【ピロートークしましょ☆ 第一話】


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 お昼寝の時間、というものが幼稚園のころにはあった。
 そんなことをふと、夏野恵一(なつのけいいち)は思い出していた。
 寝る子は育つということなんだろう。子供の成長に睡眠は欠かせないものだ。幼稚園のみんなと畳の部屋で眠り、美人の保母さんに添い寝されて寝かしつけられたことが、恵一の記憶にかすかに残っていた。
 恵一は目の前の扉を数回ノックし、返事がないので誰もいないのだろうと判断して扉を開けた。
 そこには幼稚園の『お昼寝の部屋』のような光景が広がっていた。六畳半の畳の部屋で、敷布団が四つ用意されており、薄い掛け布団がその上にきちんと畳まれている。昼間でも心地よく眠れるよう、光を遮るためかこの部屋には窓はない。しかし換気と空調設備がしっかりしているせいか、温度も快適で中の空気は新鮮だ。
「ふわ~~。ここに来ると、やっぱり眠たくなるなぁ」
 手足を伸ばし、恵一は大きく欠伸をする。一日の疲れから解放されたかのような気持ちに恵一はなっていた。午後の授業も終わり、今日は体育があったせいで疲労もピークだ。今すぐにでも目の前の布団にダイブしたい。
 恵一は暑苦しいブレザーを脱ぎ捨て、ネクタイもほどく。すると、ガチャリという音が室内に響いた。
 それは扉が開く音だ。だけど入口の扉ではない。この部屋には更衣室がついている。それは部屋の南側にあり、その扉がゆっくりと開かれた。
「あっ」
 そこから出てきた人物と、恵一はばっちりと目が合った。
 それは女の子だ。しかも、とびきり可愛い。
 彼女は深緑の瞳に、腰まで伸びている黒の長髪が特徴的だ。だけどその髪は常に寝起き状態とでも言いたげに乱れている。それに加え彼女のその目の下には大きな隈ができていた。普段きりっとしているその瞳も、心なしかとろんとしている。すごく眠たそうなオーラを、彼女はその全身から発していた。
 だけど目がつくのは彼女の容姿よりもその格好である。
その女の子はパジャマ姿だったのだ。
花柄模様の、ピンク色のパジャマだ。
恵一にはわからない高価な素材で作られているであろうその生地と、真珠色に輝くボタン。寝巻とは思えぬほどにお金がかかったそれは凡人である恵一には眩しいものであった。いや、眩しいのは何もパジャマだけではない。
 ボタンが外れ、はだけた胸元から覗く神々しい谷間。女の子の白い肌がおしげもなく晒され、バレーボールほどの膨らみがパジャマの生地を盛り上げている。恵一はそれを見てはいけないと思いつつ、目をそらすが、思春期の男子の欲望には勝てないのか自然と彼女の乳房に目が言ってしまう。
「あ、あの白雪(しらゆき)先輩……」
 胸が丸見えですよ。なんて言えやしない。恵一は顔を真っ赤にしてうつむいた。そんな恵一の様子を彼女はまったく気にしていないようで、にこりと恵一に微笑んだ。
「ああ、恵一くん。ちょうどよかったわ。今から“部活動”を始めようと思っていたの」
 スロー再生でもしているかのようなおっとりとした口調で、パジャマ姿の女の子、湯布院(ゆふいん)白雪はそう言った。彼女は何度も眠たそうに瞼をこすり、今にも布団の上に倒れそうな危なっかしい足取りで恵一のそばにやってくる。
 そして――
「一緒に寝ましょう!」
 そう言って思い切り恵一に抱きついた。
 恵一の首に手を回し、白雪の顔が、ちょうど恵一の顔の隣に来る形になっている。女の子独特のいい匂いが恵一の鼻の中を支配する。そして何より、グラビアアイドルが裸足で逃げだすような豊満な胸、つまりおっぱいが恵一の胸にこれでもかと押し付けられていた。しかもブラをつけていないらしく、ダイレクトにその柔らかさを堪能することになる。
(ああ、気持ちいい……)
 なすすべもなく、抱きつかれた勢いのまま恵一と白雪は布団の上に倒れ込む。
「だ、駄目ですよ先輩……」
「いいの。だって、恵一くんはわたし専用の“抱きマクラ”なんだから」
 理性を必死に保とうとする恵一にお構いなく、白雪は布団の上でぎゅっと恵一を抱きしめる。白雪の柔らかな胸が、腕が、太ももが恵一に絡みついてくる。そしてその数秒後、すやすやと寝息が聞こえてきた。
 抱きマクラ。
それは文字通り抱きしめて眠るマクラだ。恵一は白雪の抱きマクラとして、彼女の昼寝に付き合わなければならない。ふっと横に目を向けると、白雪の幸せそうな寝顔が視界に入る。薄桃色の唇がむにゃむにゃと動くのが艶めかしい。
(ほんと、この人は寝つきがいいよなぁ)
 まあそれは自分の“異能”のせいもあるのだろうけれど。逆に自分は眠れないなと恵一は溜息をつく。しかし、こうして自分を信頼しきって、子供のようにあどけない寝顔を見せられたら何もできないだろう。
(だけど妙な部活動だよな、これは)
 恵一は心の中でそう呟く。おそらくこんな珍妙な部活は世界広しとは言え、ここだけであろう。
 昼寝をする。
それが、それこそが白雪が部長を務め、恵一が副部長をしている『睡眠学習効果研究部』、通称『眠り部』の活動内容であった。
 そしてこの布団と畳のあるこの部屋が眠り部の部室である。
 いつまでもドキドキはしておれず、恵一も隣に眠る白雪の髪から漂うシャンプーの匂いに癒され、ウトウトし始める。しかし、眠りに落ちる瞬間、入口の扉が開かれ、騒がしい声が部屋に響く。
「あー! またお嬢様にやらしいことを、このイエダニ!」
「不純異性交遊禁止ですー! エッチなのはダメ絶対です!」
 部室に入ってきたのはメイド服姿で薙刀を構えている金髪碧眼の幼女に、なぜか警官のコスプレをして、ピーピーとホイッスルを鳴らしているメガネの女生徒が乱入してきた。
「ちょ、ちょっとサーニャちゃんに軍艦島(ぐんかんじま)さん。静かにしないと先輩が起きちゃう……」
 そう言いかけるが、白雪は目の前の騒ぎに一切気づくことなくぐっすりと眠ったままであった。彼女は一度寝付くとなかなか起きない。
 はっと入口のほうへ目を向けると、そこには軽蔑しきった顔で恵一を見下ろす、幼馴染の姿があった。彼女は長いツインテールを文字通り尻尾のごとく揺らし、拳を握りしめていた。
「恵一。あんたまたそんなことを……。世間知らずのお嬢様なのをいいことにいつもいつも添い寝なんか……」
「ち、違うんだって。ぼくはそんなつもりじゃ――」
「言い訳無用! 今日こそお前をお嬢様から引き離してやるのです!」
 メイド服の幼女は竹刀の薙刀を振り回し、恵一の脳天に叩きつけた。薄れゆく意識の中、恵一は走馬灯のようなものを見た。
 なぜ自分が眠り部に入っているのか。
 なぜ自分が白雪専用の抱きマクラになったのかを思い返す。










 春眠暁を覚えず。
 その言葉の通り、恵一も昼休み時間では眠気のせいでうとうとしていた。昼食のパンを食べながら中庭にあるテラスでぼーっとしている。
(ふう。眠い……)
 恵一が高等部に進学して二週間が経つ。さすがに桜の花は完全に散ってしまったようだが、陽気は依然春のぽかぽかした日光が注ぎ、多くの生徒たちが寝むそうに欠伸をしている光景が見える。オリエンテーションも一通り終わり、新しいクラス、新しい学校にも慣れてきた時期のせいもあるのだろう。
 一個目のサンドイッチをもそもそと食べ終わり、恵一はテーブルの上のハムサンドに手を伸ばす。しかし恵一の手がハムサンドを掴む前に、誰かがさっと手を伸ばしてそのハムサンドをかすめ取ってしまった。
「あれ?」
 恵一が不思議に思って顔を上げると、そこには見知った顔があった。恵一がぼけっとしているうちにいつの間にか目の前の席に座っていたようだ。その人物は赤みがかった髪を二つに結い、いわゆるツインテールにしている。きつい印象を受ける釣り目が恵一をじろりと睨んだ。
「なんて間抜け面してるのよ。ほんっとあんたっていっつもぽわぽわしてるわよね」
 中菜香奈花(なかなかなか)はハムサンドを食みながら、悪気も無さそうにそう言った。
「なんだよ香奈花。それぼくのだぞ」
「あんたがぼけ~~っとしてるのが悪いのよ。この世は弱肉強食なの」
「しょうがないだろ。こんだけ陽気がよければみんな眠たくもなるよ。なんてったって春だからね」
 恵一は再び大きな欠伸をした。気持ち良さそうに椅子の背もたれに体重をかけ、ふっと辺りを見回す。双葉学園の中庭は自然が多く、小鳥たちのさえずりさえ聞こえてくる。森林浴と日光浴が出来て一石二鳥だ。ここは恵一にとっての憩いの場であった。
「あんたは年中寝むそうじゃない。だいたい今から午後の授業が二時限もあるのよ。寝ちゃってノート取り忘れても見せてあげないから」
「えーそれはないよ。見せてくれよー。そのハムサンド食べただろー」
「見せて欲しかったら三べん回ってワンと鳴きなさい。この香奈花様の丁寧なノートを書き写すのにはそれぐらいの代償を払ってもらわなきゃ」
 ふふんと鼻を鳴らし、香奈花は見下すように胸を反らした。呼吸するたびに香奈花の残念なサイズの膨らみが上下する。双葉学園の制服はブレザーだが、香奈花は上着を脱いでブラウス姿のため、わずかな膨らみでも強調されるようになっていた。
(まったく。こいつはなんでこんないつも偉そうなんだか。まるで女王様気どりだな)
 なんてことを心の中で言いながらも、恵一はほぼ反射的にその場できちんとくるくると三度回って、
「ワン!」
 と言った。
「うわあ。さいってー。本当にやらないでよ、反応に困るわ」
 命令した張本人にドン引きされた。
 香奈花は椅子をガタガタと動かし、犬のように両手を突き出す恵一から距離を取った。そんな香奈花に恵一は喰いかかる。
「なんでだよ! ちゃんとやっただろ! だからノート見せてくれよ。宿題写させてくれよ!」
「宿題ぐらい自分でやりなさいこのバカ! あんたほんっとプライドないわね」
「当たり前だろ。ぼくは面倒なことが嫌いなんだ。堕落するためならば努力だっていとわないんだよ!」
 面倒を避け、楽をすること。
それが恵一の信念であった。
 若いうちの苦労は買ってでもしろと言うが、恵一はその苦労を人に売り渡すぐらい平気でする。惰眠をむさぼりダラダラ生きることこそ恵一の人生目標であった。
「あんたってほんとダメ人間よね。いつも人の手を借りて、苦労事なんて全然しないもの。人に寄生するのが上手いというか、甘え上手と言うか。それもその“異能”のせいかしらね……」
 恵一が残りのサンドイッチを牛乳と一緒に喉に流し込んでいると、香奈花が呆れたような視線を投げかけてきた。
「何を今さら。ぼくとお前は十年も一緒なんだし、それぐらいわかりきってるだろ」
 恵一と香奈花は幼馴染だった。同じ幼稚園。同じ小学校に同じ中学。さすがに分かれると思っていたが、あろうことか高校まで同じなってしまった。それどころかここではクラスまでもが一緒であった。
 恵一は特に友達も作らず、恵一は休憩時間では一人でダラダラしているのである。そんなことを入学してからずっと繰り返しているせいで今のところ恵一を構ってくるのは香奈花だけだ。だけどこれでいい。友達作ったりなんていうのはただ面倒臭いだけだ。
(ぼくはこうしていられればいいや。休み時間ってのは休むためにあるんだから)
 そのまま恵一は眠気に負け、テーブルに突っ伏してしまった。
「ちょっと恵一! 眠るんじゃないわよ。もうすぐチャイム鳴るわよ!」
「うーん……。チャイム鳴ったら行くよ。次は現国だろ。あの先生いつも十分くらい来るの遅れるし、ちょっとぐらいむにゃむにゃ」
 恵一は顔面をテーブルにつけながらひらひらと手を振った。それを見下ろす香奈花の呆れた視線を感じたが「勝手にしなさいバーカ」と言ってその場から離れて行ってしまった。
(昨日はずっとドラゲンクエストンをやってたせいでろくに寝てないんだよなぁ。どうにもやめるタイミングが……)
 そうして恵一は眠りに落ちていく。
 周囲の生徒たちもあと二、三分ほどでチャイムが鳴るからと中庭から引き上げていく。そこに残ったのは恵一だけだ。人がいなくなり静けさが訪れる。
 すると、恵一の回りに変化が起きた。
 空を飛んでいた小鳥たちが眠っている恵一の背中や肩に止まり、羽休めを始める。小鳥たちは気持ち良さそうにリラックスし、恵一と同じように眠り始めた。
 いや、やってきたのは小鳥だけではない。誰かが校舎で飼っているネコが何匹も群がって恵一の頭の上に登り、迷い込んでマジックで眉毛を書かれた野良犬が向かってきて、恵一の足に寄り添うように眠り始めた。
 それは異様な光景であった。
 知らない人が見たらひっくり返るだろう。
 様々な動物が恵一にぴとりとくっつき、鳥もネコも犬も争うことなく自然に、幸せそうに眠り始めたのだ。多くの動物たちに囲まれ、暑くてたまらないと恵一は目を開ける。
(またか。やっぱ外で寝るのはまずいな)
 恵一はうんざりしながら、その動物たちをしっしっと追い払う。しかしなかなかみんな離れようとせず、気持ち良さそうに熟睡している。
 これが夏野恵一の異能“睡眠電波(ザ・ピローズ)”だった。
 体中から『癒し』の空気を発し、他者をリラックスさせて安眠へと誘うことができる。こうして外で寝てしまうと動物たちが寄ってきて眠ってしまうのだ。しかもこれは人間にも有効なようで、体育の時間などで相手と触れ合う競技などは、いつも他の生徒が寝てしまったり、やる気がなくなったりしてしまう。
 一体いつからこんな異能に目覚めたんだろう。
 恵一に残る古い記憶では、幼稚園児の時からその異能はあったように思える。さすがに両親や、保母さんには通用しなかったようだが、同級生の園児たちがいつも遊んでいる途中で寝てしまうのだ。
『だって涼くんと一緒にいると眠くなるの』。という言葉を今でも覚えている。お遊戯で手を友達と繋げば眠りこけてしまうし、学芸会で白雪姫の王子役をした時には白雪姫役が起きずに本当に眠ってしまったままということもあった。
 それにお昼寝の時間、同じ組だった香奈花がよく、ぐずって眠らなかったことを恵一は覚えている。そんな時は恵一が香奈花に添い寝してやるのだ。すると香奈花は安心しきった様子で眠る。
(あの時は香奈花も素直で可愛い寝顔だったよなー)
 そんなことがずっと続いてきたのだ。しかし恵一は自分の異能にはもう慣れていた。恵一が友達を作らないのもそれが原因の一つだ。この異能のせいか、それともこんな性格だから異能になったのかわからないが、グータラに生きると決めた恵一にはぴったりの体質であろう。つまり、彼の惰眠願望が他者に伝染するということなのだろうから。
 恵一がそうして昔のことを思い出しながら再び眠ろうとすると、ふと動物たちとは違う匂いが恵一の鼻を刺激した。
 なんだろうかこのいい匂い。
 リンスの香りが混じった太陽の匂い。それと同時にさらさらとした糸のような細いものが恵一の頬をくすぐった。
(なんだ……?)
 疑問に思った恵一はふっと目を開け、それを確認する。それは髪の毛だと一目でわかった。さながら済んだ滝のように流れるその黒髪が恵一の両脇に垂れている。それは、後ろに誰かが立っているということだった。
 寝ている自分の後ろにぴったりとつくなんて悪趣味だ――そう思った恵一は振り返ろうとするが、するりと後ろから両腕が伸びて恵一の首にまわされた。
 その腕を見ると、それは女子の制服であった。
(ぼくの後ろに女の子が――)
 なぜ自分の後ろに女生徒がいるのだろう。しかもこんなにぴったりとくっつき、腕まで回して……。恵一の頭の中はパニックになった。恵一は香奈花以外の女の子とはろくに喋ったこともなかった。恵一の頭はパニックを起こしていた。
「あふう……」
 そんな艶やかな声がすぐ耳元で聞こえる。甘い吐息が耳を震わせ、背中にぞくぞくとした感覚が走る。そしてさらに後ろの女の子が体を密着させ、大きくて柔らかな物体が恵一の背中に押し付けられた。そのポヨポヨとした感覚はまるで水風船のよう、しかし温かいそれは立ち位置から考えておっぱいに違いなかった。
「あ、ああ……」
 初めて覚える女性の乳房の感触。天国にいるような気分を恵一は覚えたが、一体誰が自分に抱きついているのだろうかと不思議に思った。最初恵一は香奈花かと思ったが、彼女がそんなことをする性格ではないことお恵一はよく知っている。それにこの胸の感触――いや、大きさは残念ながら香奈花のものとは全く違う。
「あ、あの!」
 恵一は勇気を振り絞り、その女の子の手を跳ねのけ、ばっと後ろを振り向いた。この状況から脱するのはもったいないことだと思いつつも、好奇心を止めることはできなかった。それに抱きついているのがアレな女生徒だったりしたらトラウマになりかねない。
 しかし、そんな恵一の不安は彼女の姿を見た瞬間消し飛んだ。
 そこには、美少女がいた。
双葉学園は女子のレベルが高い、と噂されている。確かに可愛い女の子が多いと恵一は思っていた。しかしその中でもさらに一際、その少女は可愛く美しかった。
腰のあたりまで長く伸びた綺麗な黒髪は、昼の日差しに煌めき、スカートから覗く白い脚は日本人のものとは思えないほどに長く、美しい線を描いていた。
恵一の背中に押し付けられていたあの大きな胸は、セーラー服の上からでもよくわかる。香奈花と違い、制服の生地を盛り上げ、まるで南国に実る果実のような印象を受ける。彼女が動くたびに、つられて胸もかすかに左右に揺れていた。
そして恵一は視線を上に向ける。彼女の顔が恵一の視界に入った。彼女は恵一が起きてこっちを向いたことに驚いたのか、ぽかんとした表情であったが、すぐにふっと口元を緩め、恵一に微笑んだ。
その笑顔はなんて可愛いんだろうか。
恵一は思わず見惚れてしまう。
手足と同じように白く、きめのある肌に、凛とした芯の強さを感じさせる瞳。唇は柔らかそうに濡れていて、テレビで見るどの女優やアイドルよりも整った顔をしている。
しかし、彼女のその瞳の下には、不釣り合いな大きな隈があった。もう何日も眠っていないかのようで、気をつけて見てみれば肌は白いを通り越して少し青ざめているようにも見えた。足取りもどこかフラフラとして危なっかしい。
「あ、あの……なんでぼくに……?」
 なんで自分に抱きついたのか。恵一は混乱する頭を整理しながらも、なんとかそう尋ねた。
 すると彼女はその唇をゆっくりと動かしてこう言った。
「あなたは、わたしの運命の人だから」
 うっとりとした様子で、少女はまっすぐに恵一の瞳を見つめた。その言葉に恵一はさらに唖然とする。思わずガタリと椅子から腰を上げてのけ反ってしまう。
「う、運命の人……?」
 そんなの漫画やドラマでしか聞いたことのないよなセリフだ。陳腐過ぎてナンパ好きの男が冗談交じりで言うような言葉じゃないか。恵一は驚きを通り越して恐怖を覚えた。こんな可愛い子にそんなことを言われたら嬉しいかもしれない。しかし相手は初対面だ。絶対にまともじゃない。美人局か? 新手の結婚詐欺か? そんな不安が恵一の頭を駆け巡る。
 しかしその少女は固まる恵一を気にも留めず、今度は真正面から恵一を抱きしめたのだった。
「――――!」
 恵一は耳まで顔を真っ赤にし、「ぼんっ」と思考回路がショートした。初めて感じる女の子の柔らかく、温かな感触が体中に駆け廻る。パクパクと恵一は窒息しそうな金魚のように口を動かすことしかできなかった。
 そして恵一の耳元で、少女はぽつりと囁いた。
「お願いします。わたしの、この湯布院白雪専用の“抱きマクラ”になってください」
 その直後、恵一はテーブルの上に押し倒された。恵一は白雪と名乗る少女に覆いかぶさられてしまう。平均的な男子高校生よりも身長の低い恵一は、モデルのように長身の白雪に伸しかかられて身動きが出来なくなってしまう。
「ふあああ……」
 突然のことと、女の子に抱き締められるということが、あまりに気持いいためか、変な声が恵一から漏れる。しかし、直前に言われた言葉が恵一の頭に響く。
 抱きマクラ。意味がわからない。白雪が言っていることが、恵一には一切理解できなかった。
「あのう。落ち付いて下さい。」
 恵一がぽんぽんと白雪の肩を叩き、そう言うと、耳元から「すーぴーすーぴー」という寝息が聞こえてきた。
 恵一の異能が発動したのだ。動物でも、人間でも恵一から発せられる癒しの波動によって眠くなってしまった。彼女は恵一を抱きしめたまま眠ってしまった。すやすやと眠り、完全に脱力しきって恵一に身を任せている。
(これは、すげーおいしい場面だけど誰かに見られたりなんかしたら……)
 名残惜しいが、恵一はひとまずこの白雪をどかそうと考えた。もうすぐチャイムが鳴って授業が始まる。そうすれば見回りの先生に見つかってしまう可能性だってある。そうしたら問題になるだろう。
 だが恵一が白雪の肩を掴み、引き離そうとした瞬間、

「お嬢様に何をするのですか、この害虫!」

 という女の子の怒鳴り声が聞こえてきた。
「え?」
 恵一はなんとか顔だけ上げ、白雪の肩越しからそれを見た。
 中庭の中心に小さな女の子が立っていたのだ。しかも白雪とは対照的に、その幼女の髪は外国人のようなキラキラと輝く黄金色をしている。その長い金髪を荒縄のように太い三つ網にしていた。その幼女はせいぜい十歳前後であろう、白雪の凹凸の激しい体と違って、ちんまりとした感じが可愛らしい。
 だけど恵一が驚いたのは幼女の容姿だけではなく、その服装である。
「め、メイド~~~~~~!」
 その金髪幼女はヒラヒラとフリルのたくさんついたエプロンを着込んでいた。恵一もアニメや漫画の知識で知っている。いわゆるメイド服と言うものだ。金髪幼女はカチューシャで前髪を上げておでこを出している。そのおでこに太陽が反射して光っていた。
「うお、眩し!」
「いいからお嬢様を解放しなさい。これだから共学にするなんてあたちは反対だったのです!」
 金髪幼女は手に持っていた竹刀の薙刀をぶんと振り回し構える。なんでこんな小さな女の子がメイド服着て薙刀を振り回しているんだ。という疑問が恵一の頭いっぱいに広がるが、考えている暇はない。
 金髪幼女は薙刀を前に突き出し突貫してきた。
「うおおおおおおお!」
 危険だと判断した恵一は、咄嗟に眠ってしまった白雪を引き離し椅子に座らせる。すると、もう目の前に薙刀が振り下ろされているのが見えた。
 横に飛びのいた恵一はなんとかそれを避けた。空を切った薙刀はそのままテーブルにぶち当たる。しかしその衝撃でテーブルは破壊音と共に真っ二つに折れてしまった。破片が辺りに飛び散り、壊れたテーブルは地面に崩れ落ちる。
「ええ! そんな無茶苦茶な!」
「ちっ、外したか。逃げ足の速さはゴキブリ並みですね」
 金髪幼女は恵一をギロリと睨んだ。その表情からは一片の容赦もなく、もしあの一撃が直撃していたらと想像すると、ぞっとする。なんて幼女だ、怪物ラルヴァ》か異能者かと恵一は恐怖を覚えた。
「今度は外しません。湯布院家に仕えるものとして、あなたのような狼藉者は生かしておくことはできません。お嬢様のやわ肌によくも触れてくれたな……」
「待て! 待ってくれ! あの女の子からぼくに抱きついてきたんだよ。ぼくは何もしてない。それでもぼくはやってない!」
「問答無用!」
 金髪幼女は恵一の言い分を聞く気が無く、再び薙刀を振りおろそうとしていた。
「くそ、ええいままよ!」
 薙刀が振り下ろされる直前、恵一は右手を突き出して金髪幼女の頭を撫でた。
「な、何をするか――ふわぁあ……」
 一瞬鬼のような怒り顔になったが、すぐにまたたびを与えられたネコのような顔になってしまった。目を瞑り、気持ち良さそうに口をだらしなく開けている。
「ああ……んんっ……はふぅ」
 恵一が頭をなでなでするたびに、金髪幼女はそんな喘ぎ声のようなものを出した。脱力した彼女はカランと薙刀を地面に落とす。そして、とうとう恵一が発する『癒し』に耐えられなくなったのか、その場に崩れ落ちて眠り始めてしまった。
「以外に便利だな、ぼくの能力って」
 恵一は自分の体質を恐ろしく感じながらも、今がチャンスだとその場から逃げ出した。
 それと同時に始業を知らせるチャイムが鳴り響く。恵一は中庭に残した美少女と美幼女に未練を残しながらも教室に戻った。







 それからしばらくして、黒髪の美少女、湯布院白雪は目を覚ました。瞼をこすりながら辺りを見回すと、テーブルは破壊され、白雪専属のメイドであるサーニャが地面で眠りこけていた。金髪の三つ網がそよそよと風にそよいでいる。
「ねえサーニャちゃん。起きて。もう授業始まっちゃったよ」
 白雪は幸せそうに眠り、よだれを垂らしているサーニャの肩を揺さぶった。
「ううーん。むにゃむにゃ。もう食べられないです~」
「起きたらサーニャちゃんの大好きなチョコレートケーキおおやつにあげるよ」
 ベタな寝言を言うサーニャの耳元で白雪はそう囁いた。するとサーニャは目をかっと見開き一瞬で目を覚ました。
「はっ! ほんとですかお嬢様!」
「もう、サーニャちゃんってば眠り過ぎよ。わたしなんてほんのちょっとしか寝れなかったのに……三日ぶりにようやく眠れたと思ったのに」
 白雪は頬をぷくーっと膨らませて拗ねるように言った。本当に彼女は眠たそうで、目の下の黒い隈がそれを物語っている。
「す、すいませんお嬢様。メイド兼護衛を務めさせていただいているのに、族にやりくるめられるとは。どうやら敵は異能か何かを使ったようですね」
 サーニャはパンパンと自分の頬を叩いて眠気を覚ましていた。そしてすぐに薙刀を手に取り、奮起して気合いを入れる。
「安心してくださいお嬢様。次にあの狼藉者を見つけたら、二度と悪さできないようにギタギタにしてやりますよ」
「ううん。駄目よサーニャちゃん」
「え?」
「あの人は、わたしの運命の人なの。あの人だけがわたしを救ってくれる」
 白雪は恵一が走り去った方をうっとりと見つめた。
 まるで王子様に出会ったお姫様のように、その顔には希望に満ち溢れている。白雪の寝不足から来る青ざめた顔が少しだけ紅潮していた。
「あの人はきっとわたしの“不眠の呪い”を解消してくれるわ。だから――」
 白雪はにっこりと笑い、サーニャのほうを振り返りこう言った。
「どんな手を使ってでも、あの人を手に入れるの」

 つづく
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