【ダイエット】


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 斉藤《さいとう》加奈子《かなこ》は悩んでいた。
「また二キロも増えちゃった……」
 風呂上り、体重計のメモリを見てため息をつく。最近運動を怠り、間食が多かったせいか、体重が増えてしまった。加奈子は自身が思っているほど太っているわけではなかったが、モデルに憧れているためほんのわずかな体重の増加にも過剰な反応を示してしまっているようである。
 加奈子は自分の腹をつまみ、このままじゃダメだと決意を決める。
 ダイエットをするんだ。今年こそちゃんと痩せて、夏には可愛い水着が着られるようにならなくちゃ。そうすればきっとスカウトだってされるかもしれない。
 異能者でもない自分がこの学園にいても華々しい活躍は期待できない。芸能界に行って楽しい将来を送るのだ。そのためにも自己の肉体管理はしっかりしなくちゃいけない。
 しかし、それから様々なダイエット方法をためしてみたものの、加奈子の満足のいく結果は出なかった。
「はあ。どうしてなんだろ。やっぱりすぐ飽きちゃうのがいけないのかなぁ」
 ある日の朝、登校した加奈子は教室の机に突っ伏して肩を落とす。自分の性格にとことん嫌気がさしているようだ。
 バナナダイエットもにがりダイエットも寒天ダイエットもどれもダメだ。運動するダイエットはすぐ疲れてしまってやる気が出ない。元来怠け癖のある加奈子にはダイエットなんて無理なのだろう。
 だがそれでも加奈子は「簡単にダイエットできる方法」を模索していた。
 いっそ痩せる異能でもあれば……そんな都合のいい妄想もしてしまう。
「ねえ大変だよ加奈子! ちょっと来て!」
 加奈子がぼんやりとしていると、友人が彼女の手を引いて廊下へと引っ張った。今は仲間内でバカやっている気分じゃないのに。そう思いながらも友人との関係を無下にもできずに、彼女は廊下へと出て行った。
「あれよ、あの子見て」
 友人が指差したのは、登校してきて廊下を歩いている一人の女子生徒である。
 その女子生徒は、驚くことに凄まじく痩せ細っていた。
 頬はげっそりとこけ、手や足はマッチ棒のように細くなっている。顔色は悪く、足取りは妙にふらふらしていた。
「なにあの子。大丈夫なの?」
「大丈夫じゃないわよ加奈子。だってあの子W組の岸本《きしもと》早苗《さなえ》さんだよ」
「え? 早苗? W組の!? 嘘よ!」
 廊下の角で女子生徒を覗き見していた加奈子は思わず驚きの声を上げてしまい、慌てて口を両手で塞ぐ。
 加奈子の知っているW組の早苗と言ったら、まるで肉まんのように丸々と太った女の子だからである。
 加奈子が一番嫌悪しているタイプである。
 醜く肥え太った女。それだけには絶対になりたくないと思っていた。
 その太っていた早苗があんなに痩せ細っているとはどういうことなのだろうか。加奈子は好奇心と羨望を彼女に抱き始めていた。
「絶対変よねあれ。やばい薬でもやってるんじゃないのかしらね」
 友人は小声でそんなことを言っていたが、加奈子の耳には届いていなかった。ただなぜ早苗が痩せたのか、それだけが気になっているようだ。
 その日の放課後、加奈子は下校しようと学園敷地内を歩いている早苗に接触を図った。
「なあに斉藤さん。わたしに話なんて、珍しい」
 早苗は生気の無いような虚ろな瞳で加奈子を見つめた。こうして早苗と話をするのは初めてであったが、人見知りしている場合ではない。
「ねえあんた。なんでいきなりそんなに痩せたの?」
「さあ。なんのことかしら」
 加奈子は単刀直入に切り出したが、早苗はあっさりと誤魔化した。加奈子は腹が立ったが、ここで掴みかかっても仕方がない。
「お願いよ! 私も痩せたいのよ。あんたが痩せた方法を教えなさいよ! ううん、頼むから、お願いですから!」
 加奈子がぱんっと両の手を合わせて頭を下げると、早苗は「仕方がないなぁ」と言わんばかりに嫌な顔をして、ポケットからメモ帳を取り出した。
「わかったわ。あなたにだけ教えてあげる。住所を書くからそこに行ってきてね。わたしが直接話すより簡単だわ」
「ありがとう早苗! 恩に着るよ! 友達になろう! 今度メアド交換しようね!」
 加奈子は適当にそんなことを言い、早苗のメモをひったくってその場を後にした。




 住所の記された場所には高層マンションが建っていた。
『象牙の塔』という大層な名前のついたそのマンションの入り口をくぐり、加奈子はその最上階のとある部屋を目指した。
 扉の前に立ち、緊張して高鳴る胸を押さえて、加奈子はブザーを押す。
 ピンポーンという軽快な音が響いた数秒後、インターホンから声が聞こえてきた。
『どちら様?』
 それは若い女の声だった。相手が男だったら部屋で二人きりになるのは嫌だなと思っていただけに、少しだけ加奈子は安心したようである。
「あ、あの。私斉藤といいます。早苗さんにあなたのことを紹介してもらったんですけど……」
 恐る恐るそう返事をすると、
『……入りなさい』
 という声と共に施錠が開けられる音が聞こえた。加奈子はノブに手をかけて扉を開き、部屋の中へと足を踏み込んだ。
 部屋には異様な光景が広がっていた。
 真っ黒なカーテンで窓は閉め切られて薄暗く、数本の蝋燭の火だけが辛うじて周囲を見渡せるほどに照らしている。部屋の中には髑髏やヤギの頭、蝙蝠の剥製といった悪趣味なものが飾られていて、本棚にはBL本が並べられ、魔改造されたフィギュア類が所せましと置かれている。
 そんな混沌とした部屋の中心に一人の女性がいた。
 その女は黒いとんがり帽子を被り、黒いドレスを身に纏っている。さながら“魔女”のようだと加奈子は思った。
 魔女はベージュ色の椅子に腰をかけていた。いや――と加奈子は目を疑う。魔女が腰を下ろしているのは椅子ではない。
「ひい! な、何してるんですかこの人!」
 魔女の尻の下にいるのは人間だった。パンツ一丁の若い男が四つん這いになり、自らの肉体を椅子にしていた。半裸のその椅子男の顔にはガスマスクがはめられていて顔は見えないが、犬用の首がつけられ、そこから伸びる鎖は魔女の手が握っていた。しかもそれは一人だけではなく、それぞれ座面担当、背もたれ担当、ひじ掛け担当が二人で計四名の人間椅子が気色悪くより集まっている。
「ああ、気にしないでちょうだい。この子たちはあたしのペットなのよ。あたしに貸しがある癖にお金が払えないっていうんだから体で支払ってもらってるの」
 魔女は紫色の唇を歪めたが、それは笑っているというよりもどこか不気味さを感じさせる表情であった。
「あの、岸本早苗さんが痩せた理由を、あなたが知ってるって聞いて……」
「ふうん。岸本、早苗ね……ああ、あの“ぽっちゃり”とした女の子のことね。覚えてるわよ」
 魔女がそう言うのを聞き、加奈子は早苗の言っていたことが本当だったと歓喜した。早苗は病気か何かでああなったわけではなく、この目の前の魔女によって痩せるための手助けを受けたのだろう。
「私も早苗みたいに痩せたいんです! お願いします! 私にも痩せるための秘訣を教えてください!」
 加奈子は魔女に頭を下げる。ちらりと窺うように魔女の顔に目を向けると、彼女はしばし考え込むようにして長い爪にマニキュアを塗り始めていた。
「ううーん。別にいいんだけどねぇ。あんた、お金はあるの?」
「え? あ、あのいくらですか?」
「あの子には十万で譲り渡したわ、アレを」
「アレ?」
 加奈子が頭にクエスチョンマークを浮かべている間に、魔女は机の引き出しからとあるものを取り出した。
 それは小瓶だ。
 真っ黒な色をした小瓶で、中に何が入っているのか一切わからない。
「なんですかそれは?」
「これが早苗とか言う子にあげたものよ。これがあれば貴女も痩せることができるわ」
「本当ですか!」
 加奈子は咄嗟にその小瓶に飛びつこうとしたが、ひょいっと魔女は手を引っ込めた。
「ああ!」
「誰もタダであげるとは言ってないわ」
「でも私十万なんて大金……」
 持っているわけがない。小遣いを貰えばすぐ浪費してしまう加奈子には貯金すらなかった。いや、売れるものならいくらでもある。
「大丈夫です。服でも鞄でもいくらでも売ってお金にしますから、それを私に下さい」
「そう。ならいいわよ。代金は効果があったら時に後払いしてくれればいいわ」
 意外にもあっさりと魔女はそう言って小瓶を加奈子に手渡した。
「これ、|それ《・・》の使い方が書かれてるから」
 ついでに取扱説明書のようなメモ帳を加奈子に握らせて、魔女はくいっととんがり帽子のつばを上げた。
「取扱説明書をよく読み、用法、使用上の注意を守ってお使いください。それじゃあまた会いましょう」
 魔女は最後にそう言って、加奈子はマンションを後にしたのであった。



 アパートの自室に帰った加奈子は、すぐさま鍵をかけて閉じこもった。
 使用上の注意その1。蓋を開ける際には光の無い空間で行うこと。
 その言葉に従い、加奈子は雨戸を閉め、電気を消して一切の光源を遮断する。ポケットから魔女の小瓶を取り出し、その蓋を開けてみる。
 そうして瓶を覗き込むと、奇妙な光る物体が中に入っているのが見えた。
「わあ、すごい」
 その光る物体は瓶の中からゆっくりと出てきて、ふらふらと部屋の中を浮遊し始めていた。加奈子は蓋を開ける前に読みこんだ取扱説明書の内容を思い出す。確かあの光に触れればいいのだ。
「触るのね、これに」
 加奈子はおっかなびっくりにその光に両手を伸ばし、包み込むように挟み込んだ。
 するとその瞬間、激しい疲労感が加奈子を襲った。マラソンでも走った後のような体のだるさと、空腹感が全身を襲い、立っていられなくなって膝をついてしまった。
「はあ……はあ……」
 これは辛い。だがその分効果はありそうだと加奈子は思った。
 使用上の注意その2。光の玉に光を与えてはならない。使用が終わったら遮光性の瓶の中に仕舞うこと。
 その通りに光の玉を瓶に再び封じ、加奈子は体重計へと向かった。
 その結果、体重は五キロも落ちていた。
「すごい! やった! すごい! うわあああああああ!」
 加奈子は飛びあがって喜んだ。これを使えばどれだけお腹いっぱい食べても、どれだけ運動を怠けても太らないではないか。これさえあれば体重管理なんて簡単だ。
 取扱い説明書によると、この光の玉は触れた人間の生気を奪い取り、一時的な栄養失調にさせるものだという。
 なんて便利なものがあるんだろう。
 それから加奈子は毎日のようにたらふく食べた。
 今まで抑えてきた食欲を発散させるように食べに食べた。
 体重が増加する度にあの光に触れ、体重を減らしていったが、次第に光が彼女の生気を奪うよりも、彼女の体重の増加のほうが勢いを増して追いつかなくなっていった。
 一ヶ月が過ぎるころには加奈子の食欲が上まって、あの光の玉一つだけでは加奈子の体重を消化できなくなってしまっていた。




 そして加奈子は再び魔女に会うために、高層マンションへとやってきていた。
「魔女さん! もっとあの光の玉を私に下さい。あれ一つじゃ全然足りません!」
 そう言う加奈子に呆れたような視線を向け、黒衣の魔女はため息をついた。
「あれで足りないなんてどういうことなのかしらね。早苗って子でも一つで事足りたのに。貴女は本当に豚みたいな女ね。いや、そう言っちゃ豚に失礼だわ」
「酷い!」
 魔女の心無い言葉に傷ついたが、魔女の言うとおり加奈子の体重はここに来る前よりもむしろ増えてしまっているように見える。
「金払いのいい貴女に力を貸してあげたいのはやまやまだけれど、生憎とアレはもう品切れなのよね。入手するのも相当苦労したし、再入荷の予定は無いわ」
「そ、そんなぁ……」
 加奈子は絶望してその場に崩れ落ちる。一つだけじゃもはや加奈子の暴食を抑えることはできなくなってしまっていた。もう前のような食生活に戻ることも難しく、さらに食欲はエスカレートしていくだけだろう。
 太る。
 また太ってしまう。
 そんなのは嫌だ、絶対に嫌だ。
 せっかく綺麗になれるチャンスなんだ。
 私の将来のため、モデルになるためにアレは必要なんだ。
 加奈子は一度手に入れた物を手放したくなかった。アレさえあれば自分は一生体重に悩まされることはない。
「そうね……たった一つだけ、アレを増やす方法があるわ」
「え? ほんとですか? 教えてください!」
 食い付く加奈子にふっと魔女は試すような目を向け、その唇を彼女の耳元へと近づける。そしてある一つの方法を彼女に告げた。
「そ、そんなこと……」
 その方法に唖然としながら、加奈子は魔女の言葉を反芻する。
「言っておくけれど、お勧めはしないわ。あとは自己責任で頼むわよ。あたしに迷惑かけないで頂戴ね」
 魔女はそう言い加えて、加奈子を帰した。
 その後、加奈子はマンションの自動ドアをくぐり、携帯電話を取り出す。
 数秒間戸惑った後、加奈子はとある人物に電話をかけた。
「あ、もしもし早苗? あのね、同じ悩みを共有する同士、少しだけ話したいことがあるの。私のアパートまで来てくれる? 場所は――」


※ ※ ※


「ユキ姉、新聞受けに新聞溜まり過ぎじゃないか」
 夏目《なつめ》中也《ちゅうや》は高層マンションで一人暮らしをしている姉の雪緒《ゆきお》の所へ、掃除をするために定期的にやってきていた。
 自炊能力の無い雪緒を放っておくと、せっかくいい部屋に住んでいてもすぐにゴミ屋敷になってしまうからだ。
 中也は取り出した今朝の双葉区新聞をなにげなく広げてみた。目に留まった小さな記事にはこう書かれている。
『双葉学園の生徒二名死亡。昨日の正午過ぎ○×アパートの一室で双葉学園の女子生徒KとSが死亡しているのが発見された。Sは死後数日経っており、遺体は腐ってしまっていて死因の断定が難しく、Kはミイラ化した状態であった。第一発見者の管理人は部屋を開けた時には数千匹の蛍が部屋に浮かんでいたと証言していたが、警察が到着する頃には何も残ってはいなかった』
 くだらない記事ばかりだなと中也は新聞を投げ捨て、煙草をくゆらせながらアニメを視聴している雪緒に、気になっていたことを尋ねてみる。
「そう言えばユキ姉。この間ラルヴァを二匹手に入れたって言ってたよね。小瓶の中に封じ込めたって。それって何のラルヴァ?」
 雪緒は煙草の煙を大きく吐き出し、こう言った。
死出蛍よ」


 おわり






 怪物記第一話に出てきたラルヴァをお借りしました。
 ありがとうございました。





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