【僕はちょっとキモイ】


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 教室に行かなくなって何日が過ぎただろうか。
 双葉学園に転校した日以来から、僕は教室に行くことをやめた。
 どうやら僕はみんなに嫌われているらしい。
 それも仕方ないかもしれない。
 転校初日に教室に入って、周囲を見渡して僕は驚いた。みんなまるで漫画やラノベにでも出てくるキャラクターのように整った容姿をしていたのだ。特に女の子は僕の知っている女の子たちとは比べ物にならないほどに綺麗だった。
 それに比べて僕は醜い。不細工だ。
 僕はとても気持ち悪い。
 整った容姿をしている彼らは、きっと僕のことを嫌悪しているに違いない。
 僕が教室に入ってきた時に、騒がしかった教室が凍ったのを感じた。「かっこいい男子か、それとも可愛い女子か」と騒いでいた生徒も黙ってしまい、僕に奇異の目を向けていたのだ。
 みんな僕から目を背けて、机についたら隣の子が「臭い」とばかりに鼻を押さえて距離を置いたのがショックだった。
 みんなは直接口に出したりしないが僕のことを鬱陶しがっているのだろう。
 ここは僕の居場所なんかじゃない。
 だから双葉学園にはもう行ってない。だけど寮にも僕の居場所はないから、学園の敷地内しか行くところがない。
 今日もまた、人気の無い校舎裏で時間を潰す作業が始まる。
 日の当たらないこの場所で、ただ何もせずにぼんやりとしている。何もする気にならない。僕がこうしている間も、きっとみんなは学業に励み、楽しく明るい青春を過ごしているのだろう。そう思うと僕の胸は締め付けられる。
 だから何も考えないようにしよう。
 ひたすら膝を抱え、誰にも顔を見られないように俯いて生きていくのだ。
 やがて時間が経ち、昼休みの時間になった。お腹が減ったが、弁当も無いし、購買に行ってもきっと迷惑がられる。
「あれれ? あなた、こんなところで何をしているの?」
 ふと、少し離れた場所から声が聞こえた。
 恐る恐る振り返ると、そこには一人の女子生徒が立っていた。僕は慌てて顔を背けて、自分の不細工な顔を見られないようにした。
「あなたはちょっと前に転校してきた一年の佐藤くんだよね。一人で何をしているの?」
 その女子生徒の顔には見覚えが無かったが、リボンの色で三年生とわかった。僕の二つ上の先輩だ。やはり他の生徒同様、整った顔立ちをしている。長い黒髪は日本的な美人を象徴するようだった。
 自分とは正反対に、明るい笑顔を振りまく先輩に嫉妬を覚えながら僕は押し黙った。彼女はきっとただの好奇心で僕に話しかけてきただけだろう。安い同情心なんていらない。僕は一人でいたいんだ。
 彼女も僕のことを気持ち悪がっている。
 こんな美人なら尚更僕のような汚物を嫌悪するだろう。
「どうしてこんなところに一人でいるの?」
 だが先輩は僕の考えていたこととはまったく見当違いの質問をした。
「な、なんでって……」
「もうお昼の時間だよ。ごはん食べなきゃ。私もね、弟と一緒にお弁当食べようと思って探してるんだけど見つからないの」
 そう言って先輩はまるで天使のような屈託の無い笑顔を僕に見せつけ、ピンク色の弁当箱を取り出した。
 なんだこの人、僕のこと気持ち悪がらないのかな。
「ぼ、僕はいいんです。お腹減ってないですから」
 嘘だ。本当はいつだってこの時間は空腹だ。
 だけどここを動きたくない。
「そうなの? でも一人じゃ寂しくない? あのね、隣座っていいかしら?」
「え?」
 どきり、と胸が高鳴るのを感じた。
 可愛い女の子にそんな優しい言葉をかけられたのはこれが初めてかもしれない。
 どうして彼女は僕を気にかけてくれるのだろう。同情心か、それとも好奇心か。だが彼女のにこにことした笑顔には裏表なんてなさそうで、何も考えていないように見える。
「でも、僕はキモイですし……臭いですし……」
「何を言ってるの? 私も歩くの疲れちゃったった。弟はいくら探してもみつからないし、もうお腹ぺこぺこだよー。ここで食べちゃお」
 そう言って僕の了承も待たずに、彼女は隣に腰を下ろした。
 小さくて細い肩が僕の肩に当たり、ふんわりとした繊細な髪の毛が頬を撫でる。その拍子に女の子独特の甘い匂いが鼻を刺激する。
「えへへ。いただきまーす」
 先輩が弁当の蓋を開けると、綺麗な彩をした弁当が顔を出す。ピンク色のさくらでんぶに、スクランブルエッグがかけられている。カロリーを抑えめなのかヘルシー嗜好の食材が収められていた。
 それを見て思わず「くうう」っと僕のお腹が鳴った。
「あら、やっぱり佐藤くんってばお腹減ってるじゃない。無理しちゃダメだよぉ」
「いや、あの。お弁当持ってないですし」
 綺麗な先輩の顔を直視できず、僕はまっすぐ前を向いた。すると、彼女はばっと僕の前に身を乗り出して箸でつまんだ里芋の煮っころがしを僕の眼前に持ってきた。
「お弁当忘れたなら私のと半分こしようよ、ほら、これ私が作ったんだよ。あーんして。ほら」
「え? え? え?」
 突然のことに頭がパニックになった。
 あーんって、これじゃまるで恋人同士の昼食じゃないか。
「い、いいんですか?」
「いいよー。今日はちょっと作りすぎちゃったし。私って小食なの」
 そう言われ、断る理由も見つからずに僕はその煮っころがしを口に含んだ。口の中にしょうゆとみりんの甘酸っぱい味わいが広がっていく。
「おいしい?」と先輩は尋ねた。
 おいしい。おいしいに決まっている。こんなにおいしい物を食べたのは生まれて初めてかもしれない。
 誰かと食べるご飯が、こんなにもおいしい物だなんて僕は知らなかった。
 先輩は笑顔のまま自分も煮っころがしを食べた。僕の口に触れた箸で、だ。関節キスのようなものなのに、彼女はまったく気にした様子もなくその箸を使っている。
 それを見てようやく僕は先輩が本当に僕のことを気持ち悪いと思っていないことを理解した。
「ねえ佐藤くん。そういえばきみって授業に出てないってのを弟に聞いたんだけど、どうしてなの?」
 いきなりそんなことを言われて僕は身を強張らせる。
 先輩は特に悪気もなさそうに、相変わらずの無邪気な笑顔のままだった。まるで本当に理由がわからないようである。
「なんでって、わかるでしょ。僕はみんなと違って気持ち悪いし、不細工な顔をしてるから……。教室じゃ浮くんですよ」
「えー? そんなことないよ」
「そうなんですよ! 僕はみんなに気持ち悪がられているんです! 僕がいるだけでみんな食欲が失せちゃうんですよ!」
 思わず僕は叫んでいた。
 久しぶりの人との会話、一度溢れ出した感情を止める術を知らない僕は、大きな声を出して先輩に怒鳴っていた。
 はっと我に返り自己嫌悪の波が僕を襲った。
 せっかく良くしてくれる人ができたのに、僕はいつもこうだ。結局うまくいかない。
「…………」
 謝罪の言葉も出せず、僕は黙ってしまった。気まずい沈黙が流れる。
「!」
 だけどふっと僕の手に温かい物が触れて、心臓が跳ね上がりそうになる。
 先輩の白くて小さな手が僕の手を握り締めていたのだ。
「そんなことない。そんなことないよ。あなたは気持ち悪くなんかないの。あなたは今、ちょっと自信を無くしてるだけ。みんなあなたのことを気持ち悪いだなんて思っていないよ」
 先輩は優しい目を向けて、僕の顔を覗き込んだ。
 まるで聖母のような慈愛に満ちたその瞳は、僕の枯れた心を潤していくように思えた。
 もしかして、今までのことは僕の被害妄想だったんだろうか。
 自分の容姿に自信がないせいで、誰もが僕を不細工だと思っていると、思い込んでいたのかもしれない。
「本当ですか? 僕は醜くありませんか?」
「うん。あなたはかっこいいよ。とっても。それにね、人間は見た目じゃないって昔の偉い人が言ってるじゃない。人間外見より中身を大事にしなきゃ」
 その言葉一つで不思議と自信が湧きあがってきた。
「自分に自信を持って佐藤くん。それにこの学園のみんなはとってもいい人たちで、そんなことを言ったり思ったりなんてしないよ。怖がらないで」
「……はい」
 僕は嬉しさのあまり涙を流していた。
 よかった。今日先輩に出会えてよかった。
「さあ、じゃあ教室に行きましょうよ。ちゃんとお勉強しようよ。まだお昼時間はあるし、今からみんなとご飯を食べましょうよ。大勢で食べるほどご飯はおいしくなるのよ」
 てへっと歯を見せて笑った先輩はとても可愛かった。
 僕の醜く腫れあがった魂は、彼女の笑顔に解放された。
 もう大丈夫。僕は大丈夫だ。
「じゃあ教室に行こっか。私がついてってあげるから」
「いえ、いいですよ先輩。僕は一人で自分の教室に行きます。一人で行かなくちゃいけないんです。今日はありがとうございました」
「ううん。いいよ。私も楽しかったよ佐藤くんとご飯食べられて」
 そう言ってくれるのが素直に嬉しい。
「名前……先輩の名前をまだ聞いていませんでした。教えてくれませんか?」
「あれ、言ってなかったっけ。私は晶子。夏目晶子だよ」
「ありがとうございました夏目先輩。それじゃあ、行ってきます」
 夏目先輩に勇気づけられ、僕は変われる気がした。
 その気持ちを失う前に教室へ行こうと、僕は駆け出した。
 久しぶりにやってきた学園の校舎、長い廊下を渡り、僕は自分の教室の扉の前へとやってきた。
 ノブに手をかけて、少しだけ躊躇する。
 緊張で手が震えて胃がきりきりしてくる。
 だけどここを乗り越えなければきっと僕はダメになる。
 先輩に貰った勇気と自信を思い出し、僕は教室の引き戸を思い切り開いて、足を一歩踏み出した。
「あっ」
 っと教室でお弁当を食べていた生徒たちが一斉に僕に視線を向けて、場が静まり返った。
「あ、あの。みんな……久しぶり」
 と言いかけた瞬間、扉近くに座っていた女生徒が、顔を青ざめさせて口元を押さえた。そして――
「うおおろろろろろろろ」
 と激しく嘔吐を始めた。
 女生徒が先ほどまで食べていたから揚げと胃液が机に溢れていく。それだけじゃなく、他にも何人かの生徒は気分が悪くなったのか嘔吐をして、泣き出し始めた生徒までいた。
 みんな一斉に鼻を押さえ、僕から目を背けた。
 多くの生徒が無言で席を立ち、教室を出ていく。
 一種のパニックに教室は陥っていた。
 ああ、やっぱり駄目だった。
 僕は窓ガラスに映る自分の顔を見た。
 腐り続ける皮膚は緑色に変化し、常にただれ続け、右の眼球は崩れ落ち、中からは無数の蛆虫が這い出ている。皮膚の削げ落ちている一部からは、生気の無い赤黒い肉片が覗いている。
 口の中には様々な虫が顔を覗かせて歯には何匹ものゴキブリの卵が植えつけられ、母親ゴキブリが体を駆け巡っていた。
 ああ、なんて人間離れした顔なんだろう。
 みんなが気持ち悪がり、目を背けるのは当たり前だ。
 僕はまともな人間の顔じゃない。まさしくおぞましい腐乱死体そのものだ。
 以前一度だけ面と向かって言われたことがある。僕の体臭は「シュールストレミングの缶に、真夏に放置された腐った豚肉とハイエナの糞を詰め込んだような臭い」だという。
 やはり僕のような|歩く腐乱屍体族《ゾンゲリア》が人間のように学園生活を送ることは無理だったのだ。


 おわり 


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