミを封じる」
 ツグミは真の力に目覚めた以上、いつ暴走を起こして人間を襲い出すかわからない。
 笑顔が可愛い僕のツグミ。何かとおせっかいを焼いてくるおませなツグミ。
 ツグミを守るために、僕はツグミの力を封じなければならなかった。
 僕は涙粒をツグミの頬に落とし、気持ちを奮い立たせてツグミに口付けをする。
「ごめんな、健介。数年前から世界はおかしくなってしまったんだ」
 ならば守るしかない。僕が、僕の力で愛する妹を守って生きていくほかない。
「記憶を失っても、また助けてやるからね」


 俺はツグミの細い顎を手に持ち、一気に口付けをしてみせた。
「ぉあー! 兄弟同士で、なんて破廉恥な!」
 絶叫しているのは体育会系変態男である。
「お兄ちゃん・・・・・・」
 女の子のものとは言いがたい、甘ったれた男の子の声がする。
「スキ」
 ぽふっと長くて柔らかい髪が俺の鼻先にかかった。俺はワナワナ震えだす。
「効果ねーじゃねーか!」
 あれだけ恥を忍んでキスをしたというのに! 
「な、なぁ? もう俺たちで3Pしようぜぇ? ケツを上げてやってくれ」
「興奮してんじゃねぇド変態!」
 大泣きしながらそう怒鳴る。
 ところが。
 ツグミの体が一瞬、上下に揺れたのだ。
「お兄ちゃん、ありがとう」
 そして、とんでもない光に包まれて俺は変な声を上げた。
 まずツグミの体が縮んでいく。初等部の子よりも小さい背丈に落ち着いた。
 俺の両腕に髪がぱさっと降りる。
 ズボンが脱げて、着ているものが俺の上着一枚になった。
 ツグミは俺から離れ、とんと地面に片足を付ける。
「久しぶりね、お兄ちゃん」
「ツグミなのか? 俺の、『妹』の」
「はい! お兄ちゃん!」
 こちらを向いて片目を瞑ってみせた。
「さっきのショタっ子が、こんな女の子にぃいいい~~~?」
 ホモの丸刈り大男は投げやりな表情に変化し、
「帰る。俺ロリコンじゃないんで」
 と、あっさりその場から退散しようとした。
「ねぇねぇ待って」
「へ?」
 俺はツグミがすっと変態男の前に周り、強烈な腹パンをぶち込んだのを見た。男は前のめりになって崩れる。
「よくもか弱い少女に好き勝手しましたね!」
 にっこりと満面の笑顔で行った。
「え、でも俺が襲いたかったのはお前じゃなくて男のほげふぅ」
 トーキックでさらに男の陰部を攻撃。ツグミはなおもにっこりしつつ言う。
「お兄ちゃんが来てくれなかったら襲われちゃうとこでした。変態さん怖いです」
 地面にめり込んだ頭部をガスガス踏みつけている。やがて男はうめき声も出さなくなり、両腕をだらんと垂らして汚いケツを俺に向けた姿勢で気絶していた。
「ちょっとは反省の言葉を言ってみたらどうです? このムチで私をどうするつもりだったんのです? うふふ、こう? こう?」
 バシィバシィと事切れた変態に鞭を打つ我が妹。何だこれ。ツグミってこんな子だっけ。
 簡素なオモチャの鞭の柄を、男の尻穴に突っ込みだしたあたりで俺は立ち上がる。
「あー、もうその辺にしとけ」
「お兄ちゃん!」
 俺はツグミに飛びかかられ、後ろに倒れそうになる。ツグミの体は綿のように軽かった。
「ずっと元に戻りたかった・・・・・・」
「ごめんツグミ。まさかキスをねだってたのって」
「お兄ちゃんがしてくれないから、いつまでも男のままだったんですよ」
 好き好んで家事を担い、俺に寄り添い、キスをねだったのも、本物のツグミが内面から顕れていた証拠。たとえ弟になってしまっても、ツグミはいつも俺にこう言っていた。
「大好き!」
「俺も好きだ! ツグミ!」
 目に入れても痛くないぐらいツグミが可愛い。
 妹っていいもんだね。家族っていいもんだね。
「さっきまでキモいだのボロクソ言ってたくせに・・・・・・」
 地面にはいつくばっている変態野郎がそうぼやく。
 俺はとっても爽やかな微笑を浮かべて、そいつのケツに突き刺さっている鞭をスコーンと蹴った。野郎は「らめぇええええ」と仰け反りやがて再び気を失う。
「さ、帰ろうかツグミ!」
「はぁい!」
 頬につめたい雫が付いた。雪だった。
 初雪が俺たちの再会を祝福しているような気がして嬉しい。
 街灯に照らされたケツに、うっすらと雪が覆っていく。


「ツグミちゃん、目覚めたのね」
 え? と俺は足を止める。
 その声は聞きなれた、憧れの女性のものであった。
 醒徒会副会長の水分理緒さんが、粉雪舞う公園に現れたのである。
「水分さん、何で」
「実は私、ツグミちゃんの調査をしていたんです」
 強い衝撃を感じていた。
 ツグミが五年前に「吸血鬼」の力に目覚め、暴走を起こしたこと。
 母さんが、ツグミちゃんと刺し違える形で暴走を止めたこと。
 そして俺がツグミちゃんの力を異能で「封印」したこと。
 五年前の事件を調べた上で、水分さんは俺に近づいていたのだ。
「いつツグミちゃんが本当の力に目覚め、この島で暴走を起こしてしまうのか――。醒徒会にとってあなたたちのことは重要な案件だったんですよ」
「そうだったんですか」
「『大きなお世話』ですよって、言うとこなんでしょうかね」
 真横から聞えてきた子供の暴言に血の気が引く。てめぇ水分さんになんてことを!
「あなたが醒徒会副会長の水分さん? ウフフ、こんな時間に随分とお暇なんですね。そんなにツグミのお兄ちゃんに会いたかったんですかぁ?」
 あくまでもニコニコと子供らしい無邪気な調子で、ずけずけと嫌味を言う。俺はもう口を挟むのも怖くなってしまった。
「ツグミちゃん。私別には健介くんに特別な感情とか、持ってません」
 ぎゃああああああああああああ!
 俺は断末魔の叫びを上げる。中等部三年E組・前田健介の淡い初恋が終わった瞬間だった。
「でも、今日一日べたべたしてたじゃないですかぁ」
 ツグミが右手に何かを握り締める。俺はそれを見上げて戦慄した。こいつ、何で今こんなもん持ってるの?
「お兄ちゃんに近づく女はころころしちゃいます!」
 金髪の先がふわりと浮かんだと思ったら、ツグミの小さな体は地面を蹴って前に出ていた。
 ツグミが持っていたのは、アパートで料理に使っている「包丁」だった。いつも持ち歩いていたのかと思うと笑えない。
「やめろ、ツグミ!」
 そんな俺の懇願も届かないのか、ツグミはけたけた笑い声を上げながら、水分さんを血祭りに上げようと突っ込んでいく。
 だが、水分さんは微笑を口元にたたえたまま、左手の人差し指を立てて見せた。
 粉雪が一粒、指先に付着した。
 雪は水分さんの体温ですぐに水滴へと姿を変える。
 そして水分さんはその水滴を指先から弾き飛ばし、
 ツグミの握る包丁に直撃した。
 ガキンという音とともに包丁は飛んだ。
 今朝方、那由多由良が俺に見せた消しゴム攻撃を思い起こす。
 しばらくツグミもあっけに取られた様子で立ち止まっていた。やがて右手を下ろし、くすっと笑う。
「・・・・・・まぁ、こわぁい」
「どうしますかツグミちゃん。どうせ暇ですので、お相手しますよ?」
 指先、制服の肩、黒髪などいたるところに水滴を乗せたまま、艶やかに微笑む水分さん。
 きっとそれらを使って一斉放火をしたら、ツグミもただじゃ済まないだろう。
「遠慮しときます。今日のところは」
 と、ツグミは水分さんに言った。
「今日のところは」の部分にかなり凄みを利かせており、また今後も同じようなことが起こるんだろうかと頭を抱える。




 先ほどはお騒がせしました。
 ツグミちゃんが予想していた以上に好戦的だったので、少々驚いています。醒徒会もあなたたち兄妹の動向には神経をとがらせています。
 でも、ここは双葉島であり、双葉学園です。
 生徒たちはみんな並以上に鍛えてあります。たとえツグミちゃんが暴走を起こしても、みんななら止めることができるはずです。
 だから健介くんは安心してツグミちゃんと日常を送ってください。
 あなたたちの安全や幸せな学園生活は、私、醒徒会副会長こと水分理緒が保証しますから。

 今後もツグミちゃんの力について判ったことがあれば、報告します。
 ちなみに学園にはツグミちゃんのような「吸血鬼」の生徒も何人かいます。
 彼らと話をしてみるのもいいかもしれませんね。

 それでは、またいつか二人でお話しましょう。
 もちろんツグミちゃんには内緒で。

 PS
 それでもあなたの血をツグミちゃんに与えるようなことは控えてくださいね。




 家に帰ってからすぐ、父さんに電話した。
『ツグミも辛かっただろうね。まあ学園にいるわけだから、昔と違って何かあっても平気だろう』
 父さんはそう言った。
 でも俺にはもうわかる。あの事件で一番辛い思いをしたのは父さんだったということを。
『これからも二人でしっかりやれよ!』
 明るい声の調子で父さんはそう言った。
「パパ、何て言ってたの?」
「しっかりやれよ、だとさ」
 ツグミは八歳の女児が着る、普通の服を着ている。
 同じクラスの女子たちに事情を明かしたら、服を分けてくれたのだ。
「私を殺そうとしたんですよね」
「そう言うな。仕方のないことだったんだ」
「わかってはいますが」
 ほっぺを膨らませた我が妹を抱き寄せ、膝の上に乗せる。
「せっかく元に戻れたんだ。そういうことはナシだ」
「はい、お兄ちゃん!」
 胸に顔をうずめてきたツグミを、ぎゅーっとする。
 ツグミが可愛すぎて辛い。カミサマに泣いて感謝したいぐらいツグミが可愛い。
「もう、だらしない顔」
「え、何を言って」
「いけないお兄ちゃん」
 そう、両目を細めて小さな指先を俺の唇に当てた。
 ドッキンと高鳴った俺の心臓の音を耳にされたか、ツグミはさらに妖しく笑ってみせた。


「やっぱ妹っていいなぁ」
 俺は湯を体に浴びながらそう呟いた。
 ツグミが女の子に戻って嬉しいことずくめだ。これで俺はホモ兄貴として後ろ指をさされずに済むし、あんなふわふわした天使のようなツグミを関係各所に自慢して歩くことができると思うと小躍りすらしてしまう。
「お兄ちゃん」
 真後ろから俺を呼ぶ声がする。ツグミだ。ホモ野郎から天使へと奇跡のような進化を遂げた、我が最愛の妹・ツグミのおでましだ。
「なんだいツグミ?」
「一緒にお風呂入りましょう」
 俺はすっと気の遠くなる気がした。酩酊を伴う甘い響きが脳内を支配した。
 なるほど、復活早々早速「一緒にお風呂」ですか。
 これが勝ち組の生活なんだなと俺は胸を張る。ついに紳士の仲間入りをしたんだなと感慨にふける。すると、扉の向こうで八歳の女の子の全身が肌色になったのを鏡ごしに見た。
 うおおお! と昂ぶる気持ちを押さえつけ、クールにこう言ってあげた。
「いいよ。体洗ってあげる」
 俺は兄だ。
 ツグミの兄だ。
 兄として幼い妹の面倒見ることは義務であり債務であり任務である。ロリコンだの罵る輩はそいつの心や目が腐っているに過ぎない。この兄妹の微笑ましいふれあいを慈愛で持って見てやれないとは、何と心の貧しいことか。
 そうこうしているうちに、戸が開いた。冷たい空気が背筋に触れ、震えてしまう。
「待ってたよツグミ。さ、お兄ちゃんの背中を流してくれ!」
「うん、まかせてお兄ちゃん!」
 はて、今なんか少し低めの声がした気がしたぞ?
 ツグミもこんな声が出せるんだ、いやはや以外。
「全身にボディーソープを塗ってねぇ・・・・・・」
 違う。これは正真正銘、野郎の声だ!
「背中をくっつけてねぇ・・・・・・」
 がっしりした冷たい胸板が俺の背中に密着する。
 この瞬間、びっしりと全身を覆いつくしたのは決して鳥肌ではなく蕁麻疹である。
「ごしごししてあげるね! お兄ちゃん!」
「うぉおおおお!」
 俺はそいつから離れた。すると、全身に泡を塗りたくった男が悲しそうにこう言う。
「お兄ちゃんったらひどいなぁ。背中流しってって言ったじゃないかぁ」
「何で男に戻ってんの!」
「時間切れかな。これは僕のせいじゃなくて、お兄ちゃんの力の都合だよ」
 何てことだ。ツグミはもとの姿を完全に取り戻したわけではなく、俺の異能によって一時的に本当の姿に戻れるに過ぎなかった。
 そんなことより、いい年をした野郎二人が一緒になって風呂場にいるという非常事態。露骨に嫌な顔を向けたら、ツグミが硬い頬を少し膨らませる。
「男に戻ったらこれ? お兄ちゃん? そんなんナシだからねっ!」
「そうは言ってもなぁ」
 俺は湯船に逃げる。だがツグミも湯船に入ると、俺の肩を両手で持った。そして一気に腰を落とされてしまう。二人とも湯に浸かる。
「いいじゃない。僕にキスをすれば、また女の子になれるよっ」
「え」
 俺の異能はツグミに限って「異能を封印すること」だ。
 その封印を一時的に解除するにはツグミに「キス」をすることが必要であり、そうすることでツグミはもとの愛らしい少女に戻ることができるというわけだ。
「そっか、そうすれば・・・・・・って、やんねーぞ! 誰がやるかバカ!」
「公園でしてくれたじゃん」
「あれは命の危険があったから」
「じゃあ僕からしちゃおうかな」
「おい、やめろ、やめて」
 ツグミの顔が近づいてくる。
 その顔つきはどこか、少女のツグミに似ていないことはない。髪も金色だし、何より青い瞳がツグミのそれだ。
 それでも嫌なものは嫌だ! 俺は弟に手を出すような倒錯した兄じゃない! 
 助けて! 誰か助けて!
「お風呂場でちゅーなんて、いけない遊びだねお兄ちゃん?」
「やめろぉお――――ッ」


 ツグミを本当の意味で元に戻せるまで、俺の戦いは終わらない。


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